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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


闘強鵜飼団


 不思議というよりも奇妙なカキコがゴーストネットOFFの掲示板の片隅に踊っていた。そのネタはいつのまにか「闘強鵜飼団」と総称され、妙な人気になっている。夜な夜な東京の川辺に出現し、毎日場所を変えながら活動している謎の鵜飼集団らしい。普通、鵜飼といえば長良川だ。しかし、最近では東京にもいるらしい。目撃者も存在する以上、おそらく下手なジョークではないだろう。
 雫は最初、本当にこんなものが存在するわけがない、くだらないとカキコを削除しようとした。しようと思ったのだが、ついつい別のカキコを確認しているうちにそれを忘れてしまったのだ。そして翌日になってそれを思い出し、改めて削除しようと該当の掲示板を開くと……たった一日で目撃情報や構成員の服装などの情報が出るわ出るわ。ついには即席のパーティーを組んで連中を探そうとオフ会を企画するほどの人気になってしまっていた。ここまで盛り上がってはさすがの雫でもどうしようもない。だが、名前だけ見ると本当につまらなさそう〜なネタだ。消したくて消したくてたまらない。そこで雫は解決してくれる人間を集めて特集記事を書けるくらいの情報を集めさせ、それを掲載することでそのネタを終結させることを企んだ。

 『闘強鵜飼団追跡隊、参加者大募集!』
 現在、ゴーストネットでホットな話題になっている東京都内の河川に毎日どこかに出現するという「闘強鵜飼団」という謎の集団を探し出し、その活動内容や構成人数を明らかにして下さい。名前から推測するに「闘って強い集団」ですので、下手に相手を刺激すると大変なことになるかもしれません。取材をする場合はある程度の危険予知をしてから行うなど、細心の注意を払って下さい。なお集まった情報は特集記事として掲載させて頂きます。

 ゴーストネットにこのような記事が流れて、掲示板はさらに闘強鵜飼団の話題で持ち切りになった。雫にしてみれば面白くない方向に話が転がったのだが、おかげで有力な情報がいろいろと入ってきた。鵜飼団の行動はある程度の法則があるらしく、次はどこに出てくるかが予測できるようになった。突撃取材を敢行するパーティーにとっては有力な情報だ。雫は一応それを取りまとめ、本当に名乗り出る人々のためにプリントとして用意した。記事を作るためなら多少の犠牲は仕方がない……そんな気持ちで彼女は動いていた。そして早く彼らを取材する勇者たちが来ることを祈り続けていた。


 掲示板はインターネット上に存在している。これを闘強鵜飼団のメンバーが見ないはずもない。自分たちのことが大きな話題になっていることを若い団員から聞かされたリーダーは困った顔をする。他の団員たちも揃って渋い顔をしていた。

 「まずいっぺ〜、せっかく東京進出をしたのにぃ、これはまずかっぺ〜。」
 「わしらの秘密、バラされると何かとやりにくいっぺよ。源さん、こりゃなんとかせんと……」
 「やむをえんのぉ。バレそうな時はこいつらの餌にでもすっぺか?」
 「せじゃせじゃ、それがええ。」

 いつも商売道具に使っている鵜を膝に抱きながらそうつぶやく中年の男。他のメンバーも鵜の毛並みを整えながら同じような顔を並べる。どうやら彼らは活動内容を衆目に晒されると困るようなことをしているらしい。いったい彼らの正体とは? そして彼らの目的とは? 雫の想像を超える『闘強鵜飼団』の実像が、今明らかにされる……


 噂の真相を解明してほしい雫がいつもいるインターネットカフェを覗いてみると、すでにシオンと話をしていた。彼女は一生懸命に話す彼の相手をしているが、それが終わるたびに渋い顔や腑に落ちない顔をする。どうやらシオンが考える『闘強鵜飼団』像を話し合っているようだった。

 「ボランティア集団? それはないんじゃないの〜?」
 「だったら……新手のニュー感覚アイドル集団とか。」
 「確かにどこの事務所も考えそうにないけど、どこも話題にしそうにもないような気がするんだけど……」
 「じゃあ鵜を洗脳して世界征服を狙う秘密結社とか、鵜を使った大規模スリ集団とか。」
 「……意外と発想力豊かね、シオンって。」

 オートクチュールの服を着た凛々しげな男性という外見から大幅に遠ざかる鵜飼団予想を披露するシオン。これでは道端のオッサンに質問してるのと何も変わらない。それを聞かされる雫はますます調査の重要性を深めていくのだった。すでに調査に参加するという人間にはちゃんと出現予想地点を連絡してある。ここに立ち寄らずとも、そこに行けば全員が顔を合わせることになっているのだ。シオンもその時間になったらそこに向かうだろう。彼の予想は尽きることがないようで、次々と真相に向かって妄想だけが突き進んでいく。

