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<東京怪談ノベル(シングル)>


あちこちどーちゅーき〜岡山・備中町平川編
●都市に居たなら珍しき光景
 朝一番のバスが、緑に包まれた細い山道をぐねぐねと昇ってゆく。数少ない乗客の中の1人、桐苑敦己は窓の外に流れてゆく風景をぼうっと見つめていた。
(どういった所なんだろう。どんな人たちが居るんだろう)
 と、期待と不安を感じながら。
 やがてバスは終点となる停留所に到着した。平川――これがその停留所の名前だ。
「ん……んんーっ!」
 小さな荷物を手にバスから降り、敦己は思い切り背伸びをした。時刻は朝7時過ぎ、眠気も完全には消えていない時間であった。
(うん?)
 ふと敦己は、乗客の1人が新聞の束を抱えてどこかへ向かおうとしている姿を見付けた。
(どこ行くんでしょうね?)
 興味を持った敦己は、てくてくとその乗客の後をついていった。その乗客はある家に入っていった。上の方に木の看板がかかっていたので、敦己は何気なくそれに目をやった。
「あ。なーるほど」
 看板を読み納得する敦己。そこは新聞店だったのだ。つまりあの乗客は、朝一番のバスに乗って新聞を運んできていたのだ。
 乗客が出ていった後も中の様子を窺っていると、新聞の束を受け取った店主らしき老人が、束の紐を外して新聞の仕訳を始めた。
「……はあー、面白いですねー」
 敦己が感嘆の声を発した。何と老人は、仕分けした新聞を店内にあるいくつにも仕切られた木製の棚に入れていったのである。下には人の名前が記された紙が、いくつも貼られていた。
 どうやらここでは新聞は配達をするのではなく、各家庭が店まで取りに来るようになっているらしい。そして新聞を取りに来た人々は、自分所にある新聞を持って家に戻るという訳だ。
 そうこうしているうちに、敦己のそばをバスが通り過ぎていった。先程乗ってきたバスが、折り返して戻っていったのである。
 次のバス――というか、本日最終のバス――が来るのは、昼の15時頃の予定であった。

●大字平川
 敦己が今居る場所は岡山県西部、広島県との県境に近い場所だった。正確に言うなら岡山県川上郡備中町、その平川と呼ばれる地区である。
 平川は山の上にある地区で、村と言ってもいいような所であった。食料や日用品を扱う店だって2、3軒ある程度である。
 しかし何故敦己がそんな所にやってきたかというと、本当に偶然による物であった。次の行き先を決めようとして書店に立ち寄った敦己が、地図帳を開いて最初に目に止まった場所へ行こうとしたら――ここ、平川だったのだ。
 風の向くまま気の向くまま旅をしている敦己にとって、別に行き先はどこでも変わりはなかった。徒歩移動や野宿なんかはもうお手の物であったし。
 実際、平川までも徒歩で行こうと考えていた。が、今朝たまたま道を尋ねたおじさんに『そこ行くなら、もうすぐバス来るけん』などと言われ、先程のバスに乗ってきたのであった。
「さて、どこに行きましょうか……」
 新聞店の前を離れ、きょろきょろと辺りを見回しながら歩き出す敦己。とりあえずすぐそばにあった道に入り、ずっとまっすぐ歩いてみることにした。
 学校らしき建物の前を通り過ぎ、どんどんと歩いてゆく敦己。しばらく歩いてゆくと、神社の前にやってきた。鋤崎八幡神社というらしい。
「神社ですか。ちょっと覗いてみましょうかね」
 時間はたっぷりある。敦己は石段を昇り、社の姿を拝むことにした。
 さすがにこういった場所にある神社だからか、こじんまりとしていた。もっとも馬鹿でかい社があったら、それはそれで奇妙であるのだろうが。
「さすがに年月ありますねえ……」
 しげしげと社を見つめる敦己。古さはあるが手入れはされている様子。きっと、昔からこの地区の住民たちから崇め奉られてきたのだろう。
 と、そんな時だった。敦己がふと視線を感じたのは。
「……ん?」
 敦己はその方角へ目を向けた。すると社の陰から、お下げ髪の少女が敦己のことを見つめていた。少女は敦己と目が合うと、さっと社の陰に顔を隠してしまった。
(女の子? ……驚かせてしまったんでしょうかね)
 別に驚かせるつもりもなかった敦己は、謝ろうと少女が顔を出していた所へすたすたと歩いていった。
 が、どこにも少女の姿は見当たらなかった。ぐるり辺りを見回しても、やはり少女の姿は見当たらない。
 いったい今の少女は、どこへ行ってしまったのだろうか。

