コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


死神の花園

「相変わらず人形みたいな動き方をするのね」
 
 背後から聞こえた声に振り向くと、そこには片手にランプを持った少女が一人立っていた。
 ウラ・フレンツヒェンは彼女の言葉に対してニンマリとした笑みを浮かべ、すぐにまた踵を返して歩き出す。

 曇っているわけではないのだが、鬱蒼と繁る樹木は空からの光の一切をさえぎり、結果的には昼でも暗い森を作り上げてしまう。
湿った空気と腐った葉の匂い。それに混ざって漂う、菌糸類が放つ独特の香り。陽射しが入ってこないために、夏でも肌寒く感じられるほどの世界。
「ウラ。ランプくらい持って歩きなさいな」
 ウラの後ろを歩く少女の声が再び聞こえたが、ウラは足を止めることなく、むしろ一定の速さを保ちながら、軽やかに歩いていく。
歩くたびにスカートの裾についたレースが揺れて膝をくすぐる。
艶やかな黒髪の上には、ちょこんと乗せた帽子が揺れている。
そして腕に引っ掛けてあるのは、雑貨屋で見つけた可愛らしいカバン。カバンは何かの木を使って編まれたもので、中にしまってあるものが丸見えになるようなデザインだ。
 地面からは時々木の根が露出しているが、ウラはそれにつまずくことなくヒラリと飛んで越えていく。
「目が慣れてくればランプなしのほうが楽しいわ。スリリングで素敵」
 カクリと首を曲げて後ろを見やり、口の両端を引き上げて笑んでみせると、ウラは後ろをついてきている少女に声をかけた。
「素敵、ねえ……あなたが私の前を歩くと、道案内についてきた私の立場がなくなるじゃないの」
 溜め息と共に吐き出された少女の言葉。ウラは無言でまた前方を見据え、ダンスでも踊っているかのような軽快な足取りで歩いていく。

――――見据える前方に見えている小さな明かりが、森の終わりを知らせている。
 あれを抜ければ目指す場所があるに違いない。
ウラは可愛らしい顔に引きつったような笑みを浮かべると、進めていた足の動きを、より活発なものへと変えていった。

□ ■ □

 気付くとそこは大きな屋敷の前だった。
色とりどりの花が咲き誇る庭園に囲まれたた、白い壁の屋敷。
その風景を眺めつつ、ウラは表情一つ変えることなく小首を傾げた。
「見たことあるようなとこなんだけど、覚えてないな」
 浮かんでくる疑問はさておき、とりあえず門をくぐってみる。
むせかえるような花の香りと、それにまぎれて流れてくるコーヒーの匂い。
喉が渇いていたことに気付き、コーヒーの匂いが流れてくる方に足を進めた彼女を、庭の手入れをしていた青年が見つけた。
「あれ、ウラ様? お遣いか何かですか?」
 青年はそう言うと、木の葉を刈りこんでいた手を休めてウラに近付き、丁寧に頭をさげた。
「そう、おつかい。魔術の実験に必要なものを買い求めに出て来たのよ。……ところで、おまえ誰?」
 抑揚のない声でそう言うと、ウラはカバンの中にしまってある白いメモ用紙に視線をおとし、すぐにまた背に縁へと目を向ける。
 青年は日焼けした顔にわずかに怪訝そうな表情を浮かべ、自分を見据えているウラの顔を見やった。
「……以前一度お会いしたことがあります。僕はエカテリーナ様に雇われているラビと申します、ウラ様」
「ラビ」
 丁寧な自己紹介をしてきた青年の名前を繰り返し、ウラは大きく頷いた。
「前に聞いたことのあるような名前だけど、やっぱり思い出せないわ。ごめんなさいね。それで、あたしはなんでここにいるのかしら?」
 満面に浮かべた笑みとは裏腹な言葉を告げるウラに、ラビは小さな嘆息をついてから、彼女をエカテリーナの元へと案内することにした。
「ちょうど、エカテリーナ様がどなたかの到来をお待ちになっていたところです。……どうぞ、こちらへ」

