|
帰還
「な……なんだ、これはっ!!?」
人目のないところで本当に良かった。
目の前で叫ぶそれを見つめ、飛鳥は心から思う。
突然の異変に取り乱す気持ちはわからないでもないが、ここは北海道から東京へ向かう途中にあるサービスエリアの駐車場。時間帯と平日であることが幸いして辺りはガランと静まり返っている。おかげで、どう見ても普通ではない目の前のそれが注目を浴びることになってはいないが、いつ人が来るかわからない場所であるのも確か。
あと一時間もすれば昼飯時だし、そろそろ静かにしてもらいたいものだ。
「なってしまったものは仕方ないだろう。諦めろ」
「……他人事だと思って!」
それは打てば響くとばかりに言い返し、続けて更に文句を叫び出す。
改めて周りを見まわす。もう少しくらいなら叫ばせておいても大丈夫だろう。
騒いでみたところで現状が変わるわけではもなし。もうちょっと発散させてやろうかなどと思いつつ。
飛鳥は昼飯調達のためにそれから離れ、近場の店へと歩き出した。
――それと出会ったのは、北海道の山中でのことだった。
魔物退治を引き受けて、見事魔物を倒したまでは良かったのだ。
だが。
「……まずったな」
執念深い性質らしいその魔物は、倒される間際に相打ち覚悟の攻撃をしかけてきたのだ。致命傷は避けたものの、足にくらってしまって、しばらく動けそうになかった。
念の為に食料と水は一応持っている。だが手早く用を済ませてすぐに下山するつもりだったため、量は多くない。
多少無理をしてでも下りるべきだろう。
そう判断して痛む足を引きずりつつ歩き始めたその時、ガサリと繁みがなった。
人に害を為していた魔物はすでに片付けているが、ここは人里離れた深い山中。獣の領域だ。縄張りを荒らされたと思う獣もいるかもしれない。
必要以上の殺気は漏らさず、けれど充分に警戒して、音のほうに意識を集中した。
……葉の擦れる音がして、そこから出てきたのは獣ではなかった。
一瞬、飛鳥は、我が目を疑った。
繁みの向こうからやってきたのは柔和な笑みを浮かべる老人。明らかに人とは違う、少し先の尖った耳……エルフだ。
だが何故こんなところに……?
「待っておったよ」
「え?」
言われた言葉の意味がわからず、飛鳥は小さな声を漏らす。
初対面の、しかも、偶然に顔を合わせたとしか思えないシチュエーションでそんなふうに言って笑う老人を凝視した。
「聞きたいことがありそうな表情だな。が、話の前にその怪我の治療をしよう」
老人が横に数歩ずれ、顔半分後ろに振り返る。ガサガサと繁みの音がして、真っ白い馬――いや、頭に角を持っている。……ユニコーンが姿を見せた。
「この青年をわしらの家まで載せて行ってくれるか」
老人の言葉にユニコーンは嘶きで答えて頷いた。
「乗れ」
ユニコーンが、鼻先で自らの背を指した。
老人とユニコーンに連れられてやってきたのは、怪我をした場所からさらに山奥深くへと入った場所にある小さな小屋だった。
そこで一通りの手当てを受けて、老人に軽く礼を告げる。続けて疑問を口にしようとしたところ、飛鳥より早く老人が言葉を発した。
「私は中世の魔女狩りから逃げて日本にやって来た者だ。ユニコーンともその時に出会った。それからはずっと二人で静かに暮らして来たんだがのう……。どうやら、私の命の灯はそろそろ尽きるらしい」
飛鳥が聞きたいのは老人の身の上話ではない。そんなことは老人もわかっているだろうに。
また、例え初対面の相手であっても、もうすぐ死ぬと聞かされて良い気分のする人間は少ない。
いくつかの感情を持って表情を顰めた飛鳥の様子に気付いてか、老人は静かな笑みを浮かべる。
「私はこう見えても優秀な占い師でな。おまえさんが今日ここに来ることも知っておった。全てではないにしろ、おまえさんの能力も知っておる。そこで、おまえさんに頼みがある」
「頼み?」
「……東京に、乱の気が満ちておる」
そこまで言って、老人はひとつ溜息をついた。どことなく苦しそうに見えるのは気のせいだろうか……?
「乱を鎮める力を持つ者の一人であるおまえさんに、東京に行って欲しい――いや、おまえさんも行くべきなのだ」
たくさんの人が入り乱れ、それが故にあらゆる人種の集う場所だから。どんな奴が引き寄せられても不思議はないと思う。だが、納得することができても、気は進まなかった。
……それでも戻る事にしたのは、飛鳥の性格ゆえだろう。
人付き合いが苦手なせいで冷たく見られがちだが、実際には飛鳥の性格はその正反対。他人を思いやることのできる優しい心の持ち主だから。
老人は、何かの役に立ててくれと、死の間際に自身の能力――予言や、ユニコーンを使役する能力を飛鳥に封印させた。
新しく得た能力のことを考え、つと……まだぶちぶち呟いているそれ――ユニコーンに目をやった。
昼飯を調達してきたと言っても食堂に入ったわけじゃないからほんの数分程度だが。
「ったく、どうすんだよ、あれ」
まだまだ収まる様子のない文句を聞きながら、実行犯である妹に向けて言う。返事を期待しているわけではないけれど。
まあいろいろ言いたいこともあるが、ある意味では助かったのも確かだ。角を持った白い馬など、目立って仕方がない。ユニコーンには良い迷惑だろうが、彼の姿がバイクに変化したおかげで帰りの足も確保できたわけだし。
「出発するぞ」
ユニコーンの元に戻った飛鳥の言葉に、答えの返る様子はなかった。
叫ぶのは止めたらしいが、まだまだぼやきは続いている。
もう言っても無駄だろう。
ユニコーンのぼやきを無視して、飛鳥はシートにまたがりバイクを発信させた。
ちょっと不幸なユニコーンに苦笑しつつ、バイクはサービスエリアを出て、南へ……東京へと走り出す。
――……帰ろう、東京へ……。
|
|
|