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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


猫になる日。


オープニング

朝起きたら、義兄の耳がネコ耳に変化していた。


零は、今まで様々な奇妙な現象を目の当たりにしてきたせいでもあるのだろう。
大して動揺せぬまま、しかし30男のネコ耳姿という、嗚呼、神様。 もし、見なくて済むのならば、積極的に見ないまま人生を終えたかったのですなんていう、光景を目の当たりにし、とりあえず、この事態はどういう事なのか問い質して見るべきかと、強引に自分を納得させる。
何か、別に良いかなぁ…なんて、投げやりな感情に支配されつつも、「その、耳…、どうしました?」と、零が問い掛けてみれば、「耳が、どうしたんだニャ?」と武彦が答えてきた。


森へ、帰りたい。


別段森生まれでも何でもない零は、ガクリと、床に膝付きながら、何故かそんな郷愁に襲われる。


語尾にニャて、おいおい。
許されるキャラすっごい限定される口調やん。
ていうか、義兄がニャて、ニャて……うあー。

もう、項垂れるしかないという気分になりながらも、零は静かに立ち上がり、そして、「もし、わざとであるのならば、本日限りで、ここをお暇せねばならなくなるので、是非とも他に原因がある事を祈るばかりなのですが……兄さん。 ネコ耳生えてますよ?」と、告げる。
人生において、人に、それも兄に「ネコ耳生えてますよ?」という台詞を吐く機会に恵まれるなんて、私はなんと不幸な人間であろうか…、と自分の境遇を嘆く零に対し、武彦は目を見開き、それから、「プッ」と吹き出すと「なぁに、言ってんだかニャ」と言いながら、自分の耳に手を伸ばし、そして硬直した。
「……なぁぁぁっぁぁぁっぁぁああああああ?! ニャ」
事務所に武彦の絶叫が響き渡った。



「ええぇぇぇ? 誰も、求めてニャイだろ、これ? ええ? 何で、猫ニャ? どういうニーズニャ? ていうか、えーー?」
混乱しきったまま、自分の耳を触りつつ、そう呻く武彦に、零はあくまで冷静に言葉を掛ける。
「まぁ、誰かが求めてどうのこうのって訳じゃないでしょうが……、兄さん、何か心当たりとかありますか? 変な物を拾い食べしたとか」
「そんな、今時、子供でもしないような馬鹿な事しねぇニャ」と、抗議しつつも、「心あた…り?」と首を傾げ、そして、ポンと手を打った。
「そういや、昨日、街頭で、試飲サービスをやっていて、『またたびジュース』とかいう変な飲み物を飲んだ記憶があるニャ。 新製品とか言っていたけど、随分と人通りの少ない道でやっていたので、不思議に思ったニャ」
武彦の言葉に、どうして、そういう怪しげなものを呑んじゃうかなぁ…と呆れつつも、零は「多分それですね。 そういう仕組みかは分かりませんが、その飲み物のせいで、猫化したと考えるのが自然でしょう。 そのジュースを薦めてきた人間の容貌を覚えてますか?」と、聞いた。
武彦は、目を細め、考え込むような素振りを見せた後、「……女だったニャ。 うん。 真っ黒な髪した、何か背の小せぇ、ちんまい感じの……」と、答える。
「その人が、無差別にジュースを配っているとしたら、今頃はもっと騒ぎになっているでしょうから……」
「俺を狙っての、犯行…かニャ」
そう言いながら、武彦は自分の頬をつるりと撫でて、そして、「ひあ!」と素っ頓狂に叫んだ。
「ひ……髭ニャ! うあ! 尻尾も!」
動揺して、そう喚く武彦の鼻の側の頬から、確かに三本の髭がぴょんと生え、そして尾てい骨の辺りから、ズボンの外へ細長い尻尾が飛び出してくる。
さっき迄は、存在しなかったネコ特有の特徴に、武彦はネコ化が進んでいるという事実を悟り、戦慄した。
「ね、ネコになってるニャ! ネコになってるニャーーー!」
武彦が、動転し、ソファーから転げ落ちる姿を眺め、零も流石に、「もしこのまま、兄さんが猫になってしまったら?」という焦りのようなものを覚え、そして、とにかく誰かに助けを求めようと心に決めたのであった。

本編

まるで、対になっているかのようだった。
銀色の髪。 真っ赤な目を持つ人形のように整った鵺の美貌と、眼を射るかと思われるようなこの世のものとは思えない美しい容貌をした少年が、間近に向かい合っていた。
階段を、一足飛びに、跳ねるようにして登っていた鵺が、足を滑らせて転落しようとしていたのを、少年が腕を掴んで引き留めてくれたのだ。
下で鵺を受け止めようと、咄嗟に両手を広げた幇禍は、安堵が胸に広がると同時に、チクリとした感触が胸を射るのを不思議に想う。
「大丈夫かい? 危なかったね」
そう囁く少年の声に含まれる甘やかな感触に、幇禍は胸の痛みが強くなる。
お似合いだ、なんて感じてしまったからかも知れないと思い、同時に、どうしてその感情が自分の胸を痛くするのか、幇禍は自分で自分の心の動きが全く理解出来ないでいた。
鵺が、うっとりと頬を緩ませながら少年に見惚れている。
少年も、瞳の奥を覗き込むようにして鵺の事を情熱的な眼差しで見つめていた
鵺が囁くように少女に「助かりました。 ありがとう」と告げる。
そして、少女から身を離し、真っ直ぐな視線で見上げて言った。

「まさか、吸血鬼に助けて貰えるなんて、凄い経験。 チョーラッキーだわv」

吸血……鬼?
幇禍は、鵺の口から出た、伝説上の生き物の名に目を剥いた。
吸血鬼って、あの、ルーマニアの?
今までの鵺との生活で経験した非現実的な事態を忘れ、思わず「そんな馬鹿な」と心中で呻く。
だが、そう言われた少年は、
「な……んで?」
零れ落ちるようにそう呟き、青ざめた。
そんな少年を押しのけるようにして、少女よりも一段と濃い金色の髪をした青年が、前に出て「てめぇ、何者だ?」と、鵺に凄む。
その青年も、筋金入りに端正な顔立ちを有しており、おいおい、ここは何のモデルクラブだよ…と、呑まれるような気分になりながら、幇禍は事態の推移を見守る。
何も答えようとしない鵺に苛立ったのだろう、金髪の青年が、その整った眉根を寄せ、ぐいと鵺の胸ぐらを掴み上げた。
「答えろ」
そう凄むよう青年に言われ、鵺は薄く笑った。
幇禍は鵺の元へ走り寄り掛けるが、鵺が口を開き言葉を発したので、一旦思い留まる。
「……鵺っていう名前のただの休みがち中学生よ?」
巫山戯た声音でそう答え、それから鵺が幇禍の名を呼んだ。
「幇禍」
「はい。 お嬢さん」
「なんか、痛いかも」
(了解)
最後の言葉は心の中で答えながら、一足飛びに金蝉に迫った幇禍は階段という限定された足場で、バランスを取りながら流れるような動作で、青年の頭をめがけて蹴りを繰り出す。
しかし、相当の手練れと見て良いのだろう。
全く動揺を見せないまま、青年は頭を後ろに逸らすという最小の動作で幇禍の攻撃から逃れると、ギッと音のするような視線で幇禍を睨み据えてきた。

ゾクゾクする。
また、悪い病気だ。


ヤり合いてぇ……。

胸底に眠る凶暴な欲求が、思わぬ美味しい獲物を目の前にして、喚き出す。


鵺はといえば、その隙にとっとと逃げ出し、幇禍の後方で腕を組みながらの傍観者体勢をとっていた。
「…どーいうつもりだ?」
ゾッとするような視線に晒されたまま、押し殺したような声で問い掛けけられ、幇禍は飄々と「先に手を出したのは貴方ですよね? こぉんな小さな女の子の胸ぐら掴むなんて、紳士的じゃないですよ?」と答えた。

分かってるでしょ?
挑発してますよ?と、言外の意志を表情に滲ませて伝えれば、青年も嫌いではないのだろう。
少々の悦びの色を眼の中に掃きながら、懐に手を突っ込み掛ける。
多分、拳銃かそれに類する物騒なモンを仕込んでいると見て間違いない。
幇禍も、拳銃を呑んである内ポケットに手をのばそうとした瞬間だった。
少年が、青年をギュッと袖を引き「金蝉止めるんだ。 大丈夫だから」と囁くように止める。

