コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


小悪魔の条件
●オープニング【0】
 神聖都学園高等部のとあるクラスに、彼女は居た。
 切れ長な目を持つ長い黒髪の彼女には、何かしら神秘的な雰囲気が漂っていた。
 それゆえ嫌われているという訳ではないが、とっつきにくいのか親しくしている者も特には居なかった。
 だがこの4月のこと、そんな彼女に彼氏が出来た。相手は同じクラスの男子である。
 彼氏の方は彼女よりもかなり背が低く、傍から見ている限りでは不釣り合いのように思えた。
 それでも現在まで、2人の交際は普通に続いているようだった。
「だけど少し気になることがあるんです」
 昼食中、彼女の話をしていた影沼ヒミコは、一緒にお弁当を食べていた原田文子に少し思わせぶりに言った。
「え、気になる……?」
「彼氏の方が、この半月で妙に痩せてきたんです。それに、彼氏の首筋に痣が何か見えたって言う人も居て。逆に彼女の方は、最近お肌の色艶がやけによくなっているらしくて。だから……」
 ヒミコは辺りの様子を窺うと、声をひそめて言った。
「……彼女が彼氏の精気を吸い取っているんじゃないか、なんて噂が」
 まあ、所詮は噂だ。たまたまそうなっているから、そんな話が出てくるのだろう。
 けれども……気になるのは何故だろう?

●問題なき生徒であること【1】
 さて、ヒミコと文子の間でそのような会話が交わされた翌日の放課後――神聖都学園高等部のコンピュータ準備室。
「白沢陽子に黒井純一……っと」
 パソコンのモニタに映し出された生徒のデータを見て、高等部の特別非常勤講師を務めている宮小路皇騎がぼそりとつぶやいた。
 今、皇騎が見ているのは件の2人のデータである。そこには住所や電話番号といった基本的な事柄はもちろん、家族構成や両親の職業なども記されていた。
 皇騎はまず、陽子のデータに目を通してみることにした。それによると両親は共働き、そして妹が1人居て、やはりここ神聖都学園の中等部に通っているとのことだった。
(このデータからは、特に怪しい所もありませんけどね)
 データには事細かに色々と記されているが、問題となるような事柄は記されていなかった。成績も悪くなく、いわゆる問題児ではないようだ。
「もっとも」
 皇騎はそうつぶやいて両手を頭の後ろで組み、椅子の背もたれに寄りかかった。
(怪しい所なんて、滅多に表に出ない物ですがね)
 このデータだけでは判断は下せない。やはり他方面からのアプローチも必要であろう、と皇騎は考えた。
「実際、やつれてましたしね……」
 天井を見つめながら、皇騎は準備室に来る前の出来事を思い出していた。
 ここに来る前、それとなく様子を窺おうと皇騎は2人のクラスの前を歩いてきた。残念ながら陽子の姿を見ることは出来なかったが、ちょうど純一が教室から出てきた所にはち合わせした。
 なるほど、確かにヒミコが言っていたように本来の姿より痩せているようだ。目の下のくまが裏付けである。
 そして皇騎は、通りすがりに純一の首筋に注目した。これまたヒミコの話通り、うっすらと痣らしき物が目についた。もっとも、じっくり見ていては色々な意味で怪しまれるので、ただ確認しただけで終わったのだけれども。
 それでも、純一の首筋にある痣らしき物が何らかの『印』だとかの類ではないことは何とか分かった。要するに呪術系統ではないということだ。
(痣も、もう少し調べてみないとはっきりしたことは言えませんね)
 それはそうだ。全くの無関係かもしれないのだし、本当に痣だってことも考えられる。
 でも、それはそれで別の疑念を産み出すことにもなるのだが。
(まさかとは思いますが……何かと貢がされてやつれているんじゃないでしょうね?)
 だとしたら、別の意味で大変なことである。

●下校時の少女であること【2】
 神聖都学園正門前。中より、生徒たちが続々と出てくる。同じ制服の者たちがずらっと並ぶ光景は、ある意味圧巻である。
 そんな光景の中に、ぽつんと違う制服の少女が1人紛れ込んでいた。何人かの生徒が、少女の方にちらちらと視線を投げかける。
(ああ……もう少し離れた場所で待った方がよかったのかな……)
 少女――志神みかねはそわそわとした素振りを見せながら、中を何度となく覗き込んでいた。どうやら誰かを待っているようだが……?
