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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


龍の縛鎖 【第1回/全4回】

●プロローグ

 草間興信所に持ち込まれたのは、数分間のざらついた映像記録。

「これは何が映っているの? 随分と乱れた映像だけど……」
「ああ、知り合いの陰陽師がな記録したディスクを式神化させて送ってきたものだ。あいつ、大きなネタだとかいってたが」
 草間零(くさま・みお)は草間武彦(くさま・たけひこ)が過去形で答えたことに気がついた。
「いってた?」
 武彦は何も答えない。

 画像に映っている場所は薄暗い――広大な洞穴のようだ。
 粗い映像の中で岩盤から伸びた無数の黒き鎖。
 無数の鎖で何か強大なモノが束縛されている。長い体を持った――生物に見える。
「これって龍ですか?」
「だな。しかし龍だけでもなさそうだ……」
 龍の周囲で、小さくだが他にもいくつか捕らわれている影が見えた。あれは――。
「まさか、人!?」
「ああ、そのまさかだ」
 画像がズームされ何人もの鎖で絡め取られた人々が映されていく。
 不意にカメラが移動した。たった一つ動いている人影、鎖に捕らわれず悠然と動いている男を捕らえた瞬間、草間興信所に居候する子供の狼・フュリースが画面に向かってうなりを上げた。
 同時に、画像が切れて砂嵐に変わる。
「場所は『竜穴洞』といわれる洞窟だろうな。送られてきた画像はここまでだが、問題はこれだ」
 少しだけ巻き戻して、もう一度謎の男が現れる部分を再生して同時に音量を最大まで上げだ。
 輪郭こそ定かではないが金色に輝く瞳が印象的な男の顔が捉えられる。
 ジーという再生音が上がり、微かな声が聞こえた。
 ……天使の、瞳が……。

 鎖で拘束された龍。黄金の瞳の男。この地で待つものは一体何か――。



●興信所にて

   龍と呼ばれる生き物がいる。

   水界を統べ、空をどこまでも翔け抜け、その咆哮は万里を渡る。
   時には聖なる神として、またある時には邪悪の化身として、
                    世界の各地で崇め恐れられ続けた幻獣の王。
   龍は、強大な力の象徴として世界各地で語り継がれてきた‥‥。


「ああ、これだから龍関係の事件は厄介だ――伝統の系譜や世界観の相違、さらに複雑怪奇な謎で糸が絡まり合うばかりじゃないか」
 山のような龍関係の資料を机に積み上げた草間武彦は一日中、同じような愚痴をこぼしていた。
 草間興信所。それは、まっとうな普通の仕事を願う武彦自身を裏切るかように、いつも怪奇事件ばかりが持ち込まれてしまうという貧乏興信所である。

