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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


猫になる日。



オープニング



朝起きたら、義兄の耳がネコ耳に変化していた。


零は、今まで様々な奇妙な現象を目の当たりにしてきたせいでもあるのだろう。
大して動揺せぬまま、しかし30男のネコ耳姿という、嗚呼、神様。 もし、見なくて済むのならば、積極的に見ないまま人生を終えたかったのですなんていう、光景を目の当たりにし、とりあえず、この事態はどういう事なのか問い質して見るべきかと、強引に自分を納得させる。
何か、別に良いかなぁ…なんて、投げやりな感情に支配されつつも、「その、耳…、どうしました?」と、零が問い掛けてみれば、「耳が、どうしたんだニャ?」と武彦が答えてきた。


森へ、帰りたい。


別段森生まれでも何でもない零は、ガクリと、床に膝付きながら、何故かそんな郷愁に襲われる。


語尾にニャて、おいおい。
許されるキャラすっごい限定される口調やん。
ていうか、義兄がニャて、ニャて……うあー。

もう、項垂れるしかないという気分になりながらも、零は静かに立ち上がり、そして、「もし、わざとであるのならば、本日限りで、ここをお暇せねばならなくなるので、是非とも他に原因がある事を祈るばかりなのですが……兄さん。 ネコ耳生えてますよ?」と、告げる。
人生において、人に、それも兄に「ネコ耳生えてますよ?」という台詞を吐く機会に恵まれるなんて、私はなんと不幸な人間であろうか…、と自分の境遇を嘆く零に対し、武彦は目を見開き、それから、「プッ」と吹き出すと「なぁに、言ってんだかニャ」と言いながら、自分の耳に手を伸ばし、そして硬直した。
「……なぁぁぁっぁぁぁっぁぁああああああ?! ニャ」
事務所に武彦の絶叫が響き渡った。



「ええぇぇぇ? 誰も、求めてニャイだろ、これ? ええ? 何で、猫ニャ? どういうニーズニャ? ていうか、えーー?」
混乱しきったまま、自分の耳を触りつつ、そう呻く武彦に、零はあくまで冷静に言葉を掛ける。
「まぁ、誰かが求めてどうのこうのって訳じゃないでしょうが……、兄さん、何か心当たりとかありますか? 変な物を拾い食べしたとか」
「そんな、今時、子供でもしないような馬鹿な事しねぇニャ」と、抗議しつつも、「心あた…り?」と首を傾げ、そして、ポンと手を打った。
「そういや、昨日、街頭で、試飲サービスをやっていて、『またたびジュース』とかいう変な飲み物を飲んだ記憶があるニャ。 新製品とか言っていたけど、随分と人通りの少ない道でやっていたので、不思議に思ったニャ」
武彦の言葉に、どうして、そういう怪しげなものを呑んじゃうかなぁ…と呆れつつも、零は「多分それですね。 そういう仕組みかは分かりませんが、その飲み物のせいで、猫化したと考えるのが自然でしょう。 そのジュースを薦めてきた人間の容貌を覚えてますか?」と、聞いた。
武彦は、目を細め、考え込むような素振りを見せた後、「……女だったニャ。 うん。 真っ黒な髪した、何か背の小せぇ、ちんまい感じの……」と、答える。
「その人が、無差別にジュースを配っているとしたら、今頃はもっと騒ぎになっているでしょうから……」
「俺を狙っての、犯行…かニャ」
そう言いながら、武彦は自分の頬をつるりと撫でて、そして、「ひあ!」と素っ頓狂に叫んだ。
「ひ……髭ニャ! うあ! 尻尾も!」
動揺して、そう喚く武彦の鼻の側の頬から、確かに三本の髭がぴょんと生え、そして尾てい骨の辺りから、ズボンの外へ細長い尻尾が飛び出してくる。
さっき迄は、存在しなかったネコ特有の特徴に、武彦はネコ化が進んでいるという事実を悟り、戦慄した。
「ね、ネコになってるニャ! ネコになってるニャーーー!」
武彦が、動転し、ソファーから転げ落ちる姿を眺め、零も流石に、「もしこのまま、兄さんが猫になってしまったら?」という焦りのようなものを覚え、そして、とにかく誰かに助けを求めようと心に決めたのであった。









本編


ネコ耳というのは、アレだ。
ある種の人にとってはロマンだ。
AVでネコ耳ものっつうのがあって、それは、女優が付け耳のパーティグッズみたいなネコ耳つけてるだけという、そんな悲しい内容だったりするが、それでも「ネコ耳」と書いてあると借りずにいられないような、そういうロマンだ。



男のロマンであり、女のロマンでもあるネコ耳。


そんなネコ耳を、草間興信所主武彦に生えてしまったと効いた瞬間、影踏は自分が猛烈にたぎるのを感じた。
何だろう?
お祭り気分?というか、最早一人カーニバル開催状態である。

物凄い浮かれながら、取り敢えずペットショップに走って、またたびの木と、ねこじゃらしを買う。
またたびの木は粉末にして、体に擦り込んだ後、ねこじゃらしはスナップを効かせて振る練習をした。
「ククク……、待ってろよ? 武彦さん」
低く笑いながら、ねこじゃらしを振る練習を真剣にしつつ歩く影踏の姿は奇異極まりない。
勿論脳内では、「ニャンv」とか言いながら、猫じゃらしにじゃれつき、またたびの粉に惑わされて自分に抱きついている武彦の光景が背景ピンク色で繰り広げられている。
(猫の内にぃ、あーんな事も、こーんな事も……)と、既に18禁描写禁止のルールに引っ掛かりそうな想像をしつつ(故に描写できません。 残念!)、鼻歌を唄いながら、ねこじゃらしを降り続けた。
当然の如く、周囲の人間からは遠巻きに可哀想な人を見る目で見られつつ、影踏は興信所に着く。
トントンと階段を登り興信所の前に着くと、そこには何故か、何故か、音楽番組などで見掛けた事のある、バンド「imp」の童顔ベーシスト山口さながいる。
(は? なんで? sanaが、なんで?)
そう首を傾げつつ、様子を伺っていると、どうも扉に耳を当てて、中の様子を伺っているらしい。
(えーと、これも音楽活動の一種?)なんて、んなわけない事を思い浮かべつつ、恐る恐る背後に忍び寄った。
「……あの」
ボソリとそう声を掛けると、ビクンと小さな背中が波打つ。
(う…。 かあいいかも)
そう思いながら見守っていると、さなが此方をゆっくりと振り返った。
「あの、sanaさんですよね?」
そう問えば、さなが、不思議そうな顔をしながら頷く。
「えーと、興信所の人?」
と、問うてくるので、厳密に言うと、別の此処で勤めている訳ではないのだが、ここは頷いておいた方が良いだろうと思い、首を縦に振っておいた。
「あの、何やってんすか?」
影踏の質問に「う? あのね、僕、武彦が猫になったっていうものだから、見物に来たんだけど、なんかね、中の雰囲気が、何だかおかしいものだから、ここで少し様子を伺ってるんだよね」と、答える。
「中の様子が、おかしいって?」
そう問えば「ま、聞いてたら分かるから」
なんていって、自分は再び扉に耳を当てる。
しょうがないので影踏も(なんで、sanaと武彦さんが知り合いなんだろ?)と首を傾げつつも、扉に耳を寄せた。

ボソボソと、不明瞭な声が聞こえてきてはいるが、話の内容までは、分からない。
(聞こえないなぁ)
そう思い、さなに聞こえませんよと言おうとした瞬間だった。
いきなり部屋の中から「テメェら、さっきの事と良い、今とイイ、調子ノリ過ぎてんじゃねぇか?」とドスの効いた声が聞こえてくる。
そのドスの効きかたは、何というかホンモノの迫力があって、影踏は自分の全身が硬直するのを感じた。

(ヤ……ヤクザがいる! ホンモノの、ヤクザさんが、この中に!)

