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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


足音

オープニング

 手頃な値段の中古住宅。
 そこに一家が移り住んだのはほんの2ヶ月前だと言う。

「凄く、賑やかなんです。……こう、足音とか、人の話し声とか」
 興信所を訪ねて来たのは、40代後半の女。
 出された麦茶を飲み干してから、少し恥ずかしそうに言った。
「こんな事、信じて頂けないかも知れませんが、絶対、あの家には何かがいるんです」
「何か、と言いますと?」
 訪ねる草間に、女は僅かに声を落として答える。
「ほら、幽霊とか、そう言うものが。自縛霊って言うんでしょうか?」
「…………」
 答えずに、草間は話しを促す。

 引越を終えて、漸く家に慣れた頃、家族は異変に気付いた。
 昼でも夜でも、何だか妙に、家の中が騒がしい。
 仕事に学校にと出払って、女1人――母親である――の筈なのに、どこからか足音が聞こえる。
 両隣の家とは互いの庭が間にあるので、まさか響いてくるとは思えない。
 他にも、テレビも付けていないのに、どこからかボソボソと話し声。
 最初に気配に気付いたのが何時だったかハッキリとは思い出せないが、自分達一家4人の他に、誰かが住んでいるかのような雰囲気。
 階段を昇る時、風呂に入る時、玄関を出る時、他にもあらゆる生活の上で、隣や背後に誰かがいるような気がしてならない。
 始めは、気のせいかと思っていた、と女は言う。引越の疲れが出たのだと。
 ところが、奇妙さを感じているのは女だけではなく、家族――夫と子供2人――もそうだった。

「シックハウス、と言うんでしたっけね?塗装とか、壁紙の糊なんかで、そんな気がする事があるって聞いたんですよ。一応、改装工事をして貰った業者に尋ねてみたんですが、そう言うのは厳しい対策を取っているそうで、考え難いと言われました。こちらに来れば、原因が何か調べて頂けて、除霊なんかもして頂けると噂に聞いたものですから……」
 誰だ、そんな噂をながした奴は……。
 と思いながらも草間、ついつい営業スマイルを浮かべてしまう。
 実は、興信所のエアコンが壊れている。この依頼の収入で修理出来れば……と思って頭の中では誰に仕事を押しつけようかと考え中。
「うちはこう言う依頼がメインですからね。安心してください、良い人材を見繕って派遣しましょう」
 溜息を付きつつ連絡先を残し、奇妙な家へ帰って行く依頼人を、草間は笑顔で見送った。


