コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #3
 
 命が惜しければ、船からおりろ。
 おりろ……つまり、乗るなということ。
 乗るなといえば、そういえば。
 脅迫状を手にしながら、ふと思い出す。
 アトランティック・ブルー号が気になると口にしたときに、何故かパシフィック・ブルー号の乗船券が届いた。前例のない事態に少しだけ驚いたものの、会社側の気遣いだろうと個人で乗船券を手配したが……もしかしたら、乗船させたくはない理由があったのでは……そんな風に思ってしまうのは、果たして自分の考えすぎなのか。
 自分、ひいては財閥の影響力というものは、理解している……それなりに。そのうえで今回のことを照らし合わせながら考えてみる。
 脅迫状の送り主が和泉に下船してほしい理由とは、なんなのか。少なくとも、セントラル・オーシャン社の上層部は和泉が乗船することを好ましく思わず、拒否をした。その理由は和泉たちのバンドがこの船で演奏するはずが、他のバンドへと変わったがために、問題を避けるためと思われたが、それにしても。
「なんで俺ばっかりこんな……くそっ、気にしたくないのに、気にしちまう……」
 俺はなんて小心者なんだ、こんちくしょう……と和泉は激しく嘆いている。
「落ちついてください、和泉くん。誰であれ、気にするものですよ。特別なことではありません」
 脅迫状をもらって動揺しない人間などいない。セレスティは和泉は慰める。
「そ、そうですよね……」
 和泉は笑みを浮かべようとしているのだろうが、その笑みは強張ったものにしかならない。顔色のあまり良くはなく、二度目の脅迫状で精神的にかなり参っているように思えた。ただ、少しばかり過敏に反応しすぎているような気がしなくもない。
「……」
 セレスティは和泉を見つめ、僅かに眉を顰める。
「ど、どうしました……?」
「……震えていますね」
 和泉の手が小刻みに震えていることに気づき、その手をそっと掴む。やはり、過敏に反応しすぎているような気がする。……もしや、心当たりがあるのではなかろうか。そんな風にも考えてしまう。
「実は、脅迫状の送り主に心当たりがあるのでは?」
 それを問うと、和泉は横に首を振った。
「そうじゃなくて……前にも、似たようなことがあったから……」
「以前にも脅迫状をもらったことがあるのですか?」
 そうだとしたらなかなかに数奇な運命を歩んでいることになる。
「いや、脅迫状はないけど……誘拐されたことがあって……何回か」
「何回か……何回も、ですか? 和泉くん、キミは……」
 実はそれなりの後ろ楯がある人間なのだろうか。しかし、正直なところ、そういう風には見えない。……失礼なので、もちろん、口にはしないでおくが。
「親父が記者をやってるもんで。結構、ヤバイネタを見つけて来ては、スッパ抜いたりするんですよ。その関係で、時々。マジで命がヤバかったことがあって……そのときのこと、自分では気にしていなかったつもりだけど……ダメみたいですね」
 立ち直れていないやと和泉は力なく笑う。
「そうだったのですか……」
 公表されては困る記事を書かれた存在が、息子を誘拐して公表するなと脅す……よくあることといえば、よくあることなのかもしれないが、しかし……。
「無事でよかったですね……」
 本当に。思わず、神妙な顔で言ってしまう。
「まったくですよ。俺がこうして無事だからいいけど……でも、親父、手を緩めないんですよね。むしろ、俺が巻き込まれたりすると徹底的に容赦なく反撃しちゃったりして。親父なりの愛情なのかもしれないけど、また報復とかあるんじゃないかって俺としては複雑ですよ」
 和泉は照れたような、困ったような笑みで答える。
「記者を辞めてくれりゃあ、そういう問題は起きないんだから、本当に俺のことを思うんだったら、辞めてくれりゃあいいのによって子供の頃は思ったし、何度も頼みましたよ。危ない橋を渡るのはやめてくれ、俺の身が危ないんだって」
「それでも、お父上は記者を辞めなかったんですね」
 父が記者をやっている、和泉は過去形ではなく進行形で言っているから、そうなのだろう。
「今もバリバリ現役ですよ。今は……何を追っているんだろうなぁ。最近、会ってないし……親父のことだから、不正や汚職に関係することだろうけど」
 父親の話をすることで少しは落ちついたのか、和泉の手の震えは止まった。セレスティはそっとその手を離す。
「もしかしたら、バンドと脅迫状は無関係なのかもしれませんね……」
 セレスティは小さく呟く。
「え?」
「和泉くん、四国のときと同じです。九州までは身の安全が保証されているということですから、今度は違う角度から調べてみましょう」
 穏やかな笑みを浮かべ、そう言ってみる。和泉はきょとんとしたあとに、ぽんと手を打ち、納得した。
「……そっか! 九州までは……はは、言われてみればそうなのに、俺、すっかり慌てちゃって……」
「それと、ひとつ和泉くんには黙っていたことがあるのですが……それをおはなししておきますね」
「はい?」
 和泉にラウンジで見かけた女性のことを話してみる。ただのファンということも考えられなくはないのだが、それにしても気になる行動だった。今回のことに関係しているのかもしれないし、関係していなかったとしても、それに繋がる何かを知っているかもしれない。
「そういえば……」
 和泉はふと思い出したという顔で切り出した。
「それを見つけたあと、セレスティさんのところへ行くときに、女の子に声をかけられたんですよ」
 脅迫状を示しながら和泉は続ける。
「その子が言うには、脅迫状を扉の隙間から入れていたのはいかにもヤバそうな雰囲気の男だったって……だから、素直に船をおりた方がいいって言っていたんですよ」
「いかにも、な雰囲気の男……」
 いかにもヤバそう……問題がありそうな雰囲気なのだろうが、それにもそれなりな方向性がある。
「なるほど、そうですか……和泉くん、彼女の顔は覚えていますか?」
「え? あ、はい」
「彼女と話をすれば、何かわかるかもしれません」
「じゃあ、俺、探してきます」
 和泉は踵を返し、部屋を出て行こうとする。
「和泉くん」
 その背に呼びかける。和泉は素直に振り向いた。
「この脅迫状、他の方に……私以外の人間に見せましたか?」
「? いえ、セレスティさん以外には見せていないし、言ってもいませんよ?」
 不思議そうな顔で和泉は答える。
「そうですよね。わかりました」
 部屋を出て行く和泉の背を見送り、セレスティは小さくため息をつく。
 彼女は何かを知っている。
 そう確信した。
 
