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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


猫になる日。



オープニング


朝起きたら、義兄の耳がネコ耳に変化していた。


零は、今まで様々な奇妙な現象を目の当たりにしてきたせいでもあるのだろう。
大して動揺せぬまま、しかし30男のネコ耳姿という、嗚呼、神様。 もし、見なくて済むのならば、積極的に見ないまま人生を終えたかったのですなんていう、光景を目の当たりにし、とりあえず、この事態はどういう事なのか問い質して見るべきかと、強引に自分を納得させる。
何か、別に良いかなぁ…なんて、投げやりな感情に支配されつつも、「その、耳…、どうしました?」と、零が問い掛けてみれば、「耳が、どうしたんだニャ?」と武彦が答えてきた。


森へ、帰りたい。


別段森生まれでも何でもない零は、ガクリと、床に膝付きながら、何故かそんな郷愁に襲われる。


語尾にニャて、おいおい。
許されるキャラすっごい限定される口調やん。
ていうか、義兄がニャて、ニャて……うあー。

もう、項垂れるしかないという気分になりながらも、零は静かに立ち上がり、そして、「もし、わざとであるのならば、本日限りで、ここをお暇せねばならなくなるので、是非とも他に原因がある事を祈るばかりなのですが……兄さん。 ネコ耳生えてますよ?」と、告げる。
人生において、人に、それも兄に「ネコ耳生えてますよ?」という台詞を吐く機会に恵まれるなんて、私はなんと不幸な人間であろうか…、と自分の境遇を嘆く零に対し、武彦は目を見開き、それから、「プッ」と吹き出すと「なぁに、言ってんだかニャ」と言いながら、自分の耳に手を伸ばし、そして硬直した。
「……なぁぁぁっぁぁぁっぁぁああああああ?! ニャ」
事務所に武彦の絶叫が響き渡った。



「ええぇぇぇ? 誰も、求めてニャイだろ、これ? ええ? 何で、猫ニャ? どういうニーズニャ? ていうか、えーー?」
混乱しきったまま、自分の耳を触りつつ、そう呻く武彦に、零はあくまで冷静に言葉を掛ける。
「まぁ、誰かが求めてどうのこうのって訳じゃないでしょうが……、兄さん、何か心当たりとかありますか? 変な物を拾い食べしたとか」
「そんな、今時、子供でもしないような馬鹿な事しねぇニャ」と、抗議しつつも、「心あた…り?」と首を傾げ、そして、ポンと手を打った。
「そういや、昨日、街頭で、試飲サービスをやっていて、『またたびジュース』とかいう変な飲み物を飲んだ記憶があるニャ。 新製品とか言っていたけど、随分と人通りの少ない道でやっていたので、不思議に思ったニャ」
武彦の言葉に、どうして、そういう怪しげなものを呑んじゃうかなぁ…と呆れつつも、零は「多分それですね。 そういう仕組みかは分かりませんが、その飲み物のせいで、猫化したと考えるのが自然でしょう。 そのジュースを薦めてきた人間の容貌を覚えてますか?」と、聞いた。
武彦は、目を細め、考え込むような素振りを見せた後、「……女だったニャ。 うん。 真っ黒な髪した、何か背の小せぇ、ちんまい感じの……」と、答える。
「その人が、無差別にジュースを配っているとしたら、今頃はもっと騒ぎになっているでしょうから……」
「俺を狙っての、犯行…かニャ」
そう言いながら、武彦は自分の頬をつるりと撫でて、そして、「ひあ!」と素っ頓狂に叫んだ。
「ひ……髭ニャ! うあ! 尻尾も!」
動揺して、そう喚く武彦の鼻の側の頬から、確かに三本の髭がぴょんと生え、そして尾てい骨の辺りから、ズボンの外へ細長い尻尾が飛び出してくる。
さっき迄は、存在しなかったネコ特有の特徴に、武彦はネコ化が進んでいるという事実を悟り、戦慄した。
「ね、ネコになってるニャ! ネコになってるニャーーー!」
武彦が、動転し、ソファーから転げ落ちる姿を眺め、零も流石に、「もしこのまま、兄さんが猫になってしまったら?」という焦りのようなものを覚え、そして、とにかく誰かに助けを求めようと心に決めたのであった。