咄嗟に、そう思えば、さなも、同じ想像に行き当たったのか、凍り付いた表情で此方を見上げてくる。
「ど……どうする?」
聞くともなしに呟けば、「もう…ちょっと、中の様子を伺ってみる事を僕は提案するね」と、呟き返してきた。
そして、クンクンとさなは鼻を鳴らすと不思議そうに、影踏の事を見上げてくる。
「キミ、なんか変わった匂いがするね?」
そう言われたので、「エイ」と胸を張ると「またたびの粉をね、擦り込んできたんです。 体中に」と答えた。
「またたびの粉? なんで?」と、心底不思議そうに問うさな。
ニィと笑って影踏は人指し指をピンと立てると言った。
「猫は、またたびに弱いだろ? 猫化してる、武彦さんも、またたびに弱いと思うんだよね。 だからね? こうやって、全身からまたたびの匂いがすれば、自然武彦さんは、俺にごろにゃんvってなる訳だ」
「……ごろにゃんvってなったら嬉しいの?」
「うん。 で、その様子を、ビデオに撮って、姉貴に高く売りつける訳」
「売れるの? ビデオ」
「売れるよ」
不思議そうな顔のままのさな。
きっと、よく分かっていないに違いない。
影踏はフト、「でも、俺がじゃれてる時は、撮影係りがいるんだよなぁ」と考えた。
さなを見下ろして、ポンと手を叩く。
「で、モノは相談なんだけど…」
「ん?」
「カメラマン、お願い出来ない?」
そう言いながら、デジカメを取り出す影踏。
「わ! これ、僕が今、買おうかどうか、悩んでる奴だ!」
と、小声ながらも興奮したように言うさなに「撮影係りやってくれたら、あとで、何でも奢ってあげるから」と小さい子を騙すような心境で笑いかける。
「何でも?」
「はい」
「デニーズの、パフェと、ポテトと、ケーキセットと、ハンバーグを頼んでも良い?」
「ていうか、芸能人の割にって感じだけど、了解! 奢るから」
「んじゃ、やる」
そう言ってデジカメを受け取るさな。
「うあー、カッコイー」と言いながら、その小さな銀色のボディをかえすがえす眺めている。
「これってさ、動画も撮れる奴だよね?」
「うん。 ていうか、動画で撮って。 撮って欲しい時に呼ぶから」
そう撮影の際の注意を、さなに施そうとした時だった。


パンパンパン!と手を打ち鳴らす音が聞こえ、次いで、エマの声で「デッドorアライブなのね! そういう事でしょ? 分かった! 了解した! うん! 格好良かった! 二人とも、格好良い! シュライン判定的には、あんた達二人とも同じ位格好良かった! 故に、引き分け! Vシネの二大スタァ豪華共演! 後は、アレね、どっちが哀川翔かを、ガチンコで取り合えばいい!」と聞こえてきた。



(え? じゃあ、ヤクザ同士が哀川翔取り合って喧嘩してたの?)



有り得ない想像をしながら、しかし、(sanaが此処にいる訳だし、哀川翔がこん中いても不思議じゃないかもなぁ…)と、思わず納得しかけながら
耳を澄まし続けると、今度は「貴女は、翼ちゃんと、岩下志摩を取り合えば良い」なんて言葉も聞こえてきて「え? 極妻もいるの?!」と何故か心が浮き立つ。


何だよ、何が中で繰り広げれてんだよ。
武彦さんが猫化しただけで、充分愉しいのに、どうして此処ばっかり、そんなイベントがあるんだよ。 ずるいじゃねぇかなんて、ドキドキする影踏の耳に、戸惑ったような、澄んだ、美しい声が聞こえてきた。
「あの……、な、何をなさっているんですか?」
思わず、唇に指を立てて「シィー!」と言いながら振り返る。
そして、そこに立つセーラー服姿の美少女海原みなもの姿を見留め、影踏みは少し目を見開いた。
「あれ? みなもさんも、呼ばれたんですか?」
その問いに、何が何だか分かってなさそうに目をパチパチさせるみなも。
さながそんなみなもに「零ちゃんが、電話して来たんだ。 助けて欲しいってね。 何だかね、武彦がね、猫になるんだよ」と、自分が此処に来た経緯を語っている。
「は? え? 猫って、あの、にゃあっていう猫ですか?」
みなもが、目をパチパチさせたまま問う。。
「うん。 にゃあにゃあの猫だね」
さなは、「にゃあ」の部分を心底楽しげに言いながら、「でね…」と言葉を続ける。
「僕は、武彦の為に、わざわざ猫じゃらしを手に入れてまで遊びに来たっていうのに、この中ではヤクザが二人、デッドorアライブで哀川翔を取り合って大喧嘩していて、エマがそんな二人を止めようとして、岩下志摩も決めようとしてるんだ」


意味が分からない。


しかし、さなの言葉は、興信所内で起きていると思われる出来事を如実に言い表していて、どうフォローすれば良いのか分からず、みなもが救いを求めるような視線を送ってくるが、「俺的には、竹内力の方が格好良いと思うんだけど…」なんて事しか言えない。
真面目なみなもは「えーと、じゃあ、整理すると武彦さんは猫で、ヤクザの二人は哀川翔さんのファンで、エマさんは岩下志摩オーディションを今日ここで、開催しようとしているっていう事なんですか?」と言い、それからじっと黙り込んだ。


益々意味が分からないというか、此処まで来ると最早意味とかどうでも良い。


「でも、エマが頑張ったおかげで、ヤクザ達もしょんぼりさんになってるみたいだからね、僕達はお邪魔する事にしようか」
とさなが言ったので、正直、中の様子を心から見たいという欲求も募り始めていたし、「そうだな。 此処にいても埒があかないし」と頷いて、「じゃ、お先に」なんてみなもに言いながら興信所へと入った。