余計な事を……。

ギリリと歯噛みするような苛立ちを感じ、翼を睨めど、青い瞳を更に青く凍り付くような色に染めた翼は、視線を幇禍を通り越し鵺に据える。
そして、「鵺さんは、武彦の客じゃなくて、興信所のバイトをしてる子だったりするのかな?」と問うた。
鵺は、その問いにコクンと頷き「分かる?」と笑う。
「まぁね。 一目で正体見抜かれてしまったのだもの。 ここで仕事をする人達は、特殊な能力の持ち主が多いしね。 君も、ただの中学生なんて、大嘘だろ? しかし、あんまり、良い趣味じゃないな。 人の内面を覗くだなんて」
冷ややかな声音が降り注ぐのを、鵺が眼を細めて見上げている。
何を思っているのだろう?
見た事のないような表情をしている。
ざわざわとした不安を胸の内に感じ幇禍は、鵺の表情を凝視する。
すると、打って変わったような明るい笑顔で「だって、癖なんだもん」と答えると、「ね? 貴方名前は?」と翼に問うた。
翼は冷笑を浮かべながら「蒼王翼。 急いでいるんでね。 先に行かせて貰うよ」と告げ、幇禍を殺意の籠もった眼で睨み降ろしていた金蝉という男に「ごめん。 待たせたね。 行こう」と、宥めるように肩を叩きながら告げる。
金蝉は、フンと鼻を鳴らし、「気にいらねぇ」とだけ吐き捨てると、翼と共に興信所に向かった。
「珍しいですね」
幇禍は好奇心をハナっから抑える気もなく、問い掛けた。
「お嬢さんがあんなに、あからさまに突っかかんのって、見た事ないです」
そう言えば、鵺は「なーんかね、ちょっとしか覗けてないから何とも言えないんだけど? あの子、鵺きらーい」と言い口を尖らせる。

嫌いと言うより…むしろ、どうしようもなく気になっているように見えましたよ?

そう言いかけて、何だか、その言葉がしゃくに障るような気がして、あえて口を噤む。
それから「んじゃ、行こうか?」と提案する鵺に、幇禍は「嫌いなら、近寄んない方が良いんじゃないですか? あの人達も、今回の草間絡みで来てんでしょ?」と、「じゃ、もう帰ろうか」という鵺の返答を期待して問い掛けた。
しかし鵺は、「うー。 でも、オヤビンの猫姿は見たいんだよねぇ。 うぅ、乙女のジレンマ」と、おどけて答えてくる。
「それにさ。 何か、今帰るのって逃げんのっぽいじゃん? この階段登ってるって事は、鵺達も興信所へオヤビンの事で来たって事、あの二人は知ってる訳だよね? したら、帰るのみっともなくない?」
鵺の言葉に、「それもそうか」と答え、また、あの目つきの悪い金髪青年に逃げたと思われるなんて堪らないと思うと、「では、参りましょう」と言いながら鵺に腕を差し出した。
慣れた様子で絡められる腕の感触に、何故だか安堵を覚えながら、階段から落ちそうになった事を指し諫めるような口調で鵺に言う。
「さっき、肝が冷えましたよ。 気をつけて下さいね?」
その言葉に、今度は素直にコクンと頷く鵺。
そんな鵺に視線を送りながら、先程から気になっていた事を鵺に問うた。
「吸血鬼?って、本当ですか」
「うん。 見えたから」
そう簡潔に答えられ、「まぁ、お嬢さんがそう言うのなら、そうなのだろうなぁ」と、幇禍はあっさり納得する。
そんな事を考えている間に辿り着いた興信所の扉の前で「んじゃんじゃ、オヤビンの面白姿拝見いたしましょうか?」と、鵺は良いながら目の前にある扉を開いた。


