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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


声を発してはいけない。



■ プロローグ

 ――屋敷の中では声を発してはいけない。
 ――声を発した者はその身に何かが起こる。
 ――上記のことは、屋敷の中にいる以上持続するものである。

「……胡散臭すぎだ」
 草間は紙切れを放り投げた。しかし、ひらひらと不規則な落下を見せ再び草間の膝の上に舞い降りた。
「いやー、行方不明者も出てるんですよ?」
 応接セットのソファー、草間の前に座るのは近所に住む怪談好きの青年だ。この男のせいで草間興信所に少なからず怪奇現象の依頼が舞い込む。他にも原因は多いが。
 嫌味のない笑顔で青年は語り出す。
「実は、知り合いの知り合いの友人がその行方不明者の中の一人なんですよ」
 それは他人と言うのではなかろうか? 草間は心の中で青年のうそ臭い話を推量する。行方不明者が出ているということは、さすがに何かあるのだろうと思うが、屋敷の正面玄関のドア口に貼ってあった貼り紙の内容は信じ難いものがある。
「頼みますよ。命に関わるかもしれないんですよ?」
「……どうせ、仲介料でも取る気だろうが?」
 草間が皮肉混じりにそう言うと、どうやら図星だったらしく、
「そ、そんなことよりも、早く決断してくださいよ。一分一秒を争う事態なんですよ?」
「ああ、分かったよ。とりあえず、調査員を向かわせるから館までの案内は任せたぞ?」
「ははは、それはもちろん。任せてくださいよ」
 青年は調子よく笑い声を上げた。



■ 出発前

 現場に程近い喫茶店に集まった今回の参加者。四人掛けのテーブルに向かい合うように座り、二人が待っているのは、今回の依頼者である佐々木祐二――年齢二十五歳、独身、ミステリー・心霊マニアでとても恰幅の良い青年だ。草間が言うには調子の良い軽薄な男、とのこと。
「……遅いね」
 五降臨・時雨がゆったりとした口調で向かいに座る、綾和泉・汐耶に話しかけた。
「そうですね。約束の時間は午後二時で間違いないはずですが……」
 汐耶はメガネのズレを微妙に調整すると店内、カウンターの奥の壁にある大きな柱時計に視線を投じた。
 ――午後二時二十二分。
 時雨が水の入った薄いブルーのコップに手を伸ばす。
 ちょうどその時、
「すいません、遅くなってしまいまして。あの、調査員の方々ですよね?」
 佐々木祐二はまるで値踏みでもするかのように座る二人を見下ろした。
「とりあえず、お話を窺いたいのですが?」
 汐耶が言うと男は我に返ったのか、
「あ、すみません。僕、どうも初対面の相手の顔を凝視する癖があるようなんです。すみません」
 どうやら男の口癖は「すみません」のようだ。
 時雨が空になったコップをテーブルの上にどかっと置いた。その音が案外響いて祐二の顔が強張った。時雨はただ単に手が滑っただけなのだが、これが祐二の軽薄な雰囲気を封印する役目を果した。
「で……屋敷はどこにあるの?」
 時雨が祐二に尋ねる。祐二は変に緊張しているようで、
「え、ああ、屋敷ですか? それは、これを見ていただければ……」
 祐二はバッグから地図を取り出した。この辺りの地図らしい。
「この赤い印が屋敷のある場所です。ちなみに、この喫茶店はここらへんですね」
「わりと近いですね。住宅地のようだけど……周囲に民家などはないようね。ところで、所有関係は?」
 汐耶が地図を見たまま訊く。
「すでに家主はなくなっているそうで、親類関係もいないそうです。廃屋ですね。何でも、この近辺で心霊現象が多発して誰も近寄らなくなったとか」
 そこまで言うと、裕介は水を口に含んだ。更に、やって来た店員にアイスコーヒーを注文する。
「貼り紙は?」
 時雨が曖昧に質問する。裕介は一瞬口ごもったがその後、
「えっと、これは最近の話のようです。これは、行方不明者が多発した時期と重なります。というか、関係がないはずがありませんよね」
「とにかく、何者かが屋敷に住み着き……屋敷に足を踏み入れるものにルールを敷いた……そういうことね?」
「妖怪か魔物の仕業かな……?」
「やっぱり、現場に赴かなければ何とも言えませんね」
 裕介が店員の運んできたアイスコーヒーにガムシロップを山のようにかけて一気に飲み干した。