興信所内では、エマが金髪のえらい美形の青年と同じく金色の髪をした美麗な顔立ちをした少年どちらにも視線を向けて「ね? 喧嘩なんかせずにさ、武彦さんの事、助けてあげるの、お願いだからみんなで協力してくれないかな?」と言っていた。
(ありゃ? 哀川翔争奪戦は? そして、岩下志摩オーディションは?)
そう思いながら見渡せど、そんな訳の分からないイベントが開催されている気配は、勿論微塵もない。
エマの言葉に金髪の青年は心からどうでも良さそう且つ、つまらなそうに視線を明後日の方向に向けたが、美少年の方は典雅な笑みを浮かべ「貴女みたいに美しいレィディに頼まれて、断る人間なんていやしませんよ?」と答えている。
すると、その少年の言葉に呼応して、まるで、子供のように元気で朗らかに、エマの頭上からさなが声を掛けた。
「そうだ! その通り! そんな人間いたら僕が蹴り飛ばしてやる!」
「あら? 山口さん?」
驚いて勢い良く振り返るエマに、ピカッとした笑顔を向ける、さな。
その隣で、影踏は人懐っこい笑みを浮かべて、「どうも」と頭を下げる。
影踏の名をなかなか名前が思い出せないのだろう。
トントンと指先でこめかみを叩くエマ。
そんなエマを、苦笑して眺め、影踏は「影踏です! 夏野影踏!」と快活に名乗り、それからソファーに座っている武彦に視線を走らせた。

一瞬、武彦が身を強張らせる。

猫の耳が、頭上にチョコンと生えている。
体も若干小さくなってるみたいで着ている服の袖が余っていた。
不安げに視線が、あっちこっちしている。
尻尾が、ふらふらと揺れているのが目にはいると、胸がキュンと痺れた。
にぃぃぃっと何とも言えない形に唇を裂き、影踏は「草間さぁぁぁんv」と叫びながら一目散に武彦に走り寄った。
一瞬にして応接間に飛び込んだ影踏は、覆い被さるようにしてにして武彦の体を抱き締めると「めっちゃ可愛いいいーー!」と絶叫する。
そして、腕の中にすっぽり収まる、何とも言えない感触に、目を細めた。
耳を撫で、尻尾を掴み、頬ずりする。
「ミャ! ニャ! ぎゃぁ!」
と、短く武彦が喚き声をあげ、何とか逃げようと身を捩らせるが、関係ない。
「フミャーーー!! うあ! やめるにゃ! この変態! あほう! 」
怒鳴り散らしながら身をくねらせる武彦をガッチリと締め上げ、「もう、ほんと、可愛いっ! マジ可愛い! 尻尾も可愛いっ!」と、感激する影踏に、「ずるい! 僕にも、武彦君で遊ばせてよ!」とさなが、喚いているのが目の端に入る。
(あ! そうだ、カメラ、カメラ!)
と、今回の本来の目的を思い出すと、影踏は、ペットショッで手に入れてきた、ねこじゃらしで武彦の頬をくすぐり、「ほらほらほらぁ」と悪魔の笑みを浮かべた。 武彦は冷や汗のようなものを流しながら、その攻撃に耐えている。
武彦の瞬きが増え、手がにぎにぎと、動くのを見逃さず、顎の下辺りをコショコショとねこじゃらしでくすぐった。
(ふふふv 後で、巧く二人きりになった時には、別の場所もコレでくすぐってあげますからねんv)
ライター18禁ギリへの挑戦!の意気込みすら感じさせる発言を脳内でかましつつ、特訓を積んだねこじゃらしさばきで「じゃれついても良いんですよー? ばっちりデジカメ(動画も撮れるよ☆)に収めてあげますからねv」と、武彦を惑わす影踏。
「うひひ」と妙な笑いを漏らして、「持参アイテムその2! マタタビの木ぃ〜〜!」と似てないドラえもんの物真似をすると、今度はマタタビの乾木を翳す。
「じ・つ・は! もう、ばっちりマタタビの粉は体中に擦り込んであるんですよv と、いう事で、ヘイ! キャメラマンカモン!」
と、指を鳴らせば打ち合わせ通り、ピョンとさなが跳ねるようにして、「アイアイサー!」と答えながら参上。
影踏からデジカメを受け取り、動画を撮り始める。
にわか、撮影会が興信所で敢行されるなか、マタタビの威力なのだろう。
ゴロゴロと喉を鳴らし、眼を熱っぽく潤ませながらも、理性と欲求の熾烈な争いを繰り広げる武彦に、影踏が「ちょっとずつ、眼がトローンとなっちゃってますよー? さぁ! 武彦さん、この胸に甘えるが良いですっ!」と両手を広げて叫んだ瞬間、
「なぁぁに、しとんねぇぇぇん!!」
の、大音声を上げながら、影踏の後頭部に物凄い尖った物で刺されたような衝撃が走った。
エマが、ヒールの一番尖った部分をあえて、そうあえて影踏にhitさせたのだ。
一瞬、目の前に☆が浮かぶなんて古典的な痛みの感じ方をする影踏。
武彦の頭を自分の引き寄せるようにして胸に抱え込み、「シャー!」と蛇のような威嚇音をエマが発すると、「誰の許可を得て、武彦さんにいかがわしい事しようとしてんのよ、この野郎!」 と、凄んでくる。
その迫力と先程の痛みが二乗して、涙目になりながら、影踏が震える声で叫んだ。
「だって! 可愛いじゃないですか!」
その叫びに同調して「あ! 僕もネコ耳は可愛いと思うぞ!」と、サナが手を挙げるが、その両者に対し、
「馬鹿ぁぁぁ! 武彦さんを可愛いと思うのは、私だけの権利なのよーーーー!」
と、何の独占欲かよく分からない事を思いっきり叫び、エマが武彦を抱える腕に力を込める。
うっかり、首のイイトコに入って、その武彦が窒息しかけている事などおかまいなしである。
遠くの方で銀色の髪をした美少女と、スーツ姿で眼帯をした端正な顔立ちの青年が二人で声を合わせて「「ていうか、可愛いと思ってたんだ」」とヒいたような声で呟くのさえ、エマは聞き逃さず、「可愛いわよ!」と怒鳴り返した。
影踏は、ハタと気付けば、事務所内の人口密度が更に上がっている事に気付き、絶句する。それは、エマも同じ心境らしい。
「れ……零ちゃん? で? 何人の人が来るって言ってくれてたのかな?」
と、完全に傍観者していた零に問い掛ければ、彼女はニコリと笑って、「えーと…、エマさん含め10人の方が、お越し下さる予定だったのですが、有り難い事に、連絡が取れた方以外も来て下さってるみたいです」と答えた。
狭い事務所内は、二桁に突入する程の人数が入れば、もう、満員状態である。
新たに増えた人々を含め、どうも自己紹介をお互いにしているようだ。
聞くともなしに聞いていれば、金髪の青年は金蝉、美少年に見えたがどうも声を聞く限りでは少女らしい金髪の子は翼、銀髪の美少女は鵺、眼帯スーツの青年は幇禍、そしてみなもがいつの間にか抱えている黒い猫は黯傅というらしい。
何度か会った事のある、摩耶も訪れていて、滅多にお目に掛かれないような美形揃いの状況を、さなに頼んで撮って貰おうかな?と考えていた。
そんな影踏を余所に遠い目をしながら、「武彦さん。 今年こそ改装しましょうね?」と、呟き、漸く腕の中の武彦の体がグッタリと力が抜けきっている事に気付くエマ。
「た! 武彦さん?! っ! 誰がこんな酷い事を!」
そう焦って叫ぶので、「や…、思いっきり、エマさんが締め落としてたよね? 見事に」と、とりあえず影踏は呟き、コクンとさなも頷きながら「一本勝ちだね。 一本勝ち」と会話した。
そんな二人を、もとい影踏をギロリと睨み据え、「元はと言えば、あんたが悪いんでしょうが」と吐き捨ててくる。
「デジカメまで用意して、大体、自分と武彦さんじゃれあってんの撮って、何に使うのよ…」と、そこまで問われたので、影踏はニタっと笑って「それはね、具体的に言うと、まず夜の…」と、ウキウキした声で使用方法を語り出すのを耳にした瞬間、エマは「あ。 ごめんなさい。 聞きたくないです。 むしろ、聞かさないで下さい」と両耳を塞ぎ、首を振った。
そして、「言っておくけどね、さっきまでの映像は没収よ! 没収!」となんて酷い事を言ってくるので、「えぇぇ? ダメですよ! 姉貴にもう約束してるんです!」と、影踏は訴える。
「武彦さんと俺、もしくは男性がゴロゴロ絡み合ってる映像や、写真を高く買って貰うんですから、俺の商売邪魔しないでね!」
と、言い放った影踏の頭を、今度はグーッと握り締めた拳の最も尖った骨の部分で思いっきり殴りつけると、エマはヒステリックに「武彦さんで商売しないで!」と叱りつけてきた。
(ふーんだ、ケチケチケチ)
そう思えど怖くて口に出せない影踏は、「大体、あんたのお姉さんは幾らで、そんな映像やら何やら買うのよ?」と聞かれて、頭を抑えたままながらも、影踏はパァっと顔を輝かせた。
「写真だったら一枚108円で、映像は一時間で1252円なんですっ! 凄いですよねv 俺、大金持ちになっちゃう!」と言い放つ。
思わず、気絶していた武彦すら、起きあがって「安っ! 俺安っ! そして、その値段の中途半端な端数が、すげぇ気になるにゃ!」とツッコミ、エマも「武彦さん、安いわ。 大安売り過ぎよ。 お姉さんネガごと買ってあげるわよ」と、呻いてきた。
(安いかな? じゃあ、一時間1300円に値上げしようかな?)と、微妙な値上げを影踏が考えた時だった。