扉の向こうに広がっていた光景。
それは、ヒシッと零の体を抱き締める翼という、まるでメロドラマの1シーンのような光景だった。


「翼さん! 翼さん! 来て下さったんですね!」
そう言いながら、翼を見上げる零に、翼は「当たり前じゃないか! 言っただろ? 君は僕の勝利の女神なんだよ? そんなレィディが困っている時に、僕が駆けつけない筈ないじゃないか」と、優しく告げている。
幇禍は、零さんはあの子と付き合っているのか…、と何故か安堵を覚えながら思い、それにしても人前だというのに情熱的だなぁと二人の様子を呆れたような気持ちで眺めた。
零の白い頬に指を滑らせ「泣いていたのかい? 兎さんのお目々になってるよ? 君の涙は真珠のように美しいけれど、笑顔は世界中のどんな宝石よりも素晴らしいんだ。 さ、もう、安心していいよ? 僕が、君の宝石を取り戻す為にも、その悩みを全部解決してあげるからね」と囁いている姿に、翼ほどの美貌だからこそ、あの台詞は許されているけど、他の男性なら袋叩きだなと確信する。
先程言っていた、翼の急ぎの用とは、きっと兄の一大事に途方に暮れる恋人の零を慰めるという事だったのだろう。
だとしたら、金蝉はその付き添いか?
一体、二人の関係って何なんだろう?なんて、持ち前の好奇心で思案するも、好奇心以上に持ち前ている単純さで「ま、いっかぁ」なんて投げ出してしまう。
ジゴロも顔負けの、翼のナチュラル口説きテクに零は腰砕けになっているのだろう。
「翼さん」とうっとりしたように呟きながら、縋り付くように、翼の胸に頬を寄せていた。
「何か、革新的な事になってるねぇ。 流石、新世紀」
と、呟く鵺の台詞の意味が分からず「え? え? 何でですか? あの二人、恋人同士なんでしょ?」と、問えば「あの子、女の子だよ」と、当然の事のように答えてくる。
そして、「えぇぇ? 女の子? 嘘でしょ?」と狼狽える幇禍を無視し、鵺は、キョロキョロと視線を彷徨わせると、ある一点を身ながら制止し、その方向に笑い声をあげながら一直線に走り寄った。
「あっはははははっはははーー!!」
明るい笑い声をあげながら、鵺が向かった先には金蝉と何事かやり取りしていた武彦がソファーに座っている。
武彦は、零に聞いた通り、ネコ耳をはやし、尻尾まで生え、その上猫ヒゲが鼻の横から3本ピョンと飛び出しているという、情けない且つ気持ち悪く、色んな意味で犯罪スレスレの姿を晒していた。
鵺が、笑いすぎで苦しいのだろう。
武彦の前に蹲りながら、それでも大声で罵詈雑言を並べ立て続ける。
「うわ! ほんとだったんだ! すごっ! キモっ! だっさーーー! おやびん! ださ! 変態! コミケ帰り? ってか、あははっはははーー! ヤバイ! 近寄りたくないぃ〜〜!」
その余りの直球な言葉の羅列に、な、なんて残虐ファイト…と思わないでもないが、実際その言葉通りではあったし、幇禍自身、武彦の余りの姿に笑いの波に襲われているので、そんな事には構っていられない。
「ひっひひひひぃぃぃぃ〜〜〜!」と喘ぐように笑いながら、腹を押さえ、苦しげに身を捩り、バンバンと空いている方の手で力一杯床を叩く。
もう、それ位、武彦の姿は珍妙で、破壊的に笑えた。
なので、苦しすぎて、俯けども、やはりまた気になって顔を上げて武彦を見ては、再び涙を目に滲ませながら笑ってしまう。
「ひっ…ひひっ…ひぃ…うあ、苦しい! 死ぬ、死ぬ!」
と苦しみながらも、幇禍は「アレだ! 迎えが来るな! ほらあれだ、猫の国の王様がお前を愛妾に迎えたがってるんだよ」と、ジブリネタ混じりの嫌味を言い、その上、「はい、土産だ!」、なんて言いながら、嬉しげに猫が嫌いな匂いがするオレンジの皮を投げつけた。 
「うわぁ…」
二人の様子に武彦は疲れたような声で、それだけ呟き、それからいそいそと張り切って(特に、翼の分のを)コーヒーを入れに行こうとする零に声を掛けた。
「おい。 こいつらも、呼んだのかにゃ?」
まるで疫病神のような言い方に、ムッとする気持ちがないでもないが、しかし、武彦が猫化していると聞いた瞬間「めでたい!」と心から祝ってしまった幇禍にしてみれば、否定出来る言葉ではない。
零がニッコリ笑って「はいv とりあえず、現段階で連絡が取れる人には全て、連絡させて頂きました!」と無邪気に言い放ち、それを弱ったような顔で聞いている武彦の、ピコピコと動く耳を眺めていると、再び笑いの発作が起こり、幇禍は「ぶふっ」と吹き出しながら、零の言葉を補足した。
「やー。 俺は、まっったく、草間の事助けるつもりとか、単位にして1ミクロンもないんですけどね! そんな面白い見世物とか、ほんと、もう見逃しちゃダメ!絶対! って感じで、お嬢さんと見物に来たっていうか、むしろ完全に猫になった暁には、三味線にでもして、売っ払って、新しい通販商品でも買おうかと…」
と、全開の笑顔で、しかし冗談抜きの本音で、幇禍は語り、それが通じたのだろう。
零が「だ、ダメです! そんなコトしちゃ!」と、訴えた瞬間だった。
「サイテーだね。 冗談にしたって笑えないよ」
と、冷たい声で翼が攻撃してきた。
「ただでさえ、ダメ人間?っていうか、甲斐性なし且つ、考え無しの兄が、この上猫化までしてるっていう状況の零ちゃんの前で、そういう事をよく言うよ」
先程の事を踏まえてなのだろう。
冷たい敵意の滲む声に、幇禍は軽い驚きを感じる。
冷静そうな感じに見える子なんだけどな?と思えば、何事にも殆ど動じない鵺も、苛立ちを少し滲ませた声で、翼に言う。
「うわぁー。 優しいーv いい子ねぇ、翼ちゃん? そうよー? 幇禍、三味線にしちゃうなんて言っちゃダメ。 大体、オヤビンで出来る三味線なんて屹度、音が悪すぎて、高く売れないよー?」
そんな皮肉を滲ませた鵺の言葉に、翼は不機嫌な表情を見せると「家庭教師が家庭教師なら、生徒も生徒って訳か。 TPOって言葉、学校で習ったことはないのかな?」と辛辣な言葉を言い放った。
ソファーに座っている武彦と、その隣りに座る知的な容貌をした美しい女性が眉を顰め何事か語り合っているのを見て、誰のせいでこの事態が引き起こされているのかすっっっかり忘れ、此処は大人としてこの二人の険悪な雰囲気を何とかすべかと思い、自信満々な口調で「ほらほら? お嬢さん。 怒られちゃいましたから、そろそろ翼ちゃんで遊ぶのを止めましょうね?」と、心から、そう悪気無く心から火に油を注ぐような発言をする幇禍。
すると、ずっと黙ってこちらを睨んでいた金蝉が何故か(と、心から幇禍は不思議に感じている)その言葉に反応し、懐に手を入れた。
何か、知らないけど、やる気ですか?
なんて、さっきまで、大人として翼と鵺の険悪な雰囲気を諫めようとしていた事をすっかり忘れて嬉しくなり、ワクワクしながらとりあえず金蝉に対して警戒の態勢を取る。
鵺と、翼の険悪な雰囲気以上に、もっと実質的な被害を及ぼす金蝉と幇禍の間に立ちこめた危ない空気を何とか収めようとしているのだろう。
ソファーに座っている女性が、ツと眉を上げて、立ち上がった。
しかし、そんな女性に全く構わず金蝉が「テメェら、さっきの事と良い、今とイイ、調子ノリ過ぎてんじゃねぇか?」と、興信所前での出来事も踏まえた言葉を発すれば「おや? ナイトの登場ですか? 格好良いなぁ。 痺れるなぁ」と、幇禍はおどけたような声で言葉を返す。
それで完全にキレたらしい。
短気な男だと感じながら、金蝉が銃を取り出そうとするのとほぼ同時に、袖に仕込んである銃を、袖口まで滑り落とす幇禍。
まさに、一種即発の状態に陥る瞬間だった、危険な状態極まりない二人の間に先程から、落ち着いた探るような視線でこちらを窺っていた女性が割って入ってくる。」
そして、いきなりパンパンパンと手を叩き、「ハイ! 分かった!」と叫んだ。
思わず幇禍は、女性の行動が理解出来ず眼を大きく見開き、見れば金蝉も同じ様な表情をさらしている。
「デッドorアライブなのね! そういう事でしょ? 分かった! 了解した! うん! 格好良かった! 二人とも、格好良い! シュライン判定的には、あんた達二人とも同じ位格好良かった! 故に、引き分け! Vシネの二大スタァ豪華共演! 後は、アレね、どっちが哀川翔かを、ガチンコで取り合えばいい!」
え? デッドorアライブって…何?なんて、呆然としながらも、疑問を思い浮かべる幇禍。
何より、何故、哀川翔を取り合わねばならないのかが理解出来ない。
思わず、呑まれたように、沈黙が支配する中、
「え? 竹内力のが、格好良くない?」
と、これまた幇禍には意味の分からない事を、鵺が言った。
すると、その鵺の肩をポンと叩き、女性はお姉さんっぽい微笑みを浮かべて「貴女は、翼ちゃんと、岩下志摩を取り合えば良い」と告げる。
何故、岩下志摩?なんて、エマの語っている話題のジャンルすら理解出来ないまま、「や、取り合わないし、取り合ってた訳でもないし、多分鵺の目指す場所そこじゃないし」と呟いている鵺の言葉は届いてないのだろう。
「良し! 解決っ!」と親指を立てた女性に、確かに険悪な空気は霧散し尽くしたものの、何というか釈然としない気持ちに皆が襲われる。
そして女性は先程までのレッド・ゾーンを思いっきり振り切ったようなヒートを見せていた状態からは想像できないような落ち着いた表情をして、クルリと、こちらに顔を向けた
「で? えーと、貴方達には、私、初めましてなんだけど?」
と、首を傾げてエマが武彦に視線を送れば、先程までの狂乱を微塵も感じさせない、冷静さに、少々戸惑った様子を見せつつも、武彦は二人を順々に紹介してくる。
まず、鵺を指し示しながら、
「えーと、そこの奇天烈少女が鵺で」
と、滅茶苦茶な事を言い、次に幇禍を差して、
「どう頑張って見てもヤクザ?っていうか、極道?出所したばかり?みたいな、無駄にデカい眼帯スーツ男が鵺の家庭教師の幇禍。 どっちも、厄介な事に、能力自体はかなりある。 何とかに刃物の、良い例だな」と端的に言い放つ。
勿論、そんな紹介で黙っていられる訳がなく、鵺はぶーっと膨れて、「現段階において、この事務所内で誰が一番奇天烈なのはおやびんだと思う」と言い放てば、思わず当の本人含める皆が「その通りだなぁ」と納得してしまった。
幇禍も、「真っ当でないっつうなら、怪奇探偵な上に、只今絶好調猫化中のお前に勝る奴は、そうはいないと思うね」と、冷たく言放ち、そんな二人の言葉に女性はカラッとした美しい笑みを浮かべて、まず、鵺、それから幇禍手を差し出して握手した。
「初めまして。 シュライン・エマって言います。 ここの事務員という名の無料奉仕、つまりボランティアやってるの。 よろしくね」
鵺はニッコリ笑い、幇禍も見た目だけは好青年風に見えるだろう笑みを浮かべながら「こちらこそ、よろしく」なんて言ってやる。
そして、女性は、真剣な眼差しで、幇禍と鵺、そして金蝉と翼を交互に眺め、両手を合わせてくる。
「ね? 喧嘩なんかせずにさ、武彦さんの事、助けてあげるの、お願いだからみんなで協力してくれないかな?」と言われれば、金蝉は心からどうでも良さそう且つ、つまらなそうに視線を明後日の方向に向けたが、翼は美麗な顔に花が綻ぶような笑みを浮かべ「貴女みたいに美しいレィディに頼まれて、断る人間なんていやしませんよ?」と答える。
(翼さんは、ほんっとうに性別女性で正しいのか?)なんて、呆れている幇禍は背後に唐突に気配を感じ、クルリと首を後ろに向けた。
するとそこには、鵺と一緒に見ていたTVの音楽番組等で見掛けた記憶のある、確か、「imp」というバンドのベーシストである山口さなと、その隣には明るい笑みを浮かべた背の高い男性がいた。
翼の言葉に呼応してだろう、まるで、子供のように元気で朗らかにさなが、エマに言う。
「そうだ! その通り! そんな人間いたら僕が蹴り飛ばしてやる!」
「あら? 山口さん?」
驚いて勢い良く振り返るエマ。
ピカッとした笑顔を浮かべて、山口さなは「今日和!」なんて挨拶している。
その隣の男性は、人なつこい笑みを浮かべ、「どうも」と頭を下げていた。
男性の名前をなかなか思い出せないのだろう。 トントンと指先でこめかみを叩くエマ。
そんなエマを、苦笑して眺め、男は「影踏です! 夏野影踏!」と快活に名乗り、それからソファーに座っている武彦に視線を走らせる。
その視線に武彦は身を強張らせたのを、武彦何、ビビッてんだ?と疑問に思った瞬間だった。
にぃぃぃっと何とも言えない形に唇を裂き、夏野が「草間さぁぁぁんv」と叫びながら一目散に武彦に走り寄っていく。
何故か焦ったようにエマが、咄嗟にその背中に手を伸ばせど、届かずに細い指先が宙を掠めた。
その間に一瞬にして応接間に飛び込んだ影踏は、覆い被さるようにしてにして武彦の体を抱き締めると「めっちゃ可愛いいいーー!」と絶叫した。