本編


「新製品のまたたびジュースですv どうぞお試し下さいv」
小首を傾げ、そうジュースを薦めてくる女性を見下ろし、軽く微笑む。
(ビンゴ)
そう心の中で呟いて、モーリス形の良い唇を開いた。
「貴方を迎えに参りました」
そっと、女性の手を握り囁く。
「一緒に来て下さいますね?」


つまり、モーリス・ラジアルと言う人間は、世の女性陣だけでなく、運命の女神にすら愛されているという事なのだろう。


武彦が猫化していると聞いて、では、私の能力の出番なのだろうと、自宅を後にしたのが連絡を貰ってから1時間後。
それから、ふと、武彦が、飲み物を飲んだという近辺で再び試飲サービスをしているのでは?と考え、零に聞いた場所へ向かってみれば、そこから100mと離れていない場所に、試飲キャンペーンの、のぼりが立っていた。
(大胆だなぁ)
感嘆するようにそう感じ、ゆっくりと張ってあるテントの側に近付く。
女性が、テントの中から何度か目を瞬かせて、それからパタパタと走り寄ってきた。

で、冒頭のやり取りを経ての女性の反応は、魅入られたようにモーリスを見上げながら、「え……? え?」とそれでも戸惑ったように、周囲を見回すというようなものだった。
モーリスは、そんな女性にツイと顔を寄せて、かき口説くような口調で言う。
「貴女が必要なのです。 いえ、言い換えましょう。 貴女が欲しい。 とても…」
女性は、モーリスの深い緑色の目に吸い込まれるような心地を覚えていた。
「何故、私が、貴女を此程までに切望するのか、理解しておりますね?」
そうモーリスが問えば、女性が瞳を瞬かせ呟く。
「またたびジュースの…事…かにゃ?」
モーリスは、素直でない女性の魅力も堪らないが、素直な女性の可愛らしさも格別のものがあると感じながらコクリと頷いた。
「私の知り合いが、猫になり始めてしまって困っています。 どうして、このような事を行っているのか、何の経緯があったのか、お話頂けると嬉しいのですが…」
優しくそう尋ねれば、キュッと唇を引き結び、逡巡した後「…お隠しする程の事ではないのにゃが、実は…」と語り出し掛ける。
しかし、そっと人差し指を女性の指に当てて、その言葉を押しとどめると、「お話は、別の場所で聞かせて頂けますか?」と、言う。
そして、女性の手を取ったまま、興信所へと連れだって歩き出すモーリス。
女性為すがまま。
会話時間5分以内で、陥落。
その光景を見ている者がいたならば、正直、モーリスの天職とは結婚詐欺師なんでは無かろうか?と思える程に、鮮やかな手口であった。


今から、敵の本拠地ともいうべき場所に乗り込むのに、浮かれた様子で女性が歩いているのはやはり、自分の隣をモーリスが歩いているという喜びが何よりも勝っているからなのだろう。
「あの、あの、モーリスさんはぁ、何をなさってらっしゃる人なんだにゃ?」
まるで、合コンでの質問のようだ。
しかし、モーリスはにっこり笑いながら「庭師、ガードナーをやっております。 あと、医師免許も持ってるんで、人を診る事も出来ますよ」と答えた。
本性を見せないように、こうやって上っ面の会話を交わすのはとても楽しい。
自分の掌の上に、女性の心が乗っているという感覚は、浮き立つような心地すら覚える快感だった。

恋愛ではない。
ゲームという、感覚もない。

ただ、楽しい。

泣かれる事が嫌いだから、別れる為の冷たい振る舞いさえ、悲しみの涙を誘わぬように計算して行ってきたモーリス。
長生種故に、それ程誰かに対して執着をする事もなく、唯、愛おしいと思えた存在にだけ、優しさを注いできたが……。
女性と会話を楽しみながらも、モーリスは自分の奥底に、どれ程の冷水でも、永遠に凍り続けているという人魚の涙ですら、冷ます事の出来ない熱が存在する事に気付く。
500年以上の時を生きるモーリスの中に、少しずつ温度を増し、灼熱へと変化した熱。



煉獄。


ああ、探しているのだ。

モーリスは、時々、そう確認する。
探している。
この熱を全て受け止めてくれる人を。


例えば、真実に愛せる人を見付けたとして、私は、どんな風に愛するのだろう。


全てを投げ出し、足下にひれ伏すようにして、愛を乞い、全身全霊でその人を守り、尽くすように人を愛するのか。
想う余りに、気が狂い、唯、唯、その人の存在だけの為に生きるように、何も何も見ず、何も聞かず、阿呆の如くその人の存在だけを欲するように人を愛するのか。
それとも……。
モーリスは静かに笑う。
誰にも見せぬよう閉じ込め、泣き叫ぼうが鎖に繋ぎ、快楽の底に沈めて、自分以外を見ぬよう、二人だけでずっと、ずっと、ずっと……。