この興信所の主はご在宅かな?」

事務所の入り口で、古めかしい言葉遣いをしたハスキーな声が響いた。
「ゲ…、客かにゃ?」
と、身構える武彦。
今や、興信所内は万国博覧会よりも珍しい存在達の集まりになっている。
その上、肝心の主人が猫化の一途を辿っている訳であって、もし、奇跡的にまともな依頼が来たとしても、仕事を受けられる状態ではない。
入り口近くで煙草をふかしていた摩耶がヒラヒラと手を挙げて「私、出るわ」と言った。
エマは、摩耶の事をよっぽど信用しているのだろう。
安堵するような表情になりながら、両手を合わせて「お願い。 客だったら、適当に誤魔化して」と頼む。
「了解」と、短く答えると、摩耶は応接間と入り口を仕切る衝立の向こうへと消えた。
「此程までに、客でなければ良いと願った事は、未だかってないにゃ」と悲しげに呟く武彦。
(可哀想かも)
なんて、ちょっと同情し掛けた影踏の前に、さなが震える手で「あ、あ、あの、これ…」とデジカメを差し出してきた。
何だか知らないけど、エライ震えている。
首を傾げて「どうしたの?」と聞けば「い、い、いや、その、ちょっと、この最新機器は、僕の手では、あの、扱いきれないかな?とかって思って…」とか何とか言いながら、影踏の手にカメラを押し付け後ずさりする。
そんな態度を訝しみながらも、「じゃ、帰り、デニーズ行きます?」と誘ってみるも、音がしそうな勢いで首を振り、「か、勘弁して下さい! ていうか、もう、僕の負けで良いです!」とか何とか意味の分からない事を言った。
「ほんと、キミ最強っていうか、多分、今、この興信所内で、一番強い武器持ってんのは、アナタなんで、ええ」
そう目を泳がせ震える声で言うさなに、何があったのかちゃんと聞こうとする。