「これはこれは。あなたが働いていらっしゃっるなんて、今日はいいことでもありそうですね」
 男装の麗人を思わせる美しい青年が応接室の武彦を見かけて、温和な口調で驚いてみせた。
「‥‥お前の場合、厭味じゃないから手におえないな。で、何の用だ?」
「わざわざこの前ガラスを割ってしまったことを謝罪に来たというのに、その態度は失礼だな」
 今度は青年の背後から、彼を案内してきた銀髪銀眼のこれまた美しい青年が現れる。二人並んでいる光景はここが日本だということを忘れさせ、男性用ファッショングラビアの世界にでも迷い込んだかのような錯覚を生じさせる。
「ったく、お前たちっていつも一緒なのか? まあ、俺にとってはどうでもいいが。それと」
 鋭利な視線を向ける武彦。
「――そういう態度は普通、謝罪とはいわんぞ」
「まあいい。この前ガラスを割ったのは確かに私達の方だからな‥‥。あの時は、‥‥申し訳ないことをしてしまった。心から謝罪をさせて頂く」
 と、銀髪の青年――月霞 紫銀(つきかすみ・しぎん)は恭しく頭を下げた。これはお詫びということで、と言って、もう一人の青年――緑皇 黎(りょくおう・れい)も謝罪しながらにこやかに微笑を浮かべて、持ってきた三段重箱を武彦の目の前に置いた。
 中を開けると、ぎっしり桜餅で詰まっていた。
「理由はどうあれ人様の家の窓ガラスを割ったしまったのですから――」
 黎お手製の自信作だそうだし美青年二人から頭を下げられて悪い気分ではないのだが、この量の桜餅を俺にどうしろというのだ、と内心冷や汗をかいていると、無性に偉そうで高貴な声がこだました。
「さあ、早く黎が真心を込めて作ってきてくれたというその桜餅を差し出すがよい」
「いきなりだな ――どこから桜餅なんて嗅ぎつけたんだか‥‥」
 純粋に頭が痛くなってきた武彦を差し置いて、この気位の高い優雅な青年――桜塚 天風丸(さくらづか・てんぷうまる)は怪訝な表情で武彦に問い掛けた。
「余っている桜餅があるのなら、桜餅を好んでいるという私に差し出すのが道理であろう? それに難色を示すなど、人間という生物の考えはつくづく不可解なものよ」
「本気で言ってるだろう、お前」
 彼はいつでも大真面目だ。
「桜餅ごときを独占しようなどと、器量の小ささが見て取れおるわ。武彦よ、幸せを分かち合えぬ狭き心とは不憫なことよな」
「んじゃあ、いらないよな。桜餅『ごとき』なんて」
 ニヤリ、と勝ち誇る武彦に天風丸は静かな殺気を返す。
「武彦にとってのごときが、私にとってはごときではないという意味が通じぬわけもあるまい。その狭量さ嘆かわしいこと限りない」
「いや、桜餅で恥だとか言い出してるほうが恥ずかしいよな」
 資料の山でストレスが溜まっているのか、なんだか子供の喧嘩じみた言い合いが続く。
「まあまあ、その辺で手打ちにされてはいかがですか? 桜餅は皆さんで召し上がってください」
 草間零と一緒に淹れたてのお茶を運んできた黎が場を諌めると、一瞬で天風丸は大人しくなって、うれしそうに桜餅をほおばり始めた。
 ほおばり方も高貴だな、という嫌味を言いかけた武彦は、不意に唇をやわらかい女性の人差し指でとめられ、寸でのところで飲み込んだ。
「ふふ、ここは大人が退いてくれなくっちゃ、でしょう? それよりも今後の調査方針は定まったのかしら」
 草間興信所の事務員である女性――シュライン・エマ(しゅらいん・えま)に切れ長の瞳で見つめられ、武彦は不本意ながら黙るしかない。
 まあ、あんな桜餅一人で食べきれるものではないし――
 と気を静めようとタバコに火をつけて煙を吐く武彦の手から、ひょいとタバコを取りあげて無表情で灰皿に押しつけもみ消す紫銀。
「吸わない者のことを考えろ」
「‥‥この興信所はいつから禁煙になったんだ?」
 表情こそ微笑んでいるが、明らかにタバコの煙を嫌っている黎を気遣っての紫銀の行動なのだろう。
 空になった手を硬直させる武彦だが、背後からシュラインの視線を感じて、ふっと哀切のこもったため息をつくと、仕方がなく禁煙パイポを取り出した。
「なあ、パイポを使うとひどく惨めな気分になるんだが、俺だけだと思うか」
「武彦さん。同情はするけれど、惨めな気分で健康がよくなるのならいい事なんじゃないかしら? それに健康以上に助かるのよ――」
 煙草代分の財政が。
 シュラインにとどめを刺されてぐうの音も出せない武彦。そんな必死で何かと戦っている彼を横目に、室内では楽しそうな声が響いていた。


