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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


猫になる日。



オープニング



朝起きたら、義兄の耳がネコ耳に変化していた。


零は、今まで様々な奇妙な現象を目の当たりにしてきたせいでもあるのだろう。
大して動揺せぬまま、しかし30男のネコ耳姿という、嗚呼、神様。 もし、見なくて済むのならば、積極的に見ないまま人生を終えたかったのですなんていう、光景を目の当たりにし、とりあえず、この事態はどういう事なのか問い質して見るべきかと、強引に自分を納得させる。
何か、別に良いかなぁ…なんて、投げやりな感情に支配されつつも、「その、耳…、どうしました?」と、零が問い掛けてみれば、「耳が、どうしたんだニャ?」と武彦が答えてきた。


森へ、帰りたい。


別段森生まれでも何でもない零は、ガクリと、床に膝付きながら、何故かそんな郷愁に襲われる。


語尾にニャて、おいおい。
許されるキャラすっごい限定される口調やん。
ていうか、義兄がニャて、ニャて……うあー。

もう、項垂れるしかないという気分になりながらも、零は静かに立ち上がり、そして、「もし、わざとであるのならば、本日限りで、ここをお暇せねばならなくなるので、是非とも他に原因がある事を祈るばかりなのですが……兄さん。 ネコ耳生えてますよ?」と、告げる。
人生において、人に、それも兄に「ネコ耳生えてますよ?」という台詞を吐く機会に恵まれるなんて、私はなんと不幸な人間であろうか…、と自分の境遇を嘆く零に対し、武彦は目を見開き、それから、「プッ」と吹き出すと「なぁに、言ってんだかニャ」と言いながら、自分の耳に手を伸ばし、そして硬直した。
「……なぁぁぁっぁぁぁっぁぁああああああ?! ニャ」
事務所に武彦の絶叫が響き渡った。



「ええぇぇぇ? 誰も、求めてニャイだろ、これ? ええ? 何で、猫ニャ? どういうニーズニャ? ていうか、えーー?」
混乱しきったまま、自分の耳を触りつつ、そう呻く武彦に、零はあくまで冷静に言葉を掛ける。
「まぁ、誰かが求めてどうのこうのって訳じゃないでしょうが……、兄さん、何か心当たりとかありますか? 変な物を拾い食べしたとか」
「そんな、今時、子供でもしないような馬鹿な事しねぇニャ」と、抗議しつつも、「心あた…り?」と首を傾げ、そして、ポンと手を打った。
「そういや、昨日、街頭で、試飲サービスをやっていて、『またたびジュース』とかいう変な飲み物を飲んだ記憶があるニャ。 新製品とか言っていたけど、随分と人通りの少ない道でやっていたので、不思議に思ったニャ」
武彦の言葉に、どうして、そういう怪しげなものを呑んじゃうかなぁ…と呆れつつも、零は「多分それですね。 そういう仕組みかは分かりませんが、その飲み物のせいで、猫化したと考えるのが自然でしょう。 そのジュースを薦めてきた人間の容貌を覚えてますか?」と、聞いた。
武彦は、目を細め、考え込むような素振りを見せた後、「……女だったニャ。 うん。 真っ黒な髪した、何か背の小せぇ、ちんまい感じの……」と、答える。
「その人が、無差別にジュースを配っているとしたら、今頃はもっと騒ぎになっているでしょうから……」
「俺を狙っての、犯行…かニャ」
そう言いながら、武彦は自分の頬をつるりと撫でて、そして、「ひあ!」と素っ頓狂に叫んだ。
「ひ……髭ニャ! うあ! 尻尾も!」
動揺して、そう喚く武彦の鼻の側の頬から、確かに三本の髭がぴょんと生え、そして尾てい骨の辺りから、ズボンの外へ細長い尻尾が飛び出してくる。
さっき迄は、存在しなかったネコ特有の特徴に、武彦はネコ化が進んでいるという事実を悟り、戦慄した。
「ね、ネコになってるニャ! ネコになってるニャーーー!」
武彦が、動転し、ソファーから転げ落ちる姿を眺め、零も流石に、「もしこのまま、兄さんが猫になってしまったら?」という焦りのようなものを覚え、そして、とにかく誰かに助けを求めようと心に決めたのであった。