その瞬間、「ちょっ! あなた、勝手に!」と、誰かを制止しようとする摩耶の声と共に、ズカズカと武将が入室してきた。

そう、もう一度言うが武将である。

正直、現在の興信所内も、派手な外見を有する者や、人語を解する猫、特殊な能力を持ち、特殊な見た目をしている人間でひしめいている為、影踏も「武将かぁ…」と一瞬納得しかけたのだが、やはり、どう頑張っても奇怪な者は奇怪にしか見えない。
武将て…、武将って……なんで?と、首を傾げど、武将だからしょうがない。
そして、何よりも最も奇怪だったのは、その武将にネコ耳が生えていた事だった。
額に、宝玉が埋め込まれている、中国風のシンプルな甲冑を身に纏った、凛々しい青年が興信所内にいる人間を見回しながら、最終的には摩耶に視線を据えて中性的なハスキーボイスで言い放った。
「ここの主は、どこかと聞いているだけだろう? 大体、興信所というものは、誰にでも門戸を開かれている場所ではないのか?」
摩耶は、武将の視線を受け止めて、呆れたように答える。
「だから、今、ちょっと取り込んでるって言ってるでしょ? それにね、えーと、泰山府君さんでしたっけ? 貴方、別に客じゃないんだよねぇ? そのお耳の事で、ここに依頼に来た訳ではないだよな?」と摩耶が言えば、泰山府君は不機嫌そうな表情を見せ、「貴様、先程から一体何の話をしているのだ? 耳だと? 耳がどうしたと言うのだ?」と、問うた。
その問いに思わずと言った感じで、近くに立っていた幇禍が、武彦を指し示しながら「つまり、貴方、あの阿呆面の、この興信所の経営者と同じ状態になってますよ?って事です」と告げる。
泰山府君は、「どういう意味だ?」と言いながら、幇禍の指先の方向へと視線を向け、そして固まった。
「な? なんだ、その姿は。 随分と巫山戯た格好ではないか? そんな風体で、興信所の主というのは勤まるものなのか?」
そう戸惑ったように呟きながら、それでも珍しいのか、じっくりと武彦の姿を眺める泰山府君。
そんな泰山府君に、「あ、あの……」と、みなもが、黯傅を抱えながら声を掛けた。
「あの、まず、えーと、写真を撮らせて貰って良いですか?」と問い掛け、泰山府君が返事をしない内に、パチリとデジカメでその、不思議な姿を撮る。
その後、デジカメのプレビュー画面を見せながら「ほら、草間さんと同じようにネコ耳生えてますよ?」と、あっさり告げた。
画面に映る映像に凍り付く泰山府君。
武彦と同じ症状が見られる以上、多分、原因は武彦も飲んだというまたたびジュースと鑑みて間違いないだろう。
語尾が「にゃ」に変じていないのは、飲料を飲んだばかりのせいなのか、それとも体質のせいか?
(この人の、語尾が『にゃ』だったら、めっちゃ可愛かっただろうな)なんて影踏の妄想には勿論気付かず、最初のショックから解放され憤懣やるかたないといった様子の泰山府君は「うぬぅ! たばかられたわ! やはり、先程の、『またたびジュース』なるもの、妖しの飲み物であったのか!」と、歯軋りし、そして武彦を睨み据えると、「貴様も、アレを飲んだのか! なぜ、あのような妖しき飲み物を口にするのだ! 馬鹿か! 馬鹿なのだな!」と自分を棚に上げて責め立てる。
「や、だって。 君も飲んだんだよね?」と鵺に突っ込まれて、「我は喉が渇いていたんだ!」と、無茶苦茶な事を叫んでいる泰山府君。
「あー、だったら、しょうがない……の?」
と、泰山府君の自信満々な一言に、思わず納得し掛けてしまっている鵺。
(や、理不尽大王じゃないこの人…?)
と、影踏は心中で呟けど、怖くて口には出来ない。
幇禍が「や? でも、やっぱり、結構理不尽ですよ、この人」と影踏の心中を代弁するような一言を鵺に言って、泰山府君に物凄い視線で睨み据えられていた。
そんな呑気なやり取りの間にも、事態は進行していく。
唐突に、泰山府君の事を呆れたような視線で見上げていた摩耶が、武彦達の座っているソファーの後ろにある窓の外へツト視線を向け、そして飛び出すようにして駆け寄った。
「な? 何よ? どうしたの?」
という、エマの問い掛けを無視し、ガラリと窓を開け、素早く腕を窓の外へ突き出している。
「! っと、何やってんのよ? あんた」
驚いてエマがそう問い掛ければ、摩耶はニッと笑って「今日の興信所は千客万来だね」と、武彦に向かって言った。
「どういう意味だにゃ?」
と、問い掛ける武彦に、意味ありげに笑いかけ、勿体ぶるようにゆっくりと何かを持ち上げる摩耶の手の先には、金色の長い髪をした、真っ白なネコ耳の生えた子供がいた。
(っ! かっ! 可愛いっ!)
余りの可愛さに衝撃すら受ける、影踏。
「放すにゃ! 放すにゃぁ!」
しっかりと襟首を捕まえられ、よっぽど軽いのだろう。
軽々と、細腕の摩耶に持ち上げられている姿は、本物の猫のようで、じたばたと暴れる姿も、何処か愛らしい。
「あちしを、誰だと心得てるにゃ! そんな風に、持ち上げるとは、不届きにゃ!」
そう摩耶に喚いている、その子供の側に近寄って、みなもが優しい声で尋ねる。
「窓の外で、どうしてたのかな? 耳が生えてるって事は、あなたも、ジュースを飲んじゃったのね。 それで困ってここへ来たの?」
零も、怖がらせないように、微笑みながら、「可愛いお客さんなのかしら?」と首を傾げ、「兄さんだけでなく、他に二人もジュースを飲まされた人がいるなんて……、もしかしたら、もっと大きな事件へ発展するかも知れませんね」と呟きながらその子供を覗き込むが、摩耶は冷静な声音で、みなもと零の言葉を否定した。
「こいつ、見た目はこんなだけど、あなた達が考えてるような子供じゃないよ。 ふっつーの子供が、二階にある興信所の窓の外で、しっかも…」
半眼になりながら事務所内に居る人間を見回し「こぉんな、曲者揃いの人間達に気配も気づかれないで、部屋の中の様子窺えると思う?」と冷静に言えば、翼も頷きながら「確かに、もし困って此処に来たのなら、正面から普通に訪ねて来れば良い。 キミ誰だい?」と、問い掛けた。
吊り下げられたままの子供は、別段困った様子もなく「あちしは、ねこだーじえるくんなのにゃ!」と誇らしげに名乗る。
そして、小さな手をふるふると振り回すと「降ろすのにゃ! 降ろすのにゃ! にゃぁ、にゃぁ、にゃぁ!」と、身を捩らせた。
その様子を(ふふ…、あの子の映像を撮ったならば、それだけで売れるぞ…)なんて思いつつ、デジカメを回し続ける影踏。
皆は一様にほんわかとsた表情を浮かべてねこだーじえるを眺めている。
しかし、そんな様子に全く頓着しないまま、ぐっとねこだーじえるの顎をグッと掴むと金蝉は冷たい声で「で、テメェは、外で何してやがったんだ?」と、問い掛けた。

わぁ、あの人ってばクールガイ。

しかし、鬼畜系金髪美形とネコ耳美少年との絡みは、確実に高く売れる!と踏んだ影踏。
自分の趣味の満喫の為にも、(もっと、顔近づけて!)なんて、監督気分になりながらしっかり映像に抑えておく。
(あと、幇禍さんや、さなさんも参加してくれないかなぁ…)と、そんな事を考えていると、お次は武彦及び、泰山府君が同時に、「あーーーーーー!!」と叫び声をあげた。
今度は何だと、エマが武彦と泰山府君の視線の先に眼をやれば、そこには背丈ほどの長い黒髪を垂らし、大きな赤い瞳を持つ、ランドセルを背負った小さな女の子が立っている。小柄で、髪の長い…という特徴が、武彦にジュースを配ったという女性に酷似はしているが、どう見ても小学生にしか見えない。
予想外の人数がいた事、そして一気に注目を集められた事のせいだろう。
少女は「え? ……え? えぇ?」と、怯えたように身を縮こまらせた。
そして、オズオズと「あの……これ…」と、小柄な体一杯に抱えた段ボール箱を差し出す。「と…届けにき、ました」
か細い声でそう告げた少女の抱えていた段ボール。
そこにはレトリックされた文字で、「またたびジュース」と印刷してあり、猫のキャラクターが描いてある。
瞬間、泰山府君は「よくもぬけぬけと!」と唸り、武彦に至っては、「にゃぁぁぁぁ!」とよく分からない奇声をあげた。
どうも、二人にまたたびジュースを配ったのはこの子らしい。
ただ、それにしては、今や敵の巣窟ともいえる直接この興信所を訪ねてくるのが奇妙に感じられたし、その態度も訳の分からない事態に巻き込まれて戸惑う人間の表情そのものだった。
「小柄! 黒髪! あいつにゃぁぁ!」と、錯乱したように叫ぶ武彦に、何か知っているのか、エマが「ちょっ! 落ち着いて! 彼女は、違うわよ!」と止めようとするが、まさに猫のような身軽さで、ソファーから跳ね起き、一気に少女に飛びかかる。
片や泰山府君は、何処から取り出したのか、狭い事務所内で刃の部分が青龍刀になっている鉾を振りかざすと、唐突に少女に振り下ろそうとした。
「天誅!」そう叫びながらの、凶行に、「うあ!」と驚きの声をあげる影踏。
しかし、泰山府君の鉾が少女を傷付けるよりも早く、翼が何処から取り出したのか、美しい剣を翳してその斬撃を受け止める。
金属通しのぶつかり合う甲高い音が、興信所内に響いた。
「僕の目の前で、レィディへの乱暴は許さないよ? 例え、君自身が、美しい女性であろうともね」
と、白い歯を見せて笑う翼に、「えー、女の人だったんだぁ…。 じゃあ、映像を収めても売れないなぁ」と影踏は落胆し、その他の人々にも「あれで、女かよ!」という純粋な驚きが走るが(そして、金蝉には「なんで、翼は、性別を判断できるんだよ」という別の驚きも)、そんな衝撃を受けている間にも、錯乱武彦は少女に「お前もこれを飲むにゃぁぁぁ!」と叫びながら段ボールをバリバリと破き、中に入っていたジュースを無理矢理ビンごと飲ませている。
すると、今までみなもの胸の中で大人しかった黯傅が、ピョンと抜け出して、武彦の頭の上に乗り、そして思いっきり爪を立てたまま、その背中を滑り落ちた。
「っってぇぇぇ!」
そう叫んで、少女を放す武彦。
その隙に、逃げ出した少女には、既にネコ耳が生えてしまっている。
事務所内にある、大きな机の下に小柄な体を更に縮めて、逃げるように潜り込んだ少女が、ガタガタと身を震わせ「ふっ…ふぇ…ふっふぇぇん」と泣き始めた。
そんな様子を痛ましげに眺め、キっと眉を吊り上げて腰に手を当てると、「武彦さん! あの子は、蒲公英ちゃんよ! ジュースを配っていた女性じゃないわ!」と、エマが叱り、翼も、泰山府君と剣を合わせたままながらも、「女性をしかも、子供を泣かせるだなんて、君の罪は万死に値するね!」と叫ぶ。

