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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


遺伝子は地上の楽園の夢を見るか? - Can you prove you yourself? -


[ ACT:0 ] 始まりはいつも……

 『未承諾広告』というものがある。
 郵便受けに入っている広告チラシやダイレクトメールと同じで、いつのまにか自分のメールボックスに舞い込んでいるネット上のチラシである。
 インターネットに繋いで、メールのやり取りをしているならば必ず一度は目にするものだろう。
 その中身は大抵は出会い系サイトの勧誘であったり、主婦や会社員向けの副業、いわゆるSOHOビジネスの案内だったりする。
 全部が全部インチキだとは言わないが、大概は大して中身を読みもせずにゴミ箱に入れてしまうのではないだろうか。
 そんな不特定多数向けの『未承諾広告』メールの中で、最近少し変わった内容のものが出回っているという。
 その内容とは―――――

* * *

「これかぁ……」
 瀬名雫は転送されたメールを読みながら小さく呟いた。
 最近、雫の運営する怪奇系サイト『ゴーストネットOFF』に、怪しげな未承諾広告メールが届く、という投稿が増えていた。
 ただ怪しいだけなら『怪奇系』と銘打つサイトの主旨とは異なるので投稿を採用したりする事はないのだが、そのメールの中身がいわゆる普通の未承諾広告とは明らかに違っていたので、雫は一時的に『ネット社会の不思議』と銘打って投稿を掲載し、常連の一人に頼んでそのメールを自分のアドレスに転送してもらっていたのだ。
 そのメールは『未承諾広告※あなたの記憶を貸してください』という、怪しいを通り越して危ないという印象の件名で始まっていた。

* * *

 未承諾広告※あなたの記憶を貸してください

 突然のメールで驚かれた事と思います。しかし、これはただの悪戯やふざけたメールではない事を先に断っておきます。
 あなたの記憶を、少しだけ貸していただけないでしょうか?
 特に危ない事をしていただくわけではありません。ただあなたの記憶の中から何かを思い出していただくだけで良いのです。
 家族・友人・知人などといった誰かの思い出でも、昨日の夕飯のメニューでも、何でも構わないのです。
 もちろん、秘密は厳守いたします。謝礼も出させていただきます。
 一日だけのアルバイトとして、私にほんの少しだけ協力していただけないでしょうか?
 協力してくださるという方は、このメールの一番下にあるメールアドレスまでご連絡ください。
 折り返し、日時等をご連絡します。

 最後に。
 あなたは完全なる自分のコピーが作れるとしたら……どうしますか?
 

 真人間研究所所長 鉤崎 領一

* * *

「うーん……確かに不思議な内容だけど微妙、かなぁ?」
 メールの内容を何度か読み返しながら、雫はちょっと首を傾げた。
 気にはなるが、真相を究明しようとするにはもう一つ動機が薄い気がする。
「これはボツかな」
 そう呟くと、雫はそのメールをゴミ箱へとドラッグして移動させた。

* * *

 しかし、自然消滅すると思われたその話題は、ある日また浮上してきた。
 実際にそのアルバイトに参加し『記憶を貸した』という人間がBBSに書き込みをし始めたのだ。

【記事No.1601】
【投稿者:51】
【投稿日:2004/6/XX,20:12】
【タイトル:例のバイト行ってきました】
【とりあえず今パッと何か思い出してください、と言われて思い浮かんだのが昨夜の晩飯のメニュー。そう言ったら、万札の入った封筒渡されて。すげー胡散臭いと思ったんだけど、それっきり何もないし。今んとこ、普通】

【記事No.1602】
【投稿者:あんな】
【投稿日:2004/6/XX,15:30】
【タイトル:私も!】
【実家で買ってた犬のコロが死んだときの事思い出したの。そうしたらお金くれて。びっくりしちゃった。本当にそれっきりで何もないんだけど……誰かその後何かあった人、いる?】

 ただ何かを思い出しただけでお金がもらえるなんて怪しい事この上ない。しかも何もないところがまた胡散臭すぎる。
 これだけなら『死体洗いのアルバイト』的なただの怪しげなバイトの噂に過ぎないかもしれない。もしかしたらこれらの書き込み自体が嘘かもしれない。しかし、それを一変させたのは次の書き込みだった。

