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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


猫になる日



オープニング


朝起きたら、義兄の耳がネコ耳に変化していた。


零は、今まで様々な奇妙な現象を目の当たりにしてきたせいでもあるのだろう。
大して動揺せぬまま、しかし30男のネコ耳姿という、嗚呼、神様。 もし、見なくて済むのならば、積極的に見ないまま人生を終えたかったのですなんていう、光景を目の当たりにし、とりあえず、この事態はどういう事なのか問い質して見るべきかと、強引に自分を納得させる。
何か、別に良いかなぁ…なんて、投げやりな感情に支配されつつも、「その、耳…、どうしました?」と、零が問い掛けてみれば、「耳が、どうしたんだニャ?」と武彦が答えてきた。


森へ、帰りたい。


別段森生まれでも何でもない零は、ガクリと、床に膝付きながら、何故かそんな郷愁に襲われる。


語尾にニャて、おいおい。
許されるキャラすっごい限定される口調やん。
ていうか、義兄がニャて、ニャて……うあー。

もう、項垂れるしかないという気分になりながらも、零は静かに立ち上がり、そして、「もし、わざとであるのならば、本日限りで、ここをお暇せねばならなくなるので、是非とも他に原因がある事を祈るばかりなのですが……兄さん。 ネコ耳生えてますよ?」と、告げる。
人生において、人に、それも兄に「ネコ耳生えてますよ?」という台詞を吐く機会に恵まれるなんて、私はなんと不幸な人間であろうか…、と自分の境遇を嘆く零に対し、武彦は目を見開き、それから、「プッ」と吹き出すと「なぁに、言ってんだかニャ」と言いながら、自分の耳に手を伸ばし、そして硬直した。
「……なぁぁぁっぁぁぁっぁぁああああああ?! ニャ」
事務所に武彦の絶叫が響き渡った。



「ええぇぇぇ? 誰も、求めてニャイだろ、これ? ええ? 何で、猫ニャ? どういうニーズニャ? ていうか、えーー?」
混乱しきったまま、自分の耳を触りつつ、そう呻く武彦に、零はあくまで冷静に言葉を掛ける。
「まぁ、誰かが求めてどうのこうのって訳じゃないでしょうが……、兄さん、何か心当たりとかありますか? 変な物を拾い食べしたとか」
「そんな、今時、子供でもしないような馬鹿な事しねぇニャ」と、抗議しつつも、「心あた…り?」と首を傾げ、そして、ポンと手を打った。
「そういや、昨日、街頭で、試飲サービスをやっていて、『またたびジュース』とかいう変な飲み物を飲んだ記憶があるニャ。 新製品とか言っていたけど、随分と人通りの少ない道でやっていたので、不思議に思ったニャ」
武彦の言葉に、どうして、そういう怪しげなものを呑んじゃうかなぁ…と呆れつつも、零は「多分それですね。 そういう仕組みかは分かりませんが、その飲み物のせいで、猫化したと考えるのが自然でしょう。 そのジュースを薦めてきた人間の容貌を覚えてますか?」と、聞いた。
武彦は、目を細め、考え込むような素振りを見せた後、「……女だったニャ。 うん。 真っ黒な髪した、何か背の小せぇ、ちんまい感じの……」と、答える。
「その人が、無差別にジュースを配っているとしたら、今頃はもっと騒ぎになっているでしょうから……」
「俺を狙っての、犯行…かニャ」
そう言いながら、武彦は自分の頬をつるりと撫でて、そして、「ひあ!」と素っ頓狂に叫んだ。
「ひ……髭ニャ! うあ! 尻尾も!」
動揺して、そう喚く武彦の鼻の側の頬から、確かに三本の髭がぴょんと生え、そして尾てい骨の辺りから、ズボンの外へ細長い尻尾が飛び出してくる。
さっき迄は、存在しなかったネコ特有の特徴に、武彦はネコ化が進んでいるという事実を悟り、戦慄した。
「ね、ネコになってるニャ! ネコになってるニャーーー!」
武彦が、動転し、ソファーから転げ落ちる姿を眺め、零も流石に、「もしこのまま、兄さんが猫になってしまったら?」という焦りのようなものを覚え、そして、とにかく誰かに助けを求めようと心に決めたのであった。

本編

「猫って、猫って、どんなんだろねぇー?」
と言いながら、幇禍と並んで歩く鵺。
跳ねるような歩調は相変わらずで、スカートの裾が踊るように揺れている。
「オヤビンがさ、猫化って、マジうけない?」
と、問い掛ければ、隣りに立っている幇禍は「大笑いですね。 思う存分罵ってやりましょう」とワクワクした声音で答えた。
「そんで、オヤビン見物した後は、ロフトでお買い物して、ダッツでアイス食べて帰ってこよ?」
と、嬉しげに言う鵺。
お気楽な言動から察せられるように完全に、武彦の猫化を楽しいイベントの一つとしか捉えてなかったりする。
そんな鵺に幇禍が「で、帰宅した後は、グラマーの課題だけやっちゃいましょうね?」と釘を差した。
武彦の猫化を珍しい見世物程度にしか捉えてないのは一緒らしい。
「つまんなーい」と、ブーたれながら答え、鵺は不粋な幇禍の言葉を振り切ろうとして、一気にトントントンと階段を駆け上がろうとする。
しかし、何かの拍子に、つるりと足が滑り、鵺は後ろ向きのまま、階下へと落下しそうになった。
「!」
体が宙に浮くような、身の竦むような感覚にギュッと眼を閉じる鵺。
ただ、幇禍が絶対に受け止めてくれるだろうという確信があるのでそれ程恐怖は感じない。
その瞬間、グイっと腕が引かれ、そのまま鵺は誰かの胸に引き寄せられた。
驚いて視線を上げれば、そのには信じられない程整った顔立ちをした少女の顔がある。
「大丈夫かい? 危なかったね」
そう囁く言葉遣いも含めて、完璧美少年に見えるのだが、倒れ込んでいる胸の感触はふくよかで、間違いなく性別が女性である事を伝えてくる。
鵺は、自分と全く対照的な色を持つ、快晴の蒼空のような色をした眼に見惚れ、その後、眩いばかりの金の髪にもうっとりと頬を緩ませる。

まるで、鵺と対になってるみたいだ。 

なんて、一人考えて、小さく笑うと、少女に「助かりました。 ありがとう」と告げる。
そして、少女から身を離し、真っ直ぐな視線で見上げて言った。

「まさか、吸血鬼に助けて貰えるなんて、凄い経験。 チョーラッキーだわv」

鵺の言葉に、美麗な少女の笑顔が凍り付いた。
「な……んで?」
零れ落ちるようにそう呟く少女を押しのけるようにして、少女よりも一段と濃い金色の髪をした青年が、前に出て「てめぇ、何者だ?」と凄んできた。
この男も、筋金入りに端正な顔立ちをしている。
(幇禍とどっちが男前かしら?)
なんて、ぼんやりと考えていると、ぐいと胸ぐらを掴まれる、
「答えろ」
そう言われ、鵺は薄く笑った。
「……鵺っていう名前のただの休みがち中学生よ?」
巫山戯た声音でそう答え、鵺は幇禍の名を呼ぶ。
「幇禍」
「はい。 お嬢さん」
「なんか、痛いかも」
すると、一足飛びに金蝉に迫った幇禍は階段という限定された足場にも関わらず、流れるような動作で、青年の頭をめがけて蹴りを繰り出す。
全く動揺を見せないまま、青年は頭を後ろに逸らすという最小の動作で幇禍の攻撃から逃れると、ギッと音のするような視線で幇禍を睨み据えた。
鵺はといえば、その隙にとっとと逃げ出し、幇禍の後方で腕を組みながらの傍観者体勢をとる。
「…どーいうつもりだ?」
押し殺したような声での問い掛けに幇禍は飄々と「先に手を出したのは貴方ですよね? こぉんな小さな女の子の胸ぐら掴むなんて、紳士的じゃないですよ?」と答えた。
少女が、青年を袖を引き「金蝉止めるんだ。 大丈夫だから」と囁くように止める。
そして、青い瞳を更に青く凍り付くような色に染めると「鵺さんは、武彦の客じゃなくて、興信所のバイトをしてる子だったりするのかな?」と問うてきた。
鵺は、その問いにコクンと頷き「分かる?」と笑った。
「まぁね。 一目で正体見抜かれてしまったのだもの。 ここで仕事をする人達は、特殊な能力の持ち主が多いしね。 君も、ただの中学生なんて、大嘘だろ? しかし、あんまり、良い趣味じゃないな。 人の内面を覗くだなんて」
冷ややかな声音が降り注ぐのを、鵺は眼を細めて見上げる。