 「鵜を使ってペットブームを巻き起こすとか、鵜を使って非合法な賭博をやってるとか、鵜の楽園を作るための下調べとか……実は鵜の競売とか?」
 「なんで河原でそんなことするのよ。目立つじゃない!」
 「鵜はすべて着ぐるみとか……」
 「妄想する暇あったら、さっさと行きなさいよっ! どうせ暇なんでしょ! ちゃんと報告書できたらささやかな原稿料くらいあげるから!」
 「おお! じゃあ潜入捜査に行ってくる。」
 
 今までさんざん自分の予想を披露していたシオンだったが、金の話になるとさっそく予想地点に行く準備を始めた。とはいっても、彼の側には大きめのリュックサックしか置いていない。しかも中身は空っぽのようで、軽々とそれを担ぐ。雫はそれを見て不思議に思ったのか、自分に背を向けたシオンに向かって聞いた。

 「あれ……それ何よ。何に使うの?」
 「いや、調査はちゃんとするから気にしないでくれ。」

 そう言って背を向けたシオンは、雫の見えないところで急にニヤリと笑った。実は彼、今回の調査のドサクサに紛れて鵜を一匹でも失敬する計画立てていたのだ。魚を飲み込まず飼い主に吐き出すお利巧な動物である鵜は、彼からすれば神のような存在である。河原でいつものように昼寝や編物をしてるだけで食料には苦労しないという……なんとも最高のペットだ。垂れ耳のウサギちゃんは魚は食べないだろうが、シオンは魚を食べるから問題はない。もしかしたら魚だけではなくいろんなものを飲みこんで吐き出す鵜なら……そう思うと気が気ではない。雫の元をステップを踏んで逃げるように去っていくシオンの様子を、少女はいぶかしげな表情で見送ったのだった。


 夜がやってきた。ここは東京都内から少し外れた所にある大きな河原。真っ暗になったそこには、すでに数人の人影がぼんやりと映っていた。雫が終結させた調査部隊が、今ここに揃ったのだ。長身でがっしりした壮年男性が彼らの中心に立ち、懐中電灯で足元を照らしながら鵜飼団の到着を待っていた。彼の名は藤井 雄一郎。彼は両脇に控える未成年たちの親代わりを買って出たのだった。とはいっても、隣にいる包帯だらけの少年は、見かけだけなら二十歳に手が届きそうなほどの年齢だ。彼は新座と名乗ったが、実際に雄一郎が話を聞くとなんと若干14歳というではないか。中学生でこの時間に探検とはよろしくないと、反対側にいる小学生の鈴森 鎮もひっくるめて面倒をみているというのが今の状態だった。ところがこの即興お父さんが同じように年齢を聞くと、彼は497歳くらいと答えた。雄一郎は親指を立てながら「ナイスジョーク」と言って豪快に笑ったが、鎮はウソをついてないぞとちょっと怒っていた。こんなデコボコトリオが今回の調査団なのだ。
 遠くから光が見えてきた。どうやら河原に向かってきているようだ。すでに鵜を放し、作業を行っているようだ。船は3隻ほどあり、その両側にはかがり火が焚かれ、水面を静かに照らしている。その様子を伺っていると、後ろからかわいらしい声が響いた。

 「あらあら、あれが闘強鵜飼団なの?」
 「ん……今度は女の子か。こんな時間に伝統漁法で戦う連中を見物しに来たのか。最近の格闘技ブームはここまで浸透しているのか……」
 「おっちゃんおっちゃん、何も相手を格闘家に限定しなくてもいいんじゃない?」
 「それよりあんた……………いくつ??」

 新座は鵜飼団の接近よりも後ろから現れた女性に興味があった。しかも名前よりも先に年齢を確認するあたり、その風貌には相当なものがあるらしい。彼女はその質問に嬉しそうに答える。

 「あら、あなた……私のこと、いくつに見えるの♪」
 「まぁ……このおっさんが子ども扱いするんだから、大学生くらいかな。実はもっと年とってるのかもしれないけど。」
 「最後の一言は余計ね……ま、いっか。私は大神 マリア。こう見えても主婦なのよ〜。旦那も息子も夜はお仕事で忙しいから遊びに来ちゃった♪」
 「まるでこの集まりって家族みたいだな〜。じゃあ、おっちゃんがお父さんで、おばちゃ」