そして、ようやく、興信所に、この事件における最後の登場人物が姿を現し、この事件は新たな展開を見せる事になった。 

「おや? 立て込んでるみたいですが…大丈夫ですか?」
そう言いながら、柔和な笑みを浮かべ応接間の入り口に繊細な佇まいをした美青年が立っていた。
(うあ、今日は眼福日和だなぁ)なんて、思わず見とれる影踏。
「今日は、珍しく、満員御礼じゃないですか」と、穏やかな口調で、ちょっとした冗談を口にする青年の隣りに立つ、背の小さな、黒髪の女性を見て、泰山府君は「貴様っ!」と叫びながら、やっと翼と合わせている剣を降ろし、武彦も呆然と、立ち尽くす。
どうやら、今度は本当に、またたびジュースを配っていた女性なのだろう。
優雅な足取りで、その女性の手を取りながら人の間を縫い、「お連れいたしました」と恭しく告げる青年に、「え? ど、どうやっ…てにゃ?」と首を傾げた武彦。
「やはり、武彦さんの猫姿は美しくないですね」
と関係ない事を言いながら嘆かわしいといった様子で首を振り、(影踏は、えー? 可愛いじゃんと、その言葉を心中で否定し)青年はそれからツイと、泰山府君に視線を送って微笑み掛けた。
「貴女のように、素敵な女性の猫姿をお目に掛かかれたのは、眼福ですけどね」
笑ってウィンクを自然にする青年に、翼除く皆が「だから、何故一発で性別を見分けられるのか? その能力を持っている人間の共通項は、ウィンクが自然に決められるという事なのか?」と疑問を深めるものの、「こちらへ来る前に、試飲を薦められまして、身体的特徴も一致しますし、武彦さんにもジュースを薦めたのはこの方じゃないかな?と思いまして、お話を聞いてみたところ、そうだと言うので………」頬を染めて自分を見上げている女性を見下ろし、笑う。
「…お連れしました」
「連れてこられましたんv」
女性は、身をくねらせて、そう答えた。
そして、アレ?という風に首を傾げると、相変わらず摩耶にぶら下げられたままのねこだーじえるに視線を向けて口を開く。
「ねこだーじえる様? そこで、何をしてるんですかにゃ?」
その瞬間、一瞬気を抜いてしまった摩耶からねこだーじえるが逃げだし、窓際に立った。
そしてビッと、女性を指差しながら、
「にゃにゃにゃ! もーう、怒ったにゃ! しかも、お前もにゃーんであっさり連れて来られてるにゃ! 最悪だにゃ! ほんっとーに、猫股は良い男に弱すぎだにゃ!」と喚く。 それから、
「こうなったら……にゃむにゃむにゃむ」
と、チョコンと両手を合わせて口の中で呪文を唱え始めると、「みぃぃんな、猫になるにゃぁぁ!」と、言いながら両手を広げクルンと廻った。
その瞬間ねこだーじえるの手から、キラキラと光る赤い粉振りまかれる。
何事が起こっているのか理解出来ぬまま、その粉を無防備に吸い込んだ影踏は、「クシュン…」と一度くしゃみをした瞬間、ポンと軽い感触と共に、頭に何か違和感が生まれた事に気付いた。
「え? ええ? も、もしかして」と、震えながら手を伸ばせば、指先に、フサリとした感触を感じる。
指を這わせれば、ピコピコとした震えが伝わってきた。
「にゃにゃにゃにゃ〜〜ん! またたびジュースの粉末バージョンにゃん! 吸い込んだ人間は皆、猫化するにゃ〜〜ん! みぃぃんな猫になれば良いにゃん!」とねこだーじえるが笑って言うと、ヒラリと身を翻し、窓下へと飛ぶ。
「っ!」
と、息を呑みながら摩耶が窓に走り寄り、窓下を覗き込んだ後、「後、追うよ!」と言いながら興信所を飛び出した。
その後ろを、「あ! 私も、行きますっ!」と手を挙げたみなもと、それからみなもの肩に乗ったまま黒猫の黯傅が追い掛ける。
間もなく、摩耶の愛車ヤマハTMAXの爆音が響き、ねこだーしぇるを追っているのだろう。
あっという間に、その音が遠くなる。
「こんな姿で、生き恥晒すのはごめんだ。 行くぞ、翼」と、翼の肩を叩き、ネコ耳姿を武彦にからかわれていた金蝉も、走り出す。
翼も心境は金蝉と同じなのだろう、「あの子の行き先ならば、風が知っている。 追おう」と頷き、興信所から飛び出していった。
そんな様子を眺め、泰山府君が、蒲公英が潜んでいる机に向かって「間違いであった。 怖がらせてしまった非礼をお詫びする」とだけ呟き、一礼するとクルリと踵を返し、興信所から出る。
そんな泰山府君の後ろ姿に、さなが声を掛けた。
「え? 帰っちゃうの?」
すると泰山府君は「まさか!」と肩を怒らせて答え、物凄い形相で言い放つ。
「かくなる上は、あの子供。 我の手によって捕獲せしめ、この姿を元に戻させる。 己の始末は、己でというしな」
すると、その答えが気に入ったのだろう。
ネコ耳姿が、何故か、おかしな程にはまるさなは(実は32歳)テテテテという音がしそうな走り方を見せ、泰山府君へと走り寄ると、「じゃ、一緒に行こう! なーんか、楽しそうだしね!」と笑いかけた。
まるっきり子供の外見のさなの、その臆面のないものの言いに目を見張り、「了解したが、足手まといになるようならしらん」とだけ彼女は答えると、泰山府君とさなは連れだって興信所を出る。
鵺は、猫化が大して堪えてないのか、余裕のある笑顔を見せながら、傍らに立つ幇禍に「さてはて、ここにいるのも飽きてきちゃったしぃ、後、追っちゃう? 鵺、猫になっちゃってこの先ずーっとキャットフード生活なんてヤダし」なんて声を掛けた。
幇禍といえば、髪の色と同じ、銀のメッシュが入った黒いネコ耳を珍しげに触りながら、「そうですねー。 行っちゃいましょうか? 個人的に、マジ、心から、本気で、痛い程に、世界の中心で草間なんかどうでも良いって叫べちゃうんですけど、まぁ、暇になってきましたし、俺はともかくお嬢さん猫になっちゃったら大変ですしね」と答える。
そんな幇禍に軽く頷いてみせると、焦る風でもなく、
「んじゃんじゃ、オヤビンに、他の方々行ってきます!」と手を振って出ていった。

