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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


高度3000メートル


 ――プロローグ

 慰安旅行である。

 草間興信所も売れてきたじゃないかと思ったろうが、残念ながら異なる。
 零が商店街のくじ引きで、別府温泉旅行お二人様ご案内を当てたことに始まる。
 しかし、その零は飼うことになってしまったヒヨコのピーちゃんの世話をするから行かないという。
 だから、仕方なしに知人を誘って別府まで行くことにした。

 羽田発。
 草間は飛行機が久し振りだったので(初めてでは断じてない)緊張して、トイレへ立った。

 トイレの前でで男とすれ違う。緊張のせいか、視線を落としていたので、男の靴から身体へ視線を動かした。
 一瞬、革ジャンがひらりと舞い、その下に黒光りするごつい……拳銃らしきものを見る。
 軽いパニックに陥る。

 まさか、今流行のテロリストとか?(※テロリストは流行っているわけではない)
 小便も引っ込んでしまった。悶々としながら、誰かの助言を得ようと席に戻ることにする。
 草間は訊いてみた。
「ハイジャックって今流行ってる?」
 沈黙が長く横たわった。

 ――エピソード
 
 シオン・レ・ハイは仕事で飛行機に乗っている。
 ドキドキしている。ワクワクもしている。
 なんて飛行機って素敵なのだろうな、とも思っているところだ。
 胸に抱えたボストンバックには、いっぱいのお菓子。駄菓子屋へ一日居座って、珍味して買ってきたお菓子だった。しかも、駄菓子屋のおばちゃんはおまけまでしてくれて、その日のお昼に売り物のカップラーメンをおごってくれた。
 なんていいことずくめなのだろう! とシオンはしみじみと感じ入っていた。
 飛行機にはたくさんの人が乗るという。
 シオンは、席を立って周りを見回した。人、人、人。椅子、椅子、椅子。もう大変である。感心してしまった。皆それぞれ、楽しそうな顔で座席についているように思えた。そう考えたら、いっそう嬉しくなってしまう。
 飛行機の中を探検したくてウズウズしてくる。けれど、飛行機はまだ離陸していないし、通路には人が溢れていて安易に通れそうではない。駄菓子屋のおばちゃんによると、離陸した後に自由時間が待っているそうだ。その時を待って、シオンは飛行機探検隊を結成することにした。もちろん、隊長はシオンだ。隊員は――例えば、お隣の人とか。
 お隣の人はちょっと緊張した面持ちだった。浅黒い肌の男の人だ。その隣には、少し眠たそうな顔をした男の子が座っていた。
 シオンはその二人と仲良くなれるような気がした。
「飛行機、はじめてですか」
 そう隣の男に問いかけると、男は目を見開いて驚いた顔をした。シオンの方がもっと驚いて、口まで開けてしまう。男はやや遠慮深げに微笑んだ。
「いえ、そういうわけでは」
「あの、飛行機ってどうして飛べるんですか」
 シオンが訊ねる。男は、いくつなのか年齢不詳なシオンに無邪気に質問を投げられて、困っているようだった。
「えーと……」
 そこへ突然、男の隣に座っている少年が会話に割り込んできた。
「あなた――家族は」

 少年は壇成・限という。少年と呼ぶには少し年をとっている、青年だった。
 
「……お、俺ですか」
 と浅黒い肌の男がシオンと限を交互に見ながら首を傾げる。
 シオンは飛行機の謎が解明されなかったので、少し残念だったが、限のことも気になっていたので、目をぱちくりさせて聞いていた。
「僕はレンタルビデオ屋の店員をしてるんだ」
 限が言う。シオンは、レンタルビデオを借りたことがなかったので、興味津々だった。
「レンタルビデオって、楽しいですか!」
 限に訊く。限は、シオンに視線を移してから苦笑した。
「モノによるんじゃないか……見たことない?」
 うんうん、とシオンがうなずく。限が、珍しそうにシオンを眺めた。
「それじゃあ、いつかうちの店にでも来るといい」
 限がかすかに笑んで言うと、シオンは嬉しそうに顔をほころばせた。
「うわーい、ホントですか」
 浅黒い男が複雑そうな顔をしている。 


