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<東京怪談・PCゲームノベル>


死神の花園

 適度な距離をもって揺れている樹木の隙間をぬうように、穏やかな陽射しが射りこんできている。
足元に視線をやればひょろひょろと伸びた草花が、見渡す限りの大地を緑で埋め尽くしていた。
その大地の上に持ちなれた杖をついて立ち止まると、セレスティ・カーニンガムは木々の間から見える青空を仰ぎ眺めて澄んだ青の双眸をゆるりと細める。
「……良い天気ですね」
 彼はそう言うと自分の半歩前に立っている青年に視線を落とし、眩しい陽光から両目を庇うようにして片手を持ち上げた。
 セレスティから言葉をかけられた青年はその言葉に頷きつつも、伸び放題になっている草花が悪戯にセレスティの杖の先を絡めとったりしやしないかと、細心の注意を払っている。
「明け方までは霧で覆われていたのですけれども。……森がセレスティ様の到来を歓迎しているのかもしれません」
 そう応える青年に満面の笑みを返し、セレスティは再び足を進めた。
「――――その死神とやらが住んでいる場所まで辿りつくには、あとどれほど時間を要するのでしょうね」
 歩きだす彼の足元で名も知らぬ花が小さく揺れる。
抜けていく風が上質なオートクチュールのスーツをそっと撫でて過ぎていく。
「――――風が告げるには、この道を真っ直ぐ進み、あと一時間ほどすれば着くそうです」
 過ぎていく風の声に耳を傾けるように目を細めている青年に向けて頷くと、セレスティは再び視線を上空へと持ち上げた。
「天気も良いですし……ちょうど良い散歩になりそうですね、ラビ君」
 笑んでいるセレスティの言葉に、青年は首を小さく縦に振る。
いらぬ節介だと知りつつも、セレスティの足取りが危うくならないよう、心を傾けながら。


■ □ ■

「私も見たことのない花だっていうのよ」

 エカテリーナはそう言うと、悔しそうに表情を曇らせて小さな舌打ちを一つついた。

 事の起こりはエカテリーナが風の噂で耳にしたのだという、花の話題だった。
彼女の古い知り合いが新しい花を咲かせることに成功したのだという。
「どんな特長の花なのかってことが判れば私には自分で創り出すことが出来るのよ」
 ラビが運んできたカップの中身を一気にあおると、エカテリーナはテーブルを挟んでローズティーを嗜んでいたセレスティの目を見据えて言葉を続けた。
「古い馴染みなんだけれど、私から株分けを頼むとかそういうことはしたくないのよ。種さえあれば、そこからさらに新しい花を創造してやるのに」
 セレスティの背後に立っていたラビがそっと腰を屈めて椅子に座っているセレスティに耳打ちをする。
『申し訳ありません、セレスティ様。どうも変なプライドが高い方なのです』
「何を言ってるの、ラビ」
 間髪いれずに返ってきたエカテリーナの一声に、ラビは肩をすくめて小さく頭をさげた。
「……つまり、私がその方のもとへ行って、種をいただいてくればよろしいのですね? エカテリーナ嬢」
 二人のやり取りに頬を緩ませつつもセレスティがそう告げると、エカテリーナは手にしていたカップをテーブルに置き、花のような笑みを浮かべた。
「話が早い方で助かるわ、総帥。――……ああ、でも相手には少しいわくがあるのよ」
 カップを差し伸べてお替わりを求めると、彼女はそう言って瞳に浮かべている赤い光をほんの少し細くさせた。
「いわく、ですか?」
 芳醇な花の香りを含んだ湯気がたちのぼるカップを受け皿に戻し、エカテリーナの言葉に対してわずかな興味をみせるセレスティに、魔女は言葉を続ける。
「つまり、彼を訪ねていった客人が一人も戻ってこなかったとか、戻ってこなかった客人達は皆、彼の周りで揺れる花に変えられてしまったのだとか。
……まあ、彼が死神なんてあり難くない名前を戴くことになった噂というのかしら」
「一人も戻ってらっしゃらないのですか? それは全て死神が?」
 やんわりと微笑みつつ頷くセレスティに、エカテリーナは眉根を寄せて小首を傾げた。
「事の真相は私も詳しく知らないのよ。だって私には興味のないことだもの。――でも総帥だったら相手が死神であろうと、何事もなく戻ってくることが出来る。そうでしょう?」
 悪びれない口ぶりに、セレスティは小さく吹き出した。
「今日は心地よい天気ですし、散歩がてら行ってまいりますよ。道案内にラビ君をお借りしたいのですが、よろしいですか?」