嗚呼、あの人は、眼か、頭の病気なのだ。

思わず凶器的な言葉の威力に脱力しながらも、そう確信する幇禍。
見回せば、皆一様に同じ様な顔を見せ、影踏の動向を見守っている。
「フミャーーー!! うあ! やめるにゃ! この変態! あほう! 」
そう喚き、怒鳴り散らしながら身を捩らせる武彦をガッチリと締め上げ、影踏がその体に頬ずりをしている。
「もう、ほんと、可愛いっ! マジ可愛い! 尻尾も可愛いっ!」と、喚き続ける影踏に、「ずるい! 僕にも、武彦君で遊ばせてよ!」とさなが、喚いていた。
影踏は、ペットショップ辺りで手に入れてきたらしい、ねこじゃらしで武彦の頬をくすぐり、「ほらほらほらぁ」と悪魔の笑みを浮かべていた。 武彦は冷や汗のようなものを流しながら、その攻撃に耐えている。
「じゃれついても良いんですよー? ばっちりデジカメ(動画も撮れるよ☆)に収めてあげますからねv」
なんて言いながら、今度は、「うひひ」と妙な笑いを漏らして、「持参アイテムその2! マタタビの木ぃ〜〜!」と似てないドラえもんの物真似をしつつ、今度はマタタビの乾木を翳す。
「じ・つ・は! もう、ばっちりマタタビの粉は体中に擦り込んであるんですよv と、いう事で、ヘイ! キャメラマンカモン!」
と、指を鳴らせば何の取引を済ませてあるのか、ピョンとさなが跳ねるようにして、「アイアイサー!」と答えながら参上。
影踏みからデジカメを受け取り、動画を撮り始める。
にわか撮影会が興信所で敢行されるなか、「草間興信所って、草間興信所って…」と言葉にならないような疲労感を感じる幇禍の耳に「プッ…ブハッ…」と、男の吹き出すような声が聞こえた。
「え?」
と、疑問の声を上げながら振り返れば、鵺も翼や金蝉も同じ方向へ視線を向けていた。
そこには、妖艶な雰囲気をした、とてもスタイルの良い女性と、セーラー服を着た、儚げで、大人しそうな少女が視線に驚いたような表情をしながら立っている。 
少女は、一匹の黒猫を抱えており、その猫は、鵺を見上げて「なぁお……」と鳴いた。
男の吹き出すような声がした筈なのに、金蝉が吹き出したという訳ではなさそうだし、新たに現れた面々にも男性はいない。
「さっき…誰か吹き出しましたよね? 男性の方が」と、幇禍が言えば、大人しそうな少女も、「えーと…私も聞こえたんだけど……」と言いながら女性を見上げ、その女性は「…あなた達、何か笑った?」幇禍と金蝉を順々に見回した。
「いいえ?」
幇禍は、首を振って答え、金蝉は無愛想な無表情で黙ったままだが、その表情を見ただけで、金蝉が吹き出した訳ではない事が如実に伝わってくる。
「………」
最後に、皆で黒猫に視線を据えるも……「まさか……ねぇ?」の翼の一言で、「そうだよなぁ…」と皆、顔を上げ「気のせいか」という結論に達した。
鵺だけは、何故か黒猫を凝視している。
何か、見えるのだろうか? また後で聞いてみようと心に決めた、幇禍。
いつになく、人の多い興信所内に視線を走らせながら妖艶な美女が気怠げな声で提案する。
「えーと、初めましての人もいるから一応自己紹介する? 私は、葛生・摩耶。 宜しく」
短くそう済ませた摩耶に続き、少女が口を開く。
「私は、海原みなもと言います。 中学生やってます。 それから、彼は斎・黯傅さんっていう、人語を解するスーパー天才猫なんです」
みなもの紹介に頷くように、黯傅が「なぁう」と短く鳴いた。
鵺も「鬼丸・鵺って言います。 で、この人は……」と言い、後ろを指し示てくるので、
「鵺お嬢さんの家庭教師と、護衛みたいな事もやってる魏・幇禍です。 どうも」と幇禍は自己紹介した。
最後に翼が「僕は、蒼王翼で、彼は桜塚金蝉」と金蝉を示しながら告げ、これで興信所内にいる人間の一通りのフルネームを幇禍は理解する事が出来た。
応接間のソファーでは、相変わらず影踏が武彦にちょっかいを出し、それをエマが何とか防ごうとしているらしい。
「誰の許可を得て、武彦さんにいかがわしい事しようとしてんのよ、この野郎!」
と、エマが凄めば、その迫力に涙目になりながら、影踏が震える声で再び、あの狂気の沙汰としか思えないような台詞を叫んだ。
「だって! 可愛いじゃないですか!」

ああ、よっぽどの重傷なんだ。 病気。

なんて疲れたような気持ちで考えていると、鵺も、同じように疲労の滲んだ視線で見上げてきた。
「世の中には、ミラクルアイの持ち主がいるもんですね」と、溜息を吐きながら呟けば、影踏の言葉に同調して「あ! 僕もネコ耳は可愛いと思うぞ!」と、さなが手を挙げ、その両者に対し、
「馬鹿ぁぁぁ! 武彦さんを可愛いと思うのは、私だけの権利なのよーーーー!」
と、エマが思いっきり叫んでいるのが目に入る。
へぇ、武彦とエマさんって、そういう間柄なんだ、と気付いた幇禍。
しかし、あんなに奇麗でデキる人っぽいエマさんが、何故、草間なんかと?なんて、失礼な疑問を抱く。
そのエマは武彦の体を引き寄せて、守るように抱き締めてはいるが、その実うっかり、首のイイトコに入って、当の武彦は窒息しかけているらしい。
あー、ありゃ、完全に気道が閉じてるな…なんて、冷静に考えつつ幇禍は鵺と二人で声を合わせて「「ていうか、可愛いと思ってたんだ」」とヒいたような声で呟いった。
そんな呟きを騒ぎの最中ですら聞き逃さず、「可愛いわよ!」とエマが怒鳴り返してくる。
そして、ようやっと、事務所内の人数が更に増えている事に気付いたらしい。
「れ……零ちゃん? で? 何人の人が来るって言ってくれてたのかな?」
と、完全に傍観者していた零に問い掛ければ、彼女はニコリと笑って、「えーと…、エマさん含め10人の方が、お越し下さる予定だったのですが、有り難い事に、連絡が取れた方以外も来て下さってるみたいです」と答えた。
狭い事務所内は、二桁に突入する程の人数が入れば、もう、満員状態である。
「改めて言う事じゃないけど、狭いな、この興信所」なんてぼんやり考えた幇禍の顔を、ピカっとしたフラッシュが襲った。
「っ! ……何遊んでるんですか?」
さなが影踏の物らしきデジカメを幇禍に向かって構えている。
「んー? 僕もね、新しいデジカメ欲しいなぁ〜?って、考えてて、んで、夏野君の持ってるデジカメがちょっと前、電気屋さんでいいなぁ〜って、思ってたヤツだもんで、性能をね、試してんの」
そう言いながら、勝手に、他の面々の事も撮り始めるさな。
「あー。 俺も、デジカメは通販で見掛けて良いなぁって思ってたんですけど…」
「でも、こういうものは、通販よりも直に見た方がいいよ?」
そう言いながら、「ホイ」とさなは、幇禍にデジカメを渡す。
幇禍は、コンパクトな銀色のデジカメを触りながら、適当にボタンを押してみた。
すると、デジカメのプレビュー画面に、影踏が今まで撮ってきた次々に映像が映し出される。
(そこに映るカメラ映像や、動画の数々の詳細は描写した瞬間に、「18禁描写禁止」の規則に引っ掛かる為に、お書きできません。 なので、眺めているさな・幇禍両名の音声のみでお楽しみ下さい)

