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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


巻き戻し

 もしも過去へ戻れる階段があるなら、どこまで降りていくだろう。
 私立神聖都学園にはその「もしも」があった。中学校校舎の裏側にある二階建ての用具倉庫、外壁に取りつけられている金属製の回り階段を下りていくと、戻りたいと願った時間へさかのぼれるらしい。

 街中で中学生を見かけると、つい振り返って顔を確かめてしまう。かつて机を並べ、同じ授業を聞いた友の顔がそこにないかと。勿論いるはずはない。わかっているのだけど、でも、なんだかうまく言えないけれど残っている。
 学生服というやつには、どこかに少年のかけらが残っているとでも表現すればよいのだろうか。記憶の面影が詰まっている。誰も彼もが、誰かを思わせる。だから鏡野貴哉は学生服の集団を振り返ってしまい、噂を聞くともなしに聞いてしまった。
「馬鹿だな、俺も」
階段の頂上から地面を見下ろし、貴哉は自嘲気味に笑う。中学生の噂話を間に受けるなんて、らしくもない。
「でも」
噂が本当ならやってみるだけの価値はある。貴哉にはどうしても、もう一度会いたい友達がいた。彼に向かって言いたかった言葉がある。ためらうようにいじっていた左手のブレスレットから指先を離し覚悟を決めると、貴哉はゆっくり螺旋階段を下りはじめた。

 かつて、突然行方知れずになった友達がいた。眼鏡の奥にある目をやたらに輝かせて、いつも夢ばかり語りたがる男だった。地球の役に立ちたいんだとか、外国と日本の架け橋になるんだとか壮大でわけのわからないことばかり言っていて、後ろの席だった貴哉は聞くともなしに聞かされていた。
 その頃の貴哉には夢もなにもなくて、未来なんてこの髪の毛みたいに真っ黒なんだろうって信じていた。けれど彼はいつも言っていた。
「そんなことない。未来ってきっと、もっとキラキラしてるんだ」
貴哉の髪が銀色に染まったのはひょっとすると彼の影響だろうか。
 彼は中学一年の終わり、春に突然転校していってしまった。両親の心中に巻き込まれ、彼一人は生き残ったらしいのだが、病院へ運び込まれそのまま転校していってしまった。一体なにがあったのだろうと噂が立つのを恐れるように、真相も語らず誰にもなにも告げずにだった。
 その事件を、貴哉は同じクラスの友人より一週間遅れで教えられた。貴哉は彼の転校した日の前後十日ばかり学校を休んでいたのだった。父親が心臓の発作を起こし、三日入院した後ふっと蝋燭をかき消すように死んでしまった。
 小さな、ひっそりとした葬式には同じクラスの友人も数人来てくれたのだけど、彼らはなにも言わなかった。恐らく、誰しも伝えるにはしのびないと思ったに違いない。なにしろ真っ白い顔で喪主の席に座る、学生服姿の貴哉は痛々しいほどに憔悴していた。
 一週間経ってやっと登校を再開して、彼の事件を聞かされたとき、貴哉は自分と同じく親を亡くした彼に同情を寄せる気にはなれなかった。それよりも、転校する際なにも言い残さなかったことに腹がたった。
「どうしていきなりいなくなるんだ、いなくなるとわかっていたら」
もっといろんなことを話したのに。彼はいつだって、自分の夢を話していた。よくわからないことばかりだったけど、それでも貴哉の胸中にだってうまく言葉にはできなかったが彼に話したいことがあったのだ。言う間も与えず、彼はいなくなってしまった。
 もう一度彼に会えるなら。今度こそはっきり形になった言葉を返したい。もう一度会えるなら、今度はちゃんと、別れたい。

 階段を下りきると、足元に桜の花びらが振ってきた。まさか、夏に桜なんてありえない。けれどその色にはなんとなく見覚えがあった。指を伸ばして早咲きの桜を拾い上げようとして、そのとき貴哉は自分が詰襟の学生服姿なのに気づいた。目線を上に向けると少しだけ見える前髪も真っ黒で、全部あのときと同じだった。
 貴哉の中学校には大きな桜の木があった。正門の脇にどんと構えており、春掃除当番に当たったときは花びらが掃いても掃いても振ってくるので、皆嫌がっていた。あの大木の下で彼の背中を叩いたのが最後だったことを、貴哉ははっきり覚えている。忘れられるわけがない。あの日、満開になった桜の写真を撮影しようと家へカメラを取りに戻ったら、父親が玄関で倒れていたのだ。
 桜の下に誰か立っている、二人分の箒を持って。貴哉が近づくと、彼は足音に気づいて片方の箒を振り上げた。
「遅かったな、早く掃除始めようぜ」
「ああ」
そう、あのとき校門の掃除当番は貴哉と彼の二人きりだった。その二人が続けざまに学校を休んだり転校したりしたもので、喪の明けた後貴哉が登校すると正門の前は花びらで埋もれていた。
「なあ」
箒の手を休め、彼が空を見上げた。つられて貴哉も空を見た。春の空は、うららかでのどかだ。空はいつだって同じ青色をしているのかと思えばそうでなく、冬はやたら高く秋はなんとなく物悲しげに目に映る。
「早く大人になりたいな」
自分よりも長い時間を生き続けた、桜の幹を撫でながら彼はそう言った。学校の先生みたいに掃除しなくていいからか?と貴哉が聞いたら茶化すなよと唇をへの字に曲げた。
「俺は早く大人になって、世界中を飛び回るんだ」
「スチュワーデスになればいいだろう」
「女だったらそうしてるさ」
ああ俺が女だったらなあ、と丸縁眼鏡の彼は本気で悔しがった。どっちにしろ、そんな視力じゃなれないよと中学生だった頃の貴哉は馬鹿にしたものだ。スチュワーデスには眼鏡のいらない視力が必要だ。
 けれど大人になると、大人になってやっと、あの時本当はこう言いたかったんだって言葉が見つかった。
「ま、頑張れよ。俺もお前に付き合って、少し世界を夢見てやるからさ」
次に会うときは外国のどこかでだ。そう言ったら彼は変なこというなあと笑った。無理もない、彼はこれから自分の身に起こる現実をなに一つ知らないのだから。これが二人の別れになることなど、予想もしていなかったのだから。
 貴哉にはわかっているから、だから言わずにいられない。
「夢、追いかけろよ」
「当たり前だ」
白い歯を見せて笑う彼の笑顔があんまり痛くて、貴哉はぎゅっと瞼を閉じてしまった。
 