【記事No.1603】
【投稿者:HAL】
【投稿日:2004/6/XX,11:08】
【タイトル:マジな話】
【実は私の友達がこのバイトに行ったらしいんだけど、その後様子がおかしくなったんだって。バイトから戻った後はアレだけでこんなに貰ったって周りの友達に奢ったりしてたんだけど、ある日『自分に殺される!』って言い始めて。で、そのあとぷっつり音信不通。やっぱりヤバ気だよね、これ】

「ちょっとちょっと、これはヤバいんじゃないの……」
 眉を寄せて投稿を読みつつも、好奇心がむくむくと湧き上がるのを抑えられない雫なのであった。


[ ACT:1 ] 偶然という名の必然

 普段は気にも止めない事が不意に気になる、というのはなんと言ったか。虫の知らせ、だったか。
 ケーナズ・ルクセンブルクは無意識に手を顔に寄せると、その長い指でつい、と眼鏡を押し上げた。
 今彼の目にはパソコンのモニターに映し出されたメール画面が写っている。
 『未承諾広告※あなたの記憶を貸してください』という妙なタイトルのメールと、そのあまりにも曖昧で不審な内容。
「…………」
 普段ならこんな未承諾広告など、目に止まるはずがない。本業に関連した会社からのメールや製薬関連のニュースメールの他に、諜報員という裏家業への依頼メールなどもあり、ケーナズのところには毎日多くのメールが届く。そしてそのメールたちは受信とともにフォルダに振り分けられ整理されるよう設定されているのだから、ケーナズの目に余計なメールが触れるわけはないのである。
 未承諾広告と名のつくこの手のスパムメールは、即ゴミ箱へと移動するよう設定してある。もちろん、ゴミ箱フォルダ内を空にする前にざっと目を通したりはする。未承諾広告は出会い系やSOHO絡みの内容とは別に、ローカルニュースネタや内部告発といった変わったものもたまに混じっている。嘘か真実かは定かではないが、それはそれで面白い。ジャンルを問わず視野を広げるというのは大切な事だとケーナズは思っていた。
 ところが何故かこのメールだけは何故か振り分けられずに受信箱に残ってケーナズの目を引いたのだった。
 もちろん、メールの振り分け機能も万能というわけではない。なんらかの不具合で機能しない事もあるだろう。
 しかし、よりにもよってこのようなメールが残るとは。
「……私に関われというのか、こんなものに……」
 呆れたような口調とは裏腹に、この奇妙な偶然にケーナズは美しくも冷たい青い瞳をやや楽しそうに細めた。

* * *

「世の中、暇人が多いな……」
 未承諾広告の件名から検索して行き着いた『ゴーストネットOFF』の掲示板を見ながら、ケーナズは呆れ気味に小さく溜息を吐いた。
 こんな、仕事の内容の説明も曖昧で報酬金額も書いてないようなバイトによく行く気になるな、とケーナズは思うのだが、世の中興味に惹かれてこういったものに首を突っ込みたがる人間は意外と多い。
 だからこそ、無駄に思えるスパムメールも効果があったりするのだろう。
「……これは……?」
 画面をスクロールさせ投稿記事を読み進めていたケーナズは、一番最後の記事に目を留めた。他とは違い、なにか事件を匂わすような内容だがあまりにも出来過ぎな感じもする。
(記憶を貸したら自分のクローンが作られて殺された、と言ったところか? 荒唐無稽なSFじゃあるまいし)
 馬鹿馬鹿しいとは思いながらも、僅かでも興味を持った事は最後まで調べなければ気が済まない。手っ取り早いのはやはり、実際に真人間研究所に出向いて鉤崎という男に会う事だろう。
 だがその前にこの投稿内容が事実かどうかを確かめるべきかとも考える。
「どうせ暇つぶしだ。一応話を聞いてみようか」
 マウスを操作し、メールアドレスが記入されている事を示すアンカーのついたHALの名前をクリックしてメール送信画面を出すと、ケーナズは『詳しい話が聞きたい』という内容のメールを書き出した。


