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龍の縛鎖 【第1回/全4回】
●プロローグ
――――天空より舞い降りる龍、人気アイドルを誘拐!!
いつも以上に鋭い視線で月刊アトラス編集長の碇 麗香(いかり・れいか)が立ち上がった。
「誰がどう見てもこれはスクープね!」
人気アイドル天羽和泉(あもう・いずみ)の突如とした失踪劇。
和泉は路上から忽然と姿を消したらしく、その場を目撃した人々の口から出た証言は『龍に空へと連れ去られた』という信じられない話ばかりだという。
元々、天羽和泉は姉妹デュオでのデビューが話題となって人気を集めたアイドルであり、現在妹の天羽八雲(あもう・やくも)は、ユニットを引退してシングルでソロ活動という形で活躍していた。
よって、まだ犯人からの犯行声明もないことから「今度誘拐されるのは妹の番だ」との噂が世間では広まっていた。
「……あの、でもそれってあくまでも噂に過ぎないんですよね?」
金欠気味なのでお仕事を探しにきた鶴来理沙(つるぎ・りさ)だが、ここまでの話に首を傾げる。
ちなみに理沙は蒼色水晶の剣を守護する(でも今は何者かに奪われてしまった!がーん!)剣術少女である。
「八雲さんの周辺を怪しげな導師服の姿を見かけたという目撃証言もあるから、あながち噂と言って馬鹿にもできないのよね」
「むー、そうなんですか」
怪奇事件ならば警察や警備員でどうこうなる話ではない。
「それとこれは裏の世界の情報だけれど、天羽家って龍使いの家系だといわれてもいて、それに絡んだ事件の可能性もあるってね。それで超常能力者の護衛を募集しているから、護衛体験記っていうことで今回の件の取材記者を募集してるわけよ」
そしてとどめの一言を放つ。
「今回は話題性抜群のネタだから報酬も高めよ――でも、ちゃんと記事をモノにできたら、の話だけどね」
●龍を呼ぶアイドルスター
漆黒の闇。
漆黒のローブを身をまとった影が佇んでいる。
闇に溶け込むような影はうっすらと切れ長の目をわずかに細める。
黒き空間には、低い駆動音や軋むような機械音が漏れ聴こえる。
まるで、機械世界。
影の目前には何か、大きなモノが控えていた。
巨大な体躯を持つ存在――体躯の肌は金属的な光沢を帯びている。
生命を持った無機質存在。
影は無機質な巨人に微笑をむける。
「――いいでしょう。我々の為に最大限の力を振るいなさい」
巨人は、軋むようなうなずきで了承を示した。
○
龍と呼ばれる生き物がいる。
水界を統べ、天空をどこまでも翔け抜け、その咆哮は万里を渡る。
時には聖なる神として、またある時には邪悪の化身として、
世界の各地で崇め恐れられ続けた幻獣の王。
龍は、強大な力の象徴として世界各地で語り継がれてきた‥‥。
「という感じで、もう諸説さまざまなんですよね、龍って。他にも洋の東西の違いや、各地の神話での特徴の差異なんか、比較していったら限りがありませんし。ほんと、龍は難しいんです」
長い黒髪を揺らしてう〜んと考え込む蒼色水晶の剣の護り手――鶴来理沙(つるぎ・りさ)に、隣で並んで歩いていた五降臨 時雨(ごこうりん・しぐれ)も合わせてう〜んと考え込んだ。
「‥‥‥‥‥‥あ、」
「時雨さん、何か気がつかれましたか?」
「‥‥‥‥‥‥‥ああ、龍って‥‥」
「龍って?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥龍って、うまい?」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
しばし沈黙。
「どこからそんなおかしな発想でてくるんですかー!」
ゆかいな漫才を繰り広げながらも二人は護衛対象のいる野外ライブコンサートの会場を見回っていると、彼ら以外にも警護についている能力者たちの姿が、観客の切れ目から垣間見えた。
