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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


始まりのソラ


-----<オープニング>--------------------------------------

「私、明日眠りにつくことにしたわ」

 その声に蓮は新しく入った書物から視線を上げ声がした方を眺める。
 そこにあるのは手鞠くらいの大きさもある水晶だった。もちろん、これも曰く付きの品物だ。
 目を細めて蓮はその中を覗き込む。
 その中で揺らぐのは妖艶な女の姿。
「なんだい、もうやめるのかい?あんたは確か持ち主の意識に入り込み見たい夢を見せる水晶だったろう」
 蓮の言葉に水晶は暗い影を見せた。
「もうほとんど力が残っていないもの。だから眠りについて少し力を蓄えようかと思って。今までたくさんの人に夢を見せてきたけれど、今度は私が夢を見せて貰うの」
「へぇ。じゃぁ、別に壊れる訳じゃないんだ。あんたのことはまだ置いておいてもいいんだね」
「えぇ。何時起きるか分からないけどね」
「いいさ別に。……それで?あんたが見たいのはどんな夢だい?」
 蓮は水晶を手に取りそう尋ねる。笑みを浮かべてはいるが蓮の本心は読み取れない。
「私の眠りは終わりであって、始まり。……始まりの夢を見たいわ。始まりの話を聞いて、私は始まりを目指して眠りにつくの」
 素敵でしょう?と水晶が揺らめく。
「始まりねぇ……まぁ、世の中には色々な始まりがあるだろうさ。意志を持って何かをやろうとする時はいつだって出発点。あんたが眠りにつくのもね」
 その言葉にコロコロと笑う水晶の精。
「そう。誰か私に始まりの物語を聞かせてくれないかしら。御礼に最後の力で夢を見せてあげる。その始まりの刻に見たその人だけのソラを」
「そうだねぇ。案外こういう時は人が訪れるもんだよ。これからやってくる客でも助っ人でもとっつかまえて聞いてみればいい」
「えぇ、そうするわ。」
 そう言って水晶は再び沈黙し、店内には静けさが戻った。


-----<遭遇>--------------------------------------

「うわっ……雨っ……」
 突然の雷雨に群雲御影は目の前にあった店の軒先へと駆け込んだ。
 土砂降りの雨で暫く止みそうにない。
「傘持ってくれば良かった……」
 はぁ、と溜息を吐いたところで持ってきていないのだから仕方がない。
 暫くその軒先で雨宿りをさせて貰う事にして、御影は空を仰いだ。
 
 その時、御影は誰かに呼ばれたような気がして辺りを見渡す。
 ぐるり、と見渡すが何処にも人影はない。
 首を傾げながら御影は俯く。
「変なの……」
 そしてもう一度溜息を吐いた御影の脳裏に突然映像が飛び込んできた。
 えっ、と息を呑み御影は俯いていた顔を上げる。
 頭の中に飛び込んできたイメージは、どこかの店内に光る球体があり、その球体が自分を呼んでいる様子だった。
 先ほど呼ばれたような気がしたのはそれだったのだろうか。
 御影は不安に表情を硬くしながら、窓から雨宿りしている店の中を覗き込んだ。
 まさかこの店ではないだろう、と思いながら。
 しかしそれははずれだったようで、先ほどのイメージ通りの内装がそこにはあった。
 ただし、光る球体だけが見つからない。
 それでも、まだどこからか声は聞こえるような気がする。
 御影はもう一度空を見上げ、まだ止みそうにないのを確認すると店の扉に手をかけた。
 からん、と涼しげな音が響き御影を店内へと導く。

「おや。雨宿りかい?」
 視線を上げることなく蓮が御影に言うと曖昧な表情を浮かべ御影は言う。
「初めは雨宿りのつもりで店先をお借りしてたんですけど……なんか僕を呼ぶ声が聞こえて……」
「あぁ、なんだい。呼ばれたのかい。ただの雨宿りにしちゃ可笑しいと思った。もっとこっちにきなよ」
 蓮に言われるがままに御影は奥へと歩き出す。
「あんたは『呼ばれた』と言ったね。それじゃあ、この中からあんたを呼んだものを探してご覧」
「えっ?……でも……」
 戸惑う御影の背を押し、蓮は言う。
「あんたを呼んだのなら必ずまた呼ぶから分かるさ」
 深い笑みを称えた蓮に有無を言わさず探すよう命じられる御影。
 しかしすぐにそのものは見つかった。
 御影が近づくと、ぽうっ、と明るく光り出したのだ。
「あ……さっきの……」
「あぁ、見つけたね。それじゃあ、その子の悩みも聞き取れるだろう」
 くすり、と笑い蓮は奥へと引っ込んでしまう。
 店内には御影と光る水晶だけが取り残された。

