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<東京怪談ノベル(シングル)>


機械化帝国の真意。

「ただいまです」
 まだ誰も帰っていない家の中に声をかけて、海原みなもは帰宅した。丁度届いた宅急便を持って。大きな箱の割りに軽いそれは、差出人を見る限り怪しい。
 爆発物が入っているとか、毒が送られてくるとか、そういった危険性はない。それでも差出人の所に書かれた父の名前を見れば、不安にもなるものだ。
 宛先は自分の名前になっているのだから。
 どうも、彼女の父親はみなもを虐める性癖を持つ。虐待とかその手のいじめではなく、小学生が好きな女の子を虐めるような、そんな雰囲気があるだろう。先日悪趣味なゲーム及びビデオテープを送られた時の記憶は新しい。心の傷も浅くない。
 しかし、送ってこられたものは無碍にできないみなもは、はさみを片手に荷物の開封に当たった。
 一番初めはダンボール(地球に優しい再生紙)。その次もダンボール(地球に優しい再生紙)。その次もダンボール(地球に優しい再生紙)。その次も、その次も。その次も。その次も。
「またですか……」
 思わず、そう口にしながらも、開封の手を休めない彼女は、いっそ立派と言えるかもしれない。ダンボール(地球に優しい再生紙)が薄くなって、ようやく、本体ともいえるものが姿を現した時、部屋はダンボール(地球に優しい再生紙)で足の踏み場もない。
 ダンボール(地球に優しい再生紙)を新聞紙と一緒にリサイクルに出す準備をしてから、彼女は中身を見聞する。どうもCDで、しかも、ゲームらしい。
 これにも、またですか、と嘆息したくなってきたが、やっぱり送られてきた物を無碍にできないみなもであった。



 ゲーム内容は、いたって無難なシューティングゲーム。
 世界に魔王が君臨し―――この時点でリセットボタンに手が出るほどには、みなもの心の傷は深いが、消さない辺り、彼女の真面目な性格が窺える―――人々を悪の戦闘兵器に機械化している世界が舞台だ。
 主人公はある日突然その魔王に捕らえられて機械化されてしまい、戦闘機に組み込まれて挙句洗脳されてしまう。
 しかし、幸か不幸か。
 突然の事故が主人公を襲った。別の戦闘機の誤射を受け、彼女は洗脳によって眠っていた意識を取り戻す。
 魔王に改造された戦闘兵器としての自分の体。それを受け入れた主人公は、その体でもって魔王に立ち向かい、全ての人々を救うために立ち上がるのだった。
 という、凝ってはいるけれど後いくつかは同じ設定の話がありそうな、そんなオープニングが流れる。最近はCGが流行っているが、このムービーはアニメである。みなもは十分に警戒しながらも、話を進めた。
 だが、問題があった。
 珍しくそれは、ゲームにではなく、みなも自身にあった。
 彼女は、シューティングゲームが苦手であった。
 上下ボタンを使って敵の攻撃を避けつつ、ボタン連射で攻撃。敵の落としたアイテムを取ると体力ゲージが回復したり、攻撃の範囲や種類が変わったり、とめまぐるしく画面が動く。しかも、強制スクロール。
 一度目は開始早々で撃墜され、再チャレンジ。嬉しいオープニングスキップ機能付きだ。しかし、一面くらいはクリアーしないとセーブもできない。
 それを五十回くらい繰り返しただろうか。
 夜はとっぷりと暮れ、窓からは月が覗いた。時計は奇しくも深夜一時。RPGを完全クリアーする時間をかけても、一面もクリアーできない自分の不器用さに空しさを覚え、みなもはゲームをリセットした。
 ゲーム機を片付けてシャワーに向かう。何だか嫌な汗を沢山かいてしまい、それでも気分は悪くなかった。完全クリアーできなかったのだ。あの夢を見ることはないかもしれない。
 それだけが心の救いで、彼女はさっぱりしてからベッドに潜り込んだのだった。