 元々、今回事務所に能力者が集まったのは、武彦が入手した黒き鎖で拘束された謎の龍についての打ち合わせを兼ねた会議をするためだったはずだ。しかし。
「この桜餅すごく美味しい! ねえねえ、もっとないの!?」
 今の話題はなぜか桜餅。
「こんなにあるからいいよな。はい、これわんこの分ねっ」
 幸せそうに鎌鼬三番手である小柄な少年――鈴森 鎮(すずもり・しず)が足元にいる狼の子供に桜餅を差し出した。
 鎮の手の桜餅をジーっと見つめて、そのわんこと呼ばれた狼は「ぱくっ」と食いつくと、床に座ってから、前足で抑えながらはぐはぐと桜餅を食べ始める。少し前から草間興信所に居候している子狼のフュリースだ。
「あ〜、フュリース可愛いねぇ、こうやって一生懸命はぐはぐしてるところなんてさ、特に。でも狼って桜餅も食べるんだ‥‥ね、あたしのも食べる?」
 と言って、桜餅をお皿ごと渡して様子を観察するショートヘアの女子高生―― 寡戒 樹希(かかい・たつき)も、自分の家のようになごみながら応接室でごろごろしている。
「あ、そうだ。最近暑くなってきたし、今度はわんこと一緒に海でもいこうよっ!」
「いいねぇ、海水浴か。うん、お姉さんもその話のった」
「真夏の海でわんこといぬかきして泳いで〜、浜辺でスイカ割りして〜♪」
 鎮の何気ない一言に樹希が反応した。
「ん? そういえば狼ってスイカも食べるんだっけ。気になってきたよ」
「食べるんじゃないかな? だってわんこだもん」
 鎮の一言には、妙な説得力があった。
「確かに。一理あるね」
 額を抑える武彦を尻目に楽しそうなおしゃべりは続く‥‥。幸せそうにフュリースをはさんで和みあう二人に、コホンと樹希と一緒に興信所にきていた高校生――秋元 椋名(あきもと・むくな)が咳払いをした。
「あー、まあなんだ。俺はどーでもいいんだが、それくらいにしといてやらねぇと、武彦さんキレるぞ。本気で」
 心の底からダルそうに忠告する椋名の言う通り、武彦のいる辺りから今にもただならぬ殺気が爆発しそうな気配だ。
「あはは、ま、冗談だって。さっきから話してる囚われた龍についての件でしょう」
「言っておくがな、これは遊びじゃないぞ――仕事だ」
 それもとびっきり危険な部類のな、と重い口調で武彦が付け加えた。が‥‥。
「龍か〜〜格好イイね‥‥あたしも行ってみようかな〜〜」
 全然聞いちゃいないようだ。興信所でごろごろ暇を潰していたら偶々入った仕事を受ける、というのは順序が逆のような気がしないでもない。
「ッたく、どうせ面白そうだから行くとか言うと思ったんだ‥‥」
「でも椋名も行くんでしょ?」
「俺は行かないからな、面倒くさいし」
 それに‥‥何か、嫌な予感もする‥‥。
 フュリースを抱きかかえながら、鎮が元気よく手を上げた。
「わんこが行くなら俺もいくから! ――でも龍がどこかの洞窟で捕まってるなんて、コレがホントの、どらごんくえすと?」
「ラスボスがベ○マ使ったりして」
「どらくえ2!?」
 ‥‥。こいつら事件の深刻さがわかってんのかなぁ、と内心で呆れる椋名だが、樹希が行くなら自分もついていくんだろうな、と確実に訪れるだろう未来にげんなりした。


「どうや? 何か参考になりそうなものでも見つかったらええんやけど」
 興信所での騒がしい会議の一角。可愛い感じの女性が龍の映像を見入っている女子大生の肩を叩いた。
 声をかけた 友峨谷 涼香(ともがや・すずか)は、居酒屋『涼屋』の看板娘であるが、その裏の顔は闇の者を払う退魔師――それも超一流の――である。
 だが、涼香の声が届かないのか、その茶色の髪をした女性は画面からぴくりとも目を離さない。色素の薄いウェーブした髪が心なしか震えている。
「この映像は‥‥ひどい‥‥」
 それだけを呟いて彼女――香坂 丹(こうさか・まこと) は振り返る。
「どうしてこの龍や人は鎖で捕らわれなくっちゃいけないの? こんなこと許しちゃダメです!」
 口を手元で押さえながら固唾を飲んで画面に釘付けになっていた丹は、繰り返しこの無残な映像を見続けている。
 こんな酷い事をする人間がいるなんて。こんな惨劇が見過ごされているなんて。
 ――――許せない。
 1秒だって認めたくない。
「ま、まあまあ。気持ちは分かるけど今は落ち着き」
「こんな事したのはこの映っている男の人ですか! 私、許せないです! 即この洞窟に行って、ひっぱたいてやりたい!」
「――――明らかに戦闘になるわよ、今回の件は」
 離れた場所から様子を伺っていたシュラインが冷静に言った。静かな口調に丹はびくっと体を震わせる。
 戦闘になる。
 一瞬、丹の脳裏によぎったのは、暗い洞窟内で巨大な龍と一緒に鎖に囚われた自分の姿――。
 頭痛がした。丹の予感を感じ取る能力が危険な匂いを嗅ぎ取っていた。次は、

