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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #3
 
「もしかしなくても、……憑かれてる? 海里のお父さん、助けてー」
 な、なんかヤバイ空気を感じるんだけど……? その本とその指輪は、なに? どこで手に入れたの、ねぇ? 鎮は心のなかで海里に訊ねまくる。
「え、何か言った、鎮くん?」
 ぶんぶん。鎮は勢いよく横に首を振った。海里はきょとんとした表情で、鎮を見つめている。こうしている海里は、プリンセス・ブルー号へ乗り込む前とまるで同じ雰囲気で、違和感を感じさせることはない。だが、手にしているもの……正確に言うならば、手にしているものが放っている気配はとても普通ではないし、良いものだとは思えない。
「海里、あのさ……」
 本と指輪のことを訊ねてみようかなと一瞬、思った。だが、変に警戒されてもなとここは敢えて何も気づいていないふりだろうと小さく頷いた。
「この本、気になる?」
「え? なんで?」
 どきりとした。まさか、海里からその話題を振ってくるとは。鎮は海里を見つめ、平静を装うが、それが完璧なものであったのかどうかは自分ではよくわからない。
「だって、この本を見つめていたから」
 じっと見つめているつもりはなかったが、思ったよりも見つめてしまっていたらしい。しまったと思いつつも、それは顔には出さないように努める。
「うん、その本の角で頭を叩いたら、かなり痛いかなーって」
 気絶できちゃいそうと鎮が言うと、海里はにこりと笑った。その笑みに不自然さはない。だが、その当たり前のように本を持ち、答える態度が不自然だともいえる。
「かなり痛そうだよね」
「海里、その本、勝手に持ってきちゃってよかったのかなぁ?」
 本も指輪もはぐれたあとに再会したあの部屋に置いてあったものなのだろう。にこやかに答えている海里に少し遠慮気味に訊ねてみる。
「え? 勝手に? だって、これは僕のものだし。鎮くんと会ったときから持っていたじゃないか」
 何を言っているのという表情で返され、鎮の動きは一瞬、止まる。だが、そのあと、笑って頷いた。
「そ、そういえば、そうだったっけ」
 違います、海里サン、出会ったときに持っていたものは、花束です……鎮はやや引きつり気味の笑みを浮かべつつ、心のなかでそう訴えた。
「……絶対、憑かれてる……」
 船のなかにあったと思われるその本と指輪がほしくて嘘をついている……というふうには思えない。出会った当初、憂いをたたえていたその瞳には、僅かながら空虚さがうかがえる。
「え、何か言った、鎮くん?」
 ぶんぶん。鎮はまたも勢いよく首を振った。
「あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど……」
「うん、なに?」
「部屋まで一緒に来てくれる……?」
 このまま海里と別れるわけにはいかない。明らかに、絶対に、間違いなく、憑かれているから。
「? うん、いいよ」
 海里は笑顔でこくりと頷く。
「よかったぁ……ありがとう」
 とりあえず、断られなくてよかった……鎮はほっと胸を撫でおろし、未だ騒然としているデッキを離れた。
 
 三等客室フロアへと戻って来る。
「あれ、ここって……」
 客室の扉を開けようとすると、海里は意外そうな声を出した。
「鎮くんの部屋、ここなの?」
「うん、そうだけど?」
「ここって、個人部屋だよね……鎮くん、もしかして一人旅?!」
 こくりと頷くと海里はさらに驚いた。
「すごいな……」
「そうでもないよ。海里だって、小学生の頃、ひとりでバスに乗ったことくらいあるだろう?」
「うん」
「それと同じ。バスが船になっただけだよ。たいしたことないって」
 そう、バスが豪華客船になっただけ。たいしたことはない……たぶん。
「ああ、そっか、そうだよね。……?」
 海里は頷いたあと、本当にそうかという顔で小首を傾げていたが、それ以上は何も言わなかった。客室へと入った鎮に続き、室内を見回す。
「海里はどこの部屋?」
「僕は二等客室だよ。ここよりひとつ上の階。晴彦さんに無理を言って連れてきてもらったんだ」
 晴彦……自分を踏んでくれちゃったあいつかと思いつつ、鎮は持ってきた荷物をごそごそとあさる。それから、改めて荷物を手にした。
「もう少し一緒にいても平気かな?」
 遠慮気味に言ってみた。ここで断られるとちょっと辛い。もし、断られたら、怖くなったと泣きついてみよう。……元気に幽霊船探索にでかけた人間が何を言っているんだと思われそうだし、自分でもそう思うが。
「うん。僕も一人旅みたいなものだし。晴彦さんは一緒だとはいえ、仕事だから」
 海里はあっさりと頷いた。とりあえず、泣きつかなくてすんだらしい。
「そっか、よかった……って、よくないのかな……ごめん」
「ううん、よかったよ。今日は貴重な経験をしたと思う……プリンセス・ブルー号を目撃して、船内を探検して……もし、ひとりだったら、行くことを躊躇ったかもしれないもの。鎮くんがいてくれてよかったよ」
 海里は笑顔でそう言ったのだが、鎮は素直に笑うことができなかった。
「そ、そう?」
 曖昧に返す笑みはどこか苦笑いのような笑みになってしまう。もし、ひとりだったら、行かなかったかもしれない……行かなければ、その妙な本と指輪を手にすることもなかったわけで……ちょっぴり責任を感じてしまう鎮だった。
 