この熱は、どのようにして解き放たれるのだろう。
モーリスは、夢見るように想う。
探している。
ずっと。



この悠久の時の中で、あなたを。



だから、今までのこの遊びは、唯の暇つぶしだ。
女性の手を優しく取って興信所の階段を登る。
(ま、コレがなきゃ、私、暇で暇で、それこそ気が狂っちゃいますから、そういう意味では命の水とも言うべき暇つぶしですけどね…)
そう、心の中でうそぶき「お足元に、気を付けて下さいね?」と微笑む。
女性が、うっとりと見上げて笑う。
なんて、可愛い。


可愛い、私の玩具。






まぁ、そういう風な事をつらつら思考し、女性の手を取って歩いていたモーリスが、興信所の扉を開けてすぐ、目の前に広がっていた光景を見て、「じゃ、帰りましょうか?」と女性に提案しかけてしまったのは、しょうがないといえば、しょうがない事だった。


まず、なんか、ネコ耳が生えた武将の格好をした凛々しい女性と美少年風美少女レーサー翼が、剣をうち合わせ睨み合っている。
この時点で、一般の興信所ではそう、お目に掛かれない状況である事は確かだろう。
その上、あれだ、妖艶泡姫摩耶がネコ耳の生えた可愛らしい子供を吊り下げており、30過ぎ男性の悲惨なネコ耳姿を晒している武彦がシャツごと裂かれ、猫に引っ掻かれたような傷を背中に作りながらエマに叱られており、部屋の奥にある大きな机の下からは少女の泣き声が聞こえていた。


この状態に、名前を付けるならば、「阿鼻叫喚」だな。


そう、確信し、南青山の方に、おしゃれなオープンカフェが出来ているそうなので、今からそこへ言ってお茶でもしてきましょうか?なんて、女性を誘って、一刻も早く此処から立ち去ろうと、心に決めるモーリス。