何か、妙にむかつくわ。 この子。

胸の奥に、不穏なざわつきを感じながら、表面は明るい笑顔で「だって、癖なんだもん」と答える。
そして、「ね? 貴女名前は?」と聞けば、翼は冷笑を浮かべて答えた。
「蒼王翼。 急いでいるんでね。 先に行かせて貰うよ」と告げ、幇禍を殺意の籠もった眼で睨み降ろしていた金蝉という男に「ごめん。 待たせたね。 行こう」と、宥めるように肩を叩きながら告げる。
金蝉は、フンと鼻を鳴らし、「気にいらねぇ」とだけ吐き捨てると、翼と共に興信所に向かった。
「珍しいですね」
幇禍が、声を掛けてくる。
「お嬢さんがあんなに、あからさまに突っかかんのって、見た事ないです」
そう言う幇禍に、鵺は「なーんかね、ちょっとしか覗けてないから何とも言えないんだけど? あの子、鵺きらーい」と言って、「んじゃ、行こうか?」と提案する。
幇禍は「嫌いなら、近寄んない方が良いんじゃないですか? あの人達も、今回の草間絡みで来てんでしょ?」と聞いてくるが、「うー。 でも、オヤビンの猫姿は見たいんだよねぇ。 うぅ、乙女のジレンマ」と、おどけて答える。
「それにさ。 何か、今帰るのって逃げんのっぽいじゃん? この階段登ってるって事は、鵺達も興信所へオヤビンの事で来たって事、あの二人は知ってる訳だよね? したら、帰るのみっともなくない?」
鵺の言葉に、「それもそうか」と答えると、「では、参りましょう」と言いながら腕を差し出してくる。
慣れた様子で、その腕に自分の腕を絡めると、鵺は、幇禍と並んで階段を歩き始めた。
「さっき、肝が冷えましたよ。 気をつけて下さいね?」
と言われて、今度は素直にコクンと頷く鵺。
そんな鵺に視線を送りながら、興味深げに幇禍が問うてくる。
「吸血鬼?って、本当ですか」
「うん。 見えたから」
そう簡潔に答えると、「んじゃんじゃ、オヤビンの面白姿拝見いたしましょうか?」と、目の前にある興信所の扉を開いた。


扉の向こうに広がっていた光景。
それは、ヒシッと零の体を抱き締める翼という、既に此処で意味が分からない感じの光景だった。


「翼さん! 翼さん! 来て下さったんですね!」
そう言いながら、翼を見上げる零に、翼は「当たり前じゃないか! 言っただろ? 君は僕の勝利の女神なんだよ? そんなレィディが困っている時に、僕が駆けつけない筈ないじゃないか」と、優しく告げている。
鵺は、先程女性である事を知っているから、「えーと、これ、何劇場?」とかって奇妙に感じてはいるが、何も知らない幇禍からすれば、普通に恋人同士の抱擁と受け止められているかも知れない。
零の白い頬に指を滑らせ「泣いていたのかい? 兎さんのお目々になってるよ? 君の涙は真珠のように美しいけれど、笑顔は世界中のどんな宝石よりも素晴らしいんだ。 さ、もう、安心していいよ? 僕が、君の宝石を取り戻す為にも、その悩みを全部解決してあげるからね」と囁いている姿に、何だか脱力感を感じる。
先程言っていた、翼の急ぎの用とは、きっと兄の一大事に途方に暮れる零を慰めるという事だったのだろう。
宝塚も顔負けの、翼のナチュラル口説きテクに零は腰砕けになったらしい。
「翼さん」とうっとりしたように呟きながら、縋り付くように、翼の胸に頬を寄せていた。
「何か、革新的な事になってるねぇ。 流石、新世紀」
と、呟く鵺に、「え? え? 何でですか? あの二人、恋人同士なんでしょ?」と、予想通り分かってない幇禍が、キョトンとした顔をして、そんな事を言っているので「あの子、女の子だよ」とだけ伝えて、キョロキョロと視線を彷徨わせ、武彦の姿を見付けた。
「えぇぇ? 女の子? 嘘でしょ?」と狼狽える幇禍を無視し、鵺は、金蝉と何事かやり取りをしている武彦へ笑い声をあげながら一直線に走り寄った。
「あっはははははっはははーー!!」
『30過ぎの男に、ネコ耳と尻尾、猫ヒゲが生えたらどうなるか?』を見事に体現している武彦に、笑い声が止まらず、苦しくなり彼の目の前でうずくまる。
「うわ! ほんとだったんだ! すごっ! キモっ! だっさーーー! おやびん! ださ! 変態! コミケ帰り? ってか、あははっはははーー! ヤバイ! 近寄りたくないぃ〜〜!」
そう言いながら、武彦を指差し、大笑いすれば、後方の、扉のすぐ前で「うあ! 何それ」と武彦の様子に気付いたのだろう、幇禍が笑い転げる声と気配が伝わってきた。
「ひっひひひひぃぃぃぃ〜〜〜!」
幇禍は腹を押さえ、苦しげに身を捩りながらも、バンバンと空いている方の手で床を叩き、顔を上げて武彦を見ては、また涙を目に滲ませながら笑っている。
そして、「ひっ…ひひっ…ひぃ…うあ、苦しい! 死ぬ、死ぬ!」
と、苦しみながらも、幇禍は「アレだ! 迎えが来るな! ほらあれだ、猫の国の王様がお前を愛妾に迎えたがってるんだよ」と、ジブリネタ混じりの嫌味を言い、その上、「はい、土産だ!」、なんて言いながら、嬉しげに猫が嫌いな匂いがするオレンジの皮を投げつけた。 
「うわぁ…」
武彦は疲れたような声で、それだけ呟き、それからいそいそと張り切って(特に、翼の分のを)コーヒーを入れに行こうとする零に声を掛ける。
「おい。 こいつらも、呼んだのかにゃ?」
まるで疫病神のような言い方に、ムッとする気持ちがないでもないが、しかし、心から笑いに来ただけという鵺にしてみれば、否定出来る言葉ではない。
零がニッコリ笑って「はいv とりあえず、現段階で連絡が取れる人には全て、連絡させて頂きました!」と無邪気に言い放ち、それを弱ったような顔で聞いている武彦の、ピコピコと動く耳を眺めていると、再び笑いの発作が起こり、鵺は腹を押さえた。
幇禍が、後方で喋っている言葉が聞こえてくる。
「やー。 俺は、まっったく、草間の事助けるつもりとか、単位にして1ミクロンもないんですけどね! そんな面白い見世物とか、ほんと、もう見逃しちゃダメ!絶対! って感じで、お嬢さんと見物に来たっていうか、むしろ完全に猫になった暁には、三味線にでもして、売っ払って、新しい通販商品でも買おうかと…」
と、全開の笑顔ながらも、あながち冗談とも思えない口調で、幇禍が語り、間に受けた零が「だ、ダメです! そんなコトしちゃ!」と、訴えた瞬間だった。
「サイテーだね。 冗談にしたって笑えないよ」
と、冷たい声で翼が言い放った。
「ただでさえ、ダメ人間?っていうか、甲斐性なし且つ、考え無しの兄が、この上猫化までしてるっていう状況の零ちゃんの前で、そういう事をよく言うよ」
先程の事を踏まえてなのだろう。
冷たい敵意の滲む声に、鵺は今までにない苛立ちを感じ、幇禍よりも先にニッと唇を吊り上げて口を開いた。
「うわぁー。 優しいーv いい子ねぇ、翼ちゃん? そうよー? 幇禍、三味線にしちゃうなんて言っちゃダメ。 大体、オヤビンで出来る三味線なんて屹度、音が悪すぎて、高く売れないよー?」と、皮肉を言いながら、「アハハ」と気楽に笑う。
そんな鵺に、翼は不機嫌な表情を見せると「家庭教師が家庭教師なら、生徒も生徒って訳か。 TPOって言葉、学校で習ったことはないのかな?」と辛辣な言葉を言い放ってきた。
ソファーに座っている武彦と、その隣りに座る知的な容貌をした、美しい女性が鵺と翼二人の様子に眉を顰め、何事か相談し始める。
そんな空気には全く気付かず、「ほらほら? お嬢さん。 怒られちゃいましたから、そろそろ翼ちゃんで遊ぶのを止めましょうね?」と、多分、心から少女を諫めるつもりで、火に油を注ぐような発言をする幇禍。
すると、ずっと黙ってこちらを睨んでいた金蝉がその言葉に反応し、懐に手を入れた。
(あの動作って、何かヤバイもん取り出そうとしてんじゃないのー?)
なんて、鵺が疑えば、幇禍は既に、そんな金蝉に対して警戒の態勢を取っている。
ソファーに座っている女性が、ツと眉を上げて、立ち上がった。
ピリピリとした空気を感じながら、鵺は楽しくて笑い出したような気分になる。
このままだと、本気で銃撃戦が起こりかねない。
「テメェら、さっきの事と良い、今とイイ、調子ノリ過ぎてんじゃねぇか?」と、興信所前での出来事も踏まえた言葉を金蝉が発すれば「おや? ナイトの登場ですか? 格好良いなぁ。 痺れるなぁ」と、幇禍がおどけたような声で言う。
それで完全にキレたらしい。
先程も、感じられたが、どうも、かなり短気な男なのだろう。
懐から素早く取り出そうとしているのは、多分その動作から見ても、拳銃とみて間違いないだろう。
それに対して何らかの動作を見せようとした幇禍。
(やっちゃえ、幇禍!)
と、心の中でエールを贈った瞬間だった、危険な状態極まりない二人の間に先程から、落ち着いた探るような視線でこちらを窺っていた女性が割って入ってくる
そして、いきなりパンパンパンと手を叩き、「ハイ! 分かった!」と叫んだ。
思わず鵺は、女性の行動が理解出来ずポカンと口を開け、見れば翼も同じ様な表情をさらしている。
「デッドorアライブなのね! そういう事でしょ? 分かった! 了解した! うん! 格好良かった! 二人とも、格好良い! シュライン判定的には、あんた達二人とも同じ位格好良かった! 故に、引き分け! Vシネの二大スタァ豪華共演! 後は、アレね、どっちが哀川翔かを、ガチンコで取り合えばいい!」
え? デッドorアライブって、あのデッドorアライブ?と、哀川翔と竹内力の対決風景を思い浮かべる鵺。
思わず、呑まれたように、沈黙が支配する中、
「え? 竹内力のが、格好良くない?」
と、凄く的外れというか、しかし的を得ているというか、そういう発言をしてしまった。
すると、その鵺の肩をポンと叩き、女性はお姉さんっぽい微笑みを浮かべると「貴女は、翼ちゃんと、岩下志摩を取り合えば良い」と告げてくる。

