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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Dead Hours
●呼び出した理由
「予め言っておくが……話を聞いてから、別に降りてもいいんだぞ。それでどうのこうの責めるつもりもない」
 6月某日夕刻――草間興信所。呼び出された真名神慶悟は、草間武彦から神妙な面持ちでそう言われた。事務所には草間と慶悟の2人きりであった。
 珍しい草間の言い回し、となれば依頼の傾向は2つ。頼むのも非常に馬鹿馬鹿しい内容か、あるいは――非常に危険を伴う内容か。しかし草間の表情からすると、後者ではないかと慶悟は考えた。
「……やばい仕事なのか?」
 慶悟はぽつりつぶやくと、手にした煙草に火をつけ口にくわえた。煙草の先から煙が、天井に向かって昇っていた。
「最近起きている無差別通り魔事件は知ってるな?」
 慶悟の質問に答えず、草間は本題を切り出した。小さく頷く慶悟。その事件なら耳にしていた。
 それが始まったのは先月の中旬頃からだったろうか。特に誰とも限定されず、夜道で襲われる者が続いたのは。しかも毎夜のごとく。
 いや、襲われるという表現は生易しすぎるかもしれない。何故なら、被害者は例外なくこれでもかというほどにめった刺しにされていたのだから。間違いなく、最初から殺そうとするつもりで。
 けれども、こう派手にやらかしていて警察の網に引っかからないはずがない。最初の被害者が出てから6日目の夜、ついに警察は犯人の犯行現場を押さえたのである。
 逃げる犯人を追いかける警察。だが犯人を逮捕することは出来なかった。捕まるよりはとでも思ったのか、犯人は自らの喉をナイフで掻き切ったのだ。
 犯人は死亡、しかしこれでもう被害者は出ない……はずだった、本当ならば。
 犯人が自殺した2日後、またしても夜道で襲われる者が出てしまった。しかも手口はそれまでの通り魔事件と全く同じ、全身めった刺しで――。
 警察は色めき立った。先に自殺した犯人は単なる模倣犯だったのか、それとも今回の事件が模倣犯なのか。困惑しつつも、犯人逮捕に躍起になる警察。
 そんな警察を嘲笑うかのように、4夜連続で通り魔事件は発生する。それでも5夜目にして、警察は前回同様に犯人の犯行現場を押さえることに成功した。
 でも、この犯人も逮捕することは出来なかった。何故なら警察官たちが迫るや否や、ナイフを自らの胸に深々と突き刺してしまったのだから。前回に続く警察の失態だった。
 それでもこれで事件は終わった、誰もがそう信じていた。ところが、2日後の夜にまたしても通り魔事件は起こってしまったのである。
「確か昨夜……また犯人が自殺したと聞いたが」
 煙を吐き出しながら慶悟がそう言うと、草間は短く『ああ』と答えた。
「これでもう、何人目の犯人だかな。どいつもこいつも自殺ときてる」
 呆れたように言う草間。正直、数えるのも嫌になってくるペースだった。
「しかし、その事件がどうかしたのか、草間」
 慶悟が尋ねた。事件のことは知っているが、草間が単なる世間話でこの話をするはずもない。何か仕事絡みなのは間違いないだろうと慶悟は思っていた。
「その被害者の1人の両親からの依頼だよ。真犯人を見付けてくれってな」
 案の定だった。警察では埒が明かないと考えたとある被害者の両親が、草間興信所へ依頼を持ってきたのであった。
「ちなみにこれが、犯行現場をプロットした地図だ」
 草間はテーブルの上に地図を広げた。なるほど、地図上に赤い点がいくつも打たれていた。ぱっと見た感じでは、犯行現場は分散しているように思えた。
「降りてもいいんだぞ。降りるんなら、俺1人で調査を続けるからな」
 地図をしげしげと見つめている慶悟に、また草間が言った。慶悟は煙草を灰皿で揉み消すと、草間に向き直ってこう問うた。
「何故、俺なんだ?」
 少しの沈黙の後、草間が答えた。
「……経緯を見ると、ただの人間が真犯人とはとても思えない。捕まえれば終わりという事件でもなさそうだ。ま、半分は勘だがな」
「なるほどな……」
 草間の言いたいことを理解した慶悟。単純な通り魔事件ではないことは明白だった。そこに何が介在しているのか……慶悟を呼んだことからすると、草間はそっち方面だと考えているのであろう。
「で、どうするんだ?」
 草間が慶悟に答えを求めた。慶悟は答える代わりに、ニヤッと笑って地図を懐に仕舞った――。

●説得
 都内某所ガード下。明かりの非常に少ないそこを、楽器のケース――大きさからすると、チェロであろうか――を手にした金髪の青年が通り抜けようとしていた。