 和泉と別れたあと、自分なりに気になるところを調べてみた。
 幸いなことに、電話もあれば端末もそれに繋げる環境も整っている。
 セントラル・オーシャン社の現状、経営状態や航路、そして、四国で停泊したときの乗客の出入り……情報を集めることで、見えなかったものが見えてくるかもしれない。
 調べていくうちに、セントラル・オーシャン社の経営状態は新たな船を航行させたにも関わらず、あまり良いとは言えない状態にあることがわかった。表向きは問題はなさそうだが、裏ではかなり苦しいらしい。
 以前に所有する豪華客船プリンセス・ブルー号が沈没するという事件があり、保険をかけていなかったことで、その賠償にかなりの負債を抱えているとある。それでも、国外航路であるパシフィック・ブルー号は定期便としてかなり安定した実績をあげているため、経営を維持してこれたらしい。
 さらに調べていくと、そのパシフィック・ブルー号で軽度の火災があったことがわかった。動力系統の火災であり、経営者側の発表は軽度ということだが、実際のところはかなり深刻であったらしく、直後、パシフィック・ブルー号はしばらく航行を控えている。
 そして、アトランティック・ブルー号が完成し、国内航路の豪華客船として脚光を浴びることになる……のだが。
 もし、この火災が致命的なものであったなら、経営者としてはどうするだろうか。
 自分に置き換えて考えてみる。
 会社を支えてきた実績のあるパシフィック・ブルー号が、就航不能となった場合、新たに造ったアトランティック・ブルー号をその後釜にしようとするのではないだろうか。国内航路での就航に実績はないが、国外航路での実績はある。だとしたら、実績がある方を選ぶだろう。
「……」
 セレスティは天井を見あげながら、キーボードの縁にかけた指を軽くとんとんと動かす。そのあと、思い立ったようにキーボードを叩き、画面を見つめた。
 アトランティック・ブルー号にかけられた保険は、通常を大きく上回る。プリンセス・ブルー号の手痛い失敗を繰り返さないためとも思えるが……。
 経営状態が芳しくない会社。
 その会社を支えてきた実績のある船での火災。
 多額の保険金をかけている新たな船。
 ……条件は揃っている。
 年数経過の劣化に加え、動力系統での火災により先が短いパシフィック・ブルー号を、アトランティック・ブルー号だと偽り、沈める。アトランティック・ブルー号はパシフィック・ブルー号に塗り替えられ、安定した実績を受け継ぐ……。
 考えることは、容易。
 しかし、実行に移すとなると容易なことではない。それは果たして可能なのか。
 ふと調べていくうちに、アトランティック・ブルー号とパシフィック・ブルー号が同型の船であると気がついた。姉妹船であるから、それは不思議なことでもないのだが、それでも造りが全く同じというのはどうだろう。パシフィック・ブルー号と紹介のある画像は、自分が見てきたアトランティック・ブルー号と見間違うほどであるというのは。どれも似たようなものだとはいえ、それでも。
 とても信じられないような馬鹿げた計画だと思う。だが、長き時を生きてきた自分は知っている。
 時に、馬鹿げた、信じられない行動を起こす人間がいることを。
 