喧騒とこれから始まるステージへの期待に満ちた会場のむせ返るような熱気。そんな中にかなりの人数の能力者が配置についているようで、事の重大さが察せられる。
たまった家賃を少しでも返すために、高い報酬目当てで依頼を引き受けた時雨だが、これだけ大掛かりな仕事になるとは想像していなかった。
「‥‥‥かなりの、規模‥‥だ」
「はい、こう言っては何ですが意外です。たった一人の芸能人の警備に、こんなにも大掛かりな警備がついてるだなんて」
誘拐事件が大事ではないわけではないのだが、正直、これほど能力者が動員されているとは思いもしていなかったのだ。
「私、引退したり解散したアイドルやアーティストのユニットって、大抵落ち目になるものと思っていましたけれど――」
「引退じゃなくって、卒業っていってくれないかな?」
理沙と時雨の目の前に、一人の少女が立っていた。
ラフな黒色のTシャツに意図的に破れ目を作ったジーンズというカジュアルな衣装を着こなした少女は、つんとすまし顔で不満足そうに見下している。
銀と翡翠の組み合わせた首飾りなど、ロッカー風の雰囲気をまとい。
「あ、護衛対象の引退した人」
「そ・つ・ぎょ・う☆ ゆーしー?」
「あ、あいひぃー」
限界まで頬を引っ張られて、理沙は涙目でうなずいた。
満足そうに頭をぽんぽんとたたくステージ衣装の少女こそ、能力者たちの護衛対象――天羽八雲(あもう・やくも)。
ソロで独立した後は、アイドルよりも先鋭化したとがったイメージの印象が強かったが、本人自身が元々勝気な性格のようだ。
「私の警備についてくれている人でしょう? もっとしっかりして貰わないと」
「え、どうして分かったんですか――」
つんつん、と理沙が胸につけた小さな星型のホルダーをつついてみせる。
能力者の人員は、通常の警備員と区別するため、制服の変わりにこの星のホルダーを目印にしている。なお、アトラス編集部の関係者として警備についているものは、ホルダーにプラス編集部のロゴ入り腕章もつけさせられていた。
「‥‥‥‥意外と‥‥じゃじゃ馬だ、な」
「あはは、そうかもしれないけれど、今はウソでもクールビューティーと言っておいてほしいな」
「くーる?」
「‥‥ビュー、ティー?」
「そう。冷たくて情熱的。これが天羽八雲という『アーティスト』のコンセプト・イメージだからね」
「むー、こんせぷと‥‥意味深ですね」
八雲は腕を組んで苦笑する。
「あなた達はいわば、警護という形で私をサポートしてくれるスタッフという扱いになっている訳でしょう? だから最低限、私の営業における戦略イメージくらいわかっておいてほしいだけ。気持ち半分でいいから」
「‥‥‥それは、警護に‥‥関係ある、の?」
関係大あり、といって時雨に指を突きつける八雲。
「つまり、お客さんあっての私たちだから。お客さんの期待している夢――私が見せようとしていて、観客席の人たちが期待しているスタイル、共有することで一体感を高め合うために会場全体で作り出される感動を壊さないよう、スタッフ各員は細心の注意を払っておいてくれない? と警備上のお願いをしているのよ。それが私の仕事の上での譲れないポリシー。私のステージにスタッフとしてかかわる以上、どんなことがあって忘れないでいてほしいの」
そう言うと、指差していた右手でピストルの形を作り、「BANG!」と時雨の心臓を撃ち抜くポーズをとって微笑を見せる。
「表社会や観客席から見えない様々な事情があるのは、能力者の世界も芸能界も同じようです」
「‥‥‥努力は、わかったけど‥‥それでも‥‥この警護網は、」
時雨は改めて会場を見渡しながらつぶやいた。この規模の警備体制はさすがに大仰だといわざるを得ない。
「クス‥‥当然よ。だって龍が関わっているんだもの‥‥」
背後からの声に振り返る。
真っ赤な着物をまとった幼子。
13才から14才といったところだろうか。蟲惑的な微笑は、見た目からは想像もつかない色香すら感じさせる。