 そこまで言いかけた時、マリアの額に青筋が立った。そしてさわやかな笑みを鎮に向けながら彼女は矢のような早さでツッコむ。

 「え、なんか言った???」
 「おっ、お……………お姉さんが、お、お母さんかな〜〜〜。」
 「そうね〜、そういう偽装で情報を聞き出すのも面白いかもしれないわね〜。」
 「お、お兄ちゃん、新座お兄ちゃんもおっちゃんも気をつけようね!」
 『ぎゃおぎゃお。』
 「ぎゃお、俺より先に納得するな。まぁ、ともかくよろしくな。」

 鎮のお兄ちゃん役となった新座は、今日たくさんのペットを連れていた。腕には白蛇で美しい翼を持つケツァ、足元にはメタリックな姿が魅力的な怪獣のぎゃお、そして今回は鵜飼団調査のために友人からこっそり無断で借りてきたペットの狗鷲が左手に乗っていた。そんな彼らも鵜飼団の接近に気づいたようで、それぞれに視線を向こうに送っていた。しかし新座が近づいてくる船を見ると、急に怯え出すではないか……

 「うっ! あ、あれってもしかして……火か!?」
 「どうした、新座くん! しっかりするんだ!」
 「なんか揺らめいてる……あれって間違いなく……間違いなく火だ……」
 「そーお? 火にしてはやたらと明るいんだけど、気のせいかしら? 最近って、あの装置にライトを仕込んだのってあるわよね〜。しかも鵜飼団の船って木造だから、倒れて火事になったら厄介じゃない。そういうの使ってても不思議じゃないと思うけどぉ?」

 マリアがそっけなく答えると雄一郎はどこからともなく双眼鏡を取り出してそれを確認する。すると新座が火の揺らめきだと思っていたものは送風機の風が赤い布を動かしているだけだった。確かにマリアの言う通り、彼らは光度の高いライトを使って周囲を照らしているだけのようだ。えんやこらの掛け声がどんどん近づいてはいたが、お父さんは兄を安心させるために肩を叩きながら説明する。

 「大丈夫だ、新座くん。あれは作り物だよ。もっと近づいたらわかるぞ。しかし……それ以外は普通の鵜飼集団にしか見えないな。腰蓑はつけてるし、帽子はかぶってるし、鵜は水面でバタバタしてるし。」
 「そのまんまじゃん!」
 「そのままだったら面白くもなんともないわねぇ。息子に自慢できないじゃないの。」
 「俺、おかーさんがなんか起きることを楽しみにしてるのか、なんか起こして楽しみにしようとしてるのかが気になるね。」

 思ったことをすぐ口にする素直な偽装家族の視線は接近してくる鵜飼団に釘付けだ……活動している阿呆に見る阿呆をじっくりと草間の影でコソコソ観察している女子高生がいた。彼女はすでに右腕にドリルを構え、見物人に危険が及んでも大丈夫なようにずっと前から潜んでいたのだ。彼女の名はドリルガール。またの名を銀野 らせん。今回の取材班を影で支えるため、一生懸命にキーボードやマウスを操作してこの場所を割り出し待機していた。そんな彼女は魔法の力で変形したバイザーで鵜飼団の存在をチェック中だ。

 「あそこの親子連れはいいとして〜。鵜飼団は総勢22人と34匹。ペットは全部鵜なのね……メモメモっと。でもなんであんなに船同士がくっついて動いてるんだろ。ちょっと接触しただけで大惨事になるじゃない。変なの。」

 「だいたい20人くらいか。悪さしているようには見えんが……」
 「じゃあ俺が行って聞いてくるよ! 名付けて『田舎のおっちゃん、子どもに親切』大作戦〜!」
 「弟、任せろ。ダメだったらぎゃおたちで威嚇するからな。」
 『ぎゃおーーー、ぎゃおーーー!』

 家族の期待を背負って、まずは鎮が鵜飼団の近くへと駆けていく。らせんも鵜飼団ではなく子どもに視線を飛ばした。そして彼が陸の境に近づくと、一斉に鵜が鎮の方を向くではないか! あんまりびっくりした鎮は一瞬だけ耳とヒゲと尻尾が飛び出した!

  ずざぁぁぁぁーーーーーっ! ぎょろっ!!

