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携帯電話
机の上に置かれた携帯電話から、奇妙な音が流れ出した。
それは、音楽というにはいささか不出来な、それでいて妙に心引き付ける音色。
不協和音。
そんな言葉が草間の脳裏に浮かぶ。
草間はちらりと自分の正面に座る依頼人を見た。脅えた表情でじっと携帯電話を見つめている。
宮坂里美と名乗った少女は、ここへ来るなり携帯電話を机の上に出した。
それが鳴り始めたのは依頼内容を聞き出そうとした矢先である。
中を見るつもりのなさそうな依頼人に代わり、草間は携帯電話を手にした。
折りたたみ式の電話を開いてみると、メール着信を知らせるアイコンが点滅している。
「中身を確認しても？」
一応持ち主に声をかけると、里美は小さく頷いた。
了解を得て、草間はメールを開いた。
『９１７５４２ ２ ７２４２７２７２５５４２４５５２７２７２３２ ２ ４５５２７５４２ ２』
「なんだこれは、暗号か？」
中には意味不明の数字が並んでいる。
「電話番号でもなさそうだな……」
「それが……毎日届くんです」
里美は携帯電話から顔を背け、そう言った。
「あの……電話を拾った日から」
「詳しく聞かせてくれないか？」
里美の話はこうである。
今から一週間前、犬の散歩の途中に一台の携帯電話を見つけた。
持ち主が誰か判るかも知れない。そう思って、里美はメモリを覗いた。
予想に反し、登録されたアドレスはほとんどなかった。
その全員が知らない名前である。
だが、そこに唯一見覚えのある名前を見つけたのだ。
それは他でもない「宮坂里美」自分自身の名前だった。
「それで、君はどうしたんだ？」
「登録されていたのは確かにわたしのメアドだったんです。だから、ためしに空メールを送信してみました」
果たして、里美の携帯電話は鳴り出した。今まで聞いた事のない、登録した覚えすらない音楽で。そして、空で送信したはずのメールには先程の数字が羅列していた。
「それからは毎日そのメールが届くようになって……怖くなってその携帯、解約しました……でも」
メールは全く治まらなかった。全く同じ音色で、同じメールが届いたことを知らせてきた。
「で、その拾った携帯はどうしたんだ？」
「怖かったのでそのまま置いてきました……」
そこまで聞いて、草間は溜め息をついた。
明らかにこの事件は尋常ではない。どちらかといえばあちら側の事件である。
「ここに来れば助けてもらえる、そう聞いて来たんです！お願いします、助けてください！」
どうせろくでもない噂を聞きつけてきたのだろう。
だが、必死な様子で懇願する少女に、他所へあたってくれと言えるはずもない。
（どうしてこう俺ばっかりこんな目にあうんだか……）
半ば諦めの溜め息をつき、草間は少女に依頼を受ける事を告げたのだった。
１．草間興信所 １５：３２
夏野影踏は仕事を求め、草間興信所の扉を叩いた。時折こうしてバイトとして草間の仕事を手伝っている。
「夏野さん、こんにちは」
零はにこりと微笑んで、影踏を部屋へと招き入れた。
「こんにちは」
零に挨拶を返し、影踏は扉をくぐる。草間はソファーに座り、何かを書いている。
「なにやってるんですか？」
草間の正面に座り、影踏は落ちていたメモを拾い上げた。
「なんだこれ」
そこにはいくつもの数字が書かれている。
「影踏か……」
草間はようやくこちらに気付いたようである。
「草間さん、これなんですか？」
影踏の問いに、草間は一台の携帯を取り出した。最近発売したばかりの機種である。残念ながら影踏の契約している通信会社では使えない。
「携帯がなんです？」
あらゆる角度から携帯を眺める影踏に、草間事件の概要を語った。
「これが暗号ですか」
それでようやく合点がいった。草間の放り出したメモには沢山の数字が書かれていたのだ。
「お前も一緒に考えてくれ」
草間に言われ、影踏は素直に考えた。
まず気付くのは、一番目から一文字おきの数字が『９』までしかないこと。それと同じく二文字目から一文字おきの数字は『５』までしかないということだった。