「みなも、会いたかったよ―――……っ」
 いきなり、泣きつかれた。
 みなもは自分を腕に収め、青い髪に頬ずりをはじめた男に見覚えがある。あまり良い思い出ではないが、それをありありと髣髴させる。
 上品に固められた白髪交じりの髪。好感を持たずにはいられない、優しげな笑顔。穏やかな口調は、どうも彼の職業と言う奴を忘れさせる。
 と、そこまで考えてから、みなもは魔王に泣きつかれているのだと理解した。
 転瞬、その腕の中から逃げ出し、飛びずさって距離を置く。
「なんですか」
 鋭い眼光で睨みつけながら、みなもは注意深く辺りを観察した。その視界の端で、魔王が少し派手なハンカチで目元を拭っていたが、彼女は見なかった事にする。
 五十畳はありそうな広さの部屋だった。足の長い、赤い絨毯を敷き詰めた床は酷く古びた気配がしたが、少し顔を上げれば、部屋の片面は鏡張りだった。否、鏡に見えただけで、それは実際はガラスであり、夜の景色を映している。月は見えなかったが、満天の星空と見間違えそうな、街の光が眼下を覆った。
 ぞっとするほど、綺麗な景色。その景色は、あのシューティングゲームの背景に似ていないか?
 そう思った瞬間、みなもは全てを理解した。
「良い景色だろう?」
 魔王はのんびりとそんな事を言いつつ、視線を外に流す。
 その隙を逃す事なく、みなもは素早く転進して走り出した。どこかに出入り口があるはずだ。そこから、外に出ないと―――と、思ったのだが、壁にはドアらしきものはない。全てが、セラミックでできた硬質なものだ。穴を開けて突き進もうにもそれも難しい。
「逃がさないよ。私は淋しかったんだ。それは解るだろう?」
「そんな事のためだけに、人々を蹂躙してるんですか?」
 壁に背を預けて、みなもは魔王に向き直る。腹を括った。これがあのゲームのオープニングに相当する部分だとすれば、チャンスはまだあるわけである。ここで洗脳されたとしても、逃げ出す事は可能のはずだ。
「その通りだ」
 彼女の非難の眼差しを全身に受けつつも、魔王はいけしゃぁしゃぁと頷く。
 それを更に鋭い眼光で睨みつけ、ゆっくりとこちらに歩いてくる魔王から少しでも遠ざかる為に彼女も壁際を移動した。
「その波の色に似た青の髪。紺碧の瞳。すべらかな白い肌。桜色の唇。その全てを―――」
 魔王は言葉をきって、指を鳴らした。
 すると、どこにも継ぎ目が見当たらなかった壁から、何台ものビデオカメラが姿を現した。その全てがホームビデオなのが、妙な違和感でもある。
「これらに収めるのが、私の生きがいであり、生涯の目的だ」
 壮年は、人好きのする笑顔を浮かべた。
「そんな人生、止めてください」
 思わず総毛だったみなもは、丁寧に暴言を吐く。
「これが中々面白くてね。病み付きだよ」
 彼女の暴言にも挫ける事無く、寧ろ嬉々として魔王は更に間を詰める。体を引いた彼女の肩に窓ガラスが当たる。丁度、角に追い詰められた。
 これ以上は逃げられない。
 いっそ窓を破って外に出ようかとも彼女は考えたが、遠すぎる地面を見て、それを断念した。
ここから飛び降りて、生きていられるわけがない。
 正眼で、みなもは魔王に対峙した。
「こんな事して、なんになるんですか」
「目的は、そうだね。飽くなき探求とそれに付随する快楽だ。しかし、私は目的へとたどり着く道程、つまり、手段を愉しむ事を忘れない。今、この瞬間に君を戦闘機にする事も可能だ。しかし、それでは面白くないだろう? もっとゆっくりと、君のその眼差しを受けていたいと、誰しも思うものだよ」
 さも、当然の心理を語るかのように魔王は言うが、それは彼女にはさっぱり理解できない。
 唯一解るとすれば。
「悪趣味です」
「その通りだよ」
 魔王は即答した。
 一気に脱力するみなも。
 なんだかもう、好きにして、という気分になってきたのは一体何故だろう。
「では、悪趣味な趣向だが、今この場で、君には戦闘機になってもらうとしようか」
 もう一度、魔王は指を鳴らす。
 途端、みなもはかくん、とその場にへたりこんだ。急に、全身に力が入らない。
「え?」
 そんな声が、喉から漏れた。
 床についた手の指先から、徐々に銀色に変色しているのだ。みなもは目を疑った。しかし、爪の先から、確かに銀色は肌を侵食していく。
 それが何か解ったのは、手首まで銀色になってからだった。ただ単に色が変わっているわけではないのだ。手が、銀の鱗に覆われているような、不思議な違和感。
 その手に、もう片手で触れた瞬間―――
 ―――かちん、と金属音がした。
「え?」
 もう一度、その声が漏れた。
 金属音。
 違和感。
 戦闘機。
 言葉が暗号のように彼女の思考を留めなく巡り、やがて一つの結論に達する。
 その頃には、銀色は既に肘まで侵食を終了していた。
「い……」
 何気なくそらした視線に、膝まで銀色になった足が見えた。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
 理性が弾ける。
 突き抜ける恐怖が、彼女の全身を支配した。
 両手両足から少しでも遠ざかろうと、みなもは体を反らし―――背中が触れる前に、何かが壁に当たった。
 思わず、ガラスに映った自分を見た。
 見て、しまった。
「やだっ! 何ですか、これぇっ!?」
 背中から生えた、羽のような何か。それは服を突き破って背中を覆っていく。
 痛みはない。
 感触もない。
 なのに、確かに体が作り変えられていく。
 人間ではない、何かに。
 生き物ではない、何かに。
 無機物に。
「や、止めてくださいっ!!」
 喉が痛くなるほど、声を張り上げた。逃げられるものなら、世界中走り回ってでも逃げたい気分に襲われ、なのに、どうしても足に力が入らない。
 その足の先が、大きく伸びてきた。
 何の感触もない。なのに、視界にはその様子が映る。
 冗談のような光景だった。
 背中から伸びてきた羽のようなパーツが、両腕を絡めとって行く。やがてそれは、翼のように大きく開いた。
 同時に、みなもは目を見開いた。
 もう、叫ぶ事もない。
 侵食は、やがて全身を覆う。
 ただ、夜景に映った自分を見続けるだけだ。
 腹部が、ウィーン、と嫌に機械的な音を立てて。
 胸元が一度落ち込み、次にせり上がってきたのは何かガラスのような球状のものだった。
 やだて、手足にあったはずの感覚がなくなり、髪は、精緻な幾何学模様を描いて背中を這った。
 ガラス玉になった青の双眸から、一滴だけ、涙が伝った。
 それは金属の頬を辿り、冷たい唇を掠り、硬い顎を伝い、セラミックの床に落ちて。
 肩からせり上がってきた金属が彼女の首を固定して頭部をすっぽりと覆ってしまった。
 目の辺りには、外が見えるように透明な処置がしてある。
 そうして、彼女の精神は事切れた。