 「んきゅっ! な、な、なななななななっ! なんだこいつら! ビックリしていろいろ出ちゃったじゃないか!!」
 「しず〜〜〜ぅ、どうする〜〜〜? お兄ちゃんと代わるか〜?」
 「まだ何にもしてないってば!」
 「いいのよ別に〜〜〜。私たちに任せても〜〜〜。」

 暖かい言葉を一身に受け、鎮は34匹の鵜とガンつけ合いながらさっそく作戦を実行に移す。

 「おっちゃん、そこで何やってんのーーー?」
 「わ、わしらか? わしらは鵜のトレーニングやっちょる。」
 「んだんだ。わしらは全日本鵜飼連盟に所属するチーム名『闘強鵜飼団』だぁ〜。怪しいものじゃなかっぺ!」

 団員がそう言うと、今度は鵜が同じに二度首を縦に振った……ある意味で最強とも思える鵜飼団を目の前にさすがの鎮も額に冷や汗を垂らし、冷めた笑いを振り撒きつつも作戦は続ける。鎮は先制パンチを食らったせいか精神的な余裕が削られ、少しそわそわし始めた。

 「そったら小さい子どもがこんな時間に何しとるーーー。」
 「俺だけじゃないよ、お父さんもお母さんも兄ちゃんもあっちにいるよ。おっちゃんたちを見たいからってお願いして、ここまで連れてきてもらったんだよ〜。」
 「源さん、結構わしら有名じゃのう……今日もやんにくいのぉ。」
 「確か新入りがおったのー。小奇麗な中年が。あれにあることないこと言わせたらいいっぺ。子どもだから納得したら帰るっぺよ。」
 「そったらさっそくやらすべ。シオンよ〜〜〜、説明したってくれ〜〜〜。」

 そんな声に呼ばれて出てきたのは、昼間に雫と話をしていたシオンだった。彼はさっそく頭の中で必死にありもしないウソを考え始める……実は彼も、そんなに鵜飼団の内情を知っているわけではない。だから、わざとここで無茶苦茶なことを口走ることで団員に正確な情報でツッコませようとシオンは考えていた。ご指名に預かった彼は鎮に挨拶する。

 「よぉ、坊主。闘強鵜飼団ウキウキ相談室のシオンだ。」
 「んだんだ。」

 さっそくでまかせを言ったシオン相談員だが、隣で数人の団員が頷くのを見て固まった。鎮との間に寒い風が吹き抜ける……

 「ちょっと待ってくれよ、坊主。」

 彼が短く鎮に断りを入れると、隣の親父を捕まえて小声で話し出した。

 「そんな部署、本当にあるんですか?」
 「3号艇に乗ってるシゲさんがやっちょる。」
 「あ、ああ……オッケー。じゃあ坊主、いってみようか。」

 鎮と同じようにペースを崩されたシオン。この調子だと、これから何が起きても不思議ではない。自分の最終目標を意識しつつ、彼は早めの裏切りを計算し出すほど焦っていたのだ。そこに鎮の素朴な質問が飛びこんでくるのだからたまらない。

 「こんなに暑いのにどうして東京に来たの?」
 「ちっちっち、甘い甘い……ってさ。別にあなたたちまで同じポーズで動かなくてもいいんじゃないですか??」
 「この一致団結さが闘強鵜飼団のセールスポイントだべ〜。」
 「んだんだ。」
 「まぁ、そういうことだ。」

 まったく返答になっていないままキャッチボールを続けようとするシオンだが、相手が純朴な子どもの振りをしていることが幸いした。鎮はそれを飲み込む前に勝手に頷き、さっさと次の質問をするからだ。彼はホッと胸を撫で下ろそうとするが、そのアクションを監視している周囲の目を気にして手の動きを止めた。

 「でさ、でさ〜〜〜。おっちゃんたち、これから何かするの?」
 「というかね……やってた。」
 「あっ、過去形だ! お兄ちゃんたち〜〜〜、なんかわかりそうだよ〜〜〜!」

 鎮が仮の家族に手を振って呼びかける。彼がいきなり家族を引っ張り出してきたのは、もちろん鵜飼団の活動を全員で確認するためだ。3人は顔を合わせてひとつ頷くと、ゆっくりと土手の中腹から歩き出す。彼らがここにやってくるまでにそんなに時間はかからない。傍聴人があっという間に4人に増えたところで、後ろにいた団員がシオンに耳打ちをする。