■ □ ■

「しかし死神とは穏やかではない名前ですよね」
 自分を気遣って半歩先を歩いている青年に語りかけると、セレスティは杖を持っていない方の手で口許を隠し、ふむと小さく呟いた。
「その方が死神という別称を得るに至ったのは、ただ単にその方を訪問した人間が誰一人戻ってこなかった、という事情があるかららしいですし」
 独り言のように告げると、ラビは短く揃えた灰色の髪を片手でかきあげながら頷いてみせる。
「僕もこれまで聞いたことのない話ですが、思うに、とんでもない濡れ衣を着せられて、死神だなんてあり難くない呼ばれ方をしている可能性もあるわけですよね」
 ラビの言葉に軽く頷き、セレスティはゆっくり進めていた足の動きをふと止めて、前方を見やった。
「――憶測で物事を言うのはよくありませんね。……直接本人と対面してみれば、おのずと真相は見えてくることでしょうし」
 すらりと腕を持ち上げて前方を指示してみせる。その動きに連動されるようにラビが視線を動かした。

 明るくのどかな――どこか牧歌的ともいえる風景の中、続いていた木立がふと途絶えて広い草原へと抜けていく。
膝丈ほどまで伸びた草花が穏やかな風に揺れてやわらかな香りを辺りに巡らせ、呑気に空をいく雲間からさしこむ陽光はうららかそのものといった具合に地表を照らし出している。
そしてその草原のちょうど中央にあたるだろうかという場所に、一本の大樹が根をはっていた。

「どうやら、あれがその死神の住みかのようですね」
 持ち上げた片腕をそのまま動かして、風になびく銀髪を撫でつけるような仕草をしてみせるセレスティに、ラビも首を縦に動かした。
「及ばずながらご助力させていただきます、セレスティ様」
 丁寧に腰を折り礼をするラビの顔を見やって微笑むと、セレスティは止めていた足を再びゆるりと動かし、謳うような口ぶりで
「――――楽しみ、ですね」
 と一言発した。


 事前にエカテリーナから聞いてきた話の通り、大樹の周囲には多種な花々が黙したままで揺れている。
草原の中に足を踏み入れたところでセレスティはまた足を止め、ゆったりとした面持ちで大樹の方に目を向けた。

 大樹の幹に割と大きな窪みが出来ている。その中でじっとうずくまるように膝を抱えている人影が確認できる。
 
「あの方が死神でしょうか」
 やはり半歩先に立っているラビに向けて言葉を放つと、片手でやわらかに降る陽光から目許を覆い隠しながらふわりと微笑む。
「そのようですね」
 セレスティが浮かべている笑みには気付かない振りをして、ラビはゆっくりと足を進めた。
「……なにせエカテリーナ様の依頼ですし、面倒事になる前に用事を済ませて戻りましょう」
 そう言って笑いながら自分の方に振り向いたラビに、セレスティは笑みをもって応じた。
「そうですね。……でもラビ君。キミは死神が何を抱えてあの場所に一人うずくまっているのか……興味を持ちませんか?」
 流れる水のように語ったその言葉には、どこかヒヤリとするような色を浮かべている。
「――――興味ですか?」
 思いがけないその言葉に思わず眉をひそませたラビの横をするりと通りすぎると、セレスティは一面の緑の海へと杖を動かしていった。