そしてこれが携帯メールで送られてきたという事を考慮にいれると、それぞれ五十音の段と行を携帯電話のキーで表していると考えるのが妥当である。
影踏は試しに紙に書き出してみた。
『らもち ２ みちみみ』
まるで意味が通じない。おまけに途中の『２』が解らない。
影踏は頭を抱えた。
そこにノック音が響く。誰か来たようだ。
「あ、みなもさん。こんにちは」
「こんにちは」
「丁度いいところに来た！」
その声を聞きつけ、草間が応接椅子から立ち上る。
「どうしたんですか？」
その声には覚えがあった。影踏が顔を上げると、そこにはセーラー服の少女、海原みなもが立っていた。
「あ、夏野さんこんにちは」
影踏はみなもの可愛らしい笑顔に救われた気がし、立ち上がった。
「あああ！みなもさん！丁度よかった！！俺達だけじゃ訳が解らなくて……」
「……なにがあったんですか？」
みなもは戸惑いながら、首を傾げる。草間が影踏に見せたように、一台の携帯を差し出す。
「携帯電話ですか？」
「まあ、これを見てくれ」
「なんなんですかこれ？」
羅列された数字に目を丸くするみなもに、草間は事件の概要を語った。
「……暗号電子手紙ですか」
「そう。それを今二人で解読している最中だったんだ」
「えっと、この数字『２』以外は全て偶数で構成されていて、かつ偶数目の数字が１〜５ですから、２桁で１文字を表している思うんです。母音と子音の組み合わせとか……」
やはりみなもも影踏と同じ事に気付いたようである。
「らもち？」
「あ、そうです。あたしもそう思いました」
みなもは大きく頷く。
「でもこの通りに読んでも文章にならないんだよな」
「ってことはこれも違いますよね？」
みなもも首を傾げる。
「この『２』が解んないんだよな……ま、こっちは頭脳派に任せた！」
そう言って影踏は立ち上がった。ここで考えていても埒が明かない。
「おい、まだ暗号解けてないだろ？」
「そんなの後々！まずは現場百回！っていうでしょ？実際にその場所に行って実地調査を行うべきだと思う」
草間の言葉を無視し、影踏は興信所を後にした。
「と、いうわけで行ってきま〜す」
２．変電所・裏 １６：１８
その場所は、余りに寂しい場所だった。
変電所の裏とはいえ、街灯も殆どなく人通りもない。豊かな木々に池、人々の憩いの場所となるのに十分なアイテムを持ちながら、それが生かされる事もない。
忘れられた場所。
そう表現するのがぴったりだと、影踏は思う。
「この場所で聞き込みするのは無理かな」
誰かが通りがかる事すら奇跡のようだ。
とりあえず影踏は問題となっている携帯電話探しを始めた。
そう広くない場所である。目に見える範囲を探すのは容易いが、生茂る草に埋もれてしまっている事を考慮に入れると、大変な作業とも言える。
おまけに辺りは暗くなりつつある。
「よし、頑張ろう」
影踏が気合も新たに草をかき別けていると、
「落し物ですか？」
と声がかかった。
振り返ると妙齢の女性が立っている。
「はい、携帯をちょっと」
仕事帰りだろうか、女性はスーツに身を包んでいる。
「番号解りますか？私、かけますよ？」
その音を頼りに探せばいいと、女性は提案してきた。どうやら世話好きのお姉さんのようである。
「番号はちょっと解らないんです……俺の携帯じゃないので」
「そうなんですか？」
「はい。それよりちょっとお伺いしたいんですが」
「私の番号なら秘密よ」
そう言って笑う。どうやらノリも良いらしい。こんな時でもなかったら是非お相手して貰いたい所だが……影踏は据え膳という言葉を押しのけながら、
「それは残念……じゃなくて、実はこの辺りの調査をしているんですが、なにかこの辺りで事件とか事故とかなかったですか？」
そう聞いた。
「もしかして衿宮さんの事？」
「エリミヤ？」
「そう。衿宮さんの所の娘さんが一週間ほど前から行方不明になっているのよ」
同情しているような顔をしているが、その実話したくて仕方ないのだろう。影踏が聞くまでもなく、女性は行方不明者『衿宮優菜』の事を話し出した。
