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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


風香る大地



 北の大地。
 ひとつの都道府県としては最も広大な領域をもつ島。
 総人口は、六〇〇万人にすら達しない。
 これでも増えているのだ。
 明治初頭、入植が始まったころには一〇分の一もいなかった。
 それが努力と野心によって増えていった。
 ‥‥野心。
 この地には多くの人々が野心を燃やした。
 江戸を脱出した幕府軍は函館に上陸し、五稜郭要塞に立て籠もって明治政府軍と戦った。
 それが北海道開拓史のスタートである。
 榎本武揚を首領とした旧幕府軍は、蝦夷共和国軍と名を改める。
 ほとんど知られていないことだが、日本初の普通選挙は、この北の地においておこなわれたのだ。
 すべての兵士たちの投票によって、榎本は総裁に選ばれたのである。
 オランダに留学した経験もある彼は、北海道に理想郷を築こうとした。
 それが、共和国という言葉に集約されている。
 現代の日本でも未だ叶わぬ、完全共和制。
 その理想に多くの勇士が殉じた。
 新撰組の副長として有名な土方歳三も、殉じた一人である。
 ちなみに榎本自身は、敗戦後も生きながらえている。
 自刃しようとしたところを部下に止められ、明治政府軍に降伏したのだ。当然、反逆者として処刑されるところであったが、その識見と才能を惜しんだ政府軍の参謀、黒田清隆などが自らの頭髪を剃り落としてまで助命を嘆願した。
 結局、罪を許された榎本は明治政府の要人として大臣職を歴任し、日米間に結ばれていた不平等条約改正の基礎を作った。
 その後、北海道開拓にも尽力し、ロシアとの間に千島樺太交換条約を結ぶ。
 まさに北海道という土地に生涯をかけたのである。
 この島には、人を熱くさせるなにかが、たしかにあった。
 フロンティアへの憧れ、といえば、語弊があるだろうか。
 共和国としてスタートしようしたからゆえか、北海道はリベラルな気風の土地だ。
 あまり良いたとえではないかもしれないが、晩婚の女性も多いし離婚率も高い。独立独歩の精神が根底に流れているからである。
「ついでに、食べ物がうまいっ!」
 ぱかぱかと良い陽気の大通公園。
 焼きトウモロコシだのじゃがバターだのを片っ端から食い散らかしつつ、守崎北斗が宣言する。
 左腕の骨にひびが入っているはずだが、雑食忍者は今日も元気です。
「おまえな‥‥」
 心の底から嫌そうな顔を、守崎啓斗がした。
 いつだったか、沖縄に行ったときも、弟にモノローグを邪魔された気がする。
 むろん、気だけではなく、歴然とした事実である。
「ち‥‥これだからバラエティー忍者は‥‥」
 声に出さずに呟く。
「ひゃひひもふう?」
 にゅっと差し出されるトウモロコシ。
 ちなみに、兄貴も食う? と、言っている。
「さっき食べたからいい‥‥」
 げっそりと答える兄。
 まったくどうでもいい話だが、ふたりはちゃんと朝食をとっている。
 ホテルのバイキングで。
 にもかかわらず。
 いんすぱいとおぶ。
「おまえはホントよく食うなぁ‥‥」
「そりゃもう、北海道にきてうまいもん食わなかったら嘘だろ?」
「どこにいっても同じこというだろ。おまえは」
「だってよ? 東京は味覚の砂漠じゃん?」
「じゃん? じゃない。怪我人のくせに無利しやがって」
「北海道にいくってきいて黙ってられるかよ」
 ぶんぶんと左腕を振ってみせる北斗。
 だが、
「あうちっ!?」
 とたんに押さえ込む。
「あほか‥‥おまえが怪我すると哀しむヤツが何人かいるんだから、気を付けろ」
 素っ気ない兄の態度。
 その何人かに自分も含まれる、とは、口が裂けても言わないのであった。
「ほら。さっさとお土産を買いに行くぞ」
「へーい」
 短い影が、ふたりに付き従う。
 風が、緑の芝生をゆらゆらと揺らす。