 限はシオンの乱入に困ってしまっていた。いつもならば、簡単に自殺を思い留まらせることができるのに、シオンのせいでそれができない。かと言って、無視して説得をすればそれができるかというと違う。会話とは間と流れだ。別のものが介入してきているのならば、その流れを受け入れなければならない。
 飛行機の中でまで自殺志願者と隣り合わせる自分の不運さを少し呪いたい。
 チラチラと横目に何かが映っている。なんだろうかと目を上げると、珍しいことに草間・武彦が前方の席から限へ手を振っている。……いや、限ではなくシオンに振っているようだ。まだ限には気付いていない様子だった。
 シオンにそれを告げると、シオンは嬉しそうに顔を前方へ向けた。
 これ幸いと説得を開始する。
「名前は、なんと言うんだ」
「……ジョン・スミス」
 浅黒い肌の男はあからさまに偽名を名乗った。限にしてみれば、偽名でも本名でもどちらでもいい。
「スミスさん、結婚はしているのか」
「はあ……」
 ジョン・スミスは歯切れの悪そうな答えをする。
「子供は」
「娘が、一人……三歳になったばかりで」
 草間とジャンケンをしていたシオンが会話に戻ってくる。
「草間さん、田舎チョキ出しましたよ、田舎チョキ」
「ああ、田舎チョキ」
 そう言って、限は右手でピストルを作ってみせた。すると、シオンはくすくす笑いながらグーを出して「私の勝ちですねえ」と笑う。
 限はこほんと咳払いをしてから、
「実は俺にも子供が……」
 とつい口からでまかせを言い、それから自分でフォローした。
「まだ種植え前で」
 それは子供もなにもない。
 ジョン・スミスは限の微妙なギャグに笑うでもなく、どちらかというと迷惑そうな顔をして限を見つめていた。限も若干、居心地が悪いような気がしてくる。
 シオンはボストンバックを開けて、中から大きなプラスチック容器を取り出した。それは、小さな頃駄菓子屋で見た酢だこの入っている物だった。
「おひふぉついかかれす(お一ついかがです)」
 シオンは一本口にくわえながら二人に酢だこを薦めた。断るとシオンが落ち込むだろうことは目に見えていたので、ジョン・スミスも限もおとなしく一本ずつ手に取った。食べてみると、なるほど酢だこである。

 スチュワーデスがやってきて、シオンに手荷物を上の棚に納めるように注意した。
 シオンは笑顔で答え、お菓子のいっぱい入ったボストンバックを宇宙船の棚みたいに見える、白い蓋の閉まる棚の中へ、そっとボストンバックを入れた。
 いよいよ空を飛ぶのだ。
 シオンはまたワクワクしてきた。
 隣では限とジョンがなにやら真面目な話をしている。つまらないな、と思いながら紐のついた飴をしゃぶっていた。いつもどんな大きさの飴が出るか楽しみだった。もちろん、今回も細心の注意を払って紐を引っぱったけれど、山ほどの飴を買い込んだシオンだったので、どの飴もシオンの物だった。

 ともかく、飛行機は離陸した。
 
 安定した気流に入り、スチュワーデスが飲み物をワゴンに載せてやってくる。
 シオンはオレンジジュース、ジョン・スミスはコカコーラ、限はウーロン茶を注文した。シオンは他の二人へスチュワーデスが注いでいる間に、オレンジジュースを飲み干してしまい、目をくるくるさせてもう一杯ねだっている。
 スチュワーデスは困った顔をして、紙コップにもう一杯注いでくれた。
 スチュワーデスが行ってしまうと、コカコーラを片手に持っているジョンを見て、シオンは面白いことを思いついた。
「ねね、これやりましょ、これやりましょ」
 とジョンと限を押し留めたあと、
「あんたの飲むとこみてみたい!」
 と節を作って言った。世代的に慣れたものだった限は、ウーロン茶を置いて節に合わせて手を叩いた。
 ジョン・スミスはうろたえるばかりである。
「はい、あんたの飲むとこ見てみたい!」
 今度は二人の掛け声である。
「飲んで飲んで飲んで、のんでのんでのんで」
 ジョン的に、もう飲むしか選択肢は残されていなかった。飲んでの掛け声の中、炭酸が嫌ってほどきいたコカコーラをごくごくと喉へ流し込む。
「のんでのんでのんで」
 そして最後に「ミヤサコです」と、その芸人のポーズを真似る。真似たのはシオンと限であって、ジョンは一切やっておらず、ただゲップの嵐にみまわれている。
 わーわーと二人の拍手。ジョンとしては、拍手もいらん合コンのゲームも嬉しくもなんともないだろう。
 シオンは立ち上がって
「草間さんにもやってもらってきますね」
 と嬉しそうに去って行った。
 