極妻かよっていうか、どうしてこの人はVシネ系というか、極道系映画にこだわりがあるんだ。

なんて、疑問を抱きながら、「や、取り合わないし、取り合ってた訳でもないし、多分鵺の目指す場所そこじゃないし」と呟く鵺の言葉は届いてなかったのだろう。
「良し! 解決っ!」と親指を立てた女性に、確かに険悪な空気は霧散し尽くしたものの、何というか釈然としない気持ちに皆が襲われる。
そして女性は先程までのレッド・ゾーンを思いっきり振り切ったようなヒートを見せていた状態からは想像できないような落ち着いた表情をして、クルリと、幇禍と鵺に向かい合った。
「で? えーと、貴方達には、私、初めましてなんだけど?」
と、首を傾げてエマが武彦に視線を送れば、先程までの狂乱を微塵も感じさせない、冷静さに、少々戸惑った様子を見せつつも、武彦は二人を順々に紹介してくる。
まず、鵺を指し示しながら、
「えーと、そこの奇天烈少女が鵺で」
と、滅茶苦茶な事を言い、次に幇禍を差して、
「どう頑張って見てもヤクザ?っていうか、極道?出所したばかり?みたいな、無駄にデカい眼帯スーツ男が鵺の家庭教師の幇禍。 どっちも、厄介な事に、能力自体はかなりある。 何とかに刃物の、良い例だな」と端的に言い放つ。
そんな紹介で黙っていられる訳がなく、鵺はぶーっと膨れて、「現段階において、この事務所内で誰が一番奇天烈なのはおやびんだと思う」と言い放てば、思わず本人含める皆が「その通りだなぁ」と納得してくれた。
幇禍も、「真っ当でないっつうなら、怪奇探偵な上に、只今絶好調猫化中のお前に勝る奴は、そうはいないと思うね」と、冷たく言放ち、そんな二人の言葉に女性はカラッとした美しい笑みを浮かべて、まず、鵺、それから幇禍手を差し出して握手した。
「初めまして。 シュライン・エマって言います。 ここの事務員という名の無料奉仕、つまりボランティアやってるの。 よろしくね」
鵺もニッコリ笑い、幇禍も見た目だけは好青年風の笑みを浮かべながら「こちらこそ、よろしく」なんて言う。
エマの、青い眼を覗き込み、少し精神を集中すれば、無防備な位、武彦への想いが溢れていて、どうしてこんなデキた人が、オヤビンなんて、とちょっと鵺は不思議に思った。
それから、エマは今度は金蝉と翼どちらにも視線を向けて「ね? 喧嘩なんかせずにさ、武彦さんの事、助けてあげるの、お願いだからみんなで協力してくれないかな?」と言えば、金蝉は心からどうでも良さそう且つ、つまらなそうに視線を明後日の方向に向けたが、翼は美麗な顔に花が綻ぶような笑みを浮かべ「貴女みたいに美しいレィディに頼まれて、断る人間なんていやしませんよ?」と答える。
(よーくもまぁ、あーいう台詞がポンポンと出てくるなぁ)なんて、呆れている鵺の背中に唐突に気配を感じ、鵺はクルリと首を後ろに向けた。
するとそこには、TVの音楽番組等で見掛けた記憶のある、確か、「imp」というバンドのベーシストである山口さなと、その隣には明るい笑みを浮かべた背の高い男性がいた。
(何で,sanaがこんなトコに?)と驚く鵺。
翼の言葉に呼応してだろう、まるで、子供のように元気で朗らかにさなが、エマに言う。
「そうだ! その通り! そんな人間いたら僕が蹴り飛ばしてやる!」
「あら? 山口さん?」
驚いて勢い良く振り返るエマ。
ピカッとした笑顔を浮かべて、山口さなは「今日和!」なんて挨拶している。
その隣の男性は、人なつこい笑みを浮かべ、「どうも」と頭を下げていた。
男性の名前をなかなか思い出せないのだろう。 トントンと指先でこめかみを叩くエマ。
そんなエマを、苦笑して眺め、男は「影踏です! 夏野影踏!」と快活に名乗り、それからソファーに座っている武彦に視線を走らせる。
その視線に武彦は身を強張らせたのを、鵺がオヤビン何怯えてんだろ?と疑問に思った瞬間だった。
にぃぃぃっと何とも言えない形に唇を裂き、夏野が「草間さぁぁぁんv」と叫びながら一目散に武彦に走り寄っていった。
何故か焦ったようにエマが、咄嗟にその背中に手を伸ばせど、届かずに指先が宙を掠める。
その間に一瞬にして応接間に飛び込んだ影踏は、覆い被さるようにしてにして武彦の体を抱き締めると「めっちゃ可愛いいいーー!」と絶叫した。

エ?
可愛いッテ 、可愛いノ本来ノ意味ノ他ニ、マタ別ノ意味ッテアッタッケ?