本編




「あの、ちょっと、良いかなぁ?」

学校の帰り道。
今日、一日の嫌なこと、ぶつけられた言葉達、された嫌がらせを反芻しながら、下を向いて歩いていた蒲公英はそう声を掛けられ、ビクリと震えて視線をあげた。
そこには、プラスチックで出来たような、張り付いた笑みを浮かべた女の人がいる。
着ている赤いトレーナーには「またたびジュース」と書いてあり、側に設置されているテントと、その側に立っているのぼりにも「またたびジュース」と書いてある事からも、此処で試飲キャンペーンか何かをやっていたのだろう。
「お嬢さん、この近くにある、草間興信所って知ってる?」
女に、そう首を傾げて問われたので「コクン」と一度頷く蒲公英。
(武彦様と、エマ様が……いらっしゃるところだわ)
と、思い出していると、女は「良かった」と安心したような声で呟き「あのね? お願いがあるんだけど良いかな?」と言ってくる。
「お……願い?」
そう問い返せば女は眉を寄せ、「そうなの、お姉さん凄く困ってるの。 助けてくれないかな」と手を合わせた。

この時点でおかしい。

通りがかりのこんな子供に何か頼もうという意図がおかしいし、大体、今蒲公英が歩いているのは、人通りの少ない裏路地で、そんな場所でキャンペーンを行っているというのも奇妙だ。
しかし、人を疑うという事を知らない蒲公英は(困っている人は…出来るだけ助けてあげなきゃ…)と、考え再び頷く。
すると、女はぱぁっと顔を輝かせると「じゃあ、ちょっと待っててくれるかな?」と言って、小さめの段ボール箱を運んできた。
「草間興信所の人に、『またたびジュース』を1ケース頼まれちゃったんだけどね、お姉さん忙しくて、運んで行けそうにないの。 頼んでも良いかな?」
そう言われたので、黙ったまま段ボール箱に手を伸ばし「…うんしょ」と呟くと抱き抱える。
対して重くはないが、小柄な蒲公英にしてみれば、両腕一杯の大きさで、足下に気を付けねば転んでしまいそうだった。
「お願いね」
そう言い、女はテントへと戻っていく。
蒲公英は、(転んで…壊しちゃったら、大変)と思い、慎重な足取りで、興信所へと向かい始めた。




テントの中で、女は「あーんな、ちっちゃな子、騙すの心苦しいなぁ」と、思いつつも、自分と特徴の似通った蒲公英が行く事によって、巻き起こるであろう興信所での騒動を思い浮かべ、「ねこだーじえる様、どっかで眺めて楽しんじゃうんだろーなぁ」とニッコリ笑った。



「んしょ…、んしょ…」
小さく呟きながら歩く。
興信所には、エマがいるだろう。
エマは、笑顔が優しくて、頭を優しく撫でてくれるので、好きだ。
それに、この『またたびジュース』も、なんだか美味しそうな名前だ。
もしかしたら、ちょっとだけ飲ませて貰えるかも知れない。
そう考えると、何だかワクワクするような気分になって、こけないように気を付けながら歩く速度を速めた。

興信所の階段をゆっくりと登る。
カチャカチャと微かに瓶通しが触れ合う音がしたので、屹度中身のジュースは瓶に入っているのだろう。
そう言えばとーさまが、パックのジュースや、ペットボトルのジュースよりも、瓶に入ってるジュースのが高くてええもんやって教えてくれた。
蒲公英の大好きなカルピスも瓶に入っている。
きっと、エマ様と武彦様と、あと、武彦様の妹さんと一緒に飲むのだろう。
蒲公英は、とーさまの姿を思い浮かべ、わたくしも、このジュースおねだりしようかな?と考える。
とーさま、一緒に飲んでくれるかしら?と、愉しい想像をしていると、もう、興信所の扉の前で、一旦、段ボールを下に置き、インターフォンを押した。


…………。


誰も出ない。


お留守かしらと、考え、お行儀の悪い事だと分かりながらも、扉に耳を当ててみる。


ざわざわとした、複数の人の声が聞こえてくる。
中に数人以上の人間がいる事は間違いない。

(もしかしたら……、今日は…、何か、此処でパーティかしていて…、『またたびジュース』を1ケースも注文したのも、その為かもしれない…)

そこまで考えて、みんなで愉しくお喋りしてるから、インターフォンの音にも気付かなかったんだろうと結論付けた。
パーティで、このジュースを飲むつもりならば、待ってるだろうから早く届けてあげねばならない、と焦り、それでも一応トントンと扉をノックして、怖々中に入る。
もしかして、秘密のパーティか何かで、入った途端、怒鳴られたりしないだろうか?なんて想像力を逞しく育てながら、人々が騒いでいる応接間へと顔を出した蒲公英。
しかし、そこには、どんな想像をも絶する光景が広がったてた。


