コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


トロイの木馬



 ――プロローグ

 よいこよ4154……。
 ……なんだっけえか。
 草間の頭は今ゼロを含む十の数字でいっぱいだった。
 
 問題は暗証番号だった。今日の三時までに振り込まないと、事務所の家賃滞納が半年になる。
 追い出されるかもしれないのだ。
 カードの番号の意味は知っている。零は笑顔で言っていた。
『伊藤博文の誕生日です』
 知るかボケ。と、草間は言いたい。もしくは、おもいきり知らぬ顔でエルボーを横っ腹に決めてやりたい。

 困ったなあ。困りきって、めいいっぱい緊張した顔つきの銀行員のお姉さんに聞いてみた。
「暗証番号って教えてもらえませんよね」
「あの……通帳と……印鑑を」
「ですよねえ」
 ガチャリ、マガジンがかすかに揺れる音がした。草間の眉間に、マシンガンの銃口が突きつけられる。さすがの草間も、喉元で「ひぃ」と言った。
「おっさん、ちゃんとそこに並んで座ってろ」
 おっさんだと。草間は、その毛糸の仮面を殺してくれようかと奥歯をきしりと噛んだ。おれは、お兄さんだ。
 思わず、毛糸の仮面を睨みつける。
 見渡してみると毛糸の仮面が十人ほどいたので、草間はすごすご引き下がることにした。死んでは元も子もない。

 手早く思い出していれば、銀行強盗になど合わずにすんだものを……。
 零が恨めしい。伊藤博文が恨めしい。たしか伊藤博文だっただけで、本当に博文だったかどうかの記憶は怪しい。
 草間がしょぼしょぼと客の並ぶ列へ入ると、客の中に知り合いを発見した。


 ――エピソード

「草間ちゃん、草間ちゃん」
 と……嫌な声がする。そうだこの声は、秋山・悠の声だった。
 悠には災難吸引能力がある。……もっとも、若干草間にもそれがあるような気もする。それにしたって、彼女、ネタのためならどんな徒労もどんな被害も「結果オーライ」の一言で済ます傾向のある女性だった。
 一言で言えば、絶対に今会いたくない輩の類である。
 草間はがっくりと肩をうなだれながら、自分を呼ぶ悠の元へ歩いて行った。
 トボトボと歩いて来た草間の背中を、悠は一喝するように叩いた。
「最高のシチュエーションじゃないの!」
 最悪の間違いでは。と、草間は胸中で捕捉した。苦笑をしながら、顔を上げると悠の肩越しに雨宮・和沙の長身が覗いて見えた。草間は助かったとばかりに、和沙へ手を伸ばし肩に触れた。和沙は驚いたように草間を振り返り
「こんなところで、奇遇ね」
 とさらりと言った。
「さっさと、どうにかしてしまおうと思うんだけど。草間クン、協力してくれるかな」
 和沙は状況をチラチラと確認しながら、淡々と言った。草間は、「このままやり過ごせないものか」と切実に思いながらも、和沙の特殊能力、瞬間移動を知っていたので協力はしても、被害をこうむることはないだろうと踏んだ。
「……できることなら」
 草間が言うと、後ろで悠が草間の腕を捕まえて
「大丈夫だって、この鞄のことは、バレないって」
 と大きな小声で(変な表現だが)告げている。一瞬、何を言われているのかわからず、悠の抱えている中くらいの鞄を凝視した草間だったが、すぐに悠の狂言芝居だと気付き、げんなりした。この悠は、どうしても草間を厄介ごとに巻き込むつもりなのだ。
 その声は見事に銀行強盗犯に届いた模様で、悠は「あーれー」と言いながら人質として捕らえられてしまった。
 ……本人は非常に嬉しそうなのだが。
 和沙が不思議そうな顔をして悠を眺めている。
「彼女は……あれで嬉しいの?」
「作家なんだよ。ネタ作りの為に外を歩いてるって奴さ」
 和沙は、納得したようなしていないような複雑な表情を作って、それから
「作家には奇人も多いって聞くしね」
 の一言で片付けてしまった。
 その通り。作家には奇人も多いということなのだろう。しかし、悠の場合はずば抜けているように思える。ミステリーを体験しないとミステリーが書けない作家がいたとしたら、殺人犯はどれだけいればよいのだろう。
「まあ、彼女は自業自得で死んでもいいことにして、あとの人質、ちゃっちゃと助けちゃおうか」
 冷たく言って、和沙は眼鏡を上げた。草間もつられて、眼鏡の位置を直す。
 銀行強盗犯は金を詰めている二人を除いて、四人フロアーに立っていた。一人は悠を捕まえて鞄を取り上げようとしており、一人は草間達のすぐ横で銃口を揺らしており、逆サイドにまた二人立っている。
「私これからデートなのよね……」
 和沙は呟いて、苦々しい顔をした。これからデート、でこの状態にかち合ってしまったとしたら、さぞかし頭にくるだろうと草間も思う。