 やがて目を開くとそこは学園の用具倉庫のすぐ脇で、桜の木もなにも植わっておらず、空は青々と夏の輝きを宿しており、そして貴哉は一人きりだった。夏の空を見ていると、貴哉は今自分の交わした言葉が夢だったのではないかと思えて仕方なかった。けれど、それでも彼に会ったとき言いたい言葉は変わらなかった。
「帰るか」
電車の時間を確かめようと携帯を取り出す、と、メールの着信が一件入っていた。それは中学どころか小学校からの腐れ縁である男からで、男のくせにやたら絵文字を使うのを止めろと言っているのになかなか聞かないのだった。
「・・・・・・月刊アトラス8月号、78ページを見るべし?」
一体なんのことだ、貴哉は簡潔な質問メールを返す。だが、返されるべきメールはいつまで経っても届かない。これなら本屋で月刊アトラスを立ち読みして、確かめるほうが早かった。
「下らない話だったら、殺すぞ」
主にオカルトを取り扱っている月刊アトラス、メールを送ってきた男はこの雑誌の熱心な愛読者であり下らない噂を大ニュースと、仲間連中に送りつける悪い癖があった。その噂に特級から四級まで等級をつけるなら、特級は全ての友人に送り四級は限られた友人にのみ送っていることになるのだが、不運にも貴哉は限られた友人の一人だった。従って、下らない話ばかりを聞かされていることになる。
 駅前の本屋は夕時という時間帯もあって混雑していた。特に雑誌の立ち読みコーナー、月刊アトラスの棚はスポーツコーナーに併設されているのでやたら体格のいい男たちが並んでいる。隙間に入り込むようにして貴哉は発売されたばかりの月刊アトラス8月号を手に取り、真っ先に78ページを開く。こうして人波にもまれて雑誌を立ち読みしていると、自分は別にオカルトに興味があって読んでいるわけではないのだと、回りの人間に弁解したいような気になるのはなぜだろう。
 雑誌を開いた貴哉は最初、メールを送りつけてきた友人の意図がまるでわからなかった。なぜなら78ページは日本の昔話と外国の昔話を比較してみると奇妙に一致するものがある、という検証報告が寄せられている他愛ないモノクロページだったからだ。四級と、貴哉は即座に断定する。
「この記事のなにを見ろって・・・・・・」
心中で悪態をついていた、貴哉の視線が一枚の写真で止まる。それはこの記事を投稿してきた男の写真だった。彼は数年前から単身ドイツへ渡り、ドイツは有名なグリム童話のできあがった土地だ、小さな村を回りながら子供たちに日本の昔話を教えるボランティアをしていた。見るからに人のよさそうな顔立ち、丸縁眼鏡がよく似合っている。
「・・・・・・」
貴哉は、胸の奥から笑いがこみ上げてくるのを抑えられなかった。なぜ、小学校も中学校も一緒だったあの男が自分にこの記事を読ませたかったかが今わかった。あいつは見つけたのだ、貴哉がずっと探していた男を。だから貴哉に教えてくれたのだ。
 こんなところにいた。よりによって、ドイツなんて。無意識に選択した学部がまさか、こんなところへつながっているなんて思いもしなかった。やっぱり、自分はどこかで彼の影響を受けつづけていたのだ。
 ドイツの空は青いだろう。日本よりずっと高く、澄んでいるだろう。いつかその空の下で、彼に会えることを貴哉は願った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1108/ 鏡野貴哉/男性/21歳/私大学生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回は一人きりのシナリオということで、風景描写をいつもより
細かく書かせていただきました。
さらに過去へさかのぼる話ということで、貴哉さまの設定を
フルに使わせていただき、今につながる原因をまとめてみたのですが
いかがだったでしょうか。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。