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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 閑話休題 - 大賑わいは大騒動! - 】


『今、女性に人気沸騰中の、紅茶がおいしい一押しの喫茶店っ!』

 大見出しには、そんなことが書かれていた。広げた雑誌を見て、ため息が漏れる。
「……どうして、こんなことになったんだ……」
 つぶやきは明らかに、今の状況を拒否するものだった。
「それは、ファーが雑誌の取材を受けたからです」
 開店前の紅茶館「浅葱」に身を寄せているのは、黒髪に銀のメッシュに眼帯が目につく、一見近寄りがたい男、魏幇禍。
 店員と言い切ってはいるものの、彼一人しかいないこの店では店長と変わりないファーと、この紅茶館「浅葱」があるティーンズ雑誌に紹介されたのは、一昨日のことだった。
 その雑誌を見た女性客が殺到し、昨日はその言葉どおり「死ぬほど」忙しい一日を送ったのだ。
 そこに顔を出していたのは、幇禍だった。店のあまりの混みように見てられなくなり、猫の手でも借りたいであろうファーを手伝った。が、昨日は邪魔ばかりになってしまっていたと言っても、過言ではない。
 しかし、そんな幇禍に対しても、助かったと、感謝を込めてファーは帰る幇禍に頭を下げた。
 そんなわけで。きっとあの混みようは今日も変わらないだろうと判断し、幇禍は連日になるがウエイターの手伝いをしにきていた。
「雑誌とは、そんなに効果のあるものなのか……」
 開店の準備を始める手に、元気が感じられないのは気のせいではないだろう。
「それに、ファーの写真も載りましたからね、余計でしょう」
 何が余計なのか。ファーが不思議そうに首をかしげながら、作業を進める。もうすぐ開店の時間。外には平日だと言うのに、女性客が開店をいまかいまかと待っているようだ。
 声が中にまで響いてくる。
 今まで、開店時間に客がこうして待っていることなど、一度もなかった。それなのに、今日は一体なんだ。昨日もそうだった。それが全て、雑誌の影響だと言うのか。
 いまいち腑に落ちないファーだが、たくさんの人にきてもらえることは言いことだと腹をくくり、
「すまない、幇禍。今日も昨日みたいになりそうだが、よろしく頼む」
「昨日よりは、役に立ちますよ」
 そんな言葉を交わすと、意を決して、紅茶館「浅葱」の一日をはじめた。

 ◇  ◇  ◇

「幇禍! 次はダージリンのホット。続いて、ロイヤルミルクティのアイス二つ。オレンジジュースも待ってるぞ!」
 ファーの声が飲み物を担当している幇禍の元に、どんどん飛んでくる。
 開店時間から考えて、みな、「食」というよりも、「飲」を目当てできている者の方が多いと言える。確かに、接客をしながら、パフェやパンケーキ、軽食などを仕上げているファーはすごいとは思うが、こちらは慣れていない素人である。
 なかなか、覚えられない紅茶の種類と淹れ方に、四苦八苦しながらも、丁寧に教えてくれるファーのおかげか、やっと慣れてきて、効率よく飲み物を作り上げることができるようになってきた。
 ファーからの注文を受けても、それを記憶しておく余裕ができたし、間違えなくなってきた。
 だが、たまに、
「おーい、幇禍。オレンジジュースを頼む」
「すっかり忘れてました」
「いや、いいんだ。小さい子が着てくれているから、先にと、思って俺が順番を飛ばして言ってしまったから」
 ファーの小さな気遣いまで、まだ手が回らない。
 いつも何気なく、そしてそつなくこなしているファーだったから、こんなにも大変だとは思いもしなかった。
 しかしこれも、いい体験だ。しかも、慣れてくれば結構楽しい。悪くない仕事だ。ファーが、どんなに店が混み、慌しく動いていたとしても、楽しそうに働いていることが納得できる。
「ファー、オレンジジュースです」
「ああ、すまない」
 控えめに入った氷が、グラスを持ち上げると声を上げる。ストローも忘れずに持ち、楽しみに待っているだろう少女のもとに持っていこうとした――そのとき。