「あっ」
 そして10数度目に中を覗き込んだ時、みかねは短く驚きの声を発した。向こうから切れ長の目の黒髪の少女と、少女よりかなり背の低い少年が連れ立ってやってきたのが視界に入ったのだ。
(あの2人……だよね)
 みかねは予め聞いていた件の2人の外見と、目の前の2人の外見を頭の中で照らし合わせた。話と違いはない。待ち人来る、である。
 2人が正門の方へ近付くにつれ、会話もみかねの耳に入ってきた。
「純一くん。今日はいつ家に来てくれるの?」
「あ……。たぶん……8時前に……だと思う」
「最近、純一くん忙しいのね。……寂しいな、私」
「ごっ、ごめん! 今はちょっと……。で、でも来月になれば白沢さんともっと一緒に居られると思うから……」
「うん……」
 典型的な恋人同士の会話である。会話から窺えることは、純一の方が陽子より下に位置していることだろうか。ともあれ、これはもう間違いないだろう。
(……何だかあの2人のこと思い出すなあ……)
 様子を窺っていたみかねは、ふと以前の出来事を思い返していた。その時も――結果的に――恋愛ごとに首を突っ込むことになったのだが、こんな感じのカップルだったように記憶している。ただまあ、その彼女の方は陽子と違って結構気が強かった気がしているのだけれど。
「それじゃあ白沢さん。後で……」
「うん。また私の家で、ね」
 やがて正門を出た所で、そんな会話を交わして純一と陽子は別々の方角へ歩き出した。はっとするみかね。
(あっ、いけない!)
 昔のことを思い出していたばかりに、危うく本題を忘れる所であった。みかねは慌てて陽子の後を追いかけ、声をかけた。
「あのー……すみません?」
「はい?」
 くるっと振り返る陽子。みかねと一瞬目が合った。
「ええと……。その、ここに居る友だちに素敵な2人が居るって聞いて……あの、それで友だちが言っていた外見からすると、きっとあなたのことかなって思ったんですけど……」
 しどろもどろになりながら、説明をするみかね。もちろん話しかけるためにでっち上げた事柄である。陽子は黙ってそれを聞いていた。
(ちょっと無理があったかな……)
 とみかねが思い始めた時、陽子がふっと笑みを浮かべた。
「何だか照れちゃうわ……」
 ……何でもやってみるものだ。みかねの話を信じたようである。
「さっき正門前で別れた人が彼氏さん……ですよね?」
 間髪入れず確認するみかね。陽子がこくっと頷いた。
「もしよければでいいんですけれど……帰り道、お話を伺ってもいいですか?」
 みかねのお願いに、またしてもこくりと頷く陽子。これで少なくとも自宅近くまでの間、陽子から話を聞くことが出来る。
 かくしてみかねは、帰宅する陽子とともに会話を交わしながら歩いてゆくのであった。
 しかし――みかねは気付いていなかった。みかねたちを尾行する影があったことを。その影は美しき金色の神を持ち合わせていた……。

●下校時の少年であること【3】
(……何故ここに居る?)
 正門前より少し離れた物陰にくわえ煙草で身を潜めていた真名神慶悟は、陽子とともに歩いてゆくみかねの後姿をやや眉をひそめて見つめていた。
 まあ、みかねが同じく2人について調べていることを、まだ知らない慶悟にしてみれば当然の疑問である訳で。
「だが、些細なことか」
 慶悟はぼそっとつぶやくと、式神を2体放った。1体は陽子へ、もう1体は純一の方へと向かわせる。各々の様子を見てみるためだ。
「……さて、日々どのように暮らしているのか。不摂生の極みならば、忠告してやらねばなるまい」
 そう言って慶悟はふうっと息を吐き出した。何となく、やれやれといった様子に見える。
(男女の恋愛というのは様々な憶測を生むからな。それゆえ、第三者は言いたい放題だ……例えば、精気を吸い取っているなどとな)
 最初に話を聞いた時、慶悟の感触としてはごく普通の恋愛事情のように思えた。平素から怪奇事件に絡んでいる身、話だけである程度の感触が分かることだってあるのだ。
(恋は不治の病などとも言うが、恋する女は綺麗になり、男は相手を恋するがゆえに身も細る思いに……とも言う。首筋の痣も……)
 恋人同士であるのなら、話で聞いたことは霊だとか関係なく説明はつく。
 しかし、よもやのことだってある。邪推すれば、純一が陽子に魅入られて、首筋から精気を奪われている可能性だって捨て切れないのだ。でなければ、慶悟がここにこうして居るはずがない。
