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<東京怪談ノベル(シングル)>


 あれは…誰にゃ?

 東京都西部に、霊峰八国山があった。妖怪の里として一部で有名な山だ。
 山の住人である化け猫たちは、今日も木陰でだらだらしていた。
 「今日もだるいにゃ。
  なんだか、最近、何をしたか全然覚えてないにゃ…」
 「全くにゃ…」
 化け猫達はゴロゴロしながら話あっているが、そもそも化け猫達は、ゴロゴロする以外何もしていない日々をすごしている。何をしたか覚えていないのも当たり前だった。
 「大変にゃ!
  誰か湖に来て、何かやってるにゃ!
 と、そこに別の化け猫がやってきた。それは大変にゃ。と、化け猫達は湖に駆け出した。
 化け猫達がにゃーにゃー騒ごうと、そうでなかろうと、霊峰八国山の湖は静かに佇んでいる。
 「ほら、中学生位の女の子が来てるにゃ。
  前に会った事がある気もするけど、よく覚えてないにゃ…」
 「全くにゃ…」
 化け猫達が様子を見てみると、中学生位の少女が湖のそばを歩いていた。彼女は大きめの背負い袋を背負い、湖の様子を眺めながらため息をついている。
 やがて、少女は化け猫達に気づいたようで、化け猫達に手を振った。
 「お久しぶりですね。お元気ですか?」
 少女はにこやかに言った。少女は化け猫達を知っているらしい。
 「ひ、久しぶりにゃ。げ、元気にゃ?」
 化け猫達は、この子は誰だったにゃ?と考えながら、前足を振って返事をした。
 …あ、化け猫さん達、私の事を忘れてるな。
 化け猫達の素振りに気づいた少女は、思わず笑ってしまった。猫は10年飼った恩も3日で忘れるとは言うが…
 「あの…私の事、覚えてますよね?」
 少女は、にっこり笑って尋ねた。
 静寂。
 霊峰八国山の湖の周りは静まり返った。
 少女の笑みと、硬直する化け猫達が風景の一部と化していた。
 「初鰹とまたたび酒を持ってきたんだけど、どうしようかな…」
 少女は、背負っていた荷物から数匹の魚と酒瓶を取り出した。
 「お、覚えてるにゃ。本当にゃ。思い出すから、ちょっと待って欲しいにゃ!」
 化け猫達はあわてて言った。明らかに言ってる事が矛盾しているが、気づいてないようだ。
 やれやれ。と、少女は化け猫達の事は放っておいて、山にやってきた目的を果たす事にした。静かにスクール水着に着替えて、少女は湖に入る。
 「あのスクール水着は覚えがあるにゃ…」
 猫達は考えている。
 少女は湖の中を人間離れした技術で泳ぎ、沈んでいるゴミを拾い始めた。
 「お掃除する子は良い子にゃ。とりあえず、手伝うにゃ」
 そうするにゃ。
 と、やる気は無いが気のいい化け猫達は湖の周りのゴミを拾い始めた。
 少女は、小さいゴミはまとめながら、粗大ゴミはそのまま、湖から地上へと放り投げていく。
 「あー、思い出したにゃ。あれは人魚の海原ちゃんにゃ」
 「そういえば、そうにゃ。
  でも、海原ちゃんてお姉さんと妹さんが山に来た事ある気がするにゃ。
  あの子はどっちだったにゃ…?」
 化け猫達はひそひそと話している。段々、思い出してきたようだ。一方、そんな化け猫達は放っておいて、少女は湖の掃除を続けていた。
 昼前には湖の掃除も大体終わり、少女は湖から上がった。
 「じゃあ、ちょっとゴミを燃やしちゃいますね。危ないから離れてて下さい」
 と、少女は化け猫達に言うと、何やら湖に向かって手をかざした。
 …ここの水は、よく言う事を聞いてくれるから。
 少女は霊水を操り、ゴミを燃やすつもりだった。彼女の求めに応じて、湖の霊水は集めたゴミを包む。
 「あのー、念の為に聞きたいにゃ。何をやってるにゃ?」
 一匹の化け猫が、しずしずと尋ねた。
 「はい、水で圧力をかけて沸点を上昇させてですね、そのまま分子を振動させて高熱でゴミを燃やしちゃおうかなーと思いまして」
 「なるほど。よくわかんないけど、すごいにゃ」
 化け猫達は、うんうん。と頷いた。
 「わかんないですか…」
 「わかんないにゃ…」
 まあ、良いかー。と、少女も頷いた。
 「みなもちゃん、なんかお姉さんに似てきたにゃ。
  …て、そうにゃ、みなもちゃんにゃ!」
 ようやく、化け猫達は少女の名前を思い出したようである。
 良かった、良かった、にゃ。と猫達は喜んだ。
 水を操る力を応用して燃やしたゴミは、そのまま霊水で消火されて、後には塵が残った。
 …少し、疲れたな。と、みなもはため息をついた。操り易過ぎる霊水は、力を吸い取るようでもあった。
 「お掃除、おつかれさまにゃ。鰹節とキノコでも食べるにゃ!」
 と、化け猫達が昼食を持ってきた。
 「ど、どうもありがとうです」
 鰹節の塊はどうかなーと思いながら、みなもはありがたく昼食をもらう事にした。
 この前掃除に来たときよりは、ゴミも大分少なかったかなーと思う。良い事だ。鰹節の塊は食べにくいが…
 午後、みなもは人魚の姿になって湖で泳いだ。人魚の姿で気兼ねなく泳げる場所も、なかなか無い。思う存分泳いだみなもは、山を離れる事にした。帰り際に、忘れずに湖の霊水を汲んでいく。
 「気をつけて帰るにゃー」
 と、化け猫達が前足を振っている。
 今度は、名前忘れないで欲しいなー。と思いながら、みなもは山から去っていった…

 (完)