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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


学園七不思議・其の一「増える階段」

 オープニング

「うぅ〜ん……」
 じっとりと暑い放課後の教室で、庭園海南はシャープペンシルを指先でクルクル回しながら呻き声を上げる。
 目の前には、真っ白な原稿用紙。
「うぅ〜ん……」
 もう一度呻いてみてから、ペンを放り投げる。
「無理〜。絶対無理〜」
 何が無理かと言うと、原稿用紙の升目を埋める事だ。
 何故海南が原稿用紙に向かっているかと言うと、サボり続けたツケだ。
 と言うのも、海南は新聞部に入部している。現在進行形で入部している。しかし、実はつい先日まで部室に顔を出すことはおろか、新聞作りを手伝ったこともない。
 幽霊部員も幽霊部員、自分でも本当に部員なんだかどうなんだか分からないくらいの幽霊部員。
 とは言え、退部届けを出すのも面倒なのでこれまで出していない。その内名簿から自然消滅してしまうんだろう、くらいに思っていた。
 ところが、先日になって突如、先輩だと名乗る生徒に呼び止められ、原稿用紙を渡された。
「これ、今まで溜まったあなた担当分の原稿用紙。7回、頑張ってね。期限は毎月月末だから、よろしく」
「え、いえ。あの、ちょっと……」
 呼び止める手も虚しく、先輩部員は軽やかな足取りで去って行く。
 ……よろしくと言われても、困るんです。えぇ、本当に困るんです。何てったって、今まで新聞の記事なんて書いた事ないんですから。
 慌てて部室に飛び込んだ海南だが、部員達の対応は極めて冷たかった。
 自業自得である、と。
 言い分は最もなので反論のしようもない。
 散々サボった部員を手伝ってくれる者がいる筈もない。
 呻いてみても、これと言ったネタを思いつかない。
「はぁ……あっつ〜い……」
 ふと、海南の脳裏に次のような連想が成される。
 暑い→夏→涼しくなりたい→冷たいもの→怖い話し。
「あ、学園七不思議!」
 呟いて、海南はポンポンと手を打った。
「そうよそうよ、これよー!夏なんだもん。これしかないっ!」
 例え他の部員が既に記事にしていようが、そんなもの存在しなかろうが、思いついたらこっちのもの。どうにか形に仕上げるまで。
「うーんと、学園七不思議と言えば……」
 まず最初に思いつくのが『増える階段』だ。
 第二校舎3階の階段が、深夜12時に必ず一段増えると言う話し。
 何で増えるの?それの何処が怖いの?
 と、思わないこともないのだが、それを怖そうに、もっともらしく作るのが七不思議。
「けってーい!」
 にこやかに、升目にタイトルを書き入れる。
 内容が決まった。次にすることは?勿論、調査。
「証人も必要だよね。うん、誰かに手伝って貰おう。そうしよう、そうしよう」
 証人なんてのは名ばかりで、実は皆して夜中に学校に潜り込んで遊んでみたいだけなのだ。
 海南は携帯を取り出し、友人に向けてメールを打つ。
『海南でーす! 学園七不思議の一つ、「増える階段」って知ってるよね? あれって、本当かなー? 今度、皆で調べてみませんか? 夜中に学校に潜り込んでみようと思います。 誰か協力して下さい。 このメール、友達にも送ってね! よろしこー』