 豊かな緑に覆われた大樹は、見上げれば空を突き刺すのではないかと思えるほどの巨木だった。
その見事な枝振りに感嘆の声述べてから、視線をゆっくり大樹の根元へと下ろす。
そこに出来ている窪みは、間近で見れば大人一人が収まるにはちょうど良いほどの大きさだった。
 セレスティはいつもと変わらぬ穏やかな笑みを満面に浮かべ、肌触りの良さそうなスーツの裾をはらりと揺らして膝を曲げる。
「はじめまして。僕の名はセレスティ・カーニンガム。エカテリーナ嬢からお遣いを依頼されまして、貴方の元へまいりました」
 一言一言をゆっくりと告げる。周囲を囲む緑の海とは異なる水の色をたたえた双眸がふわりと細められ、見る者を魅了してやまない微笑みを浮かべた。
その瞳の中に映っているのは痩せぎすの死神。
死神は道化がつけるような面をつけた顔を持ち上げてセレスティを見やり、カクリと首を横に傾ける。
「お遣い?」
 カクリと傾けた首は続けざまにカクリカクリと左右に揺れて、仮面の奥に見え隠れする口が大きく横に広がった。
「魔女のお遣いかぁ。そっちの彼は魔女の飼い犬だよね? じゃあきみは魔女のなんなのさ?」
 小さな笑い声を含んだその声は淀みがなく明るい、まるで幼い子供のそれといったような感じだ。
セレスティは膝を曲げて、座りこんだままでいる死神に向けた笑みを崩すことなく首を傾げてみせると、少しだけ考えてから口を開く。
「エカテリーナ嬢とは知り合い……でしょうか。時々お茶をご一緒させていただいているんですよ」
 応え、曲げていた膝をゆっくりと伸ばす。
 死神はセレスティの答えに満足したのかしていないのか、ただ小さくフゥンと唸ってみせただけだった。
「ぼくが咲かせた花を分けてくれっていう話でしょ? ――いいよ、別に。その辺に適当にあるから摘んでいきなよ」
 セレスティの動きに呼応するかのように、死神もまた立ちあがる。
細くしなる枝のような体がゆらりと揺れてセレスティの顔を見やり、窺い知ることのできない表情で、セレスティの何かを覗き見るかのような仕草をする。
「摘んでいくのは自由だけど、きみの内側をぼくに見せてくれないかなぁ? ぼく、きみみたいな人の内側を見るのが好きなんだ」
 低く、押し殺したような笑い声を響かせて。死神は触れたら折れそうな腕をのっそりと持ち上げてセレスティのスーツの裾を握り締めた。
死神の動きを封じようと咄嗟に動こうとしたラビの腕を制止して微笑み、セレスティは少しも歪むことのない表情をたたえて首を深く縦に振る。
「構いませんよ。――私の心を覗いたとて、面白いことはあんまりないかもしれませんが」
 親しい友人に語りかけるような口ぶりでそう告げながら、セレスティは自分のスーツを握り締めている死神の手を握り締めてみせる。
そしてその手を自らの心臓に持っていくと、軽く瞼を閉じて謳うように言葉を続けた。
「――――さあ、いかがですか?」

 
 しばらくしてセレスティから手を離した死神は、大樹の窪みに戻って膝を抱え、何かを呟きつつ首を振った。
「きみは海のひとなんだね。きみが何故陸にあがってきたのかとか、きみが大事にしている人達のこととかが視えたよ」
「だからあまり面白くはありませんよと言いましたのに」
 拗ねたように呟く死神の言葉に、喉の奥を鳴らすように笑ってみせながら、セレスティは海の色を映した双眸を緩めた。
「……ぼくに対する恐怖とか畏怖とかいった感情が少しでもあれば、きみをぼくの花園に加えてあげられたのに」
 死神はそうぼやきながら、再び首をカクカクと揺らし始めた。
「それは失礼しました。……それでは花と、出来れば花の種をいただきたいのですが……エカテリーナ嬢の依頼なものですから」
 やんわりと返すセレスティの言葉に死神は動きを止めて、代わりに体全体を揺らし出す。

「種? 種か。そんなの花を持っていけば、魔女が勝手にどうにかす」
 吐き出すように告げた言葉が最後まで成されない間に、セレスティの腕が死神の面を掴んでいた。
「今度は私が貴方を覗く番ですよ。仮面で表情を隠すなんて……興味をそそられるじゃないですか。本当は貴方が心情を覗いてほしいのではないですか?」
 淀みなく告げる言葉はいつもと変わらぬ温もりを伴っている。
だがその反面、浮かべている微笑みには、どこか背筋を薄ら寒くさせるような翳りを帯びていた。
 死神はセレスティに掴まれた腕を軽く上下させながら体を揺すり、告げる声音にわずかな怒気をこめて応じた。
「――離せよ、海の住人。おれは心を暴いてほしいなんて、一言も」
 
 ヒヤリ。吹いている風が夏からしぬ肌寒さを運ぶ。

 暴れだそうとした死神の枝のような体は、いつのまにかその背後に回っていたラビの手によって押さえつけられていた。
「セレスティ様に手だしは無用ですよ。……少しの時間だけ、失礼します」
 丁寧に語られる言葉は、しかし淡々としていて表情のかけらも感じられない。
 ラビと視線を合わせて頷き、セレスティは死神の腕を握り締めていた手にわずかな力をこめる。
「――――相手の心を覗き見る能力は、なにも貴方だけの専売特許ではないのですよ」
 こぼれる笑いを隠そうともせず。悪戯を見つけた子供のように。
 セレスティの目の中にある穏やかな海の上に、ささやかな波が立ちあがる。