 「適当にごまかせばいいぞ。」
 「ああ、わかってますって。慈善事業の部分だけ紹介したら帰ってもらいますよ。」

 怪しい会話で盛り上がっているところに鎮のまぶしい笑顔が割りこんできた。シオンは詩を読むかのように、朗々と語り始める。

 「うちは川に沈んでる人間の財産を回収してそれを修復して収益を得ている営利団体なわけだ。でも、ブルドーザーなんて無粋なものは使わない。全部鵜にそれを飲みこませてゲーゲー吐かせるというクリーンなエネルギーを使っているんだな、これが。」
 「ちょっと待てよ〜。俺が調べた鵜はそんなことできないぞ。魚程度しか飲み込めないって……書いてあったぜ。」
 「でもさっき……川底に沈んでた1円玉も飲みこんで吐いてたぞ?」
 「えっ、マジで!?」
 「いや、これは見てたから本当。」
 「スゴいペットだな、そりゃ……」

 割って入った新座だったが、さすがにこの回答には驚く。魚だけでなくさらに小さなものまでゴックンせずに吐き出すウルトラスーパーな鵜がこの世にいるとは。これにはマリアもらせんも納得の頷きを見せた。が、言葉だけではどうも納得がいかないのが壮年の固い頭。みんなのお父さん・雄一郎が代表して疑問を呈する。

 「そんなもの、目の前で見せられもせずに信じられるかっ!」
 「じゃあ……やらせてもいいですか? ああ、いい。わかりましたよお父さん。」
 「お前にお父さんと呼ばれる筋合いはないっ!」
 「そういう意味じゃなくってさ、旦那さん。今からこの自慢の鵜に実演させるからよく見ててねってこと。さてここから取り出したるは見ての通りただの箸……」
 「あら、ご自分の箸を毎日肌身離さずお持ちなのね〜。立派な心がけだわ。うちの息子と大違い。」
 「なんだ、あんたの息子はすぐに箸をなくすのか? そりゃ箸代がバカにならんな〜。娘たちにも気をつけるように言っておかないといかん。」
 「……………あの、すみません。先に進んでもよろしいでしょうか?」

 雄一郎とマリアの家族トークが炸裂する横でずっと気を遣って待っていたシオン。ふたりは自分たちの共通の話題で楽しんでいたことに気づき、頭を掻きながらシオンの持つ箸に注目した。
 準備が整ったところでシオンがその箸を鵜の近くに持っていった……手が震えているところを見ると、彼は実際にこれを試すのは初めてのようだ。少しずつ汗が額から頬を伝っていく。彼のマイお箸はこれ一膳しかない。なくなったら死活問題である。きっと同情は同じ年代のふたりがしてくれるだろうが、もしゴックンした場合は鵜ごと盗む覚悟を決めたシオンであった。そして数日後、別なところから箸が出てくるのを泣きながら待つことにしようと胸に誓ったのだった。
 さまざまな思いが詰まった箸を見ながら感慨に深けつつも周囲に説明を続ける即興相談員。

 「箸っていうのは危ないんです。縦に飲みこんでもなかなか吐き出せない。でも、こういうものでもちゃんと吐き出せるんですよ。それ、飲みこみなよ……そしてすぐに吐き出す!」
 「ゲーゲー言うんだろうな〜、こいつ。楽しみだな、ケツァ。」

 新座が喜びながらそのシーンをペットたちと共に見ている。そしてご指名を受けた鵜が箸を口先でつかんでゴックン飲みこんだ……


 その時、周囲に衝撃が走った。
 鵜は……喉の途中で箸を横に詰まらせた。長く伸びる首の一端だけ真一文字に広がる恐ろしいというかおぞましい光景に一同は息を飲む。

 「や、ややや、ヤバいんじゃない……おっちゃん。止めようよ、これ……」
 「お、お、お、お、お、俺の箸。真一文字に飲みこんでる……おいっ、吐き出してくれよ!」
 「くんくん。ゲーーーーーゲーーーーーゲーーーーー……………」

  んがぺっ。

 そして……出てきた。出る時はさすがにまた箸の位置を縦に戻して吐き出した。これで確かに証明された。魚以外にも飲み込めるという信じがたい事実。偽装家族もこれには驚きを隠せない。

 「ケツァ、お前はこう食べる必要はないからな。丸のみでいいからな。できれば見なかったことにしてくれると、俺は余計な心配しなくて助かる。」
 『ぎゃお?』
 「……娘には勧められないペットだな。なんか画が汚い。」
 「こんなの家でも自慢できないわ。女なのに狼少年にされるのが関の山ね……」
 「すっげーな、あらゆる意味で。ねーねーねーねー、この鵜っておりこうだね! アイスあげたいんだけど……食べるかなぁ?」
 「食べますかね、団員さん?」
 「仲間以外ならなんでも食うべ。吐き出すだけが能じゃないっぺよ。」

 その言葉を聞いたシオンが一匹の鵜を鎮の近くに持っていってやった。もちろん首にはひもがついていて逃げられないようになっている。そして緑色のシャーベットか何かをかばんから取り出すと、さっそくそれを鵜の口に持っていった。

 「おい、弟役。俺にもそのお菓子くれよ。」
 「兄ちゃんの口には合わないと思うよ。そーゆーもんだから、我慢我慢。」

 鎮は新座が鵜を羨ましそうに見ているのを無視してじっと相手が口を開けるのを待っていた。そしてパッカンとくちばしを開けたその一瞬の隙を突いて、緑色のそれをどっさり口の中に押しこんだ……すると、急に鵜が悶え苦しみ始めるではないか!