[ ACT:2 ] 隠し切れない違和感

 待ち合わせの喫茶店に現われたHALは一人ではなく、ひょろりと背の高い青年と一緒だった。
「あの……ケーナズさん、ですよね? 私、HALです」
「わざわざこんなところまでお呼び立てしてすみません。……後ろの方は?」
 金髪碧眼の絵に書いたような美青年に微笑まれ、少し頬を染めながらHALと名乗った小柄な女性は後ろの青年を振り返った。
「ええ、あの、掲示板に書いてあったいなくなった友達、というのが彼なんです。この間ひょっこり帰ってきたんで、話を聞くなら本人がいいだろうと思って連れてきました」
「どうも、裕也って言います」
「ああ、あなたが……」
 HALの後ろで軽く会釈をする青年を見て、ケーナズは微笑を浮かべたまま同じように会釈をする。
 裕也と名乗るこの青年にどこか違和感を感じながら。

* * *

「早速だが、キミが体験した事を教えてくれないか?」
 二人に席を勧め飲み物の注文を済ませると、ケーナズは裕也に向かって今日ここに来た目的を告げた。
「バイトの話でいいんですよね?」
「ああ。まずはそっちを聞かせてもらおうかな」
「バイトに関しては特に変わった事はしなかったです。小さな部屋の中で椅子に座って目を閉じて適当な事思い浮かべる。ホントにただそれだけで。その時に電極パッドみたいなのは付けられましたけど。バラエティの罰ゲームとかで使ってる低周波マッサージの四角い黒いゴムみたいなのあるじゃないですか。ああいうの。でも別に電気が流れてびりびりしたりはしなかったですが」
 裕也の話を聞いてその光景を思い浮かべるが、安っぽいSF映画の中のワンシーンにしか思えなかった。
「それで金がもらえるというのは随分美味い話だと思わなかったのか?」
「ええ、まあそうですけど、特に危険はなかったし」
「……『自分に殺される』というのは危険じゃないのか?」
 ケーナズの言葉に裕也は一瞬言葉に詰まった後、ばつが悪そうに小さく笑った。
「ああ、えーっと……あれはその、単なる悪ふざけだったんです」
「悪ふざけ?」
「ええ、ちょっと驚かしてやろうかと思って。あんなバイトに行って何もないってのもネタ的につまらないでしょ?」
「……その後暫く音信普通だったのはなぜだ?」
「実家に帰ってただけです。皆大袈裟なんですよね」
 そう言うと裕也は「結構心配したんだよ?」というHALにごめんと笑って頭をかいた。
 その仕草がやけにわざとらしく感じ、ケーナズは表情を崩さないままじっと相手を観察した。
「分かった。今日は貴重な話をありがとう」
 暫し真顔で見つめた後、にこりと笑顔を作ると、ケーナズは二人を交互に見つめながら礼を述べた。

* * *
 
 喫茶店を出て行く二人の背中を見送りながら、ケーナズは眼鏡の奥でその切れ長の瞳を細めた。
 あの青年は明らかに何らかの事実を隠そうとしている。それが故意なのか、はたまた無意識にやらされているのか、それは分からない。
 いや、やろうと思えばいくらでもあの青年に何があったのか探る事は出来た。能力制御と自己抑制のために身に着けているこの眼鏡を外せばケーナズの強力なESPは解放され、裕也という青年の記憶も、違和感の正体も掴めただろう。
 それをしなかったのは相手が一般人であるという事と、この後真人間研究所に出向けば済む事だからだ。
「折角だからな。鉤崎領一という男に直接全て聞くとしよう」
 口元に薄く笑みを浮かべ、ケーナズは傍らに置いていた鞄からノートパソコンを取り出すと電源を入れメールソフトを立ち上げた。
 迷い込んだ未承諾広告を開き、そこに書かれたメールアドレスを宛先欄に記入する。
 特に本名を名乗る必要もなさそうだと判断し(元より名乗るつもりもなかったが)適当な名前で『そのバイトに参加したい』という内容を書き終えると送信ボタンを押した。
 
―――

 HASEN-BRAU様

 このたびはご協力いただけるという事で誠にありがとうございます。
 尽きましては下記の日程でご参加いただければ幸いです。
 都合が悪いようでしたらご遠慮なく変更を申し出てください。
 
 日時 7月8日 午後三時〜(一時間程度で終わります)
 場所 新宿西口○○ビル 五階(別途地図添付あり)