■ 屋敷潜入

 屋敷の造りは洋風で、しかし竹やぶの中に埋没しており何とも場違いな佇まいであった。中に入ってみると案外涼しく、しんとしていた。
 三人は屋敷の一階――大広間にいた。
『……どうかしたの?』
 時雨がさらさらとペンを滑らせメモ用紙を二人に見せた。この屋敷内では筆談が意思の伝達を行なうための主たる方法である。
『その格好……どうにかなりませんか?』
 裕介が見た目よりもずっと丁寧な文字でそんなことを伝える。
『それって……どういう意味?』
 時雨が尋ね返す。裕介はこの時になってやっと時雨が天然ボケなのだということを理解した。
『目や鼻に対する刺激を回避するためでしょう?』
 汐耶が顔色一つ変えずに用紙を掲げた。どうやら汐耶の方はクールな性格をしているようだ。
 裕介がこの屋敷に入って思わず声を上げそうになったのは時雨の顔に原因があった。
 時雨はきめ細かいマスクとゴーグルを装着していたのだ。街中で出会っていれば間違いなく笑い伏していたに違いない。
『…………』
 時雨はむやみに筆談する。しかも、無言を示す三点リーダーまで――。
『ちょっと……考えたんだけど、館を放火して様子を見て、僕の超速度で行方不明者を救出すると言うのはどうかな? ……ごめん、冗談』
 屋敷に潜入してさほど時間は経過していないが裕介はだいぶ疲れてきた。時雨の言動や行動がやけに心を擽るのだ。主に笑いの方面へ。
 大広間を調べていると汐耶が突然二人に合図を送った。
 汐耶の提案により筆談以外の意思伝達手段として手話を採用しており、人差し指を立てる仕草は『集合』を示すものと約束されていた。汐耶は二人にこう伝えた。
『この部屋から物音がするわ』
『物音?』
 時雨がオウム返しに聞き返した。
『入ってみますか?』
 今度は裕介だ。
 汐耶がこくりを頷く。
 時雨が先頭に立ってドアに近づく。静かに中へ。
 その部屋は薄暗く、やけにかび臭かった。
『……何もいないね』
 時雨が部屋の中央で突っ立ったまま発言する。
 その時――突如、部屋の片隅に設置されていたレコードから音楽が流れ始めた。
「――うわああ!」
 裕介が思わず声を上げる。まずいと思ったがもう遅い。
 絶句する二人の目の前で裕介が突如赤い光に包まれ――パァッとその光が消滅し、同時に裕介も消え去った。
『罠だったのね……』
 汐耶が渋い顔をする。
『……声に反応するのは……間違いないみたいだね』
『ちょっと試してみようかしら』
 汐耶が荷物の中からオモチャの人形を取り出した。最近、話題になっている映画に登場する人型のロボットだった。
『……なにを?』
 汐耶が微笑み、人形のスイッチを入れた。
「起きろー、朝だぞー、遅刻するぞー」
 ロボットから音声が流れる。
 ――屋敷の中では声を発してはいけない。
 果たしてこれも制約に引っ掛かるのか。二人は人形を注意深く見つめていた。
 だが、いくら待っても人形には何の変化も訪れなかった。
『……生の声でなければ効果はないみたいね』
『つまり……録音では……物音なんかと同じ意味に捉えられるんだね』
『先へ進みましょう』
 時雨がこくりと頷く。
 一階をあらかた調べ終えた二人は、二階への階段を上った。
 階段は何故か湿っていた。これも罠の一つかもしれない。人間は思わぬアクシデントで声を発しやすい。特に意表を突かれると先ほどの裕介のように無意識のうちに声を出してしまう。
 二人はとにかく細心の注意を払い、二階へ向かった。
 二階は一階ほど広くはなかったが、それなりの部屋数があった。
『この廊下の奥に……部屋があるね』
 屋敷の間取り図を見ながら時雨がメモ用紙にペンを走らせた。
『最後の部屋ね』
 薄暗い廊下の床は軋んでおり、所々に穴などもあった。さらに窓の一つもなく、光の当たらないその廊下はやけにじめじめしていた。床が腐っているのは風通りが悪いからだろうか。
 歩くたびにぎしぎしと耳障りな音が耳に入ってくる。
『……このドア……みたいだね』
 時雨がドアノブを握り、捻り、こちら側に引っ張る。
 二人は部屋の中を覗きこみ絶句した。
 こちらを圧迫するような強い圧力が二人に圧し掛かって来たのだ。
 物理的に重い感じ――それが霊力だということに気づいたときにはもう目の前に敵が迫っていた。
 咄嗟に部屋の中へ転がった時雨は、即座に敵の正体を確認しようと顔を上げた。
「……見つかってしまったか」
 人型の異形はどう考えても魔物の類だった。魔物は女性に近い体つきで青い髪が顔面を覆い尽くしていた。
 汐耶はごくりと息を呑んだ。
 時雨が刀を握り、魔物に向かっていく。
 魔物は時雨の超速度に翻弄されあっけなく降参した。
 汐耶が持ってきたロープで魔物の自由を奪う。更に力を使いロープに封印も施しておいた。
 時雨がメモ用紙を使って魔物に話しかけようとすると、
「……もう、喋っても大丈夫。こんな状態じゃ力なんて使えない」
 魔物が弱々しく呟いた。表情に先ほどまでの邪気は感じられない。どうやら、この魔物は物理的な接触には長けていないようだった。
「……で、捕らえた人たちは?」
 時雨が口を開く。特に何も起きない。それを見て汐耶が肩の力を抜いた。
「命は奪っていない。ただ……私は力を蓄えていただけだ」
「どういう意味?」
 汐耶が訊く。
「私は人間の発する声――言霊を原動力として生きている。ある戦いで力を失い、再び力を蓄えようと、こうして人間をおびき出していたんだ」
 魔物は牙の抜け落ちたライオンのようにまったく覇気が見られなかった。本当は悪い魔物ではないのかもしれない。
「なるほど、だいたいの事情は解かったわ。でも……捕らえた人たちは、ちゃんと返してもらうわよ?」
 魔物は無言で頷いて見せた。
「……言霊……って何だっけ?」
 一人、時雨が間の抜けた声を上げて首を傾げていた。