「はい、どうもこんばんはー」
 約束の午後11時を3分ばかし過ぎて、庭園海南は集合場所である神聖都学園正門前に姿を現した。
 既に集まっているのは4人。すっかり顔馴染みになった真名神慶悟、観巫和あげは、夕乃瀬慧那、片平えみりだ。
 何の約束かと言うと、勿論海南が募集を掛けた学園七不思議の一つ、「増える階段」の調査だ。どこをどうメールが回ったのか、神聖都学園の聖都は海南とえみりの2人。あとの3人は部外者で、慶悟とあげはは学生ですらない。しかし、
「記事優先だからギリギリまで怪奇体験を楽しむとしよう」
 と言う慶悟、
「私向きの話かも……!」
師匠である慶悟のようにさまよえる霊を成仏させたりと言うことは、少々力不足。自分にはこんな階段話しなどのちょっとした怪奇事件が向いていると言う慧那、
「私の小学校にもあったわ。ひとりでに鳴るピアノ、笑うモーツァルト、動く人体模型に……何だったかしら。階段もあった気がするわ。そういう噂って何処の学校にでもあるのね……でも私は直接体験した事がないから、どんなものなのか気になるかも……」
 と、怖々ながらも興味津々のあげは、
「海南の家に泊まりに行くって来ちゃった」
 と、お菓子とジュースを持参して楽しむ気満々のえみりと、「増える階段」の調査には十分なメンバーだ。
「それじゃ、宜しくお願いしますね」
 ペコンと頭を下げて、海南は堅く閉ざされた正門を指差す。
 当然、鍵が掛かっているのでよじ登って乗り越えなければならない。
 あげはと慧那、えみりはそれぞれバッグを門の隙間から校内に押し入れてから門を越える。リュックを背負った海南が越えるのを待ってから慶悟が続いた。
「増える階段って、何処だっけ?第2校舎?」
 尋ねるえみりに、海南は頷いて所為手帳に掲載された学園内の地図を開く。
「第2校舎南側3階、って噂だけど……」
 第2校舎南側3階の段が、深夜12時丁度に12段から13段に増えると言う、神聖都学園内での七不思議を話す海南。
「12段が1段増えて13階段か……、物騒な話も多少あるかもしれないが学校で刑務所話というのもあるまい。人心が生み出すものというのであればそれもあるのかもしれないが……」
 13階段と言えば、絞首刑になる罪人が登る階段だ。刑務所であればそれなりのいわく因縁もあるだろうが、神聖都学園の地が元は刑務所や刑場であったと言う話しは聞いた事がない。13段と言うのは偶然の一致で、人の心の作用するところが強いのだろうかと慶悟は思う。
「……でも、どうしてこう言うお話って、必ず7が付くんでしょうか?7と言う数字に何か意味でもあるんでしょうか?」
 肝心の第2校舎に向かいながらあげはが首を傾げる。学校の七不思議と言えば、学生の頃には良く聞いた話しだが、とってつけたようなものや、無理矢理な話しをくわえて7にしているような気がする。
「7という数字は二つに分けるとさいの目の理屈で6以下の全ての数字を包括する。1と6、2と5、3と4。1は揺ぐ事の無い真理、6は天地人・火水空気、世界を示す究極を示し、2は陰陽・男女など対を意味し、5は地水火風空或いは木火土金水万物を構成する要素、3は現在過去未来、概念的な時間を示し、4は四季・時間の移行とその繰り返し・実的な生命の流転を示す」
「……師匠、すごーい!」
 パチパチと手を叩く慧那。慶悟の口からまるでお経のようにつるつると紡がれた言葉はもう一度ゆっくり聞いてみなければすぐに理解し難いのだが、7と言う数字だけでこれだけの知識を披露出来る事に素直に感心してしまう。
「………講釈は兎も角7つ生まれるのは万人の心が無意識に成せる業か。階段が一段増えるというのなら体験するのが一番」
 別に知識をひけらかした訳ではないと咳払いをする慶悟。
「体験するって言っても、誰が登るの……」
 もし1段増えていたとして、自分が登るとなると怖い。でも、とえみりは続けた。
「冷静に考えれば誰が数えたんだとか思っちゃうけど、こういうのに理屈求めちゃいけないよね。増えるって、どう言う風に増えるんだろう?幅が狭くなって1段増えるのか、増えた1段分で異世界とかに繋がってるって事なのかなぁ?」
「え。海南が聞いた話しだと、普通に1段増えるらしいけど……、確か、以前その階段で亡くなった生徒がいて、寂しさに友達を呼ぼうとしてるって。段を1段増やすことで、足元を狂わせようって魂胆だと思ったけど」
 言いながら、海南は慧那を見る。
 他校にも似たような怪談話しがあるだろう。慧那の学校の七不思議も聞いてみたい気がする。
「私の知ってるのは、盗みに入った泥棒が警備員の目を誤魔化す為に階段にピッタリ寄り添って寝転がって、知らずに降りてきた警備員が一段多く数えたって話しだけど……」
「そ、そんなお話もあるのね……」
 思わず苦笑するあげは。自分が学生の頃にも確かに増える階段の話しがあったのだが、詳しく思い出せないのがちょっと悔しい。
「原因が何であれ、何かあった時には呪を紡いで悪しき影響を祓っておこう。あんたが記事にすれば、面白がって夜な夜な学校に忍び込む生徒がいるかも知れないからな」
「あ、宜しくお願いしますっ」
 慌てて海南は頭を下げた。実はそんな事まで考えていなかったのだ。
「ところで、増える階段はその第2校舎の3階だけなの?」
 念の為式神を放ち別の校舎も調べさせようと言う慧那。
「手分けして調べさせよう。ついでに警備員が近付いたら知らせさせよう」
 言って、慶悟は自分の式神も数体放つ。
 時刻はまだ11時10分を少し過ぎたところだ。

