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遺伝子は地上の楽園の夢を見るか？ - Can you prove you yourself? -
[ ACT:0 ] 始まりはいつも……
『未承諾広告』というものがある。
郵便受けに入っている広告チラシやダイレクトメールと同じで、いつのまにか自分のメールボックスに舞い込んでいるネット上のチラシである。
インターネットに繋いで、メールのやり取りをしているならば必ず一度は目にするものだろう。
その中身は大抵は出会い系サイトの勧誘であったり、主婦や会社員向けの副業、いわゆるＳＯＨＯビジネスの案内だったりする。
全部が全部インチキだとは言わないが、大概は大して中身を読みもせずにゴミ箱に入れてしまうのではないだろうか。
そんな不特定多数向けの『未承諾広告』メールの中で、最近少し変わった内容のものが出回っているという。
その内容とは―――――
＊ ＊ ＊
「これかぁ……」
瀬名雫は転送されたメールを読みながら小さく呟いた。
最近、雫の運営する怪奇系サイト『ゴーストネットＯＦＦ』に、怪しげな未承諾広告メールが届く、という投稿が増えていた。
ただ怪しいだけなら『怪奇系』と銘打つサイトの主旨とは異なるので投稿を採用したりする事はないのだが、そのメールの中身がいわゆる普通の未承諾広告とは明らかに違っていたので、雫は一時的に『ネット社会の不思議』と銘打って投稿を掲載し、常連の一人に頼んでそのメールを自分のアドレスに転送してもらっていたのだ。
そのメールは『未承諾広告※あなたの記憶を貸してください』という、怪しいを通り越して危ないという印象の件名で始まっていた。
＊ ＊ ＊
未承諾広告※あなたの記憶を貸してください
突然のメールで驚かれた事と思います。しかし、これはただの悪戯やふざけたメールではない事を先に断っておきます。
あなたの記憶を、少しだけ貸していただけないでしょうか？
特に危ない事をしていただくわけではありません。ただあなたの記憶の中から何かを思い出していただくだけで良いのです。
家族・友人・知人などといった誰かの思い出でも、昨日の夕飯のメニューでも、何でも構わないのです。
もちろん、秘密は厳守いたします。謝礼も出させていただきます。
一日だけのアルバイトとして、私にほんの少しだけ協力していただけないでしょうか？
協力してくださるという方は、このメールの一番下にあるメールアドレスまでご連絡ください。
折り返し、日時等をご連絡します。
最後に。
あなたは完全なる自分のコピーが作れるとしたら……どうしますか？
真人間研究所所長 鉤崎 領一
＊ ＊ ＊
「うーん……確かに不思議な内容だけど微妙、かなぁ？」
メールの内容を何度か読み返しながら、雫はちょっと首を傾げた。
気にはなるが、真相を究明しようとするにはもう一つ動機が薄い気がする。
「これはボツかな」
そう呟くと、雫はそのメールをゴミ箱へとドラッグして移動させた。
＊ ＊ ＊
しかし、自然消滅すると思われたその話題は、ある日また浮上してきた。
実際にそのアルバイトに参加し『記憶を貸した』という人間がＢＢＳに書き込みをし始めたのだ。
【記事No.1601】
【投稿者：51】
【投稿日：2004/6/XX,20:12】
【タイトル：例のバイト行ってきました】
【とりあえず今パッと何か思い出してください、と言われて思い浮かんだのが昨夜の晩飯のメニュー。そう言ったら、万札の入った封筒渡されて。すげー胡散臭いと思ったんだけど、それっきり何もないし。今んとこ、普通】
【記事No.1602】
【投稿者：あんな】
【投稿日：2004/6/XX,15:30】
【タイトル：私も！】
【実家で買ってた犬のコロが死んだときの事思い出したの。そうしたらお金くれて。びっくりしちゃった。本当にそれっきりで何もないんだけど……誰かその後何かあった人、いる？】
ただ何かを思い出しただけでお金がもらえるなんて怪しい事この上ない。しかも何もないところがまた胡散臭すぎる。
これだけなら『死体洗いのアルバイト』的なただの怪しげなバイトの噂に過ぎないかもしれない。もしかしたらこれらの書き込み自体が嘘かもしれない。しかし、それを一変させたのは次の書き込みだった。