３．衿宮家 １７：０５
幸せな家かそうでない家か、家の持つ雰囲気で伺える事がある。衿宮家は明らかに後者であった。一人娘が行方不明だからなのか、あるいはそれ以前からなのか、家の放つ雰囲気はひたすら暗かった。
衿宮優菜１７歳。この近くの聖華女子高校に通っている。特に目立つ娘ではないが、音楽を趣味としている。
これが、話好きのお姉さんから影踏が得た情報である。ちなみにお姉さんはここまで送ってくれ、自分は家に帰ってしまった。
振り返ると、遠くに変電所の建物が見える。
どうやらあの道は、この辺りに住む者の近道として利用されているのだろう。
そのまま辺りを見回す。
誰も見ていないことを確認すると、影踏はくしゃみをした。いや、くしゃみのようなものを、である。
次の瞬間、影踏の体は１８歳の少女のものと入れ替わる。
影踏の隠された能力『前世還り』がこれである。あまり良い思い出のない能力だが、その気になればこんな風にも利用できる。
女子高に通う子の家を訪ねるのに、男ではまずかろうと思ったのだ。
またいつ姿が入れ替わるかわからない。
影踏はさっさと衿宮家のインターホンを鳴らした。
『はい』
静かな声が応じる。
「こんにちは。私夏野と申します。優菜さんには音楽サークルでお世話になっております」
唐突だっただろうか、声の主は黙ったままだ。
しばらくそのまま待っていると、静かに扉が開いた。
おそらく優菜の母だろう。覗かせたその顔は、娘を案じてかやつれている。
「なんでしょうか？」
「優菜さんはご在宅ですか？」
何も知らない風を装ってそう聞くと、
「……優菜はちょっと出かけております。しばらく戻らないと思います」
母親は覇気のない声で答えた。
行方不明であるとは言わない。それは当然といえば当然なのだが。
「そうですか……あの、何か私宛に預かっている物ないですか？」
「あなたに？」
「はい。今日、どうしても必要な物を優菜さんに預けてあるんです。実はそれを貰いに来たんですけど」
口からでまかせも良い所である。最近の親子関係の希薄さは、こんな時に役に立つ。
「いえ、別に何も……」
「そうですか、困ったな……」
わざとらしく呟く。
「あの……良かったら娘の部屋を探してみてください。このままでは申し訳ないですから」
「大丈夫ですか？」
影踏の問いに、母親は小さく頷いた。
その姿に良心が痛むが、この際そんなことを言っていられない。もしかすると優菜もこの事件に関わっているかもしれないのだ。
「じゃあ、お邪魔します」
４．優菜の部屋 １６：１５
優菜の部屋はきちんと整頓され、清潔に保たれていた。母親がそうしているのだろうか。どちらにせよ年頃の女の子のような華やかさに欠けている。
この家のように、どこかひっそりとした雰囲気だ。
影踏は部屋を見回した。
チェストにベッド、机、本棚といったごくありふれた物の中に、普段余り目にする事のない機材が詰まれたラックがあった。これで趣味の音楽を作っているのだろうか。
机の上に、一冊のノートが置かれている。勉強用だろうか、何気なくページをめくった影踏は凍りついた。
そこに書かれていたのは、沢山の数字だった。
一つとして、平仮名がない。これは一体なんなのか。
影踏がページをめくると、最後のページに見慣れた数字を発見した。
『９１７５４２ ２ ７２４２７２７２５５４２４５５２７２７２３２ ２ ４５５２７５４２ ２』
「じゃあやっぱりこの子が」
影踏は呟いた。
おそらくこれは日記だろう。誰から隠すためかは解らないが、優菜は自分にだけ解る方法で、何かを書き記していたのだろう。
影踏は幾つか気になる数字をメモすると、ノートを閉じた。
何故だか余り見ていてはいけない気になったからだ。
この少女がどうなったのかはわからない。
兎に角もう一度あの場所で、携帯電話を探そう。
影踏はそう決意し、衿宮家を後にした。
５．変電所・裏 １７：０５
影踏は再び変電所の裏で携帯電話の捜索を開始した。