 北海道の土産物といえば、
「熊だろうっ!」
 きっぱりと決めつける北斗。
 手には、すでに木彫りの熊を持っていた。
「‥‥もらった人が困るようなものを買うのはヤメロ」
 こめかみあたりに青筋を立てた兄が、商品を陳列棚に戻させる。
 なにしろ北斗には前科があるのだ。
 沖縄からブタの頭の皮などを買ってきて、興信所の面々にひんしゅくを買ったという。
「二回目は許してもらえないかもしれないから、慎重に選べ」
「じゃあ、これにしよう」
 次に北斗が手に取ったのは、熊出没注意とか書いたステッカーだった。
「‥‥そんなものどうするんだ?」
「俺のFTRに貼るんだよ」
「おまえのじゃないだろ‥‥」
 ちなみにFTRというオートバイは、草間興信所の社用車であって、北斗の私物ではない。
 こんな奇天烈なステッカーなどを貼ったら‥‥。
「く‥‥」
 熊の着ぐるみを着込んで鮭をくわえた北斗がバイクにまたがってる姿を想像してしまった。
 笑いをこらえてうずくまる啓斗。
 その隙に、北斗がいろいろ奇天烈なものを持って会計に行ってしまう。
 熊カレーとか、トド肉の缶詰とか、もらった人が困るようなものばっかりだ。
「やれやれ‥‥」
 呆れる啓斗だっが、彼もまた土産を買わなくてはならない。
「白い恋人ぶらっく‥‥なんで白いのに黒いんだ‥‥」
 神聖都学園にもっていくものをチョイスしながら呟く。
 まあ、商品名に文句をつけても仕方がない。
「コンサドーレグッズは‥‥だれも喜ばないだろうなぁ」
 ぶつぶつ言いながら選んでゆくが、弟とは違って無難な選択である。
 もらった人が大爆笑することはないが、困ってしまうこともない。
 北斗に言わせれば、つまらんということになるだろう。
「あいかわらず地味だねぇ。兄貴は」
 ほら言われた。
 じろりと弟を睨んだ啓斗。
「おまえ、あいつの分はちゃんと買ったのか?」
「おうっ! 任せろっ!」
「おまえに任せてろくなことがあったかな‥‥」
 やや深刻に考え込む兄だった。
「それより兄貴も、ちゃんと買えよ」
「なにを?」
「土産に決まってるだろーが。あの娘に」
「探偵クラブのなら、もう買ったぞ?」
「ばかあほまぬけおたんこなす」
 あまりにもストレートすぎる悪口。
「小学生かよ‥‥」
「兄貴鈍すぎっ! だから冷凍野菜って呼ばれるんだっ!」
「あーのーなー」
 雑食忍者に冷凍野菜いわれたら、なんだか立つ瀬も浮かぶ瀬もない。
 むっとする兄。
「ま、あんまり怒らせねーこった」
 久しぶりに一本取った弟が、へへん、とえらそうに笑った。
 もちろんそのあと鉄拳制裁を受けるのだが、それはまあ、どうでもいい話である。


 街に夕闇がせまる。
 街のシンボル、時計台の鐘が響く。
 どこまでも爽やかな風。
 大きく伸びをする双子。
 ずっとこの気候なら、いっそ移住してしまいたいほどだ。
 だが、むろん北海道には長く厳しい冬がある。
 住むとなれば、当然しがらみもできてくる。
 どこだって、天国や楽園ではないので、それなりに苦労はあるのだ。
「ここにいたのか。探したぞ」
 と、背後から声がかかった。
 彼らの雇い主、草間武彦だ。
「どうかしたのか?」
 振り返った啓斗が訊ねる。
 今日は自由行動だったはずだが。
「これからみんなで、ビール園にいこうと思ってな」
「やったっ!」
 喜ぶ北斗。
 すぐに草間が釘を刺す。
「お前ら未成年はジュースだ。メインはジンギスカンだぞ」
「ちぇー」
 そんなことを言いながら歩き出す草間と北斗。
 雑食忍者の食欲は衰えを知らないのだ。
 肩をすくめた啓斗が、それに続いた。
 彼はさほど肉類が好みではないが、こういうときは環境が調味料になる。
 けっこう楽しめるだろう。
「一緒に来たら‥‥もっとたのしかったかな‥‥?」
 呟き。
 それは誰に向けたものだったろうか。
 啓斗自身にも判らなかった。
 どうやら彼の心の迷宮も、一本道ではないようだ。
 街路樹が、夕暮れの風を受けてざわざわと騒いでいた。










                      おわり