【記事No.1603】
【投稿者：HAL】
【投稿日：2004/6/XX,11:08】
【タイトル：マジな話】
【実は私の友達がこのバイトに行ったらしいんだけど、その後様子がおかしくなったんだって。バイトから戻った後はアレだけでこんなに貰ったって周りの友達に奢ったりしてたんだけど、ある日『自分に殺される！』って言い始めて。で、そのあとぷっつり音信不通。やっぱりヤバ気だよね、これ】
「ちょっとちょっと、これはヤバいんじゃないの……」
眉を寄せて投稿を読みつつも、好奇心がむくむくと湧き上がるのを抑えられない雫なのであった。
[ ACT:1 ] 偶然という名の必然
海原みあおがそのインターネットカフェに顔を出すのは、いわば日課みたいなものだった。
家に帰ってもパソコンはあるのでわざわざインターネットカフェに顔を出さなくてもネットは出来るのだが、ここへ来れば仲の良い友人や知り合いにたくさん会える。そして、その中でも怪奇系サイト『ゴーストネットＯＦＦ』の管理人である瀬名雫と話せばいつも必ず面白い事に出会えるのだ。
「雫ー、今日も元気に怪奇現象探してるっ！？」
肩口で切り揃えられた綺麗な銀色の髪を揺らしながら、みあおはパソコンに向かっている雫に声をかけた。
「あ、みあおちゃん。今帰り？」
「そーだよ。ねえねえ、何か面白い事あった？ 調査ならみあお、手伝うよ」
「最近、ちょっと話題になってるやつがあるんだけど……。でも、これは少し危ないかもしれないのよねえ」
「大丈夫！ みあお、強いから！」
両手を腰に当て、えっへん、と胸を逸らし得意げに笑うみあおに、雫はクスッと笑うと、
「分かった。じゃあ、いつものように頼んじゃおうかな」
そう言って、今画面に表示されているゴーストネットＯＦＦの掲示板を見せた。
＊ ＊ ＊
「記憶を貸してください、かぁ……うん、面白そう！」
「みあおちゃんならそう言うと思った」
最近出回っている怪しい未承諾広告メールに関する投稿を見て、みあおは大きな瞳をキラキラと輝かせた。
「まずはやっぱり『聞き込み』だよね。調査の基本っ！」
みあおはそう言うと、雫に代わって席に座り各投稿記事にレスをつけた。
―――
【記事No.1601】
【投稿者：51】
【投稿日：2004/6/XX,20:12】
【タイトル：例のバイト行ってきました】
【とりあえず今パッと何か思い出してください、と言われて思い浮かんだのが昨夜の晩飯のメニュー。そう言ったら、万札の入った封筒渡されて。すげー胡散臭いと思ったんだけど、それっきり何もないし。今んとこ、普通】
【記事No.1604】
【投稿者：みあお】
【投稿日：2004/6/XX,16:30】
【タイトル：教えて！】
【そのバイト、面白そう！ いくらくらいもらったか、教えてくれないかな？】
【記事No.1602】
【投稿者：あんな】
【投稿日：2004/6/XX,15:30】
【タイトル：私も！】
【実家で買ってた犬のコロが死んだときの事思い出したの。そうしたらお金くれて。びっくりしちゃった。本当にそれっきりで何もないんだけど……誰かその後何かあった人、いる？】
【記事No.1605】
【投稿者：みあお】
【投稿日：2004/6/XX,16:32】
【タイトル：教えて！】
【なんにもなくってよかったよね！ そのバイトでいくらくらいもらったか、教えてくれないかな？】
【記事No.1603】
【投稿者：HAL】
【投稿日：2004/6/XX,11:08】
【タイトル：マジな話】
【実は私の友達がこのバイトに行ったらしいんだけど、その後様子がおかしくなったんだって。バイトから戻った後はアレだけでこんなに貰ったって周りの友達に奢ったりしてたんだけど、ある日『自分に殺される！』って言い始めて。で、そのあとぷっつり音信不通。やっぱりヤバ気だよね、これ】
【記事No.1606】
【投稿者：みあお】
【投稿日：2004/6/XX,16:35】
【タイトル：！】
【自分に殺されるってどういう事なのかな？ 詳しく話が聞きたいんだけど教えてくれる？】
―――
「みあおちゃん、ハンドルネームはつけないの？」