キレーな女の人が…、子猫の子供を吊り下げてて、武彦様が……猫みたいな耳を生やしてて……、TVで見た事のある中国の……ぶしょーみたいな格好をした人がいて……しかも、その人にはネコ耳が生えて……。

ざっと見ただけでも混乱の極み、その上、興信所内には見た事のない人がたくさんいる。
金色の髪の男女に、銀色の髪の少女。 スーツ姿で、眼帯をしている青年に、黒猫を抱えたセーラー服を着た女の子、背の高い人懐っこそうな青年、極めつけにはTVの音楽番組等でとーさまと並んで見た時に見た事のある、「imp」というバンドでベースを抱えていたsanaという人もいた。

(なんのパーティ…なのかな? 仮装パーティ?)
そう思いながら、見渡せば、蒲公英は武将みたいな格好をしている青年と目があった。

何故か驚いたように、目を見開いている。
きっと、このジュースを、蒲公英みたいな子供が運んできた事にビックリしてるんだ。
そう思いながら、声を掛けねばと口を開いた瞬間。
武彦と武将姿の青年が同時に、「あーーーーーー!!」と叫び声をあげた。
エマが、驚いたように此方を見る。
皆も、一斉に此方に視線を送ってきた。
「え? ……え? えぇ?」
怯えの余り、とまどいの声を漏らす。
(怖い!)

本能的に身が竦むも、(で、でも、頼まれた…事は、ちゃんとやらないと…)と勇気を振り絞り「あの……これ…」と段ボールをオズオズと差し出しながら消え入りそうな声で言った。
「と…届けにき、ました」
その瞬間、武将の格好をした青年が何故か「よくもぬけぬけと!」と唸り、武彦に至っては、「にゃぁぁぁぁ!」とよく分からない奇声をあげた。

(何? な…、何なの?!)と、戸惑う蒲公英。
既に、鼻の奥がツーンと痛み、涙がじんわり滲み始めている。
武彦が、此方を指差して「小柄! 黒髪! あいつにゃぁぁ!」と、錯乱したように叫んできた。
エマが、慌てて「ちょっ! 落ち着いて! 彼女は、違うわよ!」と止めようとしてくれているが、まるで猫のような身軽さで、ソファーから跳ね起き、一気に蒲公英に飛びかかってくる。
慌てて逃げようとした蒲公英の目の前に、武将姿の青年が立ちはだかった。
青年には何故かネコ耳が生え、ギラギラと光る、鉾を振りかざしている。

「天誅!」

一声そう叫び、その鉾を此方に振り下ろそうとする青年を見上げ、一瞬蒲公英は意識が遠くなった。
(とー……さまぁ。 助けて…)
心の中で、父を呼ぶ。
その瞬間、金属質な音を立てて、小学校中探しても見あたらない位、格好の良い少年が蒲公英に振り下ろされる筈の攻撃を受け止めていた。
「僕の目の前で、レィディへの乱暴は許さないよ? 例え、君自身が、美しい女性であろうともね」
と、白い歯を見せて笑う少年を、(王子様……みたい…)と、トキメキを覚えながら見上げ、同時に、(あの人…、女の人だったんだ…)と、驚きの視線で、武将姿の青年…いや、女性を見上げる。
誰かが「ええ? 泰山府君さんって、女なの?!」という、がっかり混じりの呟きが聞こえてきて、ようやく蒲公英は自分の命を奪おうとした女性の名を知る事が出来た。

だが、そんな事を考えている暇はない。

ジュースは届けた訳だし、何だかもっと怖い目に合いそうな予感がする。
早く、逃げ出さなきゃ。

そう考え、震えながら這うようにして入り口に向かう蒲公英の方をガシリと、誰かが掴んだ。
ガクガクと振り返れば、目が完全にイっちゃってる武彦がいる。
絶対に、今、目の前にいる少女が、蒲公英だと認識はしていないだろう。
「ふ……ふふ…ふふふふふふ」
何故か、微かな笑い声をあげる武彦を見て(と……と、とーさま…怖いよぉぉ!)と心の中で叫べど、無駄な足掻き。
とーさまだって、蒲公英がこんな目に合ってる事なんか、想像すら出来ない。
錯乱武彦は蒲公英に「お前もこれを飲むにゃぁぁぁ!」と叫びながら段ボールをバリバリと破き、中に入っていたジュースを無理矢理ビンごと口の中に突っ込んできた。