 「パペェェェェェーーーーーーーーーーーーッ! ヒィィィィィ!!」
 「ああっ、どうしたジョナサンよぉ!」
 「坊主、お前今……こいつに何を食わせた!?」

 「あーーーはっはっはっは、ひーっひーっ! 山盛りのわさびを食わしたんだよ! あんな変な鵜だからどんなリアクションするか試したくって試したくってたまらなくなっちゃったんだよ。ゴメンゴメン!」
 「お前……怖いな〜。」

 鎮に悪気があるわけがない。やりたいからやったまでだ。だが、この無邪気ないたずらがいい年齢した鵜飼団メンバーの逆鱗に触れた。愛する鵜をいじめられてかわいそうな気持ちが報復に切り替わるまでそんなに時間はかからない。まさに脊髄反射のなせる業。翼と頭をばたつかせる被害者・通称ジョナサンが起こす音を聞きながら、鵜飼団が戦闘態勢に入った。

 「ぼんず、それはやってはならねぇことだ。」
 「んだんだ、ジョナサンの苦しみはわしらの苦しみじゃ。こうなったらお前たちはマンボの餌にしてくれるわ〜〜〜!」
 「結局そうだったのか! 貴様ら、その鵜のマンボとやらを使って何を企んでいるーーー!!」 
 「それは飲まれなかったら答えてやんべ! ほんたら、団員の皆さんはご唱和をお願いしますだ!!」


 「うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ、マンボっ!!」


 すると……彼らの3艘の船の下から巨大な鵜が出てきた! それは高さ8メートルはあろうかというまさに怪獣鵜だった! それを見た新座はつい、鎮の頭を思いっきり殴ってしまっていた。

  ポカッ!

 「痛てっ! 何すんだよ兄ちゃん!!」
 「何すんだはこっちのセリフだ。しかし、なんてもん飼ってるんだこいつらは……」

 呆然と立ち尽くす偽装家族の姿を見て満足そうな表情を見せる代表の源さんはさっそく全員にお仕置きをすることに決めた。

 「よーーーし、マンボの鵜……」
 「源さん源さん、逆だっぺ。名前が逆……」
 「あ? あーあー、鵜のマンボか〜。そだら、まずは意地悪な子どもの教育をほったらかしにしたパパさんを飲みこむっぺ!」
 「ウケーーーーーーーーー!」

 さっそく命令を受けたマンボは雄一郎を一飲みにしようと素早く動く! さすが獲物を捕らえ、それを飲みこむまでの動作には無駄がない。そのせいか周囲が襲われたことに気づいた時には、雄一郎の身体はすでに半分飲み込まれていた!

 「ぬおおおおぉぉぉぉぉ! うわぁ、喉の内側がぬるぬるでべちゃべちゃですぐに奥まで飲みこまれそうだ!!」
 「ホントやな解説だな。」
 「想像しちゃったわよ……最低っ。」

 しかしマリアや新座にも安息の時はない。彼らはいつのまにか1号艇に引っ張られていた鵜たちにすっかり取り囲まれてしまった! 鎮はこの後に及んでまだわさびを食わせようと必死になっているが、鵜は口を開けないどころか見向きもしない。

 「ひとりは役に立ちそうもないな。」
 「くっそーーー! 食べないんだったら、俺の得意技で懲らしめてやるっ! 覚悟しろっ!」
 「つーか、お前のせいじゃないかよ。自覚しろ、自覚! おかげで何の関係もない父親役が飲まれただろう!?」

  チュルン、ゴックン。

 「あ、あの人が…………………………って吐き出すわよね、さすがに。人間だもんね。丸のみだもんね。生きてるわよね。」
 「現実逃避するのは早いって、お母さん。ほらほら、お前らの弱点はわかってるんだ! ここにいるのはな……肉食の鳥だ! 狗鷲だ! お前たち、怖いんじゃないのか!!」

 雄一郎ゴックンの事実を紛らわすために必死の攻勢に出た新座。そう、本来彼のペットではない手乗り狗鷲を連れてきたのはこういう理由があったのだ。手の上で威嚇するペットの甲高い叫び声を聞いた鵜たちは新座にはなかなか近づかない。しかし、マリアと鎮の近くにはたくさんの鵜と団員が取り囲んでいた……
 そんな時だった。高くそびえる一本杉の上から高らかに名乗りを上げる者がいた!

