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調査コードネーム：一三階段の謎を追え
執筆ライター ：水上雪乃
調査組織名 ：神聖都学園
募集予定人数 ：１人〜４人
------＜オープニング＞--------------------------------------
神聖都学園の理事長が行方不明になった。
当然、このニュースは全校を駆けめぐったわけだが、生徒たちは驚きも嘆きもしなかった。
しょせん理事長など雲の上の存在。
一般学生と接点があろうはずもない。
まあ、授業が潰れるとか、そういう事態にでもなれば、心配そうな素振りのひとつくらい見せる人間もいるかもしれない。
その程度のものである。
学生にしてみれば、理事長なんぞのことよりも、この鬱陶しい梅雨空と、そろそろ近づいてきた期末テストの方がよっぽど気にかかる。
なにしろこいつを終わらせないことには、夏休みという甘美な果実を味わうことができない。
「一三階段ねぇ」
指先でシャープペンシルをくるくる回しながら、芳川絵梨佳が言った。
はなっから信じてませんっ！ と、態度が語っている。
「そーゆー噂なんですよー」
佐伯飛鳥が頬を脹らます。
割とありがちな一三階段の噂。
それを飛鳥がキャッチしてきたのだ。
ようするに理事長は、その一三階段から別次元に入り込んでしまった、ということらしい。
もちろん絵梨佳は、そうではないことを知っている。
「判らないのは‥‥なんでそんな突拍子もない噂が流れたかってことね‥‥」
思慮深げに、鈴木愛が瞳を閉じる。
はっと息を呑むほどの美少女だ。
それはともかくとして、
「理事長が消えて‥‥それをとりつくうように一三階段‥‥」
どうも、あまり良くない気配がする。
「調べてみるっきゃないねっ」
ぐっと拳を握りしめる絵梨佳。
不思議なことは、解明しないと気が済まないのが良いところ。
愛と飛鳥も頷き合う。
探偵クラブが、ふたたび動き出した。
※ちょっとだけ、危険かもしれません。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
受付開始は午後８時からです。
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一三階段の謎を追え
重苦しい曇り空から、ぽつりぽつりと水滴が落ちる。
梅雨。
四季のあるこの国において、最も鬱陶しい季節だ。
陰鬱な雨が降りしきる。
「なんでこんな噂が流れたのかしらね」
資料に目を通しながら、シュライン・エマが呟いた。
神聖都学園の一角、探偵クラブの部室である。
芳川絵梨佳らが下調べした資料は、プロフェッショナルの目から見て、とても及第点を与えられるようなものではなかった。
が、それでも資料は資料である。
「噂自体は、珍しくもないっていうか」
「ありがちなもんだよな」
啓斗の言葉のあとに、北斗が繋げた。
守崎兄弟だ。
ほとんどそっくりな顔立ちだが、瞳が緑なのが兄の啓斗。瞳が青く背が高いのが弟の北斗。ひとよんで、ニンジャブラザーズ。
「正月になると、おめでとうございまーすといって傘でボールを回すのである」
「まわすかぁっ！！」
すぱーん、と、景気のいい音を立てて、ハリセンが踊る。
ちなみに、変なことを言って叩かれたのは、亜矢坂９すばる。叩いた方は神崎こずえという。
どちらも探偵クラブに良く顔を出す少女たちだ。
立ち位置的には、すばるは絵梨佳とともにボケ担当。
こずえはシュラインとともにツッコミ担当。
「好きでツッコミ入れてるわけじゃないっ！」
とは、こずえが熱心に主張するところである。
「人生いろいろなのである」
ぽむぽむと、すばるがこずえの肩を叩いた。
そりゃもう優しく。人生を語るかのように。
「‥‥たのむ‥‥お前もう喋るな‥‥」
こずえさんブチ切れ寸前だ。
まあ、良いコンビなのだろう。きっと。
「いつもこんな感じなのか？」
壁際に立ったままコーヒーをすすっていた男が口を開いた。
痩せ形の長身で、ちょっとヤのつく自由業者っぽい雰囲気を持った青年だ。もちろん本人はサラリーマンだと自称している。
名を、中島文彦。
偽名である。本名を知っているのは、この中では絵梨佳だけだ。
というのも、この中島と絵梨佳は、恋人同士だったりするから。
「それが最大の謎だよな」