 梅雨と言うのにこれでもかと晴れた日。
 興信所に6人の男女が集まっていた。
「メインだなんて言って、余計噂広がっても知らないから、武彦さん……」
 依頼の話しを聞いて、シュライン・エマが苦笑する。
 心霊探偵だの何だのと言われるのを嫌がるクセに、客の前となると何とでも言うのだから。
「それにしても、足音ねぇ。何処を何で歩いてるような音なのかしら?屋根裏等に鳥だとかが巣を作ってるとかだと聞える場所は決まっちゃうような気もするし。配管の配置等から音が響いてって事はないかしら……」
「一人暮らしだから……こういうお話は少し怖いわ……」
 冷えた麦茶を飲みながら、帰宅した後1人で過ごす時間を考えて小さく溜息をつく観巫和あげは。
 これまで関わって来た依頼で、随分慣れたとは言え、やはり怖いものは怖い。
「一口に足音と言っても、家鳴りや地盤の関係から霊障の類まで様々だ。だが何れにせよこのままでは正体が何であれ家人が体調を崩すのは時間の問題か……」
 言って、真名神慶悟は暑苦し気に団扇で仰ぐ。
 晴れているとは言え、梅雨独特の湿気で暑くてたまらない。
「それが本当に霊の仕業とするならば、その住宅の前の住人に関係している可能性は高いだろうな」
 室内で最も風が通る涼しい場所に腰を下ろして、ケーナズ・ルクセンブルク。今日は来るや否や、先日関わったある依頼で草間にホモの振りをさせたことをシュラインに謝っている。
「草間君、エアコンが直ると良いな」
 涼しい場所と言っても暑いことに変わりはない。しみじみと言って麦茶に手を伸ばす。
 もしこのままエアコンが直らなければ、ここに出入りするのは秋頃まで控えようかなどと思いつつ。
 その隣で、麦茶には目を呉れずひたすら広げられたお菓子を食べる少年が1人。名を鈴森鎮と言う。
 小学校4年生程度の可愛らしい姿だが、実は御年497歳の鎌鼬だ。
「子供が思春期の女の子なら、引っ越しの環境の変化でストレスがたまってのポルターガイスト現象てのもあるかも知れない」
 言って、鎮は草間を見る。
 依頼人から家族構成くらいは聞いているだろうと思ったからだ。
「ん?ああ、えぇと……」
 草間は手元のメモを捲って言った。
 一家の大黒柱は47歳、田中一也。自宅から1時間の生命保険会社に勤務。その妻である依頼人・加世子は45歳、専業主婦。子供は大学生(20歳)の息子・一樹と高校生(16歳)の娘・香澄。
「思春期真っ盛りのお嬢さんですね」
 おっとりとした声で言うのは、お土産に鰹のたたきを持ってきた海原みその。
 何故か今日は黒のランニングにだぼのズボン。手ぬぐいにつるはしという、労務者風の衣装なのだが、それが妙に似合っているから面白い。
 時折、手ぬぐいで汗を拭う姿は何だか板に付いている。
「わたくしは、霊道の一種かと思います。御方より寝物語で聞きましたが、生きていた幽霊や魂の通り道があるそうですね。そういったものではないかと。実害がないのでしたら、そのまま放って置いて、共存していかれる方が良いかと思いますが……」
「まずは原因を調べるのが先だな。霊道で害のないものならば良いが、陰の気のものなら困る。霊障でないのならば、その原因も調べなければならないだろうしな」
 言って、慶悟は家の構造と家相を調べさせる為に式神を放つ。
「私は除霊能力などないから前の住人について調べてみよう。どんな家族が住んでいたのか、近所の評判はどうだったのか、今はどうしているのか。また、不動産屋が何かを隠している可能性はある。その辺も当たってみよう」
 しかし、とケーナズは首を傾げる。
「面白い霊だな。話を聞く限りあまり悪意は感じないのだ。この家が「好き」だからだろうか。とはいえ、所有権は依頼人家族にあるわけだし、穏便にお引き取り願うしかないわけだが……」
 話し声がする、と言う事は、複数の霊がいると言う事なのだろうかと言うと、シュラインが同意の声を上げた。
「そう。騒がしいではなく賑やかって表現してたのが気になるのよね……。『うるさい』とか『騒々しい、騒がしい』だと、何だかイヤな感じがするけど、『賑やか』と言うのはねぇ……」
 単なる言葉のあやなのだろうか……。
「聞こえるのは足音や話し声……直接姿を見た方はいらっしゃるんでしょうか……。家の人に対して恨みや深い悪意があるなら直接出てきて驚かせるような気がしますし……。物音の主さんが家の人を意識していないのか、霊感がなくて見えないだけなのかもしれませんが……。それとも座敷童子?御家族が越してくる前に既に幽霊さんが先に住まわれていたとか……」
 昔見た映画に、そんな内容のものがあったような気がする。あの映画の原因や結末はどんなものだっだろう。考えかけて、あげはは慌てて頭を振る。下手に思い出すと、今夜が怖い。
「兎に角、もっと色々と依頼人や御家族の方にお話を伺わなければいけないと思いますが、私はその前に家の写真を撮ってみたいと思います。何か映るかもしれませんし」
 そう言うあげはに頷いて、鎮は突然鼬の姿に変わった。
「そんじゃ俺、子供の方行ってみる。フェレットの振りしてガードしながら調査してたら、ヘンなのが近づいてきた時わかりやすいし。子供は結構動物に話しかけることがあるから、もしかしたら子供から色々と聞き出せるかも知れないしさ」
 ソファにちょこんと座る鼬の全長20センチ程度。小さいが毛並みは良く、撫でるととても気持ちよさそうだ。
 その誘惑に抗えなかったのか、みそのが手を伸ばして背を撫でる。
「あら、思っていたよりも柔らかい毛並み……」
「しかし、どうやって家の中に入るんだ?突然住み着くワケにもいかんだろう」
「わたくしに良い考えがあります」
 首を傾げる草間に、みそのはにっこりと笑って見せた。