思わず凶器的な言葉の威力に腰から下に力が入らなくなる鵺。
見回せば、皆一様に同じ様な顔を見せ、影踏の動向を見守っている。
「フミャーーー!! うあ! やめるにゃ! この変態! あほう! 」
そう喚き、怒鳴り散らしながら身を捩らせる武彦をガッチリと締め上げ、影踏がその体に頬ずりをしている。
「もう、ほんと、可愛いっ! マジ可愛い! 尻尾も可愛いっ!」と、喚き続ける影踏に、「ずるい! 僕にも、武彦君で遊ばせてよ!」とさなが、喚いていた。
影踏は、ペットショップ辺りで手に入れてきたらしい、ねこじゃらしで武彦の頬をくすぐり、「ほらほらほらぁ」と悪魔の笑みを浮かべていた。 武彦は冷や汗のようなものを流しながら、その攻撃に耐えている。
「じゃれついても良いんですよー? ばっちりデジカメ(動画も撮れるよ☆)に収めてあげますからねv」
なんて言いながら、今度は、「うひひ」と妙な笑いを漏らして、「持参アイテムその2! マタタビの木ぃ〜〜!」と似てないドラえもんの物真似をしつつ、今度はマタタビの乾木を翳す。
「じ・つ・は! もう、ばっちりマタタビの粉は体中に擦り込んであるんですよv と、いう事で、ヘイ! キャメラマンカモン!」
と、指を鳴らせば何の取引を済ませてあるのか、ピョンとさなが跳ねるようにして、「アイアイサー!」と答えながら参上。
影踏みからデジカメを受け取り、動画を撮り始める。
にわか撮影会が興信所で敢行されるなか、「草間興信所って、想像以上にカオスの集まりなんだなぁ」としみじみしていた鵺に耳に「プッ…ブハッ…」と、男の吹き出すような声が聞こえた。
幇禍もその声を聞いたのだろう、
「え?」
と、疑問の声を上げながら振り返り、翼や金蝉も同じ方向へ視線を向けていた。
そこには、妖艶な雰囲気をした、とてもスタイルの良い女性と、セーラー服を着た、儚げで、大人しそうな少女が立っている。 少女は、一匹の黒猫を抱えており、その猫は、鵺を見上げて「なぁお……」と鳴いた。
男の吹き出すような声がした筈なのに、金蝉や幇禍が吹き出した訳ではなさそうだし、新たに現れた面々にも男性はいない。
「さっき…誰か吹き出しましたよね? 男性の方が」と、幇禍が言えば、大人しそうな少女も、「えーと…私も聞こえたんだけど……」と言いながら女性を見上げ、その女性は「…あなた達、何か笑った?」幇禍と金蝉を順々に見回した。
「いいえ?」
幇禍は、首を振って答え、金蝉は無愛想な無表情で黙ったままだが、その表情を見ただけで、金蝉が吹き出した訳ではない事が如実に伝わってくる。
「………」
最後に、皆で黒猫に視線を据えるも……「まさか……ねぇ?」の翼の一言で、「そうだよなぁ…」と皆、顔を上げ「気のせいか」という結論に達する。
鵺は、そんな空気の中じぃっと黒猫を見つめ続けた。
猫も、視線をあげて鵺と視線を合わせる。
鵺の眼に、二重写しのように黒猫の姿の向こうに、がっしりとした体格の小麦色の肌をし、黒い着物を着ている男性の姿が映った。
猫の姿と人の姿、どちらが本来の姿なのかは分からないが、二重写しになった男性がニヤっと笑ったと思うと、黒猫が「…んなぁ」と鳴く。
やっぱ、この子だったんだぁ、さっき吹き出したのは。 と、確信すると、「…なぁぁお」と猫が鳴き、それがまるで黙っててくれよ、と言われたような気がして、「ま、いっかぁ…」と、鵺は口を噤む事にした。
「えーと、初めましての人もいるから一応自己紹介する? 私は、葛生摩耶。 宜しく」
短くそう済ませた摩耶に続き、少女が口を開く。
「私は、海原みなもと言います。 中学生やってます。 それから、彼は斎黯傅さんっていう、人語を解するスーパー天才猫なんです」
みなもの紹介に頷くように、黯傅が「なぁう」と短く鳴く。
鵺も「鬼丸・鵺って言います。 で、この人は……」と言い、後ろを指し示せば、
「鵺お嬢さんの家庭教師と、護衛みたいな事もやってる魏・幇禍です。 どうも」と幇禍が言う。
最後に翼が「僕は、蒼王・翼で、彼は桜塚・金蝉」と告げ、これで興信所内にいる人間の一通りのフルネームを鵺は理解する事が出来た。
応接間のソファーでは、相変わらず影踏が武彦にちょっかいを出し、それをエマが何とか防ごうとしているらしい。
「誰の許可を得て、武彦さんにいかがわしい事しようとしてんのよ、この野郎!」
と、エマが凄めば、その迫力に涙目になりながら、影踏が震える声で再び、あの狂気の沙汰としか思えないような台詞を叫んだ。
「だって! 可愛いじゃないですか!」

わぁ、あの人、本気で、可愛いって思ってるんだ。

疲れたような視線で幇禍を見上げれば、幇禍も同じ様な表情を見せている。
「世の中には、ミラクルアイの持ち主がいるもんですね」と、溜息を吐きながら呟くと、影踏の言葉に同調して「あ! 僕もネコ耳は可愛いと思うぞ!」と、サナが手を挙げ、その両者に対し、
「馬鹿ぁぁぁ! 武彦さんを可愛いと思うのは、私だけの権利なのよーーーー!」
と、エマが思いっきり叫んでいるのが目に入った。
武彦の体を引き寄せて、守るように抱き締めてはいるが、その実うっかり、首のイイトコに入って、当の武彦は窒息しかけている。
えーと、オヤビン、顔色が紙のような色になりつつあるよ?と、ちょっとドキドキしつつ鵺と幇禍は二人で声を合わせて「「ていうか、可愛いと思ってたんだ」」とヒいたような声で呟けば、騒ぎの最中ですら聞き逃さず、「可愛いわよ!」とエマが怒鳴り返してきた。
そして、ようやっと、事務所内の人数が更に増えている事に気付いたらしい。
「れ……零ちゃん? で? 何人の人が来るって言ってくれてたのかな?」
と、完全に傍観者していた零にエマが問い掛ければ、彼女はニコリと笑って、「えーと…、エマさん含め10人の方が、お越し下さる予定だったのですが、有り難い事に、連絡が取れた方以外も来て下さってるみたいです」と答えた。
狭い事務所内は、二桁に突入する程の人数が入れば、もう、満員状態である。
「案外、人徳あんのかね? オヤビン」
と、鵺が呟けば、みなもが「いえ、私は、見ての通り…」と言いながら自分のセーラー服のスカートの裾を持ち上げながら「…学校帰りに立ち寄っただけなんです。 新しい水着が欲しくて、アルバイト無いかな?って思って。 そうしたら……」ちらりと武彦を眺めて、溜息を吐く。
「あんなお気の毒な事になってるなんて……」
しかし、沈んだ声でそう言いつつも、みなもは鞄から常備してるっぽいカメラを取り出すと、「とにかく、珍しいので記念写真だけ撮っておきますね」と、あっさり言いながら、武彦の姿を吸うまい撮っていた。
(うわぁ、強者だなぁ)なんて、考えながらみなもを眺める鵺。
翼の眼の色とは少し違う、海のような眼の色を覗き、その顔をマジマジと見れば、黒猫の黯傅の向こうに人間の男性の姿が見えたのと同じように、みなもの向こうにまるで、ディズニーの映画に出て来そうな、人魚の姿になって海を自由自在に泳ぐみなもの姿が見えた。
(猫と人のどちらの顔も持つ男に、正体は人魚の女子中学生って、ほんと、ここの興信所って色んな意味ですっごい幅広いなぁ…)
そう感心しながら、少し意地悪を言ってみようかと「新しい水着って、今年の夏、海にでも行く予定なの? 里帰りでもするのかな?」と聞けば、なーんにも分かってない顔で、みなもは「いえ? 私、別に海の方の育ちじゃないですよ? でも、海に泳ぎに行く予定なんです。 私、水泳好きだから。 鵺さんは、泳ぎ得意ですか?」と問い返してきた。
流石に「人魚だから、泳ぎは得意だよねぇー」なんて言えず(言っても、なんか、『わー。 凄い、なんで分かったんですか?』とかって普通に返されそうな気がするし)「や、鵺はそんなに、泳ぐのは好きじゃないなぁ」と答える。
幇禍は、幇禍で、影踏から預かっているDVDで勝手に遊んでいたさなと、何事か雑談しているらしい。
(しかし、オヤビン、あーんな状態なのに、こんなトコでくっちゃべってても良いのかしらん?)
なんて、鵺にしては珍しく、武彦を気遣うような事を考えていた時だった。
 
