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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


齎される幸福


 一面の青。澄み渡る晴天の下、愛を誓った一組の男女が人々に祝福を受けている。
 シルクやレースがふんだんに使われた純白の衣装に身を包んだ新婦に顔に浮かぶのは、この上もなく幸せそうな微笑。
「セレ様、すごく綺麗ですね」
 本当に幸せそうですねと一度の言葉だけではその感動を言い表せないとばかりに、何度も噛み締めるように呟く最愛の女性、ヴィヴィアン・マッカランにセレスティ・カーニンガムは優しくそうですねと同意する。
 世界中で一番幸せな花嫁は二人の共通の友人であったのだが、二人はその様子を一歩引いた所から見守っていた。
 それは親族内へのお披露目の意味も強いこの式で自分達が前面に出る事が躊躇われたのと、何より、花嫁に自分達の想いが伝わっているという確信があったからであった。



 結婚式は花嫁の故郷のドイツで執り行われる。
 ドイツまでは自家用機を出す。それゆえにセレスティは時間に捕らわれることなく、自らのペースで移動が可能である。
 で、あるにもかかわらず、セレスティはかなりの余裕を持って屋敷を出た。
「寄って行きたい所があるのです。付き合ってもらえますか?」
 空港までの車中にて、ゆったりとした革張りのシートに身を預けていたセレスティが、ヴィヴィアンに告げたときの表情はどこか悪戯っ子のような印象を受けた。
 あまり見せた事がないその表情に、はい、勿論です!と勢いよく答えた後、それで…どちらに行くんですか?と付け足す。
「宝飾店へ。連絡は入れてあるので、そう時間はかからないと思いますが」
「宝飾店ですか…?」
 他ならぬセレスティと決めた贈り物である宝石箱は、今ヴィヴィアンが膝の上に抱えている。では、今から宝飾店に何の用があるのだろうと小さく首をかしげたヴィヴィアンに、セレスティは優しく囁く。
「ええ。花嫁のための『何か』を買って行きましょう」
「素敵!! Something Fourですねッ」
「ええ。一緒に選びましょう」
 はいと明るい声で答えると、ヴィヴィアンは再び素敵と呟く。今度の素敵は先程のものとは違い、セレスティの『一緒に』という言葉に対する意味も多分に含まれていた。
 ―Something Four。
 それは、幸せのおまじない。嫁ぐ花嫁が結婚式当日に、『古い何か(Something Old)』、『新しい何か(Something New)』、『借りた何か(Something Borrowed)』、『青い何か(Something Blue)』を身に着けていると幸せになれるのだという。
 言ってしまえば、『何か』である以上は『何でもいい』という事に他ならない。しかし、人への贈り物を『何でもいい』等と考える事は出来なかったし、誰かの幸せを願いながら物を選ぶ時間というのはとても幸福な時間。
 それを大切な人と共に共有するというのはどれ程の幸福か。
 セレスティはきゃあきゃあと何にしようかと考えをめぐらせているヴィヴィアンを見つめ、二人が同じ気持ちである事に微笑んだ。

 宝飾店に着くとセレスティとヴィヴィアンの二人は、そっと奥の応接室へと通された。豪華なソファが置かれたその部屋は驚くほどに広く、綺麗であった。
 店内の陳列棚の中の商品だけを取っても、高級と分類されるであろう宝飾店である。しかし、それでもまだ、店にはおいそれと出せないような、最高級品があるのだ。
 リンスターの総帥を相手にするのであれば、相応のものでなければ…。そばに控えた従業員からは、そんな気負いすら伝わる。しかし、かっちりとしたスーツに身を包み頭髪に白が混じり始めている店主だけはどこか泰然としていた。
 品質に自信があればこそ、リンスターという財閥の前でもすくむ事がない。無理にと売り込むのではなく、その品と品質に納得した時に購入されればよいという、店の品と仕事に恥じる事がないがゆえの態度。それが、セレスティがこの店を愛顧する理由の一つであった。
「本日はどのような品をお求めでいらっしゃいますか?
 そちらのお嬢様へのお贈り物で…?」
「やだ〜!!違いますぅ」
 果たして言い終えるか、言い終えないかの所でヴィヴィアンが否定する。その顔がほんのりと上気している理由は、外見年齢上は年上ではあるものの実年齢でははるかに年下の男性に『お嬢様』と呼ばれたがゆえなのか、それともセレスティに宝飾品を贈られる相手に見られたからかなのかはセレスティには分からなかった。
「友達へのプレゼントなんです。結婚式のSomething Blueが欲しくて。ね、セレ様」
「ええ、なので青い石の物が欲しいのです」
 他のSomethingは、おそらく用意した者がいるであろう。車中で話し合った結果、自分達が用意出来るのはSomething Blueだろうという結論に行き着いたのだった。
 Something Newも可能ではある。しかし、それは店で買うもののほぼすべてがSomething newなのではないだろうか。それであれば、Something Blueを選びたかった。
 店主は短く了承した旨を伝えると、少々お待ち下さいといって席を立ち、まもなくして戻って来ると、そっと赤い布の張られた盆をテーブルにことりと置いた。盆の上には数点のアクセサリーが載せられていた。