「写真の方はどうだ?」
 庭に入って来た慶悟の姿に顔を上げて、あげはは笑みを浮かべる。
「はい、大体撮れました。そちらはどうです?」
「式神達に見て回らせたが、方角や家相に問題はないな。シュライン姐がまだ中で水道管の音を聞いているようだがそろそろ終わるだろう」
 依頼人の許可を得て、家を尋ね来た今日、あげはは外から家の写真を撮り、シュラインは室内で水回りの音の可能性を考えて調査中。慶悟とみそのは家の周囲と近所を歩いて霊障の出そうな曰く付きの物や霊道がないかを調べ終えている。
「鎮さんとケーナズさんは?」
「もうそろろろ良いんじゃないのか」
 時計を見て答える慶悟の横にやって来たみそのが頷く。
「鈴森様の方も、準備は出来ているようですよ」
「それじゃ、そろそろこっちは帰るとするか」
 言ったところで、シュラインが家から出て来た。
「ご苦労様。取り敢えず一旦帰りましょうか。ここの事は偽フェレット君に任せて」
 置き薬の営業マンと偽って近所から情報収集しているケーナズも多分調査を終えている頃だろう。
 互いの結果報告は興信所に戻ってからにしようと言うシュラインについて、慶悟とあげは、みそのは庭を出る。
 偽フェレットこと鎮はと言うと、現在、ここから徒歩数分の処にある広場の箱の中に隠れている。
「4時か……。依頼人の長女が帰るのは?」
「今日は部活も何もないからもうそろそろだって奥さんが言ってたわ。上手く行くと良いけど……」
 みそのの良い考えとは、長女の通学路の途中に捨てフェレットを置く事だった。
 『うちでは飼えなくなりました。心優しい方、どうか拾ってください。大人しく、よく懐きます。名前は鎮です』と書いた手紙と共に、箱に入った鎮を長女の目のつきそうな場所に置く。
 長女が動物好きな性格なら、多分拾ってくれるのではないかと言う計画。
「直接依頼人に説明して飼って貰えば良いんじゃないのか?」
 尋ねる慶悟に、みそのはゆっくりと首を振った。
「変に身構えられても困りますし、自然な雰囲気の方が、家にいる足音の主さんも警戒しないと思います」
 鎮が家にいる間だけ足音の主達が姿を潜めてしまっても困る。
「ナルホドね。フェレット君には精々頑張って住み着いて貰いましょ」
 シュラインが言って、外から依頼人の家を見上げた。
 外見は何の変哲もない、普通の住宅だ。
 庭の手入れも行き届いて、明るい雰囲気がある。
 誰も内部に奇妙な気配がするなどと、想像しないだろう。