「先生いなくて大丈夫?」
 普段なら音楽教師のカスミをどうにかこうにか引っ張ってくるところだが、今日はいない。いないとなると、校舎の鍵が手に入らない筈だ。
 どうやって校舎に入るつもりなのかと案ずるえみりに、海南はポケットから鍵を取り出して笑った。
「定期試験が近いのに、七不思議の調査なんてとんでもないって大反対だったよ。だから、先生には内緒。鍵だけこっそり持ち出しちゃった。皆さん、内緒にしてて下さいね。ばれたらものすごーく大変なことになるから」
 一体どんな手を使って持ち出したのだろうか、少々不安になる一同だが、一蓮托生。決して口外しないと頷く。
 第2校舎の鍵を開けて、海南はポケットに鍵を仕舞う。
 促されて全員が足を踏み入れた。
「……夜の学校って……暗いと言うだけで不気味で怖い感じがするわね……。昼間の賑やかさとのギャップがそう感じさせるのかしら……」
 囁くように言ってあげはは自分の懐中電灯を取り出し、光が窓の外に漏れないよう足元を照らす。
 暗さに目が慣れると、各教室の入口やクラスを示すプレートが見えた。
「12時になる前に一旦階段を数えてみた方が良いよね。ちゃんと5人で数えてみようね。12段かどうか」
 皆で仲良く手を繋いで……とは言わないが、出来れば1人では上り下りしたくない慧那。
「段が増えるところって、目に見えるのかな?」
 ビデオカメラを持って来れば良かったと言うと、あげはが自分のデジカメを取り出して見せた。
「実は今まで使った事がないけれど、確か15分くらいなら動画の撮影が出来るはずなの。今夜、試してみましょう。増えた階段を写真に撮る事ができたら証拠になるわよね……トリックだ、って言われてしまうかもしれないけれど……」
 5人はそれぞれ懐中電灯で足元を照らしながら階段を昇った。
「警備員は毎晩この状態で校内を見回るのか……。『増える階段』の発信源が警備員だとしたら、数え間違いの可能性が高いな」
 警備員と言っても一般の人間だ。たった一人で静まりかえった暗い校舎を歩いて回るのはそれなりに怖いだろうし、懐中電灯の光だけで階段を上り下りする足はおぼつかないだろう。たまたま数えてみた階段を行き帰りで1、2段数え間違っていても不思議ではない。
「増えた階段を踏むと異界へ連れて行かれてしまって、こちらの世界には帰って来られなくなると言う噂も……」
 もし、単なる数え間違いであれば記事にならない。折角危険を冒してまで調査するのだから、出来ればもっともらしい怪談話であって欲しい。そんな思いから、怖い方へ怖い方へと話しを持って行こうとする海南。
「異界に連れて行かれちゃったら、階段が増えてたって証言出来ないよね……」
 一体、何時、誰が階段が増えていると口にし始めたのだろう。例えそれが、七不思議を完成させる為に他校の怪談話しをくわえたものだとしても、それならば他校には増える階段が本当に存在するのだろうか?他校で階段が増えると言い始めたのは誰で、何の根拠があって言い始めたのだろう?
 つい真剣に考えてしまうえみり。
「もし本当に階段が増えて異界に繋がっているのだとしたら、増えた階段を見たのは1人ではないと言うことか。一緒にいた者が異界に連れ去られるのを目撃し、噂を広めた人物がいると言うことになる」
 しかし、それならば何故、『友達の友達の知り合いが異界に行っちゃったんだよ!』と言った類の噂が広まっていないのだろう。
 そんな事を考えている内に、5人は問題の階段に到着した。
「とりあえず、数えてみましょうか……?」
 言って、あげはが1段1段懐中電灯で照らして行く。
「いち、に、さん、し、ご、ろく……」
「しち、はち、く、じゅう、」
各段に丸い光が当たるのを指差しながら数える慧那とえみり。
「じゅういち……じゅうに、」
 段は間違いなく12だった。
 一緒に声に出して数えた2人と、目で追って数えた慶悟と海南、光を当てながら数えたあげは。5人とも確かに12段であると頷きあう。
「一応、上り下りもしてみるか。まだ増えていない状態だ、問題はないだろう」
 慶悟は躊躇うことなく段に足をかける。勿論、突然異界への扉が開いたり霊的な存在が現れた時の為にそれなりの準備はしてある。
 慶悟に続いて4人も恐る恐る段に足をかけ、数えながら登った。
 2階から3階へと続く踊り場まで、12段。踊り場から2階まで、12段。
 5人で2階ずつ上り下りして、数え間違うことなく12段。
「メジャー持ってきたから、段の幅と高さを測ってみるね」
 言って、えみりはバッグからメジャーを取り出して段を計り始めた。
 海南はえみりが計る各段の高さをメモし、その横で慧那が自分の時計で時刻を確認しながら周囲の状況、調査項目などをメモしていく。
「不思議なものが写ったら少し怖いけれど……記事にはなるわよね」
 この暗闇の中で映るかどうかも不安だが、夜間撮影モードにセットしてあげはは何度かシャッターを切った。
 階段全体、上から見た様子、下から見上げた様子、えみり・慧那・海南の3人、少し足を伸ばして2階と3階の階段周辺を見回っている慶悟。
 すぐにでもモニターを確認したいところだが、周囲の暗さでハッキリ見えない。一通り取り終えて、あげははメモリーカードを交換し、バッテリーの残量を確かめた。
 時刻は11時30分。