 ラビがいた場所からさらに庭を進むと、テーブル椅子に腰掛けてこちらを見ている少女の姿が見えた。
少女はウラの姿を見とめると片手を挙げて左右に振ってみせた後、自分の傍まで来るようにと手招きしている。
「エカテリーナ」
 少女の姿を見つめたままでその名を呟くウラに、ラビが安心したように微笑みかけた。
「エカテリーナ様のことはご記憶でいらっしゃるのですね」
 ウラはその言葉に小首を傾げ「忘れたわ」と一言述べると、絶句しているラビを尻目にエカテリーナの方へと歩みよっていった。

「あなたが来るとは思わなかったわ、ウラ。久しぶりね」
 テーブルの上に置かれたグラスの中には、淹れたばかりと見受けられるアイスコーヒーが揺れている。
「知らないわ。あたし、おつかいに出て来ただけだから」
 肩をすくめてそう応えると、自分も喉が渇いたのだということをアピールしてみせる。
 グラスを運んできたラビはウラの言動にいくらか驚いているようだったが、エカテリーナは特に驚く様子もなく、笑みを浮かべたままで話を続けた。
「実は私の古い馴染みが、私の知らない花を創り出したっていうのよ。どんな花なのかが分かれば、私にはそれを再現することも、改良して違う花を創りあげることも可能なの」
 ウラは彼女の言葉に頷くと、ラビが運んできたグラスを両手で持ち上げてコーヒーを一口啜り、「だから?」と返した。
「うん、まあ、正直に言えば、ちょっとお遣いに行ってきてほしいのよ。相手はちょっとした曰くつきなのだけれど、あなただったら難なく交渉してきそうだし」
 エカテリーナはコーヒーを飲んでいるウラの目を覗きこみながら、小さな笑みを浮かべた。
”曰くつき”に反応したのか、ウラはエカテリーナ言葉に何度も頷き、口許を両手で隠しつつクヒックヒッと笑う。
「楽しそう。いいよ、行ってくる。でもどこまで行ってくればいいの? 地図とかあるのかな?」
 ひとしきり笑った後、口許にあてた両手はそのままで、ウラは長い睫毛の下にある黒い瞳でエカテリーナを見た。
エカテリーナは首を横に振ってから頬づえをつき、赤い瞳を揺らして応える。
「残念だけど地図とかはないのよ。道案内がいれば真っ直ぐ行けるけど……彼のもとを訪れて戻ってきた人って、せいぜい私くらいなのよね」
「エカテリーナは行ったことがあるのね? じゃあエカテリーナさんが案内してくれればいいってだけの話じゃないの?」
 頬づえをついて自分を見ている魔女に向けてそう言い放つと、ウラはグラスに残っていたコーヒーを一息に飲み干してから立ちあがった。
「曰くに関して興味があるわ。行きがてらお話しましょ、エカテリーナさん」

□ ■ □

 暗い森の終わりを知らせる明かりが近付くのを確かめて、エカテリーナはランプの中の火を消した。
途端に周囲は暗闇に包まれたが、ウラはやはり軽やかな足取りで進んでいく。
ウラの背中を見つめつつ、エカテリーナはここまで閉ざしたままだった口を開いて前を行く彼女を呼びとめた。
「ウラ。これから訪ねていく相手のことを教えるわ」
 闇の中に響く凛とした声に、ウラは足元にあった木の根をヒラリと飛び越えてから足を止めた。
「曰くってやつね? 聞きたいわ!」
 スカートの裾をつまみあげ、バレリーナのようにつま先で立って膝を曲げる。
人形のようなそのいでたちに目を細くさせて、エカテリーナは話を続けた。

「彼は皆から死神っていう名前で呼ばれていて、こう、道化がつけるような面をつけているのよ」
 説明しながら片手で顔を覆う魔女が語る話に、ウラは顔を少しだけ紅潮させて頷いた。
「死神っていうことは、人をたくさん殺していたりするのかしら」
「そうね……彼を訪ねて森に入った人間は、一人も戻ってこないと言われているわ。その全てが彼の影響を受けているのかどうかは、さだかではないけれどもね」
 エカテリーナはウラの言葉を否定するでも肯定するでもなく、ただ視線を真っ直ぐに延ばしてそう応える。
「古い知り合いって言ってなかった? 知らないの?」
 魔女の視線を自分も追いながらウラが首を傾げると、問われた魔女はふと小さな笑みを零した。
「興味のない事だしね。それに知り合いだからって、相手が持っている事情の全部を把握している必要はないでしょう?」


