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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


【神聖都の花子さん】
 おかっぱ頭に赤いスカートといえば、トイレの花子さんである。学校関連の幽霊では、彼女は群を抜いて知名度が高い。
 ここ神聖都学園にも、当然ながら花子さんはいるのだが――。
「ワシを楽しませた者にはなんなりと褒美を取らせるぞ!」
 そんなことを言う、一風変わった花子さんであった。
 駄洒落を放つ男子生徒や、物真似を披露する女子生徒など、挑戦者は次々と名乗り出たが、彼らはことごとく失敗に終わった。
 花子さんは仏頂面して、
「あんまり期待外れが続いたら、暴れまわってやるぞコノヤロー?」
 人畜無害かと思ったら、とんでもない悪玉である。
 学園を破壊されてはたまらない。ついに神聖都学園事務部は、一芸に秀でた精鋭を募ることにした。

 数日後、女性事務員のひとりがとっておきの人材を見つけてきたと駆け込んできた。
「その人が? まだ若いが」
 老いた事務室長は、その若者を見るなり言った。彼は若いというだけで人を懐疑的に見る良くない癖があったのだが、若者は意にも介さない様子で、
「俺は志羽翔流。芸のことならお任せあれの大道芸人だぜ!」 
 ハキハキと自己紹介した。
「彼の芸を見せてもらいましたけどね、すごかったですよ。彼ならきっとやってくれますって」
 翔流を連れてきた事務員が手振りを加えて演説する。
 事務室長はやがて言った。
「せいぜい癇癪を起こさせないようにしてくれよ。期待外れが続いたら暴れまわると言っているからな、あの妖怪は」