時間が凍って止まりそうな程の感覚。
――――少女の名前は、咎狩 殺(とがり・あや)といった。
「クス‥‥龍なんてもう何百年見てないかしら? また随分と面白いものがでてきたことね‥‥」
その腕に抱きしめられた骸骨を模(かたど)った人形――蝕を愛しそうに撫でながら、上目遣いで視線を上げる。
八雲は、殺の視線に応えた。
「あなたも、龍のほうに興味があるようね」
「まぁ‥‥龍よりも、攫われた方に私は興味があるけど。いいわ、面白そうだし」
「面白そうって‥‥そんな理由で仕事を決めているの」
クスクスと声を立てて殺は笑った。
「ええ、それ以外に何があるかしら」
可憐だが、どこか壊れた笑顔。
不機嫌そうに壁にもたれかかり、八雲は少女から視線をそらす。
「‥‥興味か‥‥姉は、私なんかと違って、聞き分けがよかったから」
返答というよりも、つぶやきに近い言葉。
だが、殺は決して見逃さなかった――八雲の一瞬見せた表情の奥に潜む翳りを。
「教えてほしいものね。攫われし龍使いの女、天羽和泉(あもう・いずみ)について‥‥やっぱり、天羽の一族だから攫われたのかしら?」
時雨は八雲の瞳に宿ったかすかな動揺に気がついた。
そう、いくら気丈に見えても、八雲は謎の敵に自分の身内である姉をさらわれ、さらに今や自身も狙われての身の上である。不安でないわけがない。
「‥‥‥‥一応、ボクも調べた、よ? ‥‥天羽家に、ついて」
天羽家は、神代から続く古き呪術師の家系。
代々高名な呪術師を何人も輩出している名門であり、秘蔵の家伝として龍使役の呪法を受け継いでいるといわれているため、天羽家といえば龍使いとしてこの業界では知られていた。
ただ、龍使いの法についての詳細を知るものは少ない。
秘伝というものは本来秘匿性が強いものだが、天羽家の呪術は強固に呪術知識に関する守りが堅いことでも有名だった。
特に龍使いの法に関する知識は、門外不出とまでされていて、そのために今回の龍使いの家に生まれた天羽和泉が使役対象である龍自身にさらわれたということは様々な憶測を呼び、色々な意味でも注目を集めることになった。今回の誘拐事件においても、天羽家の龍の存在にまつわる秘密が関係しているのではないかとのもっぱらの噂になっている。
つまり、今回の警護は天羽八雲の警備であると同時に、龍使いの法に関する情報収集活動としての一面も存在している――それが今の天羽八雲を取り巻く現状なのだ。
「そういえば、八雲さんのお姉さんをさらったのは白銀の龍だそうですが」
「龍? はっ、龍だって!?」
息を吐き出すように八雲は笑い飛ばした。怒りすら含んでいるような嘲りの笑い声だ。
「‥‥‥‥‥目撃者は‥‥そう、言ってる」
「冗談。あんなもの、私たち天羽の一族は龍だなんて認めていないわ。形だけ模して本質を知らない、恥知らずなまがい物よ。吐き気すらするわ」
「――龍の本質?」
「天羽家がこの世界の全ての龍を統べているなんていうわけじゃないけれど――でも、あのまがい物の龍は、明らかに《私たちの一族の龍》を意識しているもの。天羽に対して挑戦しているのは一目瞭然よ」
吐き出すようにそこまで言って、八雲ははっと我に返った。
「当り散らしてごめんなさい‥‥さって! もうすぐステージが始まるから気を取り直さないと。あなたたちも、仕事の合間でいいから、少しでも楽しんでいって」
●白銀の龍、舞う
野外会場のボルテージは最高潮に盛り上がっていた。
「うわあっ! 私こういうのは慣れないんですが、ライブってこんなに熱狂的なものなんですかっ!?」
空気を震わせるような大音響の歌と演奏に轟雷のようなファンの歓声で、理沙は会話もままならない。
ステージもクライマックスに差しかかろうとしている。事前に聞いているプログラム構成によると、次の曲あたりで会場に仕掛けられた花火が一斉に打ち上げられ、光の洪水がステージに溢れるような大掛かりな演出が待っているはずだ。