「ここの興信所の主はご在宅かな?」

と、事務所の入り口で、古めかしい言葉遣いをしたハスキーな声が響いた。
「ゲ…、客かにゃ?」
と、身構える武彦。
今や、興信所内は万国博覧会よりも珍しい存在達の集まりになっている。
その上、肝心の主人が猫化の一途を辿っている訳であって、もし、奇跡的にまともな依頼が来たとしても、仕事を受けられる状態ではない。
「どうするんでしょう?」
そう、心配げに呟くみなも。
皆の中で一番入り口の近くにいて、煙草をふかしていた摩耶がヒラヒラと手を挙げて「私、出るわ」と言った。
エマは、摩耶の事をよっぽど信用しているのだろう。
安堵するような表情になりながら、両手を合わせて「お願い。 客だったら、適当に誤魔化して」と頼む。
「了解」と、短く答えると、摩耶は応接間と入り口を仕切る衝立の向こうへと消えた。
「此程までに、客でなければ良いと願った事は、未だかってないにゃ」と武彦が悲しげに呟いている。
お茶ををいれる為だろう。
興信所内にいる人数を数えていた零が悲しげに呟いた。
「……いつもだったら、お客さん大歓迎なんですけどね」
すると、鵺は零を元気付けようとその肩を叩きながら、
「なるようになるって! 犬に噛まれたと思って何もかも忘れるといいよ★」
と、全く解決にならない事を言い、幇禍も笑いながら、
「長い人生こんな事もある、もし武彦が完全に猫化したら仕方ないから興信所は君が継げば良いよ。 はい! これで、何も問題は無いじゃないか」と、朗らかに言う。
これで、どちらも心から慰めているつもりだから始末に負えない。
零もそれは理解しているのだろう、「えー…と…」と苦笑を浮かべつつ、みなもに救いの視線を向けるが、そのみなもは「でも、零さんは未成年だから興信所の経営は難しいし、それに、武彦さんは犬に噛まれてではなく、『またたびジュース』を飲んで猫化しちゃったんですよ? それでですね、提案なんですけど、ここは一つ、エマさんが興信所を引き継げば、今以上にこの興信所は発展し、武彦さんは、毎日高級キャットフードが食べられると思うんです。 羨ましいなぁ」と、のほほんとこれまたずれた発言をかました。
零が苦笑を浮かべ、「あの、ま、そういう問題とは、ちょっと違うんですけどぉ…」と口を開いた時、ズカズカとした乱暴な足音が聞こえ、「ちょっ! あなた、勝手に!」と、誰かを制止しようとする摩耶の声と共に、何故か、武将が入室してきた。

そう、もう一度言うが武将である。

正直、現在の興信所内も、派手な外見を有する者や、人語を解する猫、特殊な能力を持ち、特殊な見た目をしている人間でひしめいている為、鵺も「武将だなぁ…。 珍しいなぁ…」と一瞬納得しかけたのだが、やはり、どう頑張っても奇怪な者は奇怪にしか見えない。
武将て…、武将って……なんで?と、首を傾げど、そこにいるのはやはり武将で、何よりも最も奇怪だったのは、その武将にネコ耳が生えていた事だった。
額に、宝玉が埋め込まれている、中国風のシンプルな甲冑を身に纏った、凛々しい青年が興信所内にいる人間を見回しながら、最終的には摩耶に視線を据えて中性的なハスキーボイスで言い放つ。
「ここの主は、どこかと聞いているだけだろう? 大体、興信所というものは、誰にでも門戸を開かれている場所ではないのか?」
摩耶は、武将の視線を受け止めて、呆れたように答えた。
「だから、今、ちょっと取り込んでるって言ってるでしょ? それにね、えーと、泰山府君さんでしたっけ? 貴方、別に客じゃないんだよねぇ? そのお耳の事で、ここに依頼に来た訳ではないだよな?」と摩耶が言えば、泰山府君という青年は不機嫌そうな表情を見せ、「貴様、先程から一体何の話をしているのだ? 耳だと? 耳がどうしたと言うのだ?」と、問うた。
その問いに思わずと言った感じで、近くに立っていた幇禍が、武彦を指し示しながら「つまり、貴方、あの阿呆面の、この興信所の経営者と同じ状態になってますよ?って事です」と告げる。
泰山府君は、「どういう意味だ?」と言いながら、幇禍の指先の方向へと視線を向け、そして固まった。
「な? なんだ、その姿は。 随分と巫山戯た格好ではないか? そんな風体で、興信所の主というのは勤まるものなのか?」
そう戸惑ったように呟きながら、それでも珍しいさの余り、じっくりと武彦の姿を眺める泰山府君。
そんな泰山府君に、「あ、あの……」と、海原みなもが、黯傅を抱えながら声を掛けた。
「あの、まず、えーと、写真を撮らせて貰って良いですか?」と問い掛け、泰山府君が返事をしない内に、パチリとデジカメでその、不思議な姿を撮る。
その後、デジカメのプレビュー画面を見せながら「ほら、草間さんと同じようにネコ耳生えてますよ?」と、あっさり告げた。
画面に映る映像に凍り付く泰山府君。
武彦と同じ症状が見られる以上、多分、原因はまたたびジュースと鑑みて間違いないだろう。
語尾が「にゃ」に変じていないのは、飲料を飲んだばかりのせいなのか、それとも体質のせいか?
(あの容貌で、語尾が「にゃ」だったら、凄く笑えたのになぁ)なんて、残念に思う鵺ではあったが、勿論泰山府君はそんな鵺の感情を知らないままに、最初のショックから解放されたのだろう。
憤懣やるかたないといった様子で「うぬぅ! たばかられたわ! やはり、先程の、『またたびジュース』なるもの、妖しの飲み物であったのか!」と、歯軋りし、そして武彦を睨み据えると、「貴様も、アレを飲んだのか! なぜ、あのような妖しき飲み物を口にするのだ! 馬鹿か! 馬鹿なのだな!」と自分を棚に上げて責め立てる。
思わず「や、だって。 君も飲んだんだよね?」と鵺が突っ込めば、「我は喉が渇いていたんだ!」と、無茶苦茶な事を叫び返してきた。
「あー、だったら、しょうがない……の?」
と、泰山府君の自信満々な一言に、思わず納得し掛けてしまう鵺。
幇禍は「や? でも、やっぱり、結構理不尽ですよ、この人」と冷静に呟き、物凄い視線で睨み据えられた。
そんな呑気なやり取りの間にも、事態は進行していく。
唐突に、泰山府君の事を呆れたような視線で見上げていた摩耶が、武彦達の座っているソファーの後ろにある窓の外へツト視線を向け、そして飛び出すようにして駆け寄った。
「な? 何よ? どうしたの?」
という、エマの問い掛けを無視し、ガラリと窓を開け、素早く腕を窓の外へ突き出している。
「! っと、何やってんのよ? あんた」
驚いてそう問い掛ければ、摩耶はニッと笑って「今日の興信所は千客万来だね」と、エマと武彦に向かって言った。
「どういう意味だにゃ?」
と、問い掛ける武彦に、意味ありげに笑いかけ、勿体ぶるようにゆっくりと何かを持ち上げる摩耶の手の先には、金色の長い髪をした、真っ白なネコ耳の生えた子供がいる。
その姿の余りの愛らしさに思わず鵺は胸の内で、黄色い悲鳴をあげた。
(っっ! 可愛いいいーーーvvvv)
「放すにゃ! 放すにゃぁ!」
しっかりと襟首を捕まえられ、よっぽど軽いのだろう。
軽々と、細腕の摩耶に持ち上げられている姿は、本物の猫のようで、じたばたと暴れる姿も、可愛らしい。
「あちしを、誰だと心得てるにゃ! そんな風に、持ち上げるとは、不届きにゃ!」
そう摩耶に喚いている、その子供の側に近寄って、みなもが優しい声で尋ねる。
「窓の外で、どうしてたのかな? 耳が生えてるって事は、あなたも、ジュースを飲んじゃったのね。 それで困ってここへ来たの?」
零も、怖がらせないように、微笑みながら、「可愛いお客さんなのかしら?」と首を傾げ、「兄さんだけでなく、他に二人もジュースを飲まされた人がいるなんて……、もしかしたら、もっと大きな事件へ発展するかも知れませんね」と呟きながらその子供を覗き込むが、摩耶は冷静な声音で、みなもと零の言葉を否定した。
「こいつ、見た目はこんなだけど、あなた達が考えてるような子供じゃないよ。 ふっつーの子供が、二階にある興信所の窓の外で、しっかも…」
半眼になりながら事務所内に居る人間を見回し「こぉんな、曲者揃いの人間達に気配も気づかれないで、部屋の中の様子窺えると思う?」と冷静に言えば、翼も頷きながら「確かに、もし困って此処に来たのなら、正面から普通に訪ねて来れば良い。 キミ誰だい?」と、問い掛ける。
鵺は、じっと子供を眺めてみるも、その内面を見通そうとしても、何か、大きなやわやわとしたゼリーのような感触の壁に阻まれて、正体が掴めなかった。
だが、鵺の千里眼とも言うべき観察眼をもってしても覗き込めない内面を持っている事自体が、子供がただ者ではない存在である事の証明になる。
吊り下げられたままの子供は、別段困った様子もなく「あちしは、ねこだーじぇる・くんなのにゃ!」と誇らしげに名乗った。
そして、小さな手をふるふると振り回すと「降ろすのにゃ! 降ろすのにゃ! にゃぁ、にゃぁ、にゃぁ!」と、身を捩らせる。
そんな様子に、鵺は今度は声に出して「か…可愛い」と呟き、幇禍に同意を求めれば、幇禍も「確かに、可愛いですね」なんて、和んだ表情で答えた。
鵺達だけでなく、ねこだーじぇるという子供を捕獲している摩耶も含む、その他人々も皆一様に同じ様な表情を浮かべている。
しかし、そんな様子に全く頓着しないまま、ぐっとねこだーじぇるの顎をグッと掴むと金蝉は相変わらずの冷たい声で「で、テメェは、外で何してやがったんだ?」と、問い掛けた。

