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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


混沌の旅立ち


 ―魔術師たるものが、やるべきことではない。

 デリクは心の中で、何度も呟きを繰り返す。
 目の前に、男がいる。男は壊れた机の隅にうずくまり、恐怖の表情を浮かべている。薄汚れたシャツに、しわ
しわになったネクタイ。ズボンはあちこちこすれて破れ、ほこりにまみれている。髪はぼさぼさで、こけた頬と
落ち窪んだ眼光が、男の精神状態を示していた。 

 ―わかっている。

 デリクは自分に言い聞かせる。
 殺風景な部屋だった。乱れたベッドと、壊れた机。机の上にはうずたかく本が積まれ、書類が散乱している。
生暖かな空気に、タバコの臭いが溶けている。灰皿には、まだ火のついたタバコがゆっくりと紫煙をくゆらせて
いた。

 ―だがこいつは。

 デリクは凍るような視線を男に向ける。男は、びくんと体をふるわせる。男は三流オカルト誌の記者であった。
彼はある魔術教団に興味本位で足を突っ込んでしまった。そんな間抜けに警告を発し、黙らせるのもデリクの仕
事のひとつ。本来なら、直接姿を現したりはしない。

 ―だがこいつは。

 ふと夕暮れともいえぬ青みがかった光が差し込む。デリクはふと天を見上げる。そこには頭上高く、巨大な
オーク材の梁が複雑に絡み合う様子と、天窓が見えた。円錐状に広がった光は、デリクの姿を浮かび上がらせた。
 無造作に切られたダークブロンドの髪。小さな銀縁の眼鏡の奥に広がる、深い群青の瞳。様々な装飾に縁取ら
れた濃紺のスーツを着たその姿は、凛々しく毅然としていた。


 ―許せない。


 デリクは強く拳を握る。打ち震えたその手は、汗ばんでいた。この男は、デリクの逆鱗に触れた。ウラをモデ
ルに誹謗、中傷そのものの記事を書いたのだ。さらにデリクの手に力がこもる。
 ウラ。腰まである長い黒髪、フリルで彩られた黒衣のドレス。一文字で切りそろえられた前髪がふわりと風に
揺れる。ウラは微笑む。
 だが、突然その笑顔が凍りつく。雑誌が落ちる。デリクは叫ぶ。ウラに近寄り抱きしめてやりたい。だが。届
かない。デリクは走る。闇のなかを。デリクは走る。バラに彩られた道を。しかし、追いつかない。追いつけな
い。ウラは目の前にいる。だが、追いつけない。

 ひひひひ……くくっ……ひひっ……くくくく……。

 喉の奥から搾り出されるような不気味な笑い声。それはあざけるように。もしくは悲しむように。様々な方向
から聞こえてくる。

 ひひひひ……くくっ……ひひっ……くくくく……。

 闇の中で、大量の雑誌が舞い踊る。それはすべて、ウラの記事。ウラに関する中傷記事。写真も、トップもな
にもかも。やがて雑誌はばらばらになる。すべてのページが生き物のように舞、デリクを包み込む。
 廻るページのそのどれもに、ウラの写真が載っている。写真のウラは悲しそうに、そして怒ったように。不気
味な笑い声を上げ続ける。

 ひひひひ……くくっ……ひひっ……くくくく……。

「ウラ……ウラーーーー!!!」
 ふと、デリクは現実に引き戻される。男と一瞬視線が合う。デリクは再び、男を一瞥した。男は顔を背けた。

―許せない。

 デリクは机の上に散乱する書類を握りつぶした。同時に、ディスクも叩き割る。ディスクは粉々になって床に
落ちた。男は、その様子を見てひぃと小さくうめいた。
 デリクは男を見やる。とたん部屋中に暗褐色の光の嵐が吹き荒れた。光は荒れ狂い、揺らぐ影を呼び起こす。
それは混乱となり、突如巨大な闇として、生き物のように膨れ上がった。
「!!」
 男は顔を覆い、恐怖の叫び声をあげた。



「おかえりなさい」
 分厚い木の扉を開けた瞬間、耳に入るやわらかな声。デリクはふと顔を上げる。そこには、ウラがいた。ウラ
は前で手を組み、礼儀正しくたたずんでいた。
「ああ、ただいま……」
 デリクはつぶやいた。

―やりすぎたが、後悔はしていない。

 デリクの胸に、そんな思いが宿る。

―おそらく、魔術教団内からも突き上げを食らうだろうけれど。

 ソファーにゆったりと腰掛け、デリクは思案をめぐらせていた。ウラがいつのまにか隣に跪き、もたれかかる。
部屋の中は、暖炉の柔らかい明かりで赤く満たされていた。薪のはじける音と、いぶしだされる煙の匂いが快い。
 豪華な調度品は、調和を考えた上で配置されており、完璧なまでの美しさを誇っていた。壁にかけられた数多
くの肖像画が、二人を見つめている。

―ほとぼりが冷めるまで、どこかへ……。

「そうだ、東京へ行こう」
 突然の言葉に驚いたのか、ウラの目が大きく見開かれる。しばらくデリクをじっとみつめていたが、やがて眉
をひそめ、怪訝そうな表情を浮かべた。
 デリクは立ち上がる。
「何処へ行くの?」
 ウラが尋ねる。
「ああ」
 デリクは振り返る。
「ちょっとした、調べ物だヨ」


 周囲は古臭い書棚に収まった本の壁であった。うずたかい本の山に、頑丈そうな梯子がかけられている。そこ
にデリクは登り、文献を調べていた。
 東京。はるかなる異国の地。四季というものが存在し、サムライのいる国。いつしかデリクは夢中で本を読み
漁っていた。と。
「なんだか面白そうな街ね?」
 いつのまにかウラが横で本を覗きみていた。
「ああ、ウラ」
 デリクはウラの瞳を見据える。吸い込まれそうな黒い瞳。そこに自分の姿が映る。
「ここにいったら、楽しいことがあるかしら?」
 ウラはわずかに口端をゆがめた。
「ああ……」
 デリクはつぶやく。
「決まり、だナ」



 書斎でデリクはパソコンに向かい合っていた。冷静に、キーボードを叩き文書を作成する。
 完成した文書をメールに添付し、デリクは送信ボタンをクリックした。

―先生。

 デリクはふと窓の外をみつめた。切り妻屋根にはたくさんの小鳥達がとまり、美しい歌を奏でていた。
 まるで二人の旅立ちを歓迎するかのように。


<了>