 自分がこの画像に映っている黒い鎖に囚われた一人になるかもしれない‥‥

 そう、これはそういう類の事件。
「そ、それは、やる気と根性でカバーです!」
 怯えの色を見せながらも、丹は顔をふって自分を奮い立たせた。
 天風丸も丹の見ている画像を後ろから覗き見て、瞬間、静かにだが険しい表情へと変えた。
「‥‥醜悪な。この男、龍を縛っておるのか? 何時の世もこのような人間は絶えぬことよ。ヒトとしての分もわきまえず、他種族に対する礼節も忘れおってからに」
「他種族? そういえば確か天風丸さん‥‥」
「竜王の生まれ変わりやったはず」
 思い出したように、丹と涼香は天風丸を見上げる。
「無益な諍いなどヒトの領分。だが、此度はそうも言っておれぬな。あれを、同じ眷属を縛られたとあっては」
 そう、二人の言う通り、天風丸自身も竜王の生まれ変わりであり、その本性は背中に翼のある全長10m以上のドラゴン。
「この件についてはどこまで調べが進んでおる。龍の封印など、ただの術士ごときが為し得る所業でもあるまい」
「さてさて、どうにもこうにも謎の多い依頼やからなぁ」
 腕組みする涼香に、不思議そうに丹が訊ねる。
「謎が多いってどういうことですか? 助ける対象はこうして録画まであるし、場所もはっきりしてるんですから――」
 不思議そうに訊ねる丹に、涼香は腕組みをして答えた。
「表面上は確かにそうや。でもな、この画像でわかること言うたら全然まったく裏が読めんのや。鎖につながれた龍に人、黄金の瞳の男、過去形になった陰陽師‥‥。ま、過去形っちゅーことは死んだって考える方が自然かいな?」
「ああ、安否については‥‥‥‥まだ不明だ」
 武彦が沈痛な面持ちで視線を上げる。
「そっか、知り合いやもんな‥‥気ぃ使わんでごめんな。でも、そないに考えると、唯一の手がかりもっとった人物がおらんのやから、自分らで全部調べるしかないわなぁ‥‥」
 正直言って気が重くなる作業だ。
 ――――龍が束縛されている理由、敵は誰なのか、その目的は、鎖の術と龍の関係は、敵と龍の関係は、そもそもこの龍の正体は?
 浮かぶのはクエスチョンばかりで、自分たちが何も知らないことを思い知らされるだけだ。
「はぁ、うち、頭悪いからあんまり調べごととか苦手なんやけど‥‥調査はどこまで進展しとるんや? 竜王の言う通り、なんらかの術者が絡んどる思うんやけど」
「ええ、龍に関連する術師家系等関係者の誘拐や失踪事件といえば、例の天羽家令嬢の龍による誘拐事件でしょうね。さっき関連事項をファイリングしておいたから」
「今の内に説明しておいてもらえるかな」
 武彦の一言に、シュラインは用意していた紙の束を取り出してみせる。
「そういうと思って、事件の資料にして概要をまとめてあるわ」
 コピーした資料を全員に配布すると天羽家についての大まかな説明を行った。

 天羽家は、神代から続く古き呪術師の家系。
 代々高名な呪術師を何人も輩出している名門であり、秘蔵の家伝として龍使役の呪法を受け継いでいるといわれているため、天羽家といえば龍使いとしてこの業界では知られていた。
 ただ、龍使いの法についての詳細を知るものは少ない。
 秘伝というものは本来秘匿性が強いものだが、天羽家の呪術は強固に呪術知識に関する守りが堅いことでも有名だった。特に龍使いの法に関する知識は、門外不出とまでされている。

「な、なんだか、さらに謎が増えただけでは――」
「やっぱり実際この目で龍を見てみるのが一番の近道やな。しゃーない、何があるか分からんから色々持ってきますか」
 紫銀がそっけなく呟いた。
「どのみち竜穴洞に行くんだろ? そこに行けば全てがわかるからな」
 彼の一言がこの場の一同全員の気持ちを表している。
 涼香も机を叩いて立ち上がる。
「さて、退魔師涼香ちんが事件解決したりまっせ!」