 メインレストランで夕飯をとることにしたのだが、食事の最中、海里の様子に妙なところは見られなかった。……傍らに本を置き、手放さないということを除いては。
 食事を終えたあと、海里が部屋へ来ないかと誘ってきたので、うん、行くと二つ返事で頷いた。
「……ああ、戻って来たか。海里、どこへ……ああ、君も一緒なんだね」
 扉を開け、客室へと招かれる。すると、そこには晴彦がいた。やや厳しい表情ではあったものの、海里の後ろにいる鎮に気づくとその表情を和らげた。
「こんばんはー、晴彦オジサン」
 にこりと鎮が笑顔で言うと、晴彦もにこりと笑顔で応えた。が、その笑みは少しだけ引きつっている。
「晴彦さん、どうしたんですか? 仕事はもう終わったの?」
「いや、まだまだこれからだよ。幽霊船騒動は落ちつきつつあるが……まさか、船に行ったりはしていないだろうね?」
 海里と鎮を交互に見やり、晴彦は問う。じっと見つめられ、海里はほんの少し怯んだものの、うんと頷く。鎮もうんうんと頷いておいた。
「晴彦さんたちはあの船に乗ったの?」
 そこは鎮としても気になるところだった。他にも自分のような災難に見舞われた人間がいたのだろうか。そこを是非知りたい。
「いや、メンバーを決めているうちに、船が消えてしまったからね。通信機能もそれに伴い回復したよ。結局、なんだったんだろう……何か言いたいことがあったのかな……」
「……」
「ともかく、いろいろ忙しくてね、今日はここへは戻れないと思う。ひとりになってしまうけれど……」
 晴彦の言葉を聞いた海里の口許が笑みを形作る。それに気づいた鎮はなんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして、ぶるりと身を震わせた。
「ね、ねぇ、晴彦オジサン、俺、今日、ここに泊まってもいい?!」
「え?」
「怖くてひとりで眠れそうにないんだっ」
 お願いとばかりに晴彦を拝んでみる。
「鎮くん、個人部屋なんだって」
「保護者の方が納得しているのであれば、私はべつに構わないよ」
 そうか、晴彦には兄が一緒だと言っていたんだっけ……鎮は晴彦と出会ったときのことを思い出す。
「やったー、ありがとう、晴彦オジ……晴彦お兄さん!」
「ははは……。それじゃあ、私は行くけれど、ふたりともあまり夜更かしをしてはいけないよ」
 苦笑いのような笑みを浮かべ、晴彦は部屋を出ていった。それを見送り、承諾されたことをほっとする一方で、同時に緊張もおぼえる。あの口許に浮かんだ笑みで、確信した。海里に憑いている何かは、夜に行動を起こす可能性が高い、と。……まあ、だいたいにおいて、よからぬことを企むような奴は人が寝静まった頃に行動を起こすんだろうけど……そんなことを考えながら鎮は寝ずの番を務めることを決めた……つもりだった。
 しかし、いろいろあって、疲れていたのかもしれない。ベッドに座って話をしているうちに、ついうとうと……いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「ん? んー……」
 何かがこつんと当たったような気がして目を覚ます。寝ぼけ眼で時計を確認すると、午前一時。まだまだ夜中だと目を擦りながら、はっとした。
 海里は?!
 目の前のベッドには誰もいない。トイレ? 浴室? 室内を探してみたが、あの本もなければ、海里の姿もない。
 また、やられた!
 鎮は荷物を手に取ると慌てて部屋をあとにする。
 通路に出て、左右を見回す。そこには誰の姿もない。だが、ひとつだけエレベータが作動している。駆け寄り、階層表示を確認する。どうやら、エレベータは上に向かっているらしい。
 ある階層で止まった。
 壁にある案内板で確認する。
 展望台とあった。
 開放されているのは、午後十一時までとある。現在の時間は、午前一時。締め切られているはず。
 姿を見たわけではないが、エレベータを使ったのは海里に間違いないと思った。鎮は上三角ボタンを押し、隣にあるもう一台のエレベータを呼ぶと、展望台へと向かう。階層表示を見つめながら、早く、早くと心のなかで繰り返す。ちりんというような音と共に扉が開くと、エレベータから飛び出した。
 締め切られているはずの展望台への扉は、何故か開け放たれている。その扉をくぐり抜け、展望台へと立つ。
 高いところであるせいか、吹き抜ける夜の風は冷たく、強い。既に照明は落とされているものの、淡い月の光が周囲を照らしだす。そのなかに、海里の背中を見つけた。
「海里!」
 呼びかけてみるが、返答はない。片手で本を持ち、何かを呟きながらページをめくっていく。風に乗り、流れる言葉はよくは聞き取れないが、馴染みのないものであるような気がした。
「海里……駄目だ……やっぱり、変なのにとり憑かれてる……」
 自分が心配したとおりのことが起こっている。鎮はぐっと拳を握ると海里へと駆け寄った。その腕を掴み、懸命に呼びかけてみる。
「海里、しっかり……うわっ」
 腕をなぎ払われ、さらに突き飛ばされた。その力の強さに転がり、腰を打ちつける。いたたたたと腰をさすっていると、海里の声が響いた。
「邪魔を……するな……」
 鎮を見おろし、海里は言う。その眼差しは虚ろ、とても正気とは思えない。海里は再び本に視線を落とし、何かを呟き始めた。
「くそっ……やっぱり……これしかないのか……」
 鎮は持ってきた荷物のなかから丸薬を取り出した。それは、特製気付け薬……カラシやワサビを思い切り、躊躇わず、これでもかというくらい練り混んだ、まさに特製品。
 これだけは使いたくはなかったけど……(可哀相だから)でも、やる。
 ごめん、海里……!
 丸薬を親指の上に乗せ、海里の口を狙い、ぴんと弾いた。海里は何かを呟いているから、狙いさえ正しければ口のなかへ入れることはそう難しいことではない。
「……。……?!」
 丸薬を口にした海里の動きが一瞬、止まる。そのあと、げほごほと噎せ始めた。口許を押さえ、ひたすら噎せ、涙を流す。本は海里の手を離れ、無造作に転がる。
 指輪も本も怪しいけれど、今の状態では指輪を外すことはできそうにない。とにかく、本がなければ、怪しげな言葉を呟くこともできないはず。
 鎮は本をかまいたちでずたずたにしようと考えた。風を起こし、その刃で切り裂く。しかし、不思議な力で弾かれた。
「ええーっ?! なんで……もう一回!」
 もう一度、風を起こし、その鋭い真空の刃で本を切り裂こうとする。ところが、威力が足りないのか、渾身の力を込めたというのに、本には傷がひとつできた程度で終わってしまう。
「うう〜……会心の一撃ーっ!」
 と、言ったところで会心の一撃が繰り出されるわけもないと思いつつも、口に出して言ってみる。だが、風が凄まじい威力で吹き荒れ、本を空中へと巻きあげ、鋭い刃でずたずたに切り裂いた。微塵となったそれは、風に吹きあげられ、ひらひらと雪のように周囲に降り注ぐ。
「……」
 言ってみるもんなのかな……鎮はひらひらと舞い降りる紙吹雪を呆然と見つめる。その隣では海里がひぃひぃと涙を流しながら口許を押さえていた。
 