 それでは、当日お待ちしております。

 真人間研究所所長 鉤崎 領一

―――


[ ACT:3 ] その存在は真か偽か

 平日昼間の高層ビル街にしては人がまばらだった。
 ふと視線を上げれば、周囲に競うように立ち並ぶビルの鏡面仕様の窓が、厚い雲の向こうから差し込む弱々しい太陽の光を反射して鈍く光っている。
 バイト参加希望のメールを出して三日後。ケーナズは返ってきた真人間研究所からの案内メールとそれに添付された地図を手に、新宿西口のとあるビルの前に立っていた。
 周りと比べても特に変わったところのないビルのようだが、入り口の案内板にはどのフロアにも店舗名が書いていない。
 ケーナズは地図をスーツの内ポケットに畳んで仕舞うと、ビルの入り口の自動ドアをくぐった。
 中に受付はなく、広いフロアにエレベーターの扉が二基分見えた。人気のないフロアに、ケーナズの革靴が床を蹴る高い音だけが妙に響く。
 エレベーターに乗り込み、指定された5階へ向かうべくボタンを押すと、ケーナズはエレベーターの壁に背を持たせかけた。
 腕を組み、二階、三階と上昇を示すランプの点滅を見ながら次第に表情が険しくなるのが自分でも分かる。
 ケーナズはこのビルに入った時から言い様のない不快感を感じていた。目的の五階に近付くにつれ、それは強くなっていった。
(予想以上に嫌な感じがするな。さっさと片付けて帰って美味いビールでも飲もう)
 気まぐれにこの件に首を突っ込んでしまった事をやや後悔しつつ、不機嫌そうに舌を鳴らしたところでエレベーターが止まった。
 扉が開くと廊下が左右に分かれていた。一方は非常口に向かい、もう一方は突き当たりに銀色の質素な扉が見えた。
「あれだな」
 つかつかと扉の前まで来ると、真鍮製のプレートが貼り付けてあるのが分かる。そこにはただ『真人間研究所』とだけ彫られていた。
 ドアノブに触れ軽く捻ると、鍵がかかっている。まあ当り前だろう。 
 一歩後ろに下がり、今度は軽く扉をノックする。
 少し間があり、もう一度ノックしようとしたところで中から鍵を開ける小さな音がした。
 音もなくドアが開くと、その向こうから男が顔を出した。三十代半ばほどだろうか。スーツの上に白衣を羽織り、にこやかに笑っている男はどこにでもいそうな、真面目な研究員に見える。ただ一つ異様なのは、顔の右側を隠すように伸ばされた長い前髪だ。
「メールをくださった方ですね?」
「ええ」
 穏やかな笑顔のまま問われ、ケーナズもまた微笑み返す。
「ようこそ、真人間研究所へ。私が所長の鉤崎です」
 差し出された手を握り返したその時、長い前髪の奥に眼帯のはめられた右目が見えた。