 
 シオンが草間の元へ顔を出すと、飲み物を片手にした全員がびっくりしたようだった。
 通路側から、シュライン・エマ、蒼王・翼、草間・武彦、黒・冥月の順に座っている。シオンはぴょこんと全員にお辞儀をして
「こんにちは」
 と元気よく言った。冥月は知らぬ顔で窓の外を眺めており、翼とシュラインは苦笑を浮かべている。草間は、頭を抱えていた。
「草間さん、草間さん、ちょっとやってください」
「……なにを……、いや、ちょっと待てよ。俺の言う通りのことをやってくれたら、してやる」
「オーケイですよ」
 ニコニコとシオンが答える。
「よし。なんだ、言ってみろ」
「一気飲みです」
「は?」
 通路に立ったままのシオンが掛け声をかけ始める。
「あんたの飲むとこ見てみたい!」
 シュラインが草間を見やる。草間は苦り切った顔で、仕方なしに熱いので飲み口を持っているコーヒーをじいと見ていた。翼が、思わずクスクス笑う。
「飲んで飲んで飲んでのんでのんでのんで、のんでのんでのんで」
 草間はかなり狼狽したあと、意を決して熱いコーヒーに口をつけた。ゴクゴクとコーヒーを飲み干す……。飲み干したあと、涙目になっている。シュラインが見ていられなくなったのか、自分のオレンジジュースを草間に差し出した。
 草間は遠慮なくオレンジジュースを飲んだ。コーヒーとオレンジジュースの味のミックスに、草間は舌を出した。
「……おい、シオン」
「なんです?」
「隣の奴の懐から、黒くてごつい銃を取れ」
「ええええ、……九じゃだめですか」
 草間が怒気を込めて「ダメだ」と言う前に、シオンはさっくりと退散していた。


 すぐにシオンは席に戻った。
 シオンは嬉しそうな顔のまま、席に座るか座らないかという姿勢で二人に提案した。
「センダミツオゲーム!」
 シオンはともかく飛行機の中をエンジョイするつもりらしい。ジョンは呆気に取られているし、限と言えば、ギュウタンゲームと混じってしまって明確なゲーム内容を思い出せないでいる。
「センダ」
 とシオンが限を指したので、限はなんとなく要領を思い出して、「ミツオ」と言いながらジョンを指した。ジョンはきょとんと二人を見比べて、どうしたらよいのかわからない顔だった。見かねて限は説明した。
「センダ、ミツオで指された両脇の人はこーやって、ナハナハってやるんだ」
 限は両手を肩の上へ持っていって、ナハナハをやってみせる。
 そして再スタート。
 センダ、ミツオ、ナハナハ。センダ、ミツオ、ナハナハ。センダ、ミツオ……。
「っておい! 三人でセンダミツオゲームやったってなんにもならねえよ!」
 限が敏感に気付く。意味もなく楽しそうにしているシオンは、なんのことやらとハテナマークを浮かべていた。
「じゃあ、私のお菓子を食べましょう」
 シオンはすくっと立ち上がってボストンバックを下ろした。中からコアラのマーチを取り出して、三人に分けようと手に取る。ふいに飛行機が揺れて、手からコアラのマーチが落ちた。
 咄嗟だった。シオンは、懐に手を入れて、漆塗りのマイお箸を取り出した。投げ出したコアラのマーチは、ゆっくりと曲線を描いて通路へ落ちようとしている。させるか、とシオンは思う。滑り込むようにコアラのマーチの下へ入り、シオンはマイお箸でコアラのマーチを受け止めた。
「私はお菓子を逃がしはしない」
 コアラのマーチを華麗にお箸でキャッチしたシオンは、呆気に取られているジョンと限へ箸を持ち上げて見せた。

 シオンはいつのまにか、ジョン・スミスにもたれかかって眠っていた。
 限がぼんやり見ていると、ジョン・スミスの懐にシオンの手が伸びる。びっくりして、声も上げられない。シオンの手に現れたのは黒くて大きな拳銃だった。シオンはボストンバックの中に拳銃をしまった。
 限は、さっき草間のしていたジェスチャーを思い出した。あれは、田舎チョキではなく鉄砲のことだったのだ。
 そして、自殺をしようと思っている男……というのは、自爆テロを企む男だったのかもしれない。
 思いと留まらせることができてよかった、と思う。


