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ゆきむすめのうた
人などほとんど来ることもない、真夏ですら雪のとけることのないほどの山奥に、小さな小さな小屋があった。
そこには小さな子供の姿をした、ゆきむすめがひとりで住んでいた。
彼女の力は、過去見の力。
望むものへと過去を見せる力。
そして、もし違った道をたどっていたら――そんなifすら見せることのできる力。
今日もゆきむすめの住む小屋には、過去を望む人間たちが訪れる。
*
彩峰みどりは、胸をドキドキさせながら、小屋の前にひとりたたずんでいた。
声をかけよう、かけようと思うのに、どうしても声が出せない。舞台に立つときよりずっと緊張するなんて、どういうことなんだろう。みどりはそう思う。
けれども、それも無理もないことだった。
みどりが今、訪れているのは、過去を見せてくれるというゆきむすめの住む小屋――もしも断られたらと思うと、緊張してしまうのは仕方のないことだ。
「……あの」
けれどもみどりは、勇気を出して戸を叩いた。
するとすぐに戸が開いて、小さな女の子が顔を出す。
白いたけの短い着物を着た、髪の長い女の子だ。年は10歳くらいだろうか。
「ゆきむすめさん……雪白さん、よね?」
みどりは迷うことなく、女の子に向かってそう声をかける。
女の子はいっけん、ただの女の子のように見えたが、みどりには違うのだということがよくわかった。
彼女もみどりと同類――ゆきむすめなのだ。
女の子は小さくうなずくと、じっとみどりを見つめてきた。
「ええ。あなたも、過去を見にきたのね?」
問われ、みどりはうなずく。
「あのね……、私、今でも思うの。あの日、お兄ちゃんをとめることができたら……そうしたら、お兄ちゃんは今も生きてたのかなあ、って。今、そんなこと言っても、もう意味なんかないかもしれないけど……でも、もしもあの日とめてたら、今でもずっと一緒にいられたんじゃないかな、って、思うんだ……」
みどりの声は、だんだん小さくなっていく。
胸がきりきりと痛む。
あの日のことを思い出すだけで、みどりの胸はつぶれそうになるのだ。
あの日。
あの日、みどりがもし、とめていたら。
そうしたら、死なずにすんだかもしれない――そう思うと、後悔が押し寄せてくる。
今さらそんなことを思っても、もう、ムダなのだけれども。
でもそれでも、どうしても、そう思わずにはいられない。
「あの日以来、ずっと、私の心は止まったまま……。だからね、少しでいいの。お兄ちゃんと一緒にいられた未来を、少しでいいから見せてほしいの……」
みどりは祈るような思いで口にした。
雪白はふ……と、薄く笑う。
「いいわ。見せてあげる。中にお入りなさい」
そしてみどりは、雪白に招かれるまま、小屋の中へと足を踏み入れた。
*
気づくとみどりは、見慣れた部屋の中にいた。
「え……ここは……?」
戸惑いながら、みどりはあたりを見まわす。家具のひとつひとつに、どれも見覚えがあった。
そう、ここは――
「お兄ちゃんの部屋……?」
ありえない。
夢ではないのだろうか。
そう思う。
でも、なぜだか、あの部屋に戻ってこられたことが嬉しくて、みどりは思わず涙ぐんだ。
「……どうした?」
すると、声がかかる。
懐かしい声だ。
もうずいぶんと聞いていない――懐かしい声。
「お兄ちゃん……」
振り返って、みどりはつぶやいた。
あの頃とは少し変わっていたけれど、それでも、やはりあの人だった。
みどりは思わず、ぎゅっと抱きつく。
「どうしたんだ? 本当に」
青年はくすくすと笑いながら、みどりの頭をなでてくれる。
その、優しい、大きな手。
ああ、これはあの人の手なんだ。夢かもしれないけれど、ちゃんと感触もあって、触ればちゃんと温かくて。
そう思うと、また、涙がこぼれそうになる。
泣いたらヘンだ、ということくらい、みどりにだってわかっているのに。
「ちょっとね、目にゴミが入っちゃったの。でもお兄ちゃんに泣き顔見られるの、いやだったから……泣き顔って、ぶさいくでしょ?」
みどりは目元をこすりながら、笑顔をつくってそう言った。
「そういうものかぁ?」
青年はしゃくぜんとしない様子ではあったが、一応は納得したようだった。
みどりはほっとして、立ち上がる。
「ね、お兄ちゃん、おなか空いてない?」
「へ? ああ……空いてるけど」
「じゃあ、私、ごはん作るね。食べたいものがあったらリクエストして。なんでも作るよ」
みどりの言葉に、青年は一瞬きょとんとした。