 四国、九州を経て、沖縄へと辿り着く。
「海里の相手をしてくれてありがとう。お兄さんにもよろしくね」
 別れ際、晴彦はにこやかに言った。
「う、うん……伝えておくよ」
 ここにはいないけどさ。答える鎮の笑顔はちょっぴり引きつり気味。
「じゃあね、鎮くん。また、どこかで会えるといいね」
 あの夜のことは、海里ははっきりとは覚えていないらしい。しかし、それでいいと鎮は思う。指輪は海里がひぃひぃいっているうちにこそっと外しておいた。海に投げ捨ててもよかったが、どこかに流れ着いて誰かが拾って、また惨劇が……というありがちな展開になったらイヤかもと、とりあえず自分が保管している。
「うん、きっとまた会えるよ」
 その言葉がわりとすぐに叶って、宿泊するホテルで再会し、さらにはそこが幽霊の出るホテルだった……というのは、また別のおはなし。
 
 自宅へと戻る。
「ただいまー」
 実に憑かれる……いや、疲れる旅路だった。玄関で靴を脱いだところで、ふと家をあとにするときには置いていなかったシーサーの置物に気がついた。その隣にあるのは、アトランティック・ブルー号を模した限定発売のペーパーウェイトのような?
「……?」
 自分が買ってきた土産は、まだ出してはいない。今、帰ってきたばかりだから。では、これは?
「おかえり」
 出迎えてくれた兄は、ほんの少し、健康的な日焼けをしているような気がした。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2320/鈴森・鎮(すずもり・しず)/男/497歳/鎌鼬参番手】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
そして、お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、鈴森さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
……幽霊づいている旅行でした(おい) さすが、景品旅行です(違)
楽しんでいただけるといいなと願いつつ、またご縁がありましたらよろしくお願いします。
最後に、#1から#3までの連続参加、本当にありがとうございました。

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。