わぁ、あの人ってば、正統な意味で血も涙もない。 なんて、鵺は心の中で快哉を贈る。

ではでは、あの可愛い子猫ちゃんを吐かせる為の、虐めの方法でも提案しようかなと、ワクワクしながら鵺が思案し始めると、今度は武彦と泰山府君が同時に、「あーーーーーー!!」と叫び声をあげた。
お次は何だと、鵺が武彦と泰山府君の視線の先に眼をやれば、そこには背丈ほどの長い黒髪を垂らし、大きな赤い瞳を持つ、ランドセルを背負った小さな女の子が立っている。
小柄で、髪の長い…という特徴が、武彦にジュースを配ったという女性に酷似はしているが、どう見ても小学生にしか見えない。
予想外の人数がいた事、そして一気に注目を集められた事のせいだろう。
少女は「え? ……え? えぇ?」と、怯えたように身を縮こまらせた。
そして、オズオズと「あの……これ…」と、小柄な体一杯に抱えた段ボール箱を差し出す。
「と…届けにき、ました」
か細い声でそう告げた少女の抱えていた段ボール。
そこにはレトリックされた文字で、「またたびジュース」と印刷してあり、猫のキャラクターが描いてある。
瞬間、泰山府君は「よくもぬけぬけと!」と唸り、武彦に至っては、「にゃぁぁぁぁ!」とよく分からない奇声をあげた。
どうも、二人にまたたびジュースを配ったのはこの子らしい。
ただ、それにしては、今や敵の巣窟ともいえる直接この興信所を訪ねてくるのが奇妙に感じられたし、その態度も訳の分からない事態に巻き込まれて戸惑う人間の表情そのものだった。
「小柄! 黒髪! あいつにゃぁぁ!」と、錯乱したように叫ぶ武彦に、何か知っているのか、エマが「ちょっ! 落ち着いて! 彼女は、違うわよ!」と止めようとするが、まさに猫のような身軽さで、ソファーから跳ね起き、一気に少女に飛びかかる。
片や泰山府君は、何処から取り出したのか、狭い事務所内で刃の部分が青龍刀になっている鉾を振りかざすと、唐突に少女に振り下ろそうとした。
「天誅!」そう叫びながらの、凶行に思わず、「えっらい直情ね、あの人」なんて感心するが、泰山府君の鉾が少女を傷付けるよりも早く、翼が愛用している剣を翳してその斬撃を受け止める。
「僕の目の前で、レィディへの乱暴は許さないよ? 例え、君自身が、美しい女性であろうともね」
と、白い歯を見せて笑う翼に、瞬く間の出来事で、観察なんてちっとも出来てなかった鵺が、先に翼に見抜かれていた悔しさ混じりに「女だったなんて、あんな格好で分かる訳ないじゃん」と内心吐き捨て、その他の人々にも「あれで、女かよ!」という純粋な驚きが走るが(そして、金蝉には「なんで、翼は、性別を判断できるんだよ」という別の驚きも)、そんな衝撃を受けている間にも、錯乱武彦は少女に「お前もこれを飲むにゃぁぁぁ!」と叫びながら段ボールをバリバリと破き、中に入っていたジュースを無理矢理ビンごと飲ませている。
すると、今までみなもの胸の中で大人しかった黯傅が、ピョンと抜け出して、武彦の頭の上に乗り、そして思いっきり爪を立てたまま、その背中を滑り落ちた。
「っってぇぇぇ!」
そう叫んで、少女を放す武彦。
その隙に、逃げ出した蒲公英には、既にネコ耳が生えてしまっている。
事務所内にある、大きな机の下に小柄な体を更に縮めて、逃げるように潜り込んだ少女が、ガタガタと身を震わせ「ふっ…ふぇ…ふっふぇぇん」と泣き始めた。
そんな様子を痛ましげに眺め、キっと眉を吊り上げて腰に手を当てると、「武彦さん! あの子は、蒲公英ちゃんよ! ジュースを配っていた女性じゃないわ!」と、エマが叱り、翼も、泰山府君と剣を合わせたままながらも、「女性をしかも、子供を泣かせるだなんて、君の罪は万死に値するね!」と叫ぶ。


