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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


始まりのソラ


-----<オープニング>--------------------------------------

「私、明日眠りにつくことにしたわ」

 その声に蓮は新しく入った書物から視線を上げ声がした方を眺める。
 そこにあるのは手鞠くらいの大きさもある水晶だった。もちろん、これも曰く付きの品物だ。
 目を細めて蓮はその中を覗き込む。
 その中で揺らぐのは妖艶な女の姿。
「なんだい、もうやめるのかい?あんたは確か持ち主の意識に入り込み見たい夢を見せる水晶だったろう」
 蓮の言葉に水晶は暗い影を見せた。
「もうほとんど力が残っていないもの。だから眠りについて少し力を蓄えようかと思って。今までたくさんの人に夢を見せてきたけれど、今度は私が夢を見せて貰うの」
「へぇ。じゃぁ、別に壊れる訳じゃないんだ。あんたのことはまだ置いておいてもいいんだね」
「えぇ。何時起きるか分からないけどね」
「いいさ別に。……それで?あんたが見たいのはどんな夢だい?」
 蓮は水晶を手に取りそう尋ねる。笑みを浮かべてはいるが蓮の本心は読み取れない。
「私の眠りは終わりであって、始まり。……始まりの夢を見たいわ。始まりの話を聞いて、私は始まりを目指して眠りにつくの」
 素敵でしょう?と水晶が揺らめく。
「始まりねぇ……まぁ、世の中には色々な始まりがあるだろうさ。意志を持って何かをやろうとする時はいつだって出発点。あんたが眠りにつくのもね」
 その言葉にコロコロと笑う水晶の精。
「そう。誰か私に始まりの物語を聞かせてくれないかしら。御礼に最後の力で夢を見せてあげる。その始まりの刻に見たその人だけのソラを」
「そうだねぇ。案外こういう時は人が訪れるもんだよ。これからやってくる客でも助っ人でもとっつかまえて聞いてみればいい」
「えぇ、そうするわ。」
 そう言って水晶は再び沈黙し、店内には静けさが戻った。


-----<遭遇>--------------------------------------

 大きなくしゃみをした久住良平は、未だむずむずとする鼻を擦りながら家までの道のりを歩く。
「うー……誰か俺の事噂してやがるのかな……」
 しかしそれ以上どんな噂をされているのか気にもせず、良平はある事だけを思う。
 良平の頭の中にある言葉は『腹減った』の一言だけ。
 体力も抜群の運動センスも持ち合わせている良平だったが、目下の悩みは燃費の悪い身体だった。
 あっという間に腹が減り、どうしようもなくなる事が多々あった。
 そして今もまさにそのような危機にある。
 今日も良平はサッカー部の助っ人として一戦交えてきたのだが、良平のシュートが相手ゴールに何度も吸い込まれるように入っていきそのゲームは圧勝に終わった。
 しかしいくらゴールが入ったところで良平の腹は膨れない。

「腹減ったなぁ……とりあえず早く家帰ろ」
 はぁ、と空きっ腹を抱え良平が溜息を吐いた瞬間だった。
 良平の頭にどこかの見知らぬ店の店内が映し出される。
 そしてテーブルの上には美味しそうなカレーライスが乗り、その目の前にある椅子に座る自分の姿が見えた。
 それと一際輝く小鞠程度の大きさの光る物体。
「え?俺……?」
 瞬いた時にはその光景は頭から消えていたが、その光景に良平は導かれるように歩き出す。
「カレーを前にしていたのは俺。そしてなんかあの球体が俺を呼んでた。……そしてその店はアレだ」
 良平は通い慣れた道に今まで見た事のない店が存在しているのに気がついていた。
 しかもその店の中からは微かだがカレーの香りが漂ってきている。
 罠かもしれないと思いつつも、あの自分を呼んでいた球体からは敵意も何も感じなかった。
「なんで俺の事なんて呼んでたのかな上手くいけば喰えるのかもしれないしな……行くか」
 よし、と良平は覚悟を決めその店へと足を踏み出した。