「みあおはみあおだもん。さ、あとは返事待ちだね。あー、お腹空いた。ね、雫、なんか食べに行こ！」
至極簡単な理由を述べて、みあおは雫の手を引っ張りながら、ネットカフェ近くのファーストフード店へと向かって行った。
＊ ＊ ＊
「うわぁ、もう返事来てる」
帰宅し、自分の部屋でパソコンを立ち上げてゴーストネットＯＦＦの掲示板を見たみあおは嬉しそうな声を上げた。
先程インターネットカフェで書き込んだみあおのレスにもう反応があったのだ。
最初の二人は共に「バイト代は五万円」との返事だった。日給で五万はかなり高額だ。
「五万円もあったら、色んなもの買えるなあ……」
ゲームやら服やら今欲しいものを頭に浮かべながら画面をスクロールさせていくと、最後の『友達がいなくなった』という投稿記事に行き当たる。
もちろんこれにもレスがついていたが、それは前の二人とは少し違い、ちょっと引っ掛かるものであった。
―――
【記事No.1603】
【投稿者：HAL】
【投稿日：2004/6/XX,11:08】
【タイトル：マジな話】
【実は私の友達がこのバイトに行ったらしいんだけど、その後様子がおかしくなったんだって。バイトから戻った後はアレだけでこんなに貰ったって周りの友達に奢ったりしてたんだけど、ある日『自分に殺される！』って言い始めて。で、そのあとぷっつり音信不通。やっぱりヤバ気だよね、これ】
【記事No.1606】
【投稿者：みあお】
【投稿日：2004/6/XX,16:35】
【タイトル：！】
【自分に殺されるってどういう事なのかな？ 詳しく話が聞きたいんだけど教えてくれる？】
【記事No.1609】
【投稿者：HAL】
【投稿日：2004/6/XX,20:56】
【タイトル：Re.！】
【レスどうもです。実は丁度彼がひょっこり戻ってきたんです。話を聞きたいなら一応彼に話してみますので、メールください】
―――
「戻ってきたんだぁ。大丈夫だったのかな……。これは聞くしかないよね」
みあおはメールアドレスが記入されている事を示すアンカーのついたＨＡＬの名前をクリックすると、立ち上がったメール送信画面に文章を打ち込み始めた。
「会って詳しく話が聞きたいのでよろしく、と……」
書き終えて送信ボタンを押したところで、階下から姉の「ご飯出来たわよー」という声が聞こえてきた。
「はーい。今行くよー！」
それに元気よく答えて、みあおはパソコンの電源を落とした。
[ ACT:2 ] 隠し切れない違和感
ＨＡＬからメールの返事をもらい、待ち合わせ場所にとみあおが指定したのはいつものインターネットカフェだった。
セルフサービスで取ってきたオレンジジュースの入った紙コップを手に、きょろきょろと店内を見回すと自分に向かって歩いてくるショートカットの小柄な女性と、ひょろりと背の高い青年が目に入る。
あれがＨＡＬ本人と失踪して戻ってきたというＨＡＬの友人に違いない。そう思い、手を挙げて合図を送ろうとした時、青年と目があった。
その瞬間。
（……あたしたちと同じ……）
みあおの頭の中で誰かが呟いた。
（みあおたちと同じ？）
（そう。同じ感じがするわ……）
みあおに話し掛けたのは、みあおの中に存在する『みあお』達だ。一見普通の、やや元気が良すぎるかもしれない小学生に見えるみあおには人とは違う過去があった。中学生の頃、通りすがりのマッドサイエンティストに改造を施され、みあおの中には今表に出ているみあおの他に三人の人格が存在している。マッドサイエンティストの手から逃れ、今は海原家の末娘として平穏な日々を送っているみあおだが、彼女は『作られた』存在なのだ。
そのみあおと同じという事は、彼もまた『作られた』存在なのだろうか。
「あの……みあおさんですよね？ 私ＨＡＬです」
頭の中で他のみあお達と会話をし、ちょっとだけ難しい顔になっていたみあおに、女性は躊躇いがちに声をかけた。それで我に返ったのか、みあおはいつもの愛らしい笑顔を浮かべ、
「こんにちは！ みあおはみあおだよ！ えっと、ＨＡＬさんと……そっちのお兄さんがバイトに行った人だよね？」
「……裕也と言います。よろしく」
（みあおと同じ……）