「え? え? なんで、これ、どちらも男の人ですよね?」
「うあ! 変態! 夏野君、変態ってか、わぁ! 何してんのこれ! ぎにゃーー!」
「草間相手にじゃれついてた時点で、おかしいと思ってたんですけど……って、ぐあ! ダメ、これは、夢に出る! うあ! 怖い! 怖いよぅ! 助けて、お嬢さん!」
「ひぃぃ! ス、スイマセンでした! うっかり、見てしまってスイマセンでした!ってか、もう、アレです! 生まれてきてゴメンナサイでも良いから許してっていうか、うあーーん! おかぁーーーさーーん!」
「ど、どう、やったら、コレ止まるんです? どうやったら? と、いうよりも、もう、神様、許して下さい。 この通りです。 これから、いい子になりますから! こ、これは、何の罰なんですか!」


と、まぁ、こんな風に、開けてはいけないパンドラBOXをうっかり開けてしまった二人が、大騒ぎしている時だった。

「ここの興信所の主はご在宅かな?」

と、事務所の入り口で、古めかしい言葉遣いをしたハスキーな声が響いた。
「ゲ…、客かにゃ?」
と、身構える武彦。
今や、興信所内は万国博覧会よりも珍しい存在達の集まりになっている。
その上、肝心の主人が猫化の一途を辿っている訳であって、もし、奇跡的にまともな依頼が来たとしても、仕事を受けられる状態ではない。
何とか、電源をOFFにして、恐怖映像からの脱出を果たしたさなと幇禍は、放心状態のまま、声の方向へ眼を向ける。
皆の中で一番入り口の近くにいて、煙草をふかしていた摩耶がヒラヒラと手を挙げて「私、出るわ」と言った。
エマは、摩耶の事をよっぽど信用しているのだろう。
安堵するような表情になりながら、両手を合わせて「お願い。 客だったら、適当に誤魔化して」と頼む。
「了解」と、短く答えると、摩耶は応接間と入り口を仕切る衝立の向こうへと消えた。
「此程までに、客でなければ良いと願った事は、未だかってないにゃ」と武彦が悲しげに呟いている。
お茶ををいれる為だろう。
興信所内にいる人数を数えていた零が悲しげに呟いた。
「……いつもだったら、お客さん大歓迎なんですけどね」
すると、鵺は零を元気付けようとしているのだろう。
その肩を叩きながら、
「ま、なるようになるって! 犬に噛まれたと思って何もかも忘れるといいよ★」
と、全く解決にならない事を言い、幇禍も笑いながら、
「長い人生こんな事もある、もし武彦が完全に猫化したら仕方ないから興信所は君が継げば良いよ。 はい! これで、何も問題は無いじゃないか」と、朗らかに言った。。
これで、どちらも心から慰めているつもりだから始末に負えない。
零もそれは理解しているのだろう、「えー…と…」と苦笑を浮かべつつ、みなもに救いの視線を向けるが、そのみなもは「でも、零さんは未成年だから興信所の経営は難しいし、それに、武彦さんは犬に噛まれてではなく、『またたびジュース』を飲んで猫化しちゃったんですよ? それでですね、提案なんですけど、ここは一つ、エマさんが興信所を引き継げば、今以上にこの興信所は発展し、武彦さんは、毎日高級キャットフードが食べられると思うんです。 羨ましいなぁ」と、のほほんとこれまたずれた発言をかました。
零が苦笑を浮かべ、「あの、ま、そういう問題とは、ちょっと違うんですけどぉ…」と口を開いた時、ズカズカとした乱暴な足音が聞こえ、「ちょっ! あなた、勝手に!」と、誰かを制止しようとする摩耶の声と共に、何故か、武将が入室してきた。

そう、もう一度言うが武将である。

正直、現在の興信所内も、派手な外見を有する者や、人語を解する猫、特殊な能力を持ち、特殊な見た目をしている人間でひしめいている為、鵺も「武将だなぁ…。 珍しいなぁ…」と一瞬納得しかけたのだが、やはり、どう頑張っても奇怪な者は奇怪にしか見えない。
武将て…、武将って……なんで?と、首を傾げど、そこにいるのはやはり武将で、何よりも最も奇怪だったのは、その武将にネコ耳が生えていた事だった。
額に、宝玉が埋め込まれている、中国風のシンプルな甲冑を身に纏った、凛々しい青年が興信所内にいる人間を見回しながら、最終的には摩耶に視線を据えて中性的なハスキーボイスで言い放つ。
「ここの主は、何処かと聞いているだけだろう? 大体、興信所というものは、誰にでも門戸を開かれている場所ではないのか?」
摩耶は、武将の視線を受け止めて、呆れたように答えた。
「だから、今、ちょっと取り込んでるって言ってるでしょ? それにね、えーと、泰山府君さんでしたっけ? 貴方、別に客じゃないんだよねぇ? そのお耳の事で、ここに依頼に来た訳ではないだよな?」と摩耶が言えば、泰山府君という青年は不機嫌そうな表情を見せ、「貴様、先程から一体何の話をしているのだ? 耳だと? 耳がどうしたと言うのだ?」と、問うた。
その問いに思わず、近くに立っていた幇禍は、武彦を指し示しながら「つまり、貴方、あの阿呆面の、この興信所の経営者と同じ状態になってますよ?って事です」と告げる。
泰山府君は、「どういう意味だ?」と言いながら、幇禍の指先の方向へと視線を向け、そして固まった。
「な? なんだ、その姿は。 随分と巫山戯た格好ではないか? そんな風体で、興信所の主というのは勤まるものなのか?」
そう戸惑ったように呟きながら、それでも珍しさの余り、じっくりと武彦の姿を眺める泰山府君。
そんな泰山府君に、「あ、あの……」と、みなもが、黯傅を抱えながら声を掛けた。
「あの、まず、えーと、写真を撮らせて貰って良いですか?」と問い掛け、泰山府君が返事をしない内に、パチリとデジカメでその、不思議な姿を撮る。
その後、デジカメのプレビュー画面を見せながら「ほら、草間さんと同じようにネコ耳生えてますよ?」と、あっさり告げた。
画面に映る映像に凍り付く泰山府君。
武彦と同じ症状が見られる以上、多分、原因はまたたびジュースと鑑みて間違いないだろう。
語尾が「にゃ」に変じていないのは、飲料を飲んだばかりのせいなのか、それとも体質のせいか?
(武将姿で、ネコ耳ってのも、アバンギャルドだけど、さらに語尾が「にゃ」だったら、もっと面白かったろうなあ)なんて、残念に思う幇禍ではあったが、勿論泰山府君はそんな感情を知らないままに、最初のショックから解放されたのだろう。
憤懣やるかたないといった様子で「うぬぅ! たばかられたわ! やはり、先程の、『またたびジュース』なるもの、妖しの飲み物であったのか!」と、歯軋りし、そして武彦を睨み据えると、「貴様も、アレを飲んだのか! なぜ、あのような妖しき飲み物を口にするのだ! 馬鹿か! 馬鹿なのだな!」と自分を棚に上げて責め立てる。
「や、だって。 君も飲んだんだよね?」と冷静に鵺が突っ込めど、「我は喉が渇いていたんだ!」と、無茶苦茶な事を叫び返してきた。
「あー、だったら、しょうがない……の?」
と、泰山府君の自信満々な一言に、思わず納得し掛けてしまっている鵺。
幇禍は、そんな鵺に「や? でも、やっぱり、結構理不尽ですよ、この人」と言って、泰山府君に物凄い視線で睨み据えられた。
そんな呑気なやり取りの間にも、容赦なく事態は進行していく。
唐突に、泰山府君の事を呆れたような視線で見上げていた摩耶が、武彦達の座っているソファーの後ろにある窓の外へツト視線を向け、そして飛び出すようにして駆け寄った。
「な? 何よ? どうしたの?」
という、エマの問い掛けを無視し、ガラリと窓を開け、素早く腕を窓の外へ突き出している。
「! っと、何やってんのよ? あんた」
驚いてエマがそう問い掛ければ、摩耶はニッと笑って「今日の興信所は千客万来だね」と、武彦に向かって言った。
「どういう意味だにゃ?」
と、問い掛ける武彦に、意味ありげに笑いかけ、勿体ぶるようにゆっくりと何かを持ち上げる摩耶の手の先には、金色の長い髪をした、真っ白なネコ耳の生えた子供がいた。
「放すにゃ! 放すにゃぁ!」
しっかりと襟首を捕まえられ、よっぽど軽いのだろう。
軽々と、細腕の摩耶に持ち上げられている姿は、本物の猫のようで、じたばたと暴れる姿も、何処か愛らしい。
「あちしを、誰だと心得てるにゃ! そんな風に、持ち上げるとは、不届きにゃ!」
そう摩耶に喚いている、その子供の側に近寄って、みなもが優しい声で尋ねる。
「窓の外で、どうしてたのかな? 耳が生えてるって事は、あなたも、ジュースを飲んじゃったのね。 それで困ってここへ来たの?」
零も、怖がらせないように、微笑みながら、「可愛いお客さんなのかしら?」と首を傾げ、「兄さんだけでなく、他に二人もジュースを飲まされた人がいるなんて……、もしかしたら、もっと大きな事件へ発展するかも知れませんね」と呟きながらその子供を覗き込むが、摩耶は冷静な声音で、みなもと零の言葉を否定した。
「こいつ、見た目はこんなだけど、あなた達が考えてるような子供じゃないよ。 ふっつーの子供が、二階にある興信所の窓の外で、しっかも…」
半眼になりながら事務所内に居る人間を見回し「こぉんな、曲者揃いの人間達に気配も気づかれないで、部屋の中の様子窺えると思う?」と冷静に言えば、翼も頷きながら「確かに、もし困って此処に来たのなら、正面から普通に訪ねて来れば良い。 キミ誰だい?」と、問い掛ける。
確かに、異常なまでに鋭い感覚を持つ幇禍すら、窓の外に、彼が潜んでいる事に全く気付けなかった。
そして、今ですら、吊り下げられている子供から、人の気配を感じる事が出来ない。
吊り下げられたままの子供は、別段困った様子もなく「あちしは、ねこだーじぇる・くんなのにゃ!」と誇らしげに名乗った。
そして、小さな手をふるふると振り回すと「降ろすのにゃ! 降ろすのにゃ! にゃぁ、にゃぁ、にゃぁ!」と、身を捩らせる。
そんな様子に、鵺が「か…可愛い」と呟き、「ね? 可愛いね? ウチで飼えないかな?」なんて幇禍に同意を求めてくるので、幇禍も「確かに、可愛いですね」なんて、和んだ表情で答えた。
鵺達だけでなく、ねこだーじぇるという子供を捕獲している摩耶も含む、その他人々も皆一様に同じ様な表情を浮かべている。
しかし、そんな様子に全く頓着しないまま、ぐっとねこだーじぇるの顎をグッと掴むと金蝉は冷たい声で「で、テメェは、外で何してやがったんだ?」と、問い掛けた。