ピンク色のぬるい液体が、蒲公英の口内を満たす。

あんなに、飲むのを楽しみにしてたジュースだが、こんな風に無理矢理のませられるなんて、考えてもみなかった。
甘酸っぱい味が、口の中に溢れ、そのまま飲みきれないジュースが喉を伝って蒲公英の制服を濡らす。
怖くて、苦しくて、涙がボロボロ零れ落ちた。
突然、武彦が「っってぇぇぇ!」と叫びながら、蒲公英から手を離した。
武彦の手から瓶が滑り落ちる。
ケホッ…ケホッと咳き込む蒲公英の目に、武彦の背中からピョンと飛び降りる、黒猫の姿が見えた。
(猫……さんが、助けてくれたんだ…)
そう思いながら、慌てて立ち上がり、何処か逃げ込む場所はないかと、キョロキョロと部屋内を見回す。
武彦が仕事に使っているのだろう、大きな机を見付け、蒲公英はその下に滑るようにして、潜り込んだ。


涙が止め処もなく、零れてくる。

怖くて、怖くて堪らず、声を上げて蒲公英は泣いた。
「ふっ…ふぇ…ふっふぇぇん」
口で手を押さえても、声は隙間から漏れ落ち、「スン……スススン…」の鼻を啜り上げてまた泣く。
それでも外の様子は気になって、机の下から覗けば、エマが腰に手を当てて、武彦を叱りつけている所だった。
「武彦さん! あの子は、蒲公英ちゃんよ! ジュースを配っていた女性じゃないわ!」とエマが言えば、王子様みたいな少年も、泰山府君と剣を合わせたまま、「女性をしかも、子供を泣かせるだなんて、君の罪は万死に値するね!」と叫んでいる。


(ど……どうしよう…。 どうやって…此処から、出れば…良いんだろう?)
そう悩みだした蒲公英の耳に、穏やかな男性の声が聞こえてきた。


「おや? 立て込んでるみたいですが…大丈夫ですか?」
そう言いながら、柔和な笑みを浮かべ応接間の入り口に、美青年が女性を連れて立っている。
「あ! あの人…」
蒲公英は、微かに声を上げた。
(あの女の人……)
青年の隣りに立っている女性は、紛れもなく、蒲公英に『ねこまたジュース』を興信所に届けるよう頼んできた女性だ。
(ど……うして?)
大体、あの『ねこまたジュース』というのは、どういうジュースなのだろう?
どうして、皆があんなに騒いだのか全く見当が付かない。
疑問を抱えながらも、覗き続ければ美青年が「今日は、珍しく、満員御礼じゃないですか」と、穏やかな口調で、ちょっとした冗談を言った。
青年の隣りに立つ、背の小さな、黒髪の女性を見て、泰山府君は「貴様っ!」と叫びながら、やっと少年と合わせている剣を降ろし、武彦も呆然と、立ち尽くす。
ここで、やっと蒲公英は自分が、あの女性と間違えられていたのだと気付いた。
しかし、それならば、何故、あの女性があれ程までに敵視されているのかが分からない。
二人に共通して生えている、ネコ耳が関係あるのだろうか?
そこまで蒲公英が考えた時、青年が優雅な足取りで、その女性の手を取りながら人の間を縫い、「お連れいたしました」と恭しく、告げた。
青年に、「え? ど、どうやっ…てにゃ?」と首を傾げた武彦。
「やはり、武彦さんの猫姿は美しくないですね」
と関係ない事を言いながら首を振り、青年はそれからツイと、泰山府君に視線を送って微笑み掛けた。
「貴女のように、素敵な女性の猫姿をお目に掛かかれたのは、眼福ですけどね」
笑ってウィンクを自然にする青年に、蒲公英は「どうして…、すぐ……、性別を見分けられるのかしら?」と不思議になる。
青年は、「こちらへ来る前に、試飲を薦められまして、身体的特徴も一致しますし、武彦さんにもジュースを薦めたのはこの方じゃないかな?と思いまして、お話を聞いてみたところ、そうだと言うので………」と、そこまで言って頬を染めて自分を見上げている女性を見下ろし、笑う。
「…お連れしました」
「連れてこられましたんv」
女性は、身をくねらせて、そう答えた。
そして、アレ?という風に首を傾げると、相変わらずキレーな女の人にぶら下げられたままのネコ耳の子供に視線を向けて口を開いた。
「ねこだーじえる様? そこで、何をしてるんですかにゃ?」
その瞬間、一瞬気を抜いてしまったキレーな女の人から子供が逃げだし、窓際に立つ。
そしてビッと、女性を指差しながら、
「にゃにゃにゃ! もーう、怒ったにゃ! しかも、お前もにゃーんであっさり連れて来られてるにゃ! 最悪だにゃ! ほんっとーに、猫股は良い男に弱すぎだにゃ!」と喚く。
それから、
「こうなったら……にゃむにゃむにゃむ」
と、チョコンと両手を合わせて口の中で呪文を唱え始めると、「みぃぃんな、猫になるにゃぁぁ!」と、言いながら両手を広げクルンと廻った。
その瞬間子供の手から、キラキラと光る赤い粉振りまかれる。
何事が起こっているのか理解出来ぬまま、その粉を無防備に吸い込んだ蒲公英は、「クシュン…」と一度くしゃみをした瞬間、ポン自分の身体が別のモノに変身してしまった事に気付いた。
(な……何? 何なの…?)
そう戸惑いながらも、視線が低くなり、屈めていなければ入れなかった机の下が随分と広い世界に変化している事に驚く。
「にゃにゃにゃにゃ〜〜ん! またたびジュースの粉末バージョンにゃん! 吸い込んだ人間は皆、猫化するにゃ〜〜ん! みぃぃんな猫になれば良いにゃん!」と子供が笑って言うと、ヒラリと身を翻り、窓下へと飛ぶのが見えた。
(猫? 猫化? またたび…ジュースが…? じゃぁ…、泰山府君様や…、武彦様が…、猫のお耳を生やしてらっしゃったのは…あの、ジュースの……せい?)
そう理解した蒲公英、きっと、あの二人がネコ耳を生やした原因は、あの試飲キャンペーンであろうと考えてみるも、じゃあ、今の自分は何になってるんだろうと想像し……そして、ある可能性に気付いた。


