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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


【温泉へ行こう! 〜あやかし荘篇〜】
「綾さん! 裏庭の温泉、もうすぐ開放って本当ですか?」
 管理人の因幡恵美が『桔梗の間』に勢いよく駆け込んできた。
「ああ、今その話をしてたんや」
「突っ立っとらんで座れ」
 部屋の主である天王寺綾と、なぜか居る嬉璃が手招きする。
 さかのぼること一ヶ月前。温泉に入りたいと言い出した恵美を見て、綾が戯れに業者を呼んで適当に地面を掘らせたら、本当に温泉が出た。財閥令嬢は金も運もついているようである。以来、恵美は今か今かと待っていた。
「良かったですよ。これで毎日お肌もスベスベです」
 恵美が万歳すると、
「それが困ったことに、お湯だけでなく悪霊まで掘り当ててしまったようでな」
 嬉璃が意地悪そうに笑いながら言った。
「イヤー!」
 絶叫する恵美。
「水霊ぢゃ。水に……まあ今回はお湯ぢゃが……引きずり込んで人を殺すという、それはやっかいなシロモノぢゃ。しかも水の中でしか倒せん」
「浴場を工事し終わっていざ開放って時に出てきたんや。はた迷惑もいいところ」
「じゃあ、その悪霊を退けなきゃどうにもならないんですね……」
 恵美はため息をつきながら、誰に依頼しようかと思案し始めた。

「ごめんくださいませ」
 丁寧な男性の声が聞こえてきた。どうやら客らしい。
「あ、私出てきます」
「いや、わしが行く。知り合いぢゃ」
 嬉璃は腰を上げて玄関まで歩いた。
 長身で青い瞳、綺麗というよりは雅な顔つきをしたその男は、嬉璃を認めると優雅に微笑んだ。
「ご無沙汰いたしておりまする、嬉璃様」
「久しぶりぢゃの兎月。元気か」
「今日はご報告に参りました。おかげさまで封印を解かれ新しい主の元で過ごしておりまする」
 兎月と呼ばれた男は手にしていた土産らしき箱を差し出した。
「薄皮饅頭でございます。わたくしめの手作りゆえお気に召しますかどうか」
「なに、お主の作ったものなら問題はあるまい。後で茶菓子として食わせてもらおう。……後ろのふたり、コソコソしとらんで来るなら来い」
 嬉璃は振り返らずに言うと、恵美と綾は廊下の影から玄関に躍り出た。嬉璃の知り合いが訪れるなどそうはないため、ふたりは興味を持ってやってきたのだ。
「めっちゃ色男やん」
「お初にお目にかかりまする。池田屋兎月と申します」
 何とも穏やかに頭を下げられ、綾は頬を掻く。
「嬉璃さんのお知り合いってことは、この方も不思議な力を使うんですか」
「まあな。……おお、そうぢゃ卯月、ひとつ頼まれごとをしてくれるか」

 嬉璃は兎月を連れて裏庭へと歩いていった。その後ろには恵美と綾がいる。一行は簡素に設置された脱衣所に入り、先のガラス戸を開けるとその光景を眺めた。
「これはご立派な……」
 兎月は感嘆のため息を漏らした。彼の視線の先には露天風呂があった。品よく立ちこめる白い湯煙。職人の技によって無駄なくセットされ妙なる美を醸し出す岩。よく見ればししおどしを配置しているなど、ちょっとしたアクセントも忘れていない。
「この通り、すぐにでも入れるように準備は出来ているんですが、あのお湯の中でしか倒せない水霊が潜んでいるそうで……」
 悪霊怨霊の類が嫌いな恵美は、綾の背中に隠れて震えている。
「承知いたしました」
 兎月は悠然と湯殿に歩んでゆく。
「お世話になった嬉璃様のためにも、頑張りますゆえ」
「うむ、頑張れ」
 それで女三人は荘内へ戻っていった。
 袴が濡れるのも気にせず、兎月は湯に入っていった。水霊の気配はない。
「さあ、出てきてはいかがです」

 ――ザバン!