思えば里美は犬の散歩の最中に見つけたと言う。矢張り見つけにくい場所にあるのだろうか。それとも誰かが持っていってしまったのだろうか。だが、これが霊的な力が働いているなら、携帯電話は何度捨てても持ち主の元に戻ってくるか、元の場所にあるかが定石だ。今、里美の手元に携帯電話がないのなら、この場所に必ず落ちている。
ハズである。
影踏は少しずつ範囲を狭めながら、地道に捜索を続けた。
大分日が傾いた頃、
「夏野さん！」
みなもの声に影踏は顔を上げた。
「なにをしているんですか？」
「携帯電話探しを……もしかしたらまだ落ちてるかもしれないでしょ？」
「そうですね。あたしもお手伝いします。里美さんが携帯電話を拾ったのは池の東側、ちょうどあの辺りです」
見つからない筈である。影踏みはちょうど池の西側を捜索していた。
みなもの情報を元に、場所を移動する。
「里美さんにいろいろ聞いてみたんですけど、これといって真新しい情報はありませんでした。解ったのは携帯を拾ったのが今から一週間前だという事」
一週間前、そんな台詞をさっきも聞いた。
「その日付を元にネットで調べてみたのですが、この辺りで行方不明になった方がいらっしゃるとか」
それが衿宮優菜だ。さっきまでそのこの家に行っていたと影踏が告げると、みなもは目を見張った。
「え、本当ですか！？」
「うん」
影踏はあっさりと頷く。
「聖華に通う衿宮優菜っていう子なんだけど、この事件その子で当たり」
「どうして分かるんですか？」
「暗号があったんだ、それもノートにびっしりと。多分人に読まれたくない日記なんかをそうやって書いていたんだと思う」
影踏は話しながら再び携帯電話探しを開始した。今度は池の東側。必ず見つかるだろう。
「暗号と言うよりは、秘密の文字だったんですね」
そうみなもがしみじみと呟いた。影踏には全く経験ないが、同じ少女であるみなもには何か通ずる物があるのだろうか。
こればかりは『前世還り』して女性の姿になったといって解るものではない。
「でも、それってそういう電子手紙が衿宮さんから送られてくるって事は……」
みなもはためらって言葉を切ってしまったが、影踏にはなにを言おうとしているのか解った。
これが霊的事象であることがその証明である。
「やっぱりそういう事、だよな……」
衿宮優菜がどうなってしまったのか、その謎を解くには兎に角携帯電話の存在が不可欠である。
「やっぱり携帯電話を見つけないといけませんね」
「探し物はこれか？」
みなもが決意も新たにそう言うと、そこに聞き覚えのない声が飛び込んできた。
「えっ？」
みなもが驚いて振り返る。一緒に振り返った影踏の見覚えのない人物がそこに立っていた。
和服に身を包んだ中性的な顔立ちの少年……どこか独特の雰囲気を纏っている。影踏よりも幾つか年下だろう。その細く白い手には、携帯電話が握られている。
こんな時でもなければ気になる存在である。
「どちら様ですか？」
影踏がそう問うと、
「流飛霧葉（りゅうひ・きりは）だ」
と、少年−霧葉は端的に答える。
「もしかして、草間さんの言っていたプロフェッショナルな方ですか？」
みなもの問いに、霧葉は頷く。
話が見えない。
「やっぱり。あたし、海原みなもと申します。今は、草間さんのお手伝いをさせて頂いています」
みなもは霧葉に向かい丁寧に頭を下げる。それからみなもは草間とのやり取りを教えてくれた。
「なんだそうだったのか……俺、夏野影踏といいます。どうぞよろしく……所でどこにそれありました？」
あれだけ探したのに、こうもあっさり見つけられてしまうとなんか悔しい。
「気配を追っていたら行き着いた」
と、霧葉は拾った場所を指差し、ぶっきらぼうながらもきちんと答える。
「気配、ですか？」
「依頼人の元をうろうろしていたあやかしの気配だ」
影踏は二人のやり取りを聞きながら、早速携帯電話のアドレスを調べてみた。里美の話が事実だとすれば、ひょっとすると自分のアドレスが登録されているかもしれない。
「あ、あった」
すぐにそれは見つかった。
「夏野さんの宛先、登録されているんですか？」
みなもが横から覗き込む。
