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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 漆黒の翼で2 - 夜想曲 - 】


 つい先ほどまで、ここの空き病室には一人の青年が姿を見せていた。
 もともと空き病室だと言っているのに、青年がいたなんて言ったら、表現的には間違っているかもしれないが。
 確かに、空き病室に一人の青年を匿っていたはずだ。
 雇い主であるお嬢さんの相手を終えて、少し彼の話でも聞こうかと思っていたのだが
「……帰ったんですか……」
 姿はどこにも見当たらなかった。
 ベッドやその他のものも綺麗に片付けてあって、使った痕跡すら残していない。本当に彼がここにいたのかということさえ、疑いたくなってしまうほどだ。
 帰ったのなら、もうかくまう必要もなくなったのだろう。
 いや、彼はここにいただけで、解決になるような行動は、一つも取れなかった。
 何一つ解決していないと言うのに、彼はこの部屋を飛び出し、どこへ行ったというのだ。
 どこへ行っても――あの少女の魔の手があるだろうに。
「わけもわからず、問答無用で襲われた。少女に言わせれば、人の害になる存在」
 匿っていた男、ファーと少し話をしたのは昨夜のこと。
 彼は本当に少しだけだが、自分のことについてと、追われた経緯を教えてくれた。

 過去の記憶のほとんどを、失っていること。
 異世界から来たこと。
 たぶん、人間ではないこと。
 突然終われる羽目になったこと。

 理由は――わからないこと。

 嘘を言っている瞳ではなかった。話をしている最中、一度も目を反らすことはなかったし、何より嘘を言うような男には見えない。
 幇禍は彼が腰をおろしていたベッドに近寄り、同じように腰をおろした。
 そのとき。
「ん?」
 尻に当たる、不快な感触。何かの上に座ってしまった証拠。
 首をかしげながらそこをどき、布団をめくってみるとそこには――
「……忘れもの、ですか」
 幇禍は苦笑をもらしながら、彼を想像するとなんだか似合わない、かわいらしい猫のキーホルダーがついたカギを拾い上げた。
「こんなものを落として、後で困るでしょう」
 この時間からの外出なんてしたくないし、関わらなくてよくなったのだから、これ以上首を突っ込む必要も無いというのに。
 幇禍は病室を後にした。
 忘れもの。
 なんてわかりやすい口実を作ってくれたものか。
 本当は心のそこで気になって仕方がなかった彼のことだが、気にするなという自分もどこかにいて。
 そんな迷いを吹き飛ばす――この上ない口実。
 忘れものを届けるついでに、様子を見るのは不自然なことではないはずだ。