まさか……猫?


不安になって、自分の掌を見下ろす。


肉級がついた、ロシアンブルーのフワフワの毛が生えた手。


猫の手だ……。

再び、蒲公英の意識が遠くなった。



蒲公英が意識を取り戻す頃には、興信所内の中の人の気配が、先程の半数以下に減っていた。
トトと、軽い足音を立てて机の下から覗き見上げれば、エマと、またたびジュースを配っていた女性、その女性を連れてきた青年、それから背の高い人懐っこそうな男の人と武彦が残っていた。
(どーしよう…。 猫に…なっちゃった…。 猫になっちゃった…よぉ)
恐怖で胸が一杯になりながら、机の下をウロウロと動き回る。
エマが、青年が連れてきた女性に問い掛けていた。
「で? 結局、貴女と、あのねこだーじえるって子は何がしたかったの? あのまたたびジュースって何? 何より、武彦さんと、泰山府君さんを猫に変えたのは何で?」
畳みかけるような質問に、女性は眼をパチクリと瞬かせると、それから「にゃー? 目的にゃか? そりは、まさに、またたびジュースの試飲をしてほしかったそれだけにゃぁよ」と、答えた。
(あの、ネコ耳の子供は、ねこだーじえるって言うのね)と理解し、蒲公英は息を潜めて耳を澄ませる。
「このまたたびジュースは、ネコ耳、ネコ尻尾を生やしてみたいという一部の人間が根強く抱いているニーズに答える為に猫股達で開発した、猫股族産業を大きく発展させる為のすっばらしい商品なのにゃ。 ただ、私達は元からネコ耳持ちだし、人間に飲ませてみる迄は、効果の程が分からないにゃ。 で、ねこだーじえる様は、『試飲させたら面白そうv』という人を選んで、『あいつにだったら飲ませても大丈夫』って私達に指示してくれていたのにゃ」
武彦はうんざりしたような顔をしながら「つまり、俺は、あのねこだーじえるとやらに選ばれて、試飲させられたって訳なのかにゃ?」と問えば、「はいにゃ。 ねこだーじえる様は、あなたにまたたびジュースを飲ませたら、他にも面白い面々が引っ掛かってくるので、楽しい見世物が見れるにゃと喜んでたにゃ」と、頷く。
青年は、白い陶器のカップに入ったコーヒーを揺らしながら、軽く微笑むと「それは、慧眼でしたね。 実際、たくさんの面々が引っ掛かった訳ですから」と言った。
そんな青年に、人懐っこい雰囲気の男性が「でもさ、でもでもさ、俺もあんたもネコ化しちゃってる訳で、そんな落ち着いてられないんじゃないかな?」と言いながら、何故かデジカメを構え回し続ける。
「あーあー、みんな猫化しちゃってたんだったら、こう、幇禍さんとか? 金蝉さんとか? さなさんとか絡んでくれたら、高く売れたのにってか、俺が絡みたい!」
そう意味の分からない事を叫ぶ男性に、青年も「ああ、その面子だったら絡みたいですね。 ネコ耳姿、とっても可愛かったんですよ」と同調する。
エマが、武彦の側へがっちり身を寄せながら、女性に向かって再び問い掛け始めた。
「他に誰かに飲ませた?」
「そんにゃ事はない筈にゃ。 まだるっこしい事せずに、もっと広範囲で試飲をしたいなんて言っている仲間もいたにゃが、そんな事をしたら、大変な事になるにゃ。 飲ませる人間はあくまで、ねこだーじえる様が限定してくれていたにゃ」
そう胸を張って答える女性。
人懐っこそうな男性が皆が前々から気にしていた疑問を直球で聞いた。
「あの、ねこだーじえる君って何者なの?」
すると、女性はブンブンと首を振りながら、