 「見たわよ、凶悪でジャンボな鵜……マンボを使っての悪行三昧っ! しかも丸腰の民間人を襲うなんて絶対に許せない!」
 「おっ、お前は誰だっぺ?!」
 「よく聞いてくれました! 銀の螺旋に勇気を込めて、回れ正義のスパイラル! ドリルガール、ご期待通りに只今見参っ!」

 ドリルガールが地面へ舞い降りるとマリアと鎮の目の前に立ち、ふたりを逃がそうとする。

 「さ、お母さんとボクは早く逃げて!」
 「ええ、わかったわ。ありがとうね、ドリルガールちゃん♪」
 「ド、ドリルガールちゃん……」

 マリアはお言葉に甘えてさっさと逃げようとしたが、すでに迫っていた2号艇、3号艇にあっさり追いつかれてしまった。その原因はマリア自身にある。元モデル、そして現在は専業主婦の彼女には体力がない。それに追いかけてくるのはどれも男ばかり。その結果は火を見るよりも明らかだった。すぐ背後にまで迫る団員と鵜……

 「遅いっぺ〜〜〜、オバさんのぉ!」
 「お、お、お、お、オバさん……?!」
 「若作りのババにはぁ、しょせん逃げられんっぺよ!」
 「ババ……………ムカっ!」
 「あーあーあーあーあーあー、あいつら言っちゃいけないことを連発してる……あわわわわ。」

 鎮はマリアの後ろにおとなしくついて行ったが、その言葉を聞いた途端、新座のいる所に足の向きを変えた。そして自分の作り出した風に乗って猛ダッシュで逃げていく……そこに残されたのは命知らずの団員たちとすでにプッツンしたマリアだった。彼女は額にいくつもの青筋を立てたまま、笑顔を振りまく彼女。しかし、その目は全然笑ってなどいない。

 「はぁい、皆さ〜〜〜ん。こっちを見てくださいね〜〜〜♪」

 「言われんでも、そっちを向かないと追いつけな……ありゃ、なんじゃあぁぁぁぁぁ!!」
 「オバさんのおるところに、なんでなんでなんでなんでなんでなんでマンボがおるんじゃあぁぁぁ!!」
 「く、食われるぞ、みんな逃げろぉぉぉっ!」
 「も、もう遅い……もう富さんがちゅるちゅるしゃぶられながら……ああああああ!!」

 突如、水辺から陸に上がり仲間を食らい始めたマンボ……マリアの瞳を見た彼らは同じ映像を見ていた。もちろんマンボは雄一郎を飲みこんだまま動こうともしてしない。そう、これがマリアのお仕置きパワー『イリュージョンアイ』なのだ!

 「吸われるぞーーーーーっ!」
 「いやあぁぁぁぁはぁぁぁ!!」
 「もう……このクソジジイたちったら、こんなに怖がっちゃって♪」

 恐怖に溺れる様を見てほくそ笑むマリアの顔……それは心からの笑顔だった。ちょっと歪んだ喜びに浸っていたマリアの耳に猛烈な勢いの気合いが飛び込んできた! どうやら巨大鵜マンボの中から響いてきている。

 「ほっ、あのお父さんは生きてたのか。よし、俺もどさくさに紛れて鵜を失敬するか……」
 「うっそ……今、助けてあげようと思ってたのに自力で脱出したの!?」
 「むっ、娘の晴れ姿を見るまでは……死ねるかぁぁぁぁ! とぉうわぁあっ!!」

 シオンの予想通り、雄一郎があのつるつるの喉を抜け、強引に腕力でくちばしを開き、中から飛び出してきた! この光景を見て固まったのは、何もドリルガールだけではない。正常な団員たちもさすがにこれには驚いた。
 しかもその後の雄一郎がすごい。雄一郎がすさまじい。雄一郎が素敵。
 なんと川から次々と鯉を手掴みで取り、普通サイズの鵜の口に突っ込んでいくのだ。その早業といったらない。マンボから出てきた時の勢いをそのままに次々と鵜を窒息させノックアウトしていく48歳。マリアに続き、鵜飼団は突っついてはならない人間から攻撃してしまったようだ。こうなるともう収拾がつかない。元気な鵜は新座の連れてきた狗鷲が追っかけ回すわ、肝心の船はぎゃおがガジガジ噛み始めるわでもはや鵜飼団は風前の灯火だった。