突然、警護についた能力者専用回線に連絡が入った。
『敵襲確認! 各自戦闘に備えてください!』
「‥‥‥‥来る、か」
ローブをまとった黒衣の魔術師たちがあちこちに出没し、能力者たちが各持ち場で対応に回った。彼らをステージに近づけさせてはいけない。
だが、ステージを守るように固まった能力者たちを無数の砲撃が撃ち込まれた。爆炎の向こう側から現れたのは――
緑に彩られた機械の巨人。
「邪魔だロボ!! この俺が相手だロボ!!」
グリーンのメタリックアーマーに身を包んだロボットが魔術師たちと共に行動している。異世界からやってきた機械生命体――戦士 オットー・ストーム(おっとー・すとーむ)だ。
「‥‥‥この、ロボットも‥‥敵?」
敵魔術師たちの援軍ともいうべき機械の巨人の接近を察知して、時雨が進路に立ちはだかった。会場に近づけるわけにはいかない。
「ガンガンいくロボよ〜〜!! 怒涛のような嵐の攻撃を受けるがいいロボ〜〜!!」
オットーは、両手のダブルマシンガンと両肩に備え付けられたストームキャノンを撃って撃って撃ちまくり、花火にまぎれて、一帯に火炎が広がり爆音が轟き渡る。
殺は、襲撃の混乱を愉しむように熱狂する会場から少しだけ離れた場所に立つ。
「クス‥‥どうやら当たりのようね」
目の前には数人の魔術師に守られるように、優雅な女魔術師が静かに佇んでいる。彼女がこの襲撃の指揮をとっている存在だろう。
「貴様、何も――!?」
襲い掛かった魔術師は一瞬にして動きが止まってしまった。彼の周りだけ時間から切り取られたように停止して、完全に固まっていた。
流し見るような妖艶な瞳を向けながら、殺は中指を静かに舐める。
「クスクス、あさましい姿ね‥‥もっと私に見せて頂戴」
殺を警戒するように取り囲み、魔術師たちは今度は一斉に襲い掛かった。だが、どこからか現れたのか幾人もの人影が魔術師たちを食い止め殺を守る。いや――それは人間大の人形、マネキンたちだ。凶悪なほどに凶暴。
魔術師たちも一筋縄ではいかない。機械的な装置で応戦し、ある者は魔術文字を刻んだ機械の盾で攻撃を防ぎ、またある者はレーザー光で空中に描いた魔術陣から業火を発する。
「機械仕掛けの魔術‥‥そう、面白いわ‥‥クスクス‥‥」
行きなさい、蝕。
殺の抱いた人形が手を離れて巨大な力が降臨する。
「こ、高エネルギー反応が‥‥こ、これは神クラス!? お下がりください霊樹様!」
そう。神が人形に憑依したのだ。
しかし、指揮をとる女魔術師はおびえる気配どころか、恍惚としていた。
「うふふ、いい機会ね。ではこちらも『あれ』を試しましょう」
神には神を‥‥。
殺は気配を感じて天空を見上げると、満面の笑みを浮かべた。
強大な荒ぶる力が空高くより舞い降りようとしているのを全身で感じ取っていた。会場中の能力者たちがその存在を感知した。
「きたロボ! ついにあれが来たロボ!!」
白銀の巨大な龍――いや、機械仕掛けの天を舞う巨龍――。
ライブ会場の上空に現れた龍を会場中の誰もが見上げた。
見上げた八雲も一瞬だけ歌が止まった。龍の頭を瞳が捉える。そこに一人の少女が立っている。長い黒髪を腰の辺りでまとめている清楚な雰囲気の少女。その手首と足首は、黒い鎖で龍とつながれていた。
――あれは、姉さん――。
降下する龍から黒い鎖が伸ばされ、八雲にまきつかせて空中へと連れ去ろうとする。殺が向かわせた蝕が危うく間に合って、鎖の魔手から八雲を守った。
「まさか顔見せでこちらの切り札まで出せるだなんて思わなかったから。楽しかったわ。またお会いしましょう?」
女魔術師は、全員へと撤退の指示を出した。
龍に気を取られたオットーへ、時雨の剣撃がほとばしる。
慌てて弾幕を張るも時雨の神速を捉え切ることはできず、剣の間合いに侵入を許してしまった。回避を得意とはしていないオットーは見事直撃を受けた。火花を散らして、数秒後、派手な爆発と共に機械の体が飛散した。