だが、そのモーリスの足を止めたのは、偏に興信所内が、滅多にないくらいの美形揃いになっていたからだろう。


流石に中学生にまでは、手を出そうとは思わないが、それでも食指を動くのを感じるセーラー服の美少女海原みなもに、銀髪の整った顔立ちをした少女もいる。
翼は言うに及ばず、金髪の美丈夫金蝉なんかも、お互いがお互いをガードしていなければどちらも一度口説いてみたい一品だし、銀髪の美少女の隣りに立つスーツ姿の眼帯をした青年も、喉が鳴る程端正で美味しそうだった。
摩耶だって、超ド級の美女だし、シュライン・エマも言うに及ばない。
その上、確か、「imp」というバンドでベーシストをやっている、可愛らしい顔立ちをした山口さなまで何故かいて、(眼福極まりない状況ですね)とほくそ笑んだ。
それに、先程からデジカメを回し続けている、背の高い、人懐っこそうな青年。
あの、青年からは、何故か同類の匂いがする。
(誘ったら、一晩くらいお相手して貰えそうだな)
なんて、視線を送りつつ、モーリスは、口を開いた。
「おや? 立て込んでるみたいですが…大丈夫ですか?」
そう言いながら、柔和な笑みを浮かべる。
「今日は、珍しく、満員御礼じゃないですか」と、穏やかな口調で、ちょっとした冗談を言えば、武彦と武将姿の女性は、モーリスの隣りに立つ女性を見て、目を見開いた。
武将姿の女性が「貴様っ!」と叫びながら、翼と合わせている剣を降ろし、武彦も呆然と、立ち尽くす。
(あの女性も、またたびジュースを飲んだようですね…)
そう思い、優雅な足取りで、その女性の手を取りながら人の間を縫うと、「お連れいたしました」と恭しく告げるモーリスに、「え? ど、どうやっ…てにゃ?」と、武彦は首を傾げた。
モーリスは猫の耳がピコリと動くのを、改めて嫌悪感すら感じながら見下ろす。
似合わない、
とても、似合わない。
「やはり、武彦さんの猫姿は美しくないですね」
そう嘆いて首を振り、モーリスはそれからツイと、泰山府君に視線を送って微笑み掛けた。この方のは、とても可愛らしい。
心からそう思う。
「貴女のように、素敵な女性の猫姿をお目に掛かかれたのは、眼福ですけどね」
笑ってウィンクをするモーリスに、訝しげな表情を見せる武将姿の女性。
「こちらへ来る前に、試飲を薦められまして、身体的特徴も一致しますし、武彦さんにもジュースを薦めたのはこの方じゃないかな?と思いまして、お話を聞いてみたところ、そうだと言うので………」と、そこまで言い頬を染めて自分を見上げている女性を見下ろし、笑う。
「…お連れしました」
「連れてこられましたんv」
女性は、身をくねらせて、そう答えた。
そして、アレ?という風に首を傾げると、相変わらず摩耶にぶら下げられたままのねこ耳の子供に視線を向けて口を開いた。
「ねこだーじえる様? そこで、何をしてるんですかにゃ?」
その瞬間、一瞬気を抜いてしまった摩耶からねこだーじえるという子供が逃げだし、窓際に立つ。
そしてビッと、女性を指差しながら、
「にゃにゃにゃ! もーう、怒ったにゃ! しかも、お前もにゃーんであっさり連れて来られてるにゃ! 最悪だにゃ! ほんっとーに、猫股は良い男に弱すぎだにゃ!」と喚く。それから、
「こうなったら……にゃむにゃむにゃむ」
と、チョコンと両手を合わせて口の中で呪文を唱え始めると、「みぃぃんな、猫になるにゃぁぁ!」と、言いながら両手を広げクルンと廻った。
その瞬間ねこだーじえるの手から、キラキラと光る赤い粉振りまかれる。
奇麗だなぁなんて、見上げてしまったモーリスは無防備に粉を吸い込み、「クシュン…」と一度くしゃみをした瞬間、ポンと軽い感触と共に、頭に何か違和感が生まれた事に気付いた。
「あれ?」
なんて思いつつ手を伸ばせば、指先に、フサリとした感触を感じた。
指を這わせれば、ピコピコとした震えが伝わってくる。
見回せば、皆が可愛らしいネコ耳姿になっていた。
目を緩ませ、手を叩きたいような気分になるモーリス。
別に、ネコ耳姿にそれ程の感銘を受ける趣味はないが、しかし、これだけの美形達が揃ってネコ耳姿を披露してくれると圧巻ともいえる。

やはり正統な可愛らしさを見せてくれたのは、みなもだろう。
セーラー服にネコ耳なんてそういうマニアの人が見たら、涎を垂らしそうな姿を見せている。
摩耶は、摩耶で、妖艶な雰囲気にネコ耳は凄く合っていて、しなやかな肢体といい、大きなアーモンド型の瞳と良い、元から生えていたんじゃないだろうか?と思える程に、似合っていた。
さななんかも、可愛らしい雰囲気を尚一層盛り立てていて、自分の耳に興味深げに触れている姿なんか、浚ってしまいたい気分になる。
密かにツボに入ったのは金蝉のネコ耳姿だ。
心から嫌そうな顔をしているが、その表情すら色っぽい。
傍らの翼も、美麗さに愛らしさが加わっていて、金蝉と並んでいる姿は、一枚の絵のようにすら見えた。
銀髪の美少女は、楽しげにネコ耳姿を楽しんでいるようで、銀色の耳がピクピクと旺盛に動く姿が溌剌としていて可愛い。
隣のスーツ姿の青年も、シャープな雰囲気をそこなう事ない、ネコ耳姿で、またしてもモーリスは喉が鳴りそうになった。
同類だと感じた青年もなかなかに愛らしい姿を見せており、しかも、今の、この素晴らしい状況をデジカメに収めている。
(是非、譲って貰わねば)
モーリスは、自分も華麗なネコ耳姿に変身しているという事の自覚無く、そう決心を固めた。