(とにもかくにも、判断は最後だな)
 慶悟は純一の去っていった方へ向かって歩き出した。

●評判よき少女であること【4】
「……肌艶よいですね」
 陽子と一緒に帰り道を歩いていたみかねが、不意に陽子の腕を見つめて言った。
 お世辞でも何でもなく、近くで見ると牛乳風呂に入っているのだろうかと思えるくらいに白くつやつやとして綺麗であったのだ。
「え、そうかしら……。あまり意識してないんだけど」
 意外そうに答える陽子。何か特別な手入れをしている訳ではないようだ。
「やっぱり恋愛真っ最中だからですか?」
「えっ……」
 みかねがくすっと笑って尋ねると、陽子はちょっとびっくりしてからはにかんだ笑顔を見せた。明らかに陽子は照れていた。
「うふふっ。あ、でも……」
 と、急に声のトーンを落とすみかね。陽子が足を止めた。
「でも?」
「彼氏さん……少しやつれていませんか……?」
 みかねはもう1つ聞きたかったことを陽子にぶつけてみた。この話題を出した途端、陽子が心配そうな表情を浮かべた。
「……やっぱりそう見えたの?」
 陽子は小さな溜息を吐くと、そのまま言葉を続けた。
「実はね、この半月前から純一くんと一緒に居る時間が少し減ったの。それと同時に急に痩せてきて……。私が聞いても『何でもないから』って言って教えてくれないの。いったいどうしたのかしら……」
「はあ……」
 質問したはずが、逆に質問を投げかけられてしまったみかね。何にせよ、迂闊には答えられない質問であるため、相槌を打つしか出来ないのだが。
 そのうちに、みかねたちは陽子の家の近くまでやってきた。住宅街の一戸建てである。
「それじゃあ私はここで。……私なんかのお話、参考になったのかしら?」
「は、はい! どうもありがとうございましたっ」
 ぺこんと頭を下げるみかね。陽子はにこっと微笑むと、小さく手を振って家の方へ歩いていった。
「悪い人じゃないよね……」
 陽子の姿が見えなくなってから、みかねがぽつりとつぶやいた。その瞬間、誰かに肩を叩かれた。
「ひっ!」
 突然のことで、びくっとするみかね。背後から慌てたように声が聞こえてきた。
「あ、ごめんごめん。私よ、私」
 みかねの聞き覚えのある声だ。恐る恐る振り返るみかね。するとそこにはみかねのよく知った顔――シュライン・エマが立っていた。
「シュラインさんっ?」
「今の、白沢陽子さんよね? でもどうして一緒に居るのよ?」
 シュラインから質問され、ここまでの経緯を話すみかね。それを聞き、シュラインは納得したように大きく頷いた。
「これ以上ないってくらい大胆な尾行ねえ。ま、尾行してくれてる人が居てよかったわ」
「え? じゃあシュラインさんも……?」
「そ、ヒミコちゃんから連絡もらったのよ。だから先にご近所で情報集めてから、放課後学校に向かおうと思ったんだけど……」
 そこまで言って、突然遠い目をするシュライン。その時みかねは、シュラインがビニール袋を2つも3つも持っていることに気付いた。
「お買い物ですか?」
「お買い物というか……情報料?」
 シュラインの言葉にきょとんとなるみかね。意味がいまいち分からない。
「近くの商店街で聞き込みしたら、あれこれ買わせられたのよ。おかげで話は色々と聞けたけど、時間喰っちゃって」
 なるほど、そういうことなのか。まあ大きな荷物ぶら下げてうろうろする訳にもいかないだろう。
「山芋、まぐろ、生卵に健康ドリンク……まとめて武彦さんに食べさせようかしら。仕事かなり詰まってるし」
 ……鬼だ。
「そ、それで何か分かったんですか?」
「それなりにね」
 と言って、シュラインは調べてきたことをあれこれと話し始めた。
 まず、陽子の家は陽子が生まれてすぐの頃にこちらへ越してきたこと。つまり10数年はここで暮らしているということだ。
 家族の評判は悪くなく、陽子個人についても両親共働きで家を空けることが多いのにきちんと家を守っていると、近所の者が話していた。
 で、商店街では純一と一緒に買い物する陽子の姿がよく目撃されていた。ただしこの半月ほどは、目撃回数はぐっと減っているそうだが。
「へーえ。何だか一緒に暮らしているみたいですね」
 買い物光景を思い浮かべ言うみかね。するとシュラインが苦笑して言った。
「ある意味近い物があるかもね。ほぼ毎晩のように、彼の方が夕食食べて帰ってるそうだから」
「はい?」
 どういうことですか、それは?
