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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 漆黒の翼で3 - 協奏曲 - 】


 からん、からん。
 カウベルの音がやけに耳に響く。
 待っていた「答え」がやってくるというのに、どこかでそれを拒んでいる自分。
 言い渡されるのが怖いのだろうか。
 それとも――
「よ、話聞いてきたぞ」
 彼の出す答えが、怖いのだろうか。
「……おかえり」
 天使の姿になっている彼を見て、一戦交えたのかと心配になったが、どこにも傷は見当たらない。怪我はしていないようだ。
「……説明の前に一服な」
 カウンターに腰をおろして、煙草を吸い始める真輝。
「うちの店は、全席禁煙だ」
「他に客いないし、許せって」
「……わかった」
 そんな他愛ないやりとりも、「答え」次第では今日限り。
 それを惜しいと思ってしまうのは――いけないことなのだろうか。
 煙草を半分ほど吸った後、いつもの咥え煙草のまま、真輝はおもむろに「答え」を言葉にし始めた。
「お前を狙ってる嬢ちゃんの話しだと、どうもお前、悪い奴だったみたいだぞ」
「悪い奴?」
「そ。堕天使ルシフェル、ってのがお前の本当の名前で、お前が持っていない記憶は、もう片方の翼に封じられているらしい」
「……もう片方の翼は、捨ててきた……」
 ファーはポツリと、言葉を返す。
「やっぱり……わかっていたのか? 自分のこと」
「決別した過去に何をしたのか、はっきりとわかっているわけじゃない。翼は異世界に捨ててきたし、もうその過去を知る必要もないと……思っていた」
「堕天使のお前がしたのは、堕ちた世界の人間を皆殺しにするほどの殺戮だったらしい」
 ファーが動きを止めて、目を伏せた。
「過去とは言え、お前がしたことは……許されることじゃ、ないだろうな。数え切れないほどの命を奪ったのだから」
「だから、俺は、人の害になる……と?」
「いや、それだけじゃない。この羽根が……お前のもう片方の翼らしい」
 その手にしっかりと握られた漆黒の羽根。
 瞬間――破裂するように高鳴る鼓動。
「これはお前を求めている。お前がこれを手にしたら、お前は過去のお前に戻る……んだそうだ」
 ちょうど心臓の当たりを強く抑えているファーを見て、焦る気持ちはあったが、ここで自分が冷静さを失っては、救えるものも救えなくなってしまう。
 真輝はあくまで冷静に、ファーへと言葉を投げかけていく。
 ファーの耳には届いているはずだ。
 必ず、届くはずだ――と信じて。
「……で俺としちゃだな『友人』の未来を俺が勝手に決められる訳ないだろ、と思うわけだ」
「ゆう……じん……?」
 迷惑かけっぱなしで、巻き込んでしまって、危険な目にあわせているというのに、真輝そんな自分を友人と呼ぶ。
 今まで感じたことのない感情。
 友人という存在。

 ――他愛ない会話を、日常にしたいと思える――優しい気持ち。

「未来ってのはそいつ自身が選んで掴むモンだ」
「……そ、う……だな」
 胸が痛む。
 血が逆流して、滾っているかのように熱い。
 身体から解き放たれたくてうずうずしている何かが、本能を挑発している。
 それでもファーは、はにかんで見せた。
 そんな彼の様子に、そっと胸をなでおろす真輝。

 ◇  ◇  ◇

「と、いうわけだから、この羽根を手にして、お前が過去からの誘惑に勝つか、負けるか、どうするのか」
 ファーが肩で荒い息をし、精神を落ち着かせようと努力しているとき。
 唐突に投げられた言葉はもちろん、真輝のものだった。
「次から選べ」
「え? 次……?」
 真輝はどこか面白がっているような表情を見せて、指を一本立てた。
「一、お前が頑張る」
 次に、その指を一本増やし、二本立てると。
「ニ、諦める」
 さらに、指を一本増やし、三本にして。
「そして三、俺が頑張る」
 真輝は笑顔のままだ。三本の指を立てたまま、羽根をファーに差し出し、「お前が選べ」と答えを促した。
「いや、一と二はともかく、三は……」
「ほら俺ってこの通り羽根持ってても平気だし、上手く行けば俺の中に封じる事も出来ないかなーとか」
 真輝は、この羽根を封じ込められたとしても、また新たな羽根が現れるということは、ファーに伝えなかった。もし、伝えてしまったら、その時点で三択ではなく二択になってしまうことは目に見えていたから。
 いや、言わなくても、ファーのことだ。二択になるには違いない。
 彼は決して、三番目の選択肢は選ばないだろう。
「ちなみに俺、防御型だからニだとお前に対抗出来ずに多分死ぬと思うし、一と三、失敗しても死ぬかもなー」
「……どれも、選びにくくしてくれるな」
「でもま、これはお前が過去と向き合ってみるっていう前提だし、羽根を手にしないっていう選択もあったな」
 その場合は、黙ってあの少女の殺されることになるのだろうが。
 生きるか、死ぬか。下手をすれば真輝までも巻き込んでしまうこの事態だというのに、彼は楽しそうな様子を崩さない。
「乗りかかった船はもう太平洋のど真ん中さ。運命共同体だぜ? 俺を巻き込まないようにとか、考えるなよ」
「……わかった」
 ファーは抑えていた左胸から手を離し、まっすぐに真輝の持っていた漆黒の羽根へと手を伸ばした。
「――答えは?」
「……一だ」

