＜東京怪談ウェブゲーム　アンティークショップ・レン＞ 始まりのソラ -----＜オープニング＞-------------------------------------- 「私、明日眠りにつくことにしたわ」 　その声に蓮は新しく入った書物から視線を上げ声がした方を眺める。 　そこにあるのは手鞠くらいの大きさもある水晶だった。もちろん、これも曰く付きの品物だ。 　目を細めて蓮はその中を覗き込む。 　その中で揺らぐのは妖艶な女の姿。 「なんだい、もうやめるのかい？あんたは確か持ち主の意識に入り込み見たい夢を見せる水晶だったろう」 　蓮の言葉に水晶は暗い影を見せた。 「もうほとんど力が残っていないもの。だから眠りについて少し力を蓄えようかと思って。今までたくさんの人に夢を見せてきたけれど、今度は私が夢を見せて貰うの」 「へぇ。じゃぁ、別に壊れる訳じゃないんだ。あんたのことはまだ置いておいてもいいんだね」 「えぇ。何時起きるか分からないけどね」 「いいさ別に。……それで？あんたが見たいのはどんな夢だい？」 　蓮は水晶を手に取りそう尋ねる。笑みを浮かべてはいるが蓮の本心は読み取れない。 「私の眠りは終わりであって、始まり。……始まりの夢を見たいわ。始まりの話を聞いて、私は始まりを目指して眠りにつくの」 　素敵でしょう？と水晶が揺らめく。 「始まりねぇ……まぁ、世の中には色々な始まりがあるだろうさ。意志を持って何かをやろうとする時はいつだって出発点。あんたが眠りにつくのもね」 　その言葉にコロコロと笑う水晶の精。 「そう。誰か私に始まりの物語を聞かせてくれないかしら。御礼に最後の力で夢を見せてあげる。その始まりの刻に見たその人だけのソラを」 「そうだねぇ。案外こういう時は人が訪れるもんだよ。これからやってくる客でも助っ人でもとっつかまえて聞いてみればいい」 「えぇ、そうするわ。」 　そう言って水晶は再び沈黙し、店内には静けさが戻った。 -----＜呼応＞-------------------------------------- 　古書店巡りを終えた城ヶ崎由代は、ふとアンティークショップ・レンの店内が脳裏をよぎり、いつもそうであるように導かれるままに足を向けた。 　蓮の店は客を選ぶらしいが、常連客とも言える由代はその店との波長が合っているのかもしれない。 　今日も何かに導かれるように由代は店へと向かう。 　それは由代にとっては通い慣れた道であったが、同じ道を歩いている者でもその店を一生見つけられない者は多いだろう。むしろ、見つけられない者の方が多いに違いない。 　由代は目に入った小道に入り、店のドアを開いた。 　ドアに付けられた鈴が澄んだ音色を響かせる。 「おや。今日は何か探しにきたのかい？」 　蓮は手に取り眺めていたグラスから顔をあげると由代に視線を移した。 　軽く会釈をした由代を見て蓮は深い笑みを浮かべる。 「こんにちは。いや、ふとこちらの店が浮かんだので寄らせて貰ったんですが」 「あぁ、呼ばれたんだね。あんたはうちの店のものと波長が合いやすいのかもしれない」 　さぁ探してご覧、と由代に告げる蓮。 「何に呼ばれたのか……ですか」 「あぁ、呼ばれたなら此処でも間違いなくあんたを呼ぶだろうね。あんたを呼んでいるなら、あんたがそれに応えてやらなくちゃならない」 「そうですね」 　頷いて由代はぐるりと店内を見渡した。 　そしてたくさん置かれているものの中から、自分を此処まで導いたものを捜し出す。 　それは特徴的な波動で由代を呼んでいた。 　この店まで由代を導いた者。 　ある棚の前へ進んでいった由代は一つの水晶を手に取った。 「キミだね、僕を呼んでいたのは」 　手鞠ほどもある水晶を手にした由代はそう水晶に問いかけた。 「ふぅん、やっぱりあんたは見つけたか」 　蓮が由代の後ろで楽しそうに声を上げた。 　そして由代の手の中の水晶もコロコロと笑い声をあげる。 「ずっと呼んでいたわ。私のお願いを聞いてくれる人を。私を見つけてくれてありがとう」 　水晶の中に揺らぐ人影。 　由代はそれをじっと見つめながら尋ねた。 「お願い……か。それは一体どういうものなのかな」 「とっても簡単だと思うの」 　そういった水晶は自分のこれからのことを由代に話して聞かせた。 「そうか。始まりの物語をね」 「そう。貴方なら素敵な始まりの物語をもっていそう。極上の物語を」 　そんな水晶のうっとりとした表情に由代は柔らかな笑みを浮かべる。 　今までたくさんの夢を見せていた水晶が、他人の始まりの話を聞き、夢を見ながら眠りにつく。 　それはまるで少女の願いのようで。 　純粋な思いを抱いているからこそ、他人に多くの夢を見せ続けられたのかもしれないと由代は思う。 「そうだな、それではこんな話はどうだろう。