「きゃぁぁぁっ」

 響く悲鳴。
 オレンジジュースを置き、身を翻すようにファーがドアのほうに視線を送る。幇禍も同じくドアを見た。
 カウベルがいつ声を上げたのか気づかないほど、仕事に集中してしまっていたらしい。
「全員動くなっ!」
 ドアの前には、いかにも「悪そう」な男が二人組みが、少女にナイフを突きつけながら構えている。
 すぐにファーは目に入ったのだろう。しかし、幇禍は瞬時にその場で判断をし、カウンターの下にしゃがみこむ。多分。気づかれていないだろうと、願いながら。
「……何のつもりだ」
 ファーが男二人に向かって声をかけたところで、やっと外で響いているサイレンに気がついた。
 パトカーが大通りを走り抜けているのだ。だとしたら、この二人は犯罪者で、パトカーはこの二人を追っていると考えて間違いないだろう。
「立てこもらせてもらう。騒いだらすぐに殺すからなっ! じっとしてやがれっ!」
 どうしてこういうときに限って、ふところに銃は忍ばせてない。弓を取りに行くには遠い。しかも、他のお客さんがいすぎて何もできそうにない。
 オレンジジュースを待っていた小さな子供がついに泣き出し、先ほどからナイフを彼女に突きつけている男が、少女にナイフを振り下ろそうとした――刹那。
 ファーが動いていた。瞬時に少女と男の間に入り、ナイフを叩き落す。
 あまりに一瞬のできごとで、男も何が起こったのかわからなかったようだ。ファーは落ち着いてナイフを拾い、
「……幼い子供が泣くのは当たり前だ。そんな顔のものが近づいてきたら、それだけで怖いからな」
 この緊張感たっぷりの場には、あまりに似合わない台詞を送る。
「な……っ」
「おとなしくしているから、手は出すな。お前が手を出した瞬間に、俺がお前に手を出す」
 ファーは丁寧にナイフも返した。
 いや、それは返さなくていいだろう!と、カウンターの下から様子を見ていた幇禍が突っ込み一つ。確かにその通りだ。
 そのままナイフを取り上げてしまい、男二人をのしてしまえばよかったものの。
 ファーは変にまじめな性格だ。律儀な男だ。
 だから、先ほどの一瞬の行動は、少女を殺そうとしたことへ、強く憤りを覚えたからで、別に男二人を追い出そうとしたからではない。そのために、ナイフも律儀に返したのだろう。
 馬鹿だ。
 馬鹿にもほどがある。
「外に警察がいる限り、銃は使えませんね……」
 銃刀法違反で、それこそ逮捕される。
「ですが、この状況をこのままにしておくにも、いきませんし……」
 少女をあやすように抱きかかえているファーと離れ、店の中心まで男二人が来ると、空いているイスに腰をおろした。
 手に持っている大きなバッグは、チャックが閉まらないぐらい札束が押し込まれている。
 銀行強盗か何か、したのだろう。
「ファーも弓も何も持っていないはず……」
 となれば、肉弾戦が一番早い。しかしそれにはきっかけが必要だ。このまま出て行っても、男の一人がナイフを持っている限り、客が傷つけられる可能性が高いため、危険極まりない。
 やはり先ほど、ナイフを返したのが間違いだったのでは。
「おいそこの、羽根なんかつけたにぃちゃんよぉ」
「……なんだ?」
「喫茶店なんだろ? だったら、食いもんぐらい出せよ、おい」
 交互に話かけてくる男二人。やっと泣き止んだ少女だが、やはり二人の顔が怖いのか、また「ひっ、ひっ」と泣き出しそうになる。
「大丈夫だ。俺が何とかするから、な」
 小声で少女に伝えると、「動いてもいいのか?」と確認を取り、ファーがカウンターまで戻ってくる。
 そこで幇禍と目を合わせ、ファーは引き出しから出したパンケーキ用のナイフを数本手渡し、トレイの上にホールのケーキをまるまる一つと、コショウを乗せる。
 幇禍は瞬時に、やるべきことを理解した。
「すぐに出せるものはこれしかないが……いいか?」
 男二人のところへ行き、ケーキをテーブルの上に置こうと持ち上げた瞬間。
 べちゃ。
「なっ!」
「……ああ、すまない。手がすべ」
「るわけないだろうっ! お前わざとだなっ!」
 言いかけの言葉を遮って、男のツッコミが入る。鋭い。
 ケーキまみれになりながら立ち上がった男は、ファーに反撃しようと試みたが、上がったのは「ぐわっ!」という痛みを伴った声だった。
 カウンターから顔を出した幇禍が、ふくらはぎを狙い、パンケーキ用のナイフを投げつけたのだ。
「もう一人いやがった!」
 片方の男が、突然出てきた幇禍に驚愕を覚え、振り返ったとき、ファーがコショウの蓋を開けて、上から振りかける。
「うわっ! 何しやがる、このっ! へ……くっしょん!」
 コショウで涙とくしゃみが止まらなくなる男一人と、ケーキまみれの男が一人。
 幇禍はカウンターを飛び越えて、ケーキまみれの男との間合いを詰める。
「このやろうっ!」
 ケーキまみれの男が、がむしゃらに殴ろうとするが、幇禍は難なく交わし、カウンターを頬に一発。
「しまった……顔以外を殴るべきだった……」
 右手にべっとりとついてしまったケーキを怪訝そうに見つめていたが、
「ふざけるなよっ!」
 と言いながら背を狙ってナイフを振り下ろそうとしたコショウまみれの男からの一撃にも、回し蹴りでカウンター一発。かかとがちょうど頬に当たったらしく、今度は靴にコショウがつく羽目になった。
「……これで、縛って大通りに放り出しておけば、問題ないだろう……」
 ファーのほっとしたような一言に、幇禍はうなずくと、カウンターにすぐ戻って、手を洗った。