●追いかけっこ
 さて、鋤崎八幡神社を離れた敦己は、この一帯の地域を丹念に歩いてみることにした。
 山の方へ入って変電所の近くまで行ってみたり、山の中で地面の陥没に軽く巻き込まれてみたり、畑で農作業をしている人たちにあれこれと聞いてみたりと。
 その会話の一例をここで取り上げてみよう。
「あちらは何の野菜を作っているんですか?」
「あれは煙草。食えやせんて」
 トマトやピーマンだとか普通の野菜ももちろん作っているが、煙草だって作っているのだ。
 こんな微笑ましい触れ合いがありながらも、敦己は時折後ろを振り返って気配の確認をしていた。
(何だかずっと誰かが見ているような)
 けれどもそれらしき姿はない。その度に敦己は首を傾げていた。
 やがて敦己は、朝の新聞店の辺りまで戻ってきていた。時刻は正午を過ぎていたが、バスが来るまではまだまだ時間はある。
「そういえば、さっき学校がありましたね」
 鋤崎八幡神社へ行く途中のことを思い出す敦己。朝はただ通り過ぎてしまったが、すぐそこに学校がある。せっかくだから、ここで暮らす子供たちの元気な姿を見てみるのもいいかもしれない。
 敦己はすぐさま学校の前に向かった。右側に校舎やグラウンドなどが見えてきた。プールの大きさなどからすると、小学校のようだ。
 そして左側にも校舎らしき建物が見えていた。けれども学校ではないようだ。何故なら、正門らしき所に看板がなかったからだ。向かい合わせにある小学校には、きちんと看板がかかっているのに。
「昔は中学校だったんでしょうね……」
 今は使われていない様子の校舎を、敦己はしげしげと眺めた。外観の寂れっぷりからすると、もう10何年も使われてはいないようだ。子供たちが少なくなって、他の中学校と統合されてしまったのだろう。
 敦己の足は自然に、中学校の校舎の方へ向いていた。幸い正門は閉鎖されていなかったので、簡単に敷地内に入ることが出来た。当然ながら校舎の方は鍵がかかって入ることは出来ないのだが。
 ぶらぶらと敷地内を歩いていると、敦己はまたしても視線を感じた。すぐさま振り向く敦己。
「あっ」
 視線の先に顔が見えた。鋤崎八幡神社の時と同じ、お下げ髪の少女の顔が校舎の陰から覗いていた。
「ちょ、ちょっと……」
 少女の方へ敦己が歩き出そうとした瞬間、少女は校舎の陰に顔を引っ込めた。駆け出す敦己。少女の居た場所へ来てみると、もう少女はそこには居なかった。
 ところが、だ。いつの間に移動したのか、少女は校舎の反対側から敦己のことを見ていたのだ。中学校の制服らしき物に身を包んで。
 敦己は校舎の反対側に向かって駆け出した。するとまた少女が顔を引っ込める。敦己がそこへ来ると、またまた校舎の反対側に姿を現した。またまた駆け出す敦己――。
 これを何度繰り返したことだろう。やがて校舎の反対側に少女が姿を見せなくなった。
(帰ったんでしょうか……)
 敦己は呼吸を整えつつ、何気なく空を見上げた。そして、驚いた。
「え?」
 何と少女は、屋上から敦己のことを見下ろしていたのだ。くすくすと、とても楽しそうに笑いながら。
 それを見た敦己は、とりあえず屋上へ向かおうとした。が、数歩進んだ所でぴたっと足を止めた。
(あれ? 校舎は鍵がかかってるはずでは……?)
 敦己はもう1度屋上の方を見た。少女の姿はすでにそこにはなかった。でも、少女はどうやって屋上に移動したというのだろう。
 不思議に思いながら、敦己は正門の方へ顔を向けた。大変驚くべきことに、少女は正門の前に立っていた。
「ちょ……ちょっと待ってください!?」
 慌てて正門へ向かう敦己。しかし少女は敦己を待つことなく、正門前から姿を消した。正門前に来た敦己が左右見渡しても、少女を見付けることは出来なかった。

●バスは去る
(結局あの女の子は何者だったんでしょうね)
 敦己は最終バスの最後部に座り、窓の外の景色を眺めながらあの少女のことを考えていた。
 あの後、通りがかった人に少女の外見を説明したが、全く知らないと言われてしまった。それに加え、あの移動の素早さだ。ひょっとしたら、人間以外の何かなのかもしれない。
 などと考えていると、敦己は生い茂った草の間から狐がちょこんと顔を出していることに気付いた。
「狐ですか……あ?」
 最初は微笑ましく狐を見ていた敦己だったが、次の瞬間言葉を失った。狐が居たはずの場所に、あの少女が現れたのである。
 少女は敦己に向かってぺこんと頭を下げると、笑顔で手を振り始めた。敦己は少しの間呆気に取られていたが、少女に向かって同じように小さく手を振り返した。
 手を振り続ける少女の姿は段々と小さくなってゆき、やがて完全に見えなくなってしまった。平川の風景とともに。
(なるほど。俺は狐に化かされていた訳ですね)
 ようやく謎に対し納得のゆく答えを手に入れた敦己。何のために敦己を化かしたのかは分からないままである、でも、敦己を見送りに来た狐であるあの少女の笑顔を見ていると、少なくともいいことをしたのであろう。
 きっとそう、そうに違いない――。

【了】