 小さな声で、草間は提案した。
「人質優先ということで……悠さんにおれが組み付いて助けている間に、和沙は……敵の殲滅? ……って、できるよ、な」
 和沙の能力を知っている草間は、少し歯切れが悪い。
 和沙は眼鏡をまた上げて、少し冷たい眼差しになった。悠が、「たーすーけーてー」と緊迫感のない悲鳴を上げている。
 草間は思わず呟いた。
「あのバカ」
「ある意味作家としちゃあ、立派なんじゃないかしら」
 和沙が一刀両断にする。
「簡単ね。全員昏倒させればいいんでしょ?」
 草間が慎重にうなずく。
「じゃあ、十秒後に行動を始めるわ。マシンガンの暴発もありえるから、その瞬間に草間さんはフロアーの人質全員を伏せさせること。……悠さんは、……あのままにしときましょうか」
「しておこうか」
 悠は草間と和沙の冷たい視線にかち合って、一瞬たじろいだ。が、それは一瞬のことで、鞄を握り締める悠の手にぬかりはない。
「……そういうわけにはいかないから、一番初めに助けるわ。そうしたら、草間さんは、彼女を押し倒して安全な状態にすること」
 和沙が手筈を整える。草間も、神妙な顔でうなずいた。
 
 
 3、2、1……サラリと和沙が消える。サラリと霧散した黒い霧を、草間は目にした。
 しかし、驚いている場合ではない。草間は一人立ち上がり、
「頭を低くしろ、伏せろ、顔を上げるな」
 と指示を飛ばした。草間へ向けて、誰かのマシンガンが構えられる。しかし、パンという銃声がした瞬間にドサリという音がして、振り返ると撃った男は昏倒していた。草間は体制を低く保ちながら、なにが起きたのかわからず呆然としている悠の頭に手をかけて、床へ突っ伏した。黒い霧は、あちこちに現れては消え、そして窓口カウンターの中の二人の銀行強盗も、簡単に伸されてしまった。

 和沙は、意識を軽くさせ、ただそこにいない気持ちになる。そして、無意識と意識が交互にやってきてそれらは簡単に散らばっていく。その状態で、瞬間移動は可能となるのだ。だから、一人一人強盗の首に蹴りを入れていくのはたやすいことだった。高い位置へ移動して、落下を利用して相手を気絶させる。
 六人いた強盗は、それこそ瞬く間に伸されてしまい、和沙の危惧したマシンガンの暴発は避けられた。草間は、悠の頭を床へ押し付けている。また黒い霧になる。霧になるのが、正しいのかはわからない。そんな気持ちになり、和沙はロビー中央に着地した。


 悠がわけが分からないという顔で和沙の顔を見つめている。
 草間はほっとした表情で、悠と和沙を見比べていた。ようやく悠の頭から手を離す。
「なに、わけがわからん」
 悠は不服そうに草間に抗議する。草間は、その抗議を取り合わず嘆息を一つだけこぼして悠を見た。
 悠はしばし考えた後、眉根を寄せて言った。
「つまりだね、草間探偵。これって、あなたの心霊現象吸引能力が手っ取り早く解決しちゃったってことなんでしょ。そうなんでしょ」
 草間は一瞬天井を仰いでから、顎に手を当てて
「そう、言えないこともない」
 感想を述べた。
「こんなのネタに使えないわよ。だって、私には何も見えなかったし、何もわかんなかったもの」
 ぷりぷりと悠が言う。癖ッ毛の髪が、悠の首の動きに合わせて跳ねる。
 草間は悠をともかくなだめようと想い、フォローの言葉を探した。……見つからない。弱ったな、と思っているところへやけに大きな時計の音が聞こえてきた。
 草間は時計を見上げた。つられて、悠も時計を見上げた。
 しかし……なんだか音は銀行の時計から鳴っているわけではなさそうだった。悠と草間が視線を交わす。悠長に、和沙はATMを使ってお金を下ろしているところだった。
 草間と悠は同じ予感を胸に、銀行強盗の持っていた鞄の方を見やった。
 ……たしかに、そちらから音は鳴っているようである。
 つまり、そういうことは……。
「時限爆弾ね!」
 悠は楽しそうに言った。
「時限爆弾だ」
 草間は悲痛な声で叫んだ。
 二人の声に、和沙が振り返る。
 