 翌日、慶悟・あげは・ケーナズ・シュライン・鎮・みそのの6人は再び興信所に集まっていた。
 肝心の所長は何処かへ出掛けて不在だ。
「それで、一晩あの家で過ごしてみてどうだった?」
 お茶とお菓子を出しつつ、シュラインが尋ねた。
 昨日無事、捨てフェレットとして拾われて依頼人の田中家の家族として迎えられた鎮は、家人の留守の間にこっそり家を抜け出して来ている。
「確かに、依頼の通り他の気配がするんだ。精神的な事じゃないなぁ。それにしてもあの一家、ここに依頼に来る割に足音とか話し声に怯えた感じがないのが不思議だな。気にはしてるみたいなんだけど、それを怖がってないって言うか……。まさか、慣れたのかな?」
 鎮が言うには、昨夜一晩同じ部屋で過ごした長女の香澄は勿論、夫婦も息子の一樹も、気配は気になりつつも、それよりもこの家に住んでいる事が嬉しいと言った印象が強いのだそうだ。
 中古とは言え、狭いマンションから脱した夢の一戸建て。足音や気配さえなければ何の問題もないマイホーム。
「いや、慣れではないな。昨日あの家を見て俺も思ったんだが……」
 妙に穏やかな家だと思った。と、慶悟は言った。
 依頼の内容からもっと不穏な空気の漂う住宅かと思っていたのだが、不穏な空気どころか方角も家相も百点満点、何故他の物が住み着けるのかと思うほど、綺麗な家。
「ええ。わたくしも思いました。霊道の類もありませんし、異世界に繋がる門があるわけでもありません。不思議に穏やかで……、昨日あげは様が仰ったように、座敷童子でもいるような感じを受けました」
 決して、悪いものではないとみそのは言う。
「そうねぇ……、水道の配管の問題かと思ったんだけど、そうでもないみたいだし。屋根裏に鼠でも住んでいるのかと思って一応見てみたけれどそんな気配もないし……。私、中に入ったでしょう?一通り家の中を案内して貰ったのよ。その間に、確かに何かいるような気配は私も感じたの。昨日は私と依頼人しか家の中にいなかった筈なのに、他の生活音が聞こえる気がしたわね。でもそれが、不思議と怖いと感じないのよ」
 コーヒーを一口飲んで、シュラインは首を傾げる。
 廊下を歩く足音。台所の物音。話し声。それらは決して、シュラインと依頼人が発したものではない。あの家に住み着いた他の何かが生じさせている音に間違いない。それなのに、まるで家族の誰かがそこにいるような錯覚を感じる。
 あげはやみそのの言う通り、座敷童子や家を守る存在なのだろうか。
「中古住宅と言う事は、当然前に他の住人がいたと言うことですよね?その時に何かあったのでしょうか……、」
 決して家人には言えないことだが、やはり中古住宅に起こる霊障と言うと悪い想像をしてしまう。
「以前に住んでいたのは、4人家族だそうですよ」
 あげはの言葉に、ケーナズが答える。
「丁度、今の一家と同じ家族構成でね。手放すきっかけは、ご主人の死だそうです」
 置き薬の営業と偽って、噂好きな主婦の中に入って情報収集に徹したケーナズは、のんびりとした口調で話す。
 死と言っても殺人事件等が原因ではない。交通事故だ。仕事帰り、脇見運転の車に撥ねられ、帰らぬ人となった。
 家はまだ購入したばかりで多額のローンが残っていた。残された家族は家を売り払い、妻の故郷へと移り住んだ。
 とても仲の良い一家だったと近所の婦人達は口々に言った。あんな不幸さえなければ、ずっとあの家で、幸せな生活が送れたのに、と。
「あ、それで……」
 呟いて、あげははバッグから数枚の写真を取り出す。昨日取った写真をプリントアウトしたものだ。
「私ったら、悪い方向にばかり考えてしまって……、この写真が何だか怖かったんですが、お話を聞いて納得出来ました」
 カップや皿を脇へ退けて、あげははテーブルに写真を並べる。
 依頼人の家を四方から撮影したものだが、勿論、普通に撮った訳ではなく、念写だ。家の外観だけではなく、他の物が映り込んでいる。
「トレンチコート……、殿方ですね。一家のご主人でしょうか?」
 1枚目には、門を潜ろうとする1人の男が写っている。
「これは?依頼人じゃないのか?」
 2枚目の写真をシュラインに渡す慶悟。そこに写っているのはエプロンを掛けた明るそうな中年の女。
「違うわね。多分こっちも、田中家の旦那さんじゃないと思うわ。どう?」
 言って、シュラインは写真を鎮に見せる。
「違うなぁ。全然違う。今の旦那ってもっと太ってるよ」
「と言う事は、前の御家族ですよね?こっちの写真には、お子さんが写っているんですが……これも、今の御家族とは違いますか?」
 違う、と鎮は首を振った。
「前の御家族が写っているのですね……、では、足音や気配も前の御家族が原因でしょうか?」
 言いながらみそのは最後の写真を手に取った。
「まぁ、これは……」
「どうしました?」
 横から覗き込むケーナズ。
 そこに写っているのは、家全体を包み込むように広げられた大きな手だった。