 黒・冥月がシートでぼんやりと口を開く。
「それで? どうした」
 コーヒーをすすりながら、草間をちらりと横目で見る。草間は、後ろを指差して答える。
「テロリストだ」
 聞いた冥月は一瞬だけ驚いた顔をして、ハンドバックからコンパクトを取り出して後ろの様子を窺った。しかし、窺った先の奴等はセンダミツオゲームをやって盛り上がっている。三人でセンダミツオゲーム? 冥月は複雑な心境になる。
「男でもコンパクトなんか持ち歩くんだな」
 冥月の言動や容貌を揶揄して草間が笑う。冥月も慣れたもので、しっかりとグーで草間の頬に一発パンチを食らわした。
「なんか言ったか」
 草間はもう何かを言える状態ではない。いつものことながら、シュラインが苦笑して草間を眺めている。翼は「まったく」と一言だけ言って、草間の頭をぺしんとはたいた。
 シュラインがふいに真剣な顔つきになる。
 気付いた翼が、訊いた。
「どうした」
「通路に立っている三人の鼓動がめちゃめちゃよ、会話も、それらしいわ」
 翼はやおら腰をあげて、通路へ立った。浅黒い肌の男達が、草間の見たテロリストの席の近くに立っている。翼は瞬きをした。その瞬間に、立っている男の一人が、突然何かに襲われたように倒れた。
「……翼くん?」
 シュラインが問うと、翼はツラツラと答えた。
「ちょっとした電撃だね。スタンガンみたいなものだ。テロリストはこれだけか調べておいてくれよ」
「わかったわ」
 翼はもう一回瞬きをした。もう一人、痙攣するように男が倒れる。それを見ていた男が、驚きと恐怖を露にして懐から爆弾らしきものを取り出した。
 見ていた草間が短く叫ぶ。
「冥月」
 同じく見てはいた、冥月が渋々と言った様子でするりと姿を消す。
 冥月の姿はどこにもなく、そして錯乱した様子の男はなにかに引き込まれるように影の中に消えてしまった。
 ほっと、胸を撫で下ろす。
 シュラインが心配そうに草間を見た。
「肝心の、武彦さんの見た人だけよ、残っているのは」
「……それな、考えてたんだが」
 冥月が静かにシートに姿を現した。まるで何もなかったような顔で、少しぬるくなったコーヒーを口に運ぶ。
「限は死に敏感で、自殺を思いとどまらせたりするだろ」
「ああ」
 シュラインは納得の相づちを打った。
「もしかすると、もうする気はなくなってるかもしれないわね」
「そういうことだ」
 翼がシュラインの前を通ってシートへ戻ってくる。
「あざやかな手際」
 翼は草間越しに冥月を褒めた。冥月は、なんとなくめんどくさそうに片手を振ってみせ
「大したことじゃない」
 そう言った。


「飛行機は縦に長いからな、コックピットに近い奴等がいるかもしれない」
 冥月が他人事のように呟いた。飲み干してしまったコーヒーの紙コップを、草間に押し付ける。草間はそれを受け取って、眉根を寄せてから隣の翼に
「どうする?」
 と安直に訊いた。
 翼は笑いながら答えた。
「キミは自分でなんとかしようとか思わないのかな」
「能力者と一緒にするな」
 草間はもっともな言い返しをした。
 翼はやれやれと呟いて、心ここにあらずと言った風に宙を睨んだ。それも一瞬のことだった。すぐに翼は草間を見て、言った。
「ここから先の席に座っている全てのモノの意識を奪ったよ、これでいいだろう」
 意識がなければ、テロなんか起きない。
 それでもなんとなく心配なのか、草間は立ち上がった。
「見てくる」
「……私も行くわ」
 シュラインも腰をあげる。
 見ていた冥月が、億劫そうに立ち上がった。
「シュライン一人行かせるわけにはいかない」
「やだな、僕が一人で留守番っていうのも面白くない」
 結局全員で行くことになった。
 草間はついでにシオンの元へ寄った。残ったテロリストの残党を拘束しようと思ったのだ。行くと、シオンは凄く喜んだ。
「草間さん、これ、水に溶かして飲むジュースです」
 意味不明なものを薦められる。水に溶かして飲むジュースを粉で渡してどうしろと言うのか。
「その、真ん中の奴、こっちに来てくれ」
 限が不思議そうに訊く。
「どこへ行くんです?」
「ここから、ずっと前だ」
 シオンはぴんと背を正して、ハイハイハイハイと手を上げた。
「私も行きます。飛行機探検団隊長ですから!」
 限は隣の男を心配そうに見て
「俺も行きます」
 と言った。
 結局大所帯になった全員は、眠っているスチュワーデスを避けながら、ファーストクラスへ向かった。シオンは、一々歓声を上げている。その歓声に、冥月は頭が痛そうな素振りを見せた。