そして、ようやく、興信所に、この事件における最後の登場人物が姿を現し、この事件は新たな展開を見せる事になった。 


「おや? 立て込んでるみたいですが…大丈夫ですか?」
そう言いながら、柔和な笑みを浮かべ応接間の入り口に立っているのは繊細な佇まいをした美青年だった。
「今日は、珍しく、満員御礼じゃないですか」と、穏やかな口調で、ちょっとした冗談を口にする青年の隣りに立つ、背の小さな、黒髪の女性を見て、泰山府君は「貴様っ!」と叫びながら、やっと翼と合わせている剣を降ろし、武彦も呆然と、立ち尽くす。
どうやら、今度は本当に、またたびジュースを配っていた女性なのだろう。
優雅な足取りで、その女性の手を取りながら人の間を縫い、「お連れいたしました」と恭しく、告げる青年に、「え? ど、どうやっ…てにゃ?」と首を傾げた武彦。
「やはり、武彦さんの猫姿は美しくないですね」
と関係ない事を言いながら嘆かわしいといった様子で首を振り、青年はそれからツイと、泰山府君に視線を送って微笑み掛けた。
「貴女のように、素敵な女性の猫姿をお目に掛かかれたのは、眼福ですけどね」
笑ってウィンクを自然にする青年に、翼除く皆が「だから、何故一発で性別を見分けられるのか? その能力を持っている人間の共通項は、ウィンクが自然に決められるという事なのか?」と疑問を深めるものの、「こちらへ来る前に、試飲を薦められまして、身体的特徴も一致しますし、武彦さんにもジュースを薦めたのはこの方じゃないかな?と思いまして、お話を聞いてみたところ、そうだと言うので………」頬を染めて自分を見上げている女性を見下ろし、笑う。
「…お連れしました」
「連れてこられましたんv」
女性は、身をくねらせて、そう答えた。
そして、アレ?という風に首を傾げると、相変わらず摩耶にぶら下げられたままのねこだーじえるに視線を向けて口を開く。
「ねこだーじえる様? そこで、何をしてるんですかにゃ?」
その瞬間、一瞬気を抜いてしまった摩耶からねこだーじえるが逃げだし、窓際に立った。
そしてビッと、女性を指差しながら、
「にゃにゃにゃ! もーう、怒ったにゃ! しかも、お前もにゃーんであっさり連れて来られてるにゃ! 最悪だにゃ! ほんっとーに、猫股は良い男に弱すぎだにゃ!」と喚く。
それから、
「こうなったら……にゃむにゃむにゃむ」
と、チョコンと両手を合わせて口の中で呪文を唱え始めると、「みぃぃんな、猫になるにゃぁぁ!」と、言いながら両手を広げクルンと廻った。
その瞬間ねこだーじえるの手から、キラキラと光る赤い粉振りまかれた。
何事が起こっているのか理解出来ぬまま、その粉を無防備に吸い込んだ鵺は、「クシュン…」と一度くしゃみをした瞬間、ポンと軽い感触と共に、頭に何か違和感が生まれた事に気付く。
「およよよ? も・し・か・し・て?」
と、期待に眼を輝かせながら手を伸ばせば、指先に、フサリとした感触を感じた。
指を這わせれば、ピコピコとした震えが伝わってくる。
「にゃにゃにゃにゃ〜〜ん! またたびジュースの粉末バージョンにゃん! 吸い込んだ人間は皆、猫化するにゃ〜〜ん! みぃぃんな猫になれば良いにゃん!」とねこだーじえるが笑って言うと、ヒラリと身を翻り、窓下へと飛ぶ。
「っ!」
と、息を呑みながら摩耶が窓に走り寄り、窓下を覗き込んだ後、「後、追うよ!」と言いながら興信所を飛び出した。
その後ろを、「あ! 私も、行きますっ!」と手を挙げたみなもと、それからみなもの肩に乗ったまま黒猫の黯傅が追い掛けた。
間もなく、バイクの爆音が響き、ねこだーじえるを追っていったのだろう。
あっという間に、その音が遠くなる。
「こんな姿で、生き恥晒すのはごめんだ。 行くぞ、翼」と、翼の肩を叩き、死ぬっ程似合わないネコ耳姿を武彦にからかわれていた金蝉も、走り出す。
翼といえば、なかなかに愛らしい姿ではあるが、心境は金蝉と同じなのだろう、「あの子の行き先ならば、風が知っている。 追おう」と頷き、興信所から出ていった。
そんな様子を眺め、泰山府君が、蒲公英が潜んでいる机に向かって「間違いであった。 怖がらせてしまった非礼をお詫びする」とだけ呟き、一礼するとクルリと踵を返し、興信所から出る。
そんな泰山府君の後ろ姿に、さなが声を掛けた。
「え? 帰っちゃうの?」
すると泰山府君は「まさか!」と肩を怒らせて答え、物凄い形相で言い放つ。
「かくなる上は、あの子供。 我の手によって捕獲せしめ、この姿を元に戻させる。 己の始末は、己でというしな」
すると、その答えが気に入ったのだろう。
ネコ耳姿が、何故か、おかしな程にはまるさなは(実は32歳)テテテテという音がしそうな走り方を見せ、泰山府君へと走り寄ると、「じゃ、一緒に行こう! なーんか、楽しそうだしね!」と笑いかけた。
まるっきり子供の外見のさなの、その臆面のないものの言いに目を見張り、「了解したが、足手まといになるようなら知らん」とだけ彼女は答えると、泰山府君とさなは連れだって興信所を出る。
鵺は、みんなが出て行く様子にワクワクするような気持ちになって傍らに立つ幇禍に「さてはて、ここにいるのも飽きてきちゃったしぃ、後、追っちゃう? 鵺、猫になっちゃってこの先ずーっとキャットフード生活なんてヤダし」なんて声を掛けた。
幇禍といえば、髪の色と同じ、銀のメッシュが入った黒いネコ耳を珍しげに触りながら、「そうですねー。 行っちゃいましょうか? 個人的に、マジ、心から、本気で、痛い程に、世界の中心で草間なんかどうでも良いって叫べちゃうんですけど、まぁ、暇になってきましたし、俺はともかくお嬢さん猫になっちゃったら大変ですしね」と答える。
そんな幇禍に軽く頷いてみせると、楽しみな気持ちで一杯になりながら、
「んじゃんじゃ、オヤビンに、他の方々行ってきます!」と手を振って出ていった。

興信所を出てすぐに、鵺は懐から面を取り出す。
「それは?」
と、問い掛けてきた幇禍に猫面を見せながら「猫股のお面! これを付けて、猫に話を聞きながら、あの子を追おう」と提案する。
そして、スッと呼吸を沈めて面を装着すると、まずは手近にいた野良猫に声を掛けた。



「試飲をやってる?」
寸頓狂な声で問うてくる幇禍に、鵺はコクンと頷く。
「うん。 『またたびジュース』の試飲キャンペーンの準備を、数人の女の子達が向こうの裏路地の方で薦めてるらしいよ?」
「え? あの男性が連れてきた女が試飲させていたんじゃないんですか?」
「んーー? そうみたいだけどね、何か色々あるみたい」
「色々?」
訝しげな幇禍の問い掛けに、鵺はコクンと頷く。
「そもそも、今回の『猫化騒ぎ』は、あの『またたびジュース』を手軽にネコ耳や尻尾を生やせる商品として猫股族が売り出すために開発したそうなんだって」
「あの野良猫に聞いたんですか?」
「うん。 猫や猫族同士のネットワークって結構しっかりしてんのよね。 助かっちゃった」
と、気軽に言いながら話を続ける。
「んでね? あの、ねこだーじえるって子いたでしょ? あのねこだーじえる君は、何か、よく分かんないんだけど、猫達の中では絶対の権力を持つ存在らしいのね? で、今回、『またたびジュース』の効能を商売相手になる人間相手に試す為に、こういうキャンペーンをうったみたい。 ただ、その飲ませる相手は、例え猫化しても、こう、そういう事に慣れてる人間? すぐに、警察に飛び込んだりしないっていうか、それでいて、ねこだーじえる君が、見物していていて愉しめる人間なんかに限定していたみたい」
なーんか、そういう感覚は同意出来ちゃうかも。 なんて、思っていると、幇禍がにわかには信じがたいといった表情で聞いてくる。
「そういうのは、全部、あの子が見分けられたっていうんですか?」
「うん。 なんかね、そういう能力とかぜーんぶ含めて、正体不明なねこだーじえる君なんだって。 でもね、猫股達のなかには、そーんなまだるっこしい事しなくても、人間達の事なんかしったこっちゃないから、みんなに試飲させてみれば良いんだっていう人達もいたみたい。 んで、どうも、野良猫の話にあるキャンペーンを行ってる女の子達って、そういう派閥に属してる子達みたいで、とうとう痺れ切らして勝手に、人々に試飲させようとし始めてるみたいなの」
と答えた後、「んで、どうする?」
と鵺は聞いた。
「どうするって?」
「ねこだーじえる君はさ、みなもちゃん達が追ってるじゃない? だからさ、鵺達はそっちのキャンペーンやってるトコ行ってさ…」
「行って?」
「またたびジュース頂いちゃわない?」
ニッと鵺は笑った。
「だって、猫になっちゃうジュースだよ? 手元にあったら、とっても楽しい事に使えそうじゃん」



