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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


紅蓮・朱色・シグナルレッド


 開店前の店内。
 水滴の伝わるガラスを拭きながら、程良くクーラーの利いた部屋でお茶を楽しむ涼香と操。
「やっぱ夏はこれに限るわー」
 よく冷えたレモンティーを飲みながら、少し溶けて小さくなった氷をガリガリと砕いて飲み込んだ。
 テーブルの上に並べられたお菓子を見て涼香は嬉しそうに笑う。
「あー、どれから食べよう?」
「ケーキ以外に和菓子も色々買ってきましたから、お好きなのをどうぞ」
「だから迷うてんねん」
 結局悩んだ結果、選んだのはさっくりとしたシュー生地の重なったエンジェルパイ。
「いっただきまーす」
 パンと手を合わせてから手にしたフォークで大きめに切り取ったケーキをパクリと口に運ぶ。
 おおざっぱな涼香の行動に微笑み、操も水ようかんを一口切り食べてからグリーンティーを飲んで、このお茶の時間を楽しんでいるようだ。
 テーブルの上に並んだ幾つかの甘味は、操が手みやげとして持ってきてくれた物である。
「ありがとな、ほんとに美味いわ」
「喜んでいただけて良かったです」
 フォークを握り力一杯喜びを表現すのを見た操もつられて微笑み返す。
「でもこんな沢山あるなら他にもさそったったらよかったな?」
「悠姫さんとかですか? それとも……」
「そうそう悠姫や、こー言うんは大勢の方がええしな………っと、お客さんや、ええタイミングやなぁ」
 後に続く操の言葉を遮り、手にしていたフォークでくるりと円を描いてみせた。その先にはちょうど今話をしていたばかりの悠姫の姿。
 噂をすれば何とやら、そんな事場がピタリと当てはまるような状況だ。
「出のタイミングはかっとったん?」
「そんな訳無いだろう、おじゃまする」
「いらっしゃい、ええ所にきたなぁ」
「こんにちは、悠姫さん」
 空いてる席に腰掛けると、一息くように深呼吸を一つ。
 どうやら相当急いでいたらしい。
「どうかなさったのですか?」
「急いできたみたいやな、これでも飲む? うちの飲み差しやけど」
 後ではなくて、今必要なのだ。
 手早く作るにしても時間がかかるから、一口でも飲んでからゆっくりと作ればいい。
 それにちょうどお代わりしようとしていた所なのだから。
「……少しいたこう」
「ケーキはどないする?」
 一口だけ飲んでから、涼香の問いに頷く。
「いや、ケーキは……少し込みいった事になりそうだ。耳に入れて置いて欲しい事件がある……その話をしながらでも?」
 事件を予感させる言葉に、涼香と操ははっきりとうなずいた。


 □


 まるで都市伝説のように囁かれる噂。
 ニュースや新聞の片隅にすら載っていない事件だが、被害者は確かに存在すると言う……そんな話。
 人が、ミイラのようにひからびて死んでいくのである。
 確かに事件は起きているが噂のようにしか囁かれない原因は、何者かが隠蔽した結果であるのは明らかだった。
 怪奇とは、日陰の存在であり続けなければならないのだから。
 事件が悠姫の耳に入ったのは、害者の身内だと名乗る相手から依頼があったからに他ならない。
 これだけの事件だ、火に戸も立てば上記用が変わっていただろうか、早い段階で良かった方だろう。
「引き受けてくださるでしょうか」
「解りました、この事件。お引き受けしましょう」
 遺族の意志を受け、独自に調査に乗り出した悠姫が目にしたのは全身の血を抜かれ、ミイラのようにひからびた死体。
見た瞬間、何が犯人であるかの予想は意図も容易く想像が出来てしまう。
 人ならざるもの。
「死徒……か」
 死体を射抜くように見つめ、悠姫は更に事件を追った。
 その結果たどり着いたのは一人の男。
 人を食い物にし、死徒としての常識をわきまえず、同族すら殺している最低の相手。
 だからこそ情報がこんなにも容易く解った。
 だからこそ……屠らなければならない。
 さらなる犠牲を重ねる前に。


 死徒。
 つまりは真祖と呼ばれる……原初の吸血鬼に血を吸われて吸血鬼となった存在。


 その単語を耳にした瞬間から、涼香と操の表情がすぐに真剣な物へと変わっていた。
 日常から非日常へと切り替わる瞬間。
「急いだ方がよろしいようですね」
「せやな、吸血鬼相手に夜まで待ったる必要なんか無いわ」
 話を聞き終えすぐさま立ち上がる二人。
 退魔師としての顔を持つ彼女だからこうして引き受けてくれると解ってここへ来たのだ。
 本当に話が早くて助かる。
「案内する」
 ここに来て良かったと、悠姫も席を立ち涼香と操を案内した。