「にゃにゃにゃにゃ〜〜ん! またたびジュースの粉末バージョンにゃん! 吸い込んだ人間は皆、猫化するにゃ〜〜ん! みぃぃんな猫になれば良いにゃん!」とねこだーじえるが笑って言うと、ヒラリと身を翻り、窓下へと飛ぶ。
「っ!」
と、息を呑みながら摩耶が窓に走り寄り、窓下を覗き込んだ後、「後、追うよ!」と言いながら興信所を飛び出した。
その後ろを、「あ! 私も、行きますっ!」と手を挙げたみなもと、それからみなもの肩にいつの間にか乗っていた黒猫が追い掛けていく。
間もなく、摩耶の愛車ヤマハTMAXの爆音が響き、ねこだーじえるを追っているのだろう。
あっという間に、その音が遠くなる。
「こんな姿で、生き恥晒すのはごめんだ。 行くぞ、翼」と、翼の肩を叩き、自分のに泡無さを棚に上げてネコ耳姿を武彦にからかわれていた金蝉も、走り出す。
翼といえば、なかなかに愛らしい姿ではあるが、心境は金蝉と同じなのだろう、「あの子の行き先ならば、風が知っている。 追おう」と頷き、興信所から飛び出していった。
そんな様子を眺め、何かがあったようで、武将姿の女性が、少女が潜んでいる机に向かって「間違いであった。 怖がらせてしまった非礼をお詫びする」とだけ呟き、一礼するとクルリと踵を返し、興信所から出る。
そんな彼女の後ろ姿に、さなが声を掛けた。
「え? 帰っちゃうの?」
すると女性は「まさか!」と肩を怒らせて答え、物凄い形相で言い放つ。
「かくなる上は、あの子供。 我の手によって捕獲せしめ、この姿を元に戻させる。 己の始末は、己でというしな」
すると、その答えが気に入ったらしい。
ネコ耳姿が、何故か、おかしな程にはまるさなは(実は32歳)テテテテという音がしそうな走り方を見せ、泰山府君へと走り寄ると、「じゃ、一緒に行こう! なーんか、楽しそうだしね!」と笑いかけた。
まるっきり子供の外見のさなの、その臆面のないものの言いに目を見張り、「了解したが、足手まといになるようならしらん」とだけ彼女は答えると、泰山府君とさなは連れだって興信所を出る。
鵺は、余裕のある笑顔を見せながら、傍らに立つ幇禍に「さてはて、ここにいるのも飽きてきちゃったしぃ、後、追っちゃう? 鵺、猫になっちゃってこの先ずーっとキャットフード生活なんてヤダし」なんて声を掛けた。
幇禍といえば、髪の色と同じ、銀のメッシュが入った黒いネコ耳を珍しげに触りながら、「そうですねー。 行っちゃいましょうか? 個人的に、マジ、心から、本気で、痛い程に、世界の中心で草間なんかどうでも良いって叫べちゃうんですけど、まぁ、暇になってきましたし、俺はともかくお嬢さん猫になっちゃったら大変ですしね」と答える。
そんな幇禍に軽く頷いてみせると、焦る風でもなく、
「んじゃんじゃ、オヤビンに、他の方々行ってきます!」と手を振って出ていった。