 ◇  ◇  ◇

 結局そのあと。
 大通りで発見された強盗の二人組みは、逮捕された。その様子はテレビでも報道され、捜査に協力したものとして、ファーと幇禍の二人が大きく取り上げられた。
 どうしてファーと幇禍が手を貸したとばれたかというと――犯人が顔面にくっつけていたケーキでわかったと、あとで警察が告げてくれた。
「……ばれないように大通りに出していたというのに、まさかケーキでばれるとは……」
 もちろん。報道されたからまた、紅茶館「浅葱」の大題的な紹介にもつながってしまって。
「しかたありませんよ。ま、そのうちほとほりも冷めるでしょうから、それまで手伝いますよ」
「……すまない、幇禍」
 今日も店はにぎわっていた。

 事件の日。基本的に近距離戦を得意としないファーにとって、幇禍がいたことがどれほど助かったことか。
 口には出していないが、心からの感謝を込めて――
「昼、何にする?」
 こんなお返ししかできないが、精一杯の料理で答えるのが、ファーなりの表わし方。
「シンプルなチャーハンでも、お願いします」
 手伝いの感謝と、あの日の感謝がこもったネギチャーハンが、幇禍の前に運ばれてきた。



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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖魏・幇禍‖整理番号:3342 │ 性別:男性 │ 年齢:27歳 │ 職業:家庭教師・殺し屋
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、NPC「ファー」との一日を描くゲームノベル、「閑話休題」の発注あ
りがとうございました!
幇禍さん、またお会いできて嬉しいです。漫才と香港系アクションということで、
もっとコメディちっくに描きたかったのですが、思ったより敵が弱く(おい)
あっさり片付いてしまった部分が…(滝汗)喫茶店なのだから、やはり武器はケ
ーキだろう!と思い、ケーキ投げつけてみました(笑)
楽しんでいただけたら光栄です。それでは失礼いたします。この度は本当にあり
がとうございました!
ぜひまた、紅茶館「浅葱」へお越しください。いつでもお待ちしております。

                           あすな 拝