残った面子は、エマと、武彦にジュースを飲ませた女性をあっさり連れてきた青年(モーリスというらしい)に夏野、そして一向に机の下から出てこない蒲公英。
(あーあー、金蝉さんと、幇禍さんと、さなさんのネコ耳姿もっとちゃんと撮りたかったなぁ)なんて、影踏みは回しっぱなしだったカメラを見下ろし、溜息を呑み込む。
(でも、モーリスさんも、美形だしv)
なんて、見上げれば、柔らかな笑みをしながら「そのデジカメの映像、後で売っていただけますか?」なんて問うてきた。
「え? 何、撮ってるか、分かってますか?」
驚いてそう訪ねれば、オフコースという風に頷いた。
(同類だ! ご同類だ!)
と目を見開く影踏。
小声で、「幾らで買ってくれます?」
と、問えば「先程の金蝉さんや、山口さなさん、あのスーツの青年のネコ耳姿が映っているならば、かなり融通を効かせますよ」とシレっと答えてくる。
視線を交わし、思わずガシリと握手を交わす二名。
「やはり美しいものに男女の差は御座いませんから」と述べるモーリスに力一杯頷き「可愛ければ、男でも女でも美味しそうですよね!」と栄養士っぽいんだか、どうなんだかな事を言う影踏。
正直、最強タッグちゃうかな?って思えるような二人が、結束を固めているのを無視し、モーリスが連れてきた女性にエマが声を掛ける。
「で? 結局、貴女と、あのねこだーじえるって子は何がしたかったの? あのまたたびジュースって何? 何より、武彦さんと、泰山府君さんを猫に変えたのは何で?」
畳みかけるような質問に、女性は眼をパチクリと瞬かせると、それから「にゃー? 目的にゃか? そりは、まさに、またたびジュースの試飲をしてほしかったそれだけにゃぁよ」と、答えた。
「このまたたびジュースは、ネコ耳、ネコ尻尾を生やしてみたいという一部の人間が根強く抱いているニーズに答える為に猫股達で開発した、猫股族産業を大きく発展させる為のすっばらしい商品なのにゃ。 ただ、今は隠しているにゃが、私達は元からネコ耳持ちだし、人間に飲ませてみる迄は、効果の程が分からないにゃ。 で、ねこだーじえる様は、『試飲させたら面白そうv』という人を選んで、『あいつにだったら飲ませても大丈夫』って私達に指示してくれていたのにゃ」
武彦はうんざりしたような顔をしながら「つまり、俺は、あのねこだーじえるとやらに選ばれて、試飲させられたって訳なのかにゃ?」と問えば、「はいにゃ。 ねこだーじえる様は、あなたにまたたびジュースを飲ませたら、他にも面白い面々が引っ掛かってくるので、楽しい見世物が見れるにゃと喜んでたにゃ」と、頷く。
モーリスは、零にいれて貰ったコーヒーを揺らしながら、軽く微笑むと「それは、慧眼でしたね。 実際、たくさんの面々が引っ掛かった訳ですから」と言った。
そんなモーリスに、影踏は「でもさ、でもでもさ、俺もあんたもネコ化しちゃってる訳で、そんな落ち着いてられないんじゃないかな?」と言いながら、それでもデジカメを構え回し続ける。
「あーあー、みんな猫化しちゃってたんだったら、こう、幇禍さんとか? 金蝉さんとか? さなさんとか絡んでくれたら、高く売れたのにってか、俺が絡みたい!」
そう欲望丸出しで、叫ぶ影踏に呆れた視線を送れば、モーリスも「ああ、その面子だったら絡みたいですね。 ネコ耳姿、とっても可愛かったんですよ」と同調する。
正直、自分が絡まなくても、モーリス辺りに、あの三人を苛めて貰えば、それだけでかなり愉しい。
金蝉のいつも不機嫌そうな、澄ました顔や、幇禍の何事にも動じなさそうな端正な顔、そしてさなの文句無しに可愛らしい顔が、モーリスの体の下で快感に歪む様を撮影できれば、(この程度だったら、18禁引っ掛かりませんか? 大丈夫ですか?)正直億万長者って言うか、自分的には我が生涯に一片の悔いなしである。
しかも、皆ネコ耳、猫尻尾つきなのである。
(くぅぅぅ)
想像するだけで、痺れるような気分に陥り、うっとりと遠い目をする影踏。
そんな様子を警戒してだろう、エマはとりあえず、再び武彦の側へがっちり身を寄せると、猫股に向かって再び問い掛け始めた。
「他に誰かに飲ませた?」
「そんにゃ事はない筈にゃ。 まだるっこしい事せずに、もっと広範囲で試飲をしたいなんて言っている仲間もいたにゃが、そんな事をしたら、大変な事になるにゃ。 飲ませる人間はあくまで、ねこだーしぇる様が限定してくれていたにゃ」
そう胸を張って答える猫股。
そこで、フト影踏じゃ皆が前々から気にしていたであろう疑問を直球で聞いた。
「あの、ねこだーしぇる君って何者なの?」
すると、猫股はブンブンと首を振りながら、
「そ、それは言えないにゃ。 ただ、もんの凄い人だと言うのは、猫股族には代々伝わっているにゃ」と答える。
エマは、少し信じられないという表情を浮かべながら、とうとう、一番大事な質問をする。「で、どうやったら私達は、元に戻るのかしら?」
すると、猫股は視線をあらぬ方向に向け、「んふ〜〜〜♪」と妙な鼻歌を歌い始めた。
武彦は、猫股の態度に思わずその肩を掴んで揺すって問う。
「も……戻るんだよな?」
影踏も(何? この態度は)と流石に青くなって、「え? 戻るよな? な?」と聞いた。その時だった、「ミィー、ミィー」と小さなネコの泣き声が机の下から聞こえてきた。
慌ててエマが、声のする場所へと駆け寄る。
そして机の下のぞき込み、「嘘っ!」と叫び声をあげた。
「な、何? 何?」
と、戸惑いながら視線を送る影踏。
暫く後、エマが戸惑ったような表情で、ロシアンブルーの毛の色をした、小さな小さな猫を優しく両手で包んで、机の下から出してきた。
(まさか、あの子?!)
確か、机の下に逃げ込んだ蒲公英という少女はいたが、完全に猫に変身してしまったのだろうか?
「あなた……蒲公英ちゃんよね?」
とエマが問い、その問いに答えるように、猫が「ミィ」と鳴く。
(なんで、もう猫に?)という驚きと、それ以上に、自分ももうじきああなるのでは?という不安に苛まれ「な……んで、猫に?」と怯えた声で呟けば猫股は「またたびジュースは、猫化するジュースにゃ。 ただ、その効き目には個体差があって、その子はきっと体が小さいから、猫化も早かったにゃ」と言いながら「さてはて、私はもう全部話したので帰るとするかにゃ」としらじらしくも立ち上がった。
そんな猫股を逃すはずもなくエマは、ガシッとその腕を掴み、「どーーーうやって元に戻るのかしら?」と凄まじい目つきで睨み据えながら問う。
途端に、猫股は「ふみぃぃ」と顔を歪ませると「ご、ごめんなさいにゃ! 試飲サービスをする前にやらなきゃならなかったにゃが……、も、元に戻す為のジュースはまだ、開発されてないんだにゃ!」と頭を下げた。
「な……い?」
一瞬、目の前が暗くなる影踏。
絶望感一杯で、そう問う武彦。
「す、すぐに、本部に連絡して開発を急がせるニャ! 大丈夫、あと一年もあれば、開発される筈にゃ!」という猫股に、今度は影踏みが「一年?」と呆然と呟く。
武彦が怖いのだろう。
フルフルと震えながら、エマの胸にぴったりと張り付いていた蒲公英も、「ミィ…」と、湿った鳴き声を発し、項垂れた。