 夕方近くになって、5人は田中家に向かった。
 鎮は一足先に田中家に戻って、フェレットの振りを続ける。
 昨日は家の中に入らなかった3人も、今日は中に入ってみるつもりでいる。
「どうもお手数を掛けます」
 そう言って4人を迎え入れる加世子の肩には襟巻きのように収まった鎮の姿。
 どうしても確かめたい事があるのだと言って、4人は家の中を歩き回る許可を得た。
「廊下の突き当たりが台所、その隣が居間、トイレとお風呂があっちで……」
 昨日一通り家の中を見て回ったシュラインが加世子の代わりに3人を案内する。
 2階に上がると、少年に姿を戻した鎮もやって来て2人の子供の部屋を案内して回った。
 間取りも室内の装飾も家具も、ごく一般的な家庭だ。流石に6人もぞろぞろ歩いていると狭苦しいが。
「私にはよく分からないんですが、皆さんはどうですか?今、足音や人の気配を感じていますか?」
 長女・香澄の部屋を出た処であげはが尋ねる。
 5人は首を振った。
「奇妙な物音も特に聞こえませんが……、でも、昨夜鈴森様は気配を感じたと仰っていましたから、家人でなければ気付かないと言う事ではないのでしょうね。もしかすると、時間的なものかも知れません」
「時間的、と言うと?」
 みそのの言葉に首を傾げるケーナズ。
「そうね、夕方って多分、一番静かな時間なのかも知れないわね」
 その横で、シュラインが頷いた。
 朝から昼に掛けては、仕事や学校に向かう家人で家の中は賑やかになる。食事の準備や見送りでバタバタとした雰囲気がある。昼間は昼間で、主婦は掃除や洗濯、買い物と言った家事でせわしない。それが夕方と言うと、洗濯物も取り込んで終わり、夕食の支度もそこそこに整った時間だ。家人が帰るまでの間は、短くとも静かな時間が過ごせる。これが夜になると、食事に風呂にテレビに……と家人が動き出すのでまた賑やかになる。
「つまり、家人が静かな時間帯はここに住み着いてる者も静かにしていると言う訳か?」
 慶悟が言うと、違う、とシュラインは首を振った。
「この家の人達と同じ時間帯で動いてるってことね」
 その時、玄関の開く音がした。
 1階から「ただいま」と少女の声が聞こえる。それに応える「おかえり」の声。
 長女の香澄が帰宅したのかと思いつつも、6人は首を傾げた。
 鎮以外、香澄の声を知るものはいないが、母親である加世子の声はついさっき聞いたばかり。しかし、今「おかえり」と言ったのは何だか加世子の声ではないような気がする。
 トントントン、と軽やかに階段を昇る足音。
 廊下の片隅に立ったまま、6人は足音の主が姿を現すのを待った。
「…………」
 セーラー服の少女が、手に鞄を持って歩いてくる。
 何処にでもいるような、極普通の少女。しかしその容姿は鎮が知っている香澄のものとは違う。
 あげはの撮った写真に写っていた少女だ。
 少女の目に6人は映らないのだろうか、前を素通りして1つの扉の前に立つと、何喰わぬ顔でその部屋に入った。
 6人の目の前でパタンと閉まる扉。
 香澄の部屋だ。
 6人は顔を見合わせる。
 と、再び1階から音が聞こえた。
 玄関の開く音と、「ただいま」と言う少女の声、それに応える「おかえり」。
 今度は間違いなく、香澄と加世子の声だ。
 2階にお客様がいるからきちんと御挨拶をしないさいね、と言う加世子の声に返事を返しながら階段を昇ってくる足音。
 鎮は慌てて鼬の姿になってあげはの肩に乗った。
 お客様がまさか男女入り交じって6人もいるとは思わなかったらしい香澄は、廊下に立つ5人の姿に少々驚いたようだが、あげはの肩に鎮の姿を見つけて笑みを浮かべた。
 挨拶をしてから、あげはの肩の鎮を撫でる。
 一体何の客だろうかと訝しんではいるのだろうが、「ごゆっくり」と部屋に入って行く。
 ついさっき、別の少女が入って行った部屋だ。
 6人は顔を見合わせて思わず笑ってから階段を降りた。
 加世子と話をしようと、台所を覗く。
 と、そこには2人の女の姿があった。
 1人は、シンクで野菜を洗っている加世子。もう1人は、冷蔵庫に手を伸ばしている女。
 声を掛けると、加世子の方が振り返った。
 話しをしたいと言うと、すぐに行くので居間で待っていて欲しいと言う返事。
 5人と鎮は居間へ向かう。
 と、そこに再び足音が聞こえた。姿を現したのは、セーラー服の少女。
『お母さん、お腹空いちゃった。今夜のご飯、なに?』『あらあんた、まだ着替えてなかったの?制服がシワになっちゃうじゃないの』『大丈夫大丈夫。ねぇ、ゼリー買ってくれた?』
 少女の声に応えるのは、加世子ではない。もう1人の女……、セーラー服の少女の母親だろう。
「……ここに、住んでいるんですね。まだ……」
 居間のソファに腰掛けて、あげはがぽつりと呟く。
「ああ、だが悪いものではないな。生き霊と言うほどのものでもない……、言うならば、『想い』だな」
 慶悟は言った。
 こんなにもハッキリと、少女や女の姿を見て、声を聞いても全くイヤな感じがしない。ごく普通の家庭を見ているような気がする。
「想い、かぁ……。前の家族、本当に仲が良くてこの家が好きだったんだな」
 ソファの背もたれにちょこんと座って、鎮が溜息を付く。
「でも、どうしたら良いのよ?お祓いするって言っても、何だか可哀想な気がしちゃうわね」
 別段悪さをしている訳ではない。田中家の住人にとってはそれなりに気になることかも知れないが、こんなに温かい想いを強制的に祓ってしまうのは、少々躊躇いがある。
「この家は、前の御家族の想いで守られているのだと思います。座敷童子や福の神と似たような存在と言って過言ではありません。優しい想いに守られた家に住んでいれば、今の御家族も円満に生活出来ると思います」
 みそのが言うと、ケーナズも頷いた。
「その辺を説明して理解して貰うしかないでしょうね。今は原因が何か分からないから多少怖いと思っているのかも知れませんが、守られた家に住んでいると分かってイヤな気はしないでしょう」
 別に悪霊や妖怪の類が住み着いている訳ではないのだから。