「彼……純一くん? 父親の転勤で、母親もついていったらしくて、今1人暮しだそうよ。だから彼女の家で夕食をご馳走に……じゃないかしら。微笑ましいわねえ……」
 よくもまあここまで聞き込んでくるとは、買い物の効果は絶大のようである。
「なれそめ聞いた感じじゃ、彼の方がぞっこんかと思ったんだけど、そうでもないみたいね」
「あ、なれそめは私も聞きました。彼氏さんの方が陽子さんに告白したんですよね?」
 そう、純一が陽子に告白し、交際が始まったのである。なので純一が陽子に気遣ってばかりいるのかとも思われたのだが……恋愛というのは何とも不思議であるらしい。
「……霊現象とかじゃないと思うんですけど」
 ややあって、思案顔でみかねが言った。話を聞いた時からそんな気はしていたのだが、陽子と実際に言葉を交わしてみてよりそう思ったのだ。
「そもそもが噂だものね。ただ、あの学校関連じゃ色々とあるから心配は多少あるんだけど……んー」
 シュラインも噂に過ぎないと考えてはいるようだが、神聖都学園絡みであるために言い切れない所があるようだ。
「とにかく、今日は1度戻らないと。まぐろが痛んじゃうし」
 妙に暑い日の続く今日この頃、生物は非常に痛みやすい。草間興信所に向かうシュラインに、みかねはついていった。
 シュラインとみかねの姿が見えなくなった後、物陰より姿を現した者があった。見た所、少年であるだろうか。
 金色の髪と形容出来ぬ美貌を持つその少年は、じっと陽子の家を見つめていた。
「…………」
 少年――蒼王翼は無言で家を見つめたまま、くすりと笑みを浮かべた。

●目的ある少年であること【5】
 一方その頃、純一を尾行していた慶悟はある光景を目の当たりにしていた。
「コンビニか……」
 とあるコンビニエンスストアから少し離れた場所に立ち、慶悟がつぶやいた。今この中に純一は居た。客としてではない。店員として、だ。
(アルバイトとは感心なことだ)
 ガラス越しに制服を着た純一の姿が見える。他の店員とともに、一生懸命働いているようである。
(しかし、何故アルバイトをしなければならないのか。……それが問題だ)
 働くことは悪いことではない。むしろ褒められるべきことであろう。けれども、何のために働いているかが問題である。万一、貢がせられるために働くこととなったのであれば……?
 式神がそばに居るため、純一の行動は把握出来る。が、念のため自らの目でも見ておこうと考えた慶悟は、コンビニの中へ入っていった。
「いらっしゃいませーっ」
 元気よく純一の声が聞こえてきた。慶悟は店内を物色するよう装って、それとなくレジの前を通過した。純一の首筋に、絆創膏が貼られていた。
(これでは痣なのかどうかは確認出来ないか)
 だが少なくとも、絆創膏の下に何かがあるということは間違いない。何もないのに絆創膏を貼る馬鹿は居ないのだから。
 そのまま慶悟は雑誌コーナーへ向かい、適当な雑誌を手に取って立ち読みを始めた。言うまでもなく、神経は純一の方へ向いている。
 少しして、他の店員と純一との会話が聞こえてきた。
「それにしても、お前よく働くよなー。夕方の2、3時間だけど週5だろ?」
「あ……は、はい。ちょっと欲しい物があって……」
「ふーん、だから学校帰り、真面目に来るんだな。高校時代って、欲しいモンいっぱいあっても金がねーんだよなー。俺もそうだったよ。んで、何買うんだ?」
「えっと……その、それはちょっと……」
「何だよー、教えろよー。まさかエッチなモンじゃないだろなー?」
(……何かを買うためのバイトか)
 慶悟は雑誌に目を向けたまま、頭の中でバイト代の計算をした。時給650円として1日3時間なら約2000円。週5日働けば約1万円。すなわち1ヶ月も働けば約4万円ほど。これだけあれば、ちょっと高価な物だって買えるだろう。
 雑誌を戻し、コンビニを出る慶悟。煙草を取り出し、火をつけてくわえた。
(目的は分かった。後は、何を買うのかとその行く先だな……。しかし、何というか、どんどんと怪奇事件の線は薄くなっているように思えるが……)
 煙を吐き出し、慶悟は空を見上げた。一瞬、視界に大きな梟が入ったような気がした。
「……ふむ。どうやら同じことを考えた奴が居るようだ」
 ニヤッと笑う慶悟。
 同時刻――神聖都学園高等部のコンピュータ準備室。