モーリスは、この時点で、皆に自分の能力の事を話すべきかと考えたが、何だか盛り上がっているようなのでと思い、ニコニコと見送った。


残った面子は、エマと、モーリスにデジカメを構えていた青年(彼は、影踏というらしい)そして一向に机の下から出てこない蒲公英という少女。
話を聞いてみれば、どうも武彦とあの、武将姿の女性(泰山府君というそうだ)に、モーリスが連れてきた女性と特徴が一致していた為、間違われて大分怖い目に合わされたらしく、現在怯えて、机の下から出て来れなくなっているらしい。
何やら、またたびジュースも無理矢理飲まされたとかで、きっと、我々のようにネコ耳が生えてきているのだろうと思いつつ、早めに元の姿に戻してあげねばと考える。
そして、これだけは頼んでおかねばと、柔らかな笑みを見せながら、影踏に「そのデジカメの映像、後で売っていただけますか?」なんて問うた。
瞠目して此方を見上げ、上擦ったような声で尋ねてくる影踏。
「え? 何、撮ってるか、分かってますか?」
モーリスは、ゆったりとオフコースという風に頷いてみせる。
小声で、「幾らで買ってくれます?」と言うので、「先程の金蝉さんや、山口さなさん、あのスーツの青年のネコ耳姿が映っているならば、かなり融通を効かせますよ」とシレっと答えておいた。
(あなたもおまけに付けてくれるんでしたら、糸目はつけないんですけどね)
なんて、思えど口には出さない。
じっと視線を交わし、ガシリと握手を交わす二名。
「やはり美しいものに男女の差は御座いませんから」と言えば、影踏は力一杯頷き「可愛ければ、男でも女でも美味しそうですよね!」とかなり、即物的とも言える発言をかました。
正直、最強タッグちゃうかな?って思えるような二人が、結束を固めているのを無視し、モーリスが連れてきた女性にエマが声を掛ける。
「で? 結局、貴女と、あのねこだーじえるって子は何がしたかったの? あのまたたびジュースって何? 何より、武彦さんと、泰山府君さんを猫に変えたのは何で?」
畳みかけるような質問に、女性は眼をパチクリと瞬かせると、それから「にゃー? 目的にゃか? そりは、まさに、またたびジュースの試飲をしてほしかったそれだけにゃぁよ」と、答えた。
「このまたたびジュースは、ネコ耳、ネコ尻尾を生やしてみたいという一部の人間が根強く抱いているニーズに答える為に猫股達で開発した、猫股族産業を大きく発展させる為のすっばらしい商品なのにゃ。 ただ、私達は元からネコ耳持ちだし、人間に飲ませてみる迄は、効果の程が分からないにゃ。 で、ねこだーじえる様は、『試飲させたら面白そうv』という人を選んで、『あいつにだったら飲ませても大丈夫』って私達に指示してくれていたのにゃ」
武彦はうんざりしたような顔をしながら「つまり、俺は、あのねこだーじえるとやらに選ばれて、試飲させられたって訳なのかにゃ?」と問えば、「はいにゃ。 ねこだーじえる様は、あなたにまたたびジュースを飲ませたら、他にも面白い面々が引っ掛かってくるので、楽しい見世物が見れるにゃと喜んでたにゃ」と、頷く。
モーリスは、零にいれて貰ったコーヒーを揺らし、(相変わらず、薫り高い)と感嘆しつつ軽く微笑むと「それは、慧眼でしたね。 実際、たくさんの面々が引っ掛かった訳ですから」と言う。
そんなモーリスに、影踏が「でもさ、でもでもさ、俺もあんたもネコ化しちゃってる訳で、そんな落ち着いてられないんじゃないかな?」と言いながら、何故かデジカメを構え回し続けていた。
(落ち着いても何も、すぐに元に戻せるんだから、焦る事なんてないのに)
そう思いつつ、コーヒーを一口啜る。
「あーあー、みんな猫化しちゃってたんだったら、こう、幇禍さんとか? 金蝉さんとか? さなさんとか絡んでくれたら、高く売れたのにってか、俺が絡みたい!」
そう欲望丸出しで、叫ぶ影踏に、モーリスも「ああ、その面子だったら絡みたいですね。 ネコ耳姿、とっても可愛かったんですよ」と同調した。
エマは、猫股に向かって再び問い掛け始めた。
「他に誰かに飲ませた?」
「そんにゃ事はない筈にゃ。 まだるっこしい事せずに、もっと広範囲で試飲をしたいなんて言っている仲間もいたにゃが、そんな事をしたら、大変な事になるにゃ。 飲ませる人間はあくまで、ねこだーじえる様が限定してくれていたにゃ」
そう胸を張って答える猫股。
影踏が皆が前々から気にしていた疑問を直球で聞いた。
「あの、ねこだーしぇる君って何者なの?」
すると、猫股はブンブンと首を振りながら、
「そ、それは言えないにゃ。 ただ、もんの凄い人だと言うのは、猫股族には代々伝わっているにゃ」と答える。
エマが、モーリスの能力を忘れきっているとも言うべき質問をした。
「で、どうやったら私達は、元に戻るのかしら?」
すると、猫股は視線をあらぬ方向に向け、「んふ〜〜〜♪」と妙な鼻歌を歌い始める。
武彦は、猫股の態度に思わずその肩を掴んで揺すって問うた。
「も……戻るんだよな?」
影踏も流石に青くなり、「え? 戻るよな? な?」と問う。
モーリスは、皆の焦っている態度がおかしくて、暫く黙っている事にした。
その時だった、「ミィー、ミィー」と小さなネコの泣き声が机の下から聞こえてきた。
慌ててエマが、声のする場所へと駆け寄る。
そして机の下のぞき込み、「嘘っ!」と叫び声をあげた。
モーリスは、何があったんだろうと、視線をそちらへ向ける。
暫く後、エマが戸惑ったような表情で、ロシアンブルーの毛の色をした、小さな小さな猫を優しく両手で包んで、机の下から出してきた。
蒲公英という少女が、完全に猫に変身してしまったのだろうか?
「あなた……蒲公英ちゃんよね?」
とエマが問い、その問いに答えるように、猫が「ミィ」と鳴く。
「な……んで、猫に?」と怯えた声で影踏が呟けば猫股は「またたびジュースは、猫化するジュースにゃ。 ただ、その効き目には個体差があって、その子はきっと体が小さいから、猫化も早かったにゃ」と言いながら「さてはて、私はもう全部話したので帰るとするかにゃ」としらじらしくも立ち上がった。
そんな猫股を逃すはずもなくエマは、ガシッとその腕を掴み、「どーーーうやって元に戻るのかしら?」と凄まじい目つきで睨み据えながら問う。
途端に、猫股は「ふみぃぃ」と顔を歪ませると「ご、ごめんなさいにゃ! 試飲サービスをする前にやらなきゃならなかったにゃが……、も、元に戻す為のジュースはまだ、開発されてないんだにゃ!」と頭を下げた。
「な……い?」
絶望感一杯の声で、そう問う武彦。
「す、すぐに、本部に連絡して開発を急がせるニャ! 大丈夫、あと一年もあれば、開発される筈にゃ!」という猫股に、今度は影踏みが「一年?」と呆然と呟く。
武彦が怖いのだろう。
フルフルと震えながら、エマの胸にぴったりと張り付いていた蒲公英も、「ミィ…」と、湿った鳴き声を発し、項垂れた。


