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<東京怪談・PCゲームノベル>


【サイコゴースト・アルファ】

 鳥もまどろむうららかな午後である。とある公園。シオン・レ・ハイはひとりベンチに腰掛け、趣味の編み物をしていた。自身がリラックス出来る瞬間のひとつである。だが、彼はため息をつく。
 編み物の手が止まった。近年まれに見る凶悪な幽霊のことを思うと、背筋が自然と震えてくる。
 サイコゴースト・アルファの名はここ数日でずいぶんと知れ渡っている。シオンが知ったのは2日前だ。昨日には新たな犠牲者が数人出たと聞いた。
 シオンとて、戦闘を知らないわけではない。青い炎を操る彼はむしろ常人を遥かに凌駕する能力の持ち主だ。が、未知の怪物相手にそうやりあいたくはない。
「出来れば出会いたくないもので――」
 すね、と言い終らないうちに、目線の先に何か黒い物が浮かんでいるのに気づいた。
 嫌な予感がした。シオンは知らずに汗ばんだ顔をゆっくりと上げた。
「フフフ……」
 一目でわかった。黒い笑みの主は噂の幽霊少女・アルファだった。
 獲物を見つけた彼女は、かすれた声で笑っている。宇宙にも似た瞳の奥で、どうやって目の前の男を殺そうかと思案している。
「こ、こんにちは……」
 とっさにそんな間の抜けた反応をしてしまった。どうしたらいいかわからない。
 精一杯に精神を動員させて、ここに留まっていては殺されるだけだと何とか判断した。
「こ、殺せるものなら殺してミテくだサイ……」
 編み物をアルファに投げつけると、シオンは一目散にベンチから飛び出した。

「とんでもない奴が出てきたな。実体のない幽体であるというだけで厄介なのに、超能力を使うなんて」
 それが、2日前にアルファの話を聞いた渡辺綱の第一感想だった。
「……俺がやらなきゃ誰がやるんだってやつだ」
 同時に熱意を抱いた。
 渡辺家は、古来より東京に棲み付く悪を滅殺する家柄である。時には政府・宮内庁より『鬼払い』の命を受け、これを遂行する。
 綱はまだ16歳という若さながら、渡辺家の当主である。東京を守護するのは我が家の務めだと誰よりも認めている。
「よし、行くか!」
 洗面所で髪を整え顔を洗うと、伝家の宝刀『髪切』を携えて、綱は館を後にした。次の出現場所は家の者を2日間総動員させて、充分にシミュレートさせてある。

 空木崎辰一は、今までにアルファが起こした事件現場のひとつである、名もない路地裏に赴いていた。
「超能力を操る幽霊……ですか。ホラー映画を地でいくようなことができるんですね」
 と、現場を見渡しながらわりと呑気な意見を述べた。
 華奢な体格で綺麗な顔立ちなので女性に間違われることも多いが、辰一は溜息坂神社の宮司。本業は除霊である。当然、アルファによるこれ以上の殺戮を見過ごせるはずはなかった。
 とはいえ、いつ、どこに現れるのかわからないと手の打ちようがない。そこで、犯人は現場に戻るというのを適用したわけではないが、自らの足を使って綿密に調査をすることにした。
 その甲斐はあった。血の跡は薄れはじめてはいるものの、この路地裏には未だに霊気の爪跡が残っている。一般人にはわからないが、相当に邪悪なものだ。ともかく、彼女の霊気の質がわかった。
「感じる。――奴の霊気は西から東に向かっている」
 辰一は霊気を追いながら、アルファ打倒の策を練ることにした。