 □


 潜伏場所はクラシカルな佇まいの洋館風の建物。
 それが元の持ち主を襲い手に入れた場所である事も調べが付いていた。
「必要だったのは見目が良くて、スペースがある場所だったんだろうが……」
 たったそれだけの理由で襲われたのだとしたら、何て報われない。
「スペース……確かに必要でしょう、あれほどの配下を得ているのでは」
 操が気配を探ると、屋敷の内部には数多のグールがひしめく気配。
「はよ行ってかたつけよう、せめて解放してやらな」
 意識も何も持たない、只のグールと化した者を救う手だてはひと思いに殺し……楽にしてやる他は救う道はない。
 踏み込んだ瞬間から死徒の気配が強くなる、その中でも特に異質な気配は容易に感じ取る事が出来た。
「場所は……」
「お決まりですね」
 悠姫が見上げたのは屋敷の最上階。
 そこを目指しターゲットを討ち滅ぼせばいいい。実に簡単な事だ。
「ほな行くでっ!」
 扉を蹴破り、出てきたグールを目の当たりにすると鋭く目を細め退魔刀を構えグールの群れの中へと切り込み一閃していく。
 騒々しい音なんて聞こえもしなかった。
 床を踏み、軋む音すらも。
 身を屈め隙間を縫うように走り、合い対するのは一瞬。
 走り抜けた後に残るのは両断され滅びていくグールの残骸。
「最初から飛ばしすぎだ」
「らな援護よろしゅう頼むで!」
 先行する涼香が言うまでもなく、操の放った呪札が落雷を呼ぶ。
 更に乱れたグールの中心に涼香が降り立ち、刀を一閃してなぎ倒していく。
 僅かに範囲を外れたグールも、悠姫が正確に撃ち抜いていった。
 打ち合わせも何もなく、見後な連携。
 ほぼ止まる事すらなく駆け抜けていたが、唐突に銃を構え悠姫が叫ぶ。
「待て!」
 制止の言葉に反応すると同時に、涼香は踏み込みかけていた足を止め後ろへと跳躍する。
 一瞬前まで涼香が立っていた場所に振り下ろされる爪が、残像を残し鋭く宙を凪いだ。
 その反応が後僅かでも遅れていたなら、首筋から心臓にかけてをその爪で持ってして切り裂かれていた事だろう。
 グール群れから割って出てきた相手を睨み、涼香は更にその視線を鋭くした。
「あんたやったんやな!」
 まとわりつくような視線。
 嘲笑うかのような歪んだ気配。
「お知り合いの様ですね」
「因縁の相手や!」
 強い口調に、相手は態とらしくたった今思い出したような反応をしてみせる。
「これは……ずいぶんと懐かしい、危うく忘れかけていた顔だ」
「どっちでもええ、うちはあんたを倒しにきたんや」
 嘲笑う男に涼香が退魔刀の切っ先を突きつける。
 相対するのはこれで二度目。
「それは怖い、では……こうしよう」
 スッと体を引くと、男を匿うようにグールが道を閉ざす。
「足止めか……」
 3人を確認しに来たと言う事は、この場は引く可能性が高いと考えた方が良い。
「うちがいってええか?」
 考えたのはほんの一瞬。
「………解ったわ」
「援護します」
「ほんま助かるわ」
 グッと足を踏みしめ、チャンスを待つ。
 焦らずに、悠姫が切りギリまで敵を引きつけ……操が一気にグールをなぎ払う。
「今よ!」
 出来た隙間を真っ直ぐに駆け抜け、脇目も振らずに走り抜ける。
 伸ばされた指先は、涼香に触れる前に消滅していく。
 案ずる事は何もない、二人がサポートに付いていてくれるのだから。
 男を追い階段を駆け上がり奥の部屋へと飛び込んだ。
 そこは、広いホール。
「終わりの場所は、ここでええんか?」
「その言葉、お返しします。こちらも力を付けてるんで」
 鋭く尖った犬歯を見せつけるように笑う。
「罠のつもりやったん? せやったら堪忍な、うちも……前よりもっと強うなっとるんや」
 垂直に構えた刀が放つのは深紅の輝き。
 逆手で突き出すのは力を持つ札。
「紅蓮の切れ味、覚悟しいや!」
 前に飛ぶと見せかけ、右に回避する。
 足下に伸びてきた影。
 男は自らを囮にし、死角から触手のように伸ばした影を操り涼香を捉えようとした様だが……その程度の罠にかかろう筈もない。
 くるりと手の中で回転させた刀を、影へと突き立てた。
 タンッと乾いた音がして床へと縫いつけた影を逆に利用し、死徒の男の動きを止める。
 全ては一瞬の動作。
 呪札を構えた涼香の耳に届く微かな舌打ち。
「クッ、なら……」
 つきだした腕から放たれるのは黒い霧。
 今ここで札を放てば相殺、何もしなければどうなるか解らない。
 だったら取るべき行動は……。
 霧が届く寸前に前を見上げ、床に突き立てた退魔刀の柄を踏み台に死徒の頭上よりも高く飛び上がる。
 自らが放った術があだとなったのだ。
「くっ!」
 ほんの少しだけ悪くなった視界と涼香の運動神経が合わさり、まるで消えたように見えた事だろう。
「―――上かっ!」
 今さら気付いてももう遅い。
「雷よ!」
 最初の札が電撃となって落とされる。
 落雷が死徒を撃つが更に追い打ちをかける。
 頭上高くから降り立つ涼香は、全身のバネを使い体をひねり札を持つ腕を突きつけた。
「―――がはっ!」
「お別れや……次は、無い」
 鼓膜を振るわし、目を眩ませるほどの雷。
 数メートルの距離を飛び、壁に叩き付けられた死徒は動かなくなった。
 ざらと灰と化した体に静かに取りだしたのは三枚目の札。
 死徒であるからこそ、灰すらも残す事は出来ない。
 作り出した火が、灰の一欠片すら残すことなく完全に燃やし尽くす。
 その全てを見届けて部屋を後にする。



 残ったグールもすべて片が付いているように見えた。
 死徒を相手にしている間にこっちに残ったグールは全てが綺麗に片づけてくれたのだろう。
 階段の上から操と悠姫、二人の姿を見つけ手を振る。
「終わったでー!」
「お疲れさまです涼香さん」
「こっちも終わった」
 階下にいる二人に手を振り声をかけた。
「お疲れさん」
 これで、完了。