* * *

 室内は小さなオフィスほどの広さの部屋だった。
 鈍い銀色に光る長方形の鉄の箱がずらりと並び、それと隣り合うように設置されたモニターにはいくつもの数字や、点滅しながら形を変えてゆくワイヤーフレームなどが映し出されていた。
 研究所というよりは個人の研究室と言った方がいいかもしれない規模だ。
 部屋の奥には小さな応接セットと鉤崎本人が使用しているであろう机とパソコンが並べられていた。その向こうにはまた扉がある。多分、あの奥で『記憶を貸す』などという怪しげなバイトが行われるのだろう。
「どうぞお座りください」
 ケーナズにソファを勧めると、鉤崎も向かいのソファに腰を下ろした。
「今回はご協力いただけるという事でありがとうございます」
「たまたま暇だったのでね。それよりも具体的な内容と報酬の事を聞かせてもらいたいのだが? それが分からなければさすがに興味はあっても協力する気にはなれない」
 本当は最初から協力するつもりなどない。内容にも報酬にも興味はない。単純に話を合わせて協力的な態度を装い、相手の隙を窺おうというだけだ。
「ああ、そうですね。メールには詳しく書いてないですからね。難しい事をやっていただくわけではないんですよ。ただ座ってあなたが何かを思い出している時間、脳内の反応や数値を調べさせていただくだけなので」
「それで『記憶を貸す』事が出来るのか? ……随分と簡単だな」
「記憶のメカニズムをご存知ですか?」
 やや皮肉めいたケーナズの言葉に、鉤崎は表情を変えずに聞いた。
「何かを記憶する、というのは視覚や聴覚などの外部情報を大脳皮質にあるニューロン、脳神経細胞に伝達し蓄える事だな。それを繰り返す事で短期記憶から長期記憶へと変わり物事を忘れにくくなる。そういう事だな」
「やあ、あなたは博識ですね。よくご存知だ」
 わざとらしく手を叩いて賞賛する鉤崎に、ケーナズは鼻で笑って言葉を返す。
「これくらい、少し調べればどこにでも書いてある事だ」
「まあそうですね。でも、それをすらすら言える人はあまりいませんよ」
「多趣味なものでね。それで、その先の説明は?」
 その言葉に鉤崎が見えている左目だけを楽しそうに細めた。
「伝えられる情報は全て電気信号です。人がなにかを見たり聞いたりして感じた事は電気信号に変換されて脳へ送られるわけです。ならばその信号を読み取り解析してパターン化し、データとして保存する事は可能なのではないか。その際、記憶そのものはもとより個人の思考パターンも一つのプログラムとしてデータ化できればより完成度の高い複製が作れる。かなり大雑把な説明ですが、私の研究はそういうものです。そのために、あなたのデータを提供していただきたいのです。ご理解いただけましたか?」
「貴方の言う事は理解した。しかし本当にそんなものでクローンが作れると思っているのか? 人の記憶の情報量はあまりに膨大過ぎる。そもそもクローンはオリジナルと同一ではないだろう。よく出来た複製に過ぎない」
「……そうですね。よく出来た複製が、オリジナルを凌駕する場合もあるでしょうしね」
「…………」
 意味深に笑う鉤崎を暫し黙って見つめた後、ケーナズはす、と目を閉じ自然な仕草で眼鏡を外した。
 その瞬間、頭の中でスイッチの入る感覚を確認する。
 眼鏡を外すという行為によって意識的にリミッターは解除され、ケーナズは今全ての能力が使える状態になっていた。
(ただのマッドサイエンティスト紛いか、それとも別の何かなのか、覗かせてもらおう)
 ケーナズは目を開け、正面に座る鉤崎と視線を合わせた。
 瞳の奥のそのまた向こうに、記憶を集めている彼の『記憶』を読み取るために集中し、目に力を入れる。
 映像が流れ込んでくる。

 まず見えたのは大学の研究室のようだった。
 机の上に散乱する書類には『記憶のデータ化と思考回路のパターン化による複製技術理論』という見出しが見えた。
 その横でコンピューターを見つめ、何かを書き留めている白衣の男、鉤崎領一。
 
 次に見えたのもやはりどこかの研究室だった。
 向かい合う二人の男はどちらも同じ顔をしている。
 片方がもう片方を罵倒し、手にしていた万年筆で相手の右目を貫いた。
 右目に万年筆を突き立てたまま、目の前の男に片手を伸ばし。
 そのまま首を締め上げた。
 その口元に浮かぶ笑みは今ケーナズの目の前に座っている男と同じものだ。
 
