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<東京怪談ノベル(シングル)>


夏の小さな出来事。


●切っ掛けは・・。
空は快晴。
日当たり良好。
雲ひとつない青空は平和を物語っている。
だが、晴天だからといって、必ずしも良い事ばかりではないようだ。


「暑いのじゃ・・・」
『うまいおでん!!』と、でかく書かれた屋台で、暑さに負けた本郷・源 (ほんごう・みなと)はカウンターに寄りかかり、身を任せていた。
趣味と実益をかねて、屋台を開いている、源のおでんは、美味しいと大評判であった。
冬のうちは行列が出来るほど、盛大な売れ行きを誇っていたのだが、夏も近づいた今年の6月からは、去年の冷夏とは打って変わって、暑さが増したうえに、客も来ず、まさに夏枯れ状態となっていた。
一日に精々、2・3人の客が来れば、ましな方であった。
「源!だれている場合ではないのじゃ!」
暑さに動じることのない嬉璃に渇を入れられ、姿勢を戻したが、暑さ故、まさに虚ろ状態で、おでんの販売を始める。
新たに、おでんを煮込み始めたのはいいが、鍋の暑さで、意識が朦朧とし始めていた。
「あ・・暑いのじゃ・・・」
「ほれっ、源・・頑張るのじゃ!」

「・・・・・・・・・・((ばたんっっ))」



「・・・涼しいのじゃ」
「・・・源、気づいたか?」
涼しい風の元は、嬉璃の扇いでいる団扇で、朦朧としていた意識が次第に戻り始めると、ベンチに横たわらせていた体を突然起き上がらせる。
「源、突然、動くと危ないのじゃ!」
「もう、嫌じゃ・・」
「な、なにか言ったか?」
俯きながら呟いた源が顔を上げ、嬉璃の方を涙目で軽く睨みながら告げると、いつもとは違う、只ならぬ雰囲気に、嬉璃は体を一歩後退る。

「わしはおでん屋をやめて、一攫千金を狙うのじゃ!!!」
手にしていた菜箸をぐっと握り締め、決心した様子で、空を見上げて叫ぶ。
「・・・っで、なにをするのじゃ?」
冷静な顔つきで嬉璃が尋ねると、源は真剣な顔つきで、何処からか算盤を取り出し、算盤で嬉璃を指す。
「CD【でびゅー】じゃ!」
「えっ・・・」
「芸能界に入るのじゃ!!」
やる気満々な表情で、今まさに思いついた芸能界デビューを目指す事にした。
実家がお金持ちという事もあって、費用の心配は無く、デビューには時間が掛からなかった。




●CDデビューで一攫千金??
〜ある朝の早朝〜
「ふむっ。良い案が出来上がったのじゃ」
一昼夜考えた結果、ニッチを狙い、A面に【源のズンドコ節】、B面に【ダイナマイトが百五十万屯】というタイトルのCDを急ピッチで作りあげた。
そして、大量のCDを抱え、一攫千金を狙い、東北巡業へと舞い降りた。
大きなビルが立ち並ぶ、人通りの多い道にシートを敷き、大量のCDを並べ始める。
おでん屋での経験から、人を集めるコツを知っている源にとって、人を惹きつけるのは容易な事で、元気な笑顔と巧みな言葉の話術で、あっという間に人を集め、いつしか人集りが出来ていた。
こうなると、人集りを気にして、次々と街行く者達は足を止め、売っているものが何なのかを遠くから、必死に確かめようとする。


「わしの歌う【源のズンドコ節】はどうじゃ?!!」
大量に仕入れた源のCDは見る見るうちに売れ、あっという間に完売してしまった。
話題となった、CDは注目を浴び、雑誌にも掲載され、追加販売をしても間に合わないほどであった。
雑誌からは、インタビューの依頼が殺到し、音楽番組からのテレビ出演依頼も多数求められ、大フィーバーを起こしていた。
いつしか【源のズンドコ節】は、【曾孫】を超えるスマッシュヒットを飛ばしてしまい、源の一攫千金計画は見事に大成功を納めた。



「うむ。絶好調なのじゃ。これで、当分はおでんを売る必要もないのじゃ」
うはうは気分で、算盤を叩きながら、CDの追加注文を始める。
久々に舞い戻った、あやかし荘で計算をしている源を、嬉璃はじっと見つめ、ため息をつく。
「なんじゃ、嬉璃殿。ため息を吐くと、幸せが逃げるのじゃ・・・」
「源、事が旨く運びすぎていないじゃろうか?」
源の隣に座り、顔色一つ変えずに尋ねるが、事業が軌道に乗り、売れ行き好調でテンションが高まっている源にとって、耳に残る言葉ではなかった為、軽く聞き逃した。