「ふぁっ……ふぁっくしょんっ!!」
 未だコンピュータに向かって何やら調べていた皇騎が、盛大にくしゃみをしていた。
「誰か噂してますね……。だいたい誰が噂しているかは分かりますけど」
 鼻をぐすぐすいわせながら、皇騎がぼそりつぶやいた。
 場面は再びコンビニ前――。
「はーっくしょいっ!!!」
 慶悟もまた盛大なくしゃみを放っていた。

●仲睦まじき恋人であること【6】
 夜8時前。バイトを終えた純一は、その足で陽子の家に向かった。
 やってきた純一を嬉々として玄関先で出迎える陽子。すぐさま純一の腕をつかみ、家の中へと引っ張り上げた。何とも仲のよい光景である。
 その一部始終を、翼は無言で見つめていた。夕方から今までずっと同じ場所に居て、陽子の家の様子を窺っていたのだ。
 それからしばし時間が経ち、夜中11時。純一は陽子とともに家から出てきた。陽子は玄関先で見送るのかと思われたが、そのまま純一と一緒に歩き出す。少しでも別れを惜しむのか、その辺まで見送るつもりのようだ。
「……3時間。何をなすにも十分たる時間、かな」
 懐中より時計を取り出し、時刻を確認した翼がつぶやいた。確かに3時間もあれば色々と出来るだろう。
 純一と陽子はゆっくりと歩きながら、互いに言葉を交わしていた。
「白沢さん……いつもごめん。夕食ご馳走になったりして……」
「ううん、気にしないで。ご飯は大勢で食べる方が美味しいでしょう? それに、2人分作るのも3人分作るのもたいして変わらないし、純一くんが食べてくれると思うと栄養のことだってちゃんと考えちゃうから。……それでね、純一くん」
「何?」
「今日のおかず……美味しかった?」
「……う、うんっ!」
「よかったっ、喜んでくれてっ」
 こくこくと水飲み鳥のごとく頷く純一に、陽子がぎゅっと抱きついた。何というか、見ている方が恥ずかしくなってくるような光景である。
 それでもやがて、別れの時はやってくる。
「じゃ、また明日学校で」
 純一はそう言って、陽子から離れて立ち去ろうとした。それを陽子が呼び止めた。
「純一くん」
 そっと目を閉じ、陽子は何かを待つ素振りを見せた。純一はきょろきょろと辺りを見てから、陽子の真ん前に移動した。
 爪先立ちになる純一。陽子の唇と純一の唇が触れ合った。時間にしてほんの数秒の出来事であった。
「……じゃ、また明日」
 純一が小走りで夜道を駆け出した。目を開けた陽子は、その後姿をじっと見つめていた。
「また明日……会えるよね?」
 この陽子の言葉に、全ての感情が込められているのかもしれない。

●今時の高校生であること【9】
 翌日放課後――神聖都学園高等部のコンピュータ準備室。純一と陽子は、皇騎によって呼び出されていた。
「何も取って食べようという訳じゃないんで……緊張しなくて結構ですよ」
 皇騎は笑いながらそう言って、2人の緊張を解そうとした。だがそうは言われても、なかなか緊張は解けないものである。仕方ないので、皇騎はそのまま本題に入ることにした。
「今日来てもらったのは他でもありません。少し、気になる話を耳にしたものですから」
「……私たちが付き合っていることですか?」
 陽子が皇騎の言葉に反応した。交際を注意されるとでも思ったのだろう。思わず苦笑する皇騎。
「いえいえ、交際くらいで呼び出しはしませんよ。まあ関係がありそうだったので、2人揃って来てもらった訳ですが」
 と言って、皇騎は純一の方へ向き直った。
「実はですね、近頃黒井くんがやつれてきていて心配だと言う生徒が居たものですから」
「は、はあ……」
「聞く所によると、今アルバイトをしているそうですね。慣れないアルバイトで、疲労が蓄積しているんじゃありませんか?」
「せ、先生っ?」
 皇騎の口から『アルバイト』という言葉が出た瞬間、純一がふるふると頭を振った。まるで言ってくれるなと言わんばかりに。
「アルバイト? 純一くんアルバイトしてたのっ?」
 驚く陽子。どうやら今の今まで全く知らなかったようだ。
「……何か目的でもあったんですか?」
 優しく諭すように、皇騎が純一に尋ねた。純一は少し思案していたが、結局は理由を話した。
「白沢さん、7月15日は何の日?」
「え? それは私のお誕生日で……あっ……」
「……そういうこと、だから」