確かに小さなディスプレイの中に『夏野影踏』の名前が見て取れる。この珍しい名前はそうそうあるものではない。そして、自分は優菜と面識はない。
「ここはやっぱり送ってみるべきだよな」
どんな結果が待っているのか、影踏みは恐る恐る自分のアドレスに空メールを送信した。
結果はすぐに訪れた。
次の瞬間、なんとも言えない音楽が辺りに響き渡った。様々な音が混じり合い、重なって一つの不快な曲を作り上げている。
まさに不協和音。
「念の為お伺いしますけど、この音楽って聞き覚えありますか？」
「いや、全く」
影踏は首を振る。
こんな音、聞いた事もなければ自分の着信メロディとして登録した覚えも無い。だが、鳴っているのは紛れも無く自分の携帯である。
別の音が鳴っているというだけでまるでそれは別の物のように見える。
影踏はさっさとその不愉快な音を消した。そしてすぐにメールを開く。
『９１７５４２ ２ ７２４２７２７２５５４２４５５２７２７２３２ ２ ４５５２７５４２ ２』
「来た……」
間違いない。
「流飛さんは、この意味分かりますか？」
「いや」
みなもの問いに、霧葉はあっさりと首を振る。
あまり物事を気にしない性格なのだろうか。
影踏は問題の携帯を再び開いた。自分のデータをもう一度開く。
「あ、これ俺の電話番号も登録されてる」
親しい人にしか教えないはずの番号がそこに登録されていた。ここまできたらとことん付き合ってやる。
影踏みはそう決意して、自分の携帯に電話をかけた。
同時に、影踏の携帯が鳴り始めた。
「もしもし」
自分でかけているというのに、影踏は律儀にそう言って電話に出る。
『２１４２４５５１５５ ２ ２１ ２』
『９１７５４２ ２ ７２４２７２７２５５４２４５５２７２７２３２ ２ ４５５２７５４２ ２』
自分が持っているはずの携帯電話の向こうで、少女の声がする。
「な、なんだこれ？」
『２１４２４５５１５５ ２ ２１ ２』
「どうしたんですか？」
『９１７５４２ ２ ７２４２７２７２５５４２４５５２７２７２３２ ２ ４５５２７５４２ ２』
「なんか、言ってる……９１７５？４、２……」
影踏は必死で少女の声を聞いた。
『２１４２４５５１５５ ２ ２１ ２』
少女の告げる数字の羅列がメールで送られてくる暗号文である事は解る。
だが、それ以外の数字も少女は口にする。
短いその数字、それにも覚えがある。
先程優菜のノートに繰り返しかかれていた数字である。余り多かったので、気になってメモを取っておいたはずだ。
「！」
突如冷水を浴びせられたように、全身を冷たいものが流れていった。
強烈な威圧感が、影踏を覆う。
後ろに、誰かいる。
振り返ることも出来ず、身動きが取れなくなった影踏の呪縛を解いたのは霧葉だった。
「あやかしだ、下がれ！」
「夏野さん！後ろです！」
影踏は気力を振り絞り、何かから逃れるべく身をかわした。ねっとりと絡みつく何かが名残惜しそうに離れていく。
先程まで自分が立っていた場所に、何かを感じる。
といっても影踏は普通の人間である。それを感じる以外、なにも出来ない。できるのはせいぜい足手まといにならないように注意するだけ。
正眼に刀を構えた霧葉をじっと見つめる。
先程とまるで雰囲気が変わっていた。眼光は鋭く、獲物を捕らえた時の獣のそれに似ている。
じりじりと間合いを詰め、何かをその刀の射程範囲に捕らえようとしている。
その時、隣に居たみなもが池に向かって走り出した。
「流飛さん！！彼女を、衿宮さんを救ってあげてください！！」
やがて池に手を浸したみなもが、涙ながらにそう叫んだ。
衿宮？影踏は再び何かに視線を送った。
この実体の無い希薄な存在が衿宮優菜だというのか。
影踏の耳に、少女の声が蘇る。
『２１４２４５５１５５ ２ ２１ ２』
どこか訴えるような声で、ただ数字を繰り返す少女。
『秘密の数字』みなもの言葉を思い出す。ノートにびっしりと書かれた数字。
あれは誰かに向けたメッセージだったのだろうか。
はっきり口にする事も出来ないなにかの？