■ 後日

「いやー、ほんと参りましたよ。まさか、あんな所に罠があるなんて」
 ソファーにどっぷりと座って、コーヒーのおかわりを零に頼んだ裕介は異常なまでにお喋りだった。屋敷での反動だろうか。
「お前はもういいから、黙っていてくれ」
 草間がタバコの煙を室内に蔓延させる。
「……それで……魔物はどうなったの?」
 時雨が草間に尋ねる。
「あの魔物は普段、人間から微量のエネルギーを吸収しているんだ。その影響力は微々たるものでな、だから解放した。悪い魔物ではなさそうだったからな」
「つまり、あの時は状況が特殊だった、ということですね?」
 汐耶が結論を述べると草間は「うむ」と大きく頷いた。
「それにしても、声にエネルギーがあるって言われても感覚的には判りづらいものですね」
 裕介が二杯目のコーヒーを飲み干しそう言った。
「言霊か……人の言葉には力が宿るってことよね」
「……あ……言霊ってそういうことか」
 時雨は今になってようやく気づいたらしく、うんうんと何度も頷いていた。
「あの屋敷は近いうちに取り壊されるそうだ」
 草間が新しいタバコに火を点ける。
「確かに老朽化が進んでいたようですしね。それに、また悪意を持った者が住み着くとも限らないですし……」
 それから数週間後、屋敷は取り壊され、心霊現象などの噂も徐々になくなっていった。



<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1564/五降臨・時雨/男/25歳/高校生/殺し屋(?)】
【1449/綾和泉・汐耶/女/23歳/都立図書館司書】

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■         ライター通信          ■
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というわけで『声を発してはいけない』でした。担当ライターの周防ツカサです。
案外、あっさりとしたストーリー展開になった感があるのですが楽しんでいただければ幸いです。
ご意見、ご要望等などありましたら、どんどんお申し付けくださいませ。
それでは、またの機会にお会い致しましょう。

Writer name:Tsukasa suo
Personal room:http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=0141