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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #3
  
 インターネットルームをあとにし、通路を歩く。
 ねこきちについていたタグを調べたことで、大隈製薬五十周年の記念品であることがわかり、背中の不自然な縫い目にも気がついた。
 さらにタグから得た大隈製薬という言葉を調べていくうちに、ねこきちがなんであるのかがわかり(大隈製薬のロゴマークだった)、限定100個の品であるということもわかった。
 ある程度の調べがついたところで、若い男が話しかけてきた。
 その若い男が言うには、ねこきちのなかにはあるものが隠され、限定100個というぬいぐるみを持った怪しい人々の狙いは、それ。つまりは、ねこきちのなかに隠されているもの。
 若い男が何者なのかはわからない。人柄を信用するには相手を知らなさすぎるが、語った話はそれなりに信用できると思った。ねこきちの背中には確かに不自然な縫い目があるし、同型のぬいぐるみを持つ不審な人々が、こちらをうかがっている理由として納得できるものだったからだ。
 自分にとっては『ねこきち』が大切なのであり、中身は関係ない。七重は人の多い通路を選びつつ、周囲にも気を配る。
 そう、中身は関係ない……それがどんなに価値のあるものだとしても。しかし、何が収まっているのか、確認しなければ。このままの状態、問題に巻き込まれる確率が高いとわかっている状態でななこに返すわけにはいかない。
 だから。
 七重は売店で足を止める。
「ソーイングセットはありますか? それと、脱脂綿……もしくは、ガーゼも」
 
 売店でソーイングセットと脱脂綿を購入し、客室へと戻る。
 さて。
 七重はねこきちと向かい合う。
 大きく息をついたあと、ねこきちをうつ伏せにして押さえ、ハサミを手に取った。調子を確かめるべく、裁縫用の小さなハサミを動かしてみる。シャキ、シャキ……ちょっと扱いづらいが、状態は良好。
 裁縫は小学校の家庭科で習ったきりで、かなりの御無沙汰。得意でも不得意でもなかったけれど……七重は眉間に皺を寄せ、ねこきちの不自然な縫い目を見つめる。この不自然な縫い目の端をちょこっと切り、糸を解いてしまったら、あとはどうあっても自分が縫ってもとの状態に戻すしかないのだ。少しばかり緊張もする。
 もう一度、深呼吸。
「……」
「……」
 ふと城ヶ崎と目があった。城ヶ崎は何も言わずにじーっと自分を見つめている。
「え……と、これは……」
 不審に思われる……いや、思われている。おそらく、かなり。さすがにこのまま作業を続けるわけにはいかないだろう。
「いや、いいよ」
 気にしないで続けて、僕は気にしていないからと城ヶ崎は言う。だが、その視線が気になるし、自分が気にする。
「いえ、あの、聞いてください。実は……」
 七重は経緯をかいつまんで城ヶ崎へと話して聞かせた。
 ななこと出会い、ぬいぐるみを預けられたこと、ぬいぐるみを持った不審な人々のことやインターネットルームで調べたこと、そして、若い男の話とこのぬいぐるみのなかに何かが入っているらしいこと。
「なるほどね」
 城ヶ崎は軽く頷いた。
「いや、それで納得がいったよ」
 城ヶ崎も行く先々にさり気なくまぎれているくまのぬいぐるみを持った不審な人々に気がついていたのかもしれない。……いや、絶対に気がついていたはずだ。彼らはさり気なく目立っていた。
 城ヶ崎の納得を得たところで、作業を再開する。ハサミを縫い目に近づけ、ちょきんと切った。そこから糸を丁寧に解き、ざくりと割れた背中に手を入れ、詰められている綿を取り出す。そのなかで何か固いものに触れた。冷たく、すべすべとしていて細くて固いもの。ガラスだろうか。七重は手のなかにすっぽりと収まるそれを取り出した。
 ガラス製の小瓶だった。
「液体のようだね」
「そうですね。……」
 それでは、これはやはり新商品の……。
「こうしてみると水のように見えるねぇ。それで、七重くんはこれをどうするつもりなのかな?」
「とりあえず……」
 七重は室内を見回す。そして、姿見の前に置いてある小さな瓶を手に取った。それの中身が空であることを確認したあと、小瓶の蓋を慎重に開き、中身を移した。空となった小瓶のなかには水を入れておく。
「本物を持ち歩くのは危険なので、偽物を。話をした若い男の人が信用できそうならば、本物を渡そうと思います」
「……大丈夫そうだね」
 七重の言葉を聞き、城ヶ崎は僅かに頷き、笑った。
 