 わかりきっていた返答だった。
 その選択肢を選ぶことは、目に見えていたが、あらためて彼の口からはっきりと言わせることに意義がある。
 その眼差しは死んで無い。

「……過去に打ち勝って、償えるだけ、償いたいと思っても……いいだろうか」
「ああ。いいんじゃないの?」
「だったら、俺は――俺自身の過去に、勝る必要があるな」

 ファーがその手に羽根を握り締めたとき、店の中に気配が一つ増えたことを、真輝はしっかりと感じ取っていた。

 ◇  ◇  ◇

 力がみなぎってくるような感覚。
 今まで知らなかった自分との対峙。
 手を招かれ、思わずそちらに歩き出しそうになって――かぶりを振った。
 その誘惑にはかからない。
 人を幸せにするための力ならともかく、人を殺し、不幸にする力や感情なんていらない。
「……力がほしくないのか?」
「そんなもの、今の俺には必要ない」
「最高の快楽が、待ってるぞ」
「それは、苦痛を伴うものだな。心が痛む」
「そんなことはない。殺して、殺して、殺しまくればいいんだ」
「死ねば誰かが悲しむ。それは胸が痛むことだ」
 ふと、真っ黒な感情が自分の中に流れ出した。
「なっ……」
「そのような甘い考え、とうの昔に捨てたはずだ」
「だが……いま、確かに俺が持っている」
 手足の自由が利かない。ゆっくりと近づいてくる人影。
「必要ない。封じてしまえばいい。あとは快楽に身を任せるだけだ。楽だぞ」
 甘美なまでの誘い。
 流れ込んでくる、快楽の感覚。
 流されそうになる心――
 しかし。
「ファーっ!」
 それを塞き止める、一つの存在。
 聞こえてきた声に、しっかりと目を見開き、手足を無理矢理にでも動かし、人影に対してかぶりを振った。
「……俺はお前の償いをして、生きていく。一人でも多くの人に、ささやかでいい、幸せを与えられるように」

 背後から――真っ白な光に包まれた。

 ◇  ◇  ◇

 羽根を手にした瞬間に、気絶するようにファーが眠りについた。
 倒れこみそうになったファーを支え、背もたれのある椅子に座らせる。
「誘惑に負ける」
 ファーが羽根を握り締めるほんの一瞬前に入ってきた少女が、真輝の後ろでつぶやいた。
「だったら、嬢ちゃんが殺せばいい」
「そのつもりできました」
「でも、俺は負けないと思うな」
「なぜ? 絶大なる力を手に入れて、最高の気分を味わうことができるというのに? その誘惑に勝ることができると?」
「ああ。あいつはそんなもの、求めてない、と思う」
 そんなとき。
 真っ黒な光を放つ、ファーの手に握られた翼。
「なっ!」
 すかさず少女は鎌を握り、大きく振り下ろそうとした。
「待ってくれ!」
「誘惑に負けた」
「そんなはずはない」
 とは言いきれない気持ちもどこかにあった。
 意識の中で、ファーが一体どんな攻防をしているのかわからない。
 けれどもし、抵抗もできず、ただ漆黒の力に飲み込まれているようなら。
 ファーの意識を無視して、力が勝ってしまうというのなら。
「……ファーっ!」
 真輝は黒き輝きを放つ羽根を、ファーの手ごと握り締めた。
 目の前がゆがむ、大量の負の感情。立ちくらみのような症状がでるが、ぐっとこらえて真輝は声を荒上げる。
「ファーっ! 選択肢、もう一個あったっ! 二人でがんばるってのはどうだっ!」
 刹那。
 ファーの右手が動いた。
 両手でファーの左手を握り締めている真輝の、片方の腕を、ファーの右手がしっかりと掴む。
「……前言、撤回……」
 うっすらと目を開けて、ファーが何かをつぶやいた。
「……なんだ? ファー?」
「答えは……四、だな」
 ファーは、やわらかな微笑みを浮かべている。