 花子さんは3階の女子トイレ、3番目の個室にいつもいる。
 翔流は何とも得がたい奇妙な感覚を覚えながら(何しろ女子トイレなのだ)、花子さんの待つ個室に近づいた。
 個室の扉がギイ、と開いた。
「今度はお前さんが芸を見せるのだな?」
 おかっぱ頭の、見た目は可愛い妖怪がぬうっと姿を現した。
「花子さんって、ホントにいたんだ。いやー、初めてみたよ」
 翔流は目をキラキラ輝かせている。
「でも、何だか面白くなさそうな顔をしているなあ」
「褒めようもないクソみたいな芸を散々見せられたのでな。機嫌も悪くなるわ」
 両手を後ろ手に組んで不遜顔になった。
「女の子がクソなんて言っちゃいけないぜ、花子さん」
「どうでもいい。お前さんが失敗したらワシは思い切り破壊して回ることにもう決めておる。ストレスがたまっているのだ。さあ楽しませてみろ坊主」
 花子さんが凄んだ。どうせろくなもんじゃあるまいと決めてかかっている様子が、翔流にも手に取れた。それが翔流の魂を熱く燃え立たせた。
「は? 楽しませろだ? ふっふっふ……。日本一の大道芸人に向かってそんなセリフを吐いちゃあいけないぜ!」
 翔流は背負っていたリュックを洗面台に降ろすと、扇をふたつ取り出して広げた。日の丸扇子と金色の鉄扇だ。
「全国チンドンコンクール出場のために研ぎに研いだじっちゃん仕込みの志羽家宴会芸、とくとご覧あれ!」
「チンドンコンクール? なんじゃそれは」
「変な名前だけど、実在するコンクールだよ。さあ、まずはこれだ! 水芸!」
 水平に構えたふたつの扇子を宙に舞わせると――幾筋もの水が扇子の面から出現した。
「水芸か。別に珍しくもなんでもないではないか」
 花子さんが唇をへの字に曲げる。だが、それは予想の反応だと翔流は笑っている。
「チッチッチ。俺の水芸はな、ただの水芸じゃないのさ!」
 えいや、と掛け声。するとあら不思議! ごく普通の噴水状だった水がみるみるうちに変化し、流麗な鯉の形になった。
 花子さんの目が大きく開かれた。
「なんじゃなんじゃ? どういう仕組みになっておる?」
「はは、そいつぁ秘密だね、お客さん! あらよっと!」
 今度は雄々しい龍の形に変わった。鯉は天界の龍門へ登り、龍になるという伝説の演出だ。
「おお、おお! 魔術じゃ魔術じゃ!」
「この程度で驚いている暇はないぜ。次はこれ、いってみようか」
 それはいかなる早業か、翔流は扇子をたたんで右足を軸にしてクルリと一回転すると、次の瞬間には持っていたのは玉すだれであった。
「あ〜さて、あ〜さて! さては南京玉すだれ!」
 玉すだれが伸びたり縮んだり、鯛やら東京タワーやら、生き物のような滑らかさで一瞬にしていろいろな形に早変わりしていく。
「俺のすだれはぁ〜日本一のぉ〜絶妙技ぃ〜」
「ぬう、これが日本一の技というものか……!」
 翔流が日本一というのはただの自称なのだが、花子さんはすっかり信じ込んでいる。
 と、トイレの外がざわつき始めた。見ると、事務員たちをはじめとする学園の人間たちが押すな引っ張るなの大騒ぎである。
「ギャラリーが集まったようだね。そんじゃあお次は王道、皿回しだ!」
 玉すだれを洗面台のリュックにしまうと、代わりに細い竹棒と白い皿を取り出した。
 そして皿を棒の上に乗せ、右腕で回す回す。速い速い。
「いつもより3倍速で回しております〜! なんてね、速く回すだけじゃあまりに芸がない。こんなのはどうだい」
 翔流が竹棒を手早く上へと動かした。当然皿は浮き上がる。
「いよっと!」
 なんと、翔流は竹棒を真ん中から折った。そしてその下半分を左手に持ち……見事に皿を受け止めた。それだけでは終わらない。受け止めた皿をまた右に移し、再度左に移し……一回も落とすことなく十往復してみせた。トイレの外からもため息が聞こえてきた。
「うーむ、何というバランスじゃ。……まだあるのか?」
「おう、まだまだあるぜっ! こいつを見なくちゃ志羽翔流は語れねえ!」
 今度リュックから取り出したのは風船だった。口から息を吹き込むと、球状にではなく、細長く膨らんでいった。竹刀の柄から先のような形状である。
「ところで花子さん、いったいくつなんだい」
 翔流が脈絡もない話題を出してきた。その間、手はクニクニと風船を細工している。
「ん……? ふん、少なくともお前さんの十倍は生きておる。尊敬しろ」
「そーか、じゃあ200歳くらいか? その間ずっとトイレ?」
「そんなわけがあるか。ここの便器から繋がる妖怪の世界と行ったり来たりじゃ」
「妖怪世界ってのは、楽しいのかい?」
「刺激に溢れているぞ。弱肉強食傍若無人、だが仲間内の愛情は果てしなく強い。それに比べたら人間は何と薄情なことか」
「そいつは興味があるな。……ん? あれれ、いつのまにか風船が犬になっちまった!」
 こりゃビックリと、わざとらしい声を上げる翔流。そして出来た犬風船を花子さんに投げた。
「……え? ちょっと待て、見ておらんかった。もう一回やってくれ!」
 驚きと喜びの表情で花子さんは言った。
「あいよ、何度でも。せっかくだから、外のお客さんにも何人かにプレゼントしなくちゃな。今度はウサギを作ろうか」

■エピローグ■

「楽しんでいただけたかな?」
「素晴らしいぞ、堪能させてもらった。感動した!」
 花子さんは笑顔と拍手喝采で翔流を称えた。キャッキャとはしゃぐ姿はやはり少女のようだ。トイレの外からも鳴り止まない拍手が聞こえる。
「さて、これで俺の役目は終わりだな。もう行くよ。俺はさすらいの大道芸人、一箇所には留まらないのさ」
「ご苦労だった。では最後に約束の褒美をとらせるとしようか」
 花子さんは個室に引っ込むと、ごつい石像を背負って出てきた。頭には角があり、口には牙が見える。どうやら鬼の石像のようだが、何故か全裸であった。
「どうじゃ、我が妖怪の世界に伝わる『小便鬼』じゃ。この先端から水が鉄砲のように吹き出てな、豪快極まりないぞ?」
 翔流は苦い顔で首を横に振った。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2951/志羽・翔流/男性/18歳/高校生大道芸人】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。ご依頼ありがとうございました。
 志羽さんとは2回目ですね。
 ちょっと変な花子さんですが、楽しんでいただけたでしょうか。
 
 それではまたよろしくお願いします。
 
 from silflu