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母の手紙〜あやかし荘〜
-opening-
鬱蒼と繁った森の中に、ひっそりと建てられた、古びたアパート。
それは、巨大で、どことなく廃屋と化した、旅館を連想させる。
枝を揺らし、カラスが飛び立った。
辺りに嫌な気が満ちている。
あやかし荘へ上がる、長い階段の中腹に腰をかけながら、柚葉(ゆずは)はいつになく暗い表情を浮かべていた。
「はあ〜」
柄にもなく溜息なんぞを吐いている。
「どうかしたの?」
あやかし荘管理人の因幡・恵美(いなば・めぐみ)が、竹箒で階段を掃除しながら、座り込んでいる柚葉の顔を覗き込んだ。
「あ、恵美ちゃん」
パッと顔を上げた柚葉は、何か言いたそうにした。
しかし、直ぐさま首を振ると、「なんでもない」と口をつぐんでしまった。
柚葉の様子に、恵美は心配そうにしながらも、集めかけた落ち葉を、更に下へと掃き始めた。
恵美の姿が見えなくなったのを、視線の端で捕らえると、柚葉は短パンのポケットから古びた紙切れを取り出した。
『帰っておいで 母より』
そう書かれた紙切れを見つめながら、柚葉は大きく溜息を吐いた。
-1-
あやかし荘へと続く石段の下で、ボウっと人体を象った"何か"が現れた。
それは徐々に人の形へと変化した。
黒髪黒瞳の時・守 (とき・まもり)は、石段中腹に座っている柚葉を、見上げた。
そして、懐から一枚の紙切れをだし、そこに筆ペンで文字をしたためた。
それをつまみ上げると、風に乗せた。
小さな紙は、風に弄ばれるようにクルクルと回りながらどこかへと飛んで行ってしまった。
その紙の行方を、しばらく目で追い、見えなくなったのを確認すると、青い外套を翻した。
昨日に引き続き、今日も柚葉は悩み事を抱えた表情をしている。
柚葉の目の前に影が出来た。柚葉は何気なく顔を上げた。
誰? と言わんばかりに警戒した表情を向ける柚葉に、守は酷く懐かしげな表情で柚葉を見つめた。
「契約を承諾したぞ。マスター」
すると、守は手を差し伸べた。
守のひんやりした手が、柚葉の頬に触れられる。
「難題だな。君が、あやかし荘に居る『合理的な理由』は既に無い。よって……こうしよう」
そう言うと、突然柚葉をひょいっと肩に乗せた。
「わっ、こら、何すんだよ」
喚く柚葉の声に気付いた恵美が、上から顔を出した。
「柚葉ちゃん? どうかした……」
恵美の視線に、肩に担がれている柚葉の姿が映った。
「あれ? 柚葉ちゃん? え?」
一体何が起こったのか理解出来ないのか、恵美は呆然と柚葉と守を交互に見つめている。
すると、守は憂いを帯びた表情を恵美に向けた。
「そうだな」
何か考えるように視線を伏せた。
そして、皮肉げな表情を向けた。
「理由は愛だ」
「はい? 愛? え、何で?」
と、驚いている恵美を尻目に、守は姿を消した。
-2-
周囲を、鬱蒼と繁った木々が囲っている。
太陽の光は、それらの葉に遮られ、地面まで届かない。
時折風に揺られた枝の隙間から、光りが差し込んでくる。
「あれ?」
さっきまであやかし荘へ登る石段の所にいたのである。
「なんで?」
しかし、周りには見知らぬ風景が映っている。
「あ」
そう小さく叫ぶと、隣に立つ男を見上げた。
「少し乱暴だったな」
そう言うと、守は苦笑を浮かべた。
「君が俺を必要とした。だから、君をさらった」
「そんな理由でボクをさらうなよ」
思わず突っ込んでみるが、どこか現実味を帯びていない目の前の守に、柚葉の心中に不安が押し寄せた。
守は少し膝を折り、柚葉の視線まで近づけると、静かな声を出し始めた。
「男が居た」
余りにも静かで、後悔にも似た表情を浮かべている為か、柚葉は、黙って守の話を聞いていた。
「奴は現実と理想の境を見なかった愚か者だった」
守は苦渋の表情を浮かべている。
「形が無い物の為ばかりに歩き、結局、残ったのは『紙に書いた絵空事』だけ」
そこで、乾いた笑いを浮かべた。
「その男は、人でなしだった。当たり前の感情を私情として切捨て……従わない者は全て殺したのだから」
「その人は可哀想な人なんだ」
柚葉の言葉に驚くと、直ぐさま苦笑を浮かべた。
「そうだな、可哀想だな……」
「誰からも愛されていなかったのかな。あ、愛されていることに気付いていないのかもしれない……」