「そ、それは言えないにゃ。 ただ、もんの凄い人だと言うのは、猫股族には代々伝わっているにゃ」と答える。
(そんなに…、凄い…人なのね。 あの子)
と、驚けど、ちんまちとした、ねこだーじえるの容貌を思い浮かべ、(あんなに小さいのに…)と、ちょっと尊敬の念すら感じる蒲公英。
だがエマはそんな事よりも、一番大事な疑問を口にした。
「で、どうやったら私達は、元に戻るのかしら?」
(そうよ…!  ちゃんと……聞かなきゃ…)
すると、女性は視線をあらぬ方向に向け、「んふ〜〜〜♪」と妙な鼻歌を歌い始めた。
武彦は、女性の態度に思わずその肩を掴んで揺すって問う。
「も……戻るんだよな?」
人懐っこそうな男性も流石に青くなり、「え? 戻るよな? な?」と問いかけた。
(もしかして……元に戻れないの?)
そこまでのやり取りを見て、不安に耐えきれなくなった、蒲公英は思わず、声をあげて泣き出してしまった。
(も……、も、…も、戻れなかったら……とーさま、きっと、わたくしだって……気付いてくれない……。 気付いても…、ね、猫のわたくしなんか、いらないって……おっしゃるわ…)
そんな筈ないのに、止め処ない悲しい想像に押し流され、蒲公英は声をあげて泣き続けた。
その鳴き声は、猫の声となり、「ミィー、ミィー」と小さなネコの鳴き声へと変換される。
エマが、パタパタと足音を立てて近付いてきた。
机の下を覗き、蒲公英の姿に、驚愕の表情を浮かべる。
「嘘!」
そう一言叫ぶので、これが嘘ならば、どれだけ良かったか…と、蒲公英は泣きながら思った。
ふわりと、優しい掌に包まれて、机の下から出され、豊かな胸に抱き抱えられる。
「あなた……蒲公英ちゃんよね?」
と、問うてきたので、問いに答える為に、エマを見上げて「ミィ」と泣いた。
「な……んで、猫に?」
そう怯えたような声をあげる、男性に女性が「またたびジュースは、猫化するジュースにゃ。 ただ、その効き目には個体差があって、その子はきっと体が小さいから、猫化も早かったにゃ」と言いながら「さてはて、私はもう全部話したので帰るとするかにゃ」としらじらしくも立ち上がろうとする。
(あ! 帰っちゃ駄目!)
そう思って、前足を伸ばした蒲公英に同調するようにガシッとエマが、その腕を掴み、「どーーーうやって元に戻るのかしら?」と凄まじい目つきで睨み据えながら問うた。
途端に、女性は「ふみぃぃ」と顔を歪ませると「ご、ごめんなさいにゃ! 試飲サービスをする前にやらなきゃならなかったにゃが……、も、元に戻す為のジュースはまだ、開発されてないんだにゃ!」と頭を下げてくる。
「な……い?」
絶望感一杯で、そう問う武彦。
蒲公英に至っては、本日三度目の気絶に突入しようとしていた。
「す、すぐに、本部に連絡して開発を急がせるニャ! 大丈夫、あと一年もあれば、開発される筈にゃ!」という女性に、今度は男性みが「一年?」と呆然と呟く。
武彦から、少しでも離れるべく、エマの胸にピッタリと身を寄せながら蒲公英は、「ミィ…」と、湿った鳴き声を発し、項垂れた。


とーさま……猫になっても優しくしてくれる…かな?
でも、学校には……もう、行かなくて良いんだ…。
毎日……、お家でのんびり、昼寝して……日向ぼっこして……。
でも、もう、…ご飯作ってあげられない。
とーさま、お料理も…、洗濯物も……、お掃除だって出来ないのに…。
どうしよう……。
とーさま、きっと、…困っちゃう。
どうしよう……。