「段はそれぞれ寸分違わず、幅30cm、高さ15cmでした。破損個所とか、滑り止めの外れてるところなんかもナシ」
 階段の隅々まで見て、段になりそうな異物がないことも確認した、と踊り場に輪になって座る一同にジュースを配りながらえみりが言った。
「30cm、15cmか……、人が寝転がって段になりすますと言うのは無理があるな」
 盗みに入った泥棒が増えた段であると言う説はこれで否定される。
「この学校の階段で、誰か亡くなったって言うのは本当?」
 慧那に問われて、えみりと海南は顔を見合わせてから首を振った。
「あたしの知ってる限りでは、ないと思う。知ってる限りって言うのは、あたしがこの学校に入ってからって意味だけど……。ねぇ?」
「海南も知ってる限りではない、です。でも、海南達より前の時代には、あったかも知れません」
「もし、本当にこの階段で亡くなった生徒さんがいたとして、その生徒さんが寂しさにお友達を呼んでいるのだとしましょう。でも、それならどうして昼間じゃないのかしら?こんな夜中では他の生徒さんもいないでしょうし……」
 本当に友達を呼ぶ為に霊が段を増やしているのだとしたら、12時と言う時間はおかしい。沢山の生徒や教師が絶え間なく行き来する昼間の方が、友達を呼べるのではないかと言うあげは。
 確かに、時間帯を考えると事故で亡くなった生徒が友達を呼んでいるのだと言う説も否定される。
「残るは異界の入口説か」
 これまで慶悟が見たところ、階段、踊り場、2階3階と、奇妙な点は見当たらなかった。勿論、霊的な存在もない。人の集まる場所だけに、多少の思念等は残っているが、どれも階段に関係はなさそうだ。
 この世と異界を結ぶ扉のようなものも見付からなかった。先に放った慧那と自分の式神が帰ってこないところからも、異常はないと分かる。
「12時になるまで待つしかないか……」
 一息つくと煙草を吸いたいところだが、校内で吸うわけにはいかないので慶悟はジュースに口を付ける。
 随分大きなバッグを持っていると思ったら、クーラーバッグだったようだ。えみりの配ったジュースはよく冷えていて美味しい。
 何やらメモを取る慧那と海南の横で、えみりはお菓子の袋も開けて配り始めた。
「ううん……」
 お菓子を受け取りながら呻き声をあげる慧那。
「どうしたの?」
 と尋ねるあげはに、慧那は自分のメモ帳を開いて見せた。
 懐中電灯で照らすと、細かく沢山書き込んでいるのだが、何を書いているのだかハッキリ分からない。
「調べたこととか、思ったこととか、師匠が言ったこととか、全部書き込んだらごっちゃになっちゃって、何処に何を書いたんだか……」
 静まりかえった校舎に笑い声が響く。
 慌てて口を覆って、海南は自分のメモ帳を懐中電灯で照らして見せた。慧那のとったメモには劣るだろうが、自分なりにまとめてある。
 海南のメモを参考に自分のメモ帳を整理しつつ、横からえみりが口にする疑問点やえみり自信の考えなどをくわえると、かなり立派なメモになった。
「うーん、流石新聞記者の娘……」
 慧那のメモの内容とえみりの言葉をくわえると、それだけで記事になりそうなほど立派な内容になった。
「ところで、異界への扉が開いて、異界へ連れ去られてしまうと言う話しだけど」
 えみりはポテトチップをつまみながら4人を見た。
「異界への扉って言うのは、突然何処にでも開くものなの?」
「何処にでも、と言う訳ではないだろうが……」
 答えて慶悟は階段を見下ろす。
「一定の場所に一定の時間帯だけ開くと言う話しは聞くな。ここがそうだとすれば、夜中の12時と言う時間帯は幸運だと言うことだ。昼間だったら、大変なことになる」
「何か、目的みたいなものはあるんでしょうか?連れ去られた人がいたとして、その人達はどうなるんでしょう?食べられてしまうとか……?」
 あげはが不安気に尋ねると、その可能性は高いと慶悟は答える。
「そんな話し聞いちゃうと、怖くなって来た……、どうしよう、異界に連れていかれたら」
 慧那はえみりの手を掴んで怖々と階段を見る。
「結界を張っておいたから大丈夫だろう。式神もいるし」
 結界が破られず、式神で事が足りればの話しだとは慶悟は言わなかった。
 その時、3階から2体の式神が戻ってきた。
 慶悟が放ってあったものだ。
「……そろそろ時間か」
 時計を見ると、11時58分。
 異変を察知したらしい。