魔術を通して世界を知ろうとした少年の話でもしようか」 　そんな由代の提案に水晶は淡い色に輝く。 「えぇ、ぜひお願いするわ。私に始まりの物語を……」 　由代は頷いて、その水晶に始まりの物語を語り始めた。 -----＜始まりの物語＞-------------------------------------- 「少年の家は森の中を抜けて行き来するような場所にある。何処に行くのにも森の中を通らなければいけなかったんだ。通い慣れた道。それなのにその日だけはまるで別の道を歩いているような感覚があった」 　由代は遠い目をしながらその物語を語る。 　それは一体由代の心に何を映し出しているのだろう。 　ゆっくりと由代は言葉を紡ぐ。 「そんな事を感じていた少年だったが、いつものように森の中を抜けて家へと帰る途中でその森の中に見慣れぬ廃屋を見つけた。いつも通っている場所なのに、今まで見つけられなかったというのも変な話だったが、少年は好奇心から中を探検してみたんだ」 　少年というものはいつでも好奇心旺盛なものだ、と由代が告げると、水晶の中の揺らめきは同意するように小さく揺れた。 　そして水晶は由代の話を聞きながら、まるで自分が森の中にいるような感覚を覚える。 　見たことのない森の中で、水晶は木々の間から見慣れぬ廃屋を見つけた。 　それはそこにずっと昔から建っていたかのようにひっそりと、そして幾重にも刻まれた時の流れを壁に残してそこに存在していた。 「あぁ、廃屋が見える。私はそこにいる」 　小さく囁くような水晶の声。 　由代は更に先を続ける。 「廃屋に鍵はかけられて無かった。少年にはそれがまるで自分を呼んでいることのように思え、ゆっくりと前へと進んだ。足を踏み出すと、ぎしり、と音が鳴って驚いたが、少年はそのまま周りに人が居ないかを確かめ中に入ってみた。すると内部には壊れた家具などが散らばり、どれも埃を被っていた。どのくらいの間この廃屋は誰にも発見されず建っていたのか。足を踏み入れた途端、白い埃が舞い上がり少年は咳き込む。しかし、それは少年の探求心を消し去る事無かった。ハンカチで口元を押さえた少年は埃を被った室内をぐるりと見渡してみる。そして奥に書棚を見つけた。そこまで歩いていき眺めると、その書棚には年代物の本が並べてある。しかも図書館などでは見たことのない本ばかりだった。無類の読書好きだった少年は目を輝かせてその本を数冊失敬したんだ」 　もちろん値段の張る本かもしれないという下心もあってね、と由代が付け足すと、あらあら、という水晶は苦笑する。 　しかし少年の気持ちは分からなくもない。 　見知らぬ廃屋で見つけた見知らぬ本。 　きっと誰も知らないはずだ。古びたその表紙や厚さなどを見て、とても素敵なものに思えたのだろう。 「でも解る気がする。私もそこにいたら好奇心ってものだけでその本を家に持ち帰っていたと思うわ」 　そんな水晶の言葉に由代は小さく笑う。 　水晶は由代の低く耳に心地よい声に耳を傾け、早く続きを、と強請った。 　普段は聞き上手な由代だったが、どうやら話術にも長けていたようだ。 　小さく頷いた由代が再びその少年の話を始める。 「ぺらぺらと少年は持ち出した本をめくってみた。しかしその中は見知らぬ異国の言葉で綴られていてね、読みたくても少年には読めなかったんだ。それでも少年はその内容を解読したくてたまらなかった。もうその時には売る気なんて全く残っていなかった。頭にあるのはこの本を読みたい、ただそれだけでね。少年はもう一度あの廃屋で解読するための手がかりを探そうと思ったが、二度とその廃屋を見つけることは出来なかった。やはり、少年の初めに感じた違和感は本当だったんだろう。まるでチャンネルが合わさるかのように、あの森は別の場所とリンクしていたのかもしれない。毎日少年は廃屋を探したがやはり見つからなかったんだよ。そこで少年は家の書斎に手がかりを探して書斎に入り浸ったんだ。片っ端から洋の東西を問わず哲学書を読み漁り、少しでも手がかりは無いかとページをめくった」 　その書斎にはかなりの数の本が揃えられていた、と由代は話す。 　まるで見てきたかのような口ぶりだったが、水晶は気にした様子もなく聞き入っている。 「少年にはかなり難しい部分もあったが、書斎の本を読み尽くし、更に書店売りの一般書籍に手を出した。片っ端から関係するようなものを読み、そしてそれを知識として蓄えていく。全ては手に入れた異国の文字で書かれた本を読みたいがためだった。それは何処か執念にも似たものがあった」 　書斎の本を読み尽くすのにもかなりの時間を労したが、それは少年の中では些細なことだった。 　かけた時間も気にすることなく、日々少年は知識を得るため読み進める。 　少年の中では時間の流れはあって無いようなものだった。 