「そうですね。なるべくなら石は透明感のある鮮やかな青がいいですね」
「だとするなら、アクアマリンかサファイア…。後はブルーダイヤですよね?
 勿論、指輪はやめておいた方がいいし…」
 ああでもないこうでもないと話し合う内に、いくつもあったアクセサリーがどんどんはじかれている。けれど、そうして盆の上に残ったアクセサリーも、どこかぴんと来る物がない。
 それらはどこか華美な印象を受けた。趣味が悪いなどというものかというと、それは断じて違う。けれど、今二人が望んでいる品はそういったものではない。
「う〜〜ん、こう宝石が前面にガーーーと出ているのじゃなくて、花嫁さんがこっそりつけるようなのが…」
「こっそりですか?」
 聞き返した店主にヴィヴィアンは無論と大きくうなづく。
「だって、結婚式ですもの。主役は花嫁じゃないですか!?
 あまり華美なヤツだと花嫁衣裳を殺してしまうかもしれないし。
 それに当日、目立つべきはアクセサリーは指輪です!
 幸せになってねーと贈られた物ならば、その存在を花嫁さんにさえ分かってもらっていればいいんですもの。違いますか?」
 そう。どうせ贈るのであれば素敵なものを贈りたい。けれど、Something Fourで重要なのは物ではない。花嫁に幸せになって欲しいとそれらを用意する心こそが重要なのだ。
 だからこそ、物が主張しすぎてはいけない。そう考えていた。
 ヴィヴィアンの言葉に、店主は深くうなづく。それは心からの同意であろう。
「そういうことであれば、いいものがあります。
 うちでの取り扱いは少ないのですが……」
 そう前置きされた後に店主が取り出した品は、一目でセレスティとヴィヴィアンを満足させる品であった。



 花嫁は豪奢な金の髪、空の青を映したような青の瞳の女性。
 それゆえに、瞳の色に負けないような鮮やかな石を選んだ。その石を身につけていると真実を語る人間になるという。
 ならば、その石を身につけて誓われた永遠の愛は、真実永遠なのであろう。
 永遠という一言で片付けられる時の流れは、あまりに重い物であることをセレスティはよく知っていた。以前のセレスティであれば永遠の愛等否定していたかもしれない。
 けれど、それをどこか受け入れられるようになったのは、目の前にいる最愛の人の、深い深い海底にいるように冷たくなっていた心をふわりと包み込んだ人のおかげだ。
 この人とこの先を歩いていきたいと思った。それは退屈とは程遠い日々であろう。毎日が、楽しみと変化の連続。
 そう、普遍の愛等は受け入れる事は出来ない。けれど、永遠に続く明日を一日一日その人と続けていけるのであれば、それは永遠の愛ではあるまいか。
「幸せですか?ヴィヴィ」
「それは、もう!すっごく!!」
 うっとりと花嫁を眺めるヴィヴィアンに、セレスティはそっと呼びかける。両手を胸の前で握り合わせていたヴィヴィアンは満面の笑みで答える。
 泣くのが苦手なバンシーの目元には、うっすらと涙が浮かんでいる。悲しみでは泣く事が出来ないのではとすら思われるバンシーは、喜びに涙を流すのだ。
「私もですよ」
 果たしてそこにこめられた想いに気付いたか気付かなかったのか。ヴィヴィアンは微笑む。
 その時軽い風が吹いた。どんな悪戯心を起こしたのか、風は花嫁のドレスの裾をわずかに舞い上がらせた。
 覗く花嫁の足。そのくるぶしには青い輝き。
 芸術的な細さのプラチナチェーンに支えられた星の輝きを秘めたサファイア。繊細なアンクレットが花嫁の足元を飾っている。
「あ!」
 と、その輝きを認め、思わず声を上げたヴィヴィアンに向かって、花嫁は秘密の共有者に片目をつぶって見せた。
 それから、幸せそうに微笑むと花嫁はブーケを高く高く放り投げる。
 ブーケはセレスティとヴィヴィアン、いやすべての参列者が見守る中、次なる花嫁を知らせるためにゆっくりと放物線を描き降下しはじめた。


◇◆◇ライター通信◇◆◇

*セレスティ・カーニンガム様
*ヴィヴィアン・マッカラン様

 こんにちは、ライターのシマキです。
 長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
 お二人には引き続いて遅延のお詫びになってしまう事、とても心苦しく思っております。
 本来であれば、式にも間に合っていたと思うと、なんとお詫びすればいいのか…。
 本当に申し訳ありませんでした。

 この度はセレスティ様とヴィヴィアン様、二人一緒に書くことが出来、とてもうれしかったです。
 ヴィヴィアン様を直接書かせていただくのは初めてだったのですが、セレスティ様を通して存じ上げていたので…。
 それではお二人と花嫁様の幸せを祈りながら、失礼致します。