 『ぎゃおぎゃお〜! ガジガジガジ……』
 「ぎゃお〜、あんま食うなよ〜。おいしくないから〜。」
 「……………はっ、このままじゃなんか今日、別にあたしいらないみたいじゃない! それじゃここでドリルガールの新技、行くわよっ!」
 「姉ちゃん……そういう理由で壊滅寸前のわしらをボコボコにするのはやめてもらえんけぇの?」
 「あのね、わかってないっ! 正義の味方がいらないなんてダメなの。悪がいるのに正義がいないなんて絶対におかしいでしょ? わかる?」

 「ワカリマセン。」
 「……………あんたたちのやる気を消してやるわ! 名付けて、カタルシスシェイカーっ!!」

 ドリルガールは天に向かって振り上げた魔法のドリルを急回転させ、残った団員たちの負の感情を天高く巻き上げる! 次々とやる気をなくして地面に座りこみ、無事な鵜を愛で始める団員たち……姿形を見る限り、すでにただの好々爺の集まりになり下がっていた。弱き者を囲んでいた団員たちは皆、一様にして戦闘不可能となりダラダラし始めた。一方ではマリアの必殺技で慌てふためく団員がおり、雄一郎が口に鯉を突っ込んだ鵜は失神して水の上のプカプカ浮いている……鎮はそいつらの口にわさびを入れてニヤニヤしているし、新座もペットたちを操って大はしゃぎ。シオンは嫌がる鵜をリュックの中に無理やり押しこもうと戦っているとまぁ、混乱はもう収まりそうにもなかった……



 「で、これで記事を書けっていうの? 書けるわけないじゃない!!」

 雫が怒るのも無理はない。一連の事件を普通にネットに書けば、バカにされるのがオチだ。しかし彼女の目の前に並んだ顔はみな真面目だった。

 「まぁな、でっかい鵜のマンボはどこに行ったかわからないし、肝心の鵜飼団は怪しい集団で警察に任意動向を求められるし……」
 「ネットにアップするよりも先に……テレビのワイドショーでネタにされる方が早いかしら?」
 「こんな大騒ぎになると思ってなかったしな〜。みんな偽家族でやってる時はうまく行きそうだったんだけど〜。」
 「鎮……お前な。お前が鵜にわさびなんて食わせなければ……」
 「えっ、何! あんたそんなことしたの!?」
 「まーまー、いいじゃないか。雫くん、もう過ぎたことだし。」

 能天気なバカ家族の言葉を聞いてさらに憤慨する雫は机を叩いて地団太踏んでの大騒ぎ。テレビではもう鵜飼団の悪事がニュースで流れているではないか……いったい何のための調査だったのかまったくわからない。こんな意味のない依頼は初めてと呆れたり悲しんだり、また怒ったり。そんな雫を店のウインドウ越しに見ているのはらせんだった。事の真相を知った彼女は青ざめた顔のまま呪文のようにひとりごとを繰り返す。

 「いいのいいの、あたしはまたこの世の悪を滅ぼしたんだし……大丈夫、あたしはあの人たちと関係ないから大丈夫。」

 同じ頃、胸に手を当てながら去っていく正義のヒーローが外にいた。これでいいのか、瀬名 雫。これでいいのか、バカ家族。これでいいのか、ドリルガール。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

3060/新座・クレイボーン/男性/ 14歳/ユニサス(神馬)/競馬予想師/艦隊軍属
2072/藤井・雄一郎   /男性/ 48歳/フラワーショップ店長
2247/大神・マリア   /女性/ 38歳/専業主婦
2066/銀野・らせん   /女性/ 16歳/高校生(ドリルガール)
2320/鈴森・鎮     /男性/497歳/鎌鼬参番手
3356/シオン・レ・ハイ /男性/ 42歳/びんぼーにん

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は東京怪談で「闘強鵜飼団」でした。
タイトルがすべてで、さらに出オチだったんですが……スゴいことになってます。
久しぶりのナンセンスコメディー、いかがだったでしょうか?

マリアさんは初めて書かせていただきます〜。なんか楽しいキャラさんで面白かったです!
思ったよりも茶目っ気あり、かわいさありと個人的には子どもかな〜とか思ったり。
そんなところがマリアさんをマリアさんらしくしてるんだと思います。らしさ、出てますか?

今回は本当にありがとうございました。また別の依頼やシチュノベでお会いしましょう!