だがすぐにふわりと笑って、わしゃわしゃとみどりの頭をなでてくる。
「みどりの作るものならなんだっていいよ」
「……うん」
みどりはなんだか照れくさくて、でもどうしようもなく嬉しくて、また涙がこぼれそうになったから、さりげなく横を向いてごまかした。
それからしばらくして。
みどりは、昔、一緒に暮らしていた頃に彼が好きだったものを作って並べていた。
半熟卵がとろとろのオムライス。
よく、ふたりでいろいろな言葉をケチャップで書いた。
他にもいろいろ作れたけれど、たったひとつきりなら、やはり、オムライスにしたかった。
「なんだか懐かしいメニューだなあ」
青年は座って、くすくすと笑う。しょうがないなあ、とでも言いたげだ。
けれども青年が本当は喜んでいることくらい、みどりにはすぐにわかるのだ。
「……ねえ、お兄ちゃん、食べてみて」
みどりはじっと、青年を見つめた。
今、彼がどんな生活をしているのかは、みどりにはわからない。
みどりが知っているのは、あの頃の彼だけだから。
あの頃、彼はいつも貧乏だった。
いつもお腹をすかせていた。
それから、ちょっと情けなくて、でも、すごく優しかった。
思い出すと胸がちりちりする。もう一度、会えたのに。いや、会えたからこそ、そう思うのかもしれない、とみどりは思う。
「あんまり見られてると食べにくいなあ」
青年は笑いながら、スプーンでオムライスをすくった。
みどりはどきどきとそれを見つめる。
青年が口の中にオムライスを運ぶのと同時に、みどりもごくりと喉を鳴らす。
「……おいしい?」
おそるおそる訊ねてみる。
「うん、おいしいよ」
青年は笑顔でそう答える。
それからは、もう、スプーンがものすごい勢いで高速移動した。
そんなにお腹が空いてたのかな。
それとも、私の料理がそんなにおいしかった?
そう思うと、なんだか嬉しくなる。
「……ねえ、お兄ちゃん」
みどりは小さく、そう口にした。
呼びかけに気づいてほしいような、ほしくないような、そんな気がして。
「ん?」
青年はいったん動きをとめて、じっとみどりを見つめてくる。
口もとには、ごはんのつぶがくっついている。まったく、しょうのない人。みどりは笑った。
「私のこと……好き?」
笑いながら訊ねると、青年は驚いたような、困ったような顔になる。
みどりは思わずうつむいた。
そんなふうな顔をされる、ということは。
つまり、迷惑だったということなのだろうか。
自分の気持ちだけがからまわりしていたと、そういうことなのだろうか。
「……いきなりだと、照れるな」
だがその言葉に、みどりは顔を上げる。
それは期待してもいい、のだろうか。
「好きだよ」
そう告げてくる青年の表情は、どこまでも優しい。
あの頃より少し老けたけれど、あの頃とまったく変わっていないその眼差し。
「……お兄ちゃん」
みどりはつぶやいて、ぎゅっと、青年にすがった。
今だけなのだとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
このまま時が止まってしまえばいいのに。
最後に一度だけ、好きだと言ってもらえれば、それで吹っ切れると思っていた。
けれども、みどりが思っていたより、ずっとことは簡単ではなくて。
みどりはぎゅっと、青年の胸に顔を押しつける。
「おいおい、突然、どうしたんだ? 今日はおかしいぞ?」
青年は困ったように言う。
「なんでもないの」
みどりはそのままの姿勢で、いやいやと首をふった。
今だけは、彼の体温を感じていたかった。
もうこれで、最後にすると決めたから。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3057 / 彩峰・みどり / 女 / 17歳 / 女優兼女子高生】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、発注ありがとうございます。
ライターの浅葉里樹と申します。
今回は少々悲恋系のお話ということで……。このような感じにさせていただいたのですが、いかがでしたでしょうか?
お相手の方は勝手にイメージをふくらませて書いてしまったので、もしもイメージと違うようなことがあったらすみません。お楽しみいただけていれば幸いです。
今回はありがとうございました。ご意見・ご感想などがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。
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