「ハッ――ハッ――!」
 住宅街でも商店街でもない、なるべく人がいないところへ。シオンは絶えず全速力で逃げた。シオンの服が黒いため、彼を見かけた者は黒い獣か何かだと思っただろう。
「ほら、こっちですよ!」
 シオンが風となって東京を疾駆する。アルファは雷鳴のごとき速さでそれを追う。
 シオンに策などない。逃げるだけで精一杯だ。ただ標的を自分だけに定めるように、ひたすら挑発している。
 被害を最小限に抑えながら、救世主が現れるのを祈る。だが果たしていつまで持つだろうか。そろそろ心臓は待ったをかけるだろう。
 そうして、人気のない波止場へと辿り着いた。眼前は東京湾だ。
「霊気が近づいている! 来たな!」
 目の前から鋭利な声が聞こえた。男がひとり構えていた。その表情が、一瞬困惑に変わった。
「……え? 人間?」
「おお、逃走劇もこれで終わりでしょうか」
 シオンはやっと安堵した。シオンと対照的な白い装束をまとった男――空木崎辰一の体からは常人ならぬ力が感じられる。
「あなたは一体……いや、そんな場合じゃない」
 辰一は、黒衣のシオンの背後で微笑む暗黒の影を確認した。
「おお、救世主よ。助かりました。私はもう限界です」
 シオンは辰一の背中に隠れて、コンクリートの地面に座り込んだ。
「彼女から逃げ切ったのだから、只者ではないのですね。戦わなかったのですか」
 アルファを見据えながら辰一が問う。
「しようと思えば出来ましたが、服が燃えてしまったら嫌だから……」
 どうにも要領を得ない答えだった。
「……まあいいです。では、そこでじっとしていてください。僕が彼女の相手をしている間、決して動かないように」
「ちょっと待った。俺にも協力させてもらおうか!」
 声がしたかと思うと、前方からアルファを飛び越えて、人影が辰一の隣に舞い降りた。
 茶髪に学生服の、いたって普通の高校生風の少年。
「出現場所、ピッタリだな」
「……僕は空木崎辰一。あなたもアルファを追っていたのですか?」
 辰一が自己紹介をしつつ聞いた。
「ああ、渡辺家当主の渡辺綱だ。いろいろあって、悪霊の類は真っ先に引き受けなきゃならない家柄でね」
 綱は持っていた刀をアルファに向けた。
「フフ、ウフフフ……」
 当の幽霊少女は体を震わせている。ますます獲物が増えたという嬉しさからなのか。
「で、どうする?」
 綱は辰一に聞いた。
「まずは結界を張ります。戦闘場所周辺の破壊を防ぐのと、我々以外の人間の侵入を拒むために」
 辰一は何事か念じて、
「ハッ!」
 大気を震わせる気合を発した。震えはすぐに止んだ。
「……終わりました」
「もう?」
「ええ、見た目にはさほど変化もありませんが、我々は外界から隔離されました。結界はおよそ100メートル四方というところです」
「準備はすべて完了ということだな。じゃ、退治といくか!」
 綱が宝刀を天にかざす。
「御霊髭切、その力をもって悪霊を祓い給え!」
 叫ぶと、刀が燐光を帯びる。そして、光の粒が暗黒の悪霊に降り注いだ。
 アルファは動くことなく、薄緑色をした念の壁を繰り出した。輝く粒子は吸収されたかと思うと――容量と速さを増幅させて跳ね返ってきた!
「うおっと!」
 綱、シオン、辰一はめいめい跳躍して迎撃を逃れた。すでに光弾と化したそれは、数十メートル先の結界にぶち当たって轟音を響かせた。
「真正面からは無理かな」
 綱は大地震のような爆音に顔をしかめた。
「ええ。ですが御霊の使役とは心強い。僕はサポートに専念出来そうですね」
 辰一が言ったその瞬間、アルファの体から光線が飛び出した。漫画やアニメに出るロボットの兵器を思わせる、途方もない必殺技だ。
「チィ!」
「ひええ!」
「く、これは……!」
 3人とも何とかかわしている。だがそれは、紙一重というよりは切羽詰ったギリギリだ。四方八方にばら撒かれる殺人ビームの乱れ撃ちは10発20発と、とどまるところを知らない。一歩間違えば串刺しのうえ炎上だ。そうなったら助かる術はない。
「フフフ……シンジャエ!」
 はじめて言葉らしい言葉を聞いたかと思えば、背筋が凍てつくような呪いである。
「何ていう念の強さだ! モタモタしていられないですね」
 全速で倒れるように横転しながら、辰一は懐から呪符を取り出した。
「巻き込まれないよう気をつけてください!」
 辰一はアルファから目を離さないまま、綱とシオンに指示した。
 ――やばいものが出てくる。ふたりはそう判断し、辰一が向かう反対方向に後退した。
「召喚!」
 呪符が投げられ、コンクリートに貼り付いた。
 そこから、灰色をした小山のようなものが浮かび上がる。
「――出でよ、玄武」
 それは陰陽五行道の四神のひとつ。巨大な亀を姿をした神は、その口から冷気を吐き出した。
「キィ?」
 予想もしない攻撃に、アルファはバリアーを張る暇がない。あっという間に黒い体が白に変わる。
「……凍らせたのですか?」
 シオンが不安げに呟いた。
 その間に、綱が髪切を振りかぶって氷塊となったアルファに猛進する。動きを封じたこの隙を逃す手はない。宝刀が悪霊を一刀両断にする――!
 ヒュン!
 刀が空を切る音に、綱の心底は騒然となった。
 アルファは数メートル先にいた。直前で氷の緊縛を破ると瞬間移動をし、斬撃を間一髪で逃れたのだ。
「嘘だろ?」
 アルファは唇の端を上げると、体を丸くして綱に激突した。砲弾じみた体当たりだ。
 綱はまさしく人間大砲のように飛んで、コンクリートの地面に打ち付けられた。
「くは……いってぇ。ずりいな、あっちは物理攻撃を仕掛けられるのかよ」
「あの、大丈夫ですか」
 綱が吹っ飛ばされたのはちょうどシオンの足元だったので、手を貸してもらって起き上がった。
「ああ、何とか。それよかあんた、何か出来ないのか?」
 綱は逃げてばかりのシオンを一喝した。
「あ……。やっぱり、私も何かしなければいけませんかね」
「やってくれ!」
「では僭越ながら。……それぃ!」
 シオンが両手を突き出したその途端、頭上に氷の塊がポッと現れ……頭に直撃した!
「いつつ。……ダメダメっぽいですね」
 頭をさすりながら苦笑するシオン。
「おいおい、コントじゃあるまいし……って、遊んでる場合じゃないぞ!」
 巨大な黄色い円盤が豪速で飛んできた。円盤の縁はこの上なく薄い。触れたが最後、何の抵抗もなく切り分けられるだろう。
 綱もシオンも地に伏せてそれをやり過ごした。
 バギィィィン!
 円盤は何と、結界を突き破って遥か彼方の空へと消えていった。
「冗談じゃないぜ!」
 綱では、この悪霊の動きも能力も封じる手段はない。辰一は先ほど不可思議な力でアルファを凍らせたのだが。
(あの人が頼みだな)
 その辰一はどこだ? 綱は結果中に視線を巡らせた。
 ……いた。アルファの50メートル後方。白装束の青年は呪符を持っている。今まさに、第二の四神を召喚しようとしている。
 アルファは気づいていない。まずは綱を先に殺そうしている。ゆえに、他の者――後ろなど目に入っていない。
 もうこの方法しかない。綱は心を決めた。
「サイコゴースト・アルファ。今から一直線に向かっていくぜ。やれるもんなら、俺を殺してみろ!」
 綱は言葉どおり、アルファへと駆けた。
 ここでアルファは構えを取った。両手を組み合わせ、超能力を凝縮している。彼女の全身が赤と青に明滅する。
 超エネルギーの溜め撃ち。食らったら、細胞ひとつ残らずこの世から消失するだろう。
「うおおおりゃああ!」
「キエチャエ!」