そんなことを呟きながら、柚葉は何か思いついたのか、表情を固くした。
「ボクは……母さんに愛されているんだよね」
柚葉の問いかけに、守は静かに頷いた。
「でもボク……」
唇を尖らせると、瞳を伏せた。
「君が思ったまま行動すればいい。すれば、自ずと答えが出る」
「答えが?」
柚葉の純粋な瞳が守を直視した。
今まで固かった守の表情が、柔らかく変わった。
「ボク……」
柚葉の瞳に輝きが戻った。
すると、守はコクリと頷いた。
-3-
「あの〜」
竹箒を胸元で抱きしめ、呆然と立っている恵美に、遠慮がちにかける声があった。
「もしもーし」
何も反応のない恵美に、今度は顔を覗き込むようにして声をかけた。
「は、はい。はい」
にゅっと顔が現れたため、驚きの表情をしながら答えた。
「ああ、よかった。あの、今日ここへ越してきた織詠無月です。管理人さんですか?」
目尻を下げ、ヘラヘラと笑うと、手を差し出した。
「はい、はい。今日からの……。今朝早くにお荷物だけ届いてましたよ」
どこか引きつった表情を浮かべながら、恵美は無月に「宜しくお願いします」とお辞儀をした。
「話しているところに悪い」
と、突然第三者が割り込んできた。
「あの子……狐のあの子はどこに行ったんだ?」
昨日もここを訪れていた祇堂朔耶である。
「狐の? ああ、柚葉ちゃんですね? 彼女に何か?」
竹箒をきつく握りしめながら、恵美は不思議そうに問いかけた。
「いや……昨日のことで、少し気になったことがあって」
「あなたもですか? 僕も、昨晩から気になっていたんですよ」
朔耶と恵美の会話に、割り込むように無月が、ヘラヘラっとした表情を現した。
「僕、織詠無月といいます。あ、無月って呼んでもらっていいですよ」
常に笑みを絶やすことのない表情だが、その裏で何を考えているのか表情が読みとりにくい。
扱いずらそうだなと思いながら、朔耶は整った顔立ちに作った笑みを浮かべた。
「祇堂朔耶だ。好きなように呼んでもらって構わない」
「じゃあ、朔耶ちゃん」
ニコニコっと笑みを向けてくる無月に、一瞬目を見開くが、軽く溜息を吐いて、「ご自由に」と呆れた口調で告げた。
「あの〜」
そんな2人に見かねて……という訳ではないが、恵美が遠慮がちに声をかけた。
「実は――」
と言って、先ほど起こったことを話しだした。
恵美によると、黒髪黒瞳の、高校生くらいの男の子が、突然柚葉を担いでさらっていったのだという。
その男の子は「理由は愛だ」と一言残していったと付け加えた。
「もしかして、柚葉のストーカーか?」
朔耶が驚いたように声を荒げた。
「それか、母親がらみの迎えとか」
無月がいつになく真面目な表情で告げる。
「君も彼女の悩みを聞いたのか?」
朔耶の問いかけに、無月はコクリと頷いた。
「さて、どうすればいいんでしょうね」
やはりしまりのない表情に戻すと、無月は肩をすくめた。
落ち葉がカサカサと音を立てて地面を横切っていく。
突然、突風のような風が吹き荒れた。
それと同時に、異常な妖気の渦が現れた。
その中から、銀色の長い髪をした女が現れた。
金色の鋭い瞳を持つ、この世のものとは思えぬ美しさをした女性。
「九尾の狐?」
朔耶の驚いた声に、無月は口をぽかんと開けた。
「ほお、これがかの有名な……さすが美しい」
感嘆の声を上げる無月を余所に、妖狐は恵美に視線を向けた。
「我が娘は如何に」
「あ、その……」
恵美は言いにくそうにしながら、朔耶に救いを求めるような視線を向けた。
「このような手紙をもらったぞ。どういうことぞ」
そう言うと、小さな紙切れを差し出した。
そこには「娘病気。至急面会来訪せよ」と走り書きのような文字がしたためられていた。
「誰がこれを?」
朔耶が恵美に尋ねた。
恵美は首を横に振って、無月に「知ってる?」と尋ねた。
「僕ではないのは確かだけど」
そう言いながら、小さな紙切れを見つめた。
「例えば、柚葉クンをさらった男とか」
冗談っぽく告げると、1人ヘラヘラと笑って見せた。
「あ、こら」
そんな無月に朔耶が窘めた。
自分の冗談が、言ってはならない事だったと気付いた無月は、思わず顔色を変えると、探るように柚葉の母の表情を窺った。
「さらった? 我が娘をか?」
表情はさほど変わっていなかったが、金色の瞳の奥に怒りの炎がめらめらと燃えていた。
「待って。ちょっと話しを」
娘を捜そうと、その場から消えようとした母に停止の声を上げたのは朔耶だった。