 
 草間は銀行カウンターに片手をついて飛び、中にある黒い袋を見た。悠がノタノタと草間の後を追ってくる。二人は袋の中の、ダイナマイト型をした時限爆弾の装置に時計がついているのを見た。それから、時計がなる時刻が三時……二人は後ろのロビーの大時計を見上げた。あと、五分しかない。
「スリリングだわ、どうしましょう、草間ちゃん」
 草間は短く和沙を呼んだ。
「和沙」
「なによ、もう、私これから弟のデートで忙しいんだから」
「そういう場合じゃない。これ、時限爆弾……あと、一分……」
「はい?」
 和沙が目を丸くしながら長い真っ直ぐな髪を、片手で後ろへやる。うるさそうに前髪をかきあげながら、和沙は時限爆弾を覗き込んだ。
 それからしばし沈黙し、彼女は眉根を寄せて草間に訊いた。
「どこへ捨ててくる?」
「……海の、上か?」
「事務所に捨てに行ったら怒るでしょ」
 草間が「当たり前だ」と叫ぶ前に、和沙は時限爆弾を片手に霧散してしまった。
 悠が、難しい顔をして草間に迫る。
「ちょっと、これ、私にどうしろって言うのよ!」
「知らないよ。だって、これで一件落着だろ? お金が下ろせて万歳じゃないか」
 そこへ和沙が涼しい顔で戻って来た。
「任務完了。じゃ、私は弟のデートで忙しいので」
「イマイチ理由が理解できん」
 悠が食いつく。
「なになに、ネタになりそーなの!」
 和沙は一瞬考えて、それからほがらかに言った。
「ジュネ系ならいけるかもしれない」
「うーん、専門外だわ」
 和沙はそそくさと出て行ってしまい、銀行に残っていた草間は、悠に片腕をしっかりと捕まれて、スリルとサスペンスの旅に連れ出されようとしていた。
「ちょっと待ってくれ。おれは、事務所の滞納家賃の支払いが!」
「バカね。三時過ぎたら、どうせ明日払いにしかならないわよ」
「そ、そんな」
 そうして草間は、悠につれられて不幸と怪奇の未知の街へ出るのであった。
 
 
 ――エピローグ
 
 その後は散々だった。まず、ヤクザに絡まれる。(もちろん、逃げ出そうとしたところを悠に捕まって掴み合いの喧嘩に発展。打撲三箇所。打ち身二箇所。鼻の骨が折れなかったのが幸い)
 そのあと、交通事故に見舞われる。しかも、その二人を轢いたタクシーが無人タクシーというやつで、結局なんとかして無人タクシーについた女性の怨念をはらさなければならなくなる。
 打ち水をしているウナギ屋の主人に水を頭からぶっかけられる。
 人面犬に話しかけられ、口裂け女に猛烈な勢いで追いかけられる。(悠は置き去りに、持ち前の逃げ足の速さで事務所まで逃げ切る)
 まったく……散々だった。
 事務所へ帰ると、和沙に零がお茶を出していた。
「あれ? 弟さんのデートは?」
「健全に夕方に終わったわ。夕ご飯はイタメシ屋。なんかこう、わざとらしくて。あれは、見られてるのを意識してたのね……。面白くない」
 零が邪気のない声で言う。
「和沙さんのご趣味変わってますね」
 白いリボンが揺れて、零はにっこりと笑った。和沙は慣れた様子でかすかに笑い
「よく言われるわ」
 草間がこんもりと物の積みあがった机に腰をかけたところへ、低い声が入り口付近から聞こえてきた。
「草間・武彦……」
 声の主が悠だということはわかっていたので、草間は机の下に隠れ、零に「いないいない」とジェスチャーを送った。
 もちろん、それが無駄だったのは言うまでもない。
 

 ――end

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【2285/雨宮・和沙(あめみや・かずさ)/女性/25/会社員】
【3367/秋山・悠(あきやま・ゆう)/女性/34/作家】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

はじめまして!「トロイの木馬」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。

では、次にお会いできることを願って。

 秋山・悠さま
 
 改めましてはじめまして! ご参加ありがとうございます。
 プレイングにあったように、草間さんを活躍させることができず、申し訳ありませんでした。
 少しでもご希望に添えていれば幸いです。
 ご意見がありましたら、お気軽にお寄せください。
 
 文ふやか