 デジカメを動画モードに切り替えて、あげはは階段を見下ろすようにカメラを構えた。
 シャッターを押すと、ピピと言う小さな電子音と共に撮影が始まる。
 階段は何の変化もなく、12段のままだ。
「今、12時ぴったりです」
 海南が言い、5人は息を飲んで階段の2階と接するを凝視した。
「あっ」
 思わず声を上げてから、慧那は自分の口を覆った。
 階段自体は何の異変も見せない。しかし、階段より僅か先……、階段を降りて30cmほど先の廊下に、突然黒い靄のようなものが発生した。
 暗い校舎の中でもその禍々しさがはっきりと分かる、異様さ。
 一瞬、懐中電灯で照らすことも躊躇われたが、照らしていなければデジカメに映らない。
 結界を張ってあるから大丈夫と言う慶悟の言葉を信じて、えみりと慧那、海南は懐中電灯の光を向ける。
「……13段目……、段が出来るんじゃなくて穴が開くのか……」
 黒い靄が収まると、そこにポッカリと穴が開いたように暗い空間が出来上がった。13段目を踏むと異界に連れ去られると言うのは、落とし穴に落ちるように異界へ落ちていくと言うことらしい。
「あの中はどうなってるんだろう?」
「危険だ。覗いたりしないように」
 慶悟に言われて、えみりは1歩だけ踏み出した足を慌てて戻す。
「あ、あれ……」
 デジカメを持ったままあげはが黒い穴を指差す。
 慧那の放っていた式神が2階の廊下を越えて戻ってくるところだった。
「あ、危ない」
 慧那は思わず声を出したが、結界が張ってあるのでこちらには来られない筈だ。
 が、次の瞬間、黒い穴から無数の手のような影が伸びた。慶悟が張ってあると言う結界を越えて、手は宙に浮いていた式神を掴み取る。
 黒い手に掴まれた式神は一瞬光を放って消えた。
「結界を破るのか……」
 困ったな、と呟いて慶悟は4人の女性陣を背に回す。
「3階へ行け。出来るだけここから離れるんだ」
「師匠はどうするんですかっ!?」
 撮影をやめたあげはに手を引かれながら尋ねる慧那に、慶悟は無言で式神を呼び4人を誘導させる。
「早く行こう、危ないから」
 えみりに言われて慧那は慶悟を気にしつつ階段を昇る。
 目の端に、黒い手が慶悟に迫っているのが見えた。

