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鬼恋-キレン-
◇オープニング
インターネットカフェの片隅で、瀬名・雫(せな・しずく)は眉間に皺を寄せ、滅多に見せない小難しそうな表情を浮かべていた。
「う〜ん」
小さなうなり声を上げると、目の前に置かれているパソコンの画面を凝視した。
彼女が開設しているホームページには、世界各地で目撃された怪奇現象の情報が寄せられる。
それら情報の真偽を調べるのが、彼女の楽しみなのだ。
余りにも多い時は、友人達にも手助けしてもらったりもする。
雫はもう一度うなり声を発した。
私の側に鬼がいるの。助けて、助けて。(リカ)
掲示板の書き込みに、書いてあった内容である。
「悪戯かな〜」
唇を尖らせると、腕を組んで首を傾げた。
「でも、何か引っかかるんだよね」
そういうと、おもむろにキーボードを叩きだした。
書き込みにたいして、返信記事を書いているのだ。
「もう少し、詳しく教えて下さい……と」
呟きながら書き込むと、投稿ボタンを押した。
「え?」
返信記事を書き込んだ後、ページを更新すると、自分の書き込みの他に、数件の返信が書き込まれていた。
「何……これ、どういうこと?」
雫はまたもや画面を凝視した。
雫が書き込む時には無かった、レス記事が並んでいた。
それも、お互い確認しあい、会う約束を取り付けている。
「え〜、ちょっと待ってよ。もしかして……今回は、あたし出番なしってこと?」
不機嫌そうに唇を尖らせると、キャスター付きの椅子をコロコロとコロがしながら、両足を床と平行に伸ばした。
「ま、いっか。んじゃ〜お任せしちゃおっと」
あっけらかんと微笑みと、動かしていた椅子を、えっさえっさと動かしながら、他の記事を読み始めた。
◇1
薄暗い部屋の中で、海原・みあお (うなばら・みあお)は、柔らかく微笑んでいた。
「このリカの記事、おもしろそう」
小さな手で、口元をおおいながら、クスクスと声を漏らす。
「鬼かあ」
そう呟くと、みあおは背後にある、部屋の扉を見つめた。
そして、もう一度クスクスと笑うと、おもむろに椅子から立ち上がった。
そして、クローゼットを開けると、頭を突っ込んで何かを探し始めた。
「ん〜」
なかなか見つからないのか、更に頭を突っ込んだ為、柔らかな銀の髪がくしゃくしゃに乱れた。
「あっれ? ここになかったのかな」
クローゼットから頭を上げると、その場に座り込んだまま、人差し指を口元に置いた。
「あ!」
思い出したかのように声を上げると、勢いよく立ち上がり、トコトコとかけて、壁側に置かれている棚の引き出しを開いた。
「あった、あった」
嬉しそうに呟くと、みあおは探し出した”もの”を大事そうに抱えた。
「おとーさんに買ってもらった、デジタルカメラ」
手にすっぽり収まるサイズのカメラを、高々と上げると、誰にともなく自慢げに呟いた。
「これで、リカと鬼と一緒に記念写真撮るんだっ!」
みあおの表情から察すると、実際の目的はそこにあるように感じられる――が、兎に角、リカが住む街へ向かうこととなった。
◇2
夏も近いこの時期、燦々と照りつける太陽に、みあおは瞳を細めた。
のどかという言葉がしっくりくる、自然豊かなその土地に降り立ったみあおは、迎えに来るであろうリカを待っていた。
改札を出た所で、暇そうに待っていると、細身で、セーラー服姿の高校生が声をかけてきた。
「えっと、海原みあおさん?」
みあおの正面に立ち、膝を少し曲げて、目線を同じ高さにすると、優しく微笑んだ。
「うん。あなたが、リカ?」
小学生であろうみあおに、呼び捨てにされたことに苦笑を浮かべながらも、リカはやんわりと微笑を浮かべた。
「山下リカです。今日はわざわざ来てくれてありがとう」
リカの言葉に頭を振ると、みあおは先だって歩き出した。
「ここまで、遠かったでしょ。1人で迷わなかった?」
「平気だよ。みあおは運がいいから」
そう答えたみあおにリカは目をパチクリさせながらも、「すぐそこなの」と、目の前の通りを指した。
駅改札から、5分もかからない所に、リカの住まいはあった。
こぢんまりとした一戸建ての家で、休日だというのに、両親は仕事で家にいないのだという。
リカが家の鍵を取り出し、鍵穴に差し込もうとした時だった。
「ところで、鬼ってどんなの?」
下から覗き込むように、みあおは尋ねた。
「あっ」
リカの手から滑り落ちた鍵は、小気味よい音をたてながら、地面に転がった。
「リカ?」
みあおの銀色の瞳が、訝しげにリカを見つめる。
微かに唇を震わせながら、リカはしゃがんで落ちた鍵を拾った。
「つ、疲れたでしょ。どうぞ、入って」
がちゃがちゃと音をたてながら、鍵を開けると、乱暴に引き戸を開いてみあおを招き入れた。
「みあおのうちにも、鬼がいるよ」
「へ?」
玄関に腰をかけ、靴を脱ぎながら、みあおはニッコリとリカに微笑んだ。
「みあおちゃん家にもいるの? 鬼」
リカの問いかけに、みあおは元気に頷くと、考えるように頭を傾けた。
「おとーさんがね、おかーさんのこと鬼だって」
そう告げたみあおに、リカは苦笑を浮かべた。
「みあおちゃん、それは……」
そこで、言葉を途切れさせた。