 6時を過ぎて、5人は玄関を出た。
 加世子と、後になって帰宅した一也に挨拶をして門を出る。
 家に何が住み着いているのか、ハッキリとは言わなかったが、決して悪いものではないので心配はしないようにと説明をした。
 一応、魔よけの符を渡し玄関と勝手口に貼るようにと慶悟は言ったが、この家に於いては何の効力もない気休めだ。
「何かがいると思えば気になって来る、気にし始めると、少しの物音にも過敏になってしまうからな」
 振り返って、慶悟は家を見上げる。
「その内、自分達の生活に気を取られて足音や気配を気にする事はなくなるでしょう」
 同じ様に家を見上げたケーナズ。
 と、2階の窓が僅かに開いてそこから鎮が身を乗り出した。
「あら、あの子のことを忘れてたわ。どうするの、折角飼い始めたペットがいなくなったら、悲しむんじゃないかしら?」
 シュラインが言っている間に、鎮は窓から屋根に飛び移り、撥ねるように5人の足元までやって来た。
「窓、開けたままにして来たんだ。そうしたらさ、俺が逃げたと思って諦めるだろう?べたべた可愛がって貰ったけど、やっぱりフェレットの振りって疲れるんだ」
 言って、鎮は少年の姿に戻る。
 フェレットと鼬と、振る舞いがどう違うのか、5人には謎だ。
「あんなに広いお庭があるんですもの。その内、犬か何か飼うつもりでいらっしゃったのではないかしら」
 みそのが言うと、あげはが頷く。
「捨て犬や捨て猫がいたら、またあのお嬢さんが拾って帰るかも知れませんよね……、あら?」
 ふとあげはは前を見た。
 トレンチコート中年の男性が1人、家に向かってやって来る。
 男は6人に気付いて笑みを浮かべてみせた。
「こんばんは」
 まるで近所の住人にでも言うように、男は言う。
「今、お帰りですか?」
 ケーナズが声を掛けると、男は立ち止まって笑った。
「ええ、今日は息子の誕生日なので、急いで帰って来ましたよ。アルバイトが終わるのが7時過ぎだと言うので、これから家内と娘と一緒に、支度をするんです」
「まあ、おめでとうございます。お幾つに?」
 尋ねるシュラインに、男は嬉しそうに応えた。
「今年で20歳です。早いものですよ、ついこの間生まれたと思っていたのに……。それじゃ、失礼します」
 軽く頭を下げて、男は6人の前を通り過ぎて門を潜る。
 玄関を開けながら、「ただいま」と掛ける声。「おかえりなさい」と迎える声。玄関がパタンと閉まる音。廊下を歩く足音。家族の賑やかな話し声。
 こんな穏やかな家族に守られながら生活していると思えば、悪い気はしないだろう。
 

 
 
 
 
end
 




 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0389 / 真名神・慶悟       / 男 / 20 / 陰陽師
2129 / 観巫和・あげは      / 女 / 19 / 甘味処【和】の店主
1481 / ケーナズ・ルクセンブルク / 男 / 25 / 製薬会社研究員(諜報員)
0086 / シュライン・エマ     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2320 / 鈴森・鎮         / 男 / 497 / 鎌鼬参番手
1388 / 海原・みその       / 女 / 13 / 深淵の巫女

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■         ライター通信          ■
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晴れ渡った空の下からこんにちは、佳楽季生です。
この度はご利用有り難う御座いました。
ほんの少しでもお楽しみ頂けましたでしょうか……?
本日、台風6号は何処へやら、雨の予報は外れて夏日となっております。
近隣の某市では、今年も水不足が心配されているとか……。
あまりジメジメするのもイヤですが、梅雨らしく、適度に雨が降れば良いですね。
ではでは、また何時か何かでお目に掛かれたら幸いです。