 良平がその店の扉を開くと、そこに取り付けられた鈴が涼やかな音を響かせた。
 店内のおどろおどろしい雰囲気とは似ても似つかないものを感じ、びくり、と良平は身体を強ばらす。
 しかし店内からはやはりカレーの匂いが漂ってきており、良平はにんまりと笑みを浮かべた。
「おや、初めてのお客だねぇ。今日はどうしたんだい?」
 蓮は皿を持って奥から出てきたが、良平の姿を見つけて深い笑みを浮かべ見つめる。
「カレーの匂いにつられた……じゃなくて。球体がなんか俺の事呼んでた気がしたんだよな」
 ちょうどそんな感じのやつ、と良平は棚にある水晶を指さす。
「なんだ、その子に呼ばれたのかい。じゃぁ、お入りよ」
 蓮に促されるままに良平は足を踏み入れ、そして棚にある水晶の元へと歩いていく。
「なんだって俺の事を呼んだんだ?」
 そう良平が呟くと、先ほど脳裏に浮かんだのと同じようにその水晶は輝きだした。
 そしてその中に人の姿が揺らめく。
「それは貴方に始まりの物語を聞かせて貰いたいからよ。貴方はどんな素敵な話を聞かせてくれる?」
 中で笑う妖艶な美女の言葉に良平は首を傾げる。
「始まりの物語?」
 それって何?、と良平は蓮を振り返り尋ねる。
「あんたにとっての始まりってのはなんだったか…というものを話してやればいいんじゃないのかね。まぁ、長くなりそうだしせっかくだからカレーでも食べながら話すかい?」
 ふと何かを考えるそぶりを見せた蓮だったが、良平にカレーを少し持ち上げてみせた。
 すると良平は一も二もなく頷いて言う。
「食うっ!食えなかったらそのまんま空腹でぶっ倒れる」
 それは困るねぇ、と蓮は笑いテーブルの上に持っていたカレーを乗せ、その席へ良平を促した。
「ラッキー!」
 いそいそとその椅子に水晶を抱えたまま座る良平。
「そんなにお腹空いてるの?」
 水晶が語りかけると良平は頷く。
「実は腹ぺこで餓死寸前。っつーことで、先に食ってからでもいい?」
「えぇ。構わないわ。ゆっくり話して貰った方が嬉しいもの」
「サンキュ。んじゃ、いただきます」
 良平は笑顔でカレーにスプーンを差し入れた。


-----<始まりの物語>--------------------------------------

 腹の中にカレーを納めた良平は、生き返ったー、と言いながら水晶を持ち上げる。
「で、始まりの物語だったよな」
「えぇ。貴方を形作る物語」
 水晶は静かに揺らめいた。
「始まりの物語……やっぱあれだろうな。おまえさ、空って見たことある?」
「………?空ってあれでしょ?」
 不思議そうな表情を浮かべながら水晶の中の女は窓から見える空を指さし告げる。
「あぁ。俺さ、9つまで育てられていた施設を抜け出すまで、空を見た事がなかったんだ」
 ちょっと俺の生まれ育った所って特殊でさ、と良平は苦笑する。
 女は驚いたように目を見開いたまま良平を見つめた。
「そんで、俺の頭上にいつもあったのは高く青い空でも満天の星空でもなくて、灰色のコンクリートと剥き出しの鉄骨。そして燦々と輝く太陽の代わりにちかちかとたまに点滅する蛍光灯」
 俺の周りにはそれしか無かったんだ、と良平は言った。
 女は相づちを打つ事もなく次の良平の言葉を待っていた。するとまた静かに良平は語り出す。
「夜、部屋の灯りと落とされても星なんか見えるわけもない。俺の居た場所って、地下深くにあるある機関の研究室だったんだ。でも生まれた時からずっとそんな感じだし。だから俺はそれまでずっと、自分の周りにあるものが全て正しくてそれが普通だと思ってたんだ。空も太陽も知らない。皆に観察されるように育てられるのも当たり前で、疑う事なんてなかった。狭い世界が俺の全てだった」
 今思うと本当にたまらない気持ちになるんだけどな、と笑う良平の顔はどこか淋しげで。
 水晶の精は、それで今は?、と聞きたい言葉を飲み込んで良平の言葉を待つ。
 まだ話は終わってはいない。そこにずっと居たのなら、良平は今此処に居ないのだろうから。