 ◇  ◇  ◇

「嬢ちゃん見ただろ? 『人』ってのは案外しぶとく強いもんさ。やれば何でも出来る」
「……でもまた、羽根は現れる」
 目を覚ましてから、ファーがしっかりと握っていた左手が緩められたとき、そこに漆黒の羽根はなく、昇華されてしまったようだった。
『もし羽根が誰かの手に渡ったら、そいつが乗っ取られるっつーこと、わかっとるんかい?』
「……自分の一部だ。精神を研ぎ澄ませばわかるはず。もしまた、羽根が現れてしまったら――自分で必ず処理をする。だから……」
「ま、俺もそうなったら手伝うし」
 横から声が飛んできて、思わず目を点にする。
「ま、真輝にこれ以上迷惑をかけるわけには……」
「何言ってんだよ、お前、選択肢の四番を選んだこと、忘れたのか?」
 しまった。
 そう思ったが時はすでに遅い。
 何より、あの時もし、真輝が力を貸してくれていなかったら、自分は真っ黒な感情に飲み込まれていたかもしれないのだ。
「……乗りかかった船、か……これも?」
「そうだな。乗りかかった船、だ。というわけで嬢ちゃん。いいだろ? こいつ、生きてても」
 少女もどこかきょとんとしているように見える。
 最初に彼女と出会ったときの殺気は、まったくといっていいほど感じられない。
『羽根が現れた情報が入ったら、知らせるたる。自分たちで何とかできへんかったら、その場でその男を狩る。それでええか?』
「責任問題……ね」
 少女はそれだけ言葉を残すと、店を去ろうとした。そんな彼女を真輝が
「嬢ちゃん!」
 と引き止める。
「ファー、赤ペン貸して」
「赤ペン?」
 ファーがカウンターにおいてあった赤い油性ペンを渡すと、真輝はすぐに少女に近づく。
 鎌も持っておらず、空いている彼女の手を取って、その真っ白な手のひらに赤ペンで大きく花丸を一つ。
「俺があのままトンズラする可能性もあったのに信用して羽根貸してくれてアリガトな」
 ぽんぽん頭を叩くと、少女は無表情に真輝を見上げた。
「……名はスノー」
「え?」
「嬢ちゃん、ではなく、スノー」
 少女――スノーは鎌を握りなおし、いつまでも握られたままの片手から真輝の手を払うと、振り返り、そのまま店を立ち去った。
「あの子、なかなか面白い子だな」
「……花丸書かれて、怒っていたのではなくて?」
「そんなことないさ、花丸もらって喜ばない子供はいない」
「……そういうものか」
 ファーが関心したようにつぶやく。
「ファーもほしいか?」
「いやいらない」
 真輝の言葉を最後まで聞くか、聞かないかというタイミングでの、早い否定。
「そう、遠慮するなって」
 しかし、強引に手を取られ、右手に油性ペンで花丸を書かれる。
「真輝っ!」
「――お前の答えも、大正解、だ」

 言われた一言に、思わず目を丸くする。

 ファーの出した答え。
 それは……

「たった一人でがんばるよりも、二人でがんばったほうが、うまくいくこともある」


 誰かを頼りにするという、大切な気持ち。




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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖嘉神・真輝‖整理番号:2227 │ 性別:男性 │ 年齢:24歳 │ 職業:神聖都学園高等部教師(家庭科)
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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「漆黒の翼で」シリーズ最終話の発注、ありがとうございました!
ライターのあすなです。真輝さん、最後までお付き合いいただき、本当に本当に、
ありがとうございました!

うっかりスノーに羽根を預けさせ、戸惑われたご様子でいらっしゃったのですが、
本当に申し訳ありませんでした(滝汗)しかし今回のプレイングを拝読させてい
ただいて、真輝さん、本当に素敵な方だなと思いました。真輝さんに支えていた
だけてうちのだめだめファーが一つ、成長したように思います。

ぜひまた、機会がありましたらどこかでお会いできること、楽しみにしておりま
す。お気軽に、紅茶館「浅葱」に遊びに着てください。ご来店、心よりお待ちし
ております。
それでは失礼します。この度は、本当にありがとうございました!

                           あすな 拝