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<東京怪談ノベル(シングル)>


アフロ☆アドベンチャー 〜伝説の聖地〜


「よしっ完璧じゃ!」
 あやかし荘薔薇の間の中央で、小さく両手で拳を握ったのは、本郷 源(6)。濃紫の袴の足元には、彼女の背丈の半分程あり、それでいて幅はその3倍という、膨れ上がったリュックが置いてある。
「ダンス戦隊アフロンジャーも見終えたことじゃし、これで6日は旅に出られるはずじゃ」
 ……どうやら今回も、旅というよりは小旅行になる模様。荷物の多さだけは数ヶ月分だったが。
 タイマー録画をすればいいじゃないかという意見は、勿論聞き入れられなかった。曰く、「アフロ道を志す者がアフロンジャーをタイマー録画なぞ言語道断!台所の鼠捕りより質が悪いことこの上なし!」ということらしい。ともかく、彼女のアフロに対する情熱……いや寧ろ、崇拝心と言ってもいいかもしれないそれは、人並みをはずれて、最早誰に止める事も叶わなかった。
 そこへタイミング良く、古過ぎる木戸を叩く音があった。源が待ってましたとばかりに勢い良く扉を開けると、そこには着物を着た、源とはそう変わらない背丈の姿の嬉璃が、仏頂面を備えて立っていた。
「おお!嬉璃殿、何たる偶然!」
「……くだらぬ理由でわしを呼び出したのはおんしぢゃろう」
 匿名で出した手紙はどうやらばればれだったらしい。名を伏せる必要性を感じたのは、この頃嬉璃の付き合いが悪くなり始めていると悟ったからだった。その原因が、こうした意味不明な遊びに付き合わせることにあるのだ、ということにはまったく気付いていないのだが。
 源は軽くごほんと咳払いをし、足もとのリュックを信じられない程の怪力で軽々と背負って、来たばかりの嬉璃を押し戻すように部屋を出た。
「で、今日はどういった趣向の遊びをするのぢゃ?」
 押し出されながら尋ねるも、その視線は自然顔から頭へと移っていった。
 紫アフロ。
 突飛過ぎてどこからつっこんでいいのかよく分からない。
「何を。今日これからは、遊びではなく真の人の心なるものを探す旅に出るのじゃ!」
 アフロが真の人の心だなんて、嫌過ぎるんですが。
 源の言葉とその髪型の意味を理解できなかった嬉璃は、その台詞を適当に流してしまうことにした。
「その袴の色と合わせてあるのか?おんしの『せんす』はよぅ理解できんが、色は似合っていると思うぞ」
「そうか!嬉璃殿もアフロに興味を持たれたか!?」
 全くの勘違いではあるが、嬉璃もあえて正そうとはしなかった。この場合、否定してしつこい勧誘にあい、『あふろ』なるものの素晴らしさをとうとうと語られるよりは、適当に頷いてしまった方が得策なのである。知り合って十数ヶ月、理解不能な遊びに誘われること星の数。すっかり源との付き合い方というものを学んでしまった嬉璃は、そんな自分にちょっとだけ溜息が零れた。



 ところで、旅とはいえこの旅行には、明確な『目的地』というものが存在していない。
 否、目的地は決まっているのだが、如何せんその場所などと問われると、誰も答えられないのが現実である。そもそも『アフロの聖地』なぞという話を知っているものが、他にいるのかも疑わしい。事の顛末を源から聞いた嬉璃は、担がれているんじゃないかと思ったが、賢明にも口には出さなかった。
「さぁ、はりきって探すぞぃ!」
 意味もなく着物の袖を捲り上げて、源はやる気満万である。嬉璃が背後で見守る中、路地の隙間を見つけては入り込み、丸い穴があれば潜りぬけ、ピンクっぽいドアがあった時なぞ、神妙な面持ちで何事かを唱えつつ、ドアノブを回しては落胆していた。
「……おんし、知っているとは思うが、猫型ロボット番組は『ふぃくしょん』ぢゃから、現実には実在しないぞ」
 退屈そうに顎に手をやりながら嬉璃が言うと、源は壁に開いた穴にうっかりアフロがひっかかった格好のままで、じたばたしながら返した。
「当たり前じゃ!ただ、わしは異世界への扉は常にこうした何気ない日常へ溶け込んでいるものじゃと思ぅて……」
 頭が壁のむこうな状態で、じたばたされながら真面目な話をされても、嬉璃には笑いを堪えることしか出来なかった。というか何故にアフロが引っ掛る。あの大きなアフロの中には針金でも仕掛けてあったのだろうか?
 しかも入る時はすんなり入ってなかったか?
「ところで源、その壁の向こうには何が見えるんぢゃ?」
「紫の縮れ毛じゃ!」
 それは自分の髪だろう。
 本日何度目になるかの溜息を吐いて、嬉璃はじたばたと暴れている源の足を掴んで、思いっきり奥へと押し込んだ。押してだめなら引いて――もとい、引いてだめなら押してみろ、というやつだ。
 不思議なことに、あの巨大なリュックでさえ、引っ掛からずにすんなりと通った。
 どしんという些か大き目の音を出して、源は壁の向こうに落ち着いたようだった。そう言えばこの建物の入り口はどこだろう、と嬉璃は視線を巡らす。巡らしたがどうやらここは建物の裏側のようで、灰色の壁は見上げても、窓一つ有してはいなかった。
「どうも取り敢えず真っ直ぐと進めばいいようぢゃ。その部屋を出たら壁伝いに……」
「おおおおお!」
 突然の源の叫び声に、嬉璃はびくりと肩を竦ませた。恐る恐る穴の向こうを覗いてみると、信じられないことにそこは緑広がる一本道だった。やや下方に源がおり、見下ろすと下から肩を引っ張られ、見事に自分も落ちてしまった。
「何をする!」
「まぁまぁ。人生に危険はつきものじゃて。
この道をゆけば〜どうなるものか。危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。踏み出せば、その一足がみちとなり〜その一足が道となる。迷わずゆけよ〜行けばわかるさ♪」
 源は調子をつけてそんな風な鼻歌を歌い、1本の道を先へ先へと進んでいく。その目は期待に満ち溢れていて、嬉璃も渋々ながら歩き出す。
 道の両脇には木が間隔を置いて並べてあり、その枝に茂っている葉はどういうわけか、みんなくるりと巻いている。巻いている、というよりは、縮れているという方が正しいかもしれない。
 だがこれは――
「どう見てもたわしぢゃろう」
 呟いた嬉璃の言葉は源には届かなかった。



 ……その後、予想通り『たわしの聖地』だった場所で、土産と称してリュックの中身をすべてたわしに替えられたかどうかは、定かではない。




                             ―了―