 頭上を轟音とともに列車が走り抜けてゆく。時刻は日付が変わる少し前、終電も近い頃合になるだろうか。
 列車の音が遠ざかってゆき、もうすぐ聞こえなくなるかという瞬間、青年――城之宮寿はふっと足を止めた。
「誰だ」
 ガード下に寿の声が響いた。いつの間にやら、寿の空いている方の手は懐へと入っている。
 一瞬しんと静まり返ってからカツコツと足音が響き、暗闇から1人現れた者が居た。慶悟である。
「どうも、寿さん」
 軽く会釈する慶悟。それを見た寿は、すっと手を懐から離した。
「……慶悟か。何だってこんな所に」
 にこりともせず、寿が慶悟に声をかけた。
「少し寿さんに相談したいことがあって」
「悪いな、金を貸せってのなら他をあたってくれ」
 すたすたと慶悟のそばを通り過ぎようとする寿。擦れ違いざま、慶悟がぼそりとつぶやいた。
「裏世界の先達として」
 それを聞いた寿の足がぴたっと止まった。
「……話だけは聞こうか」
 慶悟に顔を向ける寿。どうやら琴線に触れたようだ。
 さっそく説明を始める慶悟。内容はもちろん例の通り魔事件のことだ。幸い寿も事件のことは知っていて――というか、今となっては知らない方が少数派であろう――事件そのものの説明はそれほどしなくて済んだ。
 で、慶悟が寿に何を求めたかというと、事件調査への助力であった。今回の事件、内容が内容だけに1人では厄介だと慶悟は考えたのである。そこで思い立ったのが、裏世界の先達でもある寿のことだった。
 最初のうちは表情も変えずに聞いていた寿だったが、助力のことに話が及ぶと鬱陶しそうな表情を見せ始めた。
「つまりあれか。俺に付き合えと」
「平たく言えば」
「俺には関係ないだろ……」
 当然ながら寿の反応は渋い物であった。それでも慶悟が根気よく説得を続けた結果、どうにか寿の助力を得ることに成功したのだった。
「……たく。俺もお人好しになったもんだぜ」
 小さく溜息を吐く寿。まあ若干冗談混じりのつぶやきかもしれないが。慶悟は苦笑すると、式神を何体か放った。
「とりあえず、現場を回ってみようかと」
 慶悟は懐から地図を取り出しそう言った。事件現場周辺の調査、そこから何か分かることがあるのではないかと――。

●呼び寄せる者
 地図にある事件現場を丹念に回ってゆく2人。何せ事件の数は多く場所も分散している。移動だけでも時間がそれなりにかかっていた。
 事件現場では、被害者の無念さなどを慶悟は感じ取っていた。つい最近の事件現場だと、まだ血の痕も生々しく残っていた。けれども真犯人に繋がるような事柄はなかなか見付からなかった。
 そして午前3時を回り、残り数カ所となった頃。次の現場へ向かう途中、寿がこめかみの辺りを押さえてぼそっとつぶやいた。
「そこ、右だ……」
 十字路に差しかかる直前のことだった。
「寿さん、何……」
「俺たちが動いているのが気に食わない奴が居るらしい」
 慶悟が皆まで言う前に、眉をひそめながら寿が一気に答えた。
 十字路を右へ曲がる2人。方角としては中心部ではなく、街外れの方角になるだろうか。このまままっすぐ行けば、計画が頓挫し建設途中で放棄された建設現場が突き当たりにあるはずである。
 地図を広げる慶悟。と、奇妙なことに気付いた。建設現場のある辺りを中心にして見てみると、事件現場が扇状に分布しているように感じられたのだ。
(偶然か? いや、ひょっとしてここを要に……)
 思案顔で歩く慶悟。寿はといえば、建設現場に近付くにつれ、しかめっ面になっていた。
「痛ぅ……」
 寿はポケットからピルケースを取り出すと、中の薬を何粒か手のひらに落とし、おもむろに口の中に放り込んだ。バリボリと薬を噛み砕く音がすぐに聞こえてきた。
 そうしているうちに、2人は建設現場の前に到着した。そこは8階建てくらいの予定だったビルが4階辺りまで鉄骨が組まれて放置されていた。
 夜の闇の中で見るそれは、砦か要塞のようにも感じられた。言うまでもないことだが、人が入り込まないよう出入口は厳重に封鎖され、周囲にトタンの壁も張り巡らされていた。
 慶悟と寿は壁を乗り越え、建設現場へ侵入した。人の気配は全く感じられない、静かな物であった。
 けれども、寿の頭痛は治まる気配を見せなかった。
「上……か」
 鉄骨を見上げる寿。どうやら寿に頭痛を起こさせている主は、建設途中のビルの中でお待ちかねらしい。
 幸い足場もそのまま放置されていた。2人はそれを使い、上へ上へと昇っていった。

●待ち受けしは
 2人は建設途中のビルの最上階まで上がってきた。計画のまだ半分の4階といっても、結構な高さである。しかもビルの鉄骨と建設用の足場以外は吹き抜けの状態だ。足を踏み外せば、そのまま地球と熱い口づけをするはめになる。