 中身を取り出したのは、いいとして。
 重大な作業が残っている。
 七重はねこきちを見つめ、ざっくりと開いている背中に買ってきた綿を詰めていく。詰めすぎて妙な具合に腹が出てしまったり、背中が膨らんでしまってはいけないので、様子を見ながら、ほどほどのところでやめておく。そして、針に糸を通すと慎重に縫いはじめた。……結構、難しい。
 全神経を集中させた作業の結果、他の縫い目と変わらないように……とまではいかなかったが、少なくとも糸を解く前の、あの不自然な縫い目よりは整然とした縫い目となっている。背中も滑らかで妙な具合に膨らんでいるということもない。これでよしとしておこう。
 さて、次は……と思ったところで時計を見やると、既にかなりの時間が過ぎている。集中しすぎていて、時間の経過に気づかなかったらしい。
 今日はここまでかな。
 七重は小さく息をつくと、ねこきちをソファの上へと座らせた。
 
 次の日、改めて行動を開始する。
 ねこきちと水が入ったガラスの小瓶を持ち、本物の中身を入れた小瓶は室内にあった貴重品を保管する金庫のなかへ。
 やはり人の少ない場所は危険かと思われるので、そこそこ人がいる場所でくまのぬいぐるみを持った不審人物を探してみた……が、探すまでもなく、すぐに目についた。気を向けていないふりで、しかし、注意深く動向を見守ると、くまのぬいぐるみを持っている男にせよ、女にせよ、時折、接近し言葉を交わしていることに気がついた。その様子から判断するに、彼らは仲間であり、敵対しているようには見えない。
 つまり、中身を狙っている勢力は彼らと若い男のふたつ。くまのぬいぐるみを持っている存在のなかでさらに勢力がわかれているということはないらしい。
 彼らの会話を聞き取ることができれば、もっと何かがわかるかもしれない。七重は複数存在するくまのぬいぐるみを持った彼らのなかで、会話を交わすことに集中していて、こちらにはまるで気を向けていない男女がいることに気がついた。そこで、そそそそっと近づき、ある程度の距離をおいてゆっくりと通りすぎてみる。
「……ら、やってしまえばいいって」
「血の気が多いな。相手は子供とはいえ、特等客室だぞ? この船で特等客室という意味がわからないのか?」
 どうやら、男が女をなだめているらしい。
「だとしても相手は子供よ。ちょっと取りあげて、中身を頂戴して、また返しておけばいいじゃない。落ちてましたとでも言って」
「桐山の娘ならそれも通用したかもしれないけどな、あの子はどう見ても中学生だろう。そんな話が通用すると思っているのか?」
 男が言うと、女は舌打ちをする。
「なんでこんな苦労をしなくちゃいけないのよ」
「桐山が遅れて会場に来たせいだろう。順番がずれてしまった……向こうにも計画が発覚してしまったようだし、ここはなんとしてもあれを手に入れなくては……ん? あの子の姿がないな?」
「え? あら、本当……どこに行ったのかしら……」
 男女がきょろきょろと周囲も見回しだしたことを受け、七重はその場を離れた。通路を曲がり、壁に背を預けて小さく息をつく。
 このままだと強引な手段に出てくるのは時間の問題かもしれない。
「決心がついたか、少年?」
 聞き覚えのある声。はっとして声のした方向を見やると、新聞を大きく広げている男がいる。顔は見えないが、昨日の若い男だとすぐにわかった。
「そうですね……」
 七重は少し考えたあと、こくりと頷いた。ななこに危害を及ぼさないと約束ができるなら、中身を渡してもいいかもしれない。
「ひとつだけ、約束を……あっ」
 若い男に向き直り、それを告げようとした途端、見知らぬ男が走り込んできた。七重が抱えるねこきちを乱暴に、強引に奪おうとする。離してなるものかと思ったが、相手に離す気配が見られない。このまま引っ張りあえばねこきちの腕や足が引きちぎれてしまうかもしれない。そう考えた瞬間、七重は手を離していた。
 男はねこきちを奪い逃走しようとする。
 七重はその背中へと叫んだ。
「中身はここにあります!」
 凛とした声に男は足を止めた。そして、振り返り、七重が取り出し、掲げているガラスの小瓶を見つめる。
「馬鹿、何を宣言しているんだよ……ほら、逃げるぞ!」
 若い男は周囲の気配を気にし、言った。くまのぬいぐるみを持った人間がその言葉に反応し、集まって来ている。
「そういうわけには……」
 ねこきちを奪った男が不要と判断したねこきちを投げ捨て、戻ってくる。七重はねこきちを拾うべく、男の方へと向かう。若い男はそれに気がつき、明らかにため息をついたあと、七重に続いた。
「乱闘は得意じゃないんだよ……うらぁ!」
 若い男は気合と共に男を拳で殴り飛ばす。その隙に七重はねこきちを拾いあげた。そんな七重に若い男は手を差し出した。
「持っていると狙われる」
「でも……。わかりました」
 七重はガラスの小瓶を若い男へと手渡す。中身が本物ではないが、それを告げている時間はない。即座にその場から逃げだすが……しかし、残念ながら身体はあまり強くはなく、体力は平均よりも大幅に劣っている。走ることすら難しい自分には逃げるという行為は極めて向いていない。
「なんだよ、まだ逃げてないのに……もう疲れているのか?」
「すみません、身体があまり……強くはないもので……」
 七重が謝ると若い男はため息をついた。七重を担ぎあげるとその場を走りだす。
「な、何をするんですか……!」
「逃げるんだよ!」
 若い男は角を曲がるとそこにあった扉を開け、なかへと入る。即座に扉を閉めた。追ってきた靴音はそのまま通りすぎて行く。
「大丈夫かな……? ……ごめんな」
 若い男は七重をおろすと、すまなそう笑みを浮かべて謝罪の言葉を述べた。
「いえ……少し……かなり、恥ずかしかったですが……」
「君が華奢で助かったよ。僕もあまり力が強い方じゃないからね。拳もいける方じゃないから、自分と同じ数まではどうにかなるけど、それ以上はちょっとね」
 自分と同じ数ということは、ひとりということだ。七重は改めて若い男を見あげた。
「あなたは?」
「僕は、大隈七瀬」
「大隈……?」
「そう。君にはもうわかっているんじゃないかな。これがなんであって、どうしてこんなことになってしまったのか。……これは開発中のものでね、ある所員が外へ持ち出そうとした。しかし、管理の問題で持ち出すことは難しい」
「それでぬいぐるみのなかに?」
 大隈はこくりと頷いた。
「ところが、ぬいぐるみは関係のない桐山さんの手に渡り、今は君が持っている」
「あなたは大隈製薬の方で、それを取り戻しに来たわけなんですね。……わかりました。ななこちゃんに危害は及びませんよね?」
「ああ。彼女が巻き込まれるかもしれない問題に、君が巻き込まれたからね」
 大隈は苦笑いを浮かべたあとに、小さく大人の事情に巻き込んでごめんなと付け足した。
「さて、あとはこちらの問題だからな。行こうか」
 大隈に促され、扉を開ける。通路を歩きだそうとした瞬間、強い力で引き寄せられた。ふと気づけば、誰かに自由を奪われている自分がいる。
「さあ、それを渡してもらおうか」
「まだ諦めてなかったか! その子は関係ない、離せ」
「そう、関係ない。その関係ない人間を傷つけたくないだろう?」
 大隈はガラスの小瓶を見やり、七重を見やる。戸惑う表情の大隈の背後に新たな影が迫っていることを知った七重は腕を伸ばし、大隈の背後の影を指さした。その身体にかかる重圧に、背後に迫る男の動きは緩慢となる。
「大隈さん」
 七重は大隈を呼び、その瞳をじっと見つめた。大隈が見つめ返したことを確認し、僅かに頷く。
「……そうだな。こんなものがあるから問題が起こるんだよな……」
 大隈はガラスの小瓶を床へと落とす。
「おまえ……何を……?!」
 そして、踏み砕いた。
 