裕也と名乗った青年にやはり自分と同じ『作られた』違和感を感じながら、みあおはニコニコとしたその笑顔を崩す事はなかった。
＊ ＊ ＊
「みあおね、あのバイトに興味あるんだ。詳しい話、聞かせてくれる？」
「それは構いませんけど、君があのバイトに参加するの？ 小学生だよね……？」
みあおの言葉に裕也が少し怪訝な顔で聞き返した。
「うん、面白そうだから行ってみる。小学生はダメって書いてなかったでしょ？ だから行くよ」
「まあ別に、危ない事はなかったから大丈夫かもしれないけど」
そう言うと、裕也はバイトの内容について話し始めた。
「特に変わった事はしないよ。小さな部屋の中で椅子に座って目を閉じて適当な事思い浮かべるだけ。ホント、それだけで。ああ、なんか電極パッドみたいなのは付けられたかな。バラエティの罰ゲームとかで使ってる低周波マッサージの四角い黒いゴムみたいなの。でも別に電気が流れてびりびりするわけでもないし」
「ふぅん……それだけなんだ。簡単そうだね」
「簡単だよ」
「じゃあさ、もう一つ。『自分に殺される』って何？」
みあおがそう聞くと、それまで饒舌に話していた青年はぴたりと口を閉じた。そして少し間を置くとばつの悪そうな笑顔を浮かべた。
「ああ、えーっと……あれはその、単なる悪ふざけだったんだ」
「悪ふざけ？ イタズラ？」
「うん、ちょっと驚かしてやろうかと思って。あんなバイトに行って何もないってのもネタ的につまらないかと思ってね？」
「ホントーにそれだけ？」
「そう、それだけ。連絡取れなかったのも実家に帰ってただけだし。皆大袈裟なんだよね」
裕也は小さく笑うとちらりと横に座るＨＡＬを見た。「結構心配したんだよ？」というＨＡＬにごめんと笑って頭をかいている姿はちょっとした悪戯を見つかって苦笑しているだけに見える。
しかし、みあおは確信していた。
（嘘だ。このお兄さん、なんか隠してる）
バイトの内容そのものはきっと彼の言うとおり、ごくごく簡単なものなのだろう。しかし、その時に何があったのか、その後何が起こったのか、彼は故意に言わないようにしていると感じられた。
しかし、みあおはそれには触れず、人懐こい笑顔で二人を見た。
「お話聞かせてくれてありがとね。とっても参考になったよ」
＊ ＊ ＊
インターネットカフェを後にする裕也とＨＡＬを、ぶんぶんと大きく手を振って見送った後、みあおは残っていたオレンジジュースを飲み干し、ついでにサービスで置いてあるお菓子をいくつか鞄に入れると自宅へと帰った。
ばたばたと階段を上がり、自室でパソコンを立ち上げるとすぐにバイト参加希望のメールを送った。
「あのお兄さん、絶対怪しい。名探偵みあおが真相解明しちゃうもんね！」
―――
みあお様
このたびはご協力いただけるという事で誠にありがとうございます。
尽きましては下記の日程でご参加いただければ幸いです。
都合が悪いようでしたらご遠慮なく変更を申し出てください。
日時 ７月８日 午後三時〜（一時間程度で終わります）
場所 新宿西口○○ビル 五階（別途地図添付あり）
それでは、当日お待ちしております。
真人間研究所所長 鉤崎 領一
―――
[ ACT:3 ] その存在は真か偽か
バイト希望のメールを出してから三日後。みあおは大き目のリュックを背負い新宿西口のとあるビルの前に立っていた。
リュックの中にはお菓子とジュース、懐中電灯にデジカメなどが入っている。何が起こるか分からない潜入調査にはやっぱりこれは必要だよねと昨夜せっせと詰め込んだものだ。
「よしっ！ 調査開始！」
胸のあたりで両手の拳をぎゅっと握り、気合を入れるとみあおはビルの入り口の自動ドアをくぐった。
そこは入るとすぐにエレベーターホールになっており、受付はなく、フロアにエレベーターが二基並んでいるだけだった。
エレベーターで指定された五階に上がると、エレベーターの前から左右に廊下が伸びていた。
ぴょんっと勢いをつけてエレベーターから降りると、みあおはまるで信号横断の見本のように右、左と顔を向けた。
右奥には非常口の扉がある。中の電球が切れかけているのか、おなじみの人が走りかけている非常口のマークが不規則に点滅している。
