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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


音匣の杜
 
 
 Y県の山間部で、どこからともなくオルゴールの音色が聴こえてくる──という噂がある。もちろん、周囲には民家もなければ人影すらない場所からだ。
 オルゴールの音がするだけで実害はほとんどなく、雫もそれまではたいして気にもとめていなかった。
 
■助けてください from Yanagi
 私の住むY県には「オルゴールの森」と呼ばれている場所があります。今まではオルゴールが鳴るだけで何もなかったのですが、先日、そのオルゴールの森へ行った友人が、それきり帰ってきません。もう一週間にもなります。警察にも相談したのですが、まともに取り合ってくれません。お願いです、助けてください。
 
「う〜ん」
 モニタを眺めながら雫はうなっていた。
「オルゴールの森」で友人や恋人が失踪したという書き込みが、今日だけでもう三件目だった。昨日も別の人から同じ書き込みがあった。
「けっこうヤバイ状況なのかも」
 
    ※    ※    ※
 
「もう一人ってどんな人なんですか?」
 Y県に向かう電車の中で、雫は三つ編みの少女、湊・リドハーストに尋ねられた。ゴーストネットOFFには、雫一人では調査しきれない怪奇現象の謎を追うために、協力者募集の告知がしてある。湊は、オルゴールの森に興味を持って協力を名乗りでてくれたのだ。
「豪快な姐さんらしいよ」
「らしいって、なんか曖昧なんですけど……」
「実際に会うのはこれが初めてだからねー。娘さんとは何度も会ってんだけど」
「子持ちなんだぁ。ということは、けっこう年上?」
「うんにゃ。二十二って言ってたかな。みなもちゃんなんかが十三だから──」
「はわわっ。ってことは九才で出産? すごいなあ」
「だよねぇ」
 しみじみと雫はうなずいた。でも、物心ついたころには、すでに戦場にいたというのだから、雫には想像できないほどの過去があったにちがいない。
「それで、その人は?」
「なんでも地元警察に挨拶かましてくるって先に行っちゃった。あっちで合流できるよ」
 
 
「まったく傭兵の看板を下ろそうかしらねぇ」
 警察署をあとにした海原みたまはつぶやいた。ゴーストネットOFFというサイトを見たダンナさまから行方不明者を捜しだしてほしいと頼まれはしたが、これではただの何でも屋と変わらなくて、なんだか悲しくなってくる。
「でも、愛するダンナさまに頼まれたら嫌とは言えないしなあ」
 やっぱり、ここはしっかり事件を解決して、ダンナさまに誉めてもらわないと──。
 気を取りなおしたみたまは、雫と合流する前に、まずは知り合いの大学教授に話を聞くことにした。みたまの想像では、地面の下に大きな空洞ができそこへ落ちてしまったのか、あるいは気流か光の屈折率が原因でそこを訪れる人の姿が視えなくなっているだけではないのかと踏んでいるのだが、その可能性を検討してもらおうというのだ。
 歩きながら携帯電話をかける。しばらくして教授がでた。事情を話すと、
「神隠しですかあ」
 間延びした返事をされてしまった。
「海原さんの仰るようなことも有り得なくはないでしょうが、可能性としては低いでしょうねえ。もしそうであれば過去にも神隠しがあったでしょうが、オルゴールの森でそのようなことが起きたという記録は残っておりませんし。もっとも記録がないだけで、実際には起きていたのかもしれませんが」
「だったら、可能性が高いことを教えてくれないかい」
「科学は万能というわけではありませんからねえ。世の中には科学で説明できない不思議なことがあるということは、私より海原さんのほうがお詳しいでしょう?」
 まったくだ。結局なにも情報を得られないまま、みたまは通話を切った。
 関係者に会うのは雫と合流してからにして、ほかにできることというと──みたまは思考をめぐらせた。
 