「……誰も居ない」
 寿がぐるり周囲を見回した。ここには2人の他、誰の姿も見当たらなかった。しかし相変わらず頭痛は続いていた。
「む……?」
 その時、慶悟は気配――霊気を感じてビルの中心部に目を向けた。すると視線の先に、何やらもやもやと人の形を取る存在が出現してきたのである。幽霊なのだろうか。
「……けて……お兄……ん……」
 はっきりと人の形が見えてくるにつれ、か細い声が聞こえてきた。幼き子供のような声だった。それを裏付けるかのように、幽霊も完璧に姿を現した――幼き子供の姿で。
「子供……!?」
 幽霊の姿に困惑する慶悟。よもや幼き子供の霊が現れるとは思っていなかったのであろう。
 幽霊は慶悟たちの姿を見付けると、鉄骨の上をゆっくりと歩いて近付いてきた。
「……て……助けてよ……お兄ちゃん……」
 慶悟たちの方へ右手を差し出し、涙を流して助けを求めながら……。
「……う……」
 一瞬躊躇し動けぬ慶悟。そんな慶悟を寿が横へ押し退けた。
「どけ」
 と同時に、鉄骨の上を躊躇なく走り出す寿。いつの間にか、その手には銀のナイフが握られていた。
「……助」
「うるせぇぞ」
 寿の銀のナイフが、幽霊の眉間辺りから顔に一閃された。手応えを感じた寿は、すぐにきびすを返して慶悟の所へ戻ってきた。
「寿さん!?」
 寿の行動に驚きが先に立つ慶悟。だが寿は頭を押さえたまま淡々と答えた。
「……俺の体質は外れなしだからな」
 寿の頭痛は未だ治まらず。ゆえに迷いなく先程の行動に出たのである、姿はどうあれ邪悪であると判断して。
 幽霊は顔を手で押さえて鉄骨の上でうずくまっていた。やがて、低い笑い声が聞こえてきた。
「……くくっ、くくくっ。面白い、この姿に騙されぬ奴も居たか……くくくくくっ!」
 ゆらりと立ち上がる幽霊。幼き子供の姿のままながら、その表情はあどけない子供のそれではない。満面に邪悪さをたたえた笑みであった。
「この姿であれば、近付くのもそそのかすのも簡単だったんだがなあ……くっくっく」
「……通り魔事件は貴様の仕業か」
 幽霊を睨み付け、慶悟が問いただした。
「その通りだと言ったらどうする? いやあ楽しいね。ごみみたく人間を殺すのも、適当な奴を犯人に仕立て上げるのも……くくっ、今夜は両方一度に出来そうだな」
 ニヤッと口元を歪ませる幽霊。どうやら2人のうちどちらかを今までと同じように殺し、残る1人を犯人として自殺へ持ってゆくつもりのようだ。
「どれ……その前に、エネルギーを補給するとするか」
 幽霊がそう言った途端、空気が一変した。霊気が辺りに集まってきたのである。
「知ってるか? 無念さたっぷりに殺された霊魂は旨いんだぜ? 恨みや悲しみのエキスをたんと含んでな」
 ……集まってきた霊気は、恐らくこの幽霊が殺してきた者たちの霊が大半なのであろう。そして残りは幽霊を補佐する邪悪な浮遊霊たちで――。
「……説得に応じそうもないな」
「説得の必要はない」
 口々に言い放つ慶悟と寿。相談せずとも意見は一致していた。
「くくっ、じゃあ……そろそろ死んでもらおうか」
 エネルギー補給が済んだのであろう、幽霊が2人の方へ向き直り、ゆっくりと近付いてきた。と同時に、邪悪な浮遊霊たちが慶悟と寿の方へ襲いかかってきた。
「十二神将よ!」
 慶悟は式神十二神将を召喚した。十二神将が襲いかかってくる邪悪な浮遊霊たちを次々に撃退してゆく。十二神将からしたら、この場に居る邪悪な浮遊霊たちは雑魚も同然であった。
 慶悟の攻撃はそれだけに留まらなかった。
(さぞかし無念だったろう……)
 呪いを施す慶悟。それは浄化炎の呪、無念にも殺されてしまった者たちの霊魂を浄化するための炎が幽霊の周囲で矢継早に現れては消えていった。
「なっ……!」
 幽霊が驚きの表情を見せた。被害者の霊魂でエネルギーを補給した幽霊。つまりエネルギーの素がなくなれば、どうなるかは自明だろう。だからこそ、この表情である。
 浄化炎の呪と十二神将の活躍で、寿と幽霊の間に道が出来た。邪魔する者は居ない。
 再び鉄骨の上を駆けてゆく寿。幽霊まではあっという間だった。
「これで終わりだ」
 寿が銀のナイフで幽霊の眉間を深々と貫いた――。
「……ばっ……馬鹿なっ……!!」
 それが大きく目を剥いた幽霊の最後の言葉だった。次の瞬間、幽霊の姿は霧散して鉄骨の上に銀のナイフが乾いた音を立てて落ちていた。
「やれやれ。ようやく頭痛が治まったぜ……」
 寿はそう言って、大きく息を吐き出した。
「もう夜明けか」
 白々と明け始めた空を見上げる慶悟。まるでそれは、事件の真の解決を意味したような光景であった。

【了】