「で、さっきも言ったけどそこから逃げ出したのは9つの時だった。俺がその機関の求めている『モノ』ではなく、『失敗作』だったという事を教えられたんだ。そして失敗作だった俺は始末されそうになって。その時、初めてそこから逃げたいと思った。信じていた自分の周りの世界は崩れ去って、俺は何処に立っているのか分からなくなった。ただ、それでもこのまま殺されたくはないって。必死に逃げ出した。俺はまだ本当の世界を知らなかったから」
「初めて見た外の世界はどうだったの?」
「そうだな。あの時、外は雨が降っていて……でも外がどうのとかいう前に、俺は空なんか見上げる余裕もなかった。腹減ってるし、怪我も物凄く酷くて。更に追い打ちをかけるように冷たい雨が体温を奪っていって」
「そう……よね」
 女は俯いて良平に、ごめんなさい、と告げる。
「あ?なんで?」
「だって……辛い記憶でしょう?」
 その女の言葉に良平は笑顔を浮かべ笑い出す。
「んー、そうかもしんないけど、俺にとっては最高の始まりの物語だって思うし。まだ先があんだからもうちょっと聞いてから判断してくれるといいかもなー」
「……えぇ。それじゃあ続きを」
 水晶は揺らめき、良平の言葉に頷くように点滅した。

「オッケー。……それで、もう体力的限界に達してた俺はどっかの工場に隠れて気を失っちまった。もうそれはすごい姿だったと思うんだけどな。服は切り裂かれてるし、あちこち傷だらけで血まみれで。そんな俺が倒れていたのは俺の大事なじいちゃんの花火工場だった。もちろんじいちゃんって言っても血は繋がってないんだけどな。でも今は俺の大事な家族だ」
「……家族」
「そう。なんかどうも俺がぶっ倒れたその日、じいちゃんその工場に忘れ物をしたらしいんだ。それで夜中、忘れ物を取りに来たじいちゃんが傷だらけの俺を見つけて解放してくれたんだよ。今思うと、本当に見るからに胡散臭いガキだったろうに何も言わずに手当てしてくれて。ぱっと見ただけじゃどんな虐待受けたんだって感じたと思うし。それでも、じいちゃんは傷ついてた俺を必死に看病してくれたんだ」
 良平は幸せそうな笑みを浮かべている。
 それを水晶の中から女はとても羨ましそうに見上げていた。
 この笑みは辛い過去の事を悲しんでいる表情ではない。
 心からその出会いを喜び、そして幸せを感じている表情だった。

「でも俺の世界は殺されそうになったあの時崩れてしまった。だから何を信じて良いかも分からなくて、ただ部屋の隅で蹲る事しか出来なかった。助けてくれたじいちゃんすら信じられなくて。また連れ戻されて殺されるんじゃないかって不安で。警戒して俺は本当にずっと部屋の隅から動かなかった。じいちゃんはそれでも俺に優しくしてくれて、飯もくれたし、手当だってしてくれた。それでもまだ俺は信じられなかったんだ」

 裏切られた時の記憶はあまりにも鮮明で。
 それは自ら足を踏み出す為の足枷となっていた。
 ひたすら猜疑心だけが膨らんでいき、自分以外の全てが敵にでもなったような感覚。
 しかしその部屋で見るもの全て、良平にとって初めてのものだった。
 窓から見える空も、そして雲も。
 空を自由に飛ぶ鳥さえも。
 全てが新鮮で今まで自分を形作っていた世界には無いものだった。
 良平はそれらに興味はあったが、その好奇心より自分の中に根付いた猜疑心の方が勝っていた。