                             ○

「えっと、あれぇ?」
 竜穴洞行きの準備で活気づく草間興信所の部屋の隅に、鎮は赤く点滅を繰り返す小さな、注意してみないと見落としてしまいそうな物体を見つけた。
 何だろうと思い手にとって見ると、物体は煙を噴き出し、自爆するように小さな爆発と共に粉々になってしまった。
「あらあら、気づかれちゃいましたねぇ〜〜☆」
 草間興信所のすぐ横の電信柱にしがみついた和服に割烹着の怪しげな女性がいる。ヘッドホンを耳に当てて応接室でのやり取りを盗聴していたようだ。
 その正体は、世界征服四人組一の腹黒でお茶目な使用人――楓希 月霞(ふうき・げっか)であった。ちなみに世界征服四人組とはそのまま世界征服を企んでいる人という意味である。
「龍を私たちが手に入れちゃいましょー。そして売っぱらっちゃって軍資金を山のように手に入れちゃうんですよー」
 突っ込みどころ満載なセリフを残すと、営業スマイルのまま月霞は姿を消した。


●龍の囚われし洞窟へ

 I県S郡の奥深い山中に竜穴洞は存在する。
 生い茂った木々を掻き分け、険しい岩肌を登りながら、武彦たちは危険の待ち受ける深山を進んで行った。
「あ、なーんだ。結局、椋名も来たんじゃないか」
「んなこと俺の勝手だろうが」
 うっとうしそうに手を振って樹希を追い払おうとする椋名だが、彼女はニヤニヤとからかう様に見つめてくる。
「もしかして、あたしのことが心配になったりー、とか、したのかなぁ?」
 100パーセントこれは人をからかって楽しんでいる態度だ。
「あ〜〜はいはい、お守役が必要だろうがよ‥‥」
 探検家ルックで、気分は水曜スペシャル『謎の暗黒洞窟に挑め!! 我々草間探検隊は洞窟の最深部に伝説の巨大龍をみた!!』‥‥な樹希は傍から見ていても十分に危なっかしい。
「今さ、妙なテロップを思い浮かべなかった?」
「‥‥‥それはお前だろ」
 方角と地図を見比べながら、ふと思いついたようにシュラインは武彦に訊ねかける。
「ねえ、そろそろ知り合いの陰陽師っていう人について話してくれていいんじゃない? もう引き返せないんだから」
「別に理由があって黙っていたわけじゃないさ。単なる知り合いの一人で、特別に親しかったわけじゃないしな。ただ、くだらない頼まれ事をされていた――それだけのことさ」
「それが、あのテープについて?」
 遠い目をして何かを思い出したように、武彦は苦笑する。
「まったく厄介なことを押し付けてくれたよ」
「あ、小川が見えたよ」
 零の声に足を止める武彦。
「確かに小川だな。この水の冷たさからすると地下水に通じる水源が近くとみていい」
「ええ。この水脈は、人の手が加えられて意図的に特定の流れに誘導されているようです。水の流れにはそれ自体に力が宿るともいわれてますから」
「これっていわば、水脈を利用した霊的結界の一種やないか?」
 黎が水と交流して情報を読み取り、小川の地形や流れ方から涼香が結界について分析を進めた。いよいよ竜穴洞へと迫っているようだ。
 この水の流れを辿っていく事で目的の地は見つかった。
 茂みに隠れるように、その巨大な洞穴への入り口は岩肌からぽっかりと黒い闇を開いて全員を待ち構えていた。洞穴の中から清流の流れは続いていて、さらに入り口には注連縄(しめなわ)のように荒縄が一本張られている。人為的に加工された洞窟のようだ。
「お、大きいですね‥‥それに大きな危険を感じます‥‥」
 洞窟を見上げていた丹だが、びくっと体を振るわせた。
 洞窟の奥から感じる危険とはまた別種の危険の匂いを嗅ぎ取ったのだ。フュリースが背後を向いて低い警戒のうなり声を上げる。
「まて、隠れてやり過ごそう」
 武彦の指示に従い、茂みに隠れてさらに数人で臨時の結界を張り完全に気配を遮断した。
 現れたのは黒いローブの魔術師たちだ。洞穴の前でなにやら話し合い、次々と内部に入っていく。その中の一人、指揮をとっているらしい金髪の青年に目が止まる。
「(あれは――光の魔術師セロフマージュ!?)」
「(一体誰なんですか? 光の魔術師って)」
 最近の東京に出没している機械技術と魔術とを融合させた技を使う魔術師たちの組織。その四大魔術師と呼ばれる幹部の中の一人が彼なのだ。
「ふう、どうにかやり過ごせたようだな」
 茂みの中から武彦たちが姿をあらわしたその時。
 和服に割烹着姿の女性――月霞が立ちはだかった。
「やっと出番がやってきました!! 気合いれて逝きましょー!!」
 月霞は背後に1mほどの小型ロボット・ミニミニハンスザッパー軍団を引き連れている。ざっと100体はありそうだ。
「まずはこの人たちを倒しちゃいましょうか。攻撃開始ですー」
『ロボロボロボ〜〜!!(世界征服万歳ロボ〜〜!!)』
「意外な伏兵だな」
「‥‥こ、この数はちょっとずるくないですか?」
 丹が身を引くと、鎮が前に出て護身用唐辛子カプセルを投げつけた。しかし、目潰しカプセルなのにぶつけられたミニメカたちは爆発していく。
「ええ! そんな攻撃じゃないのに、なんでっ!?」
 ガブッとフュリースも一体の足に噛み付くとそれだけで火花を吹いて爆発した。このメカ弱すぎる。
「わんこ、ヘンなもの食べちゃ、めっ! だよ」
 樹希は鉄扇を振りかざした。一振りで次々と連鎖爆発していくミニミニメカ達。
「はは、これって結構気持ちがいいな」
「護衛の必要もないのな」
 椋名が竹刀でつんと電撃も込めずに突付くだけで、爆発。
 勇気を出して近くに落ちている木の棒で丹が殴りつけると、それだけでも爆発してしまった。
「武彦さん、こんな私でも勝っちゃいました!」
「わかったからあんまり無茶するなよ」
「‥‥なんや『紅蓮』使うのがもったいなくなるほど情けない相手やな」
 ブツブツ文句を言いながらも涼香は退魔刀『紅蓮』を一閃させてメカ達を斬り伏せていった。明らかなメカ軍団の劣勢だ。
 しかし月霞の営業スマイルに乱れはなかった。まだ何かを隠し持っているようだ。
 その時――大地が揺れ、鳥たちが飛び立ち、木々の間から黒山が動いた。
「お、おいおい。なんだよこれ――!?」
「うふふ。さあ、ここからが本番ですのでー。カモンベイベー☆ 巨大破壊ロボ一号☆」
 竹箒を構えて立ちはだかる月霞の背後、見上げるほど巨大な機械の塊が出現した。それは巨大な円盤状の胴体を二本の脚で支えている奇怪なフォルムをした巨大メカ。
「とうとうこれを使うときがきたようですねー。お覚悟ください♪」
 月霞はシュタッと高く飛び上がり、出現した巨大ロボットにとりつくと営業スマイルを崩すことなく操縦席に乗り込んだ。小山が動いているような重圧感。巨大ロボは東京タワーほどの大きさがある巨体をゆっくりと震わせる。
「これはさすがに反則だろ」
「あは、やっちゃえ」
 踏みつけるように脚を動かし同時に口状の部分から主砲を発射する破壊ロボ一号。まるであくむをみているようだ。
「――――全員、目を閉じてちょうだい!」
 シュラインが閃光弾を放ち、まばゆい光が全ての視界を白一色に染め上げた。その隙に全員で竜穴洞の中に入り込んでいく。
 営業スマイルで月霞はその光景をただ見ていた。
 なぜなら巨大ロボは大きすぎるのだ。
「あらら〜、これじゃ入れませんねー。困っちゃいました」