 水音が聞こえた瞬間、兎月は足首を掴まれた感触を覚えた。湯面を見下ろすと、黄色い目と三日月のように笑う赤い唇がそこにあった。
「現れましたね――む?」
 暖かさが全身を覆う。刹那の内に兎月は湯の中に引きずり込まれた。――その深さなど1メートルに満たないはずなのに、である。
 見渡すと、すでに海の中に似た世界だった。前後左右が果てのない暖水。天からは光が差し込んでいるものの、いくら上がっても湯面には辿り着けない。
(どうやらこの者の魔力による異空間のようですね)
 判断は当たっていた。水霊は自分の領域に入った敵に対し、無限ともいえる水の空間に引き込む能力を持っている。
 眼前、揺れる湯がなお揺れて、黒い水霊が出現した。
 何の動物にも似ていない。ヘドロといった形容がふさわしい不定形さの怪物だ。
「シャア!」
 速い。ヘドロの動きは弧を描き、兎月の右脇腹に体当たりした。
 鈍重な痛みが走る。少し場所が違えば肋骨にヒビが入ったろう。
「く……」
 兎月は間合いを取ると、形態を変えた。
 髪と肌が白くなり、頭には兎の耳が現れる。彼が持つ4つの形態のうち最も戦闘に適する『本性』である。
 それでも兎月はこの悪霊の動きについていけなかった。
 黒い弾丸の襲撃は間断なく続き、兎月は体を苛まれる。このような壮大な異空間を作り出したにしては単純すぎるといえるが、彼の攻撃方法はこれだけで充分である。
 何しろ水中で呼吸出来ない人間が、水を巣とする者に敵う道理はひとかけらもない。
 だがここで、水霊は違和感を感じた。
 おかしすぎた。この男は、一向に息苦しさに悶える様子がない。いや、普通の人間ならとうに死んでいるだけの時間は経っている。
「キサマ、マサカ?」
「気づいたようですね。――わたくしめは訳あって、息をする必要のない者なのですよ。その点ではあなたとそう変わりはございません」
 男は明朗な口調で答えた。水霊の違和感は焦りに変わった。
「ですがこの姿のままでは、いささか戦いづらい。今一度形態を変えるといたしましょうか」
 兎月の姿は瞬く間に白兎に変化した。かつてない能力の持ち主に水霊は当惑した。
 ――ヒュンと音がするほどのスピード。白兎は鋭い前歯で黒い悪霊の腹に噛み付いた。
「ギ!」
 水霊は湯の中を縦横に泳いで兎月を振りほどいた。噛まれた箇所からは緑色の液体が流れている。人間でいう血液だろう。
 兎月は思案した。獣の姿ではパワーで劣る。だが本性ではスピードで劣る。
「……ああ、ならば簡単なことでしたね」
 答え得たりと兎月は微笑んだ。
「さあ、いきまする!」
 白い軌跡が黒い塊を翻弄する。ヒットアンドアウェイだ。
「グ、ガ!」
 水霊は腕らしきものを振り回すが当たらない。大した傷は負ってはいないが、精神的に責められていた。
 そうして兎月は水霊を充分に混乱し疲労させた後――今度は頭部に噛み付いた。
「……ナ、ニ?」
 今回は振りほどけなかった。兎月は瞬間的に兎耳の人型――本性に変わっていた。噛み付いた前歯は強大になって、鋭い爪が備わった彼の両手は当然自由だ。
「獣の姿で捕まえたらそのまま本性でとどめ。それだけのことでございましたね。もっと早く気づくべきでした」
 爪が魔を裂く。水霊は絶叫を残し、この世から四散した。

■エピローグ■

 異空間が消えると、兎月は全身を湯面から出すことが出来た。事情を知らぬ者が見たら実に奇妙な光景だっただろう。
 さすがに外気が涼しく清清しい。嬉璃のために仕事が出来たと心も晴れている。一刻も早く報告に行かなければ。
 脱衣所に戻ると、
「ご苦労ぢゃったな」
 嬉璃の笑顔が出迎えた。
「もうじき終わる頃ぢゃーなんていうから待ってたんやけど、ピッタシやん」
「ありがとうございます、兎月さん」
 綾と恵美もまた兎月をねぎらった。ハンドタオルとバスタオルを持っているところを見ると、すぐにでも堪能するつもりだったらしい。
「お役に立てて、嬉しい限りでございます」
「大した礼も出来んが、ここはいつでも使って構わんぞ」
「ではわたくしめも、皆様方がお出になられたあと、お湯を頂いてよろしいでしょうか」
「えー、もう充分頂いたんとちゃうの?」
 綾が言うと、一同は腹の底から笑った。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3334/池田屋・兎月/男性/155歳/料理人・九十九神】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。ご依頼ありがとうございました。
 水の中、もとい湯の中の戦闘など初めての経験でした。
 こちらもいい勉強をさせてもらいました。
 
 それではまたお会いしましょう。
 
 from silflu