●天職はやっぱり・・・・。
天気は快晴。
気温はますます蒸し暑さを増していた。

それはある朝、突然起こった。
運命の電話音が鳴り響いていた。


チリリリン。
チリリリン。


「なんじゃと?!!わしのCDが既製品と申すのか?!!」
受話器を片手に、家中に響き渡るほどの大きな声が、訪れていた、あやかし荘に響き渡る。
驚いた嬉璃は源の元へと急いで来て見ると、その場に座り込み、今にも泣きそうな源の姿を目にした。
「どうしたのじゃ?」
「嬉璃殿・・。わしの・・わしのCDが既製品だと申すのじゃ・・・。何処ぞの若者が似たCDを以前に発売しているというのじゃ!!」
顔面蒼白で虚ろな状態で話す理由は他にもあった。
落ち着いてから話を聴くと、既製品だという噂はあっという間に広がり、売れ行きはガタ落ちとなり、CDはまったく売れなくなってしまった。
おまけに賠償金を払わされる破目になり、儲けたお金は殆ど手元には残らず、一攫千金の日々はあっという間に儚い夢へと変った。
「落ち込む必要はないのじゃ。源にはこれがあるのじゃ・・」
差し出された嬉璃の手には、源がおでん屋を開いていた際に使っていた菜箸があり、ゆっくりと嬉璃を見上げた。
「そうなのじゃ・・。わしの一番の天職は『おでん屋』なのじゃ!」
以前投げ出した菜箸を手に取ると、いつもの元気の良さが戻り始めていた。
嬉璃も、いつもの源に戻った事を嬉しく思い、2人はいつもの場所で、いつものように『おでん屋』を開店させる為に、早速、荷車を引き、目的地に向かう事にした。


「今日も一段と暑いのじゃ・・」
空を見上げ、暑さに嫌気が差しているにも関わらず、源の顔には満足げな笑みが零れている。
今日も金儲けを目指し、久々に美味しいおでんを作ろうと張り切っている。
源はこの短期間の間に、こつこつ努力する事が大切だという事を学んだようだ。




●おまけ。
「・・・・・・・そこのお嬢さん」
いつもの道に、何時の間にか出来た店の主に手招きされ近づくと、一枚の券を差し出された。
「なんじゃ、この紙切れは・・」
「その場で結果が出る、スクラッチ式の宝くじだよ。買わないか?」
「わしは一攫千金ではなく、こつこつ儲ける事にしたのじゃ!」
どうやら『宝くじ』のようだ。だが、経験を積み、おでん屋が天職だと学んだ源は、胸を張って言うと荷車に積んでいる、おでん屋の暖簾を軽くペチペチと叩いた。
「では、そこのお嬢さんはどうじゃ?」
「わし?」
嬉璃が見えているらしいが、普通の人間だと思っているようで、お婆さんは軽く笑顔で宝くじを差し出す。
これだけ勧誘されてしまうと、断り辛く、嬉璃は一枚だけ購入すると、コインでスクラッチを削り始めた。
源は荷車に座り、あまり興味がないのか、暑い中、嬉璃が事を終えるのをだらけながら待つ。

「それにしても・・・暑いのじゃ・・」
じりぃぃぃ。
「蝉の声が聞こえるのじゃ・・・」
じりりりぃぃ。
穏やかな時間がゆっくりと流れる。


カランカラン!!!!!!!!!!!!

突然、ベルの音が鳴り響き、源は吃驚して、荷車から落ちそうになると慌てて嬉璃の方を見る。
「お穣さん、おめでとう」
「うむっ。源、一等賞が出たのじゃ・・」
嬉璃の手にしている宝くじを慌てて見ると、驚くべき額が記載されていた。
「嬉璃殿、すごいのじゃ!!」
暑さも吹っ飛ぶ額らしく、源のテンションは高まる。


「これで、更に一儲けをするのじゃ!!!!!!」
「えっ・・。源、こつこつ努力すると、先ほど心に誓ったばかりじゃ・・」
源の声が町内全体に響き渡っていた事は言うまでもない。


                                   おしまい。




ライターより。
初めまして。今回、担当させていただきました葵桜です。
落ちは気に入っていただけたでしょうか?
素敵なプレイングを目にし、話を執筆させていただいている最中はとても
楽しむことが出来ました。
最近はとても暑く、去年の冷夏とは打って変わって、暑い日々が続き、私の住む地方は
全国的にも気温が高い方なので、最近は扇風機が手放せなくなってきました。
(クーラーはもう少しだけ我慢したいです・・)
暑さが続きますが、おでん屋の経営、これからも頑張ってくださいね。
私は餅入り巾着がとても大好きです♪