うわぁ。 多分、あの人、人として大事な心とか、きっと生まれる時に、母親のお腹の中に忘れてきたんじゃないかな?なんて、自分の事を棚に上げた感想を抱く幇禍。


ま、吐かせるんだったら、それ見学してるのも面白いかななんて、幇禍がワクワクし始めると、今度は武彦と泰山府君が同時に、「あーーーーーー!!」と叫び声をあげた。
お次は何だと、鵺が武彦と泰山府君の視線の先に眼をやれば、そこには背丈ほどの長い黒髪を垂らし、大きな赤い瞳を持つ、ランドセルを背負った小さな女の子が立っている。
小柄で、髪の長い…という特徴が、武彦にジュースを配ったという女性に酷似はしているが、どう見ても小学生にしか見えない。
予想外の人数がいた事、そして一気に注目を集められた事のせいだろう。
少女は「え? ……え? えぇ?」と、怯えたように身を縮こまらせた。
そして、オズオズと「あの……これ…」と、小柄な体一杯に抱えた段ボール箱を差し出す。
「と…届けにき、ました」
か細い声でそう告げた少女の抱えていた段ボール。
そこにはレトリックされた文字で、「またたびジュース」と印刷してあり、猫のキャラクターが描いてある。
瞬間、泰山府君は「よくもぬけぬけと!」と唸り、武彦に至っては、「にゃぁぁぁぁ!」とよく分からない奇声をあげた。
どうも、二人にまたたびジュースを配ったのはこの子らしい。
ただ、それにしては、今や敵の巣窟ともいえる直接この興信所を訪ねてくるのが奇妙に感じられたし、その態度も訳の分からない事態に巻き込まれて戸惑う人間の表情そのものだった。
「小柄! 黒髪! あいつにゃぁぁ!」と、錯乱したように叫ぶ武彦に、何か知っているのか、エマが「ちょっ! 落ち着いて! 彼女は、違うわよ!」と止めようとするが、まさに猫のような身軽さで、ソファーから跳ね起き、一気に少女に飛びかかる。
片や泰山府君は、何処から取り出したのか、狭い事務所内で刃の部分が青龍刀になっている鉾を振りかざすと、唐突に少女に振り下ろそうとした。
「天誅!」そう叫びながらの、凶行に、「とうとう、興信所内で殺人事件か…」なんて思い、眺めていたが、泰山府君の鉾が少女を傷付けるよりも早く、翼が何処から取り出したのか、美しい剣を翳してその斬撃を受け止める。
金属質な甲高い音が響いた。
「僕の目の前で、レィディへの乱暴は許さないよ? 例え、君自身が、美しい女性であろうともね」
と、白い歯を見せて笑う翼に、「え? 女? あーでも、最早、この状況においては、何だっていいかぁ」という、投げやりな驚きを幇禍は感じ、その他の人々にも「あれで、女かよ!」という純粋な驚きが走るが(そして、金蝉には「なんで、翼は、性別を判断できるんだよ」という別の驚きも)、そんな衝撃を受けている間にも、錯乱武彦は少女に「お前もこれを飲むにゃぁぁぁ!」と叫びながら段ボールをバリバリと破き、中に入っていたジュースを無理矢理ビンごと飲ませている。
すると、今までみなもの胸の中で大人しかった黯傅が、ピョンと抜け出して、武彦の頭の上に乗り、そして思いっきり爪を立てたまま、その背中を滑り落ちた。
「っってぇぇぇ!」
そう叫んで、少女を放す武彦。
その隙に、逃げ出した蒲公英には、既にネコ耳が生えてしまっている。
事務所内にある、大きな机の下に小柄な体を更に縮めて、逃げるように潜り込んだ少女が、ガタガタと身を震わせ「ふっ…ふぇ…ふっふぇぇん」と泣き始めた。
そんな様子を痛ましげに眺め、キっと眉を吊り上げて腰に手を当てると、「武彦さん! あの子は、蒲公英ちゃんよ! ジュースを配っていた女性じゃないわ!」と、エマが叱り、翼も、泰山府君と剣を合わせたままながらも、「女性をしかも、子供を泣かせるだなんて、君の罪は万死に値するね!」と叫ぶ。