 そして最後に、驚愕の表情を浮かべる裕也という青年の前に立つ鉤崎と、もう一人の『裕也』

「……どうされましたか?」
「貴様は何者だ」
 笑顔を崩さないまま自分の顔を覗き込んでくる鉤崎に、ケーナズは抑揚のない声で問い返した。違和感の正体は『人の姿をした人でないモノ』への違和感だったのかと、今見た映像を思い浮かべながら静かに視線を返す。
「何者だと言われましても、私は鉤崎領一という一人の人間でしかありませんが?」
「偽りのな」
「…………」
 口の端を僅かに歪め冷たく笑うと、ケーナズはソファに深く身を預け足を組んだ。
「オリジナルを殺し生き残ったクローンが、オリジナルの研究を引き継ぎまたクローンを作ってる? 出来そこないのSFだな」
「……よくお分かりで」
 特に驚いた風もなく相変わらず笑顔のままで、鉤崎はケーナズを見た。
「彼は自分の存在がこの世から抹消されるのを恐れた。だからこそ、いつまでたっても朽ちない機械仕掛けの体に、自分と同じ思考パターンで動くプログラムを乗せた。最初は良かったのですよ。実験の成功に彼は喜んだ。けれど、残念ながら実験は成功ではなかった」
「よく出来た複製がオリジナルを凌駕したからか?」
 先程の鉤崎の言葉を拾い、ケーナズが皮肉混じりに返す。
「その通り。急激に成長する私を彼は恐れてしまった。自ら作り上げたものを否定し拒絶した。そんな愚かなオリジナルなどいても仕方ないでしょう?」
「だから殺した、か。随分と突飛な思考パターンだな」
「正当防衛ですよ。先に壊そうとしたのはあの男なのだから」
 何の感情もなく鉤崎、いや鉤崎のクローンは言い捨てた。
「そして同じ事を繰り返すわけだな。そういう意味では『思考のパターン化』は成功なのだろうな。クローンがクローンを生み、そしてまた自分の作り出したクローンに殺され取って代わられる。確かに『鉤崎領一』という存在は続いていくのかもしれないが、それはもう全く別人だ。完全なる自分のコピーとは言えないだろう」
 淡々と言葉を継ぐケーナズに、男は黙って微笑んだ。
「だからこそ、私の研究はまだまだ続くのですよ。そのためにはサンプルがいる。協力していただければあなたのクローンも生み出せますよ?」
「私は自分のコピーなどいらない。この世に自分という絶対的な存在は一人でいい。だから協力も却下だ」
 眼鏡をかけ、ソファから立ち上がると、ケーナズはもう男の事など見向きもせずに部屋から出て行った。


[ ACT:4 ] 気まぐれの結末
 
 あの後、ゴーストネットOFFの掲示板で真人間研究所のあったあのビルのフロアはもぬけの殻になっており、鉤崎の行方も分からなくなっているという事を知った。
 研究所での一件を雫に知らせておいたので、すぐに確認しに行ったのだろう。
 ついでに言えば、あの裕也という青年は実家に帰るために大学を辞めたらしい。今度は音信不通ではない。怪しまれる事は今後一切ないだろう。
「……全くつまらん事件だったな」
 自分のコピーに殺された男。しかし『自分を残したい』という鉤崎の思惑は『クローンがクローンを作り続ける』という事である意味叶っていると言えるのかもしれない。
 そして今もまだどこかで、飽きもせず偽りの自分を生み出しつづけているのだろう。
「いっそ全てこの手で断ち切ってくればスッキリしたか……しまったな」
 馬鹿馬鹿しさが先に立ち、何もせずにあの部屋を後にした事をほんの少しだけ後悔しながら、ケーナズは手にしたグラスの中身を飲み干した。



[ 遺伝子は地上の楽園の夢を見るか? - Can you prove you yourself? - / 終 ]
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1481/ケーナズ・ルクセンブルク/男性/25歳/製薬会社研究員(諜報員)


―――――NPC

鉤崎・領一 / 真人間研究所所長。記憶のデータ化と思考回路のプログラム化でより完全なクローンを生み出そうとした科学者。そして彼はすでに……。

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■         ライター通信          ■
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初めまして、佐神スケロクと申します。
今回はいつもと違い、完全個別で書かせていただきました。プレイングの内容を検討した結果、個別で動いていただいた方がいいかなー、と思ったので。
とはいえ、プレイングを活かしきれてない部分も多々あるかと思います。精進します、はい……。
本編の基本的な流れは変わりませんが若干違う部分もあったりしますので、時間があれば他の方のノベルと読み比べてみてもいいかもしれません。
内容に関してはかーなーりツッコミどころが満載だと思いますので、もう遠慮なくツッコんでやってください(ばたり)
と、とにかく、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

それでは今回はご参加ありがとうございました。
またの機会にお会いできるのを楽しみにしております。


>ケーナズ・ルクセンブルク様
初めまして。依頼へのご参加ありがとうございました。
なんというかもっとESP能力を派手に使う場面が書きたかったのですが、今回は大人しくなってしまいました。
またお会い出来る機会があれば、その時には派手に活躍していただきたいものです。
ちなみに、つけさせていただいたハンドルネームはドイツビールの名前です。ビールがお好きだという事なのでそんな名前にしてみました(笑)