「どうしようどうしようっ!?真名神さん大丈夫かなぁ!何かあったらどしよう!?」
 3階北側の階段まで移動して、海南は慧那を振り返る。
「心配だけどきっと大丈夫だと思うっ!だって師匠だもん!」
 何かあれば式神にも変化があるはずだ。今のところ、ここまで誘導してくれた式神に異変はない。
「13段目……、あの手は何なのかしら、異界の生き物かしら……」
 呼吸を整えながら呟くあげは。
「慧那クンの式神さん、可哀想な事しちゃったね。真名神さんの張った結界を破るって言うことは、すごく強いって事だよね?」
 あの黒い手が伸びて、自分達が異界へと連れていかれたらと思うと恐ろしい。鳥肌の立った手をさすりながらえみりは廊下の様子を伺う。
 4人の話し声と呼吸以外の音は聞こえない。慶悟は果たして無事だろうか、あの開いた異界への扉をどうするのだろう。
 慶悟の無事を確かめたくとも、あの階段へ戻るのは躊躇われる。異界への扉はどれくらいの間開いているのだろう。
「お願い、見てきて」
 慧那は自分の式神を呼び出し、南側2階の階段へ向かわせた。慶悟の式神は安否を知る手がかりに残しておく。
 4人は手を取り合って階段の片隅に固まったまま、言葉もなく廊下を伺う。
「……あ、帰ってきた!」
 暗い廊下を飛んでくる式神に気付いて、慧那が懐中電灯を翳す。
 闇の中に浮かび上がる顔。
「師匠っ!」
 安堵した声を上げる慧那。
「顔を照らすな顔を」
 眩しげに手で光を遮って、慶悟はのんびりと4人の元まで歩いて来た。
「無事だったんですね!良かった」
「一時はどうなるかと……」
 怪我をした様子もなく、足取りも軽い。
「すみません、こんなに大変なことだとは思わなくて」
「結界を張って逃げてきただけだ、問題ない」
 しょんぼりとする海南に、ひらりと手を振って慶悟は時計を見る。
 12時15分。
「扉が開いてから閉じるまで、10分足らずか。一応結界は張り直しておいたが……、あの強さでは多分すぐに破られるだろう。面白がって夜中に忍び込まないことだ」
 今回は慶悟がいたからどうにか無事でいられたが、素人ばかりだった場合には命の保障はない。
 それを聞くと、海南は深い溜息を付いた。
「どうやって記事にしよう?怖がらせたら、余計確かめにくる人がいそうだし」
「趣旨を変えるしかないんじゃないかな」
 えみりも言って溜息を付く。
「そうね。七不思議を最もらしく書くのではなくて、噂は噂にすぎなかったと言う形にした方が、記事的には興味をもたれないかも知れないけど安全ね」
 デジカメの画像も使わない方が良さそうだと言うあげは。
 その隣で、慧那も深い溜息を付いた。
「私向きのお話かなと思ったのに、結局師匠のお世話になっちゃった……。式神も1体駄目になっちゃうし」
 へっぽこ返上への道は遠いらしい。
「まぁ、全員無事で良かった。ああ、それにしても煙草が吸いたいな」
 苦笑し、慶悟は4人を促して階段を降りる。
 来た時とは全く違う軽やかさで暗い階段を降りながら、慧那と海南はひたすら頭を抱えていた。




end

 



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0389 / 真名神・慶悟  / 男 / 20 / 陰陽師
2129 / 観巫和・あげは / 女 / 19 / 甘味処【和】の店主
2521 / 夕乃瀬・慧那  / 女 / 15 / 女子高生/へっぽこ陰陽師
2496 / 片平・えみり  / 女 / 13 / 神聖都学園の中学生。

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■         ライター通信          ■
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 3日連続の雷雨を楽しんだ佳楽です、こんにちは。
 最近納品がもの凄く遅くて申し訳ないです……(汗)
 どうでも良い話しですが、「雷が鳴っている時はおへそを隠せ(雷様に取られるから)と
言うのは、全国共通なのでしょうか……。

 ではでは、また何時か何かでお目に掛かれたら幸いですv