 ふ、と目を覚ました。
 何があったのか、さっぱり解らなくて、彼女は体を起動した。主電源オン。左翼、右翼、電力供給。エンジン仮運転。全身の不備をチェック。
 胸元のランプが緑に光る。
 異常なし。
 なのに、どこか頭がすっきりしていた。
 そう、まるで別の体を持っていた時のように―――
 そこまで思考して、彼女は現在の『異常』に気がついた。
 現状に異常を感じない、と言う事事体が、異常なのだ。
 戦闘機、というそれに相応しいそのフォルム。体事体は十字に貼り付けられているような状況で、端的に現せば背中に一枚の三角の板を打ち込んだような恰好。
 腹部には離着陸用の足があり、今はドックの中である。
 頭部を守るように金属が覆っているが、顔だけは強化ガラスで覆われていて、視野を固定していた。
 彼女は現状を確認し終え、突然しなければならない事を思いだした。
 逃げなければ。
 多分今は洗脳が掛かっていない。だったら、逃げなくてはならない。
 あの、男の元から。
 全身をフル起動して繋がっていたワイヤーをいくつか強引に断ち切った。そして、半開きになっているドックの扉から、外へと飛び出す。
 そして、あのゲームならここからが一面だ。まずは脱出。そして、メンテナンスを請け負ってくれる協力者を得て、再度魔王に立ち向かうと言う内容だった。
 しかし、一面もクリアーできなかった彼女には、その協力者がどんな人間で、どこにいるか皆目検討つかない。
 そう途方に暮れている間に、何時間も聞き続けたゲームミュージックがスタートし、強制スクロールが始まった。
 そうなれば、諦めて死を選ぶか、戦いの道を選ぶか。選択肢は二つ。
 みなもは眼前を見据えて、生きる為の戦いを選んだ。
「行きます」
 静かに、呟く。
 ここに居る戦闘機は全て元は人間だったはず。それを墜すのは忍びないが、それでも、と彼女が心を決めたその瞬間。

