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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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始まりのソラ
-----<オープニング>--------------------------------------
「私、明日眠りにつくことにしたわ」
その声に蓮は新しく入った書物から視線を上げ声がした方を眺める。
そこにあるのは手鞠くらいの大きさもある水晶だった。もちろん、これも曰く付きの品物だ。
目を細めて蓮はその中を覗き込む。
その中で揺らぐのは妖艶な女の姿。
「なんだい、もうやめるのかい?あんたは確か持ち主の意識に入り込み見たい夢を見せる水晶だったろう」
蓮の言葉に水晶は暗い影を見せた。
「もうほとんど力が残っていないもの。だから眠りについて少し力を蓄えようかと思って。今までたくさんの人に夢を見せてきたけれど、今度は私が夢を見せて貰うの」
「へぇ。じゃぁ、別に壊れる訳じゃないんだ。あんたのことはまだ置いておいてもいいんだね」
「えぇ。何時起きるか分からないけどね」
「いいさ別に。……それで?あんたが見たいのはどんな夢だい?」
蓮は水晶を手に取りそう尋ねる。笑みを浮かべてはいるが蓮の本心は読み取れない。
「私の眠りは終わりであって、始まり。……始まりの夢を見たいわ。始まりの話を聞いて、私は始まりを目指して眠りにつくの」
素敵でしょう?と水晶が揺らめく。
「始まりねぇ……まぁ、世の中には色々な始まりがあるだろうさ。意志を持って何かをやろうとする時はいつだって出発点。あんたが眠りにつくのもね」
その言葉にコロコロと笑う水晶の精。
「そう。誰か私に始まりの物語を聞かせてくれないかしら。御礼に最後の力で夢を見せてあげる。その始まりの刻に見たその人だけのソラを」
「そうだねぇ。案外こういう時は人が訪れるもんだよ。これからやってくる客でも助っ人でもとっつかまえて聞いてみればいい」
「えぇ、そうするわ。」
そう言って水晶は再び沈黙し、店内には静けさが戻った。
-----<呼応>--------------------------------------
紫煙を燻らせながら嘉神真輝はのんびりと日曜の甘味屋巡りプランを練っていた。
夏に向けてこれから新作が目白押しの甘味処がたくさんある。
それをいかに効率よく回るか、それは甘味帝王たる真輝の目下の悩みどころだった。
期間限定品も多数ある。しかしそれは全て食べておきたいと思うのが普通だろう。
「どうするかね……」
そんな事を考えていた真輝の脳裏にふと何かがよぎる。
薄暗い店内で光る球体。
それは真輝を呼んでいた。
「なんだありゃ……」
突然湧いたイメージに真輝は首を傾げる。
余りにも突然のイメージに思わず咥えていた煙草を落としそうになった。
その店内に見覚えはなかった。それにあのようなおどろおどろしい雰囲気には縁がない。
しかし何処からそのイメージが流れてきたのかが不思議と真輝には解った。
「……あれか」
真輝にとっては通い慣れた道だったが、目の前に見える店に見覚えはない。
しかも今見えている路地はいつも此処にあっただろうか。
真輝の記憶を掘り起こしてみるがそのような道は此処には存在していなかった。
それなのに今目の前には小道があり、そしてその先には不思議な佇まいの店が一件ある。
「甘いもん出んだろうなぁ……」
ぽつりと呟き、咥え煙草はそのままに真輝はその店へと足を踏み入れた。
「おや、新顔だね。……今日はどうしたんだい?」
蓮が扉を開けて入ってきた真輝を見て尋ねる。
真輝も、さぁ、と言いつつ中に入り店内を見渡した。
薄暗い中には重苦しい雰囲気も漂い、その店自体が異様な雰囲気を漂わせている。