そこまで考えた時、不思議そうにエマが、青年に問い掛けた。。
「貴方は、怖くないの?」
(そういえば…、この人…全然焦ってない)



「ええ。 だって、ほら? 私の能力って、了承さえあれば、思うままに人の姿を変化させる事が出来ますから、簡単に自分の姿も戻せますしね」


 

「「「「え?」」」」



その瞬間、事務所内の人間全てが同じように短い問い掛けを発し、空気が凍り付いた。
蒲公英は、自分の耳を疑いながら遅れて、エマの胸で「ミィ」と鳴く。
「も…戻せるのにゃ?」
武彦が問えば、「はい。 ご存知じゃありませんでしたっけ?」と青年は首を傾げる。
そして、そっと眼を閉じ自分の手に口付けを施した。
すると、朧な光を掌が発し、そのままその手で自分に生えているネコ耳をそっと撫でる。ネコ耳が…消えていた。

「ね?」
と、首を傾げて笑う青年。
同じ様な手法で、生えかけていた尻尾も消して見せると、「これで、問題は解決です」と柔らかな声で呟き、またコーヒーを啜った。


「うん。 そうだね? っていうかね? っていうかね? モーリスさんがもっと早くに来てくれてさ、その能力さぁ、もっと早くに行使してくれてたら、この話、凄く早く終わったよね…」


男性が、多分登場人物全て+ライターの心境すら代弁するツッコミを入れて、ガクリと項垂れた。


モーリスという青年が、自分の掌に口付けを施した後、そっと蒲公英の体を撫でる。
すると、みるみる内に蒲公英は元の姿に戻った。
嬉しくて、思わず跳ねそうになるが、フト横目で武彦を見て、慌てて部屋の隅へと逃げる。
あの時の錯乱した様子が、まだ蒲公英の脳裏から離れてくれなかった。
そんな蒲公英を見て、武彦が頭を掻きながら詫びてくる。
「ごめんな。 ほんと、怖がらせて悪かった」
しかし、蒲公英は、想像を超えた恐怖体験を味合わされたせいで、武彦の顔を見るだけで震えが体を襲い、どうしても、その言葉に答える事が出来なかった。
弱ったように、蒲公英の背中を見つめる武彦に、モーリスが声を掛ける。
「さ? 武彦さん。 元の姿に戻して差し上げますよ」
そう言われて頷くと、武彦は素直にモーリスの前立った。
モーリスが、武彦の尻尾を消し、耳を消し、ヒゲを消していく。
そして、穏やかそのものの声で「彼女に早く許して貰えるように……」と呟きながら……、


武彦を女性化させた。


「えぇぇぇぇぇぇ?! い、意味が分からない!」
そう、動転しながら叫ぶ武彦に、モーリスは真摯な表情で「良いですか? 女性の姿というのは、それだけで人の警戒心を薄くします。 貴方も、女性の姿で、詫びれば屹度、彼女の怯えも取れ、許して貰えますよ」と言い、嘘っぽい仕草でガッツポーズを決めると「ガンバ! 武彦さん」と無責任極まりない調子で言った。

武彦は、そんなモーリスに乗せられた訳ではないが、試してみる価値はあるかと、ゆっくりと蒲公英に近付き「蒲公英? ほんと、悪かった」と言った。

確かに、女性の声で、困ったようにそう言われると、心が動かされるものがある。
蒲公英は、好奇心も手伝って、ゆっくり振り向き……そして、恐怖の余り、また、三秒ほど視界がブラックアウトした。


凄い、冷静になって考えて欲しい。


30男が、急に女性に変身したとて、アレだ。
美人になってる訳ないじゃん。
無理だって、それは。


モーリスが、静かに、背後で笑いを堪えているのを、ぼんやりと眺めながら、ごつく、いつもの武彦の顔立ちがちょっと、丸くなったかな?程度なのに、かなり巨乳という、「ああ、巨乳って有り難いばっかりじゃないんだなぁ」的薄気味悪い状態になっている事にまず、訳もなく落ち込む。
正直怖い。
声が、結構ソプラノの奇麗な声なのが、凄い怖い。
滅茶苦茶美人でも、声がジャイアンっていう位怖い。(これは、マジ、怖いです)


何だろう。
最早、何を怖がっていたのか忘れ、それでも恐怖に再びクシュクシュと泣きじゃくり始める蒲公英の姿に「てっめぇ! やっぱ、効果ねぇじゃねぇか!」と言いながら、武彦が物凄い形相でモーリスを睨み据えた。