グリーンカラーのアーマーが無残にも破壊され、バラバラになって砕け散る。安っぽい部品がパラパラと振ってくる。
「や、やられたロボ〜〜‥‥」
「うわわっ、まだしゃべってる、生きるなんてっ!?」
驚く理沙へ、満足そうに(壊れているが)胸をはるオットー。
「どうだロボ!! この体は壊れたスノーモービルで出来ているロボ!」
そう。
幾たびの戦いを経て未勝利。
ポンコツロボは独り、ガラクタの山で敗北に酔う。
しぃ〜〜ん。数十秒の重い沈黙。
「‥‥‥‥‥‥かっこ悪いロボォ‥‥‥‥(シクシク)」
慰めの言葉もない。
地面に突っ伏していたオットーだが、しかし勢いよく立ち上がった。
「み、見ていろロボ〜〜!! 今度会ったらやっつけてやるからなロボ〜〜!!」
安っぽい捨て台詞を吐きながら自分の壊れたパーツを抱えて、オットーは逃げていった。
造りも安っぽいメカであるオットーの体は、どんなに破壊されようと、佐藤電気で一日で直ってしまうという便利な構造になっているのだ。
騒ぐだけ騒いで泣きながら逃げ出した異世界戦士の背中を、理沙はしみじみと見送った。
「三流の悪役っぽい捨て台詞でしたねー。これも記事にする?」
「ボクの、活躍も‥‥‥しっかりと‥‥記事にして、ほしいな‥‥‥」
活躍が取り上げられると今後の活動においてもギャラがアップするかもしれない。この貧乏生活から脱出できるかもしれないので彼なりに必死ではあるが、まじめモードが長続きしない時雨なのだ。
「‥‥わかりましたから、今は戦いに集中してくださいね」
魔術師たちが撤退を始めている。会場を彩る花火も小さくなり始め、八雲の最後の曲が歌い終えられようとしていた。
○
一方、その頃。
「ここが、龍の夢‥‥」
上下左右澄み渡るような青一色の静謐な空間。
永遠に続くような静けさの中に羽見 望(はねみ・のぞみ)は身を横たえた。
停滞しているような、流れているような、とめどもない浮遊感に身を任せながら。
望は、瀬名 雫(せな・しずく)によって電脳空間へのサイコ・ダイブに成功してこの「龍の夢」と呼ばれている青い空間を漂っている能力者の一人。
正確にいえば能力者ではなく、最近発生が目覚しいとされる『天使の瞳』の持ち主なのだが――。
「珍しい体験でしょうけれど、気分や体調悪くなったりしていない?」
今回の探索に同行している夢渡りの一族の姫、夢琴香奈天(ゆめごと・かなで)が望に訊ねるが、大丈夫であることを示すように首を小さく振ってみせる。
「呼吸をしながら泳いでいるような不思議な気分ね‥‥だけれど、体に負担があるわけではなさそう。それに、私ばかり心配されるわけにもいかないし」
「そう? でもここは未知の世界だから、くれぐれも無理は禁物よ」
その時、空間に揺らぎが走った。
バシュッと燃え盛る炎に水をかけたような音と共に、赤い機械の体をした「モノ」が空間内で構成されていく。
巨大ロボット――ハンス・ザッパー(はんす・ざっぱー)の姿が出現する。
電脳世界からのハッキングに成功して見事雫たちとは別ルートからの侵入を果たしたのだ。
「ハッキングなんて楽勝だロボ。ここが龍の夢の中ロボか?」
異世界からやってきた機械生命体にして、異世界の戦士である彼の目的は、この龍の空間に眠るらしいと噂される財宝の山を簒奪すること。
「悪らしく先制攻撃だロボ! 今日も元気に世界征服だロボ〜〜!!」
ハンスは能力者たちにむけて無数のロケット弾を発射する。
青い空間が紅蓮の炎の赤で染め上げられ、衝撃波の津波がほとばしる。
「あら。なにこのロボット? 急に大きくなって――」
「うわっ、電脳空間の性質を利用して自分のからだを大きくしてるんだよっ!」
ハンスの体は攻撃しながら巨大化を始めていた。
全長100メートルを超える巨大さにまで成長をさせて攻撃を続けるハンスだが、そんな機械生命体を見上げて、望は小さく首を傾げた。
「それにしても不思議だわ。どうしてわざわざ体を大きくなさっているの?」