 間もなく二人は森を抜けて、空から降りてくる陽光の下へと全身をさらした。
そこに広がっていたのは一面に緑をたたえた草原で、ここに辿りつくまでに歩いてきた森の湿った空気など微塵も感じられないような場所だった。
膝丈ほどの長さまで伸びた草が渡る風に揺れてなびき、打ち寄せる波のような音を響かせている。
ウラはその草の海へと飛びこんで一声歓声をあげると、両手を広げて草花を愛でた。
 子供のようにはしゃぐウラの向こうを見やり、指をさす。
「ほら、あの樹が彼――死神の住処よ」
 視線をあげて魔女の指の先を確かめる。草原のちょうど中央あたりに、確かにどっしりと根をはった大樹が見えた。
 ウラはスカートの裾を持ち上げて草をかきわけ歩いていくと、大樹の立派な姿に改めて歓声をあげた。

 樹の根元には大きな窪みがあって、その中に体を収めるようにして膝を抱えている男の姿があった。
「あれが死神さんね?」
 歌うような口ぶりでそう告げると、エカテリーナが頷くのを確かめようともせずに小走りに大樹の窪みを目指す。
そして男のすぐ目の前に辿りつき、ウラは口の両端を引き上げて笑顔を作ってみせた。
「ウラ・フレンツヒェンよ。死神さん、新しい花を創り出したっていうわね? その花を少し分けてくださらないかしら」
 ちょこんと膝を曲げて挨拶をしてみせるウラの言葉に、死神は膝を抱えてうずくまったままで頭をあげた。

 死神はカクリと首を傾けてから立ちあがる。ウラよりもかなり背の高い体だが、肉は全くついていないようで、その体躯はまるで枯れ木のようだ。
顔にはピエロがつけているような面を被っていて、その下の表情は窺い知ることが出来ない。
死神はマリオネットのような動きでゆっくりとウラに近付くと、その向こうにいるエカテリーナに顔を向けた。
「ひさびさだね、森の魔女。きみの友達かい?」
 発した声その体躯に反してとても幼い子供のそれに聞こえる。
エカテリーナは首をすくめてみせただけで返事を返そうとはしない。その代わりに応えたのはウラだった。
自分の言葉を無視されたと感じたウラは満面に不快を浮かべている。
「名乗られたら名乗り返すのがマナーでしょ? 無視しないでくださる?」
 びしりと突きたてた人差し指を死神に向けてウラが言うと、死神はエカテリーナに向けていた顔をウラの方へと戻し、再びカクリと首を傾げた。
「名前はずっと昔に無くしたんだ。ごめんね……ところで花が欲しいんだよね。花はその辺に咲いてるから持って帰っていいよ」
 カクリカクリと体を揺らしながら近付いて来る死神を、ウラは興味深いものを見るような目で見守っている。
「花なんていっぱい咲いているから、どれがそうだか判らないわ。どれ?」
 足元で揺れている数多くの花を眺めながらそう問うウラに、死神は仮面の奥で低く笑ってみせながら応えた。
「ほら、ここ。ここに咲いてるのがそうだよ。この夕焼け色のさ」
 彼は自分のすぐ足元にある花を指差した。
そこにあるのは、形はジャスミンに似ているが、夕焼け空をそのまま映したような色のもの。
ウラはその花に目を落としてフゥンと小さく頷き、躊躇する様子もなくその花へと近付いた。
そしてその花を摘もうと膝を曲げたのと同時に、後ろのほうでエカテリーナが声を荒げているのを聞いた。
「ウラ、そいつは触れた相手の心を読み取るの。読まれたくないなら気をつけなさい!」
「え――――?」
 エカテリーナに視線を向けた。途端に、ウラの腕は死神の手によって捕えられ、力任せに引き寄せられる。
「――――?」
 一瞬の後に自分の顔のすぐ前に現れていた死神の仮面を見やったウラは、しかし恐怖といった表情は微塵も浮かべることなく、口の両端を持ち上げる。
「クヒッ……クヒッ……ヒヒヒ」
 恐怖を浮かべるどころか、こぼれていたのは楽しげな笑み。
 ウラは死神に掴まれていない方の手で口許を覆い隠し、大きな黒い瞳を緩ませて死神を見つめていた。
「……花はあげるから、代わりにきみの心を覗かせてよ。……条件によっては、きみにもここに残ってもらうことになるからさ」
 死神は小さく笑うウラの耳元でそう告げると、枯れ枝のような体をユラユラと揺らしながら笑う。
「条件?」
 こぼれてくる笑いを片手で押さえながらそう問うウラに、死神は首を縦に動かして応えた。
「いままでここに来た人達は、みんなぼくが心を覗いてやったんだ。心の中に、ぼくへの恐怖とか自分をとりまく者達への絶望とか、そういった気持ちが少しでもあれば、その人にはここに残ってもらうことにしたんだよ。……花になってさ」
「フゥン、そうなの」
 ウラは低く笑う死神の話に小さく頷くと、緩めていた瞳を細くさせ、やがて睫毛を伏せて呟いた。
「そんな事だったら。いいわよ、見てみたら? あたしには覗かれて恥ずかしいことなんか何ひとつないから」
 