 ◇  ◇  ◇

 深夜に行動を取ることは、幇禍にとって昼に動くこととさほど変わらないほど、慣れていた。今の仕事につく前は、夜にばかり行動を取っていた。そのせいだろう。
 夜目も効く。外灯が照らしていないこの小路でも、まったく問題は無い。しかし、先ほどからかなり歩いているが、どうも見当たらない目的地。
 ファーが働いており、家としても使用しているのは、紅茶館「浅葱」という紅茶専門店だそうだ。場所は聞かなかったが、大通りでそんなものを見たことは無いので、大通りから少し入った場所なのではないかと予想し、こうして歩いているのだが。
「せめて明かりがついていれば、わかりやすいのですが」
 明かりがついている家は一つもない。それもそのはず、時間が遅すぎる。
 この小路にもないと判断しようとした、そのとき。
 一つの店の前で、座り込んでいる人影を見つけた。
 目を凝らしてその人影を見つめると、背中に「人」ならぬ証拠が確認できる。
「ファー」
「っ!」
 身を跳ねさせるように立ち上がると、真紅の瞳がこちらを捉えた。しばらく幇禍の姿を疑うように見つめると、「……どうして?」と小声で疑問をもらす。
 そのころにはもう、ファーのすぐ近くまで歩み寄っていた幇禍。その手に持ったカギを差し出しながら、
「忘れものですよ」
 心底すまなそうな顔をしたファーを、見つめていた。
「……こんなものを忘れるとは、まさか思いもしなかった……」
「中に入れないのでは?」
「いや、もともと飛び出してきたから、カギをかける暇なんてなかった」
 ではなぜ、ファーは外にいたのか。
「……このまま生きていてよいのかどうか、考えていた」
「外で?」
「ああ。風が気持ちよくて」
 確かに今夜は、夜風が冷たすぎず、暖かすぎず、心地よく駆け抜けている。
 幇禍は自分に背を向けて、夜空を見上げながらそう言ったファーを目で追った。表情さえ見えないが、困惑がいっぱいに背中から感じ取れた。
「人の害になるという言葉が、気になっているのですか?」
「ああ。もともと異世界からきている人間が、この世界の人間に迷惑をかけるなんて、とんでもない話だと思わないか」
 この世界に生きる資格が無い。そんな風にまで考えてしまう。
「――人というのは記憶の集合体です」
「え……?」
 ふと、幇禍が口にした言葉に、背を向けていたファーがこちらも向く。
「それまでの人生で培ってきた経験、性格、他人との繋がり、人々の自分に対する記憶と感情。それら全てが纏まったものが自分という個だと思います」
「……幇禍?」
「俺にとって記憶が無くなる以前のあなたはあなたでは無い」
 出会ったのはつい先日。
 そのときの彼は、ただの――ただの……。
「危険を齎すかもしれない正体不明な記憶喪失の青年ではなく、少々変り種の、紅茶館のただの主です」
 別に励まそうとか、生きてほしいとか、そういう感情が沸いたわけではない。
 ただ、自分の心情をあるがままに伝えたまでだ。
 あまり納得できていない、けれどどこか安心したような表情――つまりは、複雑なものを抱えた瞳で、ファーは幇禍をまじまじと見る。
「それでも割り切れないのであれば、どうしても知りたいのであればあの危険なお嬢さんの元に理由を聞きに行きますよ」
「いや、だが……」
「納得できていないし、割り切ることもできないと、表情をしてますが?」
 図星だった。
 間違え一つ無い指摘に、言葉を詰まらせたファー。
「……そんな危険なこと、頼んでも良いのか?」
「別に、かまいませんよ」
 幇禍のその言葉を聞いたとき、ファーは深く頭を下げ「頼む」と、一言口にした。

 ◇  ◇  ◇

 ファーが店の中に入っていくのを見送ると、幇禍は夜道を大通り方面へと足を進めた。
 狭いところよりも、広いところで話をしたほうがいい。
 間合いを詰めるなら狭いところのほうがやりやすいが、どうにも少女に体術は効かない。そうなると、もしも戦う羽目になったときに、遠距離戦に持ち込むためにも、なるべく広いところがいいだろう。
 選んだ場所は、大通りの途中にあるイベントなどが行えるようになっている広場。
「――どうせ、近くで見ているのでしょう。出てきたらどうですか?」
 うっすらと正面から感じ始める気配。今まで完全に殺していたものを、徐々にこちらに感じさせているのだろう。
 先日感じた殺意も一緒に感じられるかと思ったが、それはまったくと言っていいほど、こちらへは届かない。
「……私との接触を試みていた……あの男の話を、聞きに来たの?」
「その通りです。彼が納得できる理由を教えていただきたく、きました」
「そう……」
 公園の外灯の下。ちょうどそこで足を止めた少女は、その深い緑の瞳をじっとこちらへ向けている。
 表情はない。凍りついた無表情を貼り付けて、幇禍を見すえる瞳に感情も感じられない。
 完璧なポーカーフェイス。
 いや、もしかすると、ポーカーフェイスで隠しているのではなく、感情というもの自体、彼女に無いのかもしれない。
『話してやったらええやん。そしたら、ターゲットにも伝わるやろ』
 少女の姿がはっきりと見えると、その手に持っている大きな鎌も一緒に姿を現した。
 スノーのものではない、もう一つの声。もしかすると、その主は――
『俺はスノーの一部であり、最大の弱点であり、強みでもある鎌や。スノーは話すの下手やから、俺が説明したる』
「やはり、鎌が弱点でしたか。そんなこと、敵に教えていいのですか?」
『……目的は交戦やない。いつまでも追いかけっこしとっても、解決せんからな』
 なるほど。一理ある。
 早くに決着をつけたいのなら、ファーの味方をしていると言ってもおかしくない幇禍は邪魔だろう。
 だとしたら、彼がどれだけ危険なのかを説明し、説得し、邪魔を追い払ったほうが楽だ。
 関係ない人物を殺す必要も無い。
 しかし、嘘で真実を隠されてしまったら、幇禍は判断する材料を持ち合わせていない。
「――真実を語ると、約束しますか」
『当たり前やろっ!』
 疑いの言葉に返ってきた、関西なまりの不機嫌。それを制するのは静かな少女の声。
「疑って当たり前。でも、判断してほしい」
「俺がですか?」
「そう。殺すべきなのか、このまま味方をするべきなのか」