「勝負だ、みなも」

「何でですか!」

 思わず、彼女は叫んだ。
 なぜかというと、そこにいるのは魔王。円盤状の何かに乗って、夜景の中に浮いている。あまりに無防備だが、そこは魔王。きっとなんとでもなるのだろう。
 しかし、本来ゲームであれば、一面初っ端から魔王と遭遇なんてありえない。
 みなもの叫びは至極真っ当だった。
「だーって、洗脳したのは良いけどさぁ」
 白髪交じりの壮年が、両手の人差し指同士と合わせて、呟く。
 ジェットエンジンの音にもまけない声を張り上げているはずなのだが、彼の声は心持暗い。
「どんな私の命令にも従うみなもなんて、みなもなんて……」
「私なんて?」
 聞かなければ良いのに、彼女は先を促した。
「私の可愛いみなもじゃないよ――――――っ!!」
 魔王の絶叫。
 みなもの脱力。
「まさか、それだけのために…」
「洗脳を解いた」
 あっけなく、魔王は言い放つ。
 てへ、と照れたように笑って見せつつ。
 人生をもてあそばれているみなも。ここで殺意くらい抱いた所で、彼女に非はない。しかし、そうするにも、魔王の表情は本当に淋しげな子供のそれで。
 反感くらいは覚えても、殺意までは届かない。
「まぁ、ここで私に勝ったら元に戻してあげるから。勝負しよう」
 うきうきと言ってくる魔王に、みなもはそれ以外道はない、とうなずいた。
 夜空の上に佇む二人。
 風が、殊更に強く魔王の髪を弄ったが、そのスタイルは崩れない。
 どちらが先に動いたか。
 それは些細な事だった。
 やがて―――勝敗は決する。


 あっけなく、みなもは負けた。
 途中から、なんとなくそんな予感がしていた為に、何のショックもなかった。それはそれでショックでもある。
「さぁ、二人の愛の巣に帰ろう」
 もう何もいう気力の起こらないみなもを、魔王は嬉々としてお持ち帰り。
 そして、二人の生活が始まる。


 始めは抵抗していたみなもも、次第にその事を馬鹿らしく感じてきた。
 何事に対しても真面目な彼女は、今、この生活を充実させる事を考え出す。
 

「みなも、今日は海まで遠出をしよう」
「はい。じゃぁ、乗ってください」
 どこからともなくランチボックスを取り出した魔王に、戦闘機みなもは顔をほころばせて喜んだ。
 彼女のジェットエンジンには、魔王の体重など重くない。彼を乗せて、彼女は銀翼を青空に飾り、眼下に町を置き、そして水平線に向かう。
「飛ぶのが大分上手になったね」
「え? 本当ですか?」
 ほめられて嬉しい、とその表情には書いてあるが、今の魔王にはそれは見えない。しかし、見えていなくとも彼には彼女の感情を見透かすくらい訳もない。
「本当だよ。乗り心地も快適だ」
 みなもの後ろ頭に相当する辺りを、魔王は慈しむように撫でる。その賛辞は乗り物としての彼女にとって、最高級のものであり、また、魔王の愛撫は彼女にとって最高級の送りものだった。
「ありがとうございます」
 語尾が上って、声が弾んだ。みなもは心持速度を落して、もう少し、この空間を長引かせようとする。
 魔王も、それが解っていても何も言わない。
 恋人同士のあまやかな雰囲気ではなく、信頼しあった暖かなそれは、彼女を酷く安心させる。
「今日は本当に、良い天気だね」
  彼はもう、魔王ではなかった。
 人々を蹂躙する事も、君臨する事も止めたこの男は、ただひたすらみなもをビデオテープに収め、まるでそのためだけに生きている様にも見える。
 彼女にはそれが嬉しく感じた。
「はい、本当に良い天気です」
 みなもが返事をする。
 男は笑う。
 世界は、平和だった。




「って、やっぱりそのオチですかっ!?」
 自分の叫んだ声で、みなもは跳ね起きた。
 チチチっ、と外で雀が飛び立つ音が聞こえる。心持荒い息を吐いて、彼女は辺りを見回した。何の変哲もない、自分の部屋。
 酷く、疲れた朝だった。
 手ぐしで髪を整えて、時計すら確認せず、ベッドから着替えるまもなく慌しく降りると、彼女はそのまま玄関に向かった。パジャマ姿の羞恥心を忘れるほどに、彼女は今、気になる事があった。
 それは、郵便受け。
 あれがあったら。
 あったたとしたら。
 自分はどうするのか。それすら解らず、彼女は郵便受けの前に立った。何度か深呼吸を繰り返す。高校の合格発表よりも、ある意味緊張していた。
 息を呑んで、手を伸ばす。
 かくして―――朝陽の中、父親から娘への愛が、送られてきていた。
 備考欄の『ビデオテープ在中』。
 もう二度と、父から送ってきたゲームはしない。
 みなもは心に決めたのだった。



END