 
 ゴーストネットOFFに書き込んだyanagiの本名は、高柳由布子といった。二十歳の学生である。
 みたまと落ち合った雫と湊は、オルゴールの森のことを聞くため、駅前の喫茶店で由布子と会っていた。
「で、いなくなった友達って、なんか変わった様子とかなかったの?」
 チョコレートパフェをつつきながら雫は言った。
「特には」
「家出とかの可能性ってないんですか?」と湊。
「ないと思います」
「行方不明の子ってのは他にもいるんだろ? 集団家出の可能性は──カルト的な事件ならともかく、そんな頻繁には起きないんじゃないのかい」
「だね」
 みたまの言葉に雫はうなずいた。今回がそのカルト的な事件の可能性もあるわけだが、もしそうだとしても何らかの形でオルゴールの森が関わっているのだろう、と雫は考えていた。
「その友達──ええっと」
「友達の名前ですか? 泉水です。妹尾泉水」
「泉水ちゃんは、よくオルゴールの森に行ってたの?」
「よく、ってほどじゃないんですけど。でも、たまに。気持ちを落ち着かせたいときとかに行ってたみたいです。泉水だけじゃなく、そういう人は多いんですよ」
「なるほどね」
 木々の緑に囲まれて、オルゴールの音色を聴く。これまで怪奇現象の噂がほとんどなかったのは、癒しの効果が大きかったせいかもしれない。
「あ、あたしもここに来る前に、ネットでオルゴールの森のことを調べたんですよ。ちょっとした観光スポットになってるみたい」
「そうですね。好きな人は週に何度も行ってたみたいです」
「とりあえず現場に行ってみよっか。なにか分かるかもしんないし」
 チョコレートパフェを食べ終えた雫が立ち上がった。続いて、湊と由布子も立ち上がり、店を出ようとした彼女たちを、みたまが呼び止めた。
「ちょっと待って。行方不明者を捜すのが目的なんでしょ? だったら、もう手はずは整ってるんだけど」
「手はず?」
「捜索犬や救助犬だろ? それにヘリ。山狩りするために、時給一〇〇〇円でバイトを百人くらい雇っておいた。電話ひとつで、すぐに捜索は開始できるようになってるよ」
「はわわっ。豪快だなあ」
「……あ、あの、その経費は誰持ち?」
「もちろん──」
 一呼吸をおいて、みたまはにっこりと笑った。
「──私のダンナさま」
 その言葉に雫はほっとした。いくらなんでも、そんな金額、雫には払いようがない。
「でも、ちょっと時間をくれないかな」
 みたまの提案に雫は言った。
 行方が分からなくなったひとたちを捜す──もちろんそれは大切なのだが、それだけで解決というわけではないと雫は考えていた。原因を取りのぞいてやらないと、きっとまた同じことが起こってしまうはずだ。
 もっとも事件の謎を追うのは人助けのためなんかではなくて、雫の趣味的欲求を満たすためなのだけれど。
 
    ※    ※    ※
 
 遠くからオルゴールの音色が聴こえてくる。
 愁いを帯びたさびしげなメロディだった。流行に疎い雫には、その曲が有名なものなのか、そうでないのかも分からなかった。みたまも、「ふーん、ほんとにオルゴールが鳴ってるんだね」と感心はしたものの、曲そのものには興味がなさそうだった。
 ただ一人、湊だけは耳を流れるメロディに耳をかたむけ、
「あれー、どこかで聴いたことがある気がするんだけどなあ」
 と首をひねっていた。
「ところで、ここの森は有名な曲とかも流れるのかい? 『戦場のメリークリスマス』とか」
 みたまが由布子に訊く。
「まちまちです。SMAPとかモーニング娘。が流れることもあるし、リストやショパンのときもあります。あとは本当に誰も知らない──たぶん、オリジナルの曲のときも」
「オリジナルねえ。誰が作ってるんだろうね」
 
 
「ねえ、あなたの知ってること、なんでもいいから聞かせてくれないかな」
 木に手をかざして湊は言った。
 以前、『アンティークショップ・レン』で起きた事件に関わったとき、湊は植物と会話できる魔法の指輪を譲ってもらった。普段はチェーンに繋げて首にかけており、必要に応じて指にはめている。
『朝、森の奥へ向かっていく女の子ふたり組を見かけたよ』
「森の奥? 今もまだそこにいるのかなぁ?」
『どうだろうね。私はここから動けないからね』
「それも、そっか。とりあえず、奥のほうへ行ってみますね。ありがとう」
 木にお辞儀をした湊は、すぐ後ろにいる雫たちに木の言葉を伝え、森の奥へ行くことにした。
 
 
 森の奥へ進むにつれ、オルゴールの音色は大きくなっていった。
 数も増えた。最初はひとつの曲だけだったのが、ふたつ、みっつ、右からも左からも音が流れてくる。美しいはずのメロディも、いくつも重なると不協和音になる。
「あー、もううるさいなあっ!」
 たまらず、みたまが叫んだ。
「おかしいですね。こんなこと今までなかったのに」
「植物たちも不思議がってます。いっぺんに色んな曲が聴こえてくるのって、はじめてだって」
 湊が補足する。
『あちらの川岸のほうに、ひとがいると、むこうのやつが言ってるよ』
 言ったのは足元に生えている草。意外なところから声が聞こえてきて、湊はどきりとしてしまった。
「ありがとっ。──川岸にひとがいるそうです」
 言われたとおり、川岸へ向かうことにした。踏むと文句を言われるので、足元の草を避けながら。
 