「書店売りの一般書に飽き足らなくなった少年は今度は古書店巡りも始めた。関連書の類を捜し求め、次第に古書店の店長や常連客とも顔なじみになり関連したものや、参考になりそうなものがあると声をかけて貰えるようにもなった。それはもう充実した日を送っていたんだよ」 　そうでしょうね、と水晶は相づちをうちながら続きを待つ。 「段々と知識が自分の中に満ちていくのを感じてそれも少年には嬉しかった。そしてあの偶然見つけた本を解読し、更に参考文献を巡る内に関連する一冊の魔導書を少年は手にしていたんだ」 「え？………魔導書？」 　あぁ、と頷いた由代は水晶に告げる。 「その時の少年の気持ちが分かるかい？本当に偶然少年は異国の書を手に入れた。そしてその本に導かれるように魔導書を手にする。その魔導書を手にした瞬間、少年は世界の理を知るための道標を見つけたような気がしたんだ」 「世界の理………」 「あぁ。本当は僕がキミに呼ばれたように、少年もその魔導書に呼ばれていたのかもしれないな」 　由代は笑った。 　その笑顔を見た水晶はぽつりと呟く。 「ねぇ……その少年はまさか……」 「……そうだよ。僕自身の話だ」 　由代はそう言って、シジルを宙に描いて見せた。 　しかしそれを媒体としてゆっくりと魔が集まってくるとすぐにそれを消し去り、由代は水晶を見る。 「魔導書と貴方は……呼応……していたのね」 　水晶の呟きは店内に響いた。 -----＜ソラ＞-------------------------------------- 「ありがとう。貴方の素敵な始まりの物語だった」 　そう水晶は言って、再び水晶の中に揺らぐ妖艶な女の姿。 「しかしまさか、貴方自身の話だとはね。途中で私も気づくべきだった。貴方が魔術師だって事は見てすぐに解ってたのに」 　悔しそうにそう呟く水晶に由代は、それじゃあつまらないだろう、と言ってのける。 　すると水晶はコロコロと鈴の鳴るような声で笑い、思わず話に引き込まれたから良いことにするわ、と告げた。 「さぁ、貴方の望む空を見せてあげる。私に手を翳して」 　水晶が揺らめいて由代を誘った。 　導かれるままに由代はその水晶に手を翳す。 　触れるか触れないかのところでいきなり由代の脳裏に浮かび上がる空。 　少年は魔導書を手にし、家路を急いでいた。 　日はとっぷりと暮れ、辺りは暗闇に包まれている。 　しかし見上げた空には美しいくらいに輝いた満月。 　暗闇の中を照らし出す光。 　少年は高揚した気分で、世界の果てまでも見渡せる気になった。 　何処までも世界を照らしていくような月の光と同じだけの視野を手に入れた気がした。 「懐かしい光景だ」 「それは貴方の中の一番心に残った空の風景。始まりの物語の時に見た空」 　貴方の原点かもしれないわね、と水晶は言う。 「さぁ、私はそろそろ眠りにつくわ。貴方の夢を抱いて寝る。そして力を蓄えて再びこの世界に降り立つの。そして私自身の物語を始める」 「……それはいつ頃になるのかな」 　由代の問いに首を振る妖艶な女の姿は次第に水晶の中で消えていく。 「いつ頃かしらね。私にも解らない。でも必ず私は始まりの夢を見ながら、また新しい私自身の始まりに立ってみせるわ」 「頼もしい。僕も応援しているよ」 「ふふっ。……ありがとう」 　そう告げると水晶は再び静けさを取り戻し、全ての色を失った。 ＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝ ■登場人物（この物語に登場した人物の一覧）■ ＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝ 【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業】 ●2839／城ヶ崎・由代／男性 ／42歳／魔術師 ＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝ ■□■ライター通信■□■ ＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝ 初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。 今回の依頼にご参加頂きありがとうございました。 OP有りのシチュエーションノベル的要素が強いものだったのですが、如何でしたでしょうか。 落ち着いた感じの紳士な由代さんの雰囲気を壊すことなく表現できていると良いのですが。 魔術師という部分にもかなり惹かれるものがありました。 由代さんの魔術師となるきっかけの物語を書かせて頂けてとても嬉しかったです。 また機会がありましたらお会い致しましょう。 ありがとうございました。