 コックピットを目指して歩いていた草間は、通路にある物に蹴つまずいて転んだ。
「うわっ」
「キャッ」
「うわあ」
「うおっ」
 草間、シュライン、シオン、限の順でバタバタと飛行機の通路でこけた。こけたのは、物があったからだけではない。飛行機が、ガクリと揺れたのだ。
 後ろから冥月が言う。
「テロリストらしき奴、なんかボコボコにされて通路で寝てる」
「本当だ……リオンまでいる」
 翼が捕捉した。
「リオンだあ?」
 草間がずりずりと身体を引きずって人の塊から逃げ出し、立ち上がる。すると、なるほど草間をつまずかせたのは、リオンの寝姿であったらしい。確かに回りにいるテロリスト達は、ロープでくくられあちこちに怪我を負っている。推測するに、リオンがやったのに違いない。
 リオンは草間の天敵だったので、草間は面白くなってポケットから油性マジックペンを取り出した。
 頬にぐるぐるとナルトを二枚描き、瞼の上にキラキラした目をつけ足す。
「……武彦さん、そんな場合じゃないでしょ」
 しかし盛り上がってしまったのが、シオンだった。
 草間から油性マジックペンを譲り受け、シオンはリオンのおでこに『北海道限定プリッツマスクメロン味』と描いた。その後、一応鼻の穴を黒く塗り潰して、口を無理矢理こじ開けてお歯黒にした。
 シュラインが思わず顔を背けて呟く。
「ひどいわ……」
 同意するように翼も言う。
「ひどいな」
 しかし冥月はニヤリと笑って言った。
「甘いわ」
 その後、冥月は存分にリオンという紙に落書きをしたのだった。
 
 
「……落ちてるような気がするんだけど」
 そう言ったのはシュラインだった。
 ……。言われてみれば。草間は変な顔のリオンから顔を上げて、コックピットを見た。すると翼が、思い出したように言った。
「あ、眠っちゃってるかも」
 かも! などと言っている場合ではない。
 大所帯は慌ててコックピットに乗り込もうとし、鍵のかかっているコックピットの扉を無理矢理こじ開け、ぐーすか眠っている機長に詰め寄った。
 シュラインは機長の上半身を持ち上げて、往復ビンタをかます。
「起きて〜!」
 草間が緊迫した表情で
「誰かジャンボジェット運転できる者」
 すかさず限が挙手する。
「俺、ゲーセンでは260点とったことあります」
「何点満点なんだそれは」
「300点だったと思いますけど……」
 冥月が冷静に突っ込む。
「そんなこと言ってる場合か」
 そうこう言っている間にも飛行機は落ちていて、ついでに言えばシュラインの往復ビンタは続いている。
 シオンがニコニコしながら言う。
「私、ジャンボジェットなら!!」
「マジか!」
 落ち着こうと煙草を取り出した草間の動作が止まる。
「一度操縦してみたいです」
「却下」
 依頼の度にリオンと顔を合わす回数の多い翼が、ぼんやりと口にする。
「リオン、免許持ってなかったか」
 その一言で、眠ったリオンはコックピットまで運ばれてきて、シュラインではなく冥月によって往復ビンタを食らうことになった。
 シオンが今更訊く。
「落ちてるんですか」
「そうだ」
 煙草を噛みながら草間が答える。
「ぎゃー! 私のお菓子があ」
 シオンが絶叫する。
 見ると、シュラインの手元の機長の顔は二倍に膨れ上がっている。
「起きてー!」
「起きろー!」
 冥月の方が力が強いので、リオンの顔は早くも三倍になろうとしていた。もう、彼を見ても誰もリオンだとは思うまい。
 限が気の毒そうにその様子を見ている。
 