とってもとっても不思議そうに、北斗が首をかしげる。
「そういうことを言うんじゃない」
啓斗がたしなめるが、彼の表情の裡にも疑問符が見え隠れしている。
破天荒で奔放で無茶苦茶ではあるが、いちおうは良いところのお嬢さまである絵梨佳と、ちょっぴり闇街道をある感じの中島。いったいどこに接点があるのだろう。
守崎ツインズならずとも疑問に思うところだ。
「いろいろあったのよ」
くすくすと笑うシュライン。
本人たちを除いて、彼女だけがなれそめを知っている。
「そう‥‥それは今を去ること三二年前の冬。しんしんと降り積もる雪の中。凶弾に倒れた絵梨佳を中島が抱き寄せ、しっかりしろ傷は浅いぞ、と」
「なんの話じゃっ！ そもそも絵梨佳ちゃんも中島さんも生まれてないだろがっ！！！」
すばるがボケでこずえがつっこむ。
「‥‥愉しそうだな‥‥」
なんだか疲労を感じながら、中島が呟いた。
もう歳なのだろうか？
女子中学生や女子高生のパワーに押されがちである。
二四歳。そろそろ人生も下り坂だ。
「そう思わないか？ シュライン」
「‥‥イヤミかしら？」
ぴくぴくと。
蒼眸の美女のこめかみが震えている。
「まーシュラインは俺より二歳も年上だしー」
「ブッ殺スっ！」
「うひゃひゃひゃー 怒ると小じわが増えますよ〜 姐さん〜〜」
追いかけ回すシュライン。
逃げ回る中島。
「若いなぁ」
「うん。若い」
ずずず、と、缶入りのお茶なんかをすすってる忍者兄弟。
むしろこいつらが枯れかけているのではないか、という説も、ないこともない。
一三階段、という怪談は、そう珍しいものではない。
「階段の怪談なのである」
「黙ってろっ！」
どこの学校にも、ひとつやふたつ転がっていそうな話だ。
一三という数字はキリスト教における忌み数なのだが、いつのまにか日本でも定着し、怪談などの題材に使われるようになった。
日本では、四や九が忌み数とされていて、病院やホテルには四号室とかはないのが普通である。
四は死に通じ、九は苦に通じる、というわけだ。
「こじつけっぽい気もするけどねー」
「気分の問題だからな。こういうのは。中国にもあるんだぜ」
「そうなんだぁ」
「洋の東西を問わないってやつだな」
「文っちものしりー」
「惚れ直したか？」
中島と絵梨佳がピロートークを繰り広げている。
部室の一角は、すでにラヴ空間だ。
「ありがちな噂と理事長失踪が、どうやって結びついたか。そこが問題よね」
とりあえずバカップルは放っておいて、シュラインが話を進める。
現状、一三階段については、べつに調べる必要はない。噂だろうと都市伝説だろうと、彼らは理事長がどうして姿を消したのかを知っている。
階段は関係ないのだ。
神聖都学園の理事長は、バンパイア化し、啓斗の手によって葬られた。
吸血鬼となった人間を元に戻す手段はない。
放置すれば次々と人を襲い、無限に吸血鬼を増やす結果になる。
だからこそ、滅ぼすしかないのだ。
悲劇の輪を断ち切るために。
その点において、啓斗は後悔はしていない。していないが、後味の悪さはどうしようもないことである。
ぽん、と、兄の肩に手を置く弟。
言葉をかけるでもない。
同じ年、同じ月、同じ日に生まれた双子には、それで充分なのだ。
「いずれにしても、噂を流した人間がいるって事ですよね」
思慮深げに腕輪組むこずえ。
「ソーメンを流した人間もいるのである」
くだらないことを言うすばる。
後者は無視するとしても、
「理事長がいなくなって、一番得をするのはだれかしらね」
示唆性にとんだシュラインの言葉。
犯罪がおこなわれたとして、それによって最大の利益をえるものが犯人。
ひとつの法則である。
つまり、最大の利益をえるものが、最も怪しまれるということになる。
「新しい理事長ってのが、一つ有力なラインだな」
絵梨佳とじゃれつつ、中島が言った。
こんな状態でちゃんと聞いているのが不思議だ。
「良いところを突いてるわね。中島くん」
褒めてみせるシュライン。
フン、と、青年が鼻を鳴らす。
「とっくに調べてるんだろ？ シュラインは」
「可能性として考えられるところは、ピックアップしてあるわ」
さすがは怪奇探偵の細君。仕事の速さはピカイチである。
「一〇万ボルトなのである」
「黙っとけ」
ごすっ、と、こずえの肘がすばるの脳天を直撃する。
「ぐっじょぶ」
北斗が褒め称えてくれた。
むろん、たいして嬉しくもなかった。