 しばらくして、和泉が若い女性を連れて現れた。
 服装は違えど見覚えがあるから、ラウンジで見かけた女性に間違いはない。
「こんにちは」
 セレスティは穏やかかつにこやかに挨拶をする。
「こ、こんにちは……」
「私は、セレスティ=カーニンガムといいます」
 名乗ることで相手を名乗らせる……それは常套手段ともいえる。
「私は、佐藤愛子といいます」
 躊躇うように名乗り、落ちつかぬ様子で室内を見回す。
「彼女に聞いた話で、ヤバそうな男の外見がわかりましたよ。黒いスーツでサングラスで目つきが鋭くて……なんだっけ?」
 和泉はそう言いながら愛子を見やる。
「顔に傷があって、冷酷そうでした」
「そうそう、そうだっけ。……セレスティさん、なんか、俺、やっぱり親父のせいなんじゃないかって思えてきました……」
 不安そうな顔で和泉は言う。セレスティは安心させるように微笑んでみせた。
「あの……セレスティさん……カーニンガムさんって、リンスターの……?」
「おや、ご存じでしたか」
「え……セレスティさん、有名な人なの?」
「そうですね、ある方面ではそれなりに知られているかもしれませんね」
 そう、ある方面では名前を知られているとは思う。だが、決して誰でも名前を知っているという存在ではない。
「そうだったんだ……あ、それで、これからどうすれば? ヤバイ男を探して、訴えた方がいいのかな……?」
「いいえ、それは必要ないでしょう。それに、おそらく探してもみつかりませんよ」
「え?」
「とりあえず、九州まで様子をみましょう。彼女にも事情を聞いてもらって、協力をお願いしましょうか」
 セレスティは穏やかに微笑む。その笑みを受けた愛子は何故か複雑な表情で小首を傾げた。
 
 九州を過ぎ、何事も起こらずに沖縄へと辿り着く。
「セレスティさん、愛子さん、ありがとう。二人がいつも一緒にいてくれたおかげで、ここまで来れたし……いろいろ楽しかったよ」
 別れの間際、和泉は笑顔でそう言った。
「いいえ、気にしないでください。私も楽しかったですよ」
「ええ、気にしないでください……」
 愛子は控えめに微笑む。
「それじゃあ、また今度。武道館でコンサートできることになったら、チケット、送ります!」
 和泉は大きく手を振り、去って行った。その背を見送ったあと、セレスティは愛子を見つめる。
「なんで、言わなかったの?」
 愛子はため息をつき、疲れたような笑みを浮かべる。
「あなた、あたしの正体、知っているんでしょう?」
 そう、脅迫状を送った正体が愛子だということは和泉の話を聞いた時点でわかっていた。中身を見ていないというのに、それを脅迫状だと知っている。見てもいない男を見たという。それは、和泉から受け取った脅迫状から力を使い、情報を読み取ることで確かとなった。
「ええ……それでも、楽しい旅でしたよ」
「……言ってくれるわね。あたしは、任務に失敗よ。だって、あなたと和泉、ずっとあたしのあとについてくるんだもの。しかも、和泉はまったくあたしを疑ってないし」
 愛子は再びため息をついた。それは和泉への呆れのため息かもしれない。
「船を沈めるつもりだったのですか?」
「そうよ。あなたはわかっているんでしょう? 軽く事故を起こして、乗客乗員に退避してもらってね……その軽い事故を起こすのがあたしの仕事。けどね、和泉の父親が何やら嗅ぎつけてきたみたいで。そうしたら、息子が乗っているじゃない。ちょっと脅せばおりると思ったけど……ダメね」
 愛子はセレスティを見つめる。
「あなたは計画外の存在。イレギュラーだった。あたしの計画においても、船を沈める計画においても、ね」
「経営者の方に言っておいてください。パシフィック・ブルー号は今後、以前のような活躍を期待できないかもしれない。けれど、新たに活躍の場を持たせることができるかできないかは経営者の手腕にかかっている、と」
「へぇ?」
「会社を支え、活躍してくれた船の最後をそんなかたちで終わらせるのは、少しばかり可哀相というものです」
「エンジンがいかれて、短距離しか走れない船よ? あなたならどうするというの? 維持費だって馬鹿にならないし」
「そうですね、私であれば……」
 セレスティは自分の考えを述べた。
 
 のちに、パシフィック・ブルー号は動力系統に問題ありということで国外航路定期便を引退、アトランティック・ブルー号が新たに国外航路定期便として活躍することになった。
 引退したパシフィック・ブルー号は海洋に浮かぶ豪華客船型ホテルとして南の海でのんびりと静かな余生を過ごしている。
 
 −完−


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

引き続きのご乗船、ありがとうございます(敬礼)
そして、お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、カーニンガムさま。
納品が大幅に遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
財閥総帥という立場、経営者という方向でおはなしをまとめさせていただきました。気に入っていただけると良いのですが……。
最後に、#1から#3までの連続参加、本当にありがとうございました。

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。