そして左の奥には銀色の無機質な扉が見えた。近付いてみると真鍮製のプレートが貼り付けてあり、『真人間研究所』と彫られていた。
ドアノブに手をかけ扉を半分ほど開けると、みあおは首から上だけを覗かせて室内を見た。
室内は小さなオフィスほどの広さの部屋だった。鈍い銀色に光る長方形の鉄の箱がずらりと並び、それと隣り合うように設置されたモニターにはわけの分からない数字や、点滅しながら形を変えてゆくワイヤーフレームなどが映し出されていた。
「こんにちはー。誰もいないのかなあ……」
銀色の髪を揺らしながらきょろきょろと部屋の中を見ていると、ふいに上から影が落ちてきた。
「かわいいお客さんだね。君が『みあお』ちゃんかな？」
みあおは声のした方を振り仰いだ。スーツの上に白衣を着た男が笑顔を浮かべて自分を見下ろしている。
年の頃は三十代半ばくらいだろうか。なぜか顔の右側だけ前髪を伸ばしている。よく見ればその奥から右目に付けた眼帯が見えた。
残った左目と視線が合う。優しそうな笑顔だったがみあおにはとてつもなく嫌な感じがした。
それはきっと白衣のせいだ。頭を過ぎるおぼろげな記憶。たくさんの『みあお』と白衣の男達。
しかしそれと同時に、あの裕也という青年に感じたものと同じ印象もみあおには感じられた。
あの『作られた』感じ。
（この人もそうなのかな……？）
なんとも言えないもやもやとした気持ちのままじっと見上げていると、男は笑顔でみあおを中に招き入れた。
「ようこそ、真人間研究所へ。私が所長の鉤崎です」
＊ ＊ ＊
コンピューターの並ぶ室内を進み、部屋の奥の小さな応接スペースに案内された。鉤崎本人が使っているのだろう机の向こうに扉が見えた。裕也の言っていた『小さな部屋』というのはあの奥だろうか。
「どうぞ」
ソファを勧められ、みあおは背中のリュックを下ろして腰掛けた。
「私に協力してくれるという方が、こんなにかわいいお嬢さんだとは思わなかったですよ」
「みあおじゃダメかな？」
「いえいえ、そんな事はないですよ。協力していただけるのはありがたい事です……あなたのような方がいらっしゃるとは思わなかったですが」
口元に笑みを浮かべた鉤崎はみあおの頭の先からつま先までゆっくりと視線を移動させた。
「やっぱりおじさんもみあおと同じ？ この前会った裕也っていうお兄さんも」
「……どういう事かな？」
「みあおもね『実験材料』だったんだよ。今は普通の小学生だけどね。だからホントは白衣のおじさん、嫌いなんだ」
みあおはそのあどけない容姿に似合わない単語をなんの感情もなく口にする。
しかし鉤崎は驚くでもなく、言葉を継いだ。
「でも話は聞いてあげる。雫に教えてあげなきゃいけないからね。おじさんはここで何をしてるの？」
あまりにもストレートな質問に鉤崎は面白そうに目を細めた。
「……確かに、私は鉤崎領一という男のクローンだよ。オリジナルの彼の代わりに、ここで彼の研究を引き継いでいるのさ」
「研究？ メールにあった『完全なる自分のコピー』とかそういうやつ？」
「ああ、そうだよ。君の出会った青年も、私の研究成果の一つだ」
みあおが感じたように鉤崎もまた、みあおが純粋なる『人』ではない事を分かっているのか、特に隠す事もなく話を続けた。
「君は自分がもう一人いたらどうかな？ 楽しいと思うかい？」
「うーん……でも、みあおがたくさんいたら、どれがホンモノか分からないかも」
「はは、大丈夫さ。一番良く出来たモノを残して後は捨ててしまえばいいのだから。完全なるコピーがあればオリジナルさえ不要だろう？」
鉤崎の言葉にみあおはぴくりと反応する。
知らないはずの記憶が、水の底から浮かび上がる泡のようにすぅっと脳内を過ぎり、消えた。
シッパイサクハイラナイ。
ツカエナイクローンハタダノニクノカタマリダ。
「やっぱりおじさんもそうやって命を弄ぶ人なんだね。自分だって造られたのに。……そういうの、みあおは嫌いだな」
相変わらず愛らしい笑みを顔に浮かべたまま、みあおは両腕を左右に伸ばした。そしてまるで鳥が翼を羽ばたかせるかのようにその腕を一振りすると、みあおの体は光に包まれる。
白く消えゆく視界の中、遠のくみあおの意識。そして変わりに『みあお』が現れる。
光が収束し、その中に見えたのは先程までの少女ではなく、妖艶な美女だった。