 ◇  ◇  ◇

『どこにでもある堕天使の伝説は知ってるな?』
「……堕天使?」
『ファーはその伝説となっとる堕天使の一人だ。こことは違う異世界に天界っつーところがあって、そこで裏切りにあい、地上に堕とされ、そして――』
「人を殺すことに快楽を覚えた」
 そこまで言うと、少女が一枚の羽根を見せた。
 小さな手のひらいっぱいに広がった羽根は、見たことのある漆黒だった。
「翼を失ったのは――完全に天使として追放されたから」
『だが、なぜか片翼を取り返した。でも、もう片翼は取り返せなかった。その片翼が、今、スノーの持っとる羽根なんや』
「この羽根にはあの男が殺戮を繰り返していた時の記憶と、感覚、感情などが全て詰め込まれている」
「そんなことを……」
 信じられなかった。ほんの少しの時間を共有しただけだが、決して人を殺すような感情を持っているようには見えない。
「全てをこれに封じ込めた。けれど、この羽根には意志があり、主人であるあの男のもとに戻ることを望んでいる」
『それが戻ってしもうたら、封じられている全てが開放されて、殺戮者に戻ってしまう』
「だからその前に狩る。必ず彼は人の害になる」
 堕天した天使。
 強い憎悪だけを抱えて、人を殺すことでその憎悪を晴らして生きていくしかなかった。
「その羽根を消すことは、できないのですか?」
 そんな堕天使だったときの記憶が込められた翼さえなければ、彼が再びそれを繰り返すことはない。
「一度――消された羽根。しかし、異世界からこの地へ来た彼と共に、再び羽根はこの地へ現れた」
『何枚に散ったかわからないから、羽根を消して歩くよりも、本体を狩ったほうが早いと判断したんよ』
「一枚いちまいに、全ての記憶が?」
「一枚消えれば、一枚現れる。記憶の全てを持って。厄介な羽根」

 羽根を全て消すことは、もはや不可能。
 彼が、殺戮を繰り返した日々を思い出さないためにも、その前に殺さなければいけない。

『しかもこの羽根、厄介なことに無力な者に触れると、力が解放され、殺戮者であったときのあの男が身体を乗っ取る』
「堕天使――ルシフェルとして」
「なるほど……彼本体さえここにいなければ、羽根が現れることも無い。羽根を消すのは不可能に近い。だとしたら、彼を狩る。理屈が通ってますね」

 この理由全てを伝えたら、彼はどちらを選ぶのだろうか。
 この理由が、彼にとってどう「納得」できる事実なのだろうか。

 伝えるべきではないのではと、思わずにはいられないのはなぜだろうか。

「……ファーに、このことを伝え、その先のことは彼に判断させます。彼の命だから、俺がどうこういう筋合いもないでしょう」
 少女にそれだけを伝えると、彼女からの答えを待たず、幇禍は紅茶館「浅葱」へと、身を翻した。



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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖魏・幇禍‖整理番号:3342 │ 性別:男性 │ 年齢:27歳 │ 職業:家庭教師・殺し屋
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、発注ありがとうございました!
幇禍さん、再びお会いできて嬉しいです。ライターのあすなです。
「漆黒の翼で」シリーズの第ニ話目、いかがでしたでしょうか。

前回とは打って変わって、会話ばかりで戦闘なしの内容となりましたので、物足
りなさが幇禍さんに残ったのではないかととても心配です(^^;
プレイングを拝読させていただいて、忘れ物を本気でパンツにしようかと思った
のは、ここだけの話しです(笑)

楽しんでいただけたら、大変光栄に思います。
また、最後までお付き合いいただければ幸いです。最終話への参加、心よりお待
ちしております。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!また、お目
にかかれることを願っております。

                           あすな 拝