「リカ?」
不思議そうに見つめるみあおの目の前で、リカは体を2つに折り、両手で体を抱くようにしてうずくまった。
『ワシをそのようなオニと一緒にして欲しくないな』
低く頭の奥に響くような声でしたかと思うと、目の前に半透明な男の姿が現れた。
「いやっ」
みあおの目の前で、リカは恐怖に顔を歪めると、耳を塞いで拒絶するように頭を何度も振った。
『リカ、ワシは……』
赤い瞳を切なそうに歪ませると、男は背後からリカの肩に手を置こうと伸ばした。
が、見えない壁でもあるのか、その手はある一定の所から近付くことが出来ない。
そして、その手は、何かにはじき飛ばされた。
「もしかして……近寄れないんだ」
男とリカを交互に見つめながら、みあおは独り言のように呟くと、リカの側に駆け寄った。
「リカは、あの男が嫌いなんだ」
みあおの問いに、リカは大きく頷いた。
そして、涙に潤んだ瞳でみあおを見返した。
「お願い。助けて。あの鬼を消して」
みあおの華奢な腕を力一杯掴むと、懇願するように呟いた。
リカの背後で、鬼と呼ばれた男は、所在なげに立ちつくしていた。
平安時代の着物のような物を着用し、長く白い髪は結わえることなく垂れたまま、そして、瞳は赤く、肌の色は異常に白い。
何よりも、頭上に銀色に輝く突起物が生えている。
「すごぉい。もしかして、本物の鬼?」
男の突起物を見つけた瞬間、みあおの表情が明るくなった。
「ねえ、お兄さんは、本当に鬼なの?」
みあおの瞳に、疑いの色が浮かんだ。
『……』
「なんか言ってよ。ほら、リカだってこんなに怖がっているんだし。みあおは、リカの助けになりだいだけだもん」
とは言うものの、興味津々とばかりに、銀色の瞳がキラキラ輝いている。
『神が気まぐれに造った、創造物だ』
明らかに、不機嫌そうに告げる鬼に、みあおはトコトコと近寄ってニッコリ微笑んだ。
「みあお、気づいちゃったんだけど、お兄さん、リカのこと好きでしょ」
みあおの言葉に、鬼は切れ長の瞳を見開いた。
「あのね、リカがお兄さんのことを受け入れていないから、お兄さんはリカに近寄れないんだ。でも、お兄さんはリカのこと、食おうとか考えてないと思うよ。だって、お兄さんの瞳、とっても切なそうなんだもん。みあおはね、そういうのにちょっと敏感なんだ」
そう言うと、みあおは、リカの手を引っ張って立ち上がらせた。
「まって、みあおちゃん。だって、あの鬼は、夜な夜な枕元に現れるの。それもすごい怖い形相でだよ。それなのに……」
すると、みあおはリカに抱きついた。
「みあおの幸せを少し上げる。大丈夫だから、ね、みあおを信じて」
一瞬、みあおとリカの周囲に純白の羽根が舞った。
「あれ?」
リカは不思議そうにみあおを見つめた。
そして、背後にいる鬼に視線を向けた。
「ね?」
ニッコリ笑うと、リカの背を押し、鬼の側に近づけた。
「並んで。あ、ここちょっと間開けててね」
そう言うと、みあおはポケットからデジカメを取り出し、何やら操作しながら下駄箱の上に置いた。
「はーい。ニッコリ」
カシャ。
シャッターを切る音と共に、フラッシュの光りが3人を直撃した。
「み、みあおちゃん?」
一体なにが起こったのかと、戸惑うリカ、その隣で、鬼は複雑な表情を浮かべている。
「記念撮影」
元気に答えると、撮れた画像を確認した。
◇エンディング
「ん〜。結果は雫に報告するべきかなぁ」
そう呟きながらも、カタカタとキーボードを叩くみあおの姿があった。
なぜ、鬼がリカに憑いたのかは解らなかった。
ただ、1つだけ解ったことは、鬼はリカに恋をしていたのだと言うこと。
「なんで、リカはあんなにも鬼のこと拒絶していたのかな。みあおだったら絶対受け入れるのに」
そう呟くと、マウスを動かしながらクリックした。
「でも、リカを幸せに出来てよかった。リカの中にあった、恐怖を取り除いてあげたから、これで、鬼を受け入れられるもんね」
そう言うと、パソコンの電源を切った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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1415 /海原・みあお(うなばらみあお)/女/13/小学生
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■ ライター通信 ■
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始めまして、ライターの風深千歌と申します。
この度は、ご参加頂きまことにありがとうございます。
海原みあお様
漠然としたオープニングにもかかわらず、参加頂き、本当に嬉しく思っています。
とても可愛らしいみあお様を表現しきれたかどうか、少し不安が残りますが、私なりに解釈し、書かせてもらいました。
お気に召して頂ければ幸いに思います。
もし宜しければ、ご意見・ご感想等など寄せ下さいませ。、
機会がございましたら、またお会いできることを心待ちにしております。
風深千歌 拝
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