「大船って人物ね。次の理事長は」
「どういう人間なんだ？」
シュラインの言葉に、訊ね返す啓斗。
まずは為人を知らないといけない。どんな推理だって、その上に構築されるのだから。
「理事の一人よ。べつに後ろ暗い経歴もないし悪い噂もないわ」
「変な噂を流すような人物ではない？」
「さあ‥‥そこまでは、調べてみないと判らないけどね」
「なるほど。じゃあ方針は決まったな」
にやりと笑う啓斗。
誰が流したか知らないが、当面はその演奏にあわせて踊ってやろう。
その一方で、核心へと迫ってゆく。
「絵梨佳ちゃんとこずえちゃんとすばる、それに中島くんは階段を調べる。というより、調べてる振りね」
「おっけー」
「承知したのである」
「あたしたちって‥‥」
「お守りかよ‥‥」
悲喜こもごもの四人。
「私と」
「俺たちは新理事長の身辺を探ってみる」
シュラインと森崎兄弟が席を立つ。
中島とこずえの悲哀は、丁重に無視された。
もっとも、布陣としてはこれ以外に存在しないのもたしかだ。
絵梨佳やすばるが地道な調査に向いているはずもなく、中島が絵梨佳以外をガードするはずもない。
となれば、すばるのブレーキとしては、こずえしかいないのである。
「貧乏くじ‥‥？」
落涙するこずえ。
ぽむぽむ。
すばるがその肩を叩いて慰撫した。
シュラインと守崎兄弟が学園の暗部を探っている頃。
残りのメンバーは、噂の階段で遊んでいた。
「あたしは遊んでなんかいないっ！」
まあ、こずえとしてはそう主張するのは当然だ。
しかし現実としては、階段を上っていた中島が一二段目で消えてしまったりとか。
消えたはずの中島が、突然、絵梨佳の後ろに現れて驚かせたりとか。
ようするに、彼の特殊能力である瞬間移動を使った悪戯である。
精神力の無駄使いだ。
何も起きないと思っているからこそ、こんなことをして遊んでいるのだ。
「すばるも対抗して、目から怪光線をを出すのである」
「だすなっ」
「曲射も可能なのである」
「つーか曲げんなっ！」
微笑ましい光景だ。
「まとめんなっ！」
約一名を除いて、長閑に時間が過ぎてゆく。
そして、二日後の夜のことである。
いつものように階段を調査している面々の前に、怪しい男たちが現れた。
黒めがねに黒スーツ。
街で見かけたら怪しいが、学校内で見かけると怪しさ三倍。
「赤いヤツ並なのである」
「のーみそも三倍だったら良いんだろうけどな。どうみても三〇分の一だぜ」
容赦なく中島が冷笑を浴びせる。
いきり立つ男ども。
この程度の挑発で冷静さを失うような相手には、この程度の挑発で充分なのである。
猛獣のように階段を駆け下りてくる五人ほどの男。
「いくぜ」
にやりと笑った中島が絵梨佳を後ろに押しやり、
「わかったわ」
「了解したのである」
こずえが鈴木愛を、すばるが佐伯飛鳥を庇うように立った。
一瞬の交錯。
受け身すら取れずに男たちが転がる。
「わー」
無責任な拍手喝采が三人に送られた。
まあ、褒められるだけの事はしただろう。中島とこずえの強さは当然としても、すばるまで強かったとは。
「世の中は判らないものなのである」
「自分でいうなよ‥‥」
げっそりと呟くこずえ。
それはともかく、男どもを拘束して事情を訊けば、一気に核心に近づく。
「男の身体は縛りづらい。縛り甲斐もない」
ぶつぶついいながらも縛り上げていく中島。
「‥‥中島さんってそういう趣味なの？」
こずえが絵梨佳にたずね、
「‥‥‥‥」
頬を染める少女。
「うそっ！？」
最近の女子中学生は進んでいるというが、まさかＳＭとはっ！
「なーんて、うそうそ」
かるーく絵梨佳が手を振った。
「騙されるものもいないのである。そんな嘘に」
だめ押しすばる。
なんだか隅の方でいじけるこずえ。まあ、すばるにいわれたのでは、立つ瀬も浮かぶ瀬もありゃしない。
「なんとか幕引きには間に合ったわね」
と、廊下の奥から聞こえる声。
シュラインだ。左右には金剛力士みたいに守崎兄弟が控えている。
「黒幕登場なのである」
余計なことをいうすばる。
もちろん、誰も相手にしてくれなかった。
「そいつらは、新理事長が雇ったチンピラよ」
蒼眸の美女が、さっそく事情の説明を始める。
理事長が失踪したことによって、そのポストに就いた大船だが、捜査の目が自分に向けられることを恐れた。
そしてそれ以上に、理事長失踪に興味を持った。
といっても、彼は探偵でもなければ警察でもない。