さて、小さな女の子まで、猫になっちゃって、ちょっと可哀想だし、そろそろ言い出すべきでしょうか?


そう、考え始めたモーリスにタイミング良くエマが問うた。
「貴方は、怖くないの?」
なので、モーリスは微笑みながら答えた。



「ええ。 だって、ほら? 私の能力って、了承さえあれば、思うままに人の姿を変化させる事が出来ますから、簡単に自分の姿も戻せますしね」


 

「「「「え?」」」」



その瞬間、事務所内の人間全てが同じように短い問い掛けを発し、空気が凍り付いた。
遅れて、エマの胸で蒲公英が「ミィ」と鳴く。
「も…戻せるのにゃ?」
武彦が問えば、「はい。 ご存知じゃありませんでしたっけ?」とわざとらしくモーリスは首を傾げた。
そして、そっと眼を閉じ自分の手に口付けを施す。
力の息吹を込めた吐息が掌の中で踊った。
すると、朧な光を掌が発し、そのままその手で自分に生えているネコ耳をそっと撫でる。
跡形もなく耳が消えるのを、モーリスは感じた。
「ね?」
と、首を傾げて笑うモーリス。
同じ様な手法で、生えかけていた尻尾も消して見せると、「これで、問題は解決です」と柔らかな声で呟き、またコーヒーを啜る。


「うん。 そうだね? っていうかね? っていうかね? モーリスさんがもっと早くに来てくれてさ、その能力さぁ、もっと早くに行使してくれてたら、この話、凄く早く終わったよね…」


影踏が、多分登場人物全て+ライターの心境すら代弁するツッコミを入れて、ガクリと項垂れた。


その後、ねこだーしぇる君を無事捕獲し連れてきた泰山府君・さな・摩耶・みなも・黯傅の5人、そして、勝手に試飲サービスを行いかけていた猫股達を止めてきた金蝉・翼と銀髪の少女と眼帯の青年は、モーリスが「何だか盛り上がっているトコに水を差すのが悪いなぁと思って、能力の事言い出せませんでした」なんて言った瞬間、経たりこむ程の脱力を見せた。
中には、効き目に個体差があるせいだろう。 完全に猫化してしまっている人間もいたが、蒲公英含めて無事人間の姿に戻す。


蒲公英は、姿を元に戻して貰うと、武彦から逃げる為だろう。
一目散に部屋の隅へと走った。
そんな蒲公英を見て、武彦が頭を掻きながら詫びている。
「ごめんな。 ほんと、怖がらせて悪かった」
だが、蒲公英は武彦の言葉には全く返答せず、唯々震えている。
困ったような顔をしている武彦を見て、モーリスは妙案を思い付いた。
蒲公英の背中を見つめている武彦に、モーリスが声を掛ける。
「さ? 武彦さん。 元の姿に戻して差し上げますよ」
そう言われて頷くと、武彦は素直にモーリスの前立った。
モーリスは、武彦の尻尾を消し、耳を消し、ヒゲを消していく。
そして、穏やかそのものの声で「彼女に早く許して貰えるように……」と呟きながら……、