 洞穴内、地下水の流れの横を走り向けていく武彦たちだが、天風丸が僕を召喚した。
「もう少し様子を知りたかろう。青龍に騰蛇を先に向かわせようぞ」
 少し進んだところで、前方に戦闘の気配を感じ取り、岩陰に身を潜めた。
「敵対し合っている‥‥のか?」
 ――またあなたですか。そちらも、ここの龍を手に入れようとしているのですか。
 この馬鹿丁寧な口調は光の魔術師のものだ。黒ローブの魔術師たちの前で立ちはだかっている一人の男は、何も答えない。
「あの男、まさか――!」
 武彦が様子をうかがう中、両者は戦いを始めていた。魔術師たちが青白い光線を放つのに対し、男は瞳を黄金色に輝かせると、黒い幾条もの鎖を操って応戦する。
 いや、一人で魔術師たちを翻弄している男の力は圧倒的だ。
「黒い鎖、あいつの仕業か」
「それに魔術師たちの攻撃ですが、魔術というよりもレーザー光線ですね」
 それが奴らの技術さ、と武彦が囁く。機械仕掛けによる変則的な魔術は色々な意味で厄介だ。
「そこにいる鼠も出てきたらいかがですか?」
 魔術師たちの指揮をとるセロフマージュからの呼びかけ。武彦たちの存在はすでに気づかれていたのだ。一瞬にして彼の前に形成された光の魔法陣から光の攻撃が放たれる。
「黎、下がっていろ」
 紫銀がかばうように黎の盾として踊り出た。
「黎は私の心と体の支え、誰にも傷つけさせない」
「ふふ、攻撃とは物理的なものだけではありませんよ」
 セロフマージュの周囲でチカチカと光点が瞬いた。それを見ているだけで意識が朦朧としてくる。光刺激を利用した強力な暗示効果を持つ魅了魔術。突然、それまで守っていた黎に襲い掛かる紫銀。しばらく揉みあい、黎は地下水を操り紫銀を包んでどうにか意識を奪った。
「紫銀‥‥、貴方が狂っても私は貴方を決して、見捨てません」
 前方で行われていた謎の男と魔術師たちの戦闘も場所を移動しているようで、その姿は消えていた。こだまするように反響する戦闘音が聞こえてくるのみ。
「『天使の瞳を持つもの』対『機械仕掛けの魔術師たち』――という構図だろうな。さて、俺たちにも付け込める隙はあるかな」
 乱戦の果てに待つ囚われの龍には、何があるというのだろう。