 セレスティが持ち帰ってきた花を見とめ、エカテリーナは満面にほころんだ花のような笑顔をたたえた。
「帰り道で少し遠回りをしてきましたので、戻りが少々遅くなりました」
 差し伸べられた手の中に持ってきた花を渡して、セレスティは『お遣い』を無事終えたことに対する安堵の息を吐いた。
 
 屋敷へ戻ってきてセレスティをエカテリーナの部屋に案内すると、ラビはすぐに冷たいお茶を用意して運んできた。

 機嫌良く鼻歌さえ交えているエカテリーナの手の中にあるそれは、ジャスミンに似た花弁の花。暮れていく空の色をしている。
 ラビが運んできた冷えたアイリッシュティーを口にしながら、セレスティは死神の心にあった光景を思い出していた。

 生まれてすぐに事故に遭い、彼の顔はふためと見られぬ醜いものになってしまった。
それだけではなく彼の筋肉はその能力を失ってしまったのだった。視神経もひどく傷ついてしまっていた。
彼の両親は事故のさいに揃って亡くなっていて、残った彼を引き取った親族は介護に疲れて彼を森の奥深くへと捨てやったのだ。
彼は森の中で自分の不運を呪い、全てを呪いながら果てていった。
 だが、彼は大樹の精霊によって再び生を得て、彼が持てぬああらゆる能力の代わりに特異な力を手に入れた。

 全てを呪った彼ではあったが、それでも欲しいものが不変として心の底に淀んでいた。
精霊はそれを見越してささやいた。
――お前を恐れることなくお前を対等の存在として認めることの出来る者が現れたなら、お前の醜悪な心は晴れるだろう、と。

「そうそう、そういえば総帥は死神の仮面の下は見てきたの?」
 
 グラスを手にしたまま、身じろぎもせずに睫毛を伏せているセレスティに気付き、魔女がふと声をかけた。

「仮面をとるような、そんな事はしませんでしたが」
 長い睫毛を持ち上げて透き通った海の色を緩やかに細め、セレスティは首を横に振る。
「でしたが、ね。……それで? もしかして友達にでもなってきたの?」
 返ってきた言葉尻を捕まえて低く笑うエカテリーナの手の中で、花は見る間に種へと変貌していく。
 エカテリーナの後ろで控えているラビが一瞬口を開きかけたが、それより先にセレスティが小さく笑った。
「友達……ではないと思います。私はただ、彼を私と同じ、今この時間の中に立っている一人の存在として言葉をかけてきただけですから」
 
 グラスの中で、透明な氷が小さな音を立てて傾いた。

「なるほどね。それで戻ってこられたのね。……私は彼に会ったとき、無理矢理仮面をはいで素顔を見ちゃったのよね」
 やはり少しも悪びれることなく笑ってみせているエカテリーナに、セレスティは言葉なく、ただ首を傾げてみせる。
そんな彼の目を見据えたままで魔女も首を傾げ、言葉を続けた。
「……私の場合は総帥と似てるけど、ちょっと違うわね。やっぱり彼は私と同じく、今を生きている存在だって思ったけれども。
ただ、同じ森に住まう者として、あんたよりも私のほうが長く生きてきてるのよって、胸をはってみせたのよ」
 カラカラと笑う彼女につられて、セレスティもそっと笑みを浮かべた。
 
 ただ一人ラビだけが、エカテリーナにバレないようにそっと嘆息を一つついていた。
  


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】



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■         ライター通信          ■
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いつもお世話様でございます、セレスティ様。
今回はゲームノベル「死神の花園」への参加、ありがとうございました。
このノベルが少しでもセレスティ様のお気に召していただけたならと思います。

今回もまた少し長くなってしまいました。……いやはや。
しかも今回のセレ様は、少しばかり悪戯っこであります。
私的に、そういう一面を持っているセレ様っていいかも……なんて思っていたのと、
今回いただいたプレイングから、なんだかそんな感じを受けたからです。
もしも御気分などを損なわれましたら申し訳ありません。

それでは、今回はまことにありがとうございました。
またお目に止まることがございましたら、お声などかけていただければ光栄です。