 風が草原を波打たせて過ぎていく。
ウラの艶やかな黒髪が風に乗ってフワリフワリと舞いあがり、綺麗な線を宙の中に描いた。

 瞬きの時間の後に死神はウラから手を離し、再び大樹の窪みへと戻っていった。
その中で膝を抱えてうずくまると、死神は小さなため息とともに首を横に振った。
「――――きみは幸福なんだね。……そんなにも脆そうな場所に立っているのに、きみは強い人なんだね」
「脆そうな場所?」
 死神が告げた言葉に疑問符をつけて返すと、ウラは今度は両手で口許を隠して笑みをこぼした。
「あたしは幸せよ。だって、あたしには味方がいるもの。だからあたしはあたしの人生を思いっきり謳歌するって決めてるのよ」
 クヒックヒッと笑いながらそう言うと、死神は再びため息をついた。
「……ぼくにはわからないな。……まあ、いつかここに来たくなったらおいでよ。ぼくがきみを花に変えて、ずっと愛でてあげるから」
 

 死神が指差した花を一輪摘みとってそれをエカテリーナに手渡すと、魔女は小さな声でありがとうと述べた。
「……じゃあ、戻りましょう。あなた、お遣いの途中だったのでしょう? あんまり遅くなると心配するわよ」
 そう言って歩き出したエカテリーナの手の中で、花は見る間に種へと形を変えていく。
 ウラはその彼女の背中を小走りに追いながら、一瞬だけチラリと後ろを確かめた。

 大樹の根元でうずくまる死神は、言葉なく二人を見送っていて、その姿はやがて一面を覆い尽くしている緑の中へと消えていった。
 
 暗く湿った森の中へと足を踏み入れる直前、そういえばと思い出して手を叩き、ウラはエカテリーナを呼びとめた。
「そういえばあたし、死神さんの顔を見てないわ。仮面で隠してあるんだもの」
 立ち止まって振り向いたウラの腕を掴み、エカテリーナはランプの火を灯す。
「あんまり遅くなれないでしょう? 帰るわよ、ウラ」
 そう言ったきり口を閉ざして歩き出したエカテリーナに手を引かれ、ウラは頬を膨らませて言葉を返した。
「用事を頼んで遅くさせたのはエカテリーナさんなのに」
 
 二人がいなくなった草原は夕暮れを迎えていた。
赤く染まった空の下、空と同じ色をした花が、ひっそりと風に揺れている。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【3427 / ウラ・フレンツヒェン / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ウラ・フレンツヒェン 様

はじめまして。この度はゲームノベル「死神の花園」へ参加してくださいまして、まことにありがとうございました。
確認させていただきましたところ、ウラ様が抱えるノベルとしてはこれが第一作目になってしまうようですので、少し緊張しております。
ウラ様のイメージを損ねてしまわなければと願いつつ、書かせていただきました。

今回はエカテリーナとの関係は明確にはせず、なんとなく知り合いらしいけどどういう知り合いなのかわからない、といったようにしてみました。
設定等に問題がございましたら、お声をいただければと思います。

このノベルが少しでもお気に召していただければ光栄です。
もしよろしければ、また機会がございましたらお声をいただければと思います。
今回はありがとうございました。