周りにある様々なものからも何か意思を感じて真輝は視線を泳がせた。
きょろきょろと当たりを見渡しながら紫煙を燻らせる真輝。
とても場違いな場所に来た気がしてならない。
「あー……この手の店は俺の柄じゃないんだけど、何でかね?入っちまったのは。呼ばれたような…気がしたんだよな」
「へぇ、呼ばれたのかい。……ま、この店には呼ばれなきゃ訪れることすら出来ないだろうけどね」
そう言って蓮が深い笑みを浮かべた。
しかし真輝はそんな蓮の様子を気にすることなく辺りをもう一度見渡す。
「それじゃ俺を呼んだのは誰かね。ここには甘いもんもなさそうだし、さっさと用を済ませたい気もしてるんだけどな」
その言葉に蓮は、くつくつ、と笑い出した。
「面白いねぇ。あたしも鬼じゃないからあんたを呼んでたものを捜し出したら茶と茶菓子くらいは出してやるよ。長い話になるだろうし。…ほら捜してご覧」
「呼んでたものねぇ……」
先ほど脳裏に描かれたイメージを思い出す。
確か薄暗い店内で光る球体が真輝のことを呼んでいた。
その大きさと球体という特徴を店内に多数あるオブジェとも化した品の中から選ぶ真輝。
ふと棚の中に手鞠ぐらいの大きさの水晶を見つけた。
光ってはいないが大きさと球体という部分では合っている。
それに他に同じくらいの大きさのものは見あたらなかった。
真輝は蓮に棚から取り出した水晶を見せ告げる。
「多分これだな、俺を呼んでたのは」
真輝の出した答えに蓮は満足したようだ。深い笑みが更に増す。
「当たりだよ。今茶菓子持ってきてあげるからそこに座って待ってたらいい」
奥に消えていく蓮を眺めていると、手元の水晶が声をあげた。
「その間に自己紹介しておきましょうか」
真輝が手にした水晶が淡い光を放ち、中に妖艶な女の姿が揺らぐ。
「水晶の精ね‥そうかお前が犯人か」
「そう。呼んでおいてなんだけど、まさかこんな美人さんがくるとは思わなかったわ。とっても素敵な偶然。貴方の顔を見て眠りにつくのも悪くないわね」
コロコロと笑った水晶は真輝にこれから自分の身に起きることを話し出した。
「始まりの物語ねぇ……いいよ、寝る子の御守は妹や姪で慣れてる。子守唄代わりに話してやるよ」
「ありがとう」
そう話がまとまったところに、蓮がタイミング良くお茶を持って現れた。
-----<始まりの物語>--------------------------------------
「‥始まりの話、か……」
ほどよい甘さの和菓子を口にした真輝は、懐かしいことを思い出したように小さく微笑んだ。
「あら、なんか楽しそうね。素敵な始まりの物語が聞けそう……」
うっとりと水晶が言うと真輝は、素敵かどうかは分からんがな、と言いながら話し出した。
真輝の中に懐かしくて、そして小さな決意にも似た思いが蘇る。
「‥ま、俺はスイスのダヴォスって街で生まれ育って2歳までは一人っ子だったんだ」
「え?あのそれって……貴方、帰国子女?」
「おまえ水晶の精のくせによく知ってるな、そういう俗的なこと」
その真輝の突っ込みに水晶の中の女は胸を張って言い返す。
「あら、馬鹿にしないでくれる?これでも何人もの人に夢を与えてきた水晶なのよ。見たい夢の中にそういうものがあっても可笑しくはないでしょう?」
まぁな、と真輝は水晶の言葉に納得し続ける。
「それでずっと俺はその土地で両親からちやほやされて育ってたんだが、突然親から『今度からお兄ちゃんね』と言われ兄妹が出来るって知ったんだ。でも幼い俺には全く自覚なんて無くて。たった2歳でそれを理解しろってのはまず難しいとは思うんだがな」
そうかもしれないわね、と水晶は相づちを打つ。
話が聞きたいと言い出すだけあって、意外とこの水晶は聞き上手なのかもしれない。
「あんまり詳しくは覚えてないが、俺はそれから色々と考えたんだ。お兄ちゃんというのはどういう生き物なのか、どうすればなれるのか、とか。……って、笑うな。幼き頃の俺はそれでも立派な『お兄ちゃん』になろうと必死だったんだ」