 真っ赤になる純一。つまり純一は、陽子の誕生日に何かプレゼントしようと思い、アルバイトをやっていたのだ。
「心掛けには感心しますが……まあ、アルバイトもほどほどに。人に心配かけるようじゃ、意味も半減しますからね」
 一応先生らしく釘を刺しておく皇騎。ともあれ問題の1つは片付いた。残るはもう1つの問題である。
「それと……気になっているんですが、首筋の絆創膏は何です」
 皇騎が自らの首筋を指差しながら、純一に尋ねた。するとその瞬間、陽子の顔が真っ赤になった。純一も明後日の方を向いてしまう始末。
 ……このあからさまな反応で、聞き出さなくとも全てが分かったような気がする。
「……高校生らしい節度ある交際をお願いしますね。ああ、他の先生には言いませんから安心してください」
 皇騎は苦笑しっぱなしである。純一も陽子も恥ずかしそうな表情で、何度もこくこくと頷いた。
「じゃあ、もう戻ってもいいですよ」
 皇騎はそう言って2人を準備室から追い出した。一瞬静まり返る準備室。
「そういうことだそうですよ、皆さん」
 皇騎は後ろをくるっと振り返って言った。いつの間にかそこには、慶悟、シュライン、みかねの3人の姿があった。物陰に隠れ、今の話を聞いていたのである。
「たく、最近の高校生は……」
 はあっと溜息を吐くシュライン。何を言わんやである。
「えっと、あの、その……」
 なかなか言葉の出てこないみかねの顔は赤い。こちらも何を言わんやである。
「……痣の正体は、改めて考えるまでもないな」
 そう言う慶悟も、皇騎と同じく苦笑い。この場合、正体をはっきりと口にするのは野暮ってものだろう。
「ともあれ、外見ではなく内面に惚れた男女の仲は本物だ。各々が調べた事柄を突き合わせれば自ずとどちらか分かる……」
 慶悟が煙草を取り出した。陽子と純一のカップルがどうであるかは言うまでもない。
「禁煙ですよ」
 さらりと言う皇騎。慶悟は取り出した煙草を、そのまま元に戻した。

●噂をまき散らす少女であること【10】
「単なる噂だったみたいですね」
 さらに翌日の昼食中、ヒミコは一緒にお弁当を食べていた文子に対し、申し訳なさそうに言った。
「人騒がせな噂……」
 やれやれといった様子で、小さく溜息を吐く文子。とかく噂という物は、面白おかしい方向へ転がりがちである。
「それでね、その彼女の妹さんのことなんですけど」
「……妹さん?」
「妹さんも、つい最近彼氏が出来たらしくて、お肌の色艶がやけに……」
 すみません、その話はもうお腹一杯です――。

【小悪魔の条件 了】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
        / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 2863 / 蒼王・翼(そうおう・つばさ)
           / 女 / 16 / F1レーサー兼闇の狩人 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全10場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ちと奇妙なタイトルのお話をここにお届けいたします。奇妙なのはタイトルだけじゃなく本文もという話もありますが、それはそれとして。
・今回のお話のタイトルには元ネタが存在していまして、各場面のタイトルもそれを意識した付け方になっています。興味ある方は調べ……なくともいいですよ、今回は。
・本文を読み返してみると、色々とぼやかして書いているなと高原自身感じます。まあ、だいたい察していただけると嬉しいです、ええ。
・高原個人の考えではあるんですが。他人に何やらさせるよう(意識のあるなし関わらず)持ってゆく者には、広い意味で小悪魔たる資格があるのではないかなと思います。……陽子だけに限らずですよ。
・志神みかねさん、43度目のご参加ありがとうございます。いやもう、ご覧の通り恋愛真っ最中です、あの2人。なので、みかねさんの推測は当たってましたよ。充実すると綺麗になるもんです、ええ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。