「柚葉のことで話しがあります」
真っ直ぐ柚葉の母を視界に捕らえると、赤い瞳に強い光りを宿した。
「彼女は、あなたの手紙のことで悩んでいました」
「帰ってこいと言ったことか?」
切れ長の瞳を更に細めると、見ず知らずの人間に家庭の事情に首を突っ込んで欲しくないと、言わんばかりに煙たげな表情を向けた。
朔耶の隣には、無月がやんわりとした表情のまま、行く末を見守っている。
「あなたの気持ちもわかります。大切な娘を手元に置きたいお気持ちも。ですが、彼女の気持ちも尊重してあげて欲しいのです」
「そなたのような小娘に言われたくはない」
柚葉の母は、軽く一笑すると、階段下に視線を向けた。
そこには、柚葉と、柚葉をさらった男、守がいた。
柚葉は照れくさそうに下を向いている。
守がそっと柚葉の背を押した。
何か言いたげな表情で、柚葉は守を見た。
守は口角を引き上げ、ニッと笑うと、力強く頷いた。
それに呼応するように、柚葉もコクリと頷くと、階段を駆け上がった。
-ending-
「母さん、ボク……」
母を目の前にして、柚葉は言いにくそうに、身をよじった。
朔耶は小さな声で「頑張れ」と声援を送った。
その隣で、無月が一度瞳を伏せ、ゆっくり開き柚葉を見据えた。
柚葉が朔耶と無月を見た。
そして、少し後ろの大木に背を預けている、守にも視線を向けた。
守は、腕を組み、顔を下に向けている。
自分の悩みを真剣に聞いてくれてくれた3人に、もう一度視線を向けると、今度は母の顔を見上げた。
「ごめんなさい。ボク、ここにいたいんだ。母さんには心配ばかりかけるけど、でも、ここのみんなとも離れたくないし、もっと色々なことを学びたいんだ。ボク……」
「答えなど最初から解っていた」
溜息混じりに告げる母の言葉に、柚葉はキョトンとした。
「お前が、約束の期日を過ぎても帰っては来ぬし、お前の顔を見れば一目瞭然だ」
「母さん……」
そんな2人のやりとりを見つめながら、守は一度瞳を伏せ、静かに笑みを浮かべた。
「母はそなたを誰よりも愛している」
「うん」
「それだけは解っておいておくれ」
そう言うと、母はそこにいる皆に軽く会釈をし、その場から姿を消した。
それを見届けると、守は静かにその場から姿を消した。
皆が柚葉に祝福の言葉を投げかけている。
照れくさそうに頭をかきながら、柚葉は1人そこにいないことに気付いた。
「あれ? あの人……」
そう言うと、さっきまで守がいた木の周囲を探した。
「……ありがとう」
柚葉は空に向かってそっと告げた。
end.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0623/時・守(とき・まもり)/男/17/実体を持つ亡霊?】
【3404/祇堂・朔耶(しどう・さくや)/女/24/グランパティシエ】
【3514/ 織詠・無月(おりうた・なつき)/ 男/999/夢解き屋】
【柚葉(ゆずは)/女/14/天狐】
【因幡・恵美(いなば・めぐみ)/女/16/学生兼あやかし荘管理人】
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■ ライター通信 ■
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始めまして、ライターの風深千歌(かざみせんか)と申します。
この度は、 「母の手紙〜あやかし荘〜」を発注頂きまして、まことにありがとうございました。
思った以上に、執筆量が多くなってしまいましたが……・。
設定と違うよ!という所がありましたら、遠慮なくおっしゃって下さいませ。修正させて頂きます。
今だ、手探りの状態で、皆様の設定を生かしきれたかどうか……兎に角、一生懸命書かせて頂きましたので、お楽しみ頂けたら幸いです。
・時守サマ
始めまして。早くから発注頂いていたにもかかわらず、締め切りぎりぎりの納品ということで、大変お待たせして、申し訳ございませんでした。
「実体を持つ亡霊」という設定に、悪戦苦闘してみたりしましたが、私なりに解釈させて頂き、表現させて頂きました。
お気に召して頂ければと思っております。
お待ちしております
また、機会がございましたら、是非お声等かけてください。
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