 ――出でよ、青龍。
 
 その呪文はハッキリと聞こえた。結界の上空に、巨大な龍が出現する。
 間もなく、アルファの頭上に電撃が落ちた!
「キャア!」
 エネルギーを放つコンマ数秒前。彼女は閃光に包まれ、動きを完全に止めた。その瞬間に、宝刀の切っ先は彼女に向かって走っている。
 そう、動きを止めたと同時に切り込まねば間に合わない。生か死かの一大博打は成功したのだ。
「御霊髭切、今度こそ、その力をもって悪霊を祓い給え!」
 髪切から放たれた御霊がアルファを襲う。少女は初めて恐怖の表情を見せた――。

■エピローグ■

「……やりましたね」
 辰一はグッタリと仰向けになる綱の耳元に座った。
「とんでもねー敵だよ」
「同感です。かつてない悪霊でした」
 サイコゴースト・アルファは消滅した。あとは警察に事の顛末を報告すればいいだろうということになった。倒した証拠も何もないが、東京を恐怖に陥れた悪霊は消えたと言うだけで、安心する者は安心するだろう。
「でも結局、彼女は何者だったんでしょうか」
 と言うついでにシオンは履歴書用の写真をふたりに渡そうとしたが、断られた。本人は助けてくれた礼のつもりだったのだが。
「さあ。そんな究明は、俺たちの役目とはちょっと違うから」
「そうですね。それよりも疲れました」
 辰一も綱にならって仰向けになった。空は灰色の雲に覆われ始めていた。

 東京では、謎は謎のままのことが多い。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1761/渡辺・綱/男性/16歳/高校二年生(渡辺家当主)】
【3356/シオン・レ・ハイ/男性/42歳/びんぼーEfreet】
【2029/空木崎・辰一/男性/28歳/溜息坂神社宮司】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。ご依頼ありがとうございました。
 東京怪談史上かつてない強敵(?)とのバトルでしたが、
 緊張感が出せていたでしょうか。ご意見ご感想等
 ございましたら、遠慮なくどうぞ。

 それではまたいつか。
 
 from silflu