 沖縄へと辿り着く。
 下船する間際に大隈に本物が入っている小瓶を手渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうな。……どうなることかと思ったけど……君の機転で助かったよ」
 中身は偽物、ただの水。七重は目配せしてそれを伝えたつもりだった。大隈がガラスの小瓶を割った光景を見せたことで彼らも諦めたのか、以降は姿を現すこともなかった。
「何事もなくてよかったです」
「新薬が完成したら、送るよ……って、いらないか」
「今のところ必要ないみたいです」
 七重が答えたところで、お兄ちゃんと声をかけられた。振り向くとななこがいる。
「こんにちは。……あれ、七瀬さん……?」
 ななこの父親は七重に会釈をしたあと、大隈を見つめ、小首を傾げた。
「どうも、桐山さん。じゃあ、僕はこのあたりで」
 大隈は手を振ると去って行った。七重はそれを見送らず、ななこへと向き直る。
「ななこちゃん、ありがとう。ねこきち、返すね」
「うん。おにいちゃん、寂しくなかった?」
「……うん、寂しくなかったよ」
 言葉と共に返した笑みは、やはりぎこちなく少し困ったような複雑なものであったような気がするが、それでもそう悪い気分ではなかった。
 
 後日、何気なく見やった新聞で大隈製薬で新薬が完成、株価大幅に上昇という記事をみつける。
 ああ、完成したのか……と思った翌日に七重あてに小包が届けられた。
「どうしろ、と……?」
 箱一杯の育毛剤を前に七重は深いため息をついた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2557/尾神・七重(おがみ・ななえ)/男/14歳/中学生】
【2839/城ヶ崎・由代(じょうがさき・ゆしろ)/男/42歳/魔術師】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
そして、お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、尾神さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
私のなかでは尾神さまは誠実で一生懸命な印象があり、何事にも真摯に向かい合う……ような気がして、裁縫も一生懸命(おい)
育毛剤は彼なりの感謝の気持ちであって、決して嫌がらせというわけでは……。
最後に、#1から#3までの連続参加、本当にありがとうございました。

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。