 先に目覚めたのはリオンだった。リオンは幾分か、頭がぼんやりしているようで、草間を見ても名前が出て来ない状態だった。
「いいから、ともかく操縦しろ」
 リオンは操縦席に座らされる。そして、ハンドル部分を握り、ぐいっと引っぱった。
 ハンドル部分が取れた。
 …………――――。
 ガコ! 冥月の踵落としがリオンに炸裂する。リオンはそのまま、空への旅へと逝ってしまった。
 残りは機長である。機長の顔も五倍ほどに膨らんでいた。
「翼、お前自家用ジェット持ってるんだろ」
 草間が苦し紛れに振ると、落ち着いた顔をしている翼がしれと答える。
「ジェット機は運転するんじゃなくて、乗る為にあるんだろうが」
「お前なあ、このままじゃ死ぬんだぞ」
 草間がエキサイトして叫ぶ。
「いや、僕は死なないし」
 もっともな理論である。翼ほどの能力者ならば、死なないだろう。
「お前、むっちゃくっちゃ、自己中だなあ」
 ムッキーと草間がやり切れぬ思いで、地団駄を踏んでいたら、ようやく機長が八倍ぐらい大きな顔に膨れ上がって起き上がった。
 叩いていたシュラインが、慌てて言う。
「機長さん、飛行機が落ちそうなんです」
「え? わあ、それは大変だ」
 と機長はどこか現実感のない反応をして操縦席に座った。
 そして飛行機は無事安定を取り戻した。
 
 
 ――エピローグ
 
「いやあ、丁度イタリアからのチャーター便が来ているので、俺は失礼します」
 得意満面でリオン・ベルティーニは言った。
 しかし、見ている側はほぼ全員笑いを必死で堪えている。『北海道限定プリッツマスクメロン味』が、金持ちなのか仕事なのか、ジャンボジェットをチャーターしているのである。これが笑わずにいられようか。
 リオンはテロリストの捕獲を目的として乗り込んだそうだった。
「なんか顔がひりひりするなあ」
 リオンが言う。冥月が誤魔化すように、けれど自信たっぷりに言う。
「気圧のせいだな」
「……そうね」
 シュラインは一種の罪悪感に見まわれているのか、下を向いている。もしかしたら、リオンの顔を見ると笑ってしまうので、下を向いているのかもしれない。
 羽田に着陸した飛行機からは、機長がタンカで運び出されている。機長は羽田に着いたあと、なぜか意識を失ったのだ。顔が八倍に膨らむまで殴られたのだから、当然と言えば当然だろう。救急隊員など、機長が機長だとわからない様子だったぐらいだ。
「臨時で便を出してくれるそうだから、そろそろ、俺達は……」
 限がリオンを目の端に入れながら言う。ただし、最後のほうはくっくっくという笑いで打ち消されてしまっていた。
 リオンは、北海道限定プリッツマスクメロン味の上、お歯黒で、目が瞼と額にあって、鼻の穴が真っ黒で、口の回りを髭とばかりにぐりぐりと黒く塗り潰された状態なのだ。もう、ドリフの中でぐらいしかお会いできない人物であった。
「行くぞ」
 冥月が言ってきびすを返す。皆きびすを返す中、翼は一言だけ忠告した。
「……リオン、キミ、とりあえずトイレへ行くといい」
 そうして一行は、また別府行きの飛行機に乗り込んだのだった。
 
 
 ――end



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【2863/蒼王・翼(そうおう・つばさ)/女性/16/F1レーサー兼闇の狩人】
【3171/壇成・限(だんじょう・かぎる)/男性/25/フリーター】
【3356/シオン・レ・ハイ/男性/43/びんぼーEfreet】
【3359/リオン・ベルティーニ/男性/24/喫茶店店主兼国連配下暗殺者】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして! 「高度3000メートル」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。
シリアスとかこつけて、いつも通りぬるい作品になってしまいました。
では、次にお会いできることを願っております。

 シオン・レ・ハイさま
 
 改めましてはじめまして! ご参加ありがとうございます。
 ご要望のお箸でキャッチ! と素直なシオンさまを書いたつもりです。
 少しでもご希望に添えていれば幸いです。
 ご意見がありましたら、お気軽にお寄せください。
 
 文ふやか
 
 ※7/5 月曜 に続編「慰安旅行(仮)」をアップします。よろしければご参加ください。