「簡単な質問ね。器量の小さい人ほど自分を大きく見せたがる心理があるからよ」
夢診断士や精神療法士などあやしげな肩書きを山のように持つ香奈天の哀れむような視線に、ハンスは小物らしく怒り心頭だ。
「許さないんだロボ!! この調子で能力者も全部やっつけて、お宝をがっぽりとゲットだロボ!! 世界征服の日も近いんだロボ!」
「‥‥あたらないね」
「当たらないわね」
見かけこそ派手だが、名人芸かと思えるほどにハンスの攻撃は当たらない。ある意味すごい。
「この攻撃を回避するとは、てめぇらやるなロボ!」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「やっちゃっていい?」
「いいわよ」
香奈天の了承に雫がにんまりと笑った。手元の小型モバイルパソコンを操作する。
「くらっちゃえ! 攻撃用プログラム『デジタル・キューティーキッス・ボム』!!」
雫がエンターキーを押すと同時に、巨大なザッパーを取り囲むように上下左右球状の包囲網のように何百何千という数のミサイルが出現して、いっせいに点火してザッパーめがけて発射された。
次元振動を引き起こすような連鎖爆発。その中心にいるのはかの異世界戦士だ。いくつもの巨大な火球がハンスを包み込んでいく。
空間の振動がやむのに数十秒を必要とした。
「ふぅ〜、やっとやんだかな? じゃ、先にいこ」
「ねえ。今度から妙なプログラムを使うときは、もうちょっと味方に被害の出ないものにしたら」
爆発の衝撃で姿が見当たらない人もいるのだが、あははと笑ってごまかす雫。
「き、きっと大丈夫だよ♪」
こうして彼女たちは青い空間を先へと進んでいった。
認識機能を回復させたザッパーは周囲を見渡した。
ここはまだ青い空間の中だが、雫たちの姿はもうない。
しかし、ザッパーはそばに浮いている一人の少女を見つけた。確か雫たちと行動を共にしていた――。
「ここはどこ‥‥みんなは‥‥?」
望はあたりを見回した。彼女も爆発の衝撃で飛ばされてしまったようだ。
「てめぇはさっきの能力者の一人かロボ!」
「あ、さっきのロボットさんね」
しかし、ありありと向けられる彼女のいぶかしげな視線が気になる。
「でも、どうして首だけでいるの?」
「首だけロボ!?」
そう。通常の大きさに戻ったザッパーは、五体をバラバラにされてしまっていたようだ。よく見ると自分の胴や腕がそこらに浮いている。
「ええと――お体、大丈夫ですか? 壊れていらっしゃるようだけれど」
「ふっふっふ‥‥平気だロボ! この単純な体は安っぽいが、だからこそ佐藤電気店などでもどこでも簡単に直してもらえるロボ!」
「あの‥‥佐藤電気店、ですか」
あ。龍の夢に佐藤電気店なんてない。
「ガァーーーーン!!!! し、しまったロボォ〜〜!!」
ザッパーは首だけであたふたと慌てふためいていると、くすくす笑い声がする。
「わ、笑うなロボ!」
「‥‥どなたに言っていらっしゃるの?」
きょとんと見つめ返す望。笑い声は彼女ではない。
しかし、少女の声はまだ聴こえている。
「ねえ。ひょっとして、私のことを探しているの?」
龍の空間にたたずむ少女。
清楚な雰囲気をまとい、長い黒髪を腰のあたりでまとめている。
「て、てめえぇは何者だロボ!?」
「わたし? 人の夢に勝手に入ってきて何をいっているの?」
ザッパーを無視して、少女は空間をふわりと浮いて望に接近した。
「あなたも。私と同じ瞳を持っているのね」
少女がむけた瞳の色が、鮮やかに輝く黄金色へと変貌する。
「貴女も、天使の瞳を――」
天使の瞳。
その瞳に覚醒した人物は、瞳の持つ特別な力を得る。
同時に、超常能力者と敵対する特別な存在に生まれ変わるという。
「貴女は、誰‥‥」
望のつぶやきを無視して、少女は先に進む。
「こっちよ。こっちに龍の中心があるの」
●そして、青き大空のステージへ