    ※    ※    ※
 
 川岸には八人の男女がいた。
 ひとりの少女を囲むように七人は円を作っている。中心の少女以外は、それぞれオルゴールを手にしている。速く、遅く、明るく、暗く、いくつものメロディが重なり合う不協和音。
「泉水っ!」
 駆けだそうとした由布子を、みたまが肩をつかんで止めた。
「やめときなって。あいつらの目、普通じゃないよ」
 みたまの言葉どおり、七人の男女の目はうつろだった。中心にいる少女に視線は向けられているようだが、どうも焦点が合っているようには思えない。遠くからでも、それが分かった。
「中心にいるのが親玉だね。でも、参ったな。日本なんで、火器もなにも用意してないんだよ」
「火なら、あたしが出せますけど」と湊。
「マジ?」
「みたまさん、竜に乗ってみます?」
「は? 竜?」
「……いえ、なんでもないです」
 湊が首をすくめた、そのとき。
 音がやんだ。一瞬の静寂。
 雫が息を呑んだと同時に、再び音が鳴りだした。静かで愁いを帯びた──彼女たちが最初に聴いたメロディだ。七つ同時に鳴りだしたオルゴールは、不協和音などではなく、ひとつのメロディを奏でている。それはまるで、中心にいる少女に向けた、小さな祈りのような。
「はわっ」
 声をあげたのは湊だった。
「思いだした。この曲に、あの子。ほら、何日か前に若い歌手が亡くなったってニュースがあったでしょ? あの子がそうだよ」
「そういえば泉水もよく聴いてた。わたしは興味なかったから全然気がつかなかったけど」
「オルゴールの森のサイトにも、愛好家として紹介されてたのに。なんで気づかなかったんだろ」
「考えるのは後。まずは行動、だろ?」
「そう、ですね」
 湊はうなずいた。
 
 
 しかし、事件は意外な形で結末を迎えた。
 雫たちが円に割りこむよりも早く、中心にいた少女は宙に浮いた。それに呼応するように、七人が手にしていたオルゴールも浮かぶ。
 そして、ゆっくりと上昇していった少女とオルゴールは──やがて消えた。
「──」
 雫たちは言葉を失っていた。突然のことで、なにが起きたのか理解できず、少女が消えた空をただ仰ぐことしかできなかった。
 しばらくして、七人も正気を取り戻しはじめた。
「あれ、由布子? それに、このひとたちは?」
 泉水が目をしばたたかせる。
「あれ、じゃないよ。心配したんだから」
「心配? なんで?」
 首をかしげる泉水に、由布子は呆れたふうに、
「ま、無事ならそれでいいんだけどね」
 全員が状況を飲みこめないでいる中、さびしげなオルゴールの音色が、空から降っていた。
 
    ※    ※    ※
 
「結局、あれはなんだったろう」
 東京に戻る電車で、ぽつりと湊が声にだした。
「一種の葬儀じゃないのかね。おそらく、あそこにいた連中はみんな、あの子のファンかなにかだったんだろうさ」
「あのオルゴールは好きな曲かなにかだったのかなあ」
「かもしれないね」
 ふたりの会話を聞きながら、雫は思いをめぐらせていた。
 空に消えていったオルゴール。あれはなにを意味していたのだろう。空に。遠くに。それが、あの少女の願いの暗喩ではないのかと思うのだけれど──。
 けれど、雫の思考はみたまの科白でかき消されてしまった。
「あーあ。でも、ヘリとか無駄になっちゃったわ。それが残念といえば残念ね」
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 
【1685 / 海原みたま / 女性 / 22 / 奥さん 兼 主婦 兼 傭兵】
【2332 / 湊・リドハースト / 女性 / 17 / 高校生兼牧師助手(今のとこバイト)】
 
 
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■         ライター通信          ■
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はじめまして、みたまさん。ライターのひじりあやです。いつも娘さんたちにはお世話になっています。
お届けするのが大変遅くなってしまいましたが、『音匣の杜』いかがだったでしょうか。今回の話はわたし自身がどうしても書いてみたかったもので、それが少し(かなり?)空回りしている気がしないでもないのですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
これからも海原ファミリーとは良いおつきあいができればな、と思っています。娘さんたちにも、よろしくお伝えください。
それでは、またいつかどこかでお会いしましょう。