「何を言っても動こうとしない俺に、じいちゃんは『ずっと家にいればいい』と言ってくれた。ずっとここに居ていいって。前に進む事が怖いならここでゆっくりすればいい、焦る事なんて無いって」
 目の前に新たに広がった世界。
 それは恐怖でもあり、そして希望でもある。
「一週間近く部屋の隅から動こうとしない俺のためにじいちゃんは、しっかりと空を見てるんだぞ、って言って暗闇の中に俺を置いて出て行った。俺は途端に不安になった。此処に居ても良いって言ってじいちゃんに愛想尽かされてしまったんじゃないかって。差し伸べられた手を離されたように思えて。でも違かったんだ。じいちゃんは俺に花をくれたんだ。前に進むきっかけをくれたんだ」
 良平は窓から見える空を見つめる。
 それは過去の夜空を映し出しているかのようにも見えた。
 窓から見える夜空。
「俺はじいちゃんに言われたように空を見つめ続けた。置いていかれたのかもしれない、と思ったけど俺はじいちゃんを信じてみようって思ったんだ。だって、じいちゃんの手は今まで触れた誰の手よりも温かったし頭を撫でてくれた手も優しかったんだ。俺が生まれて初めて触れた優しさだった気がする。だから俺はその時初めて、じいちゃんを信じようと思ったんだ」
 その時の情景が良平の頭の中に溢れる。
 部屋の隅から見上げた夜空に浮かぶ大輪の花火。
 嵐の過ぎ去った澄んだ夜空に、鮮やかな色が広がった。
「空に咲いた大きくて綺麗な花に俺は口を開けたまま見惚れた。その光が全て消えてしまう前に、俺はもっとそれを近くで見てみたいと思った。初めの一歩を踏み出すのは躊躇ったけど、一歩踏み出してしまえばあとは楽だった。そのまま窓際まで詰め寄って、俺は空に咲いた花火を色が全て消えてしまうまでずっと見つめてた」
 すっごい綺麗だったんだ、と良平は水晶に胸を張る。
 コロコロ、と水晶はそんな良平の様子を見て楽しげに笑う。
「それを見たとき、ああ、これから本当にオレの時間が始まるんだと思ったんだ。後から聞いた話だけど、その花火は新作だったんだってさ。新しい始まりに新作の花火ってなんだか凄い組み合わせに聞こえるだろ」
「そうね。素敵な出会いと始まり」
 水晶は眩しそうに良平の笑顔を見つめた。


-----<始まりのソラ>--------------------------------------

「さっき、ごめんなさい、って謝った事を謝らせて貰うわね」
「は?何ソレ」
 水晶の言葉に良平は首を傾げる。
「貴方の素敵な始まりを私の勝手な解釈で悲しい出来事って思ってしまったから。でも全然そうじゃなくて、とても温かい出会いがあってそして始まりがあって。私もそんな風に誇れるような始まりの物語を自分自身で作っていきたいなぁと思う」
「そう思ってんなら大丈夫じゃん?だって、前向き思考でいればどうにかなるんだってじいちゃんも言ってたし」
 くすり、と笑った水晶に良平は頷く。
「それと俺の野生の勘」
「そうね。貴方の勘を信じてみるのも良いかもしれない。アリガトウ、素敵な話をしてくれて。私も一度眠りについて新しい始まりに備えて夢を見るわ。始まりの夢を。そしてそれを信じて目覚めの刻を待つの」
「俺も応援しておいてやる」
 頷いた水晶は自分の上に手を翳すように良平に言う。
 良平は促されるままにその水晶の上に手を翳した。
 すると、一番初めにこの店へと呼ばれた時と同じ現象が起きる。
 脳裏に入り込んでくる映像。

 満天の星空に浮かんだ大きな花火。
 打ち上げられた花火にじいちゃんの思いも込められてる気がした。
 俺に前へと進む力をくれたじいちゃん。
 そして本当の温もりというものを教えてくれたじいちゃん。
 俺が新しい始まりを見つけられたのは、その大きな花火を打ち上げてくれたじいちゃんに出会う事が出来たからだと思う。
 だからその始まりをずっと大切にしていきたい。

「これからもおじいさん大事にしてね……そしてありがとう」
 良平が改めてその始まりのソラを見あげた時、声が聞こえてきた。
 目を開けてみるとゆっくりと水晶の輝きが消えていくところだった。
 そのまま水晶は光を失い、眠りの時へと入っていく。

「おや、もう眠っちゃったのかい」
 蓮が奥からやってきて声をかけると小さく良平は頷いた。
「その子も満足したようだし、今日は助かったよ」
「いや、俺もなんか楽しかったし。んじゃ、もうそろそろ帰るとするかな。カレーごちそうさまでした」
 美味かったー!、と良平が言うと蓮が苦笑する。
「そうかい、ソレは良かった」
 にこり、と蓮が笑うと良平も笑みを浮かべ、店に似合わない涼やかな音を響かせる鈴を鳴らしアンティークショップを後にしたのだった。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●2381/久住・良平/男性 /16歳/高校生


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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。お久しぶりです、夕凪沙久夜です。
今回の依頼にご参加頂きありがとうございました。

OP有りのシチュエーションノベル的要素が強いものだったのですが、如何でしたでしょうか。
今回もえらくお腹空かせたワンコな良平さんでしたが、過去のお話を書かせて頂きアリガトウございました。
しかも素敵な出会い!これはイメージ壊せないなぁと思いつつ、暖かみのある感じを目指してみました。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。

また機会がありましたらお会い致しましょう。
ありがとうございました。