真輝の『お兄ちゃんになろう計画』とも言える話に吹き出した水晶。
「ごめんなさい。別に馬鹿にしてるんじゃなくて、すごい一生懸命だなって思って。だって、可愛いんだもの」
目の端に浮かんだ涙を拭きながら水晶は先を促す。
「今度笑ったら続きはナシだからな」
目の前に置かれた和菓子を平らげてしまった真輝は口寂しくなったのか、KOOLを一本取り出すと口に咥える。
灰皿も用意されているから禁煙ではないのだろう。
それに先ほど蓮がパイプを吸っていた。それを思い出し、真輝は煙草に火を付けた。
「悪かったわ。もう笑わないから早く続きをお願い」
その物言いが何処か身近な人物に似ている気がして真輝は、遥かに自分より年上であろう水晶に微笑みを浮かべる。
「あぁ。……それで、一生懸命考えたけど『良いお兄ちゃん』ってのはやっぱり分からなかったんだ。俺がなろうと思わなくても勝手にその立場になってしまうってことは親の話を聞いていればなんとなく分かったけどな」
自分が望んでも望まなくても『兄』という立場になってしまう自分に戸惑っていただけなのかもしれない。
でもきっと俺は新しい家族を待ち望んでいた、と真輝は思う。
そうでなければ、妹たちが生まれたと分かった時にあんなに嬉しいと思うわけがないのだから。
「それで俺の心の準備が出来る前に、家族が増えた。妹どもの誕生でな……」
「妹ども?」
不思議そうな水晶に真輝は、あぁ、と先を続ける。
「妹どもっていうのは双子だったから。一人っ子だったのに突然妹が二人も出来て俺もダブルショックってやつだな。『兄』っていうのは分からないは妹が二人も突然出来るわで」
でも妹どもが生まれた事で俺の『兄』って立場が始まったんだよな、と真輝は感慨深げに紫煙を燻らせた。
「ま、同時に苦労人生の始まりとも言うが……」
何かを思い出したのか真輝は遠い目をしてそう呟く。
それを水晶の中から眺めていた女は、それでも嬉しそうな真輝の心を感じ取り微笑む。
「苦労人生の話はともかくとして。貴方のそれが始まりの物語?」
そうだ、と真輝は頷いて水晶を覗き込む。
「とっても素敵な物語ね」
そう言った水晶に真輝は、にやり、と笑みを浮かべる。
「でもまだ先があるんだけどな。どうする?」
「意地悪ね。聞きたいに決まってるじゃない」
ぷぅ、と少女のように頬を膨らませる水晶の中の女に真輝は笑い出す。
「ちょっと、失礼ね!私は貴方よりも年上で……」
「はいはい。そうだったな」
でも考えている事はそこら辺にいる少女と変わらない。
今までたくさんの夢を見せていた水晶が、他人の始まりの話を子守歌代わりに聴き眠りにつくというのは儚い少女の願いのようで。
純粋な思いを持ち続けているからこそ、他人に多くの夢を見せ続けられたのかもしれないと真輝は思っていた。
その願いをやはり叶えてやりたいと思う。
少女の願いは始まりの物語を聞く事。
真輝は再び話し始める。
「それから妹どもが生まれたって聞いて俺は病院へ行ったんだ。俺もはっきり覚えてるわけじゃないけど、すやすやと眠る妹たちを見て、幼心に『お兄ちゃんになったんだから守ってあげなきゃ』と思ったような気がする……」
その言葉に水晶はまるでそれが自分の事のように嬉しそうに語る。
「それじゃ、ちゃんと自分の中に兄としての自覚が芽生えたんじゃない。守ってあげなきゃって。勝手に始まったんじゃなくて、自分でそう決めたんじゃないの」
格好良いんじゃない?、と水晶は言う。
その言葉に真輝は、はっ、とした。
自分では勝手に『兄』という立場になった気でいたが、そうではなく自分で選んでいたのだと。
「いいわね、そういうの。ちゃんと自分の足で始まりの物語を始めてる感じ。……私も、次の始まりの物語を始める時にはそうありたい。私は自分で自分の始まりのスタートラインに立ちたい」
胸の前で手を組みそう呟く水晶の精に真輝は頷く。