ど、どうしよう。
猫だなんて…猫だなんて…。
猫になったらなったらもう、美人のお姉さんとも、格好良いお兄さんとも遊べないじゃないか!
そうちょっと間違った絶望感に打ちひしがれる影踏。
隣を見れば、飄々とした表情で、コーヒーを啜り続けるモーリスがいる。
(どうして、モーリスさんは全然動じないんだ?)
そう疑問を抱いた影踏と同じくエマも奇妙に思ったのだろう。
彼女は不思議そうに問い掛けた。
「貴方は、怖くないの?」
すると、モーリスは微笑みながら答えた。



「ええ。 だって、ほら? 私の能力って、了承さえあれば、思うままに人の姿を変化させる事が出来ますから、簡単に自分の姿も戻せますしね」


 

「「「「え?」」」」



その瞬間、事務所内の人間全てが同じように短い問い掛けを発し、空気が凍り付いた。
遅れて、エマの胸で蒲公英が「ミィ」と鳴く。
「も…戻せるのにゃ?」
武彦が問えば、「はい。 ご存知じゃありませんでしたっけ?」とモーリスは首を傾げる。
そして、そっと眼を閉じ自分の手に口付けを施した。
すると、朧な光を掌が発し、そのままその手で自分に生えているネコ耳をそっと撫でる。ネコ耳が…消えていた。

「ね?」
と、首を傾げて笑うモーリス。
同じ様な手法で、生えかけていた尻尾も消して見せると、「これで、問題は解決です」と柔らかな声で呟き、またコーヒーを啜る。


「うん。 そうだね? っていうかね? っていうかね? モーリスさんがもっと早くに来てくれてさ、その能力さぁ、もっと早くに行使してくれてたら、この話、凄く早く終わったよね…」


影踏は、多分登場人物全て+ライターの心境すら代弁するツッコミを入れて、ガクリと項垂れた。


その後、ねこだーしぇる君を無事捕獲し連れてきた泰山府君・さな・摩耶・みなも・黯傅の5人、そして、本人達の意志を無視して合流してしまい、勝手に試飲サービスを行いかけていた猫股達を止めてきた金蝉・翼と鵺・幇禍達は、モーリスが「何だか盛り上がっているトコに水を差すのが悪いなぁと思って、能力の事言い出せませんでした」なんて言葉に腰が抜けるほど脱力しつつも、元の姿へと戻して貰った。
中には、効き目に個体差があるせいだろう。 完全に猫化してしまっている人間もいたが、蒲公英含めて無事人間の姿に戻る。


「結局さぁ、今日の騒ぎってなんだったんだろう」
そう言いながらも、ニコニコで帰宅の途に着く、影踏。


夕闇が色濃く迫る中「ま、いっか」と呟き、結構お宝映像が取れたデジカメと、そして……。


トプンと音をさせながら、鞄の中からまたたびジュースを取り出す。


そう、影踏は、蒲公英が箱で持ってきていたまたたびジュースをちゃっかり何本かくすねてきていたのだ。
「んふふふふ。 さぁて、誰をネコ耳ネコ尻尾に変身させてやろうかな?」と、ほくそ笑み影踏。
その影踏の背後に続く影に、悪魔の尻尾が見えたとか見えなかったとか……。




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■  登場人物  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

受注順に掲載させて頂きました。
【2411/鬼丸・鵺/13歳/中学生】
【3342/魏・幇禍/27歳/家庭教師 殺し屋】
【1252/海原みなも/13歳/中学生】
【0086/シュライン・エマ/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3317/斎・黯傅/334歳/お守り役の猫】
【2863/蒼王・翼/16歳/F1レーサー兼闇の狩人】
【2916/桜塚・金蝉/21歳/陰陽師】
【1979/葛生・摩耶/20歳/泡姫】
【3415/泰山府君・― /999歳/退魔宝刀守護神】
【1992/弓槻・蒲公英 /7歳/小学生】
【2309/夏野影踏 /22歳/栄養士】
【2640/山口・さな /32歳/ベーシストsana】
【2318/モーリス・ラジアル /527歳/ガードナー・医師・調和師】
【2740/ねこだーじえる・くん /999歳/猫神(ねこ?)】



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■         ライター通信          ■
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まず! 遅れてスイマセンでした!(平身低頭) 初めましての方も、そうでない方もヘタレでほんま、すいません! ライターのmomiziです。 今回、二回目の受注窓オープン。 前回の如く、緩やかに参加表明がなされるであろうと予想していた私を裏切って、14名参加っていうか、喜びと共に正直キョドってしまいました。 あえて、ウェブゲームの醍醐味を追求すべく、同じ物語で、それぞれの視点で書いてみた「猫になる日」。 やぁ、無謀でした。(遠い目) えーと、書いている間に、三度ほど、三途の川を見たのですが、渡らなかった私に、私が乾杯。 一人一人が、別々の感情で動き、見えている真実も違っていたりするので、色々読み比べて下さると、また別のお話の姿が見えたりするように書きました。 他の話にもお目通し下さると、ライター冥利に尽きます。  また、ご縁が御座いますこと、願っております。