そして、ようやく、興信所に、この事件における最後の登場人物が姿を現し、この事件は新たな展開を見せる事になった。 


「おや? 立て込んでるみたいですが…大丈夫ですか?」
そう言いながら、柔和な笑みを浮かべ応接間の入り口に繊細な佇まいをした美青年が立っていた。
「今日は、珍しく、満員御礼じゃないですか」と、穏やかな口調で、ちょっとした冗談を口にする青年の隣りに立つ、背の小さな、黒髪の女性を見て、泰山府君は「貴様っ!」と叫びながら、やっと翼と合わせている剣を降ろし、武彦も呆然と、立ち尽くす。
どうやら、今度は本当に、またたびジュースを配っていた女性なのだろう。
優雅な足取りで、その女性の手を取りながら人の間を縫い、「お連れいたしました」と恭しく告げる青年に、「え? ど、どうやっ…てにゃ?」と首を傾げた武彦。
「やはり、武彦さんの猫姿は美しくないですね」
と関係ない事を言いながら嘆かわしいといった様子で首を振り、青年はそれからツイと、泰山府君に視線を送って微笑み掛けた。
「貴女のように、素敵な女性の猫姿をお目に掛かかれたのは、眼福ですけどね」
笑ってウィンクを自然にするモーリスに、翼除く皆が「だから、何故一発で性別を見分けられるのか? その能力を持っている人間の共通項は、ウィンクが自然に決められるという事なのか?」と疑問を深めるものの、「こちらへ来る前に、試飲を薦められまして、身体的特徴も一致しますし、武彦さんにもジュースを薦めたのはこの方じゃないかな?と思いまして、お話を聞いてみたところ、そうだと言うので………」頬を染めて自分を見上げている女性を見下ろし、笑う。
「…お連れしました」
「連れてこられましたんv」
女性は、身をくねらせて、そう答えた。
そして、アレ?という風に首を傾げると、相変わらず摩耶にぶら下げられたままのねこだーじえるに視線を向けて口を開く。
「ねこだーじえる様? そこで、何をしてるんですかにゃ?」
その瞬間、一瞬気を抜いてしまった摩耶からねこだーじえるが逃げだし、窓際に立った。
そしてビッと、女性を指差しながら、
「にゃにゃにゃ! もーう、怒ったにゃ! しかも、お前もにゃーんであっさり連れて来られてるにゃ! 最悪だにゃ! ほんっとーに、猫股は良い男に弱すぎだにゃ!」と喚く。
それから、
「こうなったら……にゃむにゃむにゃむ」
と、チョコンと両手を合わせて口の中で呪文を唱え始めると、「みぃぃんな、猫になるにゃぁぁ!」と、言いながら両手を広げクルンと廻った。
その瞬間ねこだーじえるの手から、キラキラと光る赤い粉振りまかれた。
何事が起こっているのか理解出来ぬまま、それでも一瞬呼吸を止めるが、何の準備も整っていない為結局反動で大きく息を吸い込む事になり、「クシュン…」と一度くしゃみをした瞬間、ポンと軽い感触と共に、頭に何か違和感が生まれた事に気付く。
「えっと、この感じは……」
と、何処か楽しみにしながら手をのばせば、指先に、フサリとした感触を感じた。
指を這わせれば、ピコピコとした震えが伝わってくる。
「にゃにゃにゃにゃ〜〜ん! またたびジュースの粉末バージョンにゃん! 吸い込んだ人間は皆、猫化するにゃ〜〜ん! みぃぃんな猫になれば良いにゃん!」とねこだーじえるが笑って言うと、ヒラリと身を翻り、窓下へと飛ぶ。
「っ!」
と、息を呑みながら摩耶が窓に走り寄り、窓下を覗き込んだ後、「後、追うよ!」と言いながら興信所を飛び出した。
その後ろを、「あ! 私も、行きますっ!」と手を挙げたみなもと、それからみなもの肩に乗ったまま黒猫の黯傅が追い掛けた。
間もなく、バイクの爆音が響き、ねこだーじえるを追っていったのだろう。
あっという間に、その音が遠くなる。
「こんな姿で、生き恥晒すのはごめんだ。 行くぞ、翼」と、翼の肩を叩き、死ぬっ程似合わないネコ耳姿を武彦にからかわれていた金蝉も、走り出す。
翼といえば、なかなかに愛らしい姿ではあるが、心境は金蝉と同じなのだろう、「あの子の行き先ならば、風が知っている。 追おう」と頷き、興信所から出ていった。
そんな様子を眺め、泰山府君が、蒲公英が潜んでいる机に向かって「間違いであった。 怖がらせてしまった非礼をお詫びする」とだけ呟き、一礼するとクルリと踵を返し、興信所から出る。
そんな泰山府君の後ろ姿に、さなが声を掛けた。
「え? 帰っちゃうの?」
すると泰山府君は「まさか!」と肩を怒らせて答え、物凄い形相で言い放つ。
「かくなる上は、あの子供。 我の手によって捕獲せしめ、この姿を元に戻させる。 己の始末は、己でというしな」
すると、その答えが気に入ったのだろう。
ネコ耳姿が、何故か、おかしな程にはまるさなは(実は32歳)テテテテという音がしそうな走り方を見せ、泰山府君へと走り寄ると、「じゃ、一緒に行こう! なーんか、楽しそうだしね!」と笑いかけた。
まるっきり子供の外見のさなの、その臆面のないものの言いに目を見張り、「了解したが、足手まといになるようなら知らん」とだけ彼女は答えると、泰山府君とさなは連れだって興信所を出る。
鵺は、みんなが出て行く様子を顔を輝かせながら眺め、傍らに立つ幇禍に「さてはて、ここにいるのも飽きてきちゃったしぃ、後、追っちゃう? 鵺、猫になっちゃってこの先ずーっとキャットフード生活なんてヤダし」なんて声を掛てきけた。
幇禍も、自分に生えているネコ耳の感触を楽しみながらも、ずーっとこのままヤッべーよなぁ?なんて考えて、頷き、「そうですねー。 行っちゃいましょうか? 個人的に、マジ、心から、本気で、痛い程に、世界の中心で草間なんかどうでも良いって叫べちゃうんですけど、まぁ、暇になってきましたし、俺はともかくお嬢さん猫になっちゃったら大変ですしね」と答える。
そんな幇禍に軽く頷き、「んじゃんじゃ、オヤビンに、他の方々行ってきます!」と手を振って出てく鵺のと共に、幇禍は興信所を出た。


興信所を出てすぐに、鵺は懐から面を取り出す。
「それは?」
と、問い掛ければ猫面を見せながら「猫股のお面! これを付けて、猫に話を聞きながら、あの子を追おう」と鵺が提案した。
真っ白な面に、赤と黒の2色だけで描かれた猫の面を、マジマジと幇禍は眺める。
鵺は、スッと呼吸を沈めて面を装着すると、まずは手近にいた野良猫に声を掛けた。



「試飲をやってる?」
幇禍が寸頓狂な問えば、鵺はコクンと頷いた。
「うん。 『またたびジュース』の試飲キャンペーンの準備を、数人の女の子達が向こうの裏路地の方で薦めてるらしいよ?」
「え? あの男性が連れてきた女が試飲させていたんじゃないんですか?」
「んーー? そうみたいだけどね、何か色々あるみたい」
「色々?」
その含みある言い方に、訝さを感じる幇禍。
「そもそも、今回の『猫化騒ぎ』は、あの『またたびジュース』を手軽にネコ耳や尻尾を生やせる商品として猫股族が売り出すために開発したそうなんだって」
「あの野良猫に聞いたんですか?」
「うん。 猫や猫族同士のネットワークって結構しっかりしてんのよね。 助かっちゃった」
と、気軽に言いながら話を続ける。
「んでね? あの、ねこだーじえるって子いたでしょ? あのねこだーじえる君は、何か、よく分かんないんだけど、猫達の中では絶対の権力を持つ存在らしいのね? で、今回、『またたびジュース』の効能を商売相手になる人間相手に試す為に、こういうキャンペーンをうったみたい。 ただ、その飲ませる相手は、例え猫化しても、こう、そういう事に慣れてる人間? すぐに、警察に飛び込んだりしないっていうか、それでいて、ねこだーじえる君が、見物していていて愉しめる人間なんかに限定していたみたい」
あの子供にそんな力があるなんてにわかには信じがたい。
「そういうのは、全部、あの子が見分けられたっていうんですか?」
疑いの気持ちが真っ正直に顔に出てたのだろう、鵺は笑いながら頷く。
「うん。 なんかね、そういう能力とかぜーんぶ含めて、正体不明なねこだーじえる君なんだって。 でもね、猫股達のなかには、そーんなまだるっこしい事しなくても、人間達の事なんかしったこっちゃないから、みんなに試飲させてみれば良いんだっていう人達もいたみたい。 んで、どうも、野良猫の話にあるキャンペーンを行ってる女の子達って、そういう派閥に属してる子達みたいで、とうとう痺れ切らして勝手に、人々に試飲させようとし始めてるみたいなの」
と答えた後、「んで、どうする?」
と鵺は聞いてきた。
「どうするって?」
「ねこだーじえる君はさ、みなもちゃん達が追ってるじゃない? だからさ、鵺達はそっちのキャンペーンやってるトコ行ってさ…」
「行って?」
「またたびジュース頂いちゃわない?」
ニッと鵺は笑う。
「だって、猫になっちゃうジュースだよ? 手元にあったら、とっても楽しい事に使えそうじゃん」
「んー、そうですね。 頂いちゃいましょうか?」
幇禍も、ニッと笑い返した。