さしあたり噂を流して獲物が食いつくのを待った。
「がぷっちょ、である」
すばるが変なポーズを取る。まあ、動きはともかくとして、大船が企図したとおり探偵クラブが食いついた。
そこまでは良い。
「けど、探偵クラブの実力に、大船はびびってしまったわけさ」
啓斗が肩をすくめる。
「つまり、自分に迫る調査の手に気づいたんだよ」
補足する北斗。
苦笑混じりに。
怖くなった大船は、ガードマンという名のチンピラを雇って、探偵クラブに脅しをかけようとした。
ちょっと痛い目に遭わせて、余計な詮索をやめさせよう、というわけだ。
「‥‥ようするにあたしたちは囮にされたってわけですね」
ジト目でシュラインを睨むこずえ。
「ここまで短絡するとは思わなかったけど、向こうが動いてくれたんで、その隙にいろいろ調べられたのはたしかね」
くすっと笑う怪奇探偵の細君。
ニンジャボーイズが肩をすくめた。
動いてくれた方が調べやすい。痕跡が残るから。
それは、地質学者がたった一個の岩石から、その時代にあったことをありありと思い浮かべることができるのに似ているかもしれない。
大船は焦って動いた。
それが敗因である。
「小細工をしたのも、失敗だったな」
全員を見回しながら啓斗がいった。
べつにこそこそする必要はなかったのである。怪奇クラブの面々を堂々と理事長室に呼び出して事情を説明させても良かった。
むしろそちらの方が正攻法だろう。
「影に怯えたのかもしれねぇな」
ふと、中島が口を開く。
「ハゲに」
「黙ってろ」
なにか言おうとしたすばるの口を、さっとこずえが塞いだ。
男たちを見つめる青年。
心に罪を抱く者は、常に影に怯える。
あるいは大船も、叩けば埃の出る身体なのかもしれない。
「いい勘してるね。中島のダンナ」
北斗が笑った。
大船は、たしかに罪を犯している。
児童買春という罪を。
「なるほど。それがばれるんじゃないかって思ってんですね」
ひとりごちるこずえ。
いくつかの思惑が複雑に絡まり合って、今回の一件を現出させたわけだ。
「理事長は誅殺された、と、思い込んだのかもしれない」
啓斗の呟き。
なんとなく同情的である。
児童買春という行為自体は恥知らずで、許し難いものがある。
が、それを絵梨佳に握られたとなると‥‥。
「飛んで火に入る夏の虫である」
「びみょーに間違ってないか？ その表現は」
すばるの言葉に、中島がツッコミを入れた。
窓からはいる月明かり。
殷々たる廊下。
縛られて転がされた男たちと、立っている男女が、薄ぼんやりと闇に浮かび上がっていた。
エピローグ
七月一日。
探偵クラブへの予算額が正式に決定した。
野球部やサッカー部などの花形クラブよりずっと高額である。
顧問も決まった。
高名な探偵である草間武彦氏を、外部から招いて顧問に就任してもらう事になった。
顧問料は、年間一〇〇万円。
けっして高額ではないが、怪奇探偵にとってはありがたい副収入だろう。
黒髪の三〇男とお嬢さま探偵が祝杯を交わしたかどうかは、残念ながら記録に残されていない。
おわり
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
0086／ シュライン・エマ ／女 ／ ２６ ／ 翻訳家 興信所事務員
（しゅらいん・えま）
0554／ 守崎・啓斗 ／男 ／ １７ ／ 高校生
（もりさき・けいと）
0568／ 守崎・北斗 ／男 ／ １７ ／ 高校生
（もりさき・ほくと）
0213／ 張・暁文 ／男 ／ ２４ ／ 上海流氓
（ちゃん・しゃおうぇん）
3206／ 神崎・こずえ ／女 ／ １６ ／ 退魔師
（かんざき・こずえ）
2748／ 亜矢坂９・すばる ／女 ／ １ ／ 特務機関特命生徒
（あやさかないん・すぱる）
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。
「一三階段の謎を追え」お届けいたします
微妙に「ティアーズオブルーマニア」の続編っぽいですねー
あ、せっかく予算が出たので、夏には合宿にでも行きましょう。
どこが良いですかねぇ。
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
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