武彦を女性化させた。


「えぇぇぇぇぇぇ?! い、意味が分からない!」
そう、動転しながら叫ぶ武彦に、モーリスは真摯な表情で「良いですか? 女性の姿というのは、それだけで人の警戒心を薄くします。 貴方も、女性の姿で、詫びれば屹度、彼女の怯えも取れ、許して貰えますよ」と言い、嘘っぽい仕草でガッツポーズを決めると「ガンバ! 武彦さん」と無責任極まりない調子で言う。

正直、武彦の女性化した姿を、好奇心で見てみたかったという思惑があったのだが、そんな本心は微塵も滲ませない。
武彦は、そんなモーリスに乗せられた訳ではなかろうが、ゆっくりと蒲公英に近付き「蒲公英? ほんと、悪かった」と言った。
女性の声で、弱った声でそう言われると、蒲公英も心動かされる部分があったのだろう。
蒲公英は、ゆっくり振り向き……そして、硬直した。


凄い、冷静になって考えて欲しい。


30男が、急に女性に変身したとて、アレだ。
美人になってる訳ないじゃん。
無理だって、それは。


モーリスは、静かに、全神経を騒動して笑いを堪える。
ごつく、いつもの武彦の顔立ちがちょっと、丸くなったかな?程度なのに、かなり巨乳という、「ああ、巨乳って有り難いばっかりじゃないんだなぁ」的薄気味悪い状態になっている、そんな姿に、ネコ耳の方がまだ、マシだったなぁと感じる。
だが、笑えるという点ではぶっちぎりだ。
一等賞だ。
正直怖い。
声が、結構ソプラノの奇麗な声なのが、凄い怖い。
滅茶苦茶美人でも、声がジャイアンっていう位怖い。(これは、マジ、怖いです)


何だろう。
最早、何を怖がっていたのか忘れ、それでも恐怖に再びクシュクシュと泣きじゃくり始める蒲公英の姿に「てっめぇ! やっぱ、効果ねぇじゃねぇか!」と言いながら、武彦が物凄い形相でモーリスを睨み据えた。
(うわぁ、怖い)
そう、他人事のように思いつつも、親切めいた声で「じゃあ、女性化したままで、バニーガールの衣装でも着ます? きっと愉快過ぎて、笑って貰えると思うのですが?」と提案する。
そんなモーリスを、わなわなと震えながら睨むと「いいから、元に戻せぇぇぇぇ!」と武彦は叫び声をあげ、また、蒲公英に怯えられていた。



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■  登場人物  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

受注順に掲載させて頂きました。
【2411/鬼丸・鵺/13歳/中学生】
【3342/魏・幇禍/27歳/家庭教師 殺し屋】
【1252/海原みなも/13歳/中学生】
【0086/シュライン・エマ/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3317/斎・黯傅/334歳/お守り役の猫】
【2863/蒼王・翼/16歳/F1レーサー兼闇の狩人】
【2916/桜塚・金蝉/21歳/陰陽師】
【1979/葛生・摩耶/20歳/泡姫】
【3415/泰山府君・― /999歳/退魔宝刀守護神】
【1992/弓槻・蒲公英 /7歳/小学生】
【2309/夏野影踏 /22歳/栄養士】
【2640/山口・さな /32歳/ベーシストsana】
【2318/モーリス・ラジアル /527歳/ガードナー・医師・調和師】
【2740/ねこだーじえる・くん /999歳/猫神(ねこ?)】



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■         ライター通信          ■
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まず! 遅れてスイマセンでした!(平身低頭) 初めましての方も、そうでない方もヘタレでほんま、すいません! ライターのmomiziです。 今回、二回目の受注窓オープン。 前回の如く、緩やかに参加表明がなされるであろうと予想していた私を裏切って、14名参加っていうか、喜びと共に正直キョドってしまいました。 あえて、ウェブゲームの醍醐味を追求すべく、同じ物語で、それぞれの視点で書いてみた「猫になる日」。 やぁ、無謀でした。(遠い目) えーと、書いている間に、三度ほど、三途の川を見たのですが、渡らなかった私に、私が乾杯。 一人一人が、別々の感情で動き、見えている真実も違っていたりするので、色々読み比べて下さると、また別のお話の姿が見えたりするように書きました。 他の話にもお目通し下さると、ライター冥利に尽きます。  また、ご縁が御座いますこと、願っております。