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<東京怪談ノベル(シングル)>


身体を離れて。

 風野時音は歌姫と一緒に育てている赤子の誘拐事件について、実のところ知っていた。だが、度重なる人間が組織した対超常現象警察機構との戦いで、肉体をかなり傷つき、出るに出られなかったのだ。此は時音にとって苦しいことだった。
 赤子が誘拐される瞬間は感じていたが、別の部屋で今の件の師匠の言いつけにより絶対安静になっていた。
 ――心だけでも!
 彼は、精神の一部をその場に飛ばす。時空跳躍的念施術だ。その場面を狙撃手のように見る事が可能である。しかし殆ど使うことのない術だった。
 赤子のお守りをしていた妖狐の少女が蹴り飛ばされ、赤子を手に取るとき、殺気を放ってしまう。相手も其れに気が付いたのか……、
「見張りが居るか? しかし無力だな? その怪我では動けまい」
 相手はまるで時音の様態を知っているように喋ったのだ。
「己が運命を呪うがよい、退魔剣士の神よ」
 謎の存在は、赤子を持って去っていった。

 兄弟子達が赤子を救いに向かうことを歌姫から聞いて、
「僕も行かなきゃ……くぅ」
「………」
 歌姫は首を振る。
 無理をしないでと言う辛い表情をしている。流石に時音は、
「分かった……あの人達を信じるよ」
 身を起こすも激痛で動けないし、動けたところで、師の使った彼の持つ神の力の『封印』術を破ることは出来ない。また、人と神の差を此処で思い知らされた。

 いつでも居殺せる暗殺者のように遠くから念視をする時音の眼には、神の使う剣を操る少年と和服姿の女性が、闇の中で謎の存在と会話していた。
 「近い未来にこの赤子は自分たちを殺す」という危険性を訴えており、2人の剣士は「その危険性をなくす事を保証する」ことで戦闘を回避し、赤子を取り戻すことが出来た。しかし、狙撃手のように遠くから見つめる時音には敵の考え方が許せなかった、心が殺気立つ。
 ――〈危険と判断したから今の内に殺す……可能性あるから追い殺す〉事は危険な考えだ!
過去の戦いで幾度かそう言った考え方を持った敵も味方もいた。それらの辿った先はやはり魔の道だったのだ。それは危険極まりない。赤子がそれだけで殺されることも、その自己中心的な考えも……。
 敵の存在が、退魔と魔の境目に位置し、その均衡を保っていると言う存在らしいが、時音から見ればこれらが自分の時代で起こる戦争の“発端”なのかもしれないし、心だけでもあの連中と差し違える気であった。だが、兄弟子にあたる少年剣士は、時音の心が居ることを知っていたようで、
 ――早まるな。穏便に済ませたい。
 と、時音の心に訴えたのだった。
 流石に、常時己の心で神の力を制御している者の言葉は奥深い意味があった。もし、ここで戦いになると言うなら、赤子が敵に取って危険になる者になりかねない可能性を示唆し、更に悲しみを繰り返すだけだという事を含んだ言葉だったのだ。
 ――なら、一言、彼らに言わせて下さい。
 時音は兄弟子に頼んだ。

 赤子が無事保護された瞬間、敵は姿を消していく。しかし、時音の心は其れを追った。
「何用だ? 退魔剣士」
 ――言いたいことが一つだけある。
「?」
 ――未来は変動して分からないものだ。それだけで命を殺めるのは、知りもしない者を自分達の都合で、調和を名乗り追い殺す。それは、高い箇所から人を見つめ災害を増やす冷たい理屈だ。
「ほほう、しかし我らの立場は魔と人の狭間で調和するもの。手段を選ばん。魔の汚いやり方、人の優しさを“使う”事に何の異論がある? それが我らの役目よ。今お前の“姿”も、下手をすればお前の言った“冷たい理屈”になぞられてしまうぞ」
 ――それは、……。
「ではなにか?」
 ――僕は……一つの未来を知っている。そしてそれを体験した。あなた達がその手段で身の破滅をして欲しくない。誰も……誰も戦い失いたくない。あの子や歌姫も……。だが、約束する。どういう事があっても、あの子は正しく育てる、と。
「……なるほど。……わかった……」
 相手も時音もそれ以上何も言わず、去っていった。
 


「アイツらの言っている事になると言うなら、封印はやむなしか」
 兄弟子が、赤子が備わっている可能性〜元から彼女は退魔一族の力を有しているため〜を封印し、姉妹弟子の神社にて封印石は預けられる。今回の謎の存在との交わした約束だ。
 赤子は歌姫に抱かれている。
 彼女は急いで、時音の元に向かった。
 ――時音さん……無事に……戻ってきました。
 彼女の顔は、そう告げていた。
 丁度赤子は眠っていた。
 時音は、少し身を起こし、赤子を抱いた。
 命のぬくもりを感じ、運命という糸は思い叶えば、常に繋がっていることを信じて、微笑む時音だった。