「ニャンニャン食品の新製品、『またたびジュース』の新製品。 またたびジュースの試飲キャンペーン行っておりまーす! お一ついかがですか?」
人通りの殆どない路地裏でひっそりと行ってしまうのは、きっと猫の習性なのだろう。
通りがかった鵺と、幇禍に嬉しそうにジュースを差し出してくる。
鵺達は、ネコ耳を隠すために、露店で売っていた帽子を購入していた。(露店の店主は、付け耳と思っていたらしく、耳に関しては何の反応も見せなかった)
幇禍と鵺は、顔を見合わせ、「どうしようか?」と眼で話し合った。
もう、猫化し始めている訳だから、ジュースを飲んだとてさして問題ないような気がする。
一度、そのジュースの味を確かめてみたいとは考えていたし、折角だから飲んでみようかなと、思いながら幇禍を見上げれば、とっとと彼は、そのジュースを一気に飲み干していた。
(いっつも思うけどさ、幇禍って、無防備っていうか、大胆っていうか……考えなしよね)
そう思いながら鵺も躊躇う事無く、ジュースを口にする。
甘酸っぱい、少しアセロラに似た味が口の中に広がった。っと、思った瞬間、みるみる視界が低くなり、隣を居れば、幇禍の立っていた場所に、黒に銀色のメッシュが入った毛並みを持つシャム猫がポツンと座っている。
『幇禍? …だよねぇ』と、鵺が問い掛ければ幇禍が『お嬢さん? ね、猫になってますよ?』と驚いたような声で言ってきた。
『貴方もね』と、冷静な声で返した瞬間、ヒョイと誰かの手の温もりに包まれ、体が宙に浮いた。
「何で君達はそんなに考えなしなんだ」
呆れたような声音が頭上から降ってくる。
見上げれば、視界一杯に翼の顔が広がった。
見れば幇禍も、同じように翼のもう片方の腕に抱えられている。
「またたびジュースの粉で猫化が始まっている所に、ジュースを飲んだんだ。 一気に猫化するなんて事、すぐ想像できるだろ?」と、疲れたような顔で言う翼に『えへへへ。 そういう考え方もあるのね』と鵺は答えど、翼には「にゃにゃにゃ」としか伝わってないらしい。
傍らにいる金蝉はつまらなそうに、「んな奴らほっといて彼奴らシメんぞ」と言えば、翼がそんな金蝉を諫めるように、「言っただろ? とにかく僕に任せて」と言いながらこちらを窺っている女達に声を掛けた。
「君達が、行っている事は、人の都合を考えない、大変勝手な行動だ」
独特の声音、独特のリズムで、翼が女達を説得し始める。
「あのねこだーじえるという子が取った方法も、傍迷惑極まりないが、人物の選別を慎重に行っていたという点においては情状酌量の余地がある。 しかし、君達の無差別に、そんな物を人に飲ませようとする行動は頂けない。 頂けないよ」
翼が、女達に顔を近付け、唄うような声で言った。


「さぁ、そんな飲み物はもう仕舞って、帰るんだ。 そして二度と、こんな事をしようとしないように」

その言葉に、翼は何某かの力を込めていたようだ。
夢を見るような目つきになって女達は頷くと、大人しく設置してあるテーブルなどを片付け始めた。


結局、幇禍と鵺は、何故か金蝉に抱えられて興信所へと帰る事になった。
金蝉は、「置いてけよ」なんて心から言っていたが、翼にしてみれば「放っておけないだろ?」という事らしく、しかも自分は、ネコ耳姿は気に入らないから便利な変化の術を使って完全に猫化してちゃっかり金蝉の肩へと乗っていた。
ネコ耳を生やした金髪の、しかも美形ながらも妙な迫力を持った青年が3匹も猫を抱えて歩いている姿というのは、正直奇異極まりなく、注目を集めまくっており、自然金蝉の機嫌は下降の一途を辿っているようだ。
『あーあー、金蝉のご機嫌取りが大変だ』
と、猫語で呟く翼に、鵺が『頬にキスの一つでもしてやれば、一発じゃないの?』と気楽に告げて、翼に『シャー!』という唸り声共に『巫山戯た事を言うな!』と怒鳴られる。
その瞬間金蝉が、冷たい声で「テメェら、それ以上ぎゃーぎゃー喚いたら、川に流すからな」と本気の声で告げ、二人は押し黙る。
幇禍は呑気に『こんだけ短気だと、大変でしょ?』と翼に尋ね、『フゥ』という限りなく肯定に近い溜息の返答を受け取った。

事務所では、あっさりイベントのキャンペーンガールを連れてきていた青年が、みなもや、摩耶を元の姿に戻している真っ最中だった。
興信所の奥では、摩耶と泰山府君にこってりと捕まえられたのだろうねこだーじえるが叱られている。
「何だか盛り上がっているトコに水を差すのが悪いなぁと思って、能力の事言い出せませんでした」なんて笑う青年は「申し遅れましたがモーリス・ラジアルと言います。 了承さえ賜れば、私の思う通りに人の姿を変える事が出来ます。 あなた方の事も、すぐ元の姿に戻してあげますよ」とあっさり告げた。
その瞬間、流石の鵺もガクリと脱力し「ていうか、この人が、もっと早くに来て、その能力を行使してくれていたら、この話もっと早く終わったんじゃ?」と、全ての登場人物且つライターすら感じずにはいられないツッコミを内心で入れつつ隣で丸くなっている幇禍に視線を向ける。
『結局、何だったんすかね? 今回の事件は』
と、疲れた声で呟く幇禍に『さぁ? ま、じゃぁ、元の姿に戻してもらったら、まず疲労回復の為にも、まずアイス食べに行こうか』と鵺は提案した。





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■   登場人物  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
受注順に掲載させて頂きました
【2411/鬼丸・鵺/13歳/中学生】
【3342/魏・幇禍/27歳/家庭教師 殺し屋】
【1252/海原みなも/13歳/中学生】
【0086/シュライン・エマ/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3317/斎・黯傅/334歳/お守り役の猫】
【2863/蒼王・翼/16歳/F1レーサー兼闇の狩人】
【2916/桜塚・金蝉/21歳/陰陽師】
【1979/葛生・摩耶/20歳/泡姫】
【3415/泰山府君・― /999歳/退魔宝刀守護神】
【1992/弓槻・蒲公英 /7歳/小学生】
【2309/夏野影踏 /22歳/栄養士】
【2640/山口・さな /32歳/ベーシストsana】
【2318/モーリス・ラジアル /527歳/ガードナー・医師・調和師】
【2740/ねこだーじえる・くん /999歳/猫神(ねこ?)】


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■         ライター通信          ■
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遅れて、本当にスイマセンでした!momiziです。本気で、文字数制限がギリギリなので、お詫びのみで失礼します(汗)