「おまえなら大丈夫だろ。なんてったって俺よりも人生の大先輩だからな」
俺に出来ておまえに出来ないわけがない、と言う真輝の言葉に、うっ、と言葉を失う水晶。
「そ……そうよね。私きっと立ってみせるから」
貴方もちゃんと妹さん守ってあげなさいよ、と水晶が言うと真輝は苦笑いを浮かべる。
「……今じゃすっかり手に負えないけどな」
俺の妹どもはそりゃもう強くて背も高くて、兄をオモチャに逞しく生きてるよ、と真輝は心の中で付け足しておく。
「何よ、お兄ちゃんである立場を選んだんでしょう?最後まで付き合いなさい」
「そりゃもうしっかりと」
真輝と水晶の精は顔を見合わせ笑った。
-----<始まりのソラ>--------------------------------------
「素敵なお話だった。ところで貴方、天使?」
「は?何が?」
真輝はまた突然自分の姿が変化したのかと思い、自分自身を見るがそういうわけではないらしい。
「ん?いや、キラキラと輝く翼が見えたような気がしたから。……気のせいかもね」
くすり、と微笑み水晶は真輝に言う。
「さぁ、貴方の始まりのソラを見せてあげる。私の上に手を翳して。……私にあんなにも素敵な始まりの話を聞かせてくれたお礼。私はこれから眠りにつくけれど、貴方の話と顔を胸にしっかりと抱いて、私の始まりの物語を夢見るの」
真輝は促されるままに水晶に手を翳す。
すると先ほどこの店に呼ばれた時と同じように飛び込んでくるイメージ。
『お兄ちゃんになったんだから守ってあげなきゃ』
そう心に決めたあの日、病院の帰り道にふと見上げた空。
東京じゃ見られない満天のアルプスの星空がそこにはあった。
どこまでも遠くに見える星が、今はまるで降ってきそうなくらいに感じられて。
それが何故か懐かしく思えて………。
ふっとその星空に透き通った翼を持った三人の姿が重なったように見えた。
目を擦ってもう一度見上げてみたが、そこには降ってきそうな星空しか見えなくて。
「なぁ、あの星空……」
真輝が瞳を開け水晶を眺めた時にはもう淡い光は消えかかっていた。
「アリガトウ」
そう呟いて水晶は完全に沈黙した。
真輝はもう一度煙草に火を付けて、ふぅ、と息を吐き出す。
「こっちこそ、ありがとな」
そのまま真輝は席を立つ。
「おや、もう帰るのかい」
お茶菓子追加で出してやろうと思ったのに、と蓮が言うと真輝は再び腰を下ろした。
「ふふっ。面白いね、あんた」
蓮は笑いながら真輝の前に茶菓子を置く。
そして真輝に聞こえないくらいの小さな声で、天使前世の三姉妹ね……、と呟き笑みを浮かべた。
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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
●2227/嘉神・真輝/男性 /24歳/神聖都学園高等部教師(家庭科)
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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。夕凪沙久夜です。
再び真輝さんに出会う事が出来まして幸せいっぱい。
真輝さんファンとしては嬉しくてドキドキです。(笑)
今回の依頼にご参加頂きありがとうございました。
OP有りのシチュエーションノベル的要素が強いものだったのですが、三姉妹の光臨を記念する日のお話を書かせて頂きアリガトウございました。
如何でしたでしょうか。
咥え煙草はやはりどちらに行っても健在のようで。(笑)
今回はちび真輝さんも書けて楽しかったですv
また機会がありましたらお会い致しましょう。
ありがとうございました。
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