「えっと……僕を呼んだのは……」
「……そう、私。貴方に始まりの物語をして貰いたかったの」
 そう言って水晶は自分のこれからのことを話し出した。

 黙って御影はその話を聞いていたが、小さく頷いてそれを承諾した。
「分かりました。始まりの話ですね」
「えぇ。貴方の今を形作る話をして貰いたいの」
 水晶の中にいる妖艶な女はうっとりとするような笑みを浮かべ御影に言った。


-----<始まりの物語>--------------------------------------

「始まりって……そうだな。何処から話したら良いんだろう」
 うーん、と考え込んだ御影に水晶は言う。
「別に自分が始まりだと思ったのならそれで良いんだけど。だって、生きてる間に何かの始まりなんて本当にたくさんあるでしょう?」
「……それじゃ、僕が今此処にいる始まりでいいかな」
「えぇ。聞かせて頂戴」
 鈴の鳴るような声で水晶は笑い、御影はぽつぽつと話し始めた。

「僕と両親は8年前まである組織に囚われていたんです。ずっとその状態が続くのかと思ったんだけど、なんかいつの間にか誰かがその組織を潰してくれたおかげで、僕たち親子はそこから逃げ出す事が出来たんです。そしてこの間まで僕は他の土地で両親と共に暮らしてました。でも、突然両親から年の離れた姉と兄が居る事を聞かされて、どうしても会ってみたくなって東京に一人で出てきたんです」
 すっごい無謀でした、と御影は笑う。
「貴方、今何歳?」
 水晶に聞かれ御影が、14歳です、と応えると水晶の中の人影が揺らめく。
「会えるかどうかも分からないのに一人でやってきたっていうの?」
「はい。両親に姉と兄がいると聞かされた時は、『はぁ、それほんと?』って思わず聞き返してしまった位驚いて。でもやっぱりどうしても会いたくて。確かその話を聞いた時に見た空は満天の星空でした。凄く綺麗で、見上げていたら本当にそんな話信じられなくて驚いたけど、でもそれをすんなり受け入れてしまえるくらいに、すっ、て気持ちが落ち着いたんです」
 へぇ、と水晶は相づちを打ちながら御影の話を聞く。

「それでとにかく両親から聞いた兄と姉の事を手がかりに、僕は必死に探しました。会えるかどうかも分からなかったけど、でも絶対に会えるんだって思って。ほら、思う力は何よりも強いって言うし、大丈夫かなって」
 でも本当にそれが叶ったんです、と御影は嬉しそうに微笑む。
「やっと見つけた兄の姿。なんて声をかければいいのかも分からなくて。でも、声をかけなくちゃ始まらないし、兄にも僕の存在は分からないままだし。だから……。僕は震える声で、でもなるべく笑顔で兄に声をかけました。『初めまして、兄さん』って」
 目を見開いて驚いた兄の姿を思い出し、御影はくすりと微笑む。
 すごく端正で整っていたように見えた顔が、突然驚きの表情に変わったのだ。
 そしてその表情をさせたのは自分という存在で。その時、強ばっていた身体も気持ちもほぐれて。
 なんだかとても嬉しくて御影は兄に自然な笑顔で微笑んだのだった。

「兄はとっても驚いた顔をして僕を見ました。その時は高く澄んだ青空。雲一つ無くて僕はなんだか幸せな気分を味わってました。でも……姉は亡くなっていました。僕は兄と一緒に姉の墓参りに向かいました。結局、実際には会う事は出来なかった僕の姉でしたけど、兄から聞いたところによると予言を残していたんだそうです。でも面白いくらいに全部外れていて、僕が兄の所へやってくる、ということだけが当たっていたんだそうです。兄は全部が全部外れていく姉の予言を全然信じていなかったみたいで。だから僕が目の前に現れた時ものすごく驚いていたんだと思います。だって、姉の墓の前で兄が苦笑しながら漏らした呟きを僕は聞いてしまったから。『姉さんの予言があたるなんてな』って。そう苦笑しながら呟く兄の顔を夕焼けが優しく照らし出していました」
 茜色に染まった夕焼けは僕たち二人を照らしてとても温かく見守ってくれているようでした、と御影は呟いて窓から外を見上げた。
 すでに土砂降りの雨は止み、青空が広がってきている。