みなもの想いが通じたのか、流飛は『影』から身を引いた。そして影踏が放りだしたままの携帯電話に、手にした刀を突き刺した。
それはまるで悲鳴のようだった。
刀に貫かれた携帯が、いくつもの音楽を奏でる。
それは耳を澄ませば先程の不協和音を構成していた音楽のひとつひとつであると解る。捩れた場所に捕らわれていた音楽が開放され、それぞれの音を奏でているようだ。
影踏は自分の携帯を拾って中を確認した。
「メールが消えてる……」
思った通り、メールは跡形もなく消えている。
「終わった、みたいですね」
この事件はね。
影踏は声に出さずに呟いた。結局優菜の事は何一つ解らなかった。彼女が今どうなっているのか。
だが、全ての現象が自分達の手に負えるわけではない。
影踏は気を取り直した。またいつか、その謎に迫る事があるかもしれない。とりあえず今は終わったという事、それだけを考える事にした。
「それにしてもこの依頼、結構ハードだったよな」
思い返せば、初めから大変だったのだ。わけの解らないのには襲われる、暗号も解らない。優菜の事も解らない。消化不良もいい所だ。
「これは依頼料上乗せしてもらわないと」
そしてその金で甘いものを食べに行こう。
影踏はそんな事を考えながら草間に電話をした。
『もしもし』
電話の向こうで不機嫌な草間の声がする。
「あ、草間さん？こっちは依頼完了……」
『完了なものか！こっちはまだ格闘中だ！』
「えっ？まだ暗号解けないって？」
『そういうことだ。そっちが終わったなら戻って来い。これが終わるまで依頼完了とは言わせない』
どうやらよほど内容が気になっているようだ。
「って言われても……まあ一応伝えます」
『一応じゃなくてちゃんと伝えてくれ！』
切羽詰った草間の声を聞きながら、影踏は、やれやれと溜息をついた。
「はい。じゃあ」
電話を切り、何事かと自分を見つめるみなもと霧葉にむかって影踏みは告げた。
「草間さんから召集〜。え〜全員暗号が解けるまで残業だって言ってます」
当然、いくつもりはない。
いくら考えたって解らないものは解らないのだ。
６．草間興信所 ２２：３０
「くそ、あいつら全員帰りやがった……」
頭を抱え、草間はそう呟いた。目の前には沢山の紙切れが散らばっている。
その日、遅くまで草間興信所の明かりが消える事はなかったという。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【1252 ／ 海原みなも ／ 女性 ／ １３歳 ／ 中学生】
【2309 ／ 夏野影踏 ／ 男性 ／ ２２歳 ／ 栄養士】
【3448 ／ 流飛霧葉 ／ 男性 ／ １８歳 ／ 無職】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、ライターの風凪翔と申します。
この度は「携帯電話」へのご参加ありがとうございました。
色々拙いところもあろうかと思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。
あと、納品が遅くなってしまった事、お詫びいたします。
これから日々精進を重ねて参りますので、また機会がありましたら是非宜しくお願い致します。
*：・'゜☆。.:*:・'゜夏野影踏様゜'・:*:.。.:*:・'゜:*
初めまして。この度はご参加ありがとうございました。
今回、夏野様の隠し能力勝手に使わせていただきました。
『前世還り』って面白い設定ですね。読んだ時、是非書きたいって思って書いてしまいました。
色々好き勝手に書かせていただいたので、夏野様の雰囲気を損ねていないか心配です。
他にも書きたいエピソードなんかもあったのですが、私の力及ばず夏野様の素敵なキャラクターを生かしきれなかったのが残念でなりません。
もしもなにかありましたら、是非お寄せくださいませ。
今回は、本当にありがとうございました。
またお会いできますように。
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