その後、ねこだーじえる無事捕獲して来た面々はモーリスの「何だか盛り上がっているトコに水を差すのが悪いなぁと思って、能力の事言い出せませんでした」なんて言葉に腰が抜けるほど脱力しつつも、元の姿へと戻して貰った。
中には、効き目に個体差があるせいだろう、 完全に猫化してしまっている人間もいたが、皆、無事に元の姿に戻して貰っている。
その様子を、相変わらずの部屋の隅で座って見ていると、泰山府君がばつの悪そうな顔で近づいて来た。
泰山府君と目が合えば、あの殺されそうになって死を覚悟した時の恐怖が蘇り、ガタガタと震え、一層隅へと体を寄せる。
泰山府君は、そんな様子にも頓着せず、蒲公英の目の前に膝を付いた。
「改めて、お詫び申し上げる。 怖い目に合わせてしまった。 すまない」
そう真剣な目で詫びてくる泰山府君に、蒲公英の目が泳ぐ。
怖くて、涙が出そうだった。
今日は一杯泣き過ぎて、赤い目が更に赤く潤んでいるに違いない。
助けを求めようと、あちらこちらに視線を飛ばせど、此方の様子には誰も気付いてくれない。
真摯な眼差しで貫かれる事に耐えきれず「……も、もう、もう、苛めませんか?」と、消え入りそうな声で問えば、泰山府君は「苛めるものか…」と吐息混じりに囁いて、それから、蒲公英にもうネコ耳が生えてない事を確認すると、安堵の溜息を吐いた。
「お主も、元に戻して貰ったのだな」
そう問われたのでコクンと頷き、それからこうやって喋っている間も、ヒクヒクと面白い動きを見せ続けるネコ耳に視線を据える。
(可愛い……かも)
そう思えど、まず口には出せない。
だが、触りたい。
ふわふわしてそうだし、何より、ピコっと動くのが面白い。
とうとう我慢しきれず、「あの、さ、触っていいですか?」と問えば、、泰山府君はあっさり、「構わぬ」と答え、頭を下げて、蒲公英に手に触れやすいようにしてくれた。

目の前に、人の頭に生えている、世にも珍しいネコ耳がある。
短い毛が、フワフワと生えていて、造作自体は本当に可愛らしい。

「……ふわふわ」と言いながら、泰山府君の頭に手を伸ばす、蒲公英。
モーリスが「次、どなたが、戻りますか?」と言いながら、部屋を見回し泰山府君と目があったが、彼は、蒲公英が一心に彼女のネコ耳を撫でている姿を見て、微笑むと「もう少し、後でですね?」と言いながら、また、視線を部屋の中へ戻す。


「猫ちゃんの耳だ…v」
そう言いながら、小さく笑った蒲公英の笑顔を見て「ま、この姿も悪いばかりではなかったな」と泰山府君はうそぶいていた。





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■  登場人物  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

受注順に掲載させて頂きました。
【2411/鬼丸・鵺/13歳/中学生】
【3342/魏・幇禍/27歳/家庭教師 殺し屋】
【1252/海原みなも/13歳/中学生】
【0086/シュライン・エマ/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3317/斎・黯傅/334歳/お守り役の猫】
【2863/蒼王・翼/16歳/F1レーサー兼闇の狩人】
【2916/桜塚・金蝉/21歳/陰陽師】
【1979/葛生・摩耶/20歳/泡姫】
【3415/泰山府君・― /999歳/退魔宝刀守護神】
【1992/弓槻・蒲公英 /7歳/小学生】
【2309/夏野影踏 /22歳/栄養士】
【2640/山口・さな /32歳/ベーシストsana】
【2318/モーリス・ラジアル /527歳/ガードナー・医師・調和師】
【2740/ねこだーじえる・くん /999歳/猫神(ねこ?)】



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■         ライター通信          ■
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まず! 遅れてスイマセンでした!(平身低頭) 初めましての方も、そうでない方もヘタレでほんま、すいません! ライターのmomiziです。 今回、二回目の受注窓オープン。 前回の如く、緩やかに参加表明がなされるであろうと予想していた私を裏切って、14名参加っていうか、喜びと共に正直キョドってしまいました。 あえて、ウェブゲームの醍醐味を追求すべく、同じ物語で、それぞれの視点で書いてみた「猫になる日」。 やぁ、無謀でした。(遠い目) えーと、書いている間に、三度ほど、三途の川を見たのですが、渡らなかった私に、私が乾杯。 一人一人が、別々の感情で動き、見えている真実も違っていたりするので、色々読み比べて下さると、また別のお話の姿が見えたりするように書きました。 他の話にもお目通し下さると、ライター冥利に尽きます。  また、ご縁が御座いますこと、願っております。