「でも、貴方はまだ此処にいる。お兄さんを見つけたら帰るつもりじゃなかったの?」
「そうだったんですけど……でも、僕は兄の傍にいたくて我が儘かもしれないと思ったけど一緒にいたくて。それで……兄に告げたんです。ここに残りたいって」
 それは僕にとって最高に勇気の必要だった言葉でした、と苦笑気味に御影が言う。
「ただ、残りたいって告げるだけなのに、色々と余計な事まで言ったような。ずっと離れて暮らしてたから淋しかったから、とか迷惑かけないようにするからとかもう考えつくありとあらゆる事を言ったような気がします。多分……不安だったからかな。空は僕の気持ちを表したかのように、重く灰色の雲に覆われていて。不安がいっぱい心の中に溢れて、段々と小さくなっていく僕の言葉。でも兄は、ぽん、って頭を軽く撫でて『ま、いいか』の一言で承諾してくれた。本当に嬉しくて。僕は思わず兄に抱きついてしまいました。だって兄は僕を不安から救ってくれて、そして新しい居場所もくれたから」
 空はまだ曇り空だったけど少しずつ雲が晴れてきてたんです、と御影は嬉しそうに微笑んだ。

「それで貴方は今此処にいるのね。そして此処で暮らし始めた貴方の始まりの物語」
 はい、と大きく頷いた御影に水晶は微笑む。
「貴方は自分でその居場所を勝ち取ったのね。凄いわ。自分で自分の始まりを切り開いて。……私もそれを胸に抱いて眠りについたら、起きた時にはまた素敵な始まりを探す事が出来るからしらね」
「出来ると思います。だって、水晶さんは始めに言いましたよね。『生きてる間に何かの始まりなんて本当にたくさんある』って。僕もそう思います。たくさんある始まりの中で、どれを選択するかってのは多分自分自身で決めるものだから。だからきっと、水晶さんにも素敵な物語が用意されていると思います」
 ふふっ、と女は水晶の中から嫣然と微笑んだ。


-----<始まりのソラ>--------------------------------------

「素敵な始まりの話をアリガトウ。ねぇ、貴方はたくさんソラを見てきたようだけどどれが一番心に残ってる?」
 そう尋ねられた御影は、うーん、と唸る。
 たくさん見上げてきた空。
 夜空も、夕焼けも青空も。全部大切な想い出のソラだった。
 しかし御影は水晶に告げる。

「全部大切な想い出の空だけど……でもやっぱり青空が一番かもしれない。兄と出会った日の青空、そして兄が僕が傍にいても良いって言ってくれた時の空。曇り空だったけどそれから青空に変わったんです。だから、僕はこの話の始まりのソラは青空だと思います」
「そう。それじゃあ、私の上に手を翳して」
 ゆっくりとね、と水晶は言うとその身を光らせ始める。
 御影は言われたとおり、ゆっくりと水晶の上へと手を翳し瞳を閉じた。
 すると脳裏に浮かび上がるのは兄と再会した時の空。
 そして兄が自分と一緒にいてくれると言った空が現れた。

 ここから僕は新しい始まりに立ったんだと。
 この青空を決して僕は忘れない。
 兄と出会えた空の色も、そして今見ている青空も。

 御影はゆっくりと瞳を開ける。
「ありがとう。それじゃぁ、私そろそろ眠るわね。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
 ニッコリと笑みを浮かべた御影は、ゆっくりと色を失っていく水晶をただ見つめていた。

 そして店内は何事もなかったかのように静まりかえる。
 ふと、見上げた空は真っ青な雲一つ無い青空で。
 それを嬉しそうに見上げた御影は、窓越しの空ではなく本物の空が見たくなってアンティークショップ・レンを後にした。
 ちりん、と涼しげな音を鳴らして扉は閉じられる。
 閉じられた扉はそのまま空気に溶けるように、すっ、と跡形もなく消え去ってしまう。
 御影の見上げた空は、夏がもうすぐそこまできているような雰囲気を醸し出していた。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●2467/群雲・御影/男性 /14歳/中学生兼退魔師見習い


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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。
今回の依頼にご参加頂きありがとうございました。

OP有りのシチュエーションノベル的要素が強いものだったのですが、如何でしたでしょうか。
たくさんの空の顔。
最終的に水晶が見せた空は如何でしたでしょうか。
御影さんの見てきた空は優しかったでしょうか。
イメージを崩していない事を祈るばかりです。
お兄さんとの同居のきっかけのお話を書かせて頂けて嬉しかったです。

御影さんはこれからどんどんご活躍されていくのだと思います。
影ながらご活躍されることをお祈りさせて頂きます。
ありがとうございました!