●罪深き龍に永遠の死を  〜洞穴の最深部にて〜

 男は、巨大な龍を前にして佇んでいた。

 龍を戒める無数の黒い鎖、周囲で龍と共に囚われた人々。
 深き洞窟の中で点在する炎に照らしだされた龍は、見上げてもなお全体を掴み切れない大きさ。
 幾つもの囚われた命は、まるで神聖なる儀式の祭壇に捧げられた生贄であるかのようだ。
 荘厳な空気を破るようにくつくつと嘲笑する男の声がこだましている。

 男の背後から長い黒髪の清楚な少女がやわらかく抱きしめた。
 彼の身体にも絡みつく黒い鎖は、魂までも束縛するような闇色の蛇。

 男の目は、少女の黄金色の瞳に呼応して輝いていた。





【to be continued [The chain of Closed Dragons]Part2】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1692/寡戒 樹希(かかい・たつき)/女性/16歳/高校生】
【2320/鈴森 鎮(すずもり・しず)/男性/497歳/鎌鼬参番手】
【2394/香坂 丹(こうさか・まこと)/女性/20歳/学生】
【2894/桜塚 天風丸(さくらづか・てんぷうまる)/男性/19歳/陰陽師・竜王】
【2912/秋元 椋名(あきもと・むくな)/男性/16歳/高校生】
【3012/月霞 紫銀(つきかすみ・しぎん)/男性/20歳/モデル兼、美大講師】
【3014/友峨谷 涼香(ともがや・すずか)/女性/27歳/居酒屋の看板娘兼退魔師】
【3026/緑皇 黎(りょくおう・れい)/男性/21歳/オペラ歌手兼私立探偵】
【3279/楓希 月霞(ふうき・げっか)/女性/18歳/使用人】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 シナリオにご参加いただきありがとうございました。
 また、ノベル作成が大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした(汗)
 【龍の縛鎖】第2回の募集は、7月20日を予定しています。

 さて、今回は第一回目ということで皆さんの出会いを中心に描写させていただきましたが、次回は本格的な龍を巡る戦いになりそうです。
 ポイントは二つ――龍と出会うまでの戦闘方法、及び龍と出会うことができたらどういう行動を取ろうとするかの二点で、付け加えるなら、敵対者たちの状況や事情も考慮して行動すると事態を有利に導けるかもしれません。また、謎解きと戦闘のどちらを中心に行動するのかも判断のしどころですね。機械仕掛けの魔術師については、雛川の受注ページのほうにも記載がありますので、よろしければ覗いてみてください。(知っていなくてもプレイに支障はありませんので、ご安心を)

 それでは、あなたに剣と翼と龍の導きがあらんことを祈りつつ。


>シュラインさん
お久しぶりです。ノベルの作成が遅れてしまって申し訳ありません(汗)
温泉についてはお気になさらず。それよりも雛川自身色々トラブルが続き、参加していただいてる皆様に迷惑をかけてしまっているもので‥‥お払いしてこようかな‥‥(汗)