その体は羽毛で覆われており、両腕は鮮やかな青い翼に変わり足には大きな鉤爪が生えている。
美しき凶鳥、ハーピー。
みあおの人格のうちの一人だった。
ばさり、と翼を振るうとハーピーは天井近くまで上昇し、一度動きを止めた。
禍々しくも美しい空の乙女は、いきなりの変貌に驚きながらもその姿に見惚れている鉤崎をゆっくり見下ろすと、次の瞬間、その顔めがけて鋭い鉤爪を振り下ろした。
鉤爪の貫いた右目から、バチバチと青い火花が迸る。
勢いよく爪を引き抜くと、潤滑液と神経回路に見立てたワイヤーと共に、銀色の義眼が転げ落ちる。
同時に鉤崎の体が膝から崩れ落ちた。
[ ACT:4 ] 全ては自分と生きるために
気が付くと、みあおは新宿駅に向かって歩いていた。立ち止まり振り返ってみても、もう真人間研究所の入っているビルは他の高層ビルに紛れてしまい見分けがつかない。
ハーピーの自分に義眼と回路を破壊され機能を停止する前に、鉤崎のクローンはノイズ混じりの合成音声でみあおに言った。
「あの男は……一度認めた『私』を拒否したのだ。自分と完全に同じだと思った私が、予想以上に速い速度で学習したから。自分の都合だけで造ったり壊したり……そんな人間などいらないだろう」
あの鉤崎とかいう男は、自分と同じ『作られた』モノだった。彼もまた犠牲者なのだろう。オリジナルに拒まれなければ上手く共存できたのかもしれない。それとも結末はやはり同じだろうか？
（みあおは大丈夫だよ）
意識の下でみあおは呟く。みあおは自分の中の『みあお』達を受け入れて共存しようとしているから。今は皆を拒否したりしないから。
小学生のみあおも、ハーピーのみあおも、そしてまだ意識の奥に存在する他のみあおも、全てみあお自身である事に変わりはないのだから。
「みあおはみあおだもん」
背中のリュックを背負い直し、みあおは雫の待つあのインターネットカフェへ急ぐべく、駅へと駆け出していった。
[ 遺伝子は地上の楽園の夢を見るか？ - Can you prove you yourself? - ／ 終 ]
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
1415／海原・みあお／女性／13歳／小学生
―――――ＮＰＣ
鉤崎・領一 ／ 真人間研究所所長。記憶のデータ化と思考回路のプログラム化でより完全なクローンを生み出そうとした科学者。そして彼はすでに……。
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■ ライター通信 ■
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初めまして、佐神スケロクと申します。
今回はいつもと違い、完全個別で書かせていただきました。プレイングの内容を検討した結果、個別で動いていただいた方がいいかなー、と思ったので。
とはいえ、プレイングを活かしきれてない部分も多々あるかと思います。精進します、はい……。
本編の基本的な流れは変わりませんが若干違う部分もあったりしますので、時間があれば他の方のノベルと読み比べてみてもいいかもしれません。
内容に関してはかーなーりツッコミどころが満載だと思いますので、もう遠慮なくツッコんでやってください（ばたり）
と、とにかく、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
それでは今回はご参加ありがとうございました。
またの機会にお会いできるのを楽しみにしております。
＞海原・みあお様
初めまして。依頼へのご参加ありがとうございました。
段階を踏むのではなく唐突な感情変化によって、何かが『欠けている』感が出せればなあ、と思いあんな感じにさせていただきました。
今回はちょっとダーク風味だったので、子供らしい明るい可愛らしい描写があまり出来なかったのが残念でした……。
再びお会い出来る事があれば、今度はそんな愛らしい彼女を書いてみたいです(^^)
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