天空に登って、白銀の龍は見えなくなる。龍については舞台演出の一つだろうと観客には納得された。
瞬間、戦闘の終わった会場で、龍の消えた後の空が突然に震えた。
揺らめく大気に大写しにされた人影――魔術師の女性が映し出された。
一般人は誰一人として気づいていない。それは、何らかの力を有するもの――能力者たちにだけ見える映像だ。
『私の龍はいかがでした?』
『今日の余興はほんの挨拶代わり。次は容赦をしませんから』
空に映し出された余裕ある女の映像をキッと八雲は鋭く睨みつけた。女魔術師と八雲の視線がぶつかる。
『八雲さん、次のステージは飛空船を借り切っての空中ライブだそうね‥‥私たちもお邪魔させていただこうかしら。うふふ‥‥』
――――今度のあなたのステージで、この私の龍がお相手してあげましょう。
襲撃予告を残して、空中に映し出された女魔導士の姿はゆっくりと消えていった。
「‥‥‥余裕、か? それとも‥‥‥遊んで、いる?」
時雨のつぶやきを聞きながら、理沙ははっと我に返って辺りを見回した。
「あ? え? その、空中ライブってなんですか!?」
それは巨大な飛空船で吊るして設置した空中ステージからのライブ中継という、巨費を投じたキャンペーン・イベント。
八雲の行っているコンサートツアーのメインイベントでもある。
殺は愉悦を感じていた。
「予告誘拐なんて、戯れが好きなようね」
――――それとも、本命は他にあるのかしら?
‥‥クスクス‥‥。
「ねえ、ついでだから手伝ってくれない?」
青が永遠に続く空間の中で。
龍の夢の少女はくるりと振り返った。
「手伝うって、何を?」
尋ね返した望と首だけになったザッパーへと、さも当然そうに少女は答える。
「私の、やりたいことのお手伝い」
「あんまりいいことじゃなさそうロボ。悪いことはいけないロボ」
「私は悪いことをするつもりはないわ」
貼り付けたような微笑を変えずに、少女は答える。
そのまま望に視線を向ける。
「あなたこそ不思議ね。その瞳を持っていて、能力者たちと一緒にいられるなんて」
「貴女は、何をやりたいの?」
あえてもう一度同じ質問をぶつける望に、彼女は嬉しそうに黄金色の瞳を細めた。
「この青一色の世界を壊すこと」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1564/五降臨 時雨(ごこうりん・しぐれ)/男性/25歳/殺し屋(?)】
【3275/オットー・ストーム (おっとー・すとーむ)/男性/5歳/異世界の戦士】
【3278/咎狩 殺(とがり・あや)/女性/752歳/人形繰り】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、雛川 遊です。
シナリオにご参加いただきありがとうございました。
このたびは個人的なトラブルによる遅延を重ねてしまい、大変申し訳ありませんでした。現在、環境の復旧作業を行っております。
【龍の縛鎖】第2回の募集は、7月20日を予定しています。
今回は前哨戦という感じの内容でしたが、次回は空中大決戦! バトル全開ごーごーです!
湿度が高くてむしむしと暑い日が続きますが、夏本番の到来が怖い今日この頃。あっちい地球をさますのだ!といってたモー娘。は正しかったんだなあ、と感慨深く思っております。(ファンというわけではありませんが――あのタイトルは印象深かったぁ――)
それでは、あなたに剣と翼の龍の導きがあらんことを祈りつつ。
>殺さん
初めまして。ノベルの作成が遅れてしまって申し訳ありません(汗)
シリアスな部分は殺さんにがんばっていただきました。人形使いと龍使いであることの違いやなんやと、気になる場面が膨らんでしまいますね。というか、雛川が勝手に膨らんでいただけという噂も。がーん。
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