「ニャンニャン食品の新製品、『またたびジュース』の新製品。 またたびジュースの試飲キャンペーン行っておりまーす! お一ついかがですか?」
人通りの殆どない路地裏でひっそりと行ってしまうのは、きっと猫の習性なのだろう。
通りがかった鵺と、幇禍に嬉しそうにジュースを差し出してくる。
鵺達は、ネコ耳を隠すために、露店で売っていた帽子を購入していた。(露店の店主は、付け耳と思っていたらしく、耳に関しては何の反応も見せなかった)
幇禍と鵺は、顔を見合わせ、「どうしようか?」と眼で話し合う。
もう、猫化し始めている訳だから、ジュースを飲んだとてさして問題ないような気がするし、何より鵺の性格を考えると、絶対に飲みたがるような気がする。
だが、やはり、得体の知れない飲み物。
鵺に何かあってはまずいと思い、幇禍は先に、毒味として飲んでみる事にした。
躊躇う事無く、ジュースを一気に飲み干す。
甘酸っぱい、少しアセロラに似た味が口の中に広がった。っと、思った瞬間、何故かみるみる視界が低くなる。
何が起こったのか分からず、キョロキョロ見回せど、周りの世界が大きく見えるだけで、自分の身がどうなっているのか理解出来ない。
ただ、こうなった原因はジュースにある事だけは確かだったので、鵺に警告しようと『お嬢さん、このジュースは駄目です!』と叫べども、喉から転がり落ちてくるのは「にゃー、にゃー」という鳴き声だけ。
そこで漸く、自分が完全に猫になってしまった事に気付くが時既に遅し。
鵺は、コクコクとまたたびジュースを飲んでしまっていた。
一瞬の内に目の前で、鵺が猫に変身する。
種類のよく分からない、銀色の毛並みをした小さな猫が呆然と空を見上げ、それからこちらへ視線を向けて、赤い眼を丸々と見開いた。
『幇禍? …だよねぇ』と、鵺が問い掛けてきたので幇禍が『あー、飲んじゃった…』と呆然とした声で答えた。
『貴方もね』と、冷静な声で言葉を返され、動じない人だなぁと改めて感心する。
するとヒョイと誰かの手の温もりに包まれ、体が宙に浮いた。
「何で君達はそんなに考えなしなんだ」
呆れたような声音が頭上から降ってくる。
見上げれば、視界一杯に翼の顔が広がった。
見れば鵺も、同じように翼のもう片方の腕に抱えられている。
「またたびジュースの粉で猫化が始まっている所に、ジュースを飲んだんだ。 一気に猫化するなんて事、すぐ想像できるだろ?」と、疲れたような顔で言う翼に『えへへへ。 そういう考え方もあるのね』と鵺は答えているが、翼には「にゃにゃにゃ」としか伝わってないらしい。
傍らにいる金蝉はつまらなそうに、「んな奴らほっといてあいつらシメんぞ」と言えば、翼がそんな金蝉を諫めるように、「言っただろ? とにかく僕に任せて」と言いながらこちらを窺っている女達に声を掛けた。
「君達が、行っている事は、人の都合を考えない、大変勝手な行動だ」
独特の声音、独特のリズムで、翼が女達を説得し始める。
「あのねこだーじえるという子が取った方法も、傍迷惑極まりないが、人物の選別を慎重に行っていたという点においては情状酌量の余地がある。 しかし、君達の無差別に、そんな物を人に飲ませようとする行動は頂けない。 頂けないよ」
翼が、女達に顔を近付け、唄うような声で言った。


「さぁ、そんな飲み物はもう仕舞って、帰るんだ。 そして二度と、こんな事をしようとしないように」

その言葉に、翼は何某かの力を込めていたようだ。
夢を見るような目つきになって女達は頷くと、大人しく設置してあるテーブルなどを片付け始めた。


結局、幇禍と鵺は、何故か金蝉に抱えられて興信所へと帰る事になった。
金蝉は、「置いてけよ」なんて心から言っていたが、翼にしてみれば「放っておけないだろ?」という事らしく、しかも自分は、ネコ耳姿は気に入らないから便利な変化の術を使って完全に猫化してちゃっかり金蝉の肩へと乗っていた。
ネコ耳を生やした金髪の、しかも美形ながらも妙な迫力を持った青年が3匹も猫を抱えて歩いている姿というのは、正直奇異極まりなく、注目を集めまくっており、自然金蝉の機嫌は下降の一途を辿っているようだ。
『あーあー、金蝉のご機嫌取りが大変だ』
と、猫語で呟く翼に、鵺が『頬にキスの一つでもしてやれば、一発じゃないの?』と気楽に告げて、翼に『シャー!』という唸り声共に『巫山戯た事を言うな!』と怒鳴られている。
金蝉と翼のカップルなんて、外見上は完璧過ぎて、むしろ派手だなぁなんてボンヤリ余計なお世話な事を考えていると金蝉が、冷たい声で「テメェら、それ以上ぎゃーぎゃー喚いたら、川に流すからな」と本気の声で告げ、二人を押し黙らせていた。
幇禍は呑気に『こんだけ短気だと、大変でしょ?』と翼に尋ね、『フゥ』という限りなく肯定に近い溜息の返答を受け取った。

事務所では、あっさりイベントのキャンペーンガールを連れてきていた青年が、みなもや、摩耶を元の姿に戻している真っ最中だった。
興信所の奥では、摩耶と泰山府君にこってりと捕まえられたのだろうねこだーじえるが叱られている。
「何だか盛り上がっているトコに水を差すのが悪いなぁと思って、能力の事言い出せませんでした」なんて笑う青年は「申し遅れましたがモーリス・ラジアルと言います。 了承さえ賜れば、私の思う通りに人の姿を変える事が出来ます。 あなた方の事も、すぐ元の姿に戻してあげますよ」とあっさり告げた。
その瞬間、流石の幇禍もガクリと脱力し『ていうか、この人が、もっと早くに来て、その能力を行使してくれていたら、この話もっと早く終わったんじゃ?』と、登場人物及びライターですら感じているツッコミを鵺が入れる。
『結局、何だったんすかね? 今回の事件は』
と、疲れた声で呟く幇禍に『さぁ? ま、じゃぁ、元の姿に戻してもらったら、まず疲労回復の為にも、まずアイス食べに行こうか』と鵺は提案した。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

受注順に掲載させて頂きました。
【2411/鬼丸・鵺/13歳/中学生】
【3342/魏・幇禍/27歳/家庭教師 殺し屋】
【1252/海原みなも/13歳/中学生】
【0086/シュライン・エマ/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3317/斎・黯傅/334歳/お守り役の猫】
【2863/蒼王・翼/16歳/F1レーサー兼闇の狩人】
【2916/桜塚・金蝉/21歳/陰陽師】
【1979/葛生・摩耶/20歳/泡姫】
【3415/泰山府君・― /999歳/退魔宝刀守護神】
【1992/弓槻・蒲公英 /7歳/小学生】
【2309/夏野影踏 /22歳/栄養士】
【2640/山口・さな /32歳/ベーシストsana】
【2318/モーリス・ラジアル /527歳/ガードナー・医師・調和師】
【2740/ねこだーじえる・くん /999歳/猫神(ねこ?)】



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■         ライター通信          ■
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まず! 遅れてスイマセンでした!(平身低頭) 初めましての方も、そうでない方もヘタレでほんま、すいません! ライターのmomiziです。 今回、二回目の受注窓オープン。 前回の如く、緩やかに参加表明がなされるであろうと予想していた私を裏切って、14名参加っていうか、喜びと共に正直キョドってしまいました。 あえて、ウェブゲームの醍醐味を追求すべく、同じ物語で、それぞれの視点で書いてみた「猫になる日」。 やぁ、無謀でした。(遠い目) えーと、書いている間に、三度ほど、三途の川を見たのですが、渡らなかった私に、私が乾杯。 一人一人が、別々の感情で動き、見えている真実も違っていたりするので、色々読み比べて下さると、また別のお話の姿が見えたりするように書きました。 